「ナルディア、その……昨日は言い過ぎたわ。ゴメンなさい」
「昨日……ですか?」
ニース様に辛く当られた次の日の朝、起こしに来てみれば……あのニース様が私に頭を下
げたわ。
ニース様が昨日、私の対して言いすぎだったと。……昨日?
そ、そうだったわ。昨日、私はカシュー様と……その、初めての…………ボン!
「昨日はホントにゴメンなさ……ナルディア?どうしたの?」
まだお腹の中に、カシュー様がいるようだわ。……SEXってあんなに痛いものだったんだ。
カシュー様ってあんなに逞しい人だったんだ。……男は痛くないのかしら?不公平ね。
「ナルディア?……ちょっとナルディア!聞いてるの?無視してんじゃないわよ!」
「……はい?え、ええ、聞いています。どういった御用件でしょうか?」
「アンタ、ホントに聞いてたの?ボ〜っとしてんじゃないわよ!……ま、いいわ」
いけないいけない。昨日の事を思い出してる場合じゃないわ。
ニース様のお話に集中しなきゃダメよ。
頭の中にいる、昨日の力強かったカシュー様を振り払い、ニース様を見つめる。
……あら?少し顔が赤いわね。どうしたのかしら?
「昨日、アンタがアタシの事を思って手術を勧めてくれてたことは分ってるの。
でもね、アタシにはアンタがいる。リクもいるわ。アンタ達がアタシの目になってくれる。
だからね、角膜移植は本当に困っている他の人に回してあげて」
「ニース様……私のような者を、そこまで信用してくださっていたのですね?」
「昨日はホントにゴメンね?アンタの口からお父様の事を聞いて……ちょっと逆上しちゃった
の。……アタシがもうほとんど覚えていない、お父様の事を聞いて嫉妬しちゃったの。
『アタシが忘れかけてるのに、なんでナルディアが知ってるのよ!』ってね」
そうか……そうだったのね。手術を拒否されたのには、そんな理由があったんだ。
ニース様が手術を拒否されるのは、私達を信用して下さっているからだったんだ。
……辛く当ってきたのは、私があの人の事を考えなしに口に出したからだったんだ。
……私はバカだわ。少しでも考えたら、ニース様のお気持ちは分ったはず。
それをニース様のお気持ちを考えもせず、
あの人の事を口に出して、利用しようとしてまで説得しようとするなんて……最低だわ。
「ニ、ニース様……申し訳ありませんでした!よく考えもせずに話した私が悪いのです!
本当に……本当に申し訳ありませんでした!」
自分の考えなしの言動に、涙が出てくる。私の言葉が、この子を傷つけた。
……目が見えなくても、両親がいなくなっても頑張っている、この子を傷つけた。
私は……馬鹿だ。救いようのない大馬鹿だわ。
あまりの自分の馬鹿さ加減が悔しくて、涙が零れてくる。
そんな私の頭を優しく撫でる小さな手。
『痛いの痛いの飛んでいけ〜』と優しく撫でてくれている。
ニ、ニース様?……ニースさまぁ〜!
「ナルディア、急に泣き出すなんてどうしたの?大丈夫?どこか痛いの?」
私の頭をナデナデとしてくれる小さな手。
その手が頭を撫でてくださる度に、胸の奥が温かくなってくる。
わ、私のような者に……ニース様、ありがとうございます!
「も、申し訳ありませんでした!ナルディアは……ナルディアは一生ニースさまにお仕えいたし
ます!もう二度と、ニース様を泣かせることはいたしません!」
「ナ、ナルディア?ちょ、ちょっと痛いわ!だから痛……あ、あがががが〜!」
ニース様のあまりの優しさに、思わずギュッと抱きしめてしまう。
一生仕えよう!この小さな身体のニース様を、一生守っていこう!
私はそう心に誓い、小さなニース様をギュッと強く抱きしめたわ。
「おはようございます、ナルディアさんとは仲直りできましたか?……あれ?」
部屋に入るとベッドに倒れこむように寝ており、枕に顔を埋めている。
あれ?仲直りできなかったの?ウソだろ?
「リク……アタシは悟ったわ!やっぱりナルディアを怒らしちゃダメよ!
