(うぅ…体が重い。ていうかズキズキする。何でだ?……あ、そうか。僕、美里さんに階段から
…)
 
 まどろむ頭で今の状況を考える。あぁ…額に当てられた冷たい手が気持ちいいなぁ。
その冷たい手の感触が、徐々に僕の意識をはっきりとさせた。
そうだった。僕、美里さんに突き落とされたんだ。…痛いよ。体中が痛い。
でも、一番痛いのは…心だ。なんで美里さんは、僕を突き落としたんだろ?
僕が生意気な事を言ったからかな?それにしても、階段から突き落とすなんて…酷すぎるよ。
人間にする事じゃないよ。…やっぱり美里さんにとって僕は、オモチャでしかなかったんだ。
きっと僕が生意気な事を言ったから、懲らしめるために突き落としたんだ。
ふっふふふふ…あっはははは!ふざけるな!僕は本気で貴方の事が好きだったんだぞ?
いつまでもいつまでも、僕をオモチャ扱いして……もういい。もういいや。
やっぱり僕と美里さ…西園寺先輩とじゃ、生きている世界が違うんだ。
金持ちお嬢様の考えてる事なんて、所詮は庶民の僕に分かりっこなかったんだ。
…別れよう。そうだ、別れよう。これ以上一緒にいたら、そのうち殺されちゃうよ。
どうせ僕と結婚するつもりだったなんて、ウソなんだ。きっと暇つぶしだったんだ。
だから僕には触らせようとしなかったんだ。…ホントにえっちの練習台だったんだね。
もう振り回されるのは疲れたよ。……さよなら、みーちゃん。



「…やーくん?やーくん、目が覚めたのですね?体は大丈夫?」

 目を開けると、そこは知らない部屋だった。大きなベッドに白いカーテン。
ベッドの隣には僕の額に手を当てて、目を真っ赤にした西園寺先輩が。
ここは…いったいどこだ?

「西園寺先輩、ここってどこですか?」

 額に当てられた手を払い除け質問する。僕の態度に驚き、目を丸くしながらも質問に答える
先輩。

「ここは病院ですわ。学校でやーくんが階段から落ちてしまって…さ、西園寺先輩?
やーくん、今更何故他人行儀な言葉遣いをするんですの?いつものようにみーちゃんって…」

 僕に払われた手を押さえ、驚きの表情を見せる先輩。
けどそれは手を払われた事にではなく、僕が西園寺先輩と言った事に対して驚いているみた
いだ。

「ああ、ここって病院ですか。僕が先輩から突き落とされて、どのくらい経ってるんですかね?
…授業、サボっちゃったな。また委員長にノート借りなきゃいけないな」
 
 壁に掛けられている時計を見ると、午後4時になろうとしていた。
お昼に突き落とされたから…4時間ぐらい寝ていたのか。

「や、やーくん?ですから何故他人行儀な言葉遣いを…」
「西園寺先輩、僕はもう大丈夫ですから帰ってもらえますか?
先輩がいると心が休まらないんで」
「で、ですからぁ!なんであたしのことを先輩なんて言うのです!
やーくんイジワルが過ぎますわ!」

 真っ赤な顔で文句を言う先輩。今にも涙をこぼしそうな顔をしている。
見てるだけだと可愛くて、綺麗なんだけどな。…もう関わりたくないよ。
そんな綺麗な顔を見ていると、突き落とされた事に対する怒りが込み上げてきた。

「…僕の事はもうほっといてくれよ!僕はもうアンタのオモチャなんかじゃないんだ!
オモチャにされるのはもうたくさんなんだよ!出てってくれ!
…もう二度と、アンタの顔を見たくない」

 つい大声で叫んでしまった。しまったなぁ、ここって病院だよね?怒られちゃうんじゃないの?

「や…やーくん?い、いったいなにを言っているんですの?」

 先輩は僕が何を言ったのかを理解できていないようだ。
…理解できないんだったら何度でも言ってやるさ!

