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ソロが跳べそうな土地を虱潰しにあたったマーニャだったが。
結局ソロを見つけだす事が適わぬまま、町へと戻った。
「姉さん‥!」
いち早く帰還に気づいた妹が、宿の方から駆けて来る。
「一体どうしたの? ソロは…!?」
マーニャが小さく首を振った。
「何かあったのか!?」
ミネアが更に聞こうと口を開いた時、慌てた様子でやって来たピサロが語気強く訊ねた。
「ソロの気配がない。ソロはどうした?」
「ピサロ‥あんたどうして? 一緒に行ったみんなは?」
「すぐ来る。洞窟から戻ったら、ソロの気配がしないのでな。何があった?」
「‥それが。あの子、呪文で町を飛び出しちゃったんだ‥」
「何!?」
天界。
ソロは天空城を見上げて、大きく息を吐いた。
勢いで来てしまったが。‥今は天空人に会うのが怖い。
二の足を踏んでしまうソロが、どうしようと眉を寄せていると、大きな影が近づいた。
「…クウ。」
「ドラン‥? ドランだね? ‥なんか大きくなったなあ。」
知った姿にソロが安堵の笑みを浮かべる。ドランも嬉しげに尻尾を振った。
「…あのね。オレ、竜の神に用があるんだけど。‥天空人には会いたくないの。
あいつの部屋に直接行けないかなあ?」
思案した後、ソロがドランに訊ねた。
じっと見つめられて。ドランも「う〜ん」と首を捻る。
しばらく考え込んで。それから何事か思いついたよう、首を大きく縦に振った。
背に乗るよう促されたソロが、すっかり逞しく成長したドランの背に跨がる。
それを確認した彼が、すう‥と城を迂回しながら飛翔した。
「ありがと、ドラン。」
城の中庭に降り立ったソロがぽんぽんと労うように、彼の身体を叩いた。
彼が運んでくれたのは、竜の神の私室に繋がる一角。
大きな柱が並ぶ通路を覗くと、以前訪れた神の私室への扉が確認出来た。
ドランに礼を伝えて、ソロは真っすぐその扉の前へと向かう。
少々緊張しながら、控えめにノックを試みた。
幾度か繰り返したが、どうやら留守らしい。
ソロは思案しつつドアノブに手をかけた。
キイ…
鍵のかかってない扉はあっさりと開き、ソロは逡巡しつつも部屋へと足を踏み入れた。
以前クリフトと共に訪れた時に通された応接間だが、独りで居ると落ち着かない。
ふと足元へ目を落とすと、裸足のまま飛び出してた事実に今更ながら気づいた。
所在なく思いながらも、ソロは以前と同じにソファで座って待つ事にした。
重い吐息を幾つか落としたところで、前の時と同じ扉から竜の神が入って来た。
「ソロ。そなたの方から赴いてくれるとはな。何かあったのか?」
ツカツカと足早に歩きながら、壮年の紳士が怪訝そうに眉を顰め、開口一番訊ねてくる。
姿を認めて立ち上がったソロを着席するよう促すと、彼も向かいの席に腰を下ろした。
「…突然ごめんなさい。‥あなたに、頼みがあるんだ‥‥‥」
「頼み?」
「‥オレの背の翼‥‥落として欲しい‥」
「な‥んだと?!」
「…ずっと。ずっと不思議だった。オレ‥天空人の翼が酷く苦手で。
アリーナ達は『きれい』って話すのに。オレは‥なんだか怖くて。
だから‥オレの背が痛む度に、自分の躰の変化も怖くて…。
人間と違う姿なのも厭だったけど。でも…それだけじゃなかった。
オレ‥判ったんだ。ずっと夢で苛んでた女――あいつが、元凶だったんだ‥って。」
淡々と話してたソロだったが、夢に触れた途端、息を荒げて苦々しく吐いた。
「ソロ‥ってさ。独りって意味なんだよね?
独りぽっちで居ろ…って、念を込めた呪詛だったんだね?」
フッと暗い眸で嘲うソロが竜の神を見据えた。
「‥ソロ。お前‥‥」
「嘘はやめてね。‥一応神様でしょ?」
言い繕う言葉を探す風情に釘を刺して、ソロがきっぱり言い置く。
竜の神はしばしその姿に続く言葉の模索すら忘れてしまった。
冷たく暗い陰りを帯びた瞳。凍った声――本当に、あのソロなのだろうか?
神は重く息を吐くと、ソロと目線を合わせるようにテーブルに肘をつき、顎を乗せた。
「…生まれた時の記憶が蘇ったのだな。そなたを苛んでた悪夢の正体を‥」
「知ってたんだ。やっぱり。全部。」
「‥ああ。知ってたよ。そなたが生まれる前からずっと、見守ってきたのだからな。」
「見てただけ‥だけどね。」
皮肉に歪むソロに、竜の神が苦しげに瞳を細めた。
「…そうだな。神などと呼ばれても、無力なのだよ実際は‥」
弱く微笑む姿に、ソロが気不味そうに目を逸らす。
「‥結果から述べれば。お前の言う通りだ。否定はせん‥。だが…
あれにそのつもりがなかったのも‥事実だ。」
「いいよ別に。あのヒトの事情なんて興味ないし。
それより、最初のお願い、聞いてくれるの? くれないの?」
改めて向き直って、ソロが答えを求めた。
「翼を手折れ‥と? 無茶を申すな。」
「斬ってももいでもいいからさ。やってよ。いらないんだ、こんなの!」
「それが無茶だと申すのだ。翼を失い絶命した天空人だってあるのだぞ?
