午後7時。仕事帰りにほか弁買い、ビールも買って帰宅する。
明日は休みだからゆっくりと飲めるな。
仕事上次の日に酒が残っていたらまずいので、仕事の前の日には飲まないことにしている。
二日酔いで飲酒運転と言われたら嫌だからな。そうだ、酒のあても買わなきゃな。
近所のコンビニに行き、柿ピーとさきイカを買うことにした。
商品を手に取りレジに行こうとしたがあることを思い出す。
もしかしたらアイツ、今日も来てるんじゃないのか?念のためにカリカリ君も買っていくか。
買い物籠に百円のアイスを二人分入れて買い物を済ます。
買い物袋をぶら下げて部屋へと着いた時、ドアの前に人が立っているのが見えた。
はぁ…やっぱりいたか。変な奴に懐かれちまったなぁ。
「お前、何時から待ってたんだよ。今日はもう遅いからすぐに帰れよ」
文句を言いながら部屋の鍵を開ける。
「…嫌よ。今日は泊まっていくから」
「はぁ?お前何言ってんだ?本なら好きなだけ貸してやるから持って帰って読めよ!」
オレの言葉を無視してドアを開け、勝手に部屋へと入っていく。
そのまま本棚へと直行し、数冊の小説を取り出し卓袱台に座る。
コ、コイツ、オレの部屋をなんだと思ってるんだ?説教したる!
「おい桃子!お前いい加減にしろよ!ここは図書館じゃ…」
「…うるさい黙って。読書中に話し掛けられるのはキライ」
な、な、な、な…ブチッと切れたオレは一度部屋を出て、隣の部屋のドアをノックする。
中から出てきたのは眼鏡をかけた大学生。オレとは結構仲のいいお隣さんだ。
「あれ?江口さんどうしたんで…あががががが!」
問答無用でコブラツイストをかける。
「健一ぃ!お前の友達は何なんだよ!毎日毎日暇さえあればオレん家に来て本を読んで…ど
うなってんだよ!」
五分ぐらい技を決めていたら動かなくなった。
メンドクサイので玄関に置いたままドアを閉める。ふぅ〜、すっきりした。
怒りも少し落ち着いてきたので自分の部屋に戻ることにした。
…靴下を脱いで、くつろぎながら本を読んでやがる。
なんで柿ピーを勝手に開けて食べてるんだ?
勝手に紅茶まで作ってやがるし…もう一度部屋を出る。
再度隣の部屋のドアを開け、まだ少し痙攣している健一をキャメルクラッチで締め上げる。
「確かに何時でも遊びに来ていいとは言ったがひど過ぎるだろうが!」
ギリギリと締め上げたら泡を吹き始めた。うわっ、汚ねぇな!お前はカニか!
汚いから泡を吹いたまま放置することにした。海へ帰れ、このくそカニが!
カニの頭を叩いてから再度部屋に戻る。
…はぁ〜、いい加減にしろよ?何勝手にオレのジャージ着てるんだよ!
くつろぐにも程があるだろうが!はぁぁ〜、もういいや。まずはメシだメシ!
腹が減ってるので弁当にがっつく。そんなオレをじっと見つめてきた桃子。
「江口さん…好き」
潤んだ瞳で見つめてくる桃子。コイツ…のり弁も好物だったのか?
「……これで我慢しろ。何でも貰えると思うなよ」
こういう事もあろうかとカリカリ君を買ってきたんだ。
嬉しそうにカリカリ君を頬張る桃子。こうして見てるとカワイイんだがな。
コイツはオレが何か食っていると必ず好きだと言ってくる。食い物を分けてもらう為だ。
まったく…綺麗な顔して食い意地のはった奴だな。
初めて会った時はこんな変わった奴だとは思わなかった。
コイツの第一印象は、物静かで神秘的な美少女だった。
それが今や…ジャージを着てカリカリ君を頬張ってるんだからな。
人間見た目じゃ分からないな。
コイツ…神楽桃子(かぐら とうこ)との出会いを思い出す。


