「ねぇ池田さん、この『一円タイムセール』というのは本当なんですの?
もやし一袋が一円などと……そんな事が有り得ますの?」

 学校帰りのスーパーで、看板セールに驚く西園寺先輩。
あはははは、やっぱり先輩のような人には、信じられない話なんだね。

「あらあら……これだから世間知らずの過保護な処女はダメですわね。
こんな事も知らないなんて……そんなことでよくもまぁ、あと二年で結婚するなんて言えますわ
ね?世間知らず、恥知らずにも程がありますわ」

 そんな西園寺先輩にラインフォード先輩が噛み付いた。
な、なんで噛み付いたりするのかな?仲良くしたほうがいいと思うよ?

「あらあらあら……心配してくださったんですね?それはどうもご親切にありがとうございます。
ですが先輩のように、恥ずかしくて人様に言えない相手と結婚するわけではないので大丈夫で
すわ。
自分のことを棚に上げてまで人の心配をするなんて、
さすがはラインフォード先輩、親切ですわねぇ。
平凡で何の特徴もない平教師を好きになるような、心の広さを持ってるだけはありますわ」

 どこでラインフォード先輩の恋人が相川先生だと知ったのか、西園寺先輩が噛み付き返す。
だ、だからなんで噛み付いたりするのかな?……なんで私、ここにいるんだろ?

「あらあらあらあら……そんな事ありませんわ。西園寺さんにはとてもかないませんもの。
西園寺さんのように、平気で愛する人の指をへし折らせるなんて、私はとても出来ませんわ」
「まぁまぁ……ラインフォード先輩ったら。おほほほほほ」
「イヤですわ、西園寺さんたら。おっほほほほほ」

 はたから見れば朗らかに微笑んでいる先輩達。
けど私には猛獣同士が互いの喉を食い破る隙を窺っている様にしか見えない。
な、なんでこうなったのかな?私、何か変なことしたのかな?
私、夕御飯のおかずを買いに来ただけだよ?
そもそも事の始まりは、クラスメートから西園寺先輩に買い物を教えてほしいと頼まれたんだよ
ね。
で、一緒にスーパーに来てみれば、ラインフォード先輩と鉢合わせ。
ラインフォード先輩には料理を教えてほしいと頼まれて……何故かこうなってる。
な、なんでかな?なんでなのかな?なんでこうなったのかな?
 
 私……池田果歩(いけだ かほ)は家計を預かる16歳の現役高校生。
お父さんは小さい頃に交通事故で死んじゃって、今はお母さんと二人で暮らしてるの。
お母さんは看護師として働いているんだ。
お母さんの収入は結構あるんだけど、貧乏しているの。
何故かというと、死んだお父さんが残した空手道場を経営しているんだよね。
空手はお兄ちゃんが教えてるんだけど、我が池田道場は赤字続きなんだ。
そのせいで家計も苦しいってわけ。
だから家計を預かる私が、生活を切り詰めて生活しているんだよ。
そんな私の目の前で、睨み合ってる美女二人。
一人は学校の生徒会長で輝く金髪が美しい、ラインフォード先輩。怒るととっても怖い人。
もう一人がサラサラとした黒髪が羨ましい、西園寺先輩。
私のクラスの男の子と付き合ってるんだ。
二人とも負けん気が強くて大金持ち。
だからお互い譲らなくて、今のような状況によくなっちゃうの。
買い物を平穏に終わらせるため、とりあえずは……先輩二人をどうやって止めるか考えてみよ
うかな?
う〜ん……まるでライオン対シベリアタイガーのような構図だねぇ。
……そんなの止めれないって!
お付の人同士でも睨み合ってるし……どうしたらいいんだっての!
肩を落とし、落ち込んでみる。はぁぁ〜、やっぱり私って運がないのかな?
そんな私の耳に開戦のアナウンスが聞こえた。



『毎度御来店ありがとうございます!本店名物、一円セール!もう間もなく開催いたします!』

 どよめく店内。おおおお!ついに来たね!この時を待ってたよ!
体に力が満ちてくる。血が滾るのが分かる。一円セール……それはロマンだよ!
そんな私に追い打ちをかけるアナウンスが!

『本日は大赤字確定!豚ロースが30パック限りの……なんとなんとの200グラム一円!
一円ですよ〜!』

 うをををっををを〜〜!す、すっごいよぉぉぉ〜〜!これは凄い、凄すぎるよ!

