「果歩、おはよう……あれ?あなたって本を読んだっけ?
急にどうしたの?何かヘンなものでも食べたの?」
「ヘンな物ってなにかな!……ヘンな物はかなちゃんの手料理だけで十分だよ」
月曜日の朝、少し早く登校して秋山さんに貰ったままにしていた本を読む。
う〜ん、なかなか面白いね。小説って読んだ事なかったけど、面白いんだね。
10歳年上の男性を好きになった主人公の女性。
主人公の気持ちが通じて二人は結ばれるけど、結婚してすぐに夫は事故死する。
夫と死に別れた主人公が大学時代の友人達の力を借りながら、
悪戦苦闘して夫との間に生まれた三つ子を育てる感動のストーリー。
う〜ん、いい話だねぇ。死んだ夫に一途な主人公が、まるでお母さんのようだよ。
秋山さんってこんな感動物語を読んでるんだ……ちょっと意外だねぇ。
この本の作者はっと……江口桃子っていう人かぁ、ファンになっちゃったよ。
「果歩、あたしの料理のどこがヘンな物なの?
……最近運動不足だから、アンタで解消しようかな?」
感動に浸ってる私に、眉間をピクピクさせてるかなちゃんが文句を言ってきた。
か、解消ってなにかな?かなちゃん、指をポキポキ鳴らすのはあまりよくないと思うよ?
「な、なにを解消するつもりかな?
私は別にかなちゃんの手料理が食えたものじゃないとか言ってないよ?」
「……関節を外して逃げれないようにしてから、たくさん食べさせてあげるわ。
じっくりコトコトいたぶってあげるわね」
「じっくりコトコトはスープだけで十分だよ!」
朝から恐ろしい冗談を言っているかなちゃんを見てみる。
……ヤ、ヤダなぁ、かなちゃんったら!演技が上手くなったんだね。
まるで今にも襲い掛かってきそうな、肉食獣みたいな恐ろしい顔をしているよ?
「な、なんでそんな怖い顔してるのかな?せっかく可愛い顔してるのにもったいないよ?
そんな顔してたら正平君も怖がるよ?」
「うぅ!な、何言ってるのよ!正平は関係ないで……関係ないことはないか」
『正平君』という言葉で一瞬ひるんだかなちゃん。
正平君ってのは私たちの一つ年下で、かなちゃんの彼氏の静馬正平君のこと。
中学校ではラグビー部に入ってて、青葉君の後輩なんだよね。
で、私たちの幼馴染でもあって、見た目はとてもカッコイイ男の子。
カッコイイから人気も抜群、母親から習ってるギターも上手。
おまけに父親からは総合格闘技を習ってて強いんだよね。
でもかなちゃんのほうが強いってんだから不思議だよねぇ。
まるでスーパーマンみたいな子なんだけど……実のところはプロレスオタクでマスクマニアなん
だよね。
ラグビー部に入ってる理由も、体を鍛えるためだしね。
口癖が『俺は阿修羅原のようにラグビーで体を鍛えてるんだ!』だもんね。
……阿修羅原ってなに?人間なのかな?よくわかんないや。
で、中学卒業と同時にメキシコへ渡ってレスラーになるんだって言ってた。
ま、かなちゃんと正平君のお母さんとで力ずくで止めたんだけどね。
……精密検査を受けなきゃいけないほどにやるってのは、恋人として、母親としていいのか
な?
私はお母さんの子供でよかったよ。
私を産んでくれたお母さんに感謝していたら、かなちゃんが辛そうな顔で話し出した。
「その正平がお腹壊しちゃったのよ。……アンタに教わった料理を作ってあげたらね。
アンタ、正平をどうするつもりなの?あんな毒料理を教えるなんて……1回死んでみる?」
ありゃりゃ……かなちゃんの手料理大作戦、失敗しちゃったんだ。
せっかく簡単に作れて男の子に人気がある、ヤキソバを教えてあげたのに残念だねぇ。
……ええ?私が悪いの?毒料理にしたのってかなちゃんでしょ?なんで私の責任なの?