じゃないと……絞め殺されるのはいやぁぁ〜!」
「……はぁ?絞め殺される?何のことかよく分りませんが……とりあえずは仲直りは出来たの
ですか?」
ニースは枕から顔を上げ、コクリと頷く。
そっか、仲直りできたのか。そりゃあよかったよかった。
「ナルディアは恐ろしいわ。……怪力女なのよ」
「ははは、何を言っているのですか?そんなことナルディアさんが聞いたら、お仕置きされます
よ?」
「へ?……お、お仕置き?お仕置きはアンタからで十分よ!」
フルフルと頭を振り、尻を押さえるニース。
はははは!可愛い仕草じゃねぇか!……濁った目じゃなければもっとよかったんだがな。
「ははは、あまり口が悪いようでしたらまたお仕置きですよ?」
「わ、悪くないわ!アタシ、口は悪くないから!」
「ははは、分りました。ニース様はお行儀のいい子ですよ。
そういえば、何故ナルディアさんにキツク当たったんですか?」
昨日はニースを開発するのに必死で、理由まで聞いていなかったな。
理由を聞いたら何かと利用できるかもしれん。
……それをネタに上手くやれば、ナルディアさんと出来るかもな!
しかしニースはオレの問いかけに答えもせず、俯いたまま枕をギュッと抱きしめた。
……あれ?表情が暗くなったぞ?他人に聞かれるのが嫌な、深刻な理由だったのか?
オレはてっきり紅茶が熱いとか、つまんねぇ理由だと思ってたんだがな。何があったんだ?
「……何があったかは知りませんが、これからは仲良くしましょうね」
「……うん」
「さ、湿っぽい話はここまでです!今日は何をしましょうか?
今日は特別です、ニース様がしたいことをしましょうね」
「へ?アタシがしたいこと?今日はお勉強しなくていいの?」
「ええ、かまいません。さきほど聞いたのですが、カシュー様とナルディアさんは出かけるそうで
す。なんでも夜までお出かけするそうですから、今日はお勉強をサボっちゃいましょうか?」
「え?おじい様、どこかに出かけるの?アタシ、聞いてないわよ?」
「なんでもナルディアさんを連れてスポーツ観戦だそうですよ。
カシュー様、ナルディアさんとデートだって顔を綻ばせてましたよ。
ははは、あの人も冗談を言うんですね、知りませんで……ニース様?どうなされたんですか?」
なんだ?なんで頭を抱えてるんだ?オレ、なんかヘンなこと言ったか?
急に頭を抱え、金色の髪を振り乱すニース。訳が分からんなぁ?
「いやぁ……2人に見捨てられたら……アタシ、どうすればいいの?」
「はぁ?見捨てられる?……お前馬鹿か?」
「……バカってなによ!アンタにアタシの気持ちが分るもんですか!」
ブンッ!っと枕を投げ飛ばすニース。
いけねぇ、つい本音が出ちまった。でもなんで落ち込んでるんだ?
そうか、2人がニースを置いて出かけると聞き、置いてけぼりを食らったと思ったんだろうな。
はははは!可愛いじゃねぇか!置いてけぼりはイヤってか?まだまだガキだな。
「アタシはね!この目のせいで外に出れないのよ?なにも見えないのよ!
だから今までおじい様やナルディアは、アタシに気を使ってくれて、ひっく、くれてたのに……
ひっく、やっぱり嫌われてるんだぁ〜!」
濁った目を指差して、声をあげ、わんわんと泣き出したニース。
そうか、別に寂しがってたわけじゃないんだな。2人がニースを嫌いになったと思ってるのか。
2人が目の見えない自分を、見捨てたんだと思っちまったわけか。
はぁぁ〜、やっぱガキだな。こんな大声で泣いちまって。
ニースが泣いてる事を2人に知られたら、お出かけが中止になっちまう。
……2人がいない間こそ、ぶち込むチャンスなんだ。
是が非でも2人には出かけてもらわねぇとな。
……しゃーねぇな、ここは一つ、日本のありがたいお話をしてやるか?
