「だから、もう電話して来ないでって何度も言ってるでしょ?
……酒の勢いだったぁ?その言い訳はもう聞き飽きたわよ!
酒の勢いが言い訳になるとでも思ってるの?
酒の勢いで浮気相手を妊娠させて、会社をクビになるなんて……最低ね。
もう連絡してこないで。アンタと寄りを戻すなんてありえない話だから。
アタシはこれから仕事なの。無職のアンタとは違うのよ。……もう電話してこないでね!」
『ガチャン!』
受話器を叩き付けるように電話を切る。何度聞いてもムカつく言い訳。
お酒に酔っていたら、許されるとでも思っているの?……フザケンな!
出勤前に、離婚した旦那からの寄りを戻そうとの言い訳電話。
あんな最低な男だったとは、思わなかったわ。
アタシは出勤前の憂鬱な電話に溜め息を吐きながら部屋を出る。
アイツと離婚してから働き出した今の職場。
仕事には慣れてきたけど、いつまでも出来る仕事じゃない。
アイツと結婚してた時は、生活の心配なんかする必要はなかったのに……
女1人で生きていくのには、辛い世の中なのね。
……ホントにお酒の勢いだったのかな?そういえばアイツってあまり人気なかったしね。
……もういいわ。アイツとの生活はもう終わったこと。アイツの話はもうこれでお終い!
気合を入れるために頬を軽くパンパンと叩き、職場に向かう為、夕方の町に出る。
そうよ、アイツとはもう終わったのよ。
浮気相手が妊娠して中絶。それを会社に知られてクビになるようなアイツとは終わったの。
それにこんなアタシにも慕ってくれる男の子が出来たしね。……しかも2人も!
……25歳でもまだまだいけるのね。
あの子達、アタシが7つも年上だって聞いても変わらず相手してくれるし……
もしかしてホントに口説いて来てるのかな?
直樹君は女性に手馴れた感じがするけど、
静馬君はまだ異性に慣れないカワイイ18歳って感じがするわ。
……アタシってモテモテじゃん。だから毛利さんにからかわれちゃうのよね。
なにが『おばちゃんに余った1人ちょうだい』よ。……50歳を過ぎてるのにお盛んなのね。
真剣にあの2人から次の相手を探そうかな?
そんなことを考えながら歩いていると、職場へとたどり着いた。
派手な『チャンプ』と書かれたネオンの看板。タバコ臭い店内。
うるさい音楽に、咥えタバコで黙々と玉を弾くお客さん達。
表から店内を覗き見る。……お?今日はなかなか箱を積んでるじゃないの。
店長、今日は釘を開けたのかな?
そんな銀色の球が詰まった箱をせっせと運ぶ同僚達。
こりゃあ今日は忙しそうね、アタシも気合を入れなきゃね!
駅前のこじんまりとしたパチンコ店。そう、ここがアタシの職場。
……そして、彼等と出合った大切な場所。
アタシ、守屋麗菜(もりや れいな)は、この春に5年間の結婚生活を終わらせた。
二十歳で恋愛結婚をして5年。5年間の夫婦生活でアタシ達に子供は出来なかった。
子供が出来ない事を気にしているアタシを、慰めてくれる優しい旦那だと思っていたのに……
裏切られた。
別れた理由は……旦那の浮気。
真面目でいい人だと思っていたのに、浮気相手を妊娠させて中絶させるなんて……最低な男。
会社の同僚を酒に酔った勢いで抱いてしまい、妊娠させたって言い訳してたわ。
お酒のせいでも、浮気は浮気。妊娠させたのも事実。しかも会社にバレてクビになった。
クビというか、自主退社に追い込まれたの。それも引き金となり、アタシは離婚を決意した。
ただ、ちょっと後悔してるかな?……たんまりと慰謝料をふんだくればよかったわ!ってね。
だから生活するに、こんなに苦労して……
「麗姉さん、こんばんわ〜。険しい顔してどうしたの?シワが増えるよ?」
「おい池田!麗菜さんにシワなんてないだろうが!いい加減なこと言ってると締め上げんぞ?」
「ほぉぉ〜、面白れぇ。テメェごときがこの俺様にかなうとでも思ってんのか?」
「はははは!オレに絞め落とされて、ションベン漏らしたヤツの言葉とは思えねぇな」
「んだとテメェ!ぶっ殺してやる!」
「ほぉぉ、やるかぁ?」「おお、殺ってやんよぉ〜!」
「はいはいはいはい!アンタ達ウルサイ!仕事の邪魔!」
いけないいけない!仕事中に考え事は厳禁!接客はいつもニコニコ爽やかに!