「んな?こ、この放送は本当なんですの?ねぇ池田さん、本当に一円なんですの?」
「あらあら、あなたのその変な形の耳は飾りなんですの?
アナウンスで一円と言っていたではあり……」
「うっさいそこぉぉ〜!これからは戦争なの!自分の身は自分で守る!分かったかな!」
「「は、はい!分かりましたわ!」」

 慌しくなる店内。店の空気が変わった事に驚いている西園寺先輩。
何驚いてんの、ここは戦場だよ?今更何を言ってるんだっての!
隙を見せたら全部、持ってかれちゃうよ!

「よし!では西園寺先輩!
あなたはラインフォード先輩と一緒にもやしを6袋、取って来ること!」
「はぁ?なんでこんな変な外人と一緒に……」
「口答えしない!ラインフォード先輩も分かったね!では、健闘を祈る!」
「ちょ、ちょっと池田さん、もやしを取るのはいいんですけど、豚肉はどうするんで……」
「私が3つ、取ってくるよ!
このお店では、もやしは一人2袋まで、お肉関係は一人1パックと決まってるの!
ラインフォード先輩、まだ覚えてないのかな!」
「ゴ、ゴメンナサイ!今しっかりと覚えましたわ!」
「よし、では作戦開始!各自健闘を祈る!」

 よぉ〜し、絶対に取ってあげるからね!
ライバルのおばさん連中には絶対に負けないんだから!
狙った獲物は逃さないよ!血が煮えたぎるっての! 
  

 今日のタイムセールの成果……豚肉3パック。もやし2袋。
……これは何かな?なんで2袋だけなのかな?
目の前で肩を落とし、シュンとしている二人を見る。
……これだからお嬢様は使えないんだよね。

「はぁぁぁ〜……終わった事は仕方ないですけど、
もやし一袋をおかずに、1日食べていけるんですよ?
先輩達、生活するっていうことを舐めてませんか?
一円を大事に出来ないものは……家計を預かれません!」

 収穫の少なさに拳を握り、説教をする。先輩達、全然ダメ!
このままじゃいい奥さんにはなれないよ!

「ぐっ……西園寺さんがもたもたするからいけないんですわ!」
「んな……ラインフォード先輩こそ、せっかく取った袋を見知らぬおば様に奪われていました
わ!」
「いつまでもクヨクヨしない!次の店行くよ!次!」
「へ?つ、次の店とはどういうことですの?」
「あらあら、西園寺さん、そんな事も知らないんですの?
世間知らずのお嬢様はクソの役にも立ちませんわ」
「次はこっから20分のとこにあるスーパーで割引品を狙うよ!目指せ、60パーセント引き!」

 私の言葉に頷く先輩達。おし!2人とも、気合入ってきたね!

「今度はミスなんて許されないんだからね!気合入れていくぞー!」
「「り、了解ですわ!」」


 結局この日の買い物は、先輩達に足を引っ張られて思い通りの収穫とはいかなかった。
けど別にいいかな?あの先輩2人にいろいろと教えたんだからね!
最近学校では、先輩達が所帯染みてきたって噂が流れてるけど……私のせいなのかな?
  


 先輩達を連れて試練の買い物をした次の日、登校した私にクラスメートが話しかけて来た。

「委員長、昨日スーパーで美里さんに何を教えたの?美里さん、スーパーから帰ってくるなり、
『買い物は体力です!もう二度と押し負けませんわ!』って言い出したんだけど……なんのこ
と?」
「おお?さっすがは西園寺先輩!買い物は戦争だって分かったんだね!
力なき者は敗れ去る……これが戦場の真実なんだよね」

 クラスメートの青葉裕彦くんの言葉に、腕を組んでうんうんと頷く。
そうなんだよね、買い物とは戦争、女の戦いなんだよね。
青葉くんの彼女が、昨日スーパーで一緒に買い物をした西園寺先輩。
なんと婚約までしてるんだって!
高校生で婚約!しかも大金持ちの超美人が相手ときたもんだ!
いいねぇ、羨ましいねぇ……階段で足を踏み外して捻挫でもすればいいのに。

「果歩、あなた先輩に何を教えてるの?
青葉くん、果歩に先輩の相手させてると、取り返しのつかない事になってしまうわよ?」

 このなかなかの顔をしている、殺意を覚えてしまうような巨乳の持ち主は綾崎かなえちゃん。
私の幼馴染で仲良しの、大事な友達だよ!……取り返しのつかない事ってなにかな?

「かなちゃん、どう取り返しがつかなくなるのかな?」
「ん?そうねぇ……3枚1000円の下着を買っちゃったりするんじゃないかな?」

 か、かなちゃん!なんでそんなこと青葉くんの前で言うのかな!……な〜んてね。
んっふっふっふ、かなちゃんの情報は遅れてるよ。それは中学生までだよ!