「い、言い掛かりだよ!言い掛かりなんだよ!
なんで簡単なヤキソバが毒になっちゃうのかな?
かなちゃん、本気で料理勉強しなくちゃいけないと思うよ?」
どう考えても八つ当たりなことを言い出したかなちゃん。
かなちゃんって普通に料理は作れるんだけど、
正平君が絡むと空回りしてとんでもないものになっちゃうんだよね。
ところでヤキソバって作るの難しかったっけ?なんで毒になっちゃったのかな?
「あら?あたしの心配してくれてるの?果歩のそういう優しいところって好きよ。
けどね、たまには自分の心配をしないとダメよ?……思い知らせてあげるわね」
怖い顔して近づいてきたと思ったら、頭をがっしりと脇に挟まれちゃった。
「か、かなちゃん?あだだだだだ!い、いだ〜い!頭が痛いよ!割れちゃうよ!」
ヘッドロックでギリギリと容赦なく締め付けてきたかなちゃん。
八つ当たりだよ!これはどう考えても八つ当たり以外の何物でもないよ!
ヘッドロックから逃れようと必死の抵抗をしたけど無駄だった。
ガッチリ決まったヘッドロックって逃げれないんだね。
あぁ……なんか気持ちよくなってきたよ。お花畑が見えて……
「お前等席に着けよ〜!一時限目始めんぞ〜!」
「……チッ!殺り損ねたか!」
相川先生の登場で渋々私の頭を離すかなちゃん。
殺り損ねたって何かな?ズキズキと痛む頭を押さえながら殺気溢れるかなちゃんを見てみる。
「あと少しだったのに……クソが!」
ガン!
「うわ!綾崎さん、いきなり机蹴るなんてなにするん……ゴフ!」
う〜ん……青葉君の机に蹴りを入れて、ついでにパンチを顎に入れちゃったよ。
かなちゃん、殺気溢れる怒りの表情をしているねぇ。
……殺らなきゃ殺られちゃうよ!これはヤバイよ!生命の危機だよ!
かなちゃん、正平君が絡んでるから冷静な判断が出来なくなってるよ!
私はまったく悪くないのに……まさしく言い掛かりだよ!
どうしよう?このままじゃとんでもない目に合わされちゃうよ。
キレちゃってるかなちゃんにカタカタ震える私。
まだ死にたくないっての!誰か助けて〜!
「どうも、秋山さん。ところで昨日はいったいどうしたんですか?
観覧車を降りてから声をかけたんですけど、フラフラと遊園地から出て行かれましたね。
大丈夫でしたか?」
果歩のことを思いながら屋上でタバコを吸っていると声をかけてくる人物が。
振り返ってみると、そこには相川先生がいた。
「昨日は済みませんでしたね、どうもああいう乗り物は苦手みたいで……」
「あぁ、やはりそうでしたか。途中で止まったんで、もしかしたら気分を悪くされたのかと。
そういえばあの後、池田とはどこか行かれたんですか?
観覧車を降りた後、池田を見なかったもんですから」
昨日誰かに声をかけられたと思っていたのだが、コイツだったのか。
そういえばコイツは果歩達の担任だったな。
……果歩は学校に来ているのだろうか?いつもの元気な笑顔を見せているのだろうか?
俺が好きな笑顔で回りに元気を与えているのだろうか?
「……果歩は今日、学校には来ているのですか?」
「えぇ、来てますよ。深刻な顔してブツブツ言ってましたけど、まぁいつものことでしょう」
な、なんだと?深刻な顔をしてブツブツ言っていただと?
……俺のせいだ。俺が無理やり唇を奪ったからだ。俺が果歩から笑顔を奪ってしまったんだ!
