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「クリフト…!」
ぎゅっと彼にしがみつき、泣きじゃくるソロ。クリフトは宥めるよう背を摩ってやった。
「クリフトもっ‥オレ、いらない? オレを‥捨てちゃうの!?」
しゃくり上げながら、悲痛な声のソロが訊く。
「‥困りましたね。ちゃんと約束したでしょう‥?」
言い聞かせるように、柔らかに語りかけるクリフト。ソロは小さく頷くと面を上げた。
「‥うん。クリフトは‥居なくならないんだよね。」
「ええ。」
「そばに‥居てくれる‥?」
「はい。」
「…好き?」
「ええ‥心から。愛してますよ。」
「オレも‥好きっ」
ようやく顔を綻ばせ、ソロが唇を寄せた。
しっとり重なった口接けは、すぐに深まり官能の色を帯びる。
その光景を苦々しく眺めながら、魔王はソロの言葉を反芻していた。
2度目の逢瀬。
やはり急に子供のように泣き出した彼は、寝入った後、ぽつりと「行かないで」そう呟い
た。あの頃のソロも、[不安定]な時だったのだろう…
『クリフトも』…そう彼は口にした。
故郷の村は‥彼だけを遺し時間を止めている。
唯一‥その村に繋がる存在として、いつしか拠り所となっていたらしい己も‥立場から手
放さざるを得なかった。
その先に待ち受けるのは[戦い]のみ‥そんな未来しか想像出来なかったのだから。
進化の秘法に身を染めた魔王を、『生きてて欲しかった』のだと救った勇者。
戦う理由など…すでに見出せなくなってしまった現在…
失くした場所のかけがえなさを、ピサロは改めて思い知る。
熱っぽい瞳は、いつでも己だけに在ったはずなのに――
「‥クリフト。ね‥愛して‥‥」
甘く強求る声は、すっかり情に潤んでいる。ピサロはギリっと胃の腑に走る痛みを覚えた。
「いいのですか? 見学者つきでも‥?」
「…いいよ。」
「おとなしく見てないかも知れませんよ?」
睦言めいて語り合ってたソロが、少し離れて立ち尽くすピサロを窺った。
「‥平気。どうせ‥来ないもん。‥あいつの匂い、きっと残ってるから…」
「ソロ…。では‥また忘れられるまで、愛し合いましょうか?」
俯く彼に微苦笑を浮かべ、クリフトが優しく促した。コク…と頷くソロと共に立ち上がる。
「おい‥」
『あいつ』という言葉に引っ掛かりを覚えた魔王が呼び止めた。
そのまま問い質そうと口を開いた魔王を、クリフトが目で制する。鋭い視線は、問いを
拒むよう投げ付けられていた。
寝室へ移ると、ソロが強求るカタチで口接けが交わされた。
ゆったりとしたベッドの上で、愛おしげにソロへと触れてゆく指先に、嫉妬が募る。
クルリと踵を返すと、背中に神官の声が突き刺さった。
「立ち去りたいなら止めませんけど。逃げるのなら、もうこの子には触れないで下さいね
? 覚悟も資格も認めません。」
冷たく放たれた声音。そこには、ソロへ見せている労りなど微塵も含まれていなかった。
そんな彼の腕の中で、ソロが不思議そうにそれを見守る。
「クリフト‥? どうしたの…?」
「いいえ‥なんでもありません。‥ソロ、覚悟して下さいね。
お預けされた分、ゆっくり愛してあげますから…」
「ん…いっぱいね‥。」
耳元をくすぐるようにされて、クスクス笑いながらソロが答えた。
立ち去る事の出来ない魔王の背中に、忍び笑いが届く。
「‥逃げる‥だと? この私が…?」
惑うピサロの呟きは闇に融けた。
――覚悟・資格‥
それがなんの事かは測り兼ねたが、ピサロは結局その場に留まった。
甘やかな声音が静寂に包まれた室内を満たしてゆく。
最初。背中だけで聴いていた声だったが。その方が余計な想像が膨らむようで。ピサロは
壁際に背を預け佇んでいた。
神官は行為を進めながら、幾度も‥浴びせるように『好き』『愛してる』と囁いた。
その度にソロの躰から緊張が解かれてゆくのが伝わる。
ソロの唇からも、幾度となく『好き』が繰り返された。
(‥‥言葉、か。)
そう言えば。自分達の間に、それは介在しなかった‥と、自嘲めいた苦笑を浮かべる。
そのような甘ったれた関係ではない…そう割り切らねばならなかったから。
戯れ言ならば幾らでも紡いだのだろうが。それだけでなくなった時、その言葉は禁句のよ
うに封じ込めてしまっていた。
『オレ、いらない? オレを捨てちゃうの!?』
泣き縋っていた彼の姿がふと浮かぶ。
――いらないなどと考えた訳ではない。
お互い納得した上での別離。‥でも。
気持ちを明かしてあれば‥違う結果があったのだろうか?
