「ここらに来るのも久しぶりだな。…若いころはよく静馬と2人で来てたんだよ」
繁華街のネオンを眺めながら隣の最愛の人に話しかける。
少し前まで同僚の静馬とよく来ていた。そう、2人で風俗に。
あの頃はお互いに寂しい独り身だったんだよ。ま、今はお互い恋人がいるけどな。
「な〜に若い頃とか言ってるの?直樹まだ27でしょ?まだまだ若いわよ」
腕をギュッと抱きしめてくれるかなえ。
俺、お前の事好きなんだけど…ホントに好きなんだけど、けどなぁ…
「いや、そんなに若くない。…だから回数減らしてくれない?
2日に一度とか、せめて一日1回に」
そう、こいつは一日に何度も求めてくる。何をだって?そんなのSEXに決まってるだろ!
「却下。直樹に選択権ないわよ。こんな素敵な女性を置いて逃げようとするなんて…3日よ?
直樹分かってる?3日も抱いてもらえなかったのよ?どれだけあたしが心配したか…
直樹に何かあったんじゃないかって…夜も眠れなかったわ」
そう、俺逃げちゃったんだ。いや、逃げてるつもりはなかったんだ。
静馬と男2人で温泉に浸かりに行っただけなんだよ。
お互い恋人の事で相談したい事あったし、何より体を休めたかったんだ。
お互い恋人に言ったら絶対について来るからと内緒にしてたんだけど…バレた。
「心配させたのは謝るけど、一応書置き残してただろ?何で逃げた事になってるんだ?」
「……男2人で温泉なんて、絶対に浮気するつもりだったんでしょ!それとも、何?
あたしだけじゃ物足りなくなって、静馬先輩に手を出すつもりだったの?」
かなえ、浮気するつもりなんてないよ。ただ…俺の息子にも休みが必要なんだよ!
毎日最低3回はキツイぞ!分かってくれ!…っていうか俺はホモじゃねえよ!
「そんなに怒るなよ…美味しいもの食ったろ?機嫌直してくれ……なんだ?喧嘩か?」
路地裏から男達の怒鳴り声が聞こえる。懐かしいねぇこの感じ。
俺もよくやってたもんなぁ…高校時代は無敵だったからな。
「直樹、喧嘩なんて無視して…3日分抱いてもらうわよ?」
……喧嘩は止めなきゃダメだよね?うまいこと軽い怪我をして治療に行かなきゃな。
3日分って10回ぐらいはヤラされる。いや、ヤラれちゃう。
池田直樹27才。俺、まだ死にたくないんだよ!
「そうはいかんだろ?池田道場の息子としては無駄な暴力は止めなきゃな」
「でも、直樹……あ、ほら出てきたわよ?もう終わったんじゃないの、喧嘩」
う……ホントだ。出てきやがった。今時の若者っぽいのがゾロゾロと出てきやがった。
何人かやられてるな。何対何だったんだろ?気になるな。
「ちょっと…なんで路地裏に入ってくの?あたしはいいけど……直樹もやる気ね。
分かったわ、コンドーム買ってくるね」
………え?かなえ、なんでそうなるんだ?
ちょっとあいつ等の喧嘩相手の様子を見たいだけなんだけど?
もしかしたら大怪我してるかもしれないし…ここでするわけじゃないですよ。
分かってますか、辻原かなえさん?
…分かってなかった。かなえ、ダッシュでゴム買いに行った。…あいつ体育会系なんだよな。
ダッシュでコンドームを買いに行く23才・女……それでいいのか?