そんな仕事中のアタシの横で口喧嘩をしてる2人の青年。
1人は池田直樹(いけだ なおき)君、18歳の社会人。
見た目通りのヤンチャな男の子。
もう1人は静馬拓(しずま たく)君。同じく18歳の社会人。
なかなかいい顔をしている真面目な好青年。
ビックリする事に、静馬君って今まで女の子と付き合ったことがないんだって。
奥手だったのか知らないけど、女の子と話すのにもあまり慣れてないみたい。
だからアタシと話すのも、まだちょっとぎこちないのかな?
2人ともこの春に高校を卒業して、池田君のお父さんの勧めで同じ会社に就職したんだって。
「アンタ達、ここに何しに来てるの?打たないんならさっさと帰りなさい!」
「うわ!麗姉さん冷たい!せっかく会いに来たのに、そんな冷たいこと言わなくてもいいんじゃ
ないの?」
「オレは打ってますよ?今日も勝ち確定です。仕事終わったら何か食いにいきませんか?奢り
ますよ?」
「おおお〜!さっすが静馬さん!俺、焼き肉がいいな」
「アンタ達ってさっきまで、殺すだのなんだの言い合ってなかった?ま、いいわ。
それより……誰がシワだらけだ!こらぁぁ〜!」
「うごお!シワだらけなんて言ってねぇし!
っていうか麗姉さん、殴るのは反則!お客を殴るなんていいのかよ!」
「お金を使わない貧乏人は客じゃねぇ!金のないヤツはさっさと帰れ!」
「はははははは!池田、麗菜さんは貧乏人が嫌いだそうだ。お前、もう諦めて帰ったらどう
だ?」
「アンタも毎日毎日なんで勝てるのよ!お金を落とさないヤツも客じゃねぇ!アンタも帰れ!」
「いげぇ!な、なんでオレまで殴るの?」
「うっさい、このアンポンタン共!これ以上仕事の邪魔をするようだったら、ぶん殴るからね!」
「いや、もうぶん殴られてますけど?」
「なんか言った!アタシは忙しいの!……今日も遅くなるから無理ね。誘ってくれたのにゴメン
ね?」
「そ、そうっすか、残念です……でも絶対メシ食いに行きましょうね!」
「静馬さ〜ん、オレも連れてってくださいよぉ〜。パチンコで負けすぎてお金がないんすよぉ〜」
「寄るな!貧乏がうつる!」
「んだとテメェ!ぶっ殺す!」
「おう!かかってこいやぁぁ〜!」
にらみ合う2人にため息を吐き、アタシは仕事へと戻る。
……女1人で食べていく為には、しっかりと働かなきゃいけないからね。
静馬君と直樹君……この2人と仲良くなれたのは、2人がこのパチンコ店に遊びに来たか
ら。
直樹君に連れられて初めてパチンコに来た静馬君に、パチンコの打ち方を説明してあげた
の。
その日の静馬君はビギナーズラックなのか、夕方からだったのに5万円オーバーの大勝ち!
まぁ一緒に来てた直樹君はボロ負けだったみたいだけどね。
で、それからよく打ちに来るようになったんだけど、静馬君は連勝を続けたわ。
いつも2人で打ちに来てるんだけど、いつも勝っているのは静馬君。
直樹君は負けてばかりで、最近は打たずにウロウロしてるだけ。
あの2人、最近よく打ちに来るなぁ〜って思ってたら、直樹君が話しかけてきたの。
『今度の休み、僕達2人と遊びに行きませんか?』ってね。
そこでアタシはもしやと思ったの。
『もしかしてこの2人、アタシ目当てで店に通ってるんじゃないの?』ってね。
その予想は大当たりで、話すようになってからはよく遊びに誘われるようになったわ。
まぁアタシも女だし、男の子にちやほやされるのは悪くない。というか、むしろ嬉しい。
でもアタシは25歳。特に若作りとかはしてないんだけど、いつも年令を低く見られることが多い
わ。
2人も最初は同年代だって思ってたみたい。
アタシが7つも年上だって知って、ビックリしてたなぁ。
直樹君は『マジですか?すげぇ若作りですね!』ってビックリしてたわ。
失礼な事を言った直樹君はぶん殴ってやったんだけど……直樹君、なんで殴られて嬉しそうな
顔したの?