「どうしたんですか?なんか顔色が悪いですけど……何かあったんですか?」
「いえ、なんでもないです。それより青葉裕彦は最近どうですか?」
「青葉ですか?なんかまた指を折ったとかで体育を見学してるみたいですね。
なんでポキポキ折るんですかね?なにか知りませんか?」
「ほほぉ、裕彦はそんなに虚弱体質なんですか?これは鍛えてやらなければいけませんね」
「ははは、そうですね。では、私が頭の中身を鍛えますので、
秋山さんは体を鍛えてあげてください」
「はっははは!分かりました、では分担作業と行きましょうか」
少しの間、上辺だけの会話をして授業に戻っていく相川。
俺はそれを愛想笑いで見送り、扉が閉まった瞬間にため息を吐く。
果歩……俺がお前から笑顔を奪ってしまったのか?
俺のような年寄りに唇を奪われてしまい、さぞやショックだったろうな。
すまない……謝ってすむような問題じゃない事は分かっている。
俺は今日をもってこの町を去る。お前の前から消える。
本当は身辺整理をしてから去ろうと考えていたのだが、
お前の気持ちを考えたら一刻も早くここからいなくなるべきだったな。
美里様、申し訳ありません、我が侭をお許しください。裕彦、美里様を任せたぞ。
2人の結婚式を見れないのが残念だが、俺がいなくても大丈夫だろう。
……幸せにな。俺には掴むことができなかった幸せを、2人で力を合わせて掴んでくれ。
屋敷に帰り、荷物の整理をしようと考えたその時、勢いよく扉が開いた。
誰だ?今は授業中のはず……か、果歩?何故果歩がここに?
「秋山さん……助けてよ〜!生命の危機だよ!
今の私は巨大肉食獣に狙われた、か弱い小鹿さんなんだよ!」
涙目で助けを求めてきた果歩。
助けてだと?いったいどうしたんだ?肉食獣に狙われている?どういうことだ?
突然現れた果歩に驚き動揺する俺に抱きついてきた。
うおおをを?な、なにをするんだ!
抱きつかれて慌てた俺は果歩を突き放そうと両肩に手を添えた。
……震えている。果歩が、俺が惚れてしまった果歩がカタカタと震えている!
……誰だ。果歩を震えさせているのは。誰だ!俺が惚れた女を怖がらせているヤツは!
……許さん。決して許さんぞ!誰であろうと俺が惚れた女を震わせるヤツは俺が潰す!
「イ、イタタタタ!秋山さん、痛いよ!強く握っちゃ痛いっての!」
「……おぉ、スマン。果歩、誰がお前を震わせている?俺が排除してやる。
だからもう大丈夫だ、安心しろ」
肩を強く握られた痛さのために、顔を歪めて苦痛の表情を見せる果歩。
いかんな、知らないうちに果歩の肩を握り締めていたようだ。つい力が入ってしまったな。
痛がる果歩の声で正気に戻り、慌てて手を離す。
真剣な眼差しで話すおれの顔を見てキョトンとしていた果歩は、クスクスと笑い出した。
「アハハハ!秋山さん、急に真剣な顔しちゃってどうしたの?
わたしを狙ってる相手はいつものかなちゃんだよ。
ただ今回のかなちゃんはリミッターが取れちゃってて、ちょっとシャレにならないんだよね」
「どういうことだ?何故綾崎さんがお前を狙っている?」
「それなんだけどね、完全な言い掛かりなんだよ!かなちゃん、ひっどいんだよ?」
果歩が真剣な顔で事の顛末を話す。
綾崎さんが作った料理で彼氏が食中毒になってしまい、
その料理を教えた果歩に八つ当たりだ?
……ふざけるな!なにが生命の危機だ!じゃれ合ってるだけだろうが!
つまらん事で心配させやがって……いい加減にせんか!
気がつけばギリギリと果歩の顔を掴んで締め上げていた。
果歩はいつものように手足をバタバタとさせてもがいている。
はっははは!やはりお前は可愛いな!
……そんな可愛いお前だからこそ惚れてしまったんだろうな。
可愛い果歩を十分に堪能した俺は手を離してやった。
手を離すと締め付けていた頭を両手で押さえ、涙目で俺を睨みつけてきた果歩。
「ヒ、ヒドイよ!オニだよ!秋山さんはオニなんだよ!
