(スマン、彩。オレはお前の友達を汚してしまった。お前を汚したも同然だ…
なんでこうなった?)
オレは昨日酔った勢いでますみちゃんをレイプした…彩の友達を。
ますみちゃんに迫れたとはいえ、また汚してしまった…
命を絶ってでも謝罪するつもりだったのに。
それがなんだ?酒に負けて…快楽に負けて…何やってんだオレは?
彩はsaiとして歌い多くの人に勇気を与えている。
オレはそんな彩の力に少しでもなりたいと常日頃考えてたはずじゃなかったのか?
それなのにオレは…なにやってんだ!
怒りに震え壁を殴る。1発2発3発……気が付いたら右手は血が滲んで腫れている。
多分、骨折しているんだろう。
(素っ裸で何してんだオレは?)
右手を見て少し落ち着いたオレは体を拭き風呂を出る。
(とにかく謝ろう。そして何故あんな事してくれたのか、真意を聞こう)
風呂から出たオレをTシャツ一枚でますみちゃんは出迎えてくれた。
(男の人はこんな格好に興奮するって書いてあったから大丈夫よね?
もしかしたらいきなり抱きしめられて そのまま抱いてくれるかも?
そうなったらもう私の物…ゴメンネ、彩)
これから始まるであろう静馬さんとの行為を想像し頬が緩む私…はしたないわね。
けどお風呂から出てきた静馬さんは表情が暗く様子が変だった。
(静馬さん?一体どうしたのかしら?)
戸惑う私。さっきはあんなに気持ちよさそうな顔してたのに…精液を飲まなかったからかな?
そんな事考えてたら静馬さん私に頭を下げてきた。
「ますみちゃん、また君を汚してしまった。すまない!」
慌てる私は頭を上げてもらうため手を取ろうとした。その手は腫れて血が滲んでいた。
「手、怪我してるじゃないですか!いったいどうしたんですか!」
さっきお風呂ではこんな傷無かったわ。じゃあ私が出てからの傷ってこと?
何故?どうしてなの? それより手当てしなくちゃ!どうすればいいの?
分からないわ、救急車呼んだほうがいいのかしら? 彩ならどうするの?
何をしていいか分からずに慌てふためく私。どうしたらいいの?
手当ても出来ない自分に情けなくて涙が出てきた。
『ピンポーンピンポーンピンポーン』
そんな時チャイムが鳴ったの。
「ねぇ、別に明日会社で言ってもいいんじゃないの?」
かなえが聞いてくる。当たり前の質問だ。
「こういうのは早く教えたほうがいいんだよ。それに文句も言いたいしな」
俺たちは麗菜さんに会った後、直接静馬のマンションに来た。久しぶりだ。
「お前来た事ないだろ?あいつの家、プロレスグッズと女の歌手のポスターばかりで驚くぞ」
あいつの趣味は片寄ってる、もてない原因だ。おまけに恋愛感情がにぶすぎる。
かなえだって最初はあいつ狙いだった。
静馬のことを相談に乗ってるうちに俺と出来てしまった。
かなえと恋人になれたのはある意味あいつのおかげだな。
「う〜ん…なにか別の思惑があるような気がするわね」
ギクッ!なんて鋭いんだかなえは……今夜、お前がしてくれるであろうサービスが怖いからな
んて言えない。言える訳がない!
昨日は4回もやったんだから今日ぐらい休ませろ!いや、休ませてください。
心の中で土下座した俺は動揺を隠して誤魔化す。
「麗菜さんの話だとあの頃のあいつには他に好きな女がいたんだよな。
自分では気づかなかったみたいだけど。 それがあいつらしいよな。そう思うだろ?」
「うん、先輩らしいよ。にぶいからね。あたしが誘惑しても全然気づかなかったモンね」
よし、誤魔化せた!ナイスだ俺!けどかなえは眉間にしわを寄せている。
「…なんか思い出したらムカついて来た…あたしの誘惑を無視するって何なの?傷つくわね…
直樹、傷ついたあたしを今夜はたっぷりと慰めてね」
かわいくウインクするかなえ。…池田直樹26才。死を覚悟しました。
チャイムを押すかなえ。俺は空を見上げて隕石でも落ちてこないかなと無駄な願いをする。
しばらくしたらドアが開いた。静馬ではなく、なぜかTシャツ一枚の女の子が飛び出してきた。
ん?この子は…かなえの後輩のますみちゃん…だよな?
なんでここにいるんだ?ていうか何だそのエロイ姿は。
あれ?もしかして泣いている?なんでだ?
