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「さて‥と。ソロ、彼女に何を吹き込まれたのか、教えて下さいませんか?」
部屋に戻ると、戸口に仁王立ちしたままクリフトが、にこやかに訊ねた。
「え‥えっと。たいした事じゃないよ、うん…」
「なら、教えて下さっても良いですよね?」
「んと‥たいした事じゃないんだけど。マーニャには口止めされちゃったから…
あの‥ね、ちょっとした相談受けたんだ。それだけだよ‥?」
スルっと彼の腕を絡ませて、ソロが続ける。
「ね、それよりさ、お風呂行こうよ。今日は宿に居るのオレ達だけみたいだから、
貸し切りで浸かれるんじゃないかな?」
早く早くと急かすように、ソロがクリフトを誘う。
「‥とりあえず、向かいましょうか。」
大きく息を吐いたクリフトが気を殺がれたようにこぼして。
2人は早速離れの風呂へと向かった。
「わあ‥やっぱり貸し切りだねえ‥!」
浴室の扉を潜ったソロが、嬉しげに声を弾ませた。
「本当ですね‥。のんびり浸かれそうですねえ‥」
決して大きくはないが。それでも大人4〜5人は楽に浸かれる岩風呂に、クリフトも
目を和ませる。
「うん。のびのび浸かっていけるね。」
ソロはニコニコ返すと、かけ湯をして、洗い場へと直行した。
「ソロ。背中流して上げましょうか?」
彼の隣に腰掛けて。自らの身体を洗い始めたクリフトが、ソロへと声をかける。
「うん、ありがとう。じゃあ、オレもクリフトの背中流して上げるよ。」
「ありがとうございます。じゃ、ソロ、それ預かります。」
シャボンの泡をたっぷり含んだタオルを受け取って、クリフトは早速ソロの背をごしごし
と擦り始めた。
「‥それで、ソロ。先程の話ですが‥」
背中を洗いながら、クリフトが有耶無耶にされた話を蒸し返す。
「え…うん‥何?」
「マーニャさんは確か『考えておいて』とか仰ってましたよね? 何を考えて置くんです?
相談事を考えて置くんですか? 相談の答えを考えて‥という事でしょうか?」
「え‥ええっと‥‥‥答え‥かな?」
「何か妙な約束でも求められたんですかねえ…」
ソロの返答を聞きながら、クリフトが一定のリズムで背中を洗って行く。
問いが重なる事に、微妙に背を跳ねさせていたソロが、その問いかけに大きく反応した。
「べ‥つに。何も‥ないよ…?」
努めてなんでもない風を装って。ソロが返した。
「そうですか‥? もしマーニャさんと妙な約束してたら、お仕置きしちゃいますよ?」
「お仕置き‥?」
いつもと変わらぬ穏やかな口調で、不穏な言葉を告げられて。ソロがビックリと振り返った。
「ええ。別に‥ソロが正直だったなら、何の不都合もないでしょう?」
にっこりと、それは涼しげに笑む彼に、ソロは無言で頷くだけだった。
「あ、オレさ。飲み物貰ってから部屋に帰るから。先戻ってていいよ。」
「なら私も付き合いますよ?」
風呂帰り。食堂の前で足を止めたソロが言うと、クリフトも足を止めて返した。
「ううん、大丈夫。そーだ、これお願いしてもいい?
クリフトの分もオレ貰って帰るからさ。」
そう言って、ソロは着替えの入った包みを彼に差し出した。
「‥分かりました。まっすぐ帰って来て下さいね?」
「うん。」
クリフトはそれを受け取ると、不承不承答えた。そんな彼をにっこり見送って、ソロが
食堂へと向かう。ソロはまだ明かりの残るカウンターへ行くと、そこに置かれたデカンタ
を受け取った。冷たく冷えたレモン水とグラス2つ。小さな盆に乗ってたそれを持って、
ヒタヒタと静まり返った廊下を歩いて行く。
今夜の宿の部屋は、女性3人部屋が1階の奥の突き当たりに。ソロとクリフトは、階段
上った2階の角部屋で。アリーナ達の部屋がある方と丁度反対に位置している。
ソロは階段の前で足を止めると、まっすぐ伸びた廊下の先と、階段とを見比べて、傍と
首を捻った。実はマーニャに、風呂の後ちょっとだけ顔出すよう呼ばれて居るソロだ。
なんでも珍しい果実酒が手に入ったそうで。味見に来ないかと誘われたのだ。
クリフトに内緒で‥という条件付きで。
(うう〜ん…すっごく甘い果実酒には興味あるけど。でも…クリフト怒るかな?)