「うっわ〜、ボロボロだな……お?コイツ1人か?
1人であの人数とやったのか…やるなぁ、コイツ。
けど、負けちゃダメだろ。喧嘩はどんな手を使ってでも勝たないとな」
そう、どんな手を使っても勝つ。それが本来の池田道場の教えだ。
最近オヤジは子供に空手を教えたりいい人ぶってるがとんでもない!
あのおっさんほど恐ろしいやつはいない。
町でいきがってるガキ共相手に稽古だとよく喧嘩をやらされたもんだ。
この間もオヤジのせいでとんでもない目にあったしな。なんで風俗行ったことバラすんだよ!
おかげで静馬は彩ちゃんに粛清された。
俺は……女の気持ちが分かってしまうこと…されちゃった。
今度お返しに行かないとな。
静馬の野郎は8年前に奥歯とアバラ3本折られてからビビってるし、俺1人でやるか…
けど最近稽古してないからキビシイか…久しぶりに稽古行くかな?
…そういえば最近、ますみちゃんの後輩が道場に来てるらしいな。
先輩として稽古つけてやるかな。
「……う…うう…グホッ、ゲホッ…」
お?気がついたみたいだな。こりゃ結構ひどいな…左のコブシ、折れてんじゃねえか?
「おい、大丈夫か?生きてるか?」
軽く頬を叩いて意識の確認をする。う〜ん、ダメだなこりゃ。病院行きだな。
「お待たせ直樹!コンドームと…後、縛りに使うかなと思ってスポーツタオルと包帯買って来た
よ!」
……まあ何にせよタオルと包帯を買ってきたのは結果オーライだな。
「かなえ、両方貸せ」
袋を奪い取る俺。とりあえず応急手当てをしてやらないとな。
「えっ?今日はあたしが縛られるの?」
両手を頬に当てイヤイヤって恥ずかしがるかなえ。
あれぇ?目の前に怪我人いるのにそっちに考えいっちゃうの?
「状況を見てくれない?怪我人がいるんだよ?」
チッと舌打ちするかなえ。
……コイツを病院に連れて行ったら俺がとんでもない事、ヤラれそうだな。
「あれっ?この子どこかで見た事が……」
……は?かなえの知り合いか?なら仕返ししてこないとな。…さっきの奴ら何処行った!
「……ああ!君、綾崎君でしょ?ますみの後輩の綾崎湧一君!」
「え?コイツが今、道場に来てるって子か?」
なんだ、この喧嘩ってケンカ稽古だったのか。なら負けたコイツが悪い。
「間違いないわ!この子よ、ますみに写真見せてもらった事あるわ。
けど、ますみの話ではおとなしくてとても優しい子って話だったのに…
なんで喧嘩なんてしたのかしら?」
多分オヤジにそそのかされたんだよ。
可哀相にな…また1人、健全な青年が道を踏み外したか。
「……こ…ろせよ……ぼ…くを…ころ…せ…」
おいおい、なんか物騒な事言ってるぞ?
「ま…すみ…ね…さん…ゴ…メン…」
「ねぇ、綾崎君!ますみがどうしたの?」
かなえ、後輩の面倒見はいいんだよな。さすが体育会系だな。
「……に……しん……り……ざ……にげ……」
かなえの耳元で綾崎って子が呟いてる。
「………直樹、今晩のエッチはパスよ。
綾崎君を手当てしてあげて。あたしは用事が出来たから、後で電話するわ」
かなえはそう言い残して走ってどこかへ行ってしまった。
こいつどうしよう?とりあえずケンカ稽古でこうなったんだろうし…
道場に連れて行って手当てしてやるか。


(…ここ…どこなの?…私、確か……ユウ君に…見捨てられて…お酒を大量に飲んで…睡眠
薬を…)
目が覚めると知らない天井が。私、死んだ?……死ねたのかしら?
ここは天国?…いや…地獄よね。
「ますみ…起きたようね」
この声…先輩?あっ、ここは……先輩の部屋だ。……死ねなかったんだ…私。
「ますみ…歯を食いしばりなさい。……このバカ!」
バキッ!頬に走る衝撃…グーで殴られた。…口の中が血の味がする。
「あんた…死んでどうするの!死のうなんて…あたしが許さない!絶対に許さない!」
先輩……抱きしめてくれた。私が汚いって知りながら、抱きしめて……センパイ…先輩!
「…う…うう…セ…パイ…ヒッ…わ…たし…も…イヤ…なんです…ツラいんです!」
先輩の胸で泣きじゃくる私。2度目ね、先輩にこうして胸を貸してもらうのは…