「アンタの耳は飾りか?分からないんだったら何度でも言ってやるよ!
僕はアンタのオモチャじゃない。もうアンタとは婚約者でも恋人でもなんでもない。
…赤の他人だ!」

 

 午後5時。ベッドの上から夕日を眺め、ため息をつく。…なんか嫌な気分だ。
ちょっときつく言いすぎたかな?…いやいや、悪いのはあっちだ、絶対に向こうが悪い。
そんなことよりも、お腹空いたなぁ。
よく考えたら階段から突き落とされたからお昼ご飯食べてないんだよね。
病院のご飯って美味しいのかな?
お嬢様だけど美里…西園寺先輩の料理は美味しかったんだよね。
ってもう関係ない人のこと考えてても仕方ないや。早くご飯にならないかなぁ〜。
そんなことを考えていたら廊下から元気な話し声が聞こえてきた。

「青葉君生きてる〜?…あ、生きてたんだ、よかったぁ〜。死んだものとばかり思ったわ」
「あ、ホントだ、生きてるね。死んでなかったんだね、よかったよかった」

 病室へと入ってくるなり生きているんだと驚く綾崎さんと池田さん。
なんで二人とも僕が死んでると思ってたんだよ!

「生きてちゃ悪い?…二人ともそんなに僕が死んでてほしかったんだ」

 ガックリと肩を落として話す。お見舞いに来てくれたんだろうけど、死んでるはないだろ?
綾崎さんはぶんぶんと首を振り否定をして、池田さんはこくこくと頷いた。
…え?なんで池田さん頷いてるの?ホントに僕に死んでてほしかったの?

「さっきね、西園寺先輩が泣きながら病院から出て行ったのを見ちゃったの。
だから間抜けな青葉くんが、階段から転げ落ちて惨めに死んじゃったんだって、
かなちゃんと話してたんだよ。
空しい一生だったねって話してたのに…なんだ、死んでなかったんだ。
てっきり惨めに死んだものだと思ってたよ。よかったね、生きてて。
みすぼらしくても生きてる方がいいもんね」

 …なんなんだろう、この人は?お見舞いに来て怪我人をどん底へ叩き落とそうとするなんて。
池田さん、学校で何か嫌な事でもあったのかな?

(委員長、今日学校で何かあったの?なんかヘンに壊れてるんだけど?)
(ゴメンね、あたしとラインフォード先輩でちょっと、ね)

 可哀想に…池田さん、またラインフォード先輩になにか見せられたんだ。
あれ?綾崎さんも先輩と一緒になにかしたの?いったい何されたんだろ?

「あれあれぇ〜?かなちゃんが青葉くんとヒソヒソ話してるよ?
正平君に言ってやろ〜っと。かなちゃんは高校で冴えない男と浮気してますよって。
お昼にあんなにラブラブっぷりをアピールしてたのに、かなちゃんって浮気性なんだ。
サイッテーだね」

 ニコニコと嬉しそうに微笑みながら、綾崎さんにケンカを売る池田さん。
おいおい、この二人の間にいったい何があったんだよ?

「もうっ!いつまで根に持ってるのよ!…いい加減に機嫌直してよ。
…言っとくけどあたし、そんなに気は長くないからね」
「…ゴクリ。あ、あははは、何を言ってるのかな?私はなにも気にしてないよ?
イヤだなぁ〜、かなちゃんったら。なにを勘違いしてるのかな?ねぇ青葉くんもそう思うよね?」
「いや、いきなり同意を求められても、何がなんだか訳が分からな…ごふっ!」

 的確に鳩尾を捉えた池田さんの正拳突き。
そういえば池田さんって空手道場の娘だったんだよね。
さすがだね、すっごい威力だ…ぐふぅ!



「ゴメンね、お腹大丈夫?もろに鳩尾に入ったから痛かったよね?…プッ、いい気味」

 最後にボソッと毒を吐きながらも心配してくれる池田さん。
殴っといていい気味はないだろ?…なんで殴られたんだろ?