内緒で‥と言われたので。つい濁してしまったが。妙な約束をした事に違いない。
(…お仕置きって、何だろう?)
嘘がバレたら、それを実行するって事だろうが。
本当に酷い事を自分に強いるとも思えないソロが迷う。
散々悩んで結局…
「こんばんは‥」
軽いノックの後、扉を開け迎えてくれたマーニャに、ソロが微苦笑した。
「いらっしゃい、ソロ。」
にっこり微笑んだマーニャに招かれて、ソロが室内へと踏み入れる。
「結局来たのねえ、ソロ。…甘いお酒の魅力が勝っちゃったんだ。」
ベッド端に腰掛けて、既にグラスを傾けてた様子のアリーナがほの苦く笑む。
「‥うん。だって‥今夜来ないとなくなっちゃうって言うし…」
「そうよお。もう半分も残ってないもの。なくなる前に来てくれてよかったわ、ソロ。」
マーニャがポンとソロの肩を叩いて、彼が持っていた盆を受け取る。
それをサイドテーブルに乗せると、妹が寄越したグラスをソロへと差し出した。
「ありがと…」
受け取ったソロが促されて、アリーナの向かいのベッドに座る。くぴ‥と早速甘い
フルーティな香りのソレを口に含むと、困惑が滲み出ていた表情が、一気に華やいだ。
「うわ‥これ美味しいv」
「でしょう? 絶対ソロも好きだと思ったんだ。」
「うん、オレこれ好きかも。」
コクコクと甘い果実酒を煽って、ソロがにっぱりと笑む。
「でもさ‥どうしてクリフトに内緒なの?」
それを嬉しそうに見守るマーニャに、ソロが一番の疑問をぶつけた。
「そんなの決まってるじゃない。いつもソロを独り占めしてるあいつへの当てつけ。」
「え‥。えっと‥オレ、内緒で来たの、やっぱ不味かったのかな…?」
にっこりきっぱり話すマーニャに、ソロが顔を曇らせる。
「そうねえ…。クリフトって、嘘とか嫌いみたいだし。怒らせると厄介かもね…」
アリーナが考えるように話し、微苦笑した。
「お‥オレ、もう帰ろうかな‥」
「慌てずとも迎えが来たみたいよ、ソロ?」
怖々言うソロに、追い打ちかけるようミネアが宣告する。
一同が戸口へ視線へ集中させると、やや待って、ノックが響いた。
「…はあい。」
ピシっと固まるソロに苦く笑って、アリーナが戸口へと向かう。
「‥夜分にすみません、姫様。あのこちらにソロがお邪魔してると思うのですが‥」
「ええ、来てるわよ。まあとりあえず中へどうぞ。」
アリーナはにっこり微笑むと、クリフトを部屋へ通した。
「こんばんは、クリフトさん。」
「こんばんは、ミネアさん。すみません、夜分に押しかけて…」
「いいえ。元はと言えば姉さんですもの。あまりソロを責めないで上げて下さいね?」
「別に叱りに来た訳じゃないですよ、ミネアさん。ただ真っすぐ帰ると聞いてたのに、
中々戻らないのが心配になっただけですから。」
にこやかに流れる会話に、石のようになってたソロがホッと息を吐く。
「‥えっと。あの‥ごめんね、クリフト?」
「クリフトも飲む? あなたには甘過ぎるかも知れないけれど‥珍しい果実酒ですって。」
「‥確かに甘い匂いですね。ソロはそれに釣られてしまったのでしょうか?」
「そうみたいね‥」
クスクスとミネアが微笑う。
彼女の側に置かれた酒瓶を見ると、もう残りも僅かとなっていた。
「貴重なお酒みたいですからね。私は遠慮して置きますよ。甘いのは苦手ですし‥」
アリーナの申し出をやんわり断って、クリフトが嘆息する。
ソロはグラスに2〜3口残ってたソレを一気に飲み干して、スクっと立ち上がった。
「オレも飲み終わったし。クリフトと帰るよ。」
「お代わり飲んで行かないの、ソロ?」
「うん‥ごちそうさま、マーニャ。」
残念そうに話す彼女に答えて、ソロがサイドテーブルに置いてあった盆に手を伸ばす。
「私が持ちますよ。」
言って、クリフトがソロが手にした盆を譲り受けた。
「それじゃみんな、ごちそうさまでした。おやすみなさい。」
ソロは小さく手を振って、クリフトに続くよう女性部屋を後にした。
「‥あの、怒ってる?」