「……ますみ、少しは落ち着いた?…バカ、なんで相談しないのよ。
…何の為の先輩だと思ってるのよ」
優しく頭を撫でてくれる先輩…ありがとうございます、先輩。
「……先輩、なんで私のところに?」
そう、先輩が来なければ私は死んで…死ねてたはず。
「……綾崎君に聞いたの。彼ね、町で大喧嘩して…怪我してるわ」
え?ユウ君が喧嘩?怪我したって…
「ユウ君大丈夫なんですか!怪我ってどのくらいの怪我なんですか!」
なんで、何故なの?優しいユウ君が喧嘩なんて野蛮な事を…
「怪我は軽い打撲と左手の中指骨折。後、歯が何本か折れたみたいね」
……大怪我じゃない!私のせい…よね。私がユウ君に迫ったからよね。
好きな人に一度だけでも抱いてほしかったから。
思い出が欲しかったから。…愛した人のぬくもりが欲しかったから。
なんてバカなんだろ、私。私のせいでユウ君が……
「彼ね、あたし達が見つけた時、もうボロボロだったの…けどね、ますみ。
あなたに謝ってたわ。…逃げ出してゴメンってね」
ユウ君……
「あの事、彼に話したんだね。…ますみ、あれはあなたのせいじゃないわ。
自分のせいにしたい気持ち分かるけど…綾崎君の気持ちも受け取ってあげて」
「…私のせいです。私が変なことしなければ…きっとあの子は彩と静馬さんの子供として」
そう、私が親友を裏切ろうとしなければ…静馬さんを騙して抱いてもらわなければ…
……え?綾崎君の気持ちって?何?なんなの?
「先輩、ユウ君の気持ちって…なんなんですか?」
「あの子、結構ヤンチャ坊主なのね。直樹の実家の道場で治療したんだけど、
意識を取り戻した後にあなたと静馬先輩のこと直樹に聞いて
『ますみ姉さんを傷つけた静馬って奴を許せない!僕が敵を取る』って息巻いてたらしいわよ」
…え?ま、まさかユウ君がそんな事言うわけ…私のために言ってくれる訳ないじゃない。
…先輩、からかってるんですか?
「あと少しで始まるんじゃないかな?…決闘が」
「?…決闘って?…なんなんですか、先輩?」
「決まってるでしょ?綾崎君と静馬先輩の決闘よ。さ、あなたも早く準備しなさい。
じゃないと間に合わないわよ?」
……えええ!ユウ君が静馬さんと決闘?何故そんなことになるのよ!
「せ、先輩!なんでそうなってるんです?訳が分かりません!」
「そんなこと行けば分かるわよ。あたしも電話で聞いただけだから何故そうなったかは、
よく分からないんだけど…あなたの為に綾崎君、体張るんだから応援しないとね」
私のため?ユウ君が私の為に静馬さんと?……何故?
こんな汚い、汚れてる私なんかの為に…何故なの?
「ほら、さっさとお風呂入って準備しなさい!彩が迎えに来るから」
……ええええ!彩も決闘の事知ってるの?何故止めないの、この人達は!
信じられない展開に呆然とする私。
そんな私に先輩ニッコリとほほ笑みながら話してきた。
「ねぇ、ますみ?…あたし早く準備しろって、言ったわよね?……2回も言ったわよね?」
せ、先輩?……コ、コワイ…その笑顔怖いです…
「わ、分かりました!お風呂お借りします、先輩!」
慌ててシャワーを浴びる私。先輩の迫力に嫌な事が頭から吹き飛んだわ。
……そっか、今のワザとしてくれたんだ……ありがとうございます、先輩。
……また涙が出てきたわ。

