「う‥ん…」
泥のように眠っていたユーリルが、小さく身動ぎ目を覚ました。ぼんやりと躰を起こした
ユーリルは、室内の様子に首を傾げる。昨日の宿は3人部屋だったのに、ここは隣に
ベッドがあるだけだ。
「起きたのか…?」
浴室の扉が開くと、シャワーを浴びたばかりのピサロが出て来て、ぼんやりするユーリル
へ声を掛けた。
「ピサロ。‥あれ、オレ部屋間違えて…?」
「昨晩の事‥覚えてないのか?」
「え‥? あ‥えっと。‥昨晩はクリフトと飲みに出掛けて。それから‥なんかピサロが
来たんだっけ? で‥あれ? …あ。ああ〜〜〜〜っ!」
断片的に思い出せる場面を繋ぎ合わせて、昨晩の行為を自覚したユーリルが、かあっ
と朱を上らせた。自身の姿を顧みれば、上着どころか何も身につけてないのも、今更
ながら自覚する。
「オレ、風呂借りるからっ。」
言って、布団の脇に丸まっていた服を取り浴室へ駆け込んだ。
「はあ‥はあ‥」
まだ湿った空気の抜けない浴室にまっすぐ飛び込んだユーリルは、そのまま床に座り込んだ。
なんでそうなったのか、ちっとも思い出せないが、沸々わいて来る記憶は生々しいものばかり
で、赤い顔が更に湯立ってしまう。
「何やってんだろう、オレ…」
ぽつんとこぼすと、徐に立ち上がりシャワーのコックを捻った。
「‥風呂ありがとう。」
ユーリルがシャワーを浴びてる間に、脱衣所へ残る衣服をピサロが届けてくれた。それを
しっかり着込んで、ユーリルは部屋に戻った。
「‥あの。クリフトはどうしたの?」
ぽすんとベッド端に腰掛けて、キョロと室内を窺ったユーリルが、そっと訊ねた。
「あの男なら、お前が泊まる筈だった部屋へ移ったぞ。」
「そうなの? ‥でもなんで。あの‥オレがこっちに? …なんか、担がれて運ばれた気
がするんだけど。クリフトとはどうしたの?」
「‥そんなにあの男の事が気に掛かるのか?」
ほんのり声を尖らせて、ピサロが睨めつける。
「え‥ってゆーか。あの‥オレ、変なコト言わなかったかな‥って。あんまり覚えてない
からさ。」
「ほお‥。では、実験と称して奴に迫った事も、覚えてないのか?」
「え‥実験? 迫ったって‥オレが?」
「随分熱心に口説いてたようだったぞ?」
「し‥知らないっ、全然…。ほ‥本当?」
ぷるぷると首を振ったユーリルが、恐る恐るといった面持ちで訊ねた。
「‥なんなら本人に訊いてみるといい。今部屋の外に来ているようだからな。」
「え‥クリフトが?」
部屋の扉を静かに開けると、ピサロの言葉通り扉の前にクリフトが立って居た。
「‥あ、ユーリル。‥えっと、おはようございます。」
「おはよう、クリフト。…あの、昨晩は酷く迷惑かけたみたいで。あの…」
「あ‥いえ。大分飲んでたようですけど。体調はいかがですか?」
赤くなったユーリルにつられるように顔を染めたクリフトが、遠慮がちに返す。
「そんな所で立ち話してないで、中へ入れたらどうだ。」
部屋の奥から掛かる声に、ユーリルが振り返り、正面に立つクリフトへ目を移した。
ベッド端に斜めに向かい合うよう、クリフトとユーリルが腰掛けて。2人から少し離れた
壁際に、ピサロは身を預けた。
「あ‥えっとね。昨晩のコト、オレ‥覚えてなくてさ。えっと‥何か変なコト言った?」
体調を気遣うクリフトに大丈夫と答えたユーリルが、言葉を探しながら切り出す。
「覚えていないんですか、ユーリルは。」
「あ‥うん。なんかあんまり‥覚えてないかも。」
あはは‥と渇いた笑いで頭を掻くと、気まずそうにクリフトを窺う。
「…えっとね。ピサロが‥昨晩オレがクリフトに迫ってた‥って。本当?」
「‥はあ、まあ。あ‥でも、昨晩はユーリル相当酔ってたみたいですから。そんな気にし