カワイイ女の子を襲って楽しむオニだよ!だから昨日も……ああ!わ、忘れてたよ」
唇に手を添えて、頬を赤く染めた果歩。
どうやら昨日の事を思い出したようだ。……ではなにか?今まで忘れていたという事なのか?
果歩にとっては昨日の事はその程度の事だったのか?
悩みに悩んでいた俺はなんなんだ?
「その、あれだ、昨日の事は……俺が全面的に悪い。
謝ってすむ問題じゃないと分かっているが……すまなかった」
「……ヒドイよ。なんであんなことしたの?私、キ、キスするのって初めてだったんだよ?」
「……本当にスマン。完全に俺が悪かった」
「確かに初キスする場所としては文句のない場所だったけど、いきなりはダメだと思うよ?
もう少し、雰囲気ってのを大事にしてもらわないと……って私、何言ってるんだっての!」
真っ赤な顔になり、アワアワと慌てる果歩。
ど、どういうことだ?今の果歩の口ぶりからすると、そんなにイヤとは思っていないようだが?
そ、そうなのか?まさか果歩も俺のことを?
……フッ、まさかそんな都合のいい話があるわけがない。
現実とはいつも厳しいものだ。よく館長に言われていたもんだ。
『自分の想像を現実に当てはめるな。真実は目の前にあることだけだ。
でないと……死ぬぞ?』とな。
しかしまだ12,3のガキになんてことを教えていたんだ、あの館長は?
直樹先輩もまだ小学生だった俺を出汁にナンパばかりしてたしな。
……今さらながら入る道場を完全に間違えたと実感してしまう。
「あ、あのさ。この際だから聞きたいんだけど……秋山さん、なんであんなことしたの?」
「……お前が好きだからだ」
「そ、そりゃ私だって一応は女の子だから、秋山さんがムラムラしちゃうのって分かるよ?
けどね、今まで全然そんなそぶりも見せなかった秋山さんが急に……
い、今、なんて言ったのかな?」
「お前が好きだと言ったんだ」
「秋山さん、ヘンなもの食べた?ああ!かなちゃんのヤキソバ食べたんでしょ?
だから頭が壊れちゃってるんだ。そうかそうか、納得だね」
両腕を組み、ウンウンと頷く果歩。お前はなにを一人で納得しているんだ?
「果歩、何度でも言うぞ。俺はお前が好きだ。
何故か分からんが、お前を好きになってしまったんだ」
「うぇぇぇ?……冗談?」
まだ信じられないのか真っ赤な顔をして俺の顔を覗き込む。
その仕草が可愛くて可愛くて……もうたまらんな。
「果歩、正直な話、今もお前を抱き締めたくてたまらないんだ。
俺はお前より20も年上だ。俺のような親父がお前のことを好きになる資格などないと分かって
いる。だがお前を前にしてこの気持ちは押さえられんのだ。
すまんな……俺のような親父が告白などして。気持ち悪いだろう?」
「そ、そんなことないよ!こ、告白されたのって初めてだから……嬉しいよ」
真っ赤な顔で、俺の告白が嬉しいと言ってくれた果歩。
お前は優しいな。そんな優しいお前だからこそ、好きになってしまったんだろうな。
「昨日のキスだってされた時は驚いて色々ヒドイこと言っちゃったけど、
そんなにイヤじゃなかったし……」
「あぁ、分かっている。俺のような親父が唇を奪ったんだ。
どんなに謝罪しても許されることじゃない」
「だから秋山さん、イヤじゃなかったんだってば!
逆に何でか分かんないけど……嬉しかったんだよ」
「本当にすまなかった。責任を取ることにはならんだろうが、
俺はこの街から去ることにし……い、今なんと言った?」
き、聞き違いか?幻聴でなければ、今、確かに果歩は……
「秋山さん、焦りすぎだよ。私の話もよく聞いてよ。
……秋山さんにされたキス、嬉しかったって言ったんだよ」
「ほ、本当か?本当に本当なんだな?お、俺のことを嫌いにはなってないんだな?」
「……うん。むしろ気になって仕方がない存在になっちゃったよ」
ゆ、夢か?これは夢なのか?こんな都合のいい話があるのか?