「青葉君、ホントにゴメンね。あたしからこの子にはきつく言っておくから」
「んな?な、なにをきつく言うのかな?それよりもかなちゃん!
西園寺先輩なんで泣いてたんだろうね?」
「んん?そういえばそうね。青葉君は元気そうだし、なんで泣いてたんだろうね?
先輩が泣いて出てきたのを見たときは、『青葉君、死んだんだ』と思ったしね。
ケンカでもしたの?」

 二人して不思議そうに首をかしげている。教えた方がいいのかな?

「そんなことより青葉く〜ん、ちょっと聞いてよ!かなちゃんってひっどいんだよ?
先輩と一緒に私を苛めるの。血も涙もない恐怖の惚気女なんだよ!」
「ちょっと果歩、それは言いすぎよ!…まぁ確かに、ちょっと自慢しすぎたとこはあったかな?」
「ちょっとぉ?出会いから今までの思い出を話すのがちょっとなの?
かなちゃん、先輩といい勝負してたよ?
…二人に挟まれて、惚気話を聞かされる身にもなってよ」

 目の前でギャーギャーと騒がれたら嫌な気分が紛れてきた。
ホント二人が来てくれてよかったよ。

「ははは、委員長、また先輩に惚気られたんだ。綾崎さんも聞いてたの?
ってことは…先輩の恋人が誰か知っちゃったんだ?」
「ええ、凄く驚いたわよ。まさか先輩の恋人が……あれだとはねぇ」
 
 そりゃ驚くよね。校内で1、2を争う美女で大金持ちの先輩の恋人があの相川先生なんだから
ね。
特にカッコいいという訳でもなし、お金持ちって訳でもなし。
しいて褒めるなら……メガネがブランド物だってことぐらいかな?

「ははは、で綾崎さんも惚気られたんだ?」

 可哀想に。委員長がちょっと壊れちゃうくらいの惚気らしいから、
綾崎さんも堪えたんじゃないかな?
綾崎さんはポリポリと頬を掻き、何故かハハハと乾いた笑いをした。
その横では池田さんがブンブンと必死に首を振り、否定をしている。…なんで?

「青葉くん、それは違うよ。かなちゃんも先輩と一緒になって私を苛めたんだよ。
永遠に続く惚気のループ。1+1は2になるんじゃないんだよ。10にも20にもなっちゃうの!」
「……よく分からないけど、要するに綾崎さんも先輩と一緒になって惚気話をしちゃったの?
で、二人から聞くとダメージが10倍20倍になる。こういうこと?」
「さっすが青葉くん!頭打ってちょっとは回転がよくなったんだね。
想像してみてよ、二人しての惚気まくってさ、私に写真を見せてくるの。
ぬぁにが『あたしの彼って胸に顔を埋めるのが好きなんです。
あたしもギュッと抱きしめると幸せになるんです』だ!
このおっぱいお化けめ!さっさと垂れてしまえ!」

 あ〜あ、今日も池田さん壊れちゃったよ。
最近の池田さんは散々な目に遭ってるんだね。
橘にはフラれるし、先輩と友人からは惚気を聞かされる。…池田さんもついてないんだね。

「だからさっきから謝ってるじゃないの。
はぁぁ〜、さっきも言ったけど、あたし、気は長くないから。
これでもう2回も言ったわよ?ねぇ果歩、親しい友人がいなくなるなんて、
悲しい思いはさせないでね?」
「…ゴクリ。そ、それよりさ!ラインフォード先輩って料理上手でしょ?
私もいろいろ教えたりしたんだよ。安い食材でいかに美味しく作るかって。私、偉いでしょ?」
「そうそう、お昼に先輩の手料理頂いたんだけど、とても美味しかったのよ。
先輩に美味しい料理を教えるなんて果歩は偉いねぇ。……3回目はないわよ」

 池田さんの頭をいい子いい子と撫でる綾崎さん。
池田さんは嬉しそうにしていたけど…耳元で囁いた最後の言葉で固まった。
僕は何も聞こえなかったし、関係ない。…池田さん、踏んだり蹴ったりだね。
  


「へぇ〜、先輩の料理ってそんなに美味しいんだ?
意外だね、どんな料理が得意なんだろうね?」

 悪い空気を変えるため、固まっている池田さんに問いかける。
なんで怪我人の僕が気を使わなきゃいけないんだ?この人たち何しに来たんだろ? 