ないで下さい。」
ずうんと落ち込むユーリルに、クリフトが慌ててフォローを入れる。
「でも‥男相手に口説くとかって、可笑しいでしょ。幾ら酔うと人恋しくなるからってさ
あ。クリフトだって吃驚しただろ?」
「まあ、驚きましたが。相談内容がその…でしたので。その流れの勢いかと‥」
「…? オレ‥もしかして、クリフトに全部ばらしちゃってる?」
「‥ピサロさんとの経緯は、その‥伺ってしまいました。」
青ざめて訊ねるユーリルに、クリフトが申し訳なさげに答えた。くらくら‥と目眩を感じた
ユーリルが、ぽすんと躰を横に倒す。
「それで‥迎えに来たピサロに連れられて、この部屋に来たんだ、オレ…」
ふわふわと運ばれた記憶がふと過って、ユーリルは長い吐息を落とした。
「もしかして、オレ‥ピサロにも迫ってたの?」
バッと身を起こして、ユーリルが目の前のクリフトに問いかけた。
「え‥いえ。そんな事はなかったですけど‥。」
「はあ、よかった。またやっちゃったかと思っちゃった。」
少し離れた場所で2人の会話を聞いていたピサロが、顔を上げてユーリルへ目線を向ける。
「また? そういえば、酔うと人恋しくなるって‥さっき話してましたが。」
「ああうん。‥その、目が覚めたら‥知らない女の人の部屋だった事が以前あってさ。」
気まずそうにぽつぽつ語るユーリルは、視線の端に動く姿を認め、一旦言葉を切った。
ツカツカとベッドをぐるりと回って、ユーリルの斜め前、クリフトと少し距離を空けた隣に
どっかと腰を下ろし、両腕を組み紅の双眸を彼へと注ぐ。
「‥話せ。」
「あ‥うん。えっとね、エンドールへ着いた次の日‥だったかな。昼間歩き回って疲れて
たんだけど、酒場は情報収集にぴったりだって聞いてたからさ、オレ‥行って見たんだ。
そこで、勧められるまま飲んでたら‥ちょっと過ぎちゃったみたいでさ。途中から記憶
なくなって‥目が覚めた時、隣に女の人が寝てたんだ。」
当時を思い出しながら、ユーリルは状況を説明した。どうという話でもない筈なのだが。
何故かぴりぴりした気配を魔王が発しているようで。少々居心地悪いユーリルだ。
「隣に女の人って‥。ユーリル、もしやその方と…?」
不穏な気配が漂う隣を気にしながら、クリフトが訊ねた。
「あ‥ううん。本当に一緒に寝ただけだよ。その彼女が言うにはさ、オレが熱心に誘った
らしいんだけど。部屋に着くなり熟睡だった‥って。手を握ったまま‥さ。
どうやらオレって‥酔うと人恋しくなる性質らしくてさ。独りになりたくない‥とかっ
て繰り返してたって。…だから、あんまり深酒しないよう自制してたんだけど‥」
「昨晩は少し過ぎてしまった訳ですね。ユーリルは独りで飲みに行かない方が良いみたい
ですね。」
「‥うん。迷惑かけてごめんね、クリフト。‥えっと、ピサロも。迷惑‥かけたかな?」
「別に迷惑とかではありませんよ。ただ、お話伺ったら、心配になっただけで‥。」
シュンと項垂れるユーリルに、クリフトが微笑む。それに安堵したよう顔を綻ばせると、
難しい顔のままのピサロを窺った。
「それでユーリルは、悩み事解消出来そうですか?」
ユーリルとピサロの様子を見たクリフトが、話題を切り替え訊ねた。
「え‥。悩み事って…あっ。‥本当に、全部話してるんだ、オレ…」
一瞬何の事かと首を傾げたユーリルだったが、ここ数日来の悩みは1つしかない。
そういえば、そもそもクリフトを飲みに誘ったのも、それを相談する為だったのだから。
ピサロへ生じる胸の高まりは、ただの性欲なのか、それとも‥‥‥
あまりにも強烈だった初体験が、ただ単に忘れられないだけなのか、それとも別の…