「チッチッチッ……甘い、甘いんだよかなちゃん!
下着はね、かなえお義姉さんが買ってくれてるの。
いつ起こるか分からない不測の事態に備え、いい下着を着けておきなさいってね。
えへへ、いいでしょ?
……ねぇかなちゃん、なんで綺麗な下着を着けなきゃいけないのかな?
不測の事態ってなにかな?」

 そうなんだよね、高校に入ってからお兄ちゃんの奥さんのかなえお義姉さんが下着を買ってく
れてるの。
女の子はいざという時の為に、隠れたところもおしゃれしないといけないって。
……いざという時ってなんなのかな?
お母さんに聞いても笑うだけだったし……なんなんだろ?

「……果歩って可愛いから、もしかしたら芸能界にスカウトされるかもしれないでしょ?
そうなったら水着に着替えたりするからじゃないのかな?青葉くんもそう思うわよね?」
「そ、そうだね。委員長ってみんなから人気あるし、そういうこともあるような気がするよ」
「そうかな?私、もしかしたら芸能界デビュー、ありえるのかな?」
「えぇ、ありえるわ。誰でも夢を見ることは平等に許されるわ。……無謀な夢でもね」

 おおおお!そ、そうなのかな?私、もしかしたらグラビアアイドルとかになっちゃうのかな?
なんか無謀な夢ってのが気になるけど……ま、いっか。
スカウトされるのを楽しみに待っておこう。
生きていくのには楽しい事がたくさんあったほうがいいからね!
……この生暖かい視線はなんなんだろうね?なんで二人とも私をそんな目で見るのかな?



 二人のなにかを含んでいるような眼差しに不信感を抱く私。
もしかして私、なんか騙されてるんじゃないのかな?
そんないつも通りの無駄話をしてる私たちに先生の声が。

「お〜いお前等席に着けよ〜。いつまでも無駄話ししてるんじゃないぞ、一時限目始めるぞ〜」

 あっといけないいけない、先生が来た!早く席に着かなきゃね!
教室にメガネをかけた若い男の先生が入ってきた。
この人は私たちのクラスを担任してる相川健一先生。
実はこの先生、ロリコンだとか、女子を目で犯してるだとか変な噂が流れてるんだよね。
でもこの悪い噂、全部先生の彼女が流してたんだよ。他の女が近づかないようにってね。
その彼女ってのが……ラインフォード先輩なんだよね。先輩が先生にベタ惚れしてるんだよ。
で、この事は秘密なんだ。
だから知ってるのは私とかなちゃんに青葉くん、西園寺先輩も知ってるのかな?
これをもし話しちゃうと、とっても楽しい水中散歩をボンベ無しで永遠にさせてくれるんだって!
……これって海に沈めるってことだよね?しかもこれ、冗談じゃないんだよ。
先輩にちょっかいを出していなくなったヤンキーさんもいるぐらいだからね。
……捜索願が出てるらしいよ?
……私、なんでそんな怖い人と知り合っちゃったんだろ?
 
 お昼休みには一緒にご飯を食べてるし、先輩の部屋にも招待されてたりする。
周りから見れば全生徒憧れのラインフォード先輩に可愛がられてる羨ましいカワイイ女の子。
そんなふうに思われてるんじゃないのかな?……けど実際は、ある意味罰ゲームなんだよね。
お昼ご飯を食べると言っても、確かに美味しいおかずを食べさせてはくれるよ?
けどね、毎日毎日先生との思い出話を聞かされてるんだよ?惚気られてんだよね。
さすがに一人じゃ辛いから、かなちゃんも道連れにしたんだけど……
かなちゃんまで惚気だしちゃったんだ。
だからお昼休みは2人からの惚気話を交互に聞かされて、
頭が『イィィィ〜〜!』ってなっちゃうんだ。
で、やっと家へ帰れると思ったら先輩の部屋に呼び出し。
実際は部屋じゃなくて『相川健一記念館』なんだよね。
これは何かというと、先生との思い出の品や写真を飾ってる倉庫なんだ。
ラインフォード先輩、先生に内緒で倉庫を借りて、記念館を作っちゃったんだよね。
そこの記念すべきお客さん第1号が私。2、3、4、5号も私。
……要するに、先輩以外の客は私だけなんだっての!
かなちゃんはいっつも知らないうちにいなくなってるし、断わろうにも怖くて断われない。
なんで初キスをした思い出の車とか、先生の大学時代の肖像画を見なきゃいけないのかな?
なんで相川健一写真集が1000冊越えてるのかな?なんで全部見せようとするのかな?
感想文ってなにかな?なんで書かされなきゃいけないのかな?
……私、何か悪いことしたのかな?なんでこんな罰ゲーム受けなきゃいけないのかな?