…シャワーから出ると遅いと頭に拳骨落とされた。
…先輩、決闘を早く見たいだけだったんですね。………涙、返してください。


僕が目を覚ますと布団で寝ていた。頭がズキズキする。体中も痛い。
(…ここ、どこだろ…うっ、体中が痛い。そっか、自棄になって僕、初めてケンカをしたんだ…)
そして負けて…うう、ますみ姉さんゴメン……なんであんなひどい事したんだ?
ますみ姉さん辛そうだったのに…
僕が強くなろうとしたのはますみ姉さんを守る為だったのに…僕って最低だ…最低な男だ!
昨日の事を思い出したら涙が止らない…僕はますみ姉さんを傷つけた。
守りたい人を傷つけたんだ!
「わっはっは!綾崎君、ケンカに負けたぐらいで泣いてどうする?
よしっ、一つワシが見本を見せてやろう。早速今晩あたり行こうか、綾崎君」
か、館長?なんでここに?ってよく見ればここって…道場じゃないか!
…なんで僕、道場にいるんだ?
「そもそもケンカとは負けたと思った時が負けなのだよ。
だからワシなんて今だ負けなし!わっはっは!」
僕の肩をバンバン叩きながら笑う館長。
「こら、くそオヤジ!いたいけな青年を悪の道に誘うな!
…テメェには俺がそのうち黒星を付けてやるよ」
…誰、この人?オヤジって言ったよね?…あ、館長の息子さんか!
「始めまして、綾崎君。俺の名前は池田直樹、いちおうこのクソ館長の息子だ。
で、ボコボコにやられた君を、ここに連れて来て手当てしたのも俺だったりする」
え?そうだったんだ。
「ありがとうございます、池田さん!」
「苗字だとくそオヤジとややこしくなるから名前でいいよ。
あとココでの先輩だから『さん』じゃなくて『先輩』な」
気さくな人なんだ。さすが館長の息子さんだな。
「で、なんで無茶なケンカなんてしたんだ?
聞いた話によると君はおとなしくて優しい子って話だが…
あんな人数相手にケンカするなんて…無茶が過ぎるぞ?」
「…………」
……あんな情けない理由なんて…話せないよ。
「だんまりか。……一応ますみちゃんに報告しなきゃいけないと思うから話してもらいたいんだ
がな」
…えっ?ますみ姉さんを知ってるんですか?
「直樹先輩、ますみ姉さんと知り合いなんですか?」
「ああ、知ってるよ。俺の女…かなえの後輩だ。よく一緒に遊んだりもするよ」
…かなえ?…ますみ姉さんが言ってたあの事を知ってる先輩…だよね。
じゃ、直樹先輩も聞いてるのかな?
「…先輩はますみ姉さんのこと、どのくらい聞いてるんですか?
僕、昨日ますみ姉さんに聞いて…ショックで…自棄になってケンカしたんです」

「あ〜、あれな。確かにショックだよな。静馬って一応は俺のツレなんだよな。
まぁ酔っ払ってたとはいえ…やっちゃいかんよな」
直樹先輩、妊娠のこと知らないんだ。
「そうか…お前ますみちゃんが好きなんだな。それでケンカしたんだろ?
けどお前、やる相手間違ってるぞ?どうせやるなら静馬だろうが」
……え?なんでそうなるんですか?
「な、直樹先輩?なんで静馬さんなんですか?
だって静馬さん、酔っ払っているとこをますみ姉さんに…」
「まぁ確かにそうだが静馬に捨てられ傷ついたのには違いないだろ?
ならお前がやる相手は静馬なんだよ」
確かにそうかもしれないけど、でも……
「綾崎君、事情はよく分からんが君の好きな人が静馬君に傷つけられたんだろ?
なら敵を討たずにどうする?」
館長まで…
「短い間だが君を見ていて感じたことがある。君は素直で優しい男だ。
それはそれで素晴らしいんだが…残念なことに君には絶対的に足りないものがある。
……それは男としての強さ、だよ」
「…男としての強さ、ですか?」
なんなんだ?その強さって。
「自然界では強いオスにしかメスはよって来ない。分かるかな、綾崎君。
その子が君じゃなく静馬君に引かれたのは……君が弱いからだよ」
!……う、うう……
「弱い者にはメスは来ない…自然の摂理だよ。しかしな、綾崎君。人間は動物じゃないんだ。
肉体的強さだけじゃなく…精神的な強さ、というのもある。
君が見せなくてはならないのは精神的な強さじゃないかな?」
…そうだ、僕は心が弱い。…だからますみ姉さんが傷ついていたのに、
助けることが出来なくて…恐くなって逃げ出したんだ。
……強くなりたい。好きな人を……ますみ姉さんを守れるような、
何があっても優しく抱き締めることが出来るような…強い男になりたい!
こんなに強くなりたいと思ったのは初めてだ!
「館長、直樹先輩…有難うございます!僕…強くなります!
強くなって…ますみ姉さんを…好きな人を守ります!」
さっきまで感じていた心の中のモヤモヤが一気に吹き飛んだ気がする。
「よく言った!では早速静馬君に挑戦だな。直樹、手配をしなさい」
…え?
「分かってるよ。彩ちゃんから言ってもらえばあいつは断れないだろうからな」
…ええ?
「早めがいいだろうから今日の午後三時でどうかな?場所はここを使えばいいからな。
なぁに気にするな綾崎君。わっはっは!」
…えええ?
「彩ちゃんのOK出たぞ。ますみちゃんの為の決闘だって言ったら大喜びだったぞ」
…ええええ?
「そうか、よくやった直樹よ。よしっ、綾崎君。決闘まで時間があるから身を清めてきなさい。
…それに最後になるかもしれないから挨拶したい人にはしておきなさい」
…えええええ?
僕の意志に関係なく決まった静馬さんとの決闘。
けど僕はますみ姉さんを守る強い男になるために戦うことにした。
静馬さん…たとえ悪気がなくても、ますみ姉さんを傷つけたことは…許さない!
お風呂に浸かりながら気合いを入れた僕。
初めてますみ姉さんのために戦う…不思議と恐くない。
ますみ姉さん…僕はもう二度と逃げません!