「先輩!助けてください!…静馬さんが!」
……静馬ぁ、お前ますみちゃんにいったい何をしたんだよ!
人が心配してるってのに、てめえは!
怒りのあまり俺は、部屋に飛び込んで静馬を殴り倒した。
「てめえふざけんじゃねえ!女を暴行するなんて何考えてんだ!」
ボーゼンと俺を見る静馬。てめえ見損なったぞ!
とどめを刺そうとしたらますみちゃんが走ってきた。
「静馬さんに何するの!」
テニスサークル仕込みの腰の回転を生かし、スナップの効いたビンタを俺に叩きつけるますみ
ちゃん。吹き飛ぶ俺。……訳が分かりません。何がどうなってんだ?
突然のチャイム。静馬さんの怪我で動揺してる私は自分の部屋じゃないのにインターホンの受
話器を取る。
聞こえてきたのは先輩の話し声。助かった!先輩怪我とか詳しいから手当てしてもらえる!
慌てた私はTシャツ1枚で玄関を飛び出した。
「先輩!助けてください!静馬さんが!」
泣きながら先輩に助けを求めたの。
私を見た先輩の横にいた男が部屋に飛び込んで行ったわ。
そしていきなり静馬さんを殴りつけたの。倒れた静馬さんに追い討ちを掛けようとしてる。
「静馬さんに何するの!」
駆け寄った私はそのバカ男を思いっきり叩いた。
いきなり何てことするのよこの男!一体誰よ!
興奮してる私の肩に手が置かれた。かなえ先輩?手が震えてますよ?
「何があったか知らないけど、あたしの男に手をあげるなんて…
ますみ、あなた随分と偉くなったのね?」
せ、先輩の彼氏だったん…ですね……
あ、痛いです、そんなに強く肩を握らないで下さい。
ごめんなさい、もうしませんから……その笑顔怖いです、先輩。
突然オレの家に来た池田とかなえちゃん。急に池田に殴られたりもしたが今はかなえちゃんが
右手を応急処置してくれてる。やっぱり折れてるみたいだ。
「いったい何なんですか?先輩は骨折してるし、ますみは変な格好だし…
おまけに直樹は殴られるし」
ますみちゃんを睨むかなえちゃん。ますみちゃん震えてる…かなえちゃんって結構怖いんだ。
知らなかったな。
「ま、まぁ俺のことはいいからさ。そんな怖い顔すんなよ、かなえ。
せっかくの綺麗な顔が台無しだぞ?」
池田の言葉でかなえちゃん、機嫌が直ったみたいだ。
「ホントに済みませんでした!」
勢いよく頭を下げるますみちゃん。そんなますみちゃんに戸惑う池田。
そこまで怖いんだ、かなえちゃんって。
「で、なんで先輩骨折してるんです?なんでますみがそんな格好してるの?
とりあえず着替えてきなさい」
かなえちゃんの言葉に慌てて着替えに行くますみちゃん、顔は真っ赤だ。
「…直樹、なに鼻の下の伸ばしてるの?…浮気する気ね」
赤い顔してますみちゃんを見てた池田は青くなった。信号機みたいだな。
そんな2人を見ていると、さっきまで自分に対して抱いていた怒りの感情が収まってきた。
(2人ともありがとう。おかげで少し落ち着いたよ…)
オレは2人に少し救われた気がした。
「静馬、いきなり殴ってすまなかったな。ますみちゃんがあんな格好で出てきていきなり
『助けて下さい!』だからな。お前がレイプしたんじゃないかとカン違いしたんだよ。」
池田の言葉にオレは正直に打ち明ける事にした。
「池田…カン違いじゃないよ。オレはますみちゃんを…レイプしたんだ」
オレの言葉に2人は唖然としている。
「昨日麗菜に会ってお前らとやけ酒飲んだ後、酒に酔ったオレはますみちゃんを…レイプした
んだ。 酔ってたからと言い訳できることじゃない…明日、警察に自首しに行くよ」
そうだ、最初からこうしておけばよかったんだ。
オレみたいなレイプ魔は刑務所に入らなければならない。
そうじゃないといつ彩を襲うか分からないからな…
「ちょ、ちょっと待てよ。お前がレイプ?嘘だろ?証拠はあるのか?
ますみちゃんがそう言ったのか?」
池田よ…お前ホントにいい奴だな。…お前と友達でよかったと心から思うよ。
「証拠は…今朝、裸のオレの横で同じく裸のますみちゃんが寝ていた。
シーツには血が染み付いてた…どう考えてもオレが襲ったとしか考えられないだろ?」
「しかし、合意の上ってこともあるだろ?お前泥酔してたんだろ?
