アタシは小さな一羽の小鳥
優しいあの人に見てもらいたくて
アタシを認めてもらいたくて高く飛んで鳴いた
飛び続けたアタシはいつしか他の鳥より高く飛び、大きな声で鳴けるようになった
他人がアタシを見上げて凄いと騒いでた。でも一番見てほしかったあの人は見てくれなかった
けどそれは違った。見てくれてなかったんじゃない、普段のアタシをずっと
雛鳥の時からずっと見守ってくれていたの。アタシは無理に飛ばなくてもよかったんだ
今アタシはあの人の肩にとまっている。ここがアタシの求めていた居場所
他人は高く飛んで鳴いてるアタシを見たいと言う。アタシも期待に答えようと飛ぼうとした
けどアタシは飛べなくなっていた。どんなに高く飛ぼうとしても飛べなくなっていた
理由は分かっている。アタシはあの人を求めて飛び続けていた
あの人のためだけに飛び続けてた
あの人の側にいることでアタシは満たされた。満足し、満たされてしまった
もうアタシには高く飛ぶことができない。だから辞める。飛ぶのを辞める
アタシは籠に捕われた一羽の小鳥。あの人に捕われた小さな小鳥
これからはあの人のためだけに鳴こうと思う
『《カリスマロックシンガー》saiがそう言われたのは一年前の話だ。
今の彼女の歌からは前のようなパワーが感じられない。
彼女の歌には人を引き付ける力があった。
しかし今はどうだろう?ここ最近の歌っているものは彼女らしくないラブソングばかりだ。
彼女がカリスマと言われた理由は若者の気持ちを代弁してくれた歌詞と、
それを歌う彼女のパワーだ。
今の彼女はどうだ?ラブソングなんてsaiじゃなくても聞けるし、
彼女の甘い歌声なんて聞きたくもない。
最近町では「saiはもう終った」との声をよく耳にするようになった。
ついこの間までsaiを支持していた若者達からだ。もうsaiは終ったのだろうか?
よく考えたら彼女は今まで全力で走ってきた。
きっと走ることに疲れてしまったんだろう。
私は疲れたsaiの歌なんて聞きたくない。きっと他の人達もそうだろう。
今回のアルバムを聞いて、私は一つの時代の終りを感じた』
ビリッ!ビリビリッ!
(なにが終っただ!好き勝手に書きやがって…彩は終ってなんかねぇよ!)
職場での昼休み、saiの事を書いている記事があったので読んでみたら批判記事だった。
オレは怒りに任せて読んでいた雑誌を破いてしまった。
「ちょっと静馬先輩!なんで破くんです?あたしまだ全部読んでないんですよ!」
しまった!これかなえちゃんが買ってきたんだった!
「ゴメンゴメン。ちょっとムカつく記事があったからつい破いちゃったよ。あとで弁償するから」
「まぁ読みたいところは読んでましたからいいですけど…
あとで缶コーヒーでも奢ってくださいね」
そう言ってむくれ顔の彼女の名前は池田かなえ。
会社の後輩でオレの彼女の彩の大学の先輩でもある。
ホントゴメンね、かなえちゃん。
「なんだ?どうした静馬、ジャイアント馬場は弱かったとでも書いてたのか?」
かなえちゃんに頭を下げるオレを見て、笑いながら話し掛けてきたコイツの名前は池田直樹。
オレの同僚だ。……てめぇ今なんつった?
「おぉコラ池田!てめぇ死にてぇのか?その小汚ねぇ顔をボコボコにしてやるよ、表出ろ!」
プロレスの神様、馬場さんをバカにするやつは……殺す!
「ちょ、ちょっと先輩落ち着いて下さい!直樹の冗談ですよ。
あなた!あなたも変なこと言わないの!」
池田に襲い掛かろうとするオレを止めながら池田を叱るかなえちゃん。
「悪い悪い、冗談だよ冗談。お前、こんなことぐらいで怒るなよ。
ジャイアント馬場をバカにされたぐらいでキレるヤツなんて普通いないぜ?」
カッチーン!本当にアタマきた!オレの神様をバカにするとは…コイツ天罰を与えてやる!