「綾崎君、はっきり言って静馬は強いぞ?今の君ではまず勝てない。
しかしますみちゃんの為に強い君を見せないとダメだ。
……好きな人の為だ、出来るな?」
直樹先輩。急に決められた話だからかなり戸惑ったりもしたけど、ますみ姉さんのために…
好きな人を守れるくらい強くなるために…静馬さんと戦います!
「直樹先輩、相手の強さなんて関係ないんです。
どんな理由があろうとも、ますみ姉さんを傷つけた人は許せません。
それに…僕が、弱い僕自身に打ち勝つために戦うんです!」
僕の言葉に頷く直樹先輩。
「よく言った!頑張れよ綾崎君!
…アイツな、ちょっと顔がいいからって飲みに行ったらモテやがるんだよ。
プロレスオタクのくせに生意気だろ?
前から一度殴ってやろうかと考えてたけど…アイツ強いんだよなぁ。
だから迂闊に手を出せないんだよ。ほら、殴られるのって痛いからイヤじゃん?
だからさ、俺の分までぶん殴れよ、綾崎君!」
………ハイ?な、なんですか?今の言葉は?
ま、まさか、直樹先輩…静馬さんと決闘させるのは僕のためじゃなくて…
モテナイ男のジェラシー?
そ、そんなことないよね?うん、僕の考えすぎだよね?
そんな僕の後ろで館長が嬉しそうに歌を口ずさんでいる。
「決闘、決闘、楽しいな〜顎を砕いて〜目を潰す〜!鼓膜も破いて一丁上がり〜!」
……そんな物騒な歌、歌わないでくださいよ。
「あっ、大事な事言うの忘れてた。ますみちゃんも見に来るぞ。
かなえが連れてくるって言ってた。惚れた女にカッコイイとこ見せろよ!」
ますみ姉さん、来てくれるんだ。
一体どんな顔して会えばいいんだ?辛そうなますみ姉さんを見捨てたのに……
…ありのままの僕を見てもらおう。それしかないよね。
今は弱虫な僕だけど…いつか必ず強い男になる!
…ますみ姉さん!見ていてください!
「決闘、決闘、楽しいな〜鼻を潰して〜玉潰す〜!前歯をへし折り一丁上がり〜!」
………館長、その歌2番もあったんですね。