「…ピ‥サロ‥?」
ふと近づいて来た影に顔を上げたソロが、不思議そうにそばへと立った彼を眺めた。
上気した頬をふわり包み込んだかと思うと、口接けが舞い降りる。
「ん…」
唇をなぞるよう触れたそれは、名残惜しげに離れて行った。
「ソロ…愛してる‥」
別離の前に告げられなかった想いを知った魔王がひっそり告げる。
誰にも抱く事などないと信じていた、甘い想いをやっと認めて‥‥
「‥‥‥」
「ソロ…?」
怪訝な顔を浮かべる彼にピサロが眉を寄せる。
「‥‥‥嘘だもん。」
「何…?」
「どこにも‥いなかったもん…」
ソロはぽつんと呟くと、意味を測りかね惑う彼の頬へ手を伸ばした。
「…誰もオレをいらないの。でも‥クリフトだけ、欲しい‥って言ってくれた。
ピサロは‥? 本当に、オレが‥欲しい?」
「…ああ。」
「じゃ‥一緒に‥愛して。…クリフトとなら、抱いてもいいよ?」
不思議な程落ち着いた声で話すソロは、真っすぐにピサロを凝視めた。
「ソロ‥お前‥‥」
「クリフトも‥いい?」
「あなたの望むようになさって下さい。」
「‥嫌い‥に、ならない…?」
「ええ‥。解るでしょう‥? 好きですよ。」
そう微笑むと、彼の内部にあるクリフトが下から突き上げた。
「あ‥ん。…ね、もう焦らさないで。」
躯を跳ねさせ、吐息交じりに乞う。白い喉を反らし肌を桜色に染め上げたソロを間近で眺
め、ピサロは一声唸ると、ソロに噛み付くような接吻を仕掛けた。
荒々しく貪るような接吻。最初は躊躇が見られたソロも、すぐにかつての熱を辿るよう応
えてきた。両腕が縋るようにピサロの首に絡められる。
「ん…ふ‥ぁ‥‥っ。ふ‥‥ああっ‥」
唇が解放されると、そのまま彼に縋りながら、内奥を満たす迸りに自身も弾けさせた。
呼吸を乱すソロに構わず、ピサロが彼の首筋に唇を落とす。そのまま這うよう滑らせると、
熟した果実を口に含んだ。
「はあ‥っ。ん‥‥ひあっ…」
胸にじんじんと広がる熱に躯を悸わせると、その動きを見計らったよう繋がりが解かれた。
「クリ‥フト…」
案じるような視線を送られ、クリフトが背中から回した腕でソロの頭を抱き込む。
「大丈夫‥ちゃんと居ますよ。ね‥?」
背後から耳朶を甘く食まれ、ソロがびくんと身動いだ。
それに対抗したように、ピサロが指を這わせていた飾りをきゅっと摘まむ。
艶めいた嬌声を零させると、満足顔でピサロは愛撫を深めていった。
「ふあ‥っ…ああ‥‥や‥もうっ‥‥」
すっかり元気を取り戻した幹の先端から樹液を滴らせ、ソロがもどかしげに躯を揺らした。
強弱交ぜた愛撫があちらこちらに施されて。ただ熱に浮かされるよう甘い吐息を落として
いたソロだったが、一番熱が渦巻く場所だけほおって置かれて。とうとう焦れたよう間近
にあった腕に縋った。
「‥クリフト、ねえ‥もう‥‥‥」
「…せっかくですから。彼に強求ってみては? 愛して欲しいでしょう?」
ふわりと微笑むと、頬へキスを贈りながら、クリフトが密話いた。 密話いた→ささやいた
「‥愛して?」
ソロが潤んだ眸をピサロへ向ける。
「…愛してくれる? …もう、いらない‥?」
切なげに細められた瞳が揺れる。差し伸べられた手を、ピサロはしっかり握り返した。
「‥いらぬなどと、思った事も、言った覚えもないのだがな。」
苦笑を浮かべ呟くと、ピサロがぐいっと彼の腰を引き寄せた。四つ這いにさせると、露に
なった蕾へいきり立った自身を宛てがう。待ち侘びていた口は、それを躊躇いなく呑み込
んでいった。
「ふ‥っああ‥‥‥。ピ‥サロ‥‥‥ピサロっ!」
きゅっと内壁が絡み付くよう熱塊を受け止める。ソロは夢心地で、ずっと求めていた熱が
与えてくれる温もりに歓喜の涙を流し、いつしか意識を飛ばしていた――
チチチ‥ピー‥チチ‥
小鳥の囀りに誘われて、ソロはぼんやり目を覚ました。
重倦怠い躰を起こそうと、頭を上げるとズキンと痛みが走ってゆく。
「う‥痛たた‥‥」
「おはようございます、ソロ。」