「おい池田、お前最近よく道場に通ってるらしいじゃないか。綾崎君が言ってたぞ。
『直樹先輩、教えに来てくれるのはいいけど女性にしか教えなくて困ってます』ってな。
しかもお前、自分は独身だと言ってるらしいな。
こんな素敵なお嫁さんがいるのになんでウソつくんだろうなぁ?」
そう、ついに池田とかなえちゃんは結婚した。アツアツの新婚さんだ。
「ば、バカかお前は!オレには愛する妻がいるのに口説こうとするわけないだろうが!」
池田よ…お前自分で口説くなんて言葉出すなよ。
かなえちゃんの顔が鬼のようになったぞ。…墓穴を掘ったな。
「…ふ〜ん。口説こうとしてたんだ。愛する妻がいるのに…口説こうとしたんだ」
淡々と話すかなえちゃん。その表情は鬼を通り越してまるで修羅のようだ。
池田は小刻みに震えている。ざまあみろバ〜カ、馬場さんをバカにするからだよ!
「まあまあ落ち着いて、かなえちゃん。
もう昼休み終わりだからあとは家で続きをしたらいいと思うよ」
「……そうですね、同じ家に住んでますから逃げる場所なんてないですしね」
クスクス笑うかなえちゃん。…ゴメンね池田、お前多分トンでもない目に合うよ。
「なに涙目になってるんだよ、お前まだ泣き足りないのか?
披露宴であんなに号泣してたのにな」
笑いながら池田をからかう。コイツ披露宴の時、男の癖に号泣しやがったんだよ。
隣に座っていたかなえちゃんがそれを見て
『直樹が号泣するからあたしは泣けなかったじゃないの!』って文句言ってたぐらいだ。
そのせいで会社では池田の事を『泣き虫のほうの池田さん』って呼ぶようになった。
「うるせえ静馬!どうせお前も泣いちまうんだよ!
っていうかサッサと結婚しろ!そして苦しめ!」
「……そうなんだ、あなたはあたしと結婚して…苦しんでるんだ」
ホントに池田はバカだな。
「だったら今晩…もっと苦しもうね?……うふふふふ」
不適に笑うかなえちゃん。…なんだ?この言いようのない恐怖は?
……本当にゴメン!スマン池田!お前がいなくなると仕事忙しくなるから、死なないでくれよ。
池田は青い顔でブツブツ言っている。
それを見た周りは慣れたもので無視をしている。
でもクサレ記事を読んでイライラしていた気分が池田夫婦のおかげでスッキリした。
しかしsaiが終ったなんてふざけた事書きやがって…こんなくされ雑誌、二度と読まねえぞ!
…けど確かに彩の歌はラブソングばかりになった。
一度彩にその事を聞いてみたら
『当たり前でしょ。だって…拓にぃの事想って歌ってるんだからね!どう、嬉しいでしょ?』
と言われた。
確かに嬉しかったが世間の評価はあまり良くなかったみたいだ。
ファンが彩に求めているものとまったく違っていたからだ。
ネットでの書き込みも最初は好意的なものが多かったが最近は否定的なものばかりだ。
それを見て彩も悩んでるみたいだ。
オレの前ではそんな素振りも見せないがますみちゃんからは
『静馬さん、彩とケンカでもしたんですか?最近彩、元気がないんですよ。
一体彩に何をしたんですか?』
と言われてしまった。
…はぁ、自分の女が悩んでるのに気がつかないなんて、オレ最低だな。
「…パイ、ねぇ静馬先輩ってば!一体どうしたんですか?」
彩のことを考えてたオレは名前を呼ばれているのに気がつかなかったみたいだ。
「…へ?おお、悪い悪い。少しぼ〜っとしてたよ。で、かなえちゃん何か用でもあるの?」
「ホントにどうしたんですか?彩も最近元気ないし、先輩まで様子が変だし…
もしかしてケンカでもしてるんですか?」
いつの間にか隣に来ていたかなえちゃんに睨まれた。
「ははは、してないしてない。そもそもケンカなんてしてたらオレが無事な訳ないだろ?」
「まぁそうですけど…彩、最近ずっと元気ないですから慰めてあげてくださいね」
「ますみちゃんにも同じ事言われたよ。ゴメンな、オレが気づかないといけないのにな…」
「ホントしっかりして下さいよ?…そうだ、ますみのことですよ。先輩、今晩空いてますか?」
…へ?なんだ急に。ますみちゃんのこと?