そんな状態で襲うなんて無理だろ?」
まだかばってくれるのか…ありがとう。
オレには無理だけどお前には幸せになってもらいたいよ。
「もういいよ、池田。オレがなんの関係もない彼女を犯したのは間違いないんだ。
オレが抜けた後、仕事でお前に迷惑を掛けるだろうけどすまんな。
かなえちゃんも大事な後輩に……ごめんな」
2人に頭を下げる。こんなことで許されるはずもない。ホントにスマン、2人とも。
「先輩…その手の怪我って、ますみをレイプした自分に腹が立って何かを殴ってやっちゃった
んですか?」
ため息を吐きながら聞いてくるかなえちゃん。ごめんな、情けない先輩で…
「ああ、そうだよ。卑劣な自分に腹がたってな…壁を何度も殴ったんだよ」
今度はため息吐きながら首を振ってる。なんだ?
「先輩…なんでますみから誘われたって考えないんです?ますみ、先輩の事好きなんですよ。
いい加減その鈍感さを直して下さい!じゃないとますみが可哀想ですよ…」
……は?何言ってるんだかなえちゃん?オレが誘われた?
ますみちゃんがオレを好き?ありえないだろ。
「お、おいおい、何言ってるんだよ、かなえちゃん。そんな事ある訳ないじゃないか。
オレを好きになるなんてそんな奇特な人がいる訳ないだろ?」
な、何だ?今度は池田までため息しだしたぞ?
「お前に惚れてた人なら目の前にいるだろ。探せばそこらじゅうにいると思うぞ」
はぁ?ま、まさか池田…お前、オレの事を?
「何直樹のこと見てんですか!あたしですよ、あたし!
先輩が全然気づいてくれないから乗り換えたんですよ」
え?…えええ!意外な告白!全然気がつかなかったぞ!
「ホントか?そんな素振りまったく見せなかったじゃないか!」
「はぁ?何言ってんです?メール毎日送ったり、食事に誘ったり、腕に胸押し付けてたりといろ
いろ努力してましたよ!」
…マジで?あれがそうだったの?じゃあなんだ、オレは目の前にあったおいしいエサに気づか
なかったのか?それなのに彼女ほしいとか言ってたのか?なんなんだ、オレ。
衝撃の事実に凹むオレ。そこに着替えたますみちゃんがやってきた。
「あ、ますみ、ちょうどいいところに来たわね」
着替え終わった私に先輩が話しかけてきた。イヤだな、いろいろ聞かれるんだろうな。
「ますみ、あんた昨日の夜、先輩とエッチしたのね。
…先輩ね、あんたをレイプした責任取るため明日警察に自首するんだって。どうすんの?」
ええ?静馬さん私としたこと、先輩に言っちゃったんだ。いろいろ聞かれるんだろうなぁ…
嫌だなぁ、恥ずかしいなぁ…ん?レイプしたから自首する?な、なによそれ!
「なんなんですか、自首って!昨日は私が静馬さんを騙して抱いてもら…って……!」
…しまった!ばらしちゃった!しかも一番ばれたらいけない人の前で…ど、どうしよう?
「ますみ?面白そうな話ね。あたし達の仲で隠し事はいけないわよね?
仲のいい先輩後輩なんだから、ね?」
まな板の上の鯉。蛇に睨まれた蛙。今の私はそんな感じ。
新しいことわざで『かなえの前のますみ』っていうのができそうな気がする。
申請してみようかな?どこにしたらいいのかしら?
「ねぇますみ、騙して抱いてもらったってどういう事?
確かに昨日、エッチして責任取ってもらえって言ったけど騙すってなんなの?」
かなえ先輩の言葉が…『騙す』という言葉が胸に刺さる。
(騙す…そうよね、私、静馬さんを騙して抱いてもらったんだったわ。
騙したあげく親友から奪い取ろうとして…体を使って奪い取ろうなんて、最低な女)
「ますみ!なにか言いなさい!それになんでTシャツ1枚でいたの?答えなさい!」
「……先輩が言ったんじゃないですか…」
私の口から本音が漏れる。
「先輩がエッチして責任取ってもらえって言ったからじゃないですか!だからそうしたんです!
何が悪いんです? 静馬さんが私を麗菜って女と間違えて抱きついてきた時に…
先輩の言葉が頭に出てきて…麗菜になりすまして…抱いてもらったんです!
…静馬さんが好きだったから…抱いてもらったんです!」
言葉が止まらない…涙も出てきた。もう頭も顔もグシャグシャ…何がなんだか分からないわ。
「親友の想い人だから諦めようとしたわ!何度もしたわよ!