グルグル思考がループ始めたユーリルが、頬を染めて口籠もる。
「ユーリル‥?」
「‥よく、わかんない。」
「そうなんですか? 本当に‥?」
俯いたまま呟くユーリルに、嘆息したクリフトが、再度問いかけた。
「な‥何?」
すっと伸ばされた手が頬を滑り、間近に顔が寄せられる。ユーリルはきょんと側に迫った
クリフトを見つめた。
「…実験、してみます?」
「え‥あっ‥‥‥! ‥‥い、いい。しなくていいよっ。」
言葉の意味を理解したユーリルが、バッと肩に置いた両手を突っ張らせ、距離を取る。
「ふふ‥。まあ、後の答えは自分で見つけて下さい。危なっかしい事しちゃ駄目ですよ?」
慌てふためく彼ににっこり微笑んで、ぽふんと翠髪を撫でると、クリフトは立ち上がった。
「じゃ、私の荷物はあちらの部屋に持って行きますね。ユーリルの荷物は急ぎで必要なも
のがあれば取りにいらして下さい。」
部屋の片隅に置かれていた自分の荷を持つと、クリフトはユーリルに声をかけ、ピサロにも
軽く会釈をし、部屋を退出した。
ぱたん‥静かに扉が閉まると、部屋が静寂に満たされる。
俯いたままのユーリルは、斜め前に座るピサロの様子を気にしながらも、ドクドク脈打つ
早鐘が治まらなくて、握った拳を胸元へと当てた。
「…ユーリル。」
小さな吐息の後、静かに呼びかけられて、ユーリルが顔を上げる。
「‥実験、しなくて良かったのか?」
揶揄うような問いかけに、ユーリルはさっと頬を染めた後、ムスッと唇を尖らせた。
「しないもん。絶対。」
「ほう‥絶対ね。それは‥私ともか?」
むくれた様子で顔を背けたユーリルに、片眉上げたピサロが、興が乗ったよう訊ねる。
「え…?」
ピサロの問いかけを確認するよう、ユーリルが彼へ視線を戻す。
「実験とやらの相手…私では不足か?」
そう言うと、ピサロは徐に腰を上げ、ユーリルの頬を両手のひらで包み込んだ。
「…わかんない。」
少し冷んやりした手が、熱を持った頬に心地良く馴染むのを思いながら、ユーリルは
ぼんやり返した。本人の自覚はないが。潤んだ瞳がまっすぐ紅の双眸を捉えたままでは
了承と受け取っても差し支えないだろう。ピサロはそっと唇を重ねさせた。
ただ触れただけの口接けはすぐ解かれたが、離れようとした躰をユーリルが引き留める。
「あ…あの、ね。よく‥わかんないんだけど。…でも。オレ‥ピサロのキス‥嫌いじゃな
いから。だから、あの…。えっと‥いいよ?」
続きが欲しいと素直に言えないユーリルだったが、その意を汲み取ったのか、ピサロが
彼の肩に手を乗せた。顔を上げたユーリルと目線が合うと、ゆっくり瞼が降ろされる。
互いに吸い寄せられるよう重ねられた口接けは、しっとり合わさった後、深く混じり合った。
「ん…ふ‥‥‥ぅん…」
毒に当てられた訳でも、酔いが手伝ってる訳でもないのに。甘い口接けが躰の芯を溶かして
ゆくような、そんな心地が広がってゆく。それは凍土が緩んでいくような、凍った血がゆっくり
巡り始めるような、不思議な感慨。
「ふ…はあっ…はあ‥‥‥」
長い口接けが解かれると、新鮮な酸素を求めるように、ユーリルは深い呼吸を繰り返した。
「そんな顔していると、続きも乞いたい所だが‥その前に、腹ごしらえだな。」
「え…」
苦く微笑うピサロが躰を離し、残念そうに告げるのを、ユーリルがきょんと見守る。
「何食も抜かせる訳には行くまい。それに‥ただでさえ線の細いお前を、それ以上痩せさ
せるのも忍びないからな。」
「あら、2人共仲直りしたのね、良かったわ。」
ピサロと共に訪れた食堂で、ロザリーを伴いやって来たマーニャがにっこり声をかけて来た。
「マーニャ。仲直りってなんだよ?」