森永ますみ…彩の親友でオレと一度だけSEXをした事のある、優しくて…巨乳な女の子。
今は同じ大学の後輩の綾崎湧一と言う年下の好青年と付き合っている。
この二人が付き合い出す時にちょっとした騒動があったが今はいい思い出だ。
「ああ、大丈夫だけど…ますみちゃんがどうしたの?」
「じゃ、彩と一緒にあたし達の行きつけの居酒屋に来てくださいね。
場所は彩が知ってますから」
「ああいいけど…で、ますみちゃんがどうかしたの?」
「それは…夜まで秘密です。ちなみに彩に聞いても無駄ですよ?
彩も知らないですから。彩にはあたしから言っておきますね」
そう言ってニコリと笑うかなえちゃん。これはなにか企んでる顔だな。
池田は知ってるかもしれないと思い池田を見てみると…ダメだ、まだブツブツ言ってる。
コイツさっきから何言ってるんだ?
気になったので聞き耳立てて聞いてみる。
「どうしよう…お仕置きだからって何時間も放置されるのは嫌だ…
あんなの入んねぇよ、裂けちまうよ…」
……池田、お前等なにしてんだ?
かなえちゃん、彩に変な事教えてないだろうな…教えてないですよね?
気がついたらオレまで震えていた。
「二人とも何時まで震えてるんですか!さ、仕事しますよ!」
かなえちゃんの元気な声で我に返るオレ達。
オレ達は嫌な事を忘れるために一心不乱に働いた。気がついたらもう夕方だった。
「じゃ、オレ、彩と合流してから行くから。二人は先に行っててよ」
そう言って池田夫妻と別れるオレ。
ますみちゃんのことで集まるって…何があるんだ?
彩も知らないなんて信じられないな。
あの二人の仲で隠し事なんて今まで聞いたことないぞ?
そんな事を考えながら彩との待ち合わせ場所に急ぐオレ。遅れたら怖いからな。
(はぁ〜、せっかく晩御飯作ってたのにいきなり来いだもんなぁ…先輩強引すぎるよ)
拓にぃの大好物のカレイの煮付を作ってたらかなえ先輩に呼び出された。
拓にぃも一緒らしいからいいけど、今はあまり外で御飯は食べたくないんだよね。
多分先輩は元気のないアタシに気を使ってくれてるんだろうけど…
はぁ〜、アタシってこんなに弱かったのかなぁ。
…そっか、もう弱い女でもいいんだ。
だってアタシは……saiはいなくなるんだからね。
saiとしてのアタシ…国生彩としてのアタシ…もう両立させるのは無理なんだよね。
今考えるとアタシがsaiとしてやってこれたのは…心が飢えていたから。
その心の飢えを叫びにして歌ったのがsaiだったんだよ…
その叫びに同じく飢えていた人達がついて来てくれたんだ。
でも今のアタシは…満たされてる。
拓にぃによって心が満たされてしまったんだ。
……なのになんであの男はのほほんとしてんのよ!
普通は元気がない彼女を励ますでしょ?
『最近元気ないけど、どうしたんだ?…ごめん、オレのせいだったんだな。
責任…取るよ。彩…オレと結婚してくれ。オレの子供生んでくれ』
とか普通言うでしょ?
まったく…いつまで待たせる気よ!アタシは拓にぃと早く一緒に……ポッ
…子供の名前は何にしようかなぁ?
男の子なら強い子になってほしいから明がいいかな?
「彩、おまたせ。遅くなってごめんな」
やっぱり建太かな?う〜ん、迷うわね…拓にぃとも相談しないとね。
「どうした?なにニヤニヤしてるんだ?」
女の子なら…彩子で決まりね。これは決定事項よ、文句は言わせないわ。
「お〜い彩さ〜ん、聞いてますか〜?」
ハッ、そうだわ!子供の前にまずは結婚式を何処でするかよね。
「帰って来〜い、彩さ〜ん!」
ディファ有明って式とか出来るのかな?
どうせするならそういうとこでしてみたいな。って……
「アンタ!さっきからうっさいのよ!邪魔すんな!死ね!」…グチャ!
さっきから話しかけてきてるウルサイ男の急所に膝をぶち込む。
さっきから邪魔なのよアンタは!
「フンッ、アタシの邪魔をするからよ…って、拓にぃ?」
そこにはアソコを押さえ崩れ落ちてる拓にぃがいた。
ア、アタシのせい…よね?