けど…好きなんだからしょうがないでしょ!本気で好きになってしまったんだから…」
先輩に抱きついて泣きじゃくる私…
「好きになってもらおうと料理作ったり、背中流したり、体を使ってエッチなこともしたわ!
それも全部静馬さんを手に入れるため!けど静馬さん…結局私を抱いた事で後悔しかしてく
れなかった!私どうしたらよかったんですか?教えてくださいよ先輩…」
私の涙で先輩の服はグシャグシャ。けど先輩、やさしく撫でてくれた…
かなえに抱きついて泣きじゃくるますみちゃん。それを見て俺は静馬を殴りたくなった。
静馬に悪気がないのは分かっている。けど、今回ばかりはそれでは済まされないだろう。
「静馬、今から殴るけどいいか?」
殴ろうとする相手に『殴っていいか』なんて、何言ってんだ俺は?
「……ああ。頼む、殴ってくれ」
返事をする静馬。殴って欲しいお前の気持ち、なんとなく分かるよ。
「歯ぁ食いしばれよ、いくぞ!」
俺は思いきり殴る。静馬は避けようともしない。
「今のはかなえの分だ。次はますみちゃんの分!」
右のアゴをぶん殴る。口から血を吐き出す静馬、歯が折れたな。
「まだだ!倒れるな静馬!」
ふらつきながらも立つ静馬。止めようとするますみちゃんをかなえが抑える。
「最後は麗ねえさんの分だ!」
会心の右正拳突きが静馬の顔面を貫く。崩れ落ちる静馬。
「なんで静馬さんを殴るんですか!騙したのは私です!殴られなきゃならないのは私です!」
倒れた静馬に駆け寄るますみちゃん、ほんとにいい子だ…俺が付き合いたいぐらいだよ。
「…先輩、彩って子とはどうなったんですか?」
かなえが聞いた。俺も麗ねえさんに聞くまで知らなかった子だ。
ますみちゃんの顔色が変わる。この子、知ってて静馬の事を…
「先輩、実は今日、守屋麗菜さんに会って来たんです。
何故先輩の前から急に消えたのか…本当のことを聞くために」
麗菜さんから聞いた話を俺たちは静馬とますみちゃんに話し出した…
「麗ねえさん、ひさしぶりです。池田です、池田直樹です」
俺たちは守屋麗菜に会いに来た。静馬の前から消えた本当の理由を聞くためだ。
「………誰?」
久しぶりに聞いた麗菜さんの一言。……うわぁ〜キッツイなぁ…帰りたくなってきた。
「…あはは、冗談よ直ちゃん。あなたもそこそこいい男になったわね。
今日は何?口説きにでも来たの?」
凹んで肩を落とす俺を見て笑う麗菜さん。相変わらずな性格、変わらないな。
ん?かなえの眉間がピクピク震えてる…おいおい冗談を真に受けないでくれよ?
「初めまして、あたしは直樹の『彼女』の辻原かなえです。
今日はおばさ…いえ、お姉さんに聞きたいことがあってきたんですよ」
ニッコリと微笑むかなえ。肩まで震えてる…こ、怖い。連れてくるんじゃなかった!
うわぁ、麗菜さんも眉間がピクピクしだしたぞ…怒ってる。怒ってるよ、こわいよぉ…
「あらぁ、可愛らしいお嬢ちゃまねぇ?挨拶出来るなんて偉いわぁ。
ご褒美にいいこと教えてあげよっか?直ちゃんね…左の乳首が性感帯なのよ。
舐めてあげるとカワイイ声で感じちゃうのよ」
麗菜さん、嘘はやめて。そんな事してくれたこと無いじゃないですか!
ああ、かなえの殺気が目に見えるようだ…このままじゃトンでもない目に遇うな。
「麗ねえさん、今日は冗談言いに来たんじゃないんです。
今日来たのは分かってると思うけど……静馬の事です。
麗ねえさんが静馬に言った事…あれ、嘘でしょ?何故あんな嘘、言ったんですか?」
汗をかきながら本題を切り出す俺。かなえ、そんな目で睨むのやめて。
「…静馬くんに頼まれたの?違うか…鈍感だから嘘なんて見破れないモンね」
ため息を吐く麗菜さん。やっぱり嘘だったのか。
「理由はね、彼があたしの事、愛してなかったからよ。彼ね、他に好きな子がいたの。
彼自身気づいてなかったけどね。だからね…逃げたの。逃げ出したのよ。
一緒にいるのが辛くて…耐えられなくなってね」
あの頃の静馬に、麗菜さんの他に好きな女がいた?嘘だろ?