「ニース様、実は私の日本での友人に、目が見えない、耳が聞こえないという人がいます。
私を含め、周りの人間はそのことを気遣い、優しく接してました。
でも、ある日言われたんです。『私だけ特別扱いはしないでほしい』ってね」
俯き泣いていたニースは顔を上げ、驚きの表情を見せる。
「その人、アタシと違って耳も聞こえないんでしょ?なんでそんな事言ったの?」
「私も不思議に思い、聞いてみたんですよ。するとですね、こう言ったんです。
『君は太ってる人や足が短い人にも、私に対するような態度をとるんですか?』ってね」
「は?どういうことなの?訳がわかんないわよ?」
「私も訳が分からず聞いたんですよ。どういう意味ですかってね」
「どういう意味だったの?その人はなんて言ったの?」
おお?興味津々って顔してんな。身を乗り出して、聞く気満々って顔だ。
「『私は別にハンデだとは思っていない。ただ身体的な特徴だと思っている。
私にとって目が見えない、耳が聞こえないということは、足が短いのと同じ事なんだよ』
こう言われちゃいました」
「……身体的な特徴?そんな風に思ってる人がいるの?ウソでしょ?」
「本当ですよ。その人は言葉通りに他人に頼らず生活し、今では幸せな家庭を持っています」
「そ、そうなんだ……アタシより酷い状態で、自分の力で普通に生活できてるんだ。
そんな強い人がいるんだ。……知らなかったな」
オレの話に何かを感じたのか、ウンウンと頷いている。
目と耳に障害を持つ人が、他人の手を借りずに生きているという事に驚いたみたいだな。
そんな強い人がいるって、今まで知らなかったんだろうな。
……オレもそんなヤツ、知らないけどな。ま、探せばどっかにいるんじゃねぇの?
だいたい耳が聞こえないって言ってるのに、なんで話を聞けるんだよ!
やはりガキだな。こんな簡単な嘘にあっさりと騙されるんだからな!
オレがついた嘘を疑おうともせずに、ウンウンと頷くニース。我ながらいい嘘をついたな。
「リク、アタシも頑張るわ!そうよね、アタシも自分が出来ることは自分でしなきゃね!」
「そうです、その意気ですニース様!」
「うん、アタシ頑張る!頑張っておじい様やナルディアをビックリさせるんだから!」
小さな両手をギュッと握り締め、やる気漲る表情のニース。
おいおい、ちょっと張り切りすぎじゃねぇの?
オレの知り合いってのが架空の人物だってバレたら、ガッカリしちまうだろうな。
まぁ黙ってりゃいいか。どうせオレもそろそろ日本に帰る時期だしな。
日本に帰る前に、一発決めてやる!そうと決めたら善は急げだ!……今日決行かぁ?
「頑張ってくださいね。では今日カシュー様達が出かけられてる間に、
ちょっと練習でもしましょうか?
ニース様がなんでも一人で出来るようにならないと、ナルディアさんも結婚できませんしね」
「……え?ナルディアが結婚する?それってどういうこと?」
「どういうことも何も、ナルディアさんほどの素晴らしい女性が、結婚できない訳がありません
よ。おそらくニース様の為に結婚せず、一人身で頑張ってるに違いありません。
女の幸せは好きな男と結婚することですからね。
ナルディアさんはもういい年だし、結婚を考えてる相手の1人や2人、いるに決まってますよ」
そう、そのうちの1人がこのオレ様だ!……多分ね。
っていうか、あの人に男の噂聞かないよなぁ。もしかしたらいないのかもしれないな。
どうなんだろ?
「ね、ねぇリク。それってナルディアはいつかこの屋敷を出て行っちゃうってことなの?」
「そりゃあそうでしょ?いつまでもここで働こうとは考えてないんじゃないのかな?」
「そ、そんなことない!ナルディアがいなくなるなんて絶対にないわ!」
「いやいや、絶対という言葉こそありませんよ。人はそのうち必ずいなくなるんですから。
この私もそろそろ日本へ帰らなければいけませんし……」
「か、帰る?ええ?日本に帰る?それってどういうことなの?」
「どういう事も何も……そういう契約ですから。3ヶ月で契約が終わるんですよ」
「け、契約?……契約だったから、アタシと一緒にいたの?そんな……」
何だ?どうしたんだ?急に黙って……うををを〜?
「バカバカバカバカ〜!もうリクなんかいらない!さっさとニッポンに帰っちゃえぇ〜!」
何が気に障ったのか、手当たり次第に物を投げまくるニース。
あ、危ねぇ!お前、そんなに物を投げたら後片付けが大変……痛ってぇぇ〜!