「二人とも、急に呼び出したりしてゴメンなさいね。
…どうしたんですか?静馬さん、顔色悪いですよ?」
遅れて来た静馬さん、なぜか青い顔をしている。
座敷に入るなり倒れるように寝転んだわ。
「あ、あははは…い、いろいろあったのよますみ。
ところでいきなり呼び出すなんて何かあったの?」
彩が何かを誤魔化すように聞いてきたわ。…この子、また静馬さんになにかしたのね。
「はぁ……彩、あなたまた何かしたでしょ?いいかげんにしないと静馬さん、壊れちゃんわよ?」
「ほっといてよ!…そ、そんなことより今日の集まりは一体なんなの?」
彩の言葉に先輩と一緒に来ていた池田さんも頷く。
「ゴメンね、湧一さんが来るまでもう少し待ってね」
「なんだ?綾崎も来るのか、珍しいな。いつもはいくら飲みに誘ってもついて来ないのにな」
「ええ、私が止めてますから。池田さんと一緒だとすぐにいやらしい店に誘われるって、
湧一さん言ってましたからね」
私の言葉に青い顔になる池田さん。反対にかなえ先輩は赤い顔になったわね。
この二人…もう完全に先輩の天下ね、いわゆる鬼嫁ね。…私の場合は湧一さんを立てるわ。
湧一さんって意外に男らしいところあるし、頼りになるしね。
これからは先輩たちを反面教師にして湧一さん達のために頑張らないとね。
思わずお腹に手がいく私。ふふふ、これはまだ先輩にも言ってないから驚くだろうなぁ。
(先輩、ますみどうしたんですか?さっきからニタニタしてて気味悪いですよ)
(確かに気味悪いわね。それより彩、静馬先輩に何したの?
やっぱりあなた達ケンカしてるの?そういう時はね、こうしたらいいのよ…ごにょごにょ)
(……せ、先輩!そ、それは…恥ずかしい…ホントに拓にぃ喜ぶんですか?)
(男は絶対に喜ぶわ。間違いなく、ね。あたしもたまにするから保障するわ)
(先輩の年でそれは……)
(ゴスッ!……なんか言った、彩?)
(うう…な、なんでもないです…)
(早く湧一さんこないかなぁ…ふふふ、彩達凄く驚くだろうなぁ)
彩の驚く顔を思い浮かべながら笑みを浮かべる私。彩、ビックリするかな?
「皆さん本日はお忙しい中、お集まりいただき有り難うございます!」
遅れてきた綾崎が頭を下げながら挨拶した。なんだ?堅苦しい挨拶だな。
「おいおい堅苦しいぞ、まるで披露宴の挨拶だな」
笑いながらヤジを入れる俺、復活した静馬も言い出した。
「綾崎君、披露宴なら号泣しないとな。
『がなえを〜ずぇったいにぃ〜幸せにぃじばずぅ〜』ってな」
わははは、と笑う静馬におしぼりを投げつける。
「うるせえ!お前も絶対そうなるんだよ!」
チクショウ、いつまで言われ続けるんだよ。…あれは一生の不覚だ!
「あなた、ウルサイわよ?…少し黙ってなさい」
………ハイ。かなえに睨まれた。
「さ、綾崎君、ますみ、続けていいわよ」
「かなえさん有り難うございます。
え〜実は、僕達、綾崎湧一と森永ますみは……結婚することになりました!」
………はい?
「ますみさんが大学卒業したら籍を入れて夫婦になります」
綾崎の突然の結婚宣言に唖然とする俺達。
彩ちゃんなんてポカンと口開けたまま驚いてる。
「あともう一つあるんです」
ますみちゃんが赤い顔しながら話しだした。手は綾崎とつないでる。
「実は…私妊娠してるんです、子供が出来ました!」
…………はいぃぃ?なんですとぉ?妊娠だってぇ?
「に、妊娠?そんな話聞いてないわよ!」
驚きの声を上げるかなえ。
「すみません先輩。驚かせたくて黙ってました。今3ヶ月なんです」
嬉しそうにお腹をさするますみちゃん。ほ、本当なのか?