「そうそうそうそう!おっどろきでしょ?先輩の料理って庶民派なんだよ?意外でしょ?」

 固まっていた池田さんが嬉しそうに食いついてきた。
いい助け舟を出せたみたいだ、よかったよかった。
それにしてもあの先輩が庶民派料理を作るなんて意外だ。もっと高級なものかと思ってたよ。

「へぇ〜、フランス料理とかそんなのかなって思ってたよ」
「あっははは!青葉くんってバカだね。救いようのない、生きてるのが恥ずかしい人類の恥だ
ね。フランス料理なんて作れるわけないじゃん。肉じゃがだよ。先生の大好物なんだって」

 気を利かせて話に乗ってあげただけなのに、なんで人類の恥にならなきゃいけないんだ?

「先輩って先生のためにいっぱい料理の勉強したんだって。
好きな人に手料理を食べてもらうのってすっごく幸せだって言ってたよ。
かなちゃんもそう言ってたし…私にはちょっと分からないなぁ。
料理なんて小さい頃からしてるから、もう生活の一部なんだよね」
「果歩も好きな人が出来たら分かるわよ。すっごく嬉しいんだから」
「ふ〜ん、そうなんだ。ねぇ青葉くん、西園寺先輩も嬉しそうにしてた?
最近お昼はずっと手料理食べさせてもらってるんでしょ?この幸せモン!」

 そう言って僕のわき腹をドスドスと突く池田さん。
そういえばあの人も嬉しそうにしていたな。…ま、もう関係ないことだけどね。

「そんなの嬉しいに決まってるじゃないの。
ラインフォード先輩もそうだけど、西園寺先輩クラスの人は、一生包丁を握らなくてもいいんだ
から。女ってのはね、愛する人の為ならなんだって頑張れるのよ。
きっと何度も包丁で手を切りながら頑張ったんだと思うわ。あたしがそうだったからね」
「ははは、それはないと思うよ?あの人がそんな努力をするとは思えないよ。
だってあの人は僕の事、オモチャ代わりにしてただけだしね。そんな努力する訳ないよ」
「なに言ってるの?なんでもそうだけど、いきなり上手く出来るわけないわよ。
西園寺先輩、青葉くんに内緒で練習してたのよ。美味しいって言ってもらえる事を夢見てね。
だから初めて美味しいって言ってもらえた時、嬉しさのあまりに夜ベッドでゴロゴロと転がってた
はずよ」

 そ、そうなのか?綾崎さんの言うとおりなのか?
そういえば初めて食べさせてもらったのは、卵焼きだったな。
ちょっと塩辛かったけど、美味しいよって言ったらすっごく喜んでた。
卵焼きを上手く作れたから嬉しがってたんだと思ってたんだけど、
もしかしたら僕に褒めてもらったのが嬉しかったのか?
そうだとしたら、美里さんはホントに僕のことを…好きだったのか?

「へぇぇ〜、かなちゃんもベッドで転がった事あるんだ?
そんな純なのってかなちゃんには全然似合わないよ、あははは!」
「もう!果歩ったら、からかわないでよ!……3回目ね」
「あはは…は……は?さ、3回目ってなにかな?」
「さ、ここじゃ出来ないから行くわよ」
「な、なにが出来ないのかな?なにをするつもりなのかな?なんで無言で手を引っ張るのか
な?
た、助けて青葉くん!かなちゃんがキレちゃったよ!殺されるぅ〜!」