「おはよう、クリフト。」
しどけなく乱れた寝姿のクリフトにすぐ横で声を掛けられ、ソロが自然と返した。
だがすぐに、事態の不自然さを覚えたのか、ソロがサアっと青ざめる。
「ピサロは? どうしたの?」
確か3人で飲んでいたはず…と、昨晩の記憶を手繰りながらオロオロ訊ねた。
「‥居ますよ、ちゃんと。」
クスクス笑いを殺しながら、クリフトがくいと指で示す。ソロの背後を。
「ピ‥サロ。」
恐る恐る振り向くと、すぐ隣に不機嫌そうな魔王の姿があった。
つまり、ソロは2人の間ですやすや眠っていたらしい。服も着けずに…
「…本当に覚えて居らんようだな?」
あたふたと自分と2人と様子を見比べ頭を抱えるソロに、憮然とした口調でピサロが呻く。
「どこまで覚えてるんです、ソロは?」
情けなく項垂れる彼を抱き寄せ、クリフトが柔らかく訊ねた。
「…ワイン飲んだのは覚えてる。それから…それからは‥ちょっとだけ。
夢だと思ってた‥‥。だって…こんなの‥オレ‥‥‥」
「望んだのは貴様だ‥ソロ。」
「ピサロ…」
いたたまれない面持ちで俯く彼の顎を取り、顔を上げさせると、ピサロが口接けた。
「‥不本意だが、その者との共有で我慢してやる。だから‥私を拒むな…」
「共有…? ピサロが‥?」
「それだけ譲歩しても、あなたが欲しいそうですよ。言葉の足りない魔王サンはね。」
不審な瞳で魔王を凝視めるソロの髪を梳き、クリフトが囁いた。
「クリフト…。クリフトは‥それでいいの?」
「構いませんよ。全部ひっくるめて、愛してますから。」
そう微笑まれ、ソロがぽろっと涙をこぼす。ソロは躯を返すと彼に縋って泣き崩れた。
夢だと思っていた――躰に残るピサロの熱。
それが現実に在った事だと知った今‥込み上げてくる想いに、ソロは揺れた。
募る愛しさはより大きな不安を伴って、混迷へと誘う。
この安らぐ胸を振り切ってまで、その手を取れはしないけど…
でも――
愛してる‥と自分を包み込んでくれる彼は、両方選んでいいよ‥と微笑う。
ソロの気持ちを、誰よりも知っている彼だから――
ソロは顔を上げると、愛しむように微笑みかけ、唇を寄せた。
「クリフト…好きだよ。」
小さなキスの後、きゅっと彼を抱きしめ、微笑んだ。
くるりと躰を返すと、黙ってそれを見守っていた魔王を見遣る。
「…ソロ。‥愛してる――」
ピサロがふわりと彼を引き寄せ囁いた。蒼の瞳を見開かせ、寂しげにソロは微笑む。
「…嘘でも‥嬉しい‥‥‥」
瞳を伏せると、そっと彼に寄り添い呟いた。
「…じっくりと、解らせてやるさ。」
魔王が深々と嘆息し、彼の面を上げさせ口接けた。
ソロの中の闇に触れた魔王は、その昏さがやがて彼を飲み込んでゆくのを見た。
孤独――という深い闇に囚われてしまったソロは、ギリギリの所でサルベージされ
保たれていた。認めたくはないが、常に側に在った男の過剰とも思えた愛情表現に
寄って…
けれど。再びそれが揺らいでいるのだと男が不安を明かした。
『…私にだって、独占欲はあります。けれど‥そんなもの、捨てました。
ソロを見失ってしまっては、なんにもならないのですから。
ですから。あなたを巻き込む事に躊躇はありません。余裕ないんです、実際。
彼の不安は日増しに高まっているんですから…』
身体の変化は心にどれだけ不安を貯め込ませているか…そう彼は案じていた。
――優先されるのはソロ。
それには魔王も異論はない。
失いたくない想いは、彼もまた同じなのだから…
闇に浮かぶ白い花がひらりと舞い散り闇へと融ける――
そんな光景を拭い去るように、ピサロはしっかりソロを抱きしめた。
静かに忍び寄る闇などに渡しはしないと、思いを込めて。
ソロは不思議顔を浮かべながら、安堵の吐息を吐いた。
伝わる鼓動と体温に、懐かしさを覚えながら――
2006/4/1
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