「ますみさんが妊娠したと知った時は驚きましたが、
僕達二人でこの子について話し合ったんです。
そして大変だけど僕達二人で力を合わせて立派に育てようと決めたんです。
皆さんには何かと力を貸していただく事になるかもしれませんが、よろしくお願いします!」
頭を下げる二人。なんか綾崎が大人に見えてきた。
「…ま、二人が決めたことならいいんじゃないかな?
これから大変だろうけど、おめでとう、二人とも」
そう言って拍手をする静馬。
「う〜ん、綾崎に先を越されたのは悔しいが…ま、頑張れや。おめでとう」
俺も手を叩く。
「ちょ、ちょっと待ちなさい、あなた達生活はどうするつもり?
二人ともまだ安定した収入ないでしょ?愛だけでは子供を育てることはできないわよ」
驚きから復活したかなえが二人にキツイ言葉をぶつける。
確かにそうだな、何をするにも金は必要だしな。
「それについても話し合いました」
かなえに向き合って話し出す綾崎。コイツ男らしくなってないか?
「恥ずかしい話なんですが…僕達の親が僕が大学を出るまでは援助してくれることになりまし
た。もちろん僕もバイトを増やして働きます。
ますみさんは身重の体だからあまり働けませんが…」
「ま、ますみ!あんたホントに結婚するの?なんで黙ってたのよ!
なんでアタシより先なのよ!」
綾崎の言葉を遮り、今頃復活した彩ちゃんがますみちゃんに文句を言い出した。
「ゴメンね彩。だってもう妊娠してるし…」
「に、妊娠?誰が?…ますみが?……ええ!あんた妊娠してんの!」
ますみちゃんの言葉に彩ちゃん、また口開けて動かなくなったぞ。
「……という訳よ。彩、分かった?」
かなえちゃんが彩に今までの流れを説明してくれてる。
ますみちゃんが結婚すると聞いて驚きのあまりにその後の話が耳に入ってなかったらしい。
彩、驚くのは分かるが驚きすぎだろ?
「…ねぇ綾崎。アタシ、あんた達が付き合いだした時言ったよね?
ますみを泣かすようなことがあれば殺すって…」
かなえちゃんから全ての話を聞いた彩が、綾崎に言葉をかける。
おいおい、そんな事言ってたのかよ。
「二人を幸せにしないと…ますみと赤ちゃんを幸せにしないと、アタシがアンタを殺しに行くわ。
これは本気よ」
綾崎の胸倉を掴みながら言う彩。
「そんなのあたりまえです。じゃないと僕が生きてる意味が無いですから」
彩の言葉に即答する綾崎君。なんかカッコいいじゃないか。
「…そ、分かってるならいいわ。…おめでとう二人とも。おめでとう、ますみ!」
綾崎から手を離し、ますみちゃんに抱きつく彩。
「よかったね…ホントによかったね、ますみ!」
彩は泣きながらますみちゃんに抱きついている。
やっぱり二人は親友なんだな。
「ありがとう、彩。私幸せになるから…次はあなたの番ね」
ますみちゃんの言葉にピタリと泣き止む彩。
ほぉ〜、涙ってすぐ止めれるものなんだ、便利いいな。
「た・く・に・ぃ?…本番の指輪、いつくれるのかな〜?」
にじり寄って来る彩。手にはビール瓶が…ま、ますみちゃん、余計な事を…な、殴らないで!
「私のほうが先輩より先に子供が出来るなんて、思ってもみませんでした。
子育てについてはあまり勉強してませんので、先輩いろいろ教えてくださいね」
その言葉を聞いたかなえちゃんが池田ににじり寄る。
「あ・な・た?後輩に先越されちゃったじゃないの…
覚悟しててよね、今までのように甘くしないから」
その言葉に震えだす池田。恐怖心からか綾崎君に向かって文句を言い出した。
「あ、綾崎!お前のせいだぞ!お前がますみちゃんを妊娠さすから…死ねこのヤロウ!」
「そ、そうだ!綾崎君が結婚とか言い出すからだ!ふざけんな!」
綾崎君に襲い掛かるオレと池田。
「ちょ、直樹せんぱ…うごお!…し、静馬さ…い、痛ててて!う、腕が折れます!折れる〜!」
オレが元新日本のプロレスラー木戸修並みの脇固めを掛けてる所を池田が蹴り上げてる。
もちろん本気じゃない、オレ達流のお祝いだ。
「お前のせいで、お前のせいで、お前のせいで…」
一心不乱に蹴り続ける涙目の池田。
…あれ?池田さん?もしかして本気ですか?