「おい、池田。お前さっきから何ブツブツ言ってるんだ?いい加減授業に集中しなさい」
「うっさいんだよ、このおしゃれメガネが!てめぇはそのヘンなメガネを磨いてな!」
「……おい綾崎、お前また池田を苛めたのか?なんかヘンに壊れてるじゃねぇか」
「しばらくしたら自然と治りますよ。
……今日はまだ苛めてないのに、何で壊れちゃったんだろ?」

 ……まだ苛めてないって何かな?かなちゃん、また私に何かするつもりなの?
チラリとかなちゃんを見てみる。……あれは何か企んでる顔だよ!
や、やらなきゃやられちゃう!
くっ……いつまでもやられっ放しだと思わないでね!返り討ちにしちゃうよ!
その為にも早く青葉くんに頼んで、稽古相手にあの人を手配してもらわないと……
かなちゃん、怒ったらすっごい関節技で苛めて来るんだよ。
彼氏のお父さんに習ってるらしいんだけど……あの胸でなんであんなに素早く動けるのかな?
もしかして中身は空気?今度針で突いてみようかな?
それよりも潰される前に潰さなきゃ!
どんな手を使ってでも勝たなきゃならない……これぞ池田道場教えだよ!

「……綾崎さん、なんか恨まれるような事したの?池田さん、すっごく睨んでるよ?」
「う〜ん、よく分からないわ。いったいどれの事なんだろ?青葉くんはどれだと思う?」
「どれの事って……友達は大事にしなきゃいけないと思うよ?」
「どうでもいいが、お前等、いい加減にしろよ?先生、本気で怒るぞ?」

 いつまでも私に勝てると思うなよ?このおっぱいお化けが!
ギッタンギッタンでグッチョングッチョンでモミモミでギャフンと言わせちゃうからね!



「今日はお世話になりまっす!池田果歩です、よろしくお願いしまっす!」

 俺の目の前で体操服に身を包み、頭を下げる女が一人。
……まったく、面倒な事に巻き込まれてしまったな。

「秋山さん、池田さんのことよろしくお願いしますね。じゃ、僕は美里さんの部屋にいますから。
委員長、練習頑張ってね。打倒綾崎さんだよ!」

 女を励まして、道場から出て行く裕彦。
おいおい、面倒は人に任せっぱなしか。
フッ、あいつめ……ずいぶんといい性格になったものだ。

 俺、秋山恭一朗(あきやま きょういちろう)は思わず苦笑してしまう。
これは今までの仕返しのつもりか?だとしたらずいぶんと可愛い仕返しだな。

 ここは西園寺家の敷地内にある、小さな古びた道場。
10代の頃に俺が通っていた空手道場ほどではないが、なかなかの広さだ。
昔はここでよく一人で稽古を積んでいたものだが……
まさかこんな形で再び使う事になろうとはな。

「あ〜……池田さん、だったかな?君は何故寝技を強くなりたいんだ?」
「友達にですね、寝技がとっても強い子がいるんです。
1回でいいから寝技でその子に勝ちたいんです」

 両手をギュッと握りしめ、ハキハキと答える女。……よく分からん理由だな。
ま、どんな理由でもいいさ。
俺は美里様から頼まれた通りに、この女をを鍛えればいいだけだ。
この女には美里様に金銭感覚を教えてくれたという恩もあることだしな。
しかしあんな安売りスーパーで西園寺家の人間が物を買うなどと、にわかには信じられんな。

「よろしい。では早速君の実力を見させてもらおうか。
寝技は本職ではないが、ある程度は出来るつもりだ。遠慮なくきなさい」
「おっす!よろしくお願いしまっす!」
「そうそう、美里様からの言伝だ。
『大変お世話になったから、容赦なく鍛えてあげなさいな。情けは無用ですわ』という事だ」
「な、なにが容赦なくなのかな?なんで情け無用なのかな?」

 俺の言葉に青ざめる女。安心しろ、裕彦にするように無茶はしないさ。

「ふっ……ではそろそろ稽古を始めようか。
今日の稽古は……そうだな、これから10分間、俺の攻めを耐え抜いたら合格だ」
「おっす!よろしくお願いしまっす!」

 ギュッとこぶしを握り、気合十分といった表情を見せる女。フッ、可愛いものだな。
しかし本当に面倒な話だ。どうせ女子高生の遊びだ、軽く相手をしてさっさとすませるか。
俺はフッと息を吐き、軽い気持ちで稽古に付き合うことにした。

 
 この時俺は気づいていなかった。
本当に、とんでもなく面倒な事に巻き込まれてしまった事に。
この池田果歩との出会いが、俺の人生を変えてしまったことに。



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