「だってゆーちゃん、最近露骨にぴーちゃん避けてたじゃない。ねえ?」
隣に立つロザリーへと同意を求めると、くすくす柔和な笑みがこぼれる。
「そうですわね。ピサロ様も楽しそうにしていらして、本当に良かったですわね。」
「ふうん。機嫌いいんだ、これ? ロザリーはよく判るわね。」
いつもと変化ないように見える魔王の顔をジッと覗き込んで、マーニャが素直に感心した。
「ロザリーもこれから食事か?」
「あ、いいえ。私はもう済ませましたわ。マーニャさんが寝過ごされてしまったので‥」
「優しい彼女が付き合ってくれてるって訳。あんた達も遅い朝食? 昼食かしら?」
ロザリーの肩に腕を回して、マーニャがにっこり問いかけた。
「オレ達は朝食兼昼食‥かな。なんか寝過ごしちゃってさ。」
「ふふ‥飲み過ぎたんじゃない、ユーリルも。聞いたわよ、アリーナに。昨晩クリフトと
飲みに行って来たんですって? あたしも誘ってくれたら良いのに。」
「はは‥。今度マーニャとも付き合うからさ。」
「約束よ。」
ひらひらと手を振って、マーニャとロザリーは窓際の明るいテーブル席へと向かって行った。
「私も同席するぞ。」
「え‥?」
ぽつりと落とされた呟きを聞き取れなかったユーリルが、向かい席に座るピサロへ目を移す。
「‥酒の席だ。野放しにすると危なっかしいようだからな、お前は。」
不機嫌さを滲ませるピサロの台詞に、しばし呆気に取られていたユーリルがふわりと笑う。
「ふふ‥うん、それはありがたいな。オレさ、実は酒自体は嫌いじゃないんだ。これから
は飲みたい時に飲めるね。‥付き合ってくれるんでしょ?」
「ああよかろう。酔い潰れたら、ベッドまで運んでやるぞ。駄賃は戴くがな。」
にっと口の端を上げて、ピサロが不敵に笑んだ。
「だ‥駄賃て。…ピサロ、ひょっとして今まで猫被ってたのか?」
かあっと頬に朱を走らせたユーリルが、呆れを滲ませ訊ねた。
「フ‥まあ面倒は避けたいからな。そういう意味で距離を置いてたのは事実だな。」
「ふうん‥そっか。じゃ‥良い傾向って事なんだね、これは。」
「お前が割りを食う事態かも知れぬがな。」
「う‥まあ。うん‥そこらへんはお手柔らかにお願いします。…初心者なんで。」
割りを食う事態とやらを想像したユーリルが目を泳がせると、身を乗り出して小声でぽそりと
彼の耳に囁いた。目を丸くしたピサロが、くつくつと笑い出す。声こそ抑えてはいるが、身を
震わせて笑いに更ける魔王の姿など、凡そ想像だにしなかったユーリルがきょんと見守る。
偶然食堂に居合わせたマーニャ達とブライ・ライアンも、その不思議な情景をぽかんと眺めた。
「すごいですわね、ユーリルさんは。ピサロ様本当にお楽しそう‥」
少し離れたテーブル席で、2人の様子を眺めていたロザリーが心底嬉しそうに息を落とす。
「まあ‥ね。意外なぴーちゃん発見ね。失敗したわ。ここからじゃあ、何話してるのか聞
こえないじゃない。」
「ふふふ‥ピサロ様、ユーリルさんがとても気に入られたのでしょうね。」
「そうみたいね。ゆーちゃんもロザリーみたく天然さんなトコあるから。そういうのが趣
味なんでしょ、きっと。」
にこにこ話すロザリーに、片肘ついたマーニャがあっさり返す。
「あら、マーニャさん。私は確かにおっとりしてますけど。ユーリルさんはとてもしっか
りしてらっしゃいますわ。」
「あの子も大分旅慣れて、しっかりさんに見えるかもだけど。実はね‥相当うっかりさん
なの。天空の塔入るのに何回駄目出しされた事か‥」
はあ‥と少々大袈裟な溜め息を雑ぜて、マーニャがユルユル首を左右に振った。
よくは伝わらなかったが、きっととても大変だったのだろうと、ロザリーも顔を曇らせる。