オレ…江口翔馬(えぐち しょうま)はこの春大阪から転勤してきた三十歳男。
彼女は右手、愛人は左手というナイスガイだ。
そんなオレがコイツと…オレのジャージを勝手に着込み、
カリカリ君を頬張りながら小説を読んでいる神楽桃子と知り合ったのは、夏が近づく六月だっ
た。
きっかけは隣に住む相川健一(あいかわ けんいち)に友達と遊びに行くので車を貸してほしい
と頼まれたことだった。
貸してもいいがまずは運転技術を見せてみろと隣に乗り、運転をさせたんだが…教習所は何
を教えてるんだ?
車という物はだな、運転する人によっては凶器にもなるんだぞ?
貸す前に気付いてよかったぞ。
で、お前には危なくて貸せないと言ったら、じゃあ江口さんも一緒に行きましょうよと誘われた。
今思えば最初からオレを運転手として連れていこうと企んでたんじゃないのか?
まぁその日はオレも休みで、恋人と愛人を相手に3Pをするぐらいしか予定も無かったからOK
を出したんだ。
で、待ち合わせ場所に行って焦ったよ。
そこには健一を含め、男3、女3の計六人がいたんだ。
しかもその女三人ってのが全員が美人!
一人は金髪でスーパーモデルのような美人!いわゆるパツキンだ。洋物も好きなオレには堪
らなかった。
で、もう一人が黒髪で真面目そうな巨乳美人。メガネがポイントだな。
そのメガネにオレの自家製メガネクリーナーをぶっかけたいと思ったもんだ。
最後の一人がその表情に神秘的な印象を受けた、ショートカットのスレンダー美人だった。
…あの時は見た目に騙されたな。まさかカリカリ君をたかりに来るようになるなんて想像もしな
かったぞ。
で、金髪美人の車と(外車でオレの愛車三台は買えるんじゃないのか?)
オレの自慢の国産セダンタイプの愛車に分かれて湖までドライブとなったんだ。
オレの愛車にはオレ、健一、桃子の三人が乗った。
何故かジャンケンで勝った奴等がこっちを選んでいた。
負けた三人は金髪美人…シーリス・A・ラインフォード(どっかの国と日本のハーフらしい)の方に
うな垂れながら乗った。
後で聞いたんだがあっちの車に乗った奴等はカップル同士だったんだと。
シーリスと付き合っているのはおとなしそうな青年、山薙俊(やまなぎ しゅん)。
信じられんがシーリスがベタ惚れらしい。おとなしそうな顔してとんでもない物持ってるのか?
今度確かめないとな。
で、メガネっ子で巨乳ちゃんの本条マヤ(ほんじょう まや)には佐伯正吾(さえき しょうご)。
お互いウブで、見ていたら背中が痒くなる様な付き合いをしている。お前等中学生か!
で、余り物の健一と桃子を乗せたんだが…最初はラッキーだと思ったよ?
だって彼氏無しの美人がオレの車に乗ってきたんだぞ?
健一をどこかで抹殺しようかと本気で考えたモンな。
しかしな…すぐに分かったよ。なんで男がいないのかを。
桃子はちょっとズレてるんだよ。まず食欲がおかしい。
普段はあんまり食べないけど、自分が美味しいと思ったものはどんどん食う。
オレはそれを知らなかったから、サービスエリアで「奢ってやるから好きなだけ食えよ」と言って
しまった。
サービスエリアで食う焼きそばって何故かうまく感じるよな?
ソフトクリームも美味しいんだよ。運転で疲れた頭がスッキリするんだ。…薦めた俺がアホだっ
た。
初めてだ。サービスエリアで5000円も食い物の代金を払ったのは。
内4000円が桃子の胃袋に納まった。その細い腹のどこに入ったんだ?
後で健一に聞いたら、桃子の胃は東洋の神秘と言われてるらしい。
そういう大事な事は最初に言えよ!
まだまだ食い足りない様子の桃子に、その場しのぎでカリカリ君を食わせてやった。
どうやらカリカリ君が気に入ったらしい。おかげで今だにねだって来る。もう10月だぞ?


シーリス達から遅れる事30分、オレ達も目的地の湖に着いた。
なんで桃子たちがオレの車を選んだか分かったよ。…飛ばし過ぎだろ?
よく捕まらなかったもんだな。警察は一体何をやってんだ?
遅れて着いたオレ達を俊と正吾が青い顔して迎えてくれた。
マヤちゃんは平気な顔をしていた。肝が据わってるな、女って見た目じゃ分からんな。
で、湖ではバーベキューやルアーフィッシング、テニスなどで遊んだ。
途中でオレは桃子がいないのに気づいた。
まぁ変なヤツだが子供じゃないんだし大丈夫だろ、ってほっといたんだ。
しばらくして他の連中(オレと健一を除く)はカップル同士でボート遊びなんてふざけた事をしだし
た。
残りモンのオレ達二人は、男同士でのボート遊びという名の罰ゲームをしたいはずもない。
まぁオレ達はお互い釣りが趣味だからバス釣りでもしようかと思ったんだが、
一応年長者としては、残りの一人が気になったんだ。
で、探したら木陰で本を読んでいた。
実はオレって昔は小説を読むのが趣味で、中学時代は毎日読み漁っていたんだ。
だから気になって『何を読んでいるんだい?』と爽やかに話しかけた。
…無視だぞ?車を出してやったうえに、さんざん奢ってやったのに無視!
挙句の果てには「…邪魔」の一言。
…あったま来たねぇ。えぇ、グーで殴ってやろうかと思いましたよ。
けど、コイツが読んでる本のタイトルを見た瞬間、嬉しくなっちまったんだ。
だって今さら『銀英伝』だぞ?オレ、大好きでアニメのDVD、全巻大人買いしたぐらいだ。
実はオレが紅茶が好きになったのも主人公の一人の影響なんだ。
オレ、コイツぐらいの年の子が読んでるなんて考えもしなかったから、嬉しくなってつい話し込ん
じまったんだ。
で、その時言っちまったんだ。
『他にもいろんな本持ってるからいつでも遊びに来いよ』ってな。
普通、誘われても男の部屋に一人で遊びに来ないだろ?
しかも初めて遊びに来たその日から泊まっていかないだろ?
しかもコイツは本を読んでるだけだから会話は一切なし!
話しかけたら「…邪魔をするなら出て行って」だぞ?
オレの部屋だぞ?それに冷蔵庫は勝手に開けるし、紅茶は勝手に作る。もちろん洗い物等は
一切しない。
ここまで好き勝手にされたら普通切れるよな?ブチッっといっちゃうよな?
けどな、オレも普通じゃないのかもしれん。やっぱり関西の血が流れてるからだろうな。
何故か『コイツ…メチャクチャおもろいやんけ』って思ってしまったんだよ。
それ以来、コイツが好き勝手してても口では怒っているが内心は
『相変わらずおもろいやっちゃな〜』で済ましてるんだよ。
まぁ、ホントに腹が立ったらさっきみたいに健一で発散してるけどな。
で、コイツ…神楽桃子とはその時からの付き合いだ。