仮に永らえたとしても、相当の苦痛を味わう事となるのだ。体力が万全でないお前に施
せば絶命は免れん。」
「その時はその時だもん! オレ、どうしても嫌なの! あの女と同じ翼なんて…!
絶対っ嫌っっ―――!!」
その頃―――
マーニャにかい摘まんでの事情を説明されたピサロとクリフトは、ソロ捜索に乗り出す事
とし、残る一行には、マーニャの方から今日の事情を説明するよう言い置いて、町の外へ
やって来て居た。
「とにかく、ソロを捜し出さないと。せっかく回復して来てたのに。
また無茶でもしたら‥。」
「ああ全くだ。時間が惜しい、出発するぞ!」
「ピサロさんはこのままソロが行きそうな場所を当たって下さい。
私は‥あちらへ行ってみます。」
頭上を指して、クリフトが苦く話した。
「‥竜の神に押し付けられたアイテムだったんですが。まさかこんな早く役立つとはね。」
肩を竦めてから、懐にしまってあった、キメラの翼を象った金の小さなアクセサリーを取
り出す。
「…ふん。天界へ連れて行ったのは、それの為だったのか。まあ良い。そちらは任せた。
とにかく行方を掴まねば!」
「ええ。」
ピサロは移動呪文を唱え、彼方の地へ向かい、クリフトも小さな翼を使って、移動を果た
した。
天空城へと降り立ったクリフトは、城の衛兵に挨拶し、竜の神への謁見を申し出た。
城門を入ったところで、しばらく待たされて。
すぐに案内の天空人がやって来た。
「竜の神さまは私室でお待ちしてるそうなので。ご案内致します。」
「‥失礼します。」 応え→いらえ
ノックの後応えを聞いて、重厚な扉を開けたクリフトが、畏まって入る。
「すみません、突然押しかけてしまって‥」
「ソロの事だろう? その為にそれを与えたのだしな。問題ない。」
「‥恐れ入ります。」
「あの子ならここに来てるよ。」
まず始めに、竜の神が説明した。
「本当ですか!? ‥ああ、良かった。それでソロは‥?」
「‥少々興奮してたのでな。寝かしつけた。隣室で休ませてるよ。」
心配顔のクリフトに神がふわりと笑んで、寝室へと案内する。
主寝室である部屋のベッドに、ソロが静かに横たわっていた。
「…ソロ。」
「しばらく目覚めぬから、あちらで話そう。」
「‥はい。」
「楽にしたまえ。」
ソファへ腰掛けるよう促されて、クリフトが着席した。
ポットの飲み物をグラスに移し、テーブルへと置く。
向かいの席に神も腰掛け、彼の様子を窺い見た。
「まずは報告を貰おうか。」
「あ‥はい。私も‥聞いた話になるのですが…」
そう前置いて、クリフトは今日の出来事を、伝え聞く限りのすべて語り出した。
「…きっかけはやはり、あの夢か。」
ふう‥と神が苦々しく零す。
「ええ‥そうみたいです。そのタイミングで、翼の件も彼女に露見したので…
混乱を更に煽ったのでしょう…」
「‥そうか。」
「それで‥ソロは何故こちらに?」
「…翼をな、手折れと申してきた。」
遠慮がちに訊ねてくるクリフトに、神が苦悩を滲ませ呟いた。
「なっ‥!? 翼を‥ですって?」
「ああ。母と同じ翼などいらぬ‥とな。ソレがすべての元凶だと、そう結論づけたらしい。
それを断つ事が、忌まわしいすべてを斬る手段になる…とな。」
「‥ソロは、あの夢をはっきり見て知ったのですね。冷たい母の言葉もなにもかも‥」
「…そういう事だ。あの子は一度も[母]とは呼ばなんだがな。」
「そうですか…。」
「‥クリフト。そなたは一度地上に戻って、皆の意見をまとめて来るのだ。」
「まとめる‥?」
「そうだ。ソロは皆には会えぬ‥と言い切った。翼があるうちはな。
だが…翼を失えば、恐らく生命はあるまい。だから‥私は決めた。
ソロはもう地上へ戻さぬ。翼の代わりに、記憶を奪ってな。」
「そ‥んな。それで‥あなたは、私に何をまとめろと?」
否を認めぬ厳しさで申し渡す神に、クリフトが惑いを滲ませる。
「私とて、本意ではないのだ。だから機会は与えよう。ソロを説得出来ればよし。
適わなければ…という話だ。」
「判りました。では‥しばらくソロをお願いします。」
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