目の前の果歩を見てみる。……果歩も赤い顔をして俺を見ている。
瞳は少し潤んでいて、いつもの果歩には感じない女を感じてしまう。
その瞳に見入られた俺は、無意識のうちに果歩を抱き締めていた。
「秋山さん、今度は無理矢理するのはイヤだよ?……優しくしてね?」
俺の腕の中で少し顔を上げて目を瞑り、俺を待っている果歩。
「果歩……好きだ、愛している。あぁ、果歩……お前が好きだ」
俺は果歩の唇に吸い寄せられるように唇を重ねた。
唇を重ねながら強く抱き締める。果歩も俺を強く抱き締めてきた。
俺たちは授業中にもかかわらず、屋上でお互いを求め合うキスを交わし続けた。
「果歩、あなたコソコソと逃げ回って……逃げ切れるとでも思ってたの?」
はぁぁぁ〜……キスって気持ちいいものなんだねぇ。
屋上で秋山さんとしたキス。……頭が蕩けちゃったよ。
「……あたしを無視するなんていい度胸ね。流石は果歩、手加減は無用って事ね」
2時間目は屋上で秋山さんとイチャついててサボっちゃった。
3時間目に真っ赤な顔して教室に戻ったら、
相川先生が心配してくれて保健室で寝とけって言ってくれたの。
で、その言葉に甘えてお昼休みまで寝てたんだよ。
……だってこんな蕩けた頭で勉強なんて出来ないっての。
「……うるさいですわぁ〜。綾崎さん、いい加減にしないと永遠に黙らせますわよ〜」
「ええ?先輩スミマセンでした!
……ところで先輩、さっきから机に突っ伏してどうしたんですか?」
「……観覧車作戦が見破られて怒られたんですわぁ。
きっと健一様に……嫌われましたわぁぁ!」
「ええええ?バ、バレちゃったんですか?
大丈夫ですよ、今日の先生、いつもと変わりませんでしたよ。
きっともう怒ってませんよ。ねぇ果歩、あなたもそう思うわよね?」
あ、あれだよね?私たちって付き合っちゃってるんだよね?
こ、恋人ってヤツなんだよね?……エヘヘヘ、ついに私にも恋人が出来たんだねぇ。
恋人がいるって幸せなんだねぇ……きっとかなちゃんや先輩もこんな気持ちなんだろうね。
「果歩ったら、聞いてるの?……どうしたの?ポ〜ッとヘンな顔して。なにかあったの?」
「えっへっへっへ……かなちゃんと先輩には教えちゃおうかな?」
「なんですの〜?隠し事されてはムカつきますわ〜。
私、隠し事を吐かせるのはとても得意ですわ〜」
「じ、じじじ実は私にもついに……彼氏が出来ちゃいました!」
先輩の脅迫染みた言葉に、つい言っちゃったよ。
……先輩、なんで机に突っ伏してるんだろうね?
「……人の幸せな話ほどくだらない話はこの世の中にはありませんわ〜」
「果歩、あなたやっぱり熱があるみたいね。今日は帰った方がよさそうね」
……やる気なく、机に突っ伏したままの先輩に、私の話を信じようともしないかなちゃん。
空しいよ!せっかく惚気ようとしたのに信じてもらえないなんて、空しいんだよ!
「ホントに出来たんだってば!
昨日先輩達と行った遊園地で、観覧車が止った時に秋山さんからキスされちゃったの。
で、今日屋上で秋山さんに……好きだって言われちゃいました!」
私の話を聞いてムクリと起きた先輩。綺麗な顔に跡が付いてますよ?