「付き合い始めて3ヶ月ぐらいで気づいたの。この人、彩って女が好きなんじゃないかって…」
彩?知らないな…あの当時のあいつにそんな女いたっけ?
「実家の隣に住んでる6才年下の寂しがり屋の女の子。学生時代よく遊んであげたんだって。
静馬くんがこっちに引っ越してきてから元気が無くなったって言ってた。
元気付けるために毎日電話するって…」
6才年下?じゃあ当時は中1か?…まさか静馬のやろう、ロリコンだったのか?
「最初はお兄さんしてるのねって思ってたけど…静馬くん彩って子の事ばかり考えてるのよ。
無意識なんだろうけどね。分かる?好きな人が隣にいるけどその人は違う女のこと考えてる辛
さって… あたしだけを見させようといろいろしたわ。
けどね、どんなに頑張ってもね…身体を使って誘惑してもね…ダメだったの。
私だけを見てくれなかった…だから一緒にいるのが辛くなって逃げ出したの。
愛してたけど逃げたのよ。目の前でその女に静馬くんを取られるの、見たくなかったの。
……これが逃げた理由よ」
麗菜さんの告白に俺もかなえも言葉が出ない。
俺が麗菜さんの立場だったらどうしたんだろう…やっぱり逃げだしたか?
かなえにそんな男がいたらと思うと…震えが来る。考えたくもない!
かなえを見たら俺と目が合う。…不安そうな顔だ。俺と同じ事考えてたんだな。
「あ、それとね、静馬くんに言った事全部が嘘じゃないわよ。
子供はいなかったけど旦那はいたの。まあその頃は離婚してたんだけどね。
静馬くんから逃げた後によりを戻したのよ。今では子供2人いるし3人目も出来たしね」
嬉しそうにお腹をさする麗菜さん。妊娠してるんだ。
「だからあたしは今、幸せなの。静馬くんにはちょっとした復讐心で嘘ついちゃったけど…
謝っておいてね」
そう言って舌をペロッと出した麗菜さん。
可愛くておちゃめな年上の女性。やっぱり麗菜さんは俺たちの好きだった麗菜さんだ!
「麗ねえさん、ありがとうございました!元気な子供生んでください!」
俺は深々と頭を下げ麗ねえさんに別れを告げる。もう会う事もないだろう。
さっそく静馬に教えてやらなきゃな!麗ねえさんはやっぱり麗ねえさんだったって。
その足で俺はかなえを連れて静馬のマンションに向かった。
「…と言うことだよ。分かったか、この鈍感野郎!」
池田の言葉に唖然とする。オレが彩を…好き?…そうなのか?
確かに彩の事をよく考えてる。けどそれは妹を心配する兄みたいなものじゃないのか?
少なくともオレは今までそう思っていた。それがカン違いだったのか?
殴られた痛みも忘れ考えこむオレ。そんなオレにますみちゃんが話しかけてきた。
「静馬さん、さっきのお風呂場での時…私と彩、どっちのこと考えてましたか?
朝ごはんの時やカレー食べた時、麗菜って人の時みたいに私じゃなく、
彩のこと考えてたんですか?どうなんです……答えてくださいよ!」
泣きながら聞いてくるますみちゃんの問いかけに答えられないオレ。
オレは…ますみちゃんに風呂場でしてもらってた時も…彩のこと考えていた。
ゴハン食べてる時も作ってくれたますみちゃんじゃなくて…ここにいない彩のことを。
今気づいた…オレは彩を基準に女の子を見ている。麗菜さんの時も、ますみちゃんの時も。
これって彩のことが好きってことなのか?…分からない。自分の気持ちが、分からない…
「……答えられないんですね……私じゃ…ダメだったんですね…もういいです!」
「あっ、待ちなさいますみ!」
走って家を飛び出すますみちゃん。それを追いかけるかなえちゃん。
そんな2人を見ても何も出来ないオレ…
「静馬、ますみちゃんはかなえに任せてゆっくり考えろ。
誰と一緒にいたいのか。誰が好きなのかを…」
オレは…誰と一緒にいたいんだ?一体誰と…
私はマンションを飛び出した。…静馬さんの口から答えを聞きたくなかったから。
初めから分かってた…勝ち目なんてないことを…
けど…好きになったから…愛してほしかったから仕方ないじゃない!
こんな思いするなら抱いてもらわなきゃよかった…
なんで嘘ついて騙してまで抱いてもらったんだろ?