ヒタヒタ廊下を歩きながら、前方を歩くクリフトに、済まなそうにソロが声をかけた。
「そうですねえ…どう見えます?」
「‥分かんない。」
いつもと全く変わらず穏やかな口調の彼に、ソロはそう素直に返答した。
「そうですか‥」
クリフトはそう答えると、階段を上がって行く。ソロはその背中を眺めつつこっそり
嘆息したのだった。
「さて‥と。ソロは私に2つ嘘を重ねてしまいましたね?」
部屋に戻ると、盆をサイドテーブルに置いたクリフトが振り返り、にっこり話した。
「‥えっと、ごめんなさい。」
穏やかなにっこり笑顔が何故か迫力で。ソロが退避ぎながらも謝った。
「私が浴室で言った事、覚えてます?」
『もしマーニャさんと妙な約束してたら、お仕置きしちゃいますよ?』
クスリと笑いを含んだ彼の声を再生させて、ソロが神妙に頷く。
「…お仕置き?」
「覚えててくれたんですね。」
にっこり返して、クリフトがソロの前に立つ。
「えっと‥痛い事、する…?」
そっと髪を梳ってくるクリフトに、ハラハラとソロが訊ねた。
「痛い事なんて‥。私がソロにすると思いますか?」
ブンブンと、ソロは首を振って返した。
「でも‥嘘の代償はそれなりに受けて頂かないとね。」
棒立ちするソロをそっと抱き寄せて、クリフトがクスっと囁く。不安そうな顔でソロが
窺っていると、クリフトは部屋を見渡し、何かに目を止め離れた。
スタスタと部屋の隅に置かれた荷物の元に向かって、何やら手にして戻って来る。
ソロは彼が持っているものを確認して、ぎょっと目を開いた。
「クリフト…それ‥」
「この間、ソロが訊いて来たでしょう? 狸縛りがどういうものなのか。折角ですし、
実地で教えてあげましょうね。」
いつもと変わらない笑顔に見えるのに。なんだか怖いクリフトに、ソロはようやく彼が
とっても怒っている事を肌で感じたのだった。
右手と右足を一括りにされて。次に左手と左足も同じように一まとめに縛られて。
ソロは身動きを封じられた状態で、ベッドの上に転がされてしまった。
「‥まあ。こんな感じですかね。まあ、本来のとは若干勝手が違いますけど‥。
要領はこういった形で。分かりました、ソロ?」
「‥う、うん。本当に動けないね、これ…それに‥‥‥」
「それに?」
「無様だ…」
眉を寄せて、ソロが情けなさそうにこぼすと、クリフトはクスリと笑った。
「ふふ‥これくらいで根を上げちゃ、駄目ですよ?」
「え‥」
「言ったでしょう? これはお仕置きなんですよ‥と。」
そう告げて、クリフトは徐にソロの上着に手を伸ばした。ソロが今来ているのは、
パジャマ替わりの膝丈のTシャツで。前ボタンを外すと左右に開く仕様になっている服だ。
クリフトはそのボタンを1つずつゆっくりと外して行く。
「え‥っと。クリフト…?」
「なんですか、ソロ?」
「‥すごく、恥ずかしい。これ…」
服を脱がされるにしても、こんな風にされると居たたまれなくて。
ソロが頬に朱を走らせて申し出た。
「そうですか? 私は愉しいですよ。」
そう笑って、クリフトが前ボタンを全て外し終えた。
前身ごろを左右に開くと、うっすら汗ばむ肌が露になる。
「‥寒いですか?」
夜気に晒されたせいか、身震いさせたソロに、クリフトが案じるよう声をかけた。
「寒くはない‥けど。」
「ならよかった。」
頬を染めて照れた仕草で目線を外したソロに笑んで、クリフトは自身もベッドに乗り
上げて、圧し掛かって来た。
「うわ‥っ、ひゃ‥あ、あ‥ん‥‥‥」
コロンとシーツに身を転がされたと思うと、はだけた胸元に彼の唇が降りた。
思いがけない愛撫に、色混じりの声が上がる。
「あっ‥ああ…、駄目‥やん…ああっ‥‥‥」
口接けが次々降って来て、その度ソロの躰が跳ねた。
身を捩らせようとするが適わずに、ふるふると躰が小刻みに震える。
「クリフトぉ‥これ、やだよぉ‥‥‥ふ、あっ…」
淡く色づいた胸の尖りを避けて、啄んでは離れる唇がもどかしさを募らせて行って。