 怯える池田さんの手を無理やり引っ張り、外へと連行する綾崎さん。
さようなら、委員長。あなたのことは忘れないよ。…多分だけどね。



 僕に助けを求めながら病室から連れ出される池田さん。
僕はそんな池田さんを無視して考える。
やっぱり美里さんは僕の事が、本当に好きだったのかな?
でも、もしホントに僕の事が好きなら、なんで指を折ったり階段から突き落としたりしたんだ?
普通、そんな酷いことしないよね?酷いこと……僕も酷いこと言ったんだった。
美里さん、泣いていた。目を真っ赤にしてポロポロと泣いていた。
僕が大好きな綺麗な顔を、涙でぐちょぐちょにして泣いていた。
僕が泣かしたんだ。……そう考えたら胸が痛くなる。
長い間、想い続けていた想いを打ち明けて、やっと手に入れた最愛の人を……泣かしたんだ。
はぁぁ……やっぱり僕、まだ美里さんのこと吹っ切れてないんだなぁ。
美里さんの料理、美味しかったなぁ。ホントに僕のために練習してたのかな?

『ぐぅぅぅ〜』

 美里さんが作ってくれた料理のことを考えてたら、お腹が鳴った。
こんな落ち込んでる時でもお腹が空くなんて……人間ってすごいなぁ。
はぁぁ〜、お腹減ったぁ。晩御飯はなんなんだろ?
そんなことを考えていたら、病室の扉がコンコンとノックされた。
誰だろ?池田さん達かな?忘れ物でもしたのかな?

「開いてるよ〜。委員長、忘れ物でもしたの?」
「委員長?お前は誰と勘違いをしているんだ?……少し話がある」
 
 こ、この声は……あ、秋山さん?部屋に入ってくるなり扉の鍵を閉める。
なんで閉めるんですか?……まさか?思わず折られていない指を隠す。
僕が美里さんに酷いことを言ったから……こ、殺されるのか?

「裕彦、美里様のことだが……本当にあれでいいのか?」
「………」
「確かに美里様は、やりすぎなところもある。しかし、お前のことを想っているのは間違いない」

 秋山さんの言葉に怒りが湧いてきた。僕のとこを想っている?ならなんで酷い事をするんで
す!

「……ならなんで階段から突き落としたりしたんですか!
なんで平気で指を折らせたりするんです?
おかしいじゃないですか!僕のことが本当に好きなら、なんで酷い事ばかりするんですか!
僕だって美里さんのことは大好きですよ!でも、もうイヤなんです!
オモチャにされるのは、もうゴメンなんですよ!」

 僕の事を想っている?ならなんで階段から突き落としたんだよ!
ふざけるな!なにがやりすぎな所があるだ!おかげで僕は死に掛けたんだぞ!
秋山さんの無責任な言い方に、怒りが爆発した。
だいたいアンタも人の指を平気で折ったりして、おかしいんだよ!
怒りに震える僕をしばらく見つめていた秋山さんが口を開いた。

「裕彦……お前が美里様と別れるというのなら、美里様は見ず知らずの者と結婚させられるだ
ろう。お前はそれでもいいのか?お前以外の男が、美里様の隣に立って一生を添い遂げる。
好きでもない男に抱かれ、子を作り……お前との思い出にすがりながら生きていく事になるだ
ろう。お前はそれでもいいのか?」
 
 ……え?な、何を言っているんだ?美里さんが知らない人と結婚する?
そ、そんなバカな……
秋山さんの言葉に絶句する。美里さんが知らない男と……結婚する?う、ウソだ!
秋山さんは絶句している僕を見てニヤリと笑い、追い討ちをかけるように話しかけてきた。

「驚いたようだな。しかし安心しろ、そうはさせないさ。
せっかくのチャンスだ、俺がおいしく頂くよ。男に捨てられた女ってのは落としやすいんだ。
まさかこんなに早くチャンスが来るとはな。
お前の指を折り、ビビらせていたかいがあるというものだ」



 ……な?何を言っているんです?秋山さん、チャンスってなんなんです?
落としやすいって、ビビらせていたって……あなたはいったいなにを企んでたんですか!