足を止めた私は、いつの間にか近くの公園に来ていた。
「ますみ…少しは落ち着いた?」
先輩…追い掛けて来てくれたんですね…
「彩って人、知ってるんだ…どういう子なの?」
そっか…先輩知らないんだ。…静馬さん話してないんだ。
「…私の…友人。モデルみたいに綺麗で…けど、気が強くて…でも優しい子。
私の…自慢の親友でした」
そう、私の大事な親友…彩の気持ちを知りながら奪い取ろうとして…結局ダメだった。
私…何がしたかったんだろ?好きな人と親友…一度になくしちゃった…バカみたい。
「…なんでこうなったんだろ?なんで彩と同じ人…好きになったんだろ」
…先輩…また抱きしめてくれた。…涙せっかく止まってたのに…また出てきちゃったじゃないで
すか…また先輩の服、汚しちゃうじゃないですか……ありがとう、かなえ先輩……
その時私の携帯が鳴った…今一番声を聞きたくない人…彩からだった。
「ますみ?お願いがあるんだけどいいかな?
えっとね…明日拓にぃに電話してくるように言ってほしいんだ。
べつに寂しいからとか、話したいからとかじゃないよ?
明日ね、アタシの大好きな田上明が武道館でベルトに挑戦するんだ。
その結果教えてもらおっかなって思ってね。それだけだからね?」
そう、あくまでタイトル戦の結果が知りたいだけで拓にぃの声が聞きたいわけじゃないわ!
って苦しい言い訳。そうよ!もう我慢できないのよ!
いつまで待たせんのよ、あのバカ拓にぃは!罰として明日は寝させないわ。
…あれ?ますみ、聞いてるの?…どうしたんだろ?
「ますみ?どうしたの、聞いてる?なにかあったの?」
……返事がないわ、何かあったんだ。
「…あ…や…」
ん?よく聞こえないよ、ますみ。
「…あ…やぁ…うぅ…ひっ…ひっく…ごめ…ひっ…ん…ぅぅ…」
…ますみ、泣いてるの?何があったの、なんで泣いてるのよ?
「ますみ!今どこ?どこにいるの!」
こんなますみは初めて…力になりたい。大切な友達だから…
「静…まさ…ん…ひっ…ちか…公え…ん…ひっ…」
静馬さん近く公園?拓にぃのマンションの所ね!
「今行くわ!しばらく待っとくのよ!いい、今行くからね!」
アタシは大急ぎでタクシーに乗り公園へ向かう。40分もあれば着くはずだ。
ますみ…一体何があったんだろ?あの子が泣くなんて…
ますみにはいつも拓にぃのことで相談に乗ってもらってる。
今度はアタシの番。何があったか知らないけど…力になるわ。待っててね、ますみ!
30分後公園に着いた時、ますみは知らない女の人と一緒にいた。
誰この女?…まさかコイツがますみに何かしたんじゃ!
「あんた!アタシの友達に何してくれたのよ!…覚悟は出来てんでしょうね!」
怪しい女を睨みつけ近づこうとするアタシをますみが止めた。
「彩!先輩になにするの!この人は私のサークルの先輩よ」
え?先輩?えっと…もしかして拓にぃを紹介したっていう…拓にぃと同じ職場の人?
「え?そうなの?てっきりますみを泣かした人かなって…すみませんでした!」
勢いよく頭を下げるアタシ。まずいなぁ、拓にぃに今の事言われたらアイアンクローだよ…
どうにか誤魔化さなきゃ。
「アナタが彩さん?私は辻原かなえ。静馬先輩の会社の後輩でますみのテニスサークルでの
先輩…あなたの大学での先輩でもあるわね。よろしくね」
あ、そういえばそうだわ。アタシの先輩でもあるんだ。同じ大学だもんね。
「初めまして辻原先輩、国生彩です。…ところでなんでますみ、泣いてたんですか?
何があったんですか?」
そう、ますみが泣くなんて付き合い始めてから初めての事。一体何があったの?
その時、真剣な顔したますみが泣いていた理由をアタシに話し出したの。
「実はね、彩…アナタがいない間に私…静馬さんに抱かれたの…SEXしたのよ」
……へ?な、何言ってるのますみ?あなたと拓にぃが……あの拓にぃが?…う、嘘でしょ?
あまりの衝撃の大きさに言葉が出ない。
「ごめんね、彩…私も静馬さんが好きだったの。…だから、静馬さんに抱いてもらったの。
静馬さんの恋人になりたくて…体を使ってあなたから奪おうとしたのよ…」
そう…か。ますみも拓にぃのこと好きだったんだ…アタシと同じだったんだ。
…けど…酷いんじゃないの?アタシが拓にぃのことずっと好きだったって知ってるよね?