ソロは焦れた様子で呻いた。
「そうですか‥? こちらは随分元気みたいですけど…」
クリフトはすーっと脇腹を滑らせた指を上げて、下穿きの中窮屈そうに張り出した
先端をツンと弾いた。
「ひゃん‥そ‥じゃ、なくて‥‥‥」
うるうると熱で潤んだ瞳を寄せて、ソロが不服を訴える。
「こうして焦らされるの、苦手ですか‥?」
「ふあ‥あん、ああっ‥‥‥はあっ…」
手のひら全体で腹を撫でた後、それがゆっくり上へと移動して行く。
鳩尾辺りへ到達した手は脇へ滑って、円を描くように臍へと戻った。
「も…やだ、よぉ‥」
大きく胸を上下させながら、ソロが顔を歪めて吐露する。
「オレ‥クリフト、ぎゅっとしたいのにっ‥。これ、もう嫌っ、お仕置きやだあ‥」
ぽたぽたと大粒の涙を落として、ソロがぐずるように泣き出してしまった。
「…困りましたね。そんなに泣かないで下さい、ソロ‥」
そう微笑んだクリフトは、本当にいつもの優しい彼のままで、ソロはこめかみに
落とされたキスを心地良さそうに受けた。
「とりあえず、これは解いてあげましょう。」
目元の涙を拭うように口接けた後、クリフトが躰を起こし、スルスルと手と足をまとめて
縛ったロープを解いて行く。
「…もう、お仕置き終わり?」
祈るような窺う視線で、ソロが小さく訊ねる。
クリフトは探る瞳にニッと笑んで、肩を竦ませ返した。
「それは‥どうでしょうね?」
ふふ‥と笑いながら、クリフトがソロの引っかけるだけになってる寝着を脱がせた。
残った下穿きもスルリと下ろして。クリフトも上着を脱ぎ去る。
「私はね、意外に嫉妬深いらしい…」
そう自嘲気味に笑んで、クリフトがソロに圧し掛かり唇を重ねさせた。
「ふう…んっ‥ん‥は‥‥‥ん…」
しっとり合わさった口接けは、ゆっくり丁寧に口内を味わって離れて行った。
「やっと手に入れた宝を、横から奪われてしまいたくないですからね‥」
「…えっと。それって‥マーニャの事?」
不思議そうに顔を傾けて、ソロが今夜の出来事を振り返りつつ訊ねた。
「そんなの絶対ないない。考え過ぎだよ、クリフト。」
むっつり顔になったクリフトに、ソロはクスクス笑って返す。
「‥マーニャさんに、こんな事とか、こんな事‥されませんでした?」
ソロの頬にキスしたクリフトが、唇にも触れるだけの口接けを寄越し確認する。
「何もないよ〜。お酒飲んでただけだもん。」
きゅっと彼の首に腕を回して、ソロがふふふ‥と笑んだ。
「…でもね。もう美味しいお酒だって誘われても。クリフトに内緒なのは止める。
本当だよ? だってオレ‥クリフトぎゅっと出来ないの、嫌だもん。」
彼に回した腕に力を込めて、しがみつくようにしながら、ソロが固い口調で続けた。
「ソロ…」
「‥こうしてね、ぎゅっとして体温感じるの、好きなんだもん。」
広い背に手を滑らせて、ソロが安心したよう息を吐く。
「ごめんね、クリフト‥」
手を緩ませたソロが、彼と額を合わせるようにして謝ると、唇を寄せた。
「‥適わないですね、ソロには。」
そう微笑って、クリフトもソロに口接けた。
「オレ、1つ分かった事があるんだ。」
翌日。ちょっと声が掠れてしまったソロが、ぽつりと言った。
まだお互いベッドの中で。クリフトの腕に抱かれながら、ソロが苦い顔を浮かべる。
「クリフトは怒らせるとすっごく怖い。」
「そうですか? ソロがいろいろ可愛い事言うから、結構手加減してしまったのですが‥」
クスクスと、いつも通りのにっこり笑顔を見せるクリフトに、ソロが訝しげに眉を寄せた。
昨晩は、折角甘いムードになったのに。お仕置きは継続中と言う事で。声が嗄れるまで
散々喘がされた身としては、苦い顔にもなるだろう。
―――怖い笑顔には要注意。
ソロはひっそりと、そしてしっかりと、心のメモ帳に刻み込んだのだった。
2011/1/3
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