「大変でしたのね‥」
「そう、苦労したのよ〜」
マーニャがそれは楽しそうに語り始める。天空の塔でのハプニングの数々を‥
「‥ん? やっぱりロザリーが気になる?」
食事の続きを再開させてたユーリルが、先に食事を終えてしまったピサロの目線に
気づき声をかけた。
「あまり側へは行かないけど、そうやって彼女を気にかけてあげてるよね、ピサロって。」
「‥あれがあのように楽しげに過ごしてるのを見ると、いろいろ考えてしまってな。
まあ‥今は何やらお前の話で盛り上がってるようだしな。」
「え‥オレの事?」
「天空の塔での失敗談を、ロザリーに語ってやってくれてるぞ、あの踊り子が。」
「マーニャってば、また。…てか。聴こえてるの? この距離で?」
ガヤガヤとした雑音に紛れて、彼女達の声などほとんと聴こえないユーリルが、
怪訝そうに訊ねた。
「‥集中すればな。昨晩もそれでお前の居場所を突き止めた。」
「ふわあ‥。耳いいんだ、魔族って。それともピサロが特別?」
「人間の耳が鈍すぎるだけと思うが。ロザリー‥エルフも私とそう変わらず耳聡いぞ。」
「へえ〜。姿はそう違わないのに、能力値は随分変わるもんなんだ。まあ、人間だって
魔法使える者と使えぬ者があったりするしね。そう言うのって、面白いよね。」
「‥まあな。」
にこにこと話すユーリルにピサロが相槌を打つ。
他者と違う‥そういった理由が争いの元になるのは世の常だが。目の前の勇者は、
それを面白い事だと目を輝かせる。
人は下らぬモノだと勝手に決めつけて来たが、この勇者も、その仲間達も、非常に
興味深い者達だ。共通の敵を追うならばと、共に行く事を選んだのは、ロザリーと
自分の命の恩人となったこの者達への借りを返す意味もあったのだが…
「‥ん? どうしたの?」
ぼんやりとした視線を注がれているのに気づいたユーリルが、小首を傾げ訊ねた。
「…いや。食事が済んだのなら、行くぞ。」
「あ‥うん。」
「わっ‥、んぅ‥っん…ふ‥‥」
2人部屋。自分の荷物をベッド脇に置いたユーリルの躰を反転させて、ベッドに縫い
止めたピサロが、唇を重ねて来た。口接けは息継ぎすら侭ならぬ程性急に深まって
来て、不慣れなユーリルの思考を奪ってゆく。
「ふ‥はあっ‥。はあ…。ね‥待っ‥て。本当に‥やるの?」
口接けが解かれると、新鮮な酸素を求めるように息を整えたユーリルが、覆い被さって
くるピサロを押し止どめながら声をかけた。
「本当にやるぞ。」
「でも‥まだ昼間‥っ、ん…ぁ‥」
あっさり返したピサロは、ユーリルの腕をシーツに縫い止めて、首筋から鎖骨へと舌を
這わせた。ゾクンと肌を震わせたユーリルが、甘い声を漏らす。
「お前だって、その気になってるみたいだが?」
「あっ‥駄目、それ…あっ、んんっ…」
上着の裾から忍び込んだ手が胸の飾りを弾いて、ユーリルはビクっと躰を跳ねさせた。
悪戯な手は更にその尖端を指の腹で押し潰すようにし、捏ね回す。
ピサロに抱かれるまで、そこがこんなにも情欲を煽ってくるとは想像だにしなかったのに。
ぽつんと存在する尖りがピンと張り詰めて来ると、下肢も連動したように熱を帯びて来て
いるのを自覚する。
「中々元気だな。」
ズボンの前立てをくつろがせると飛び出した、やんちゃな坊やにピサロがクスリと笑う。
「あっ‥や、言うなよ〜」
かあっと頬を染め上げて、ユーリルが恥じらうように顔を横向けた。
明るい場所で普段他人の目に晒されない場所を見つめられるのは、あまりにいたたま
れないし、気恥ずかしい。
「なあ‥やっぱり…えっ? あっ…ふ、ぅん‥そ…ああっ‥‥‥」
日が落ちてからにしよう‥と言いかけたユーリルに構わず、下穿きをズボンごと引き