「彩…私あなたに隠していた事あるの。…先輩とユウ君にしか話してない秘密。
…あなたには聞いてほしいの」
私がシャワーを浴びている間に迎えにきてくれた彩に、全てを打ち明けることにした。
今日で全てを清算しよう。
生めなかった…私のせいで生きれなかったあの子の事……全部話そう。
嫌われるならそれでもいい。もう隠す事に耐えられない!
…彩、今までありがとう。あなたは私の本当の親友だったわ…
「……それって綾崎が急に拓にぃと戦うって言いだしたのと関係あるの?」
「……あると思うわ。ユウ君には昨日話したの。あの子優しいから私の為に静馬さんと……」
……ユウ君、私の為に静馬さんと決闘するってホントかな?…だったらうれしいな。
もしかしたらユウ君、まだ私のこと…嫌いになってないのかな?
けど無理よね?綺麗なユウ君に汚い私が……
「彩、車の鍵貸しなさい。…2人とも、車で待ってるから。落ち着いたら来なさいね」
かなえ先輩、気を使ってくれて有り難うございます。……彩、私のこと許してくれるかな?
「彩、私ね…静馬さんと…したあとにね……実はね………妊娠したの」
…彩の顔を見れない。目を瞑りながら彩に告白する私。
「静馬さんとした1ヶ月後にね…急に体の調子がおかしくなって検査してもらったの。
……嫌な予感はあったんだ。生理遅れてたしね。
検査の結果は………流産だったの。すぐに入院して手術したわ。
ゴメンネ、静馬さんの子供…私が殺したの。私のせいで死んじゃったの。
私が静馬さんを騙さなければ…汚い事して抱いてもらわなければ……
あなたの子供として生まれてたのにね。ほんとバカよね、私って……」
これで彩にも嫌われたなぁ……残念だなぁ…せっかく親友になれたと思ったのになぁ。
ふふっ、私が汚い事したせいよね。…自業自得よね。
彩、ゴメンね。謝って済む話じゃないけど……ゴメンね、彩。
「……ますみ……この大バカヤロ〜!」
バシンッ!頬に走る衝撃、ぶたれたんだ。
…そうよね、許してもらおうなんて、考え甘いわよね。
「あんたねぇ、アタシをバカにしてんの?…なんでもっと早く言ってくれないの?
…あんたがなにか悩んでる事知ってた。もしかしたらって考えてた。
先輩に聞いても教えてくれなかったけど、多分そうじゃないかなと思ってた。
あんたが生みたいならアタシ、拓にぃから身を引こうと思ってたんだよ?
でもお腹全然大きくならないから考えすぎかなって思ってた。
……流産してるなんて…思わなかった。
なんで、1人で我慢するの?…アタシ、あんたの親友でしょ?
あんたの力になりたいのよ…なんでアタシを頼ってくれないのよ!」
…え?う…そよね?私が妊娠してるかもって思いながら…
私と付き合って…友達でいてくれたの?親友でいてくれたの?
……何故なの?彩、何故私なんかに…
「彩…何故そんなに優しいの?こんな私に…汚い私に……」
バシッ!…また叩かれた。……彩、泣いてるの?
「なんでそんな事言うの?あんたを汚いとか言う奴いたら…アタシが殺してやるわ!
あんたはアタシの親友なんだからね?…一生の親友なんだからね!」
…あ…やぁ…許して…くれるの?
「う、くぅ…ゴメンね…ゴメンねぇ、ヒック、あやぁ……わ、わたし…ヒッ…わたしぃ…」
涙が止らない…彩、涙が止らないの。あなたのせいよ?
あなたのせいなんだから…その小さい胸、貸しなさいよ…
「あやぁ…あやぁぁ〜!う、うぇ……ヒック…あやぁぁ……」

…今まで悩んでたのがバカみたい!なんで私の周りにはこんなにいい人ばかりいてくれるの?
ちょっと…いや、かなりエッチな優しい先輩。
少し…いや、かなり強気な優しい親友。
私…生きててよかった…私、生きてていいんだ!
…生まれてこれなかったあの子には悪いけど、私……幸せだわ。

しばらくしてから二人で車で待つかなえ先輩のところに行ったの…仲良く拳骨落とされた。
……え?なんでですか?
「あんた達、お・そ・い!もう始まっちゃうじゃないの!彩!さっさと運転しなさい!」
顔を見合わせる彩と私。…ぷっ、ぷぷっ…あっはははっ!
「なに笑ってるの!さっさと行くわよ!」
有り難うございます先輩!
…先輩が少し涙目になってるのは、気づかないでおきますね。

池田さんの実家の道場に着いた私達が見たのは…
倒れてて必死に立ち上がろうとしてるユウ君と、息一つ乱してない静馬さんだった。





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