そんな桃子は今、柴田練三郎の時代劇小説『剣は知っていた』を読んでいる。
おお!これ、かなり面白かったんだよな!…話の内容は忘れちまったけどな。
大阪から暇つぶしのつもりで持って来た小説の山が、こんな形で役に立つとは思わなかった。
そんなことを考えていたオレに、本を読みふけっていた桃子が話しかけてきた。
「江口さん…紅茶おかわり」
………なめんなよ?
オレは紅茶のかわりに缶ビールを開け、桃子の口に流し込む。
もがく桃子の鼻をつまんで無理やり飲ませる。
飲んだのを確認し、そのまま頭を掴んでシェイク!シェイク!
しばらくシェイクした後に頭から手を離すとフラフラになった桃子はダウンした。
よし!これでコイツは二日酔い確定だ!
良い子の皆、お酒は二十歳になってからだよ?
じゃないとコイツみたいに惨めな酔っ払いになってしまうからね!
…18歳の桃子に無理やり飲ませるオレはまるで犯罪者だな。
ま、いいや。これで大人しくなるからぐっすりと寝れるな。
さすがにこのまま寝かせとくのは忍びないので毛布をかけてやる。う〜ん、オレって優しいな。
さ〜ってと、風呂に入ってさっぱりしてビールを飲んで寝るとするか!
オレは仕事で疲れた体と、桃子の相手をして疲れきった心を癒すため、ゆっくりと風呂に入る
ことにした。



「で、どうだったの?アンタ、また泊まりに行ったんでしょ?今度こそうまくいったの?」
大学近くの喫茶店。私達の指定席に座るなり、シーリスが桃子に問い詰める。
講義が終わった帰り道、私とシーリスは桃子に告白の結果を確認する。
私(マヤ)とシーリス、桃子の三人は中学時代からの友達。
私達の間にはいろんな事があったけど、今では二人とも大切な親友。きっと二人もそう思って
いるはずよ。
「ええ…プレゼントも貰ったし、お酒も一緒に飲んだわ。これで私達、恋人同士なの?」
おぉ〜!やったじゃん、おめでとう!とシーリスが驚きの声を上げる。
OK貰ったの?スゴイ!やったね桃子!おめでとう!
…って、ねぇ桃子。そのセリフ、今まで何回も聞いたわよ?
「ねぇ桃子、プレゼントってなに貰ったの?」
今までのパターンからすると、多分あれじゃないかな〜って思いながら聞いたの。
「………カリカリ君」
ポッと頬を染め、恥ずかしそうに言う桃子。
やっぱりそうなのね。毎回毎回なんで江口さんはカリカリ君を持ってるの?
それにカリカリ君を貰って喜ぶ桃子も桃子よ!
一言言おうと桃子を見てみる。まだ頬を染めているわ。
もう!可愛いじゃないの!なんで江口さんはこの可愛さが分かんないの?
「はぁ〜…じゃ、一緒にお酒を飲んだっていうのも、無理やりビールを飲まされて頭シェイクされ
たんでしょ?」
「ええ、そうよ。何故知ってるの?」
シーリスの言葉に首をかしげ、何故?って顔をしている。あ〜もう!可愛いじゃない!
「で、朝起きたらフローリングの床に毛布一枚で寝てたんでしょ?…はぁぁ〜ダメだこりゃ」
予想通りの結果にため息をつき、肩を落とすシーリス。私もそれに倣ったわ。
「…二人ともどうしたの?」
私達が何故肩を落としたのか分からない桃子。
私とシーリスは視線を合わせ、大きなため息を吐く。
「ま、気長に行こっか。時間をかけたほうが手に入れたときの喜びが大きいからね」
「ふふふ…ねぇシーリス、それは実体験なのかな?あなたも山薙君落とすのに4年もかかった
もんね」
「うっさいのよ!アンタも3年かかったじゃないの!」
「…じゃあわたしは5年もかかるの?その頃には江口さんは35歳…おっさんはイヤ」
桃子の言葉に顔を見合わせ、つい笑い出す私達。
桃子はキョトンとしている。もう!すっごく可愛いじゃないの!
笑いながらも私達はこの不器用な親友の恋をこれからも応援しようと誓ったわ。



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