「おいおい、なにを睨んでいるんだ?お前が捨てた物を俺が拾ってやるだけだろうが。
フッフッフ、お前相手に性技を磨いていたからな、どれだけ出来るのか試すのが楽しみだ。
ありがとうよ、練習台君。お前の分までじっくりと、体の隅々まで頂いてやるさ。
はぁ〜っはっは!」

 ま、まさか……まさか秋山さんが?
僕達が小さい頃からずっと側にいてくれた、あの秋山さんが!
き、聞き間違いだよね?そうだよ、秋山さんに限ってそんな酷い事を考えるわけがないよ!

「さて…と。お前に一仕事、頼みたい事がある。これから美里様がここに来る。
お前の大好きなカレイの煮付を作ってな。仲直りしたいんだそうだ。
そこでだ。お前は美里様に冷たく接しろ。もう二度と顔も見たくない、声も聞きたくない、とな。
それでお前と美里様の関係も終わりだ。あとは俺が慰めるフリをしておいしく頂いてやる。
くっくっく…ふっはっはっは!これで俺も大金持ちだ!こんなおいしい話、もう二度とないぜ!」

 見たことのないような、欲望にまみれた顔で笑う秋山さん。
秋山さんがこんな人だったなんて…信じられないよ!

「んん?どうした?何か言いたいことでもあるのか?」
「秋山さん、本気で言ってるんですか?もし本気だったら……見損ないました!」
「どうした?お前も美里様と別れたいんだろ?
お前が捨てた女を俺が拾うだけだ、文句はあるまい?
それともあれか?やはり西園寺家の金が惜しくなったのか?
安心しろ、俺の頼みを聞いてくれたら、ある程度の分け前はくれてやる」
「秋山さん!さっきから好き勝手に言ってますけど、秋山さんは美里さんのことをどう思ってい
るんですか!」
「どう思ってる、だと?そうだな……いい金づるだ。おまけに今度は俺を億万長者にしてくれる。
あんな乳臭いガキを口説き落とすだけで大金持ちだ、笑いが止まらんぜ。
ふぁっはっはっは!」

 下品に笑う秋山を見て、怒りで頭が真っ白になった。
お前、何を言ってるんだ!誰がお前みたいなクズに美里さんを渡すか!美里さんは……
 
「…ざけるな。お前、ふざけるなよ!誰がお前のようなクズに渡すか!
美里さんは僕の女だ!お前のようなヤツに指一本触れさせるか!あれは僕のだ!」
「……ふっふっふ、お前もやはり欲深い男だな、やはり金が欲しくなったのか?
それとも体目当てか?それなら俺が抱いた後に好きなだけ抱かせてや…」
「黙れ!お前が美里さんの名前を口に出すな!
あなたがこんな腐ったやつだとは思いもしなかった。
もう二度と僕達の前に現れないでくれ!
あなたがいなくても美里さんは…僕が守る!一生守り続ける!」

 こんな人の事を信用してたなんて…自分が情けないよ。
これから美里さんを守るのは…この僕だ!
秋山を睨みつけ、拳を握る。そんな僕を見て満足そうに頷く秋山。
何を頷いている?そう思ったとき、秋山が話しかけてきた。

「裕彦、これが何か覚えているか?
…そう、お前が美里様に告白したあの日、お守りだと偽って渡した盗聴マイクだ」

 ニヤニヤと笑う秋山の手には、確かにあの首飾り型盗聴マイクが握られていた。

「でだ。実は今日、俺一人でここに来たのではない。…美里様も一緒に来られている。
俺に裕彦がまだ怒っているか調べてほしいと言われてな。
俺達の会話をこのマイクから聞かれているんだ。
ちなみに今はこの扉の向こうで待たれている。
ふふふ、お前はもう少し疑い深くなった方がいい。
今のままでは美里様をお前一人でお守りするなど到底無理だ」

 えっと……どういうこと?秋山さんはいったい何を言ってるの?

「じゃ、俺はこれで帰る。大口を叩いたんだ、一晩ぐらい美里様をお守りしろ。頼んだぞ、裕彦」

 僕の肩をポンポンと叩き、部屋から出て行く秋山さん。
入れ替わりで部屋に入ってきた人がいた。その人は…美里さんだった。



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