静馬君は静馬君で『いいレスラーは30近くから実力を発揮するんです!だから年上でも大丈
夫!』って、訳の分からないことを口走ってたなぁ。……いいレスラーってなんなの?
とにかく2人はアタシが7歳年上だって知っても今までと変わらず話してくるし、遊びに誘ってく
る。
……離婚の事は教えてない。×1だって知ったら、相手をしてくれなくなるかもしれないから。
でも、いつかは教えなきゃいけないんだろうなぁ……この2人から次の旦那を決めるつもりな
ら、ね。
ま、それはないから教える事もないかな?いくらなんでもこの2人からは選べないわ。
2人とも働いているっていっても、高卒で働き出したばかり。
直樹君なんて先月のお給料、全部使い切ったって威張ってたもんね。
……バカじゃないの?お金っていうのはとても大事なものなのよ?
一円でも節約する為に、足を棒にして安い食材を探してスーパー巡りをする主婦の苦労を少し
は考えなさい!
それをパチンコなんてギャンブルで使い切るなんて……大バカね。
あははは、まぁそのギャンブルのお店で働いているアタシはなんなの?って話だけどね。
……できればOLさんってのをしてみたかったけど、今の不況じゃ働けるだけマシ。高望みなん
てできないわ。
それにこの職場じゃ、私生活について聞いてくる人もほとんどいないしね。
パチンコ屋ってアタシみたいな訳ありの人が働いているのが多いのよね。
だから皆、人の過去の話は聞いてこない。……自分も聞かれたくないから。
だからアタシは気に入っている。この『パチンコチャンプ』という職場を。
「守屋ちゃん、今日もあの2人来てるんじゃないの。で、どっちか決めたの?」
そんな事を考えながら空のドル箱を運んでいると、声をかけられた。
そうだった、この人がいたんだったわ。
声の主を見てみると……紫色の頭のおばさんが立っていた。
「決めるって……もう、毛利さん!アタシはそんな気持ち、ありませんから!」
「じゃあ、おばさんが2人とも頂いていいのかい?」
「どうぞどうぞ、煮て食おうが、焼いて食おうが好きにしてください」
「そうかいそうかい!なら美味しくいただいちゃおうかしらね?
どうせならいただくなら、縛って焙って食べるのが美味しいんだけどねぇ」
「……それ、冗談で言っているんですよね?」
鋭い眼差しで2人を見つめる毛利さん。……不気味だから舌なめずりは止めてほしいわ。
毛利さんはこの仕事の先輩で、勤務歴20年を越えるベテラン選手。
生き方についても先輩で、アタシと同じく×1なの。
だから時々女の1人暮らしについて、いろいろと相談に乗ってもらってたりする、頼りになるとて
もいい人。
……若いお客を見て、舌なめずりするのはよくないと思うけどなぁ。
だから常連さんに、『この店には妖怪が住んでいる』なんて言われてるのよ。
「けど守屋ちゃんもいつまでも1人でってわけには行かないでしょ?
モテるうちが花よ?だからあの2人のうち、どちらかに決めちゃいなって!
……チャンスってのは、長い人生でもそうは巡ってこないんだよ?
チャンスを見逃しまくってたおばさんが言うんだから間違いないって!」
アタシの肩をバンバン叩きながら、がっははは!と大きな口をあけて笑う毛利さん。
言われなくても分かってますって!だけど、あの二人から選ぶなんて……ありえないなぁ。
「でもあの子達、まだ18ですよ?」
「そんなもんすぐに19になって20になるわよ」
「その頃にはアタシ、27ですよ?」
「そんなの気合で歳を取らなきゃいいのよぉ。
おばさんは気合い入れまくりだから年取ってるように見えないでしょ?」
……その気合いが紫の頭なんですね。空回りしてますよ?