「ニ、ニース様、落ち着いてください!物が当って痛いですよ!」
「ひっく、うるさいうるさうるさ〜い!!バカリクなんか、ひっく、どっか行っちゃえ〜!」
「だから痛いって言ってるだろうが!このクソガキ……おごを!」
ダメだ!もうオレの手には負えん!ここは一先ず退散だ!
何が気に障ったのか、部屋中に物を投げ散らかすニースから逃げるように部屋を出る。
イテテテ……クソが、手当たり次第投げつけやがって!後片付けする身にもなれってんだ!
後片付け?そうだ、後片付けする人にもこの事を言わなきゃいけないよな?
う〜ん……仕方ないか。あんな散らかった部屋、オレは片付けなんてしたくないもんな。
ナルディアさんに言わなきゃダメかぁ。……せっかくのアナルゲットチャンスだったのにな。
物をぶつけられた頭を撫でつつ、ナルディアさんの所へと向かう。
あ〜あ、なんでオレがこんな目に会わなきゃいけないんだ?
せっかく二人が出て行くチャンスだったのに……はぁぁ〜。
それにしてもニースのヤツ、物を投げながら泣いてたよな?泣きたいのはオレだっつ〜の!
……泣いてた?そういや泣いていたな。なんでだ?オレがいったいなにを言った?
……そうだ、オレが契約が切れて日本に帰るって話をした後だ。
こうも言ってたな。『契約だったからアタシと一緒にいたの?』って。
まさかアイツ……オレがいなくなることにショックを受けて、暴れだしたのか?そうなのか?
もしかしてニースのヤツ、オレがいなくなるのがイヤなのか?
そりゃあ短い間だったけど、2人でいる時間は結構あった。でも所詮、オレは他人で外人だ。
そんな他人のオレと離れるのが嫌な訳がない。
……正直、色々とお仕置きをやりすぎたと思ってるしな。
ふと今まで過ごしたニースとの時間を思い出す。
初めて会った時はクソ生意気なヤツだって思ったんだったよな。
小さな顔に似合わない大きなサングラスをかけてて生意気な口を利くクソガキだったんだ。
そうだそうだ、色んな命令をされたっけ。ま、全部無視したけどな。
けど、今はずいぶんと素直になって……正直、可愛いと思っている。
オレのちょっとした冗談も素直に信じてしまうし、
それが冗談だと分った時のリアクションなんて可愛くって仕方がない。
はははは、慌てまくるニースの姿はカメラに収めたいもんだ。
……そうだよな。いきなりいなくなるなんて言ったら怒るよな。
今まで意識してなかったけど、オレだって……正直寂しい。
けどそろそろ帰らなきゃいけないしなぁ……いつまでも遊んでちゃオヤジやおふくろに申し訳な
いしな。帰らなきゃダメかぁ……イヤだなぁ。もう少しここで暮らしたいな。
「あら?暗い顔してどうしたのです?……まさかニース様に何かあったのですか?」
「うお!ビ、ビックリさせないでくださいよ!」
今まで過ごしたニースとの短い時間を思い出していると、突然声をかけられた。
ビックリさせんなっての!オレを殺す気か!
「はぁぁ〜、ビックリしたぁ……けど丁度よかったです、ナルディアさんにお話があるんですよ。
ニース様の事なんですけど……ちょっと失敗しちゃって機嫌を損ね……ぐはあ!」
オレが日本に帰ることを聞き、ニースが泣いている事を話そうとしたら、
黒いストッキングに包まれた、スラッとした綺麗な足がオレの顔を目がけて最短距離で飛んで
きた。
あれ?なんでハイキックが飛んでくるの?なんで的確に顎を捉えるの?