「ますみちゃん、今のうちに思いっきり遊んどこうな。
お腹が目立ってきたらあまり遊べないもんな」
あの後オレ達はカラオケに来ている。もちろんオレ達社会人組みのおごりだ。
綾崎君を蹴りながら暴走していた池田はかなえちゃんが耳元で何かを囁いたら止った。
オレには『手錠』という単語しか聞こえなかった。
…いや、何も聞こえなかった事にしよう。うん、それがいい。
池田が暴走したおかげで今、微妙な空気が流れてる。
綾崎君とますみちゃんは池田を睨んでるし当の池田は震えてる。
オレは悪い空気をかえようと歌のリクエストを出した。
「そうだ!かなえちゃんsaiの歌上手かっただろ?歌ってくれよ」
彩に歌ってほしいけど彩の声には特徴がありすぎてsaiだとばれてしまうかも知れない。
だから彩はカラオケではあまり歌を歌わない。歌うにしても洋楽ばかりだ。
「え〜、saiですか?最近の曲、あまり良くないから飽きちゃったんですよね。
もうダメでしょ、saiは」
「はぁ?てめえ今なんつった?saiがダメだと?てめえにsaiの何が分かるってんだ!」
saiを馬鹿にされた俺は思わず叫んでしまった。
あまりのオレの剣幕にビックリして言葉の出ないかなえちゃん。
「おい、静馬。お前かなえにケンカ売ってんのか?俺が相手してやるよ!」
上着を脱ぎ立ち上がる池田。
オレも上着を脱ぎ受けて立とうとしたら彩に止められた。
「……もういいよ、拓にぃ。……saiはね、もうダメなんだよ。歌、作れなくなったんだ…」
ま、待て彩!今ここで言ったら…
「だからね…もう歌うのやめるんだ。…saiは、アタシは引退するの。
ゴメンね、相談せずに決めちゃって」
「あ、彩…そうか、歌うのをやめるのか。…けどいいのか?
せっかくここまで頑張ってきたじゃないか」
「……いいんだ。もうsaiと国生彩を両立出来なくなっちゃったんだよ。
これも全部拓にぃのせいなんだからね?
拓にぃが…拓にぃがアタシを弱くしたせいなんだからね?………好きよ、拓にぃ」
泣きながら抱きついてきた彩。…ゴメンな、オレが彩を歌えなくしたんだな。
「彩…オレも愛してるよ」
彩を抱きしめるオレ。彩、震えてる。
こんなになるまで悩んでたのに…オレはなにやってたんだよ!
「…あの〜先輩、二人で盛り上がってるとこ悪いんですけど、
話聞けたらな〜って思うんですけど…もしかして彩がsaiなんですか?
本当にsaiなんですか?」
………し、しまったぁ〜〜!全部聞かれてた〜!
ど、どうする?口封じするか?殺ってしまうか?
「あ、彩?まさかあなたがsaiだったの?ね、ねぇ彩、そうなの?」
驚きを隠せないますみちゃん。そりゃそうだよな、自分の親友が実はsaiだったんだからな。
「ますみさん…saiってなんですか?」
……綾崎君はどうでもいいや、ほっておこう。
「彩ちゃんがsai?嘘だろ?ホントか静馬?なんで黙ってたんだよ、水臭いじゃないか」
池田よ、お前に言ったらすぐに広まるだろうが。
「ご、ゴメンね彩。悪気があって言ったんじゃないから。そ、そのなんていうか…」
慌てるかなえちゃん。そうだよな、けなした相手が目の前にいたんだからな。
「みんな今まで黙っててゴメンね。…そうなんだ、アタシ、saiって名前で歌を歌ってたんだよ。
でも…もう歌、作れなくなったから引退するんだけどね。内緒にしててゴメンね」
彩の告白に皆は騒然としてる。
そうだよな、仲のいい友達が超有名人だったんだからな。
とうとうバレてしまった、彩がsaiだという事が…そしてsaiの突然の引退宣言。
これからどうなるんだ、オレ達は?
今、俺の隣に座っている女性、国生彩はプロレスオタクであり、オレの最愛の恋人である。
そして彼女はロックシンガー…そう、『彼女はsai』なんだ。
大変な事になってきたな…けど、オレが側にいるからな、彩。
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