「……真面目な話、この仕事をしてたら外の人との出会いなんてそう簡単にないわよ。
もうすぐ21世紀になろうかとしてるんだから、新しい世紀を新しいパートナーと一緒に迎えなっ
て!」
「もうすぐって……まだ98年ですよ?ずいぶんと気が早いですね」
「早いくらいがいいのよぉ、男が早いとダメだけどね。……あの2人はどうなんだろうねぇ」
だから舌なめずりはダメですって!ほら、お客さんが引いてるじゃないですか。
「ま、少しは真剣に考えなよ?真剣に考えて後悔だけはしないようにね。
さて、と。そろそろ無駄話は止めて仕事するかね!」
そう言って呼び出しランプが点灯している台へと向かう毛利さん。
後悔しないように真剣に考える、かぁ。……でもその前に、目の前の仕事に集中しなきゃ!
アタシを待ってるお客さんがいるんだ、頑張んなきゃね!
接客はいつもニコニコ爽やかに!毛利さんには負けてらんないわよ!
そう気合を入れて、毛利さんを見てみる。……ドル箱3つを持って運んでるわね。
紫の頭で怪力って……あの人、ホントに妖怪なんじゃないの?
そんな妖怪まがいの同僚に負けないようにアタシもお客さんの下へと走っていく。
「お待たせ致しました!ドル箱交換ですか?すぐにお運びいたします!」
接客はいつもニコニコ爽やかに!しっかりと頑張んなきゃね!
そうよ!頑張っていればきっといいことがあるはずよ!
アタシはドル箱を運びながら、気合を入れなおした。
……うぅぅ、重いよぉ。ドル箱運びは腰に来るなぁ。
「お疲れさ〜ん。守屋ちゃん、これからどっか御飯食べに行かない?」
ふぃ〜い、今日もよく働いたねぇ。いい仕事したよぉ。
いい仕事の後はガッツリとビールでも飲んで、気分よく寝たいもんだねぇ。
「毛利さんゴメンなさい!実はあの2人が御飯食べに行こうってきかないんですよ」
「あらららら……いいわねぇ、若い子2人と夜遅くに御飯かい?
もちろん御飯の後はデザートで2人を食べちゃうんだろ?残り物でいいからおばさんにも分け
ておくれよぉ」
「そんなもの食べません!じゃ、先に帰りますね。お疲れ様でした〜」
いつ見ても気持ちがいい笑顔を残し、2人が待つであろう待ち合わせ場所に向かう守屋ちゃ
ん。
う〜ん、カワイイ笑顔だねぇ。あれで離婚してるってんだから世の中間違ってるねぇ。
明るくてよく気がつくし、性格もいい。なんであんな子が苦労しなきゃいけないんだろうね。
あんないい子が嫁だったのに、浮気する元旦那ってよっぽど馬鹿だね。
あたしも昔は……ヤダよぉ!昔のことなんか思い出しちゃって!
昔よりも今だよ今!恋愛に終わりなんかないんだよぉ!
……池田君に静馬君かぁ。引き締まった体してそうだし、美味しそうだねぇ。
どっちを頂くかは守屋ちゃん次第だね。できればヤンチャ坊主っぽい池田君がいいねぇ。
それにしても……あの2人にはちゃんと教えてるのかねぇ?自分が離婚経験者だってことを。
2人ともまだ若いんだから、そういうことにはショックを受けそうだからねぇ。
……ショックを受けた池田君を癒してあげるってのもいいわねぇ。
守屋ちゃん、さっさと決めちゃわないかしら?あたしゃ体が疼いてきたわよ。
さて、と。あたしゃ寂しく1人でお酒でも飲んで、酔っ払いのサラリーマンでも引っ掛けるとする
かねぇ。
あたしのかなり年の離れた同僚の、守屋麗菜ちゃん。
25歳の彼女は、20前後に見える見た目とは違い、暗い過去を持っている。
その明るい笑顔からは想像できない、『彼女は×1』で離婚経験者。
あんないい子が苦労するなんて……世の中は間違っているわねぇ。
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