「ニース様にいったい何をしたのです!ニース様を悲しませる輩は、私が排除します!」
グチャ!っという嫌な音を聞いた瞬間、顎に衝撃が走って視界が真っ黒になり、オレは意識
を失った。
「ニース様、失礼します。……またずいぶんと暴れましたね」
失神したリクを叩き起こして話を聞き、慌てて部屋に入ってみると……これは凄い事になって
るわ。
まるで台風が通過したあとみたい。……そんなにリクの事が気に入ってるんだ。
「ふぅ、これは後片付けが大変ね。ニース様、少しは落ち着きましたか?」
うつ伏せになり、ベッドに顔を埋めているニース様。
その小さな肩はフルフルと震えており、まだ落ち着いていないことを物語っている。
「……なんでリクはいなくなるの?なんでアタシを見捨てるの?」
「見捨てるなどと、そんなことはありません。リクにも事情があるのですよ」
「事情なんて知らないわ!リクはアタシを見放したのよ!目の見えないわたしに愛想をつかし
たのよ!」
声を荒げ、ベッドをドンドンと叩くニース様。
はぁぁ〜、これではダメね。ゆっくりと話せないわ。
しばらく待たないと、落ち着きそうもないわね。
「……アンタもいなくなるんでしょ?アタシから離れていくんでしょ?」
「ニース様……私は決して貴女の下からいなくなりません。一生貴女の下で働きます」
「……ウソ。だってリクが言ってたわ。ナルディアにも結婚したい相手が2,3人はいるって。
結婚してここを出て行くって!いつまでもここで働くなんて考えてないって!」
リクは何を言ってるの?私が結婚する?結婚してここを出て行く?ありえない話だわ!
だいたい結婚なんて考えたことも……そういえばカシュー様にプロポーズされてたんだった。
あ、あれって本気なのかしら?カシュー様、本当に私と結婚したいと思っているの?
「ナルディアもいなくなるんでしょ?アタシを見捨てるんでしょ?
だったらさっさと出て行きなさいよ!」
じょ、冗談よね?でも今日はカシュー様、デートだって嬉しそうな顔で話されてた。
私とデートだって微笑んでられたわ。……そ、そりゃ私だってイヤじゃないわ。
でも使用人の私がカシュー様と結婚なんて……ちょっと待って。
今、イヤじゃないって思わなかった?
「……あれ?ちょっとナルディア?アンタ話聞いてるの?」
ナルディア、落ち着くのよ。落ち着いてよく考えなさい。
ナルディア、貴女はカシュー様に初めてを奪ってもらったから、少しおかしくなっているだけ。
そう、私のような使用人ごときがカシュー様と結婚するなんて、ありえない話。
初めて抱かれたから少し混乱してるだけ。そう、私が結婚なんておこがましい話だわ。
でも……カシュー様なら。あのお優しいお方なら……いいかな?
「ねぇナルディア?ねぇったら!アンタ、アタシを無視してんの?」
「……は!も、申し訳ございません!今すぐに紅茶をお作りいたします」
「誰も頼んでないわよ!……もしかしてホントにいなくなるの?結婚して出てっちゃうの?」
いけないいけない!何を有りもしないことを想像してるの!
頭の中のウエディングドレス姿の自分を振り払う。……ええ?なんでそんな想像してるの?
ダメよ!今はニース様の不安を取り除くのが大事な事。私のことなんて二の次よ!
「ニース様、私はこのお屋敷から出て行くことはありません」
「……ホントに?リクみたいにアタシを見捨てない?」
「お約束します。ずっと側にお仕えいたします」
「……好きな人はいないの?」
「……へ?な、何をいきなり聞かれるのですか?」
ニース様の急な問いかけ。その問いかけに浮かんだ顔は、何故かカシュー様。
な、何故カシュー様を思い浮かべるの?ナルディア!あなたはいったい何を考えているの!
「……やっぱりいるんだ。ねぇ、その人と結婚したいと思っているの?」
「んな!な、ななな何を言うのですか!そんな事は思っていません!」
おかしい!おかしいわ!何故カシュー様の顔を思い浮かべるの?
何故カシュー様との結婚式を思い浮かべてしまうの?
おかしいわ!今日の私、絶対におかしい!
「……思ってるんだ。ナルディアには好きな人がいて、その人と結婚したいと思ってるんだ。
……アタシを見捨てるんだぁぁ〜!うわぁぁ〜ん!」
「ニース様、落ち着いてください!お願いです、私の話も聞いてください!」
泣き叫ぶニース様をギュッと抱きしめ落ち着かせる。
……違うわ、私が落ち着くため。落ち着いて話す為に抱きしめているの。
はぁぁ〜、私ってダメね。好きな人が出来たくらいでパニックになるなんて……す、好きな人?
「はわ!ナ、ナルディア?お、落ち着いたから、もうアタシ落ち着いたから!
だから絞め殺さな……ぐぇぇ〜!」
な、何を考えているの?私ごときがカシュー様を好きだなんて……ボン!
「あ、あががが!ナ、ナルディ……ゴ、ゴゴゴ!ごばはぁ!」
ニース様をギュッと抱きしめながら思う。……私、カシュー様のことが、スキ、なの?