知ってたよね?なんでそんな酷い事するのよ!
親友だと思ってたのに…初めての親友だと思ってたのに…酷すぎるよ…
……けど、アタシがますみの立場だったらどうしたんだろ?…同じ事、したんじゃないかな…
そうよね…そうだよね。ますみの事…酷く言えないよね。
フラれるのを怖がってた…アタシがいけないんだよね。
ますみは怖がらずに前へ進んだから抱いてもらえたんだよね…アタシが、悪いんだよね…
「…けどね、静馬さん、私とエッチな事してる時も違う女の事考えてたの…
私がいるのに違う女の事考えてたのよ!静馬さんね…私を抱いた事で…
後悔しかしてくれなかったのよ。…ふふっ、バカみたいでしょ、私…」
…なにそれ?ますみとエッチしてて違う女って…エッチして後悔って…なによ…それ。
アタシの中に怒りの感情が沸々と湧き出てくるのが分かる。
「彩…その静馬さんが考えてた女っていうのはね…」
アタシはますみに聞き返す。
「…後悔ってなによ…ますみとエッチして後悔って…ホントに拓にぃ言ってたの?」
辻原先輩が口を挟む。
「本当よ。後悔して壁を殴り、手を骨折までしてるわ。けどね、それも全部、あな…」
アタシの中で何かが切れたわ。
「…ふざけてんじゃないわよ!ますみとエッチして、後悔してる?
エッチしてる時に違う女のことを考えてる?
ますみを…アタシの親友をバカにしないで!もう許さない!拓にぃ許さないからね!」
走り出すアタシ。もちろん拓にぃのもとへ。拓にぃがこんなひどい奴だとは知らなかった。
アタシがますみの立場だったらショックで自殺してるかもしれない…
後ろでますみと辻原先輩が何か叫んでる、けど今のアタシには聞こえない。
もう頭の中は拓にぃを制裁することしか思い浮かばない。
(拓にぃ…よくもアタシの親友を馬鹿にしたわね…その報いは受けてもらうわよ…)
オレはソファーに座り、頭を抱え考えている。
オレは一体誰が好きなんだ?誰と一緒にいたいのか…
麗菜さんの言う通り彩のことが好きなのか?
しかし彩は6才も年下だぞ?小学校から知っている。
やはり妹として心配してるだけじゃないのか?
けど、なんで他の女性といる時彩を思い出すんだ?
やっぱり彩が好きなのか?分からない、なにも分からない…
そういえばもう4日も彩と話してない事に気づいた。
(4日も電話出来なかったな…麗菜さんのことやますみちゃんのことがあったからな…
彩が知ったら怒るだろうな)
そんな事を考えながらどうやって彩の機嫌を取るかを考えてる自分に気づいた。
(また彩の事考えてる…やっぱり彩の事好きなのか?
分からない…会いたい…彩に会いたい、会って確かめたい!
そうだ!彩に会ってみよう。話はそれからだ!
彩の事が好きなら…会えば何かが分かるはずだ。…きっとそうだ!)
オレは彩に会うことを決意して立ち上がる。
今すぐ会いたい。会って確かめたい!
オレの気持ちはその思いでいっぱいになった。
「池田…ありがとうな。オレ彩に会いに行ってくる。会って自分の気持ちを確かめるよ。
彩が好きなのかどうかを…確かめてくる!」
一時間以上考え込んでいたオレに文句も言わず付き合ってくれた池田。
ありがとう、おかげで前に進めそうだ。
左手を差し出し握手をする。握り返す池田…顔が赤い、コイツ照れてるな。
その時玄関のドアが勢いよく開いた。
そこにいた人を見てオレは動けなくなった。
「彩…なんでここに…」
オレの呟きに池田が驚く。
「この子が彩って子か…で、どうなんだ静馬」
オレは彩から目が離せない…胸がドキドキする…抱きしめたい…
…今、気づいた、オレは彩が……国生彩が……好きだ!
彩がオレに向かって走ってくる。抱きしめよう、そう思った瞬間、彩の両足が顔面にめり込む。
プロレスの基本技、彩の小学校の時に封印された得意技…ドロップキックだ。
「こぉのエロ拓にぃ〜!死んじまえぇぇ〜!」
倒れたオレにそう叫びながら肘を落としてきた。
…あれは黒い呪術師アブドーラ・ザ・ブッチャーの得意技、毒針エルボー…か?
首筋に落とされたエルボーはオレの意識を刈り取った。
(なんだ?何が起こったんだ?一体どうなってるんだ?)