「……観覧車が止まってキスされた?あなたは観覧車が止まった事により、幸せを掴んだんで
すの?」
「幸せを掴んだって大げさですよ。まぁ止まらなかったら秋山さん、キスしてくれなかったかもし
れませんね」
はずかしぃぃ〜!惚気るのって恥ずかしいんだね。
かなちゃんに先輩、いつもよくこんな恥ずかしい事言ってるね。
……けど、なんだか嬉しいのは何でだろ?
屋上での事も惚気ちゃおうかな?
今までのお返しで惚気ちゃおうとかなちゃんを見たら……なにかを目配せしてる。
んん?なんの目配せなのかな?かなちゃん、横をチラチラ見ながら目配せしてる。
かなちゃんの視線を追ってみる。……怒りの表情のラインフォード先輩が私を睨んでた。
かなちゃん、これを目配せしてたんだね。……な、なんで私睨まれてるのかな?
「ウフフフフ……私は観覧車が止まった事で健一様に怒られてしまったのに……あなたは幸せ
を掴んだ?」
「んな?なななな何を言ってるんですか?」
「あなたが幸せになったおかげで私は不幸せに……許せませんわ!」
は、はわわわわわ……理不尽だよ!先輩、理不尽な怒りでキレちゃったよ!
「先輩、落ち着いてください。先生が怒ってるのと果歩に彼氏が出来たのは関係ありませんよ」
「……なんですの?綾崎さん、あなたまで私に逆らうんですの?
二人揃って仲良く樹海にハイキングにでも行ってきなさいな」
「……先輩、あたしも果歩にはちょっとムカついてるんですよ。
正平に毒を盛っておきながら、自分は男が出来た?……制裁が必要ね。
ここはあたしがやります、先輩は高みの見物をしててください」
悪魔のような顔で私を睨む二人。
オ、オニだよ!世の中にはオニがわんさかいるんだよ!
指をポキポキならしながらにじり寄ってくるかなちゃん。
先輩も微笑みながらにじり寄ってくる。恐ろしい光景だよ!怖いよ!夢に見そうだよ!
私は恐ろしさのあまりに、大声を上げる。
「な、なんでかな?なんでそんな話になっちゃってるのかな?
毒なんて盛ってないっての!かなちゃんが料理を失敗しただけじゃないの!
なんで私のせいにするのかな!
先輩も八つ当たりは止めてください!カッコ悪いっての!」
私の叫びで動きを止めた二人。た、助かったのかな?
そう思ったのもつかの間、地獄の底から聞こえるような笑い声が生徒会室に響く。
「クックックックッ……よく言ったわね、果歩。流石ね、度胸が据わってるわ。
先輩、今日潰すのは止めませんか?
ジックリと徐々に潰していくってのが面白いと思うんですけど?」
「う〜ん、私は気に入らないものが息をしてるだけでムカつきますわ。
でも絶望に打ちひしがれる、カワイイ池田さんも見て見たいですわね。
う〜ん、そうですわね……明日にでもしましょうか?
綾崎さん、どうケリを着けるかはあなたにお任せしますわね」
ゴクリ。なんの話をしているのかな?
先輩とかなちゃん、ガッチリ握手して頷いてるよ。
「という訳で果歩、明日の放課後に勝負するわよ?もちろん真剣勝負よ。
場所はそうねぇ……体育館でも借りようかしら?」
「楽しみですわねぇ〜。私に生意気な口をきいた、小生意気な娘が潰される様を見るのは。
池田さん、どうせ泣くならいい声で泣き叫んでくださいな」
なんでかな?なんでこんな生命の危機に追い詰められなきゃいけないのかな?
普通さ、祝福しない?いつもお昼ご飯食べてる子に彼氏が出来たんだよ?
なんで祝福しないで潰そうとするのかな?この人たちおかしいよ!
改めて2人を見てみる。……目が据わってる。
や、やらなきゃやられちゃうよ!……やってやる、やってやるからね!
かなちゃん、潰してやるんだからね!返り討ちだよ!
学校が終わったらさっそく秋山さんに稽古つけてもらって、必殺技を身につけなきゃね。
……必殺技ってすぐに覚えれるものなのかな?
|