下ろしたピサロが、中心で欲望を主張する屹立を口に含んだ。なんの躊躇いもない
その行為に、ビックリ眼でユーリルが凝視する。反射的に躰を起こしかけたが、粘膜に
包み込まれた欲望は、その感覚に昨夜の熱をも過らせて、うっとり浸り始めた。
「ひあっ‥ああ…ん…ああっ‥‥‥」
鈴口を吸い上げたと思うと、幹を舌が這い唇全体で刺激を与えてくる。湿った音を立て
ながら、ねっとり絡みついてくる行為は、羞恥以上に熱流を渦巻かせ、ユーリルは喘ぐ
事しか出来なかった。
「ふっ‥ああっ…」
欲望の熱に浮かされながら、ユーリルは彼の口内にその滾りを迸らせた。
弛緩した躰をベッドに預け、大きく息を繰り返す。そのままとろとろ眠りに就きたくなる
心地で目を閉じると、ねっとりしたものを纏わせた指が、蕾へ宛てがわれた。
「あっ‥、ん…ふっ‥‥ああっ‥‥‥」
グンと脚を持ち上げられて、露にされた蕾を解すように指を挿し入れて来る。内壁は
その侵入者を迎え入れるかのように蠢いて、ユーリルはやがて迎える熱の楔を思い
躰を震わせた。2本3本‥内壁を押し広げるように指でかき回される度、艶めいた
ユーリルの喘ぎ声が室内に響く。始めこそ押し殺すように神経を払っていた嬌声
だったが、躰の中心に渦巻く熱が全身を包むように翻弄してくると、そんな余裕も
持てなくなって行った。
「ユーリル、辛かったら言えよ。」
指を引き抜いたピサロが、自身を宛てがい声をかけた。
「うん…、でも‥多分大丈夫…」
最初の口接けの勢いだと、もっと性急に行為に及んで来るかとも思ったが。丹念に
解された内奥は、寧ろ熱杭を待ち侘びるかのようにざわめいていた。
「ふっ‥あ、ああっ…ふぅ‥んっ…ん‥」
最初の難関さえ突破してしまえば、後は割合スムーズにピサロは腰を進めさせた。
「堪らないな‥」
「ん…?」
「お前の中だ…」
ぽつっと落とされた呟きに耳を傾けると、ピサロは口の端を上げ、続けた。
「‥気持ち‥いい?」
「ああ‥堪らなくな。」
色気を纏った微笑に、ユーリルの胸がドキンと跳ねた。そして‥
「そっか…オレばっかりじゃないんだね。一緒だ…」
ピサロへと差し伸ばした両手で彼の頬を包むと、ユーリルがふわりと微笑んだ。
「ああ‥そうだな…」
上体を伸び上がらせて、ピサロがユーリルに口接けた。
「ユーリル‥お前は可愛いな‥」
愛おしむような優しい接吻が解かれると、離れしな、ピサロが柔らかい眼差しで
告げる。
「え‥? あっ…あん‥ふあ…っ、あん‥‥‥」
思いがけない台詞に惑うユーリルを余所に、ピサロは本格的な律動を開始し、
ほろほろこぼれる甘い快感に、ユーリルはまた喘ぐしか出来なくなってしまう。
初めは‥そう、毒に当たったのが原因だった。
2度目は‥酔った勢いで?
3度目のこれは‥これは‥‥‥
―――みたいだ。
ユーリルはチカチカ頭の奥で明滅する輝きに翻弄されながら、ふと答えを出した。
初めての時からずっと、心のどこかで避けて来た答えを。
けれど。ふつ‥と浮かんだその言葉は、押し寄せる熱流に飲み込まれ破裂した。
今はまだ、答えなどいらない。ただ、温もりが嬉しいだけでいい。
躰の奥で受け止めた迸りを思いながら、ユーリルは解放させた自身の欲望と共に
意識まで飛ばしてしまった。くったり力を落としたユーリルに、まだ少々物足りない
思いのピサロが微苦笑する。汗で額に張り付いた翠髪を払い退けて、目尻に
滲んだ涙を拭った。
生理的なものか、それとも別の意味を含むのか、ピサロには判断つかなかったが、
どれだけ泣かれても、手放すのは難しいなと自嘲気味に苦笑を漏らすピサロだった。
2012/8/26 |