訳が分からない。静馬が一時間以上悩んで考え抜いてやっと会うことを決意した女性…
彩という女が部屋に入ってきた。
俺はてっきり映画のワンシーンみたいに感動の抱擁をするもんだと思っていた。
ますみちゃんによると彩って女も静馬が好きらしいからな。
けどなんだ?抱き合うどころか顔面を蹴飛ばし止めも刺した…なんだ?何が起こったんだ?
「思い知ったか!このエロ拓にぃ!ますみの敵だ!」
そう言ってピクリとも動かない静馬に蹴りをいれている。
俺は震えが止まらない…夢でも見てるのか?普通ありえるか?こんな現実が。
「彩!静馬さんになんてことしてるの!」
ま、ますみちゃん?あ、かなえも戻ってきたんだ、助かった!
「直樹、状況が分からないんだけど…どうなってるの?」
かなえ、見ていた俺も分からないんだよ。とりあえず俺は見たままを話す。
「…彩ちゃん、あなたカン違いしてるわ。先輩が考えてた別の女って…あなたよ。
7年前からあなたの事好きだったのよ。本人は気づいてなかったけどね。
…今日気づいたみたいだけど…この様子じゃ忘れてるかもね」
ピクリともしない静馬を見て話すかなえ。
「…彩、私静馬さんを諦めてあなたに譲ろうと思ってたけど…考え直そうかしら?」
静馬を介抱しながら呟くますみちゃん。俺も静馬のためにはそれがいいと思うぞ。
「…え?あ、アタシのことだったの?ホントにアタシの事…なの?」
お?目が潤んできた。こうしてるとかわいいじゃん。
んん?よくみるとすごく綺麗な女性じゃないか!
静馬やろう…内緒にしてやがったな。けどあのキック喰らうのは勘弁だな。
ま、静馬にお似合いだな。
「彩ちゃんだっけ?…静馬な、君と会って自分の気持ち確かめるって言ってたぞ。
君を好きかどうか確かめるってな」
あらら、両手で口押さえて泣き出したぞ。…よっぽど嬉しいんだろうな
「じゃ、かなえ、帰るか。ここにいたら後片付け手伝わされそうだからな。
ますみちゃんも帰るんだろ?」
せっかく自分の気持ちに気がついたんだ…2人だけにしてやりたい。
「ええ、私も帰ります。この様子だと静馬さん、そのうちに嫌気をさして別れると思いますから、
その時まで待ちますよ」
俺もそう思うよ。その時は静馬を頼むな、ますみちゃん。
「じゃ、帰るわね、彩。あ、その前に………パシャッ」
携帯で2人の様子を撮るますみちゃん。そして携帯の写した画像を彩ちゃんに見せてる。
「彩。アルバムにあったドロップキック10人記念の写真、11人にしておいたら?
今の写真引き伸ばしてあげるわよ」
横から見てみるとカワイイ子がお母さんらしき人にケツ叩かれてる。
そこには静馬の字で『祝ドロップキックで泣かした人数10人突破記念!』と書かれている。
こいつら何してんだ?付き合いきれん。その写真を見たかなえも悪ノリしだした。
「ホント先輩で11人目ね。けどせっかくだから『祝ドロップキックで泣かした人数10人と、落とし
た男1人、突破記念!』 の方が面白いんじゃないの?」
おいおい、からかうのはもういいだろ?彩ちゃん顔真っ赤だぞ。
「じゃ、静馬によろしくな」
俺たち3人はそろって静馬のマンションから引き上げた。
タクシーを待ってる間にかなえが聞く。
「ますみ、先輩のこと、ほんとによかったの?あれでいいの?」
ますみちゃん、少し照れながら答えてくれた。
「恋人は出来ませんでしたけど…とても優しい大切な親友ができました。
裏切った私を恨みもせず、私が馬鹿にされたと本気で怒ってくれた優しい親友が…
それで、十分です!先輩、池田さん、今日はありがとうございました!」
頭を下げるますみちゃん。なんか照れるな。
俺たちとますみちゃんはここで別れた。一緒のタクシーで行こうと誘ったが
「先輩からもらったお金まだ余ってますので!」
と必死に断られた。なんで必死なんだ?
俺とかなえはタクシーに乗り込み行き先を言おうとしたらかなえが
「ラブホテルまでお願いします」
ええ!家じゃないの?
「昼間に言ったでしょ?今夜はサービスするって……ポッ」
お、覚えてたのね……ますみちゃん、だから逃げたんだ……
静馬よ…女は変わるぞ…気をつけろよ…
俺はこれから起きる試練を想像しながら友人の幸せを祈った。
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