ボキボキと抱きしめながら思う。……でも私のような者が、好きになっていいようなお方じゃな
いわ。
「ゆ、許し……し、死ぬ、死ぬのは……い……やぁ…………かふ!」
自分の気持ちに混乱した私は、バキバキと強くニース様を抱きしめてしまう。
諦めなきゃダメ!私なんかが好きになっていい人じゃないわ!……また諦めてしまうの?
あの人の時のように、諦めて後悔して生きていくの?そんな悲しい思いは……もうイヤ。
でも、今の私には守らなければいけない人が……ニース様がいるわ。
いったいどうすれば……私はどうすればいいの?
グッタリと動かないニース様を、ギュッと抱きしめたまま混乱する私。
どうすれば……いったいどうすればいいの?私はどうすれば……
私はピクピクと痙攣しているニース様を強く抱きしめ、途方にくれるしか出来なかったわ。
「リクよ……お主、やはりニッポンへ帰るのか?」
「……はい、帰りたいと思います」
ナルディアさんに殺されかけたオレは、何故かカシューじいさんに捕まっている。
しかしよく生きてるなぁ……まだ顎がグラグラする。殺されるかと思ったぞ。
「そうか……ニースが悲しむのぉ。考え直してはくれんのか?」
「……残念ですが、私には父や母がいます。いつまでも心配させる訳にはいかないのです」
カシューじいさんはオレが日本へ帰ると聞いて残念がっているようだ。
オレも残念なんだよな。ニースと別れなきゃいけないなんて……せっかく仲良くなってきたのに
な。
……あれ?残念なのは尻を犯せなかったからだろ?仲良くなってきたって何なんだ?
「そうか……残念じゃの。これでまた目の代わりになる者を探さねばならんのぉ」
「カシュー様、代わりを探しても、所詮は他人ですよ。
誰もニース様の目の代わりになどなれません。
それよりも早く角膜移植を出来るようにするほうがいいのでは?」
ニースも言っていたが、目の変わりにするってなんなんだ?
そんなの無理に決まってるだろ?自分の目で見たほうがはるかにいいに決まってる。
なんでそんな簡単なことも分らないんだ?コイツ等馬鹿か?
「……お主は聞いておらなんだか。手術はニースが断わりよったわ。
目の変わりにナルディアやお主を使うからいいとな。……やれやれ、どうしたものかのぉ」
なんだと?手術が出来るのに、オレやナルディアさんを見えない目の代わりにするだと?
おいおい、せっかくのチャンスを棒に振るなんてなに考えてるんだ?
「……リクよ。ワシはニースがウソをついていると思っておる。
手術を断わる理由は他に有ると思っておるんじゃ。問い質してくれんか?
問い質して手術をするように説得してくれんか?」
「分りました。問い質すも何も、嫌がるようなら無理やりにでも手術を受けさせますよ。
ワガママは許しません!あのクソガキ……人の心配を何だと思ってるんだ!」
カシューじいさんから話を聞き、怒りに震えてニースの下へと走る。
ふざけてんじゃねぇ!自分勝手なワガママは許さん!
みんなお前を心配してるんだぞ?なんでそれがわかんねぇんだ?
ぶん殴ってでも手術を受けさせるからな!ワガママは絶対に許さねぇ!
怒りに震えた手で部屋のドアを開ける。
おいニース!てめぇどういうつもりで手術を断わった……んだ?
ドアを開けると、部屋の中ではナルディアさんに抱きしめられたまま、グッタリと動かないニース
がいた。
いや、動かないって訳じゃない。時々ピクピクと痙攣をしている。…………失礼しました。
2人の邪魔をしないようにそっと扉を閉めて、そこから逃げ出す。
おいおいおいおい!これって事件じゃねぇのか?ニース、絞め殺されたんじゃねぇのか?
殺人事件を発見しちまったのか?……オレ、口封じされちゃうのかな?
死への恐怖から、ガタガタと震えるオレ。この屋敷から逃げ出さなきゃいけねぇのか?
日本へ逃げなきゃいけねぇのか?……どうしよう?
オレは次の日、この屋敷から出て行くことになった。もちろんこの殺人未遂事件は関係ない。
理由は……ニースの話を聞いたからだ。
ニースが手術を断わる理由を聞き、出て行かなきゃいけないと判断したんだ
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