「なぁお前って頭いいんだろ?学校始まって以来の天才っていわれてるんだろ?」
「なんだ、お前は?人が食事中にいきなり話しかけてくるとは、失礼なヤツだな」

 午前中の授業も終わった昼休み。
いつものように1人での昼食を取っていると、話しかけてくる男が1人。
コイツは……毎朝の通学途中で見る顔だな。だが今まで私との接点は他にない。
そんなお前が私にいったいなんの用だ?

「なぁお前、『長宗我部元親』って知ってるか?」
「は?ちょうそ……かべ?なんだ、それは?……そんなもの知らない」

 いきなりなんだ?『ちょうそかべもとちか』だと?なんなんだ?
なんの名前だ?歌人かなにかか?だが、歌人にしては今まで聞いた事もない名前だ。

「だったら『可児才蔵』は?」
「だから知らないと言っているだろうが!」

 今度は『かにさいぞう』だと?
才蔵という響きから想像するに、忍者かなにかか?
マンガかアニメでそういう名前の主人公でもいるのか?
それよりも、そのヘンな名前が私に何か関係あるのか?

「ふ〜ん……お前、こんな事も知らないんだ?お前、意外とバカだな」
「んな!バ、バババ、バカだと?何故私がキサマにバカと言われなければならないんだ!」
「だってお前、長宗我部も可児も知らないんだろ?オレ、知ってるもん。
知らないお前はオレよりバカってことだろ?」

 こ、この私にバカだと?
秀才や天才とは今まで何度も言われたことはあるが、バカなどと侮辱されたのは初めてだ!

「お、お前、私が島津彩だと知って言っているのか?」
「うん、知ってるよ。島津って名前だから聞いてみたんだ。
なんだ、お前、島津義弘の子孫じゃなさそうだな。聞いて損したな」

 しまづよしひろ?一体誰だ?……そ、損した?聞いて損しただと?
わ、私に勝手に話しかけておいて、損をしただと?
勝手なことを言い残し、私の前から去ろうとする男。

「……待て」
「なんだ?思い出したのか?」
「……訂正しろ。この私をバカだと言った事を訂正しろ!」
「なんで?お前、オレが知ってることを知らなかっただろ?だったらオレよりバカだろ?」
「キ、サマァ……死ね!ふん!」

 ドカ!

「うぎゃあ!」

 失礼な男に渾身の右ストレート!もんどりうって倒れる失礼な男。
ざまあみろ!私を侮辱するからだ! 
 


「……で、島津。お前は結城をなんで殴ったりしたんだ?」
「……侮辱されたからです」
「侮辱って……はぁぁ〜、そんなことで手を出すなよなぁ。島津はちょっと硬すぎるんだよ。
お前なぁ、もっとこう肩の力を抜いてだな、気楽にしてみないか?」

 私の目の前で肩をグルグルと回す、生活指導の武田先生。
余計なお世話だ、ほっといてくれ!

「で、結城。お前はなんで島津にバカなんて言ったんだ?」
「え?だってオレが知ってること知らなかったんだよ?だったらオレよりバカじゃん」
「島津はお前の知らないことをたくさん知ってるんだぞ?」
「うん、知ってるよ。でも『長宗我部元親』や『可児才蔵』は知らなかった。
だからそこに関してはオレよりバカだろ?」
「はぁぁぁ〜……だいたいお前はなんで島津に戦国武将の事を聞いたんだ?」

 戦国武将?『ちょうそかべ』や『かに』とかいうのは戦国武将だったのか?
徳川や織田、豊臣と違い、初めて聞く名だな。
きっとたいした活躍もしていない、有名な武将じゃないんだろうな。

「名前は知ってるけど、なにをしたか知らないから教えてもらおうと聞いたんだよ。
結構数値が高い武将だから、気になっちゃって」
「……数値?数値とはいったいなんだ?」

 数値?戦国武将に数値?コイツはいったい何を言っているんだ?

「は?そんなのゲームに決まってるだろ?」
「結城、お前勉強もせんでゲームばっかりしてるのか?そのゲームしている時間を少しは勉強
に回せよ」

 ……ゲームだと?

「ではなにか?お前はゲームで知った、数値が高い武将の事を私に聞いてきた、と」
「おお、そうだよ」
「で、聞いてきた理由が、『名前はゲームで知っているが、何をした人か知らないから』なんだ
な?」
「そうなんだよ。ゲームじゃ何をしたかまで分からないんだよなぁ」

 ……ブチン!

「そんな理由で私をバカと言ったのか?キサマはぁぁ〜……死ね!」
「へ?……ぐぎゃあ!」
「お、おい島津!なに蹴り飛ばしてるんだ!」
「はぁはぁはぁ……先生が手を出すのはよくないと言ったので、足を出したまでです!」
「はぁぁぁ〜……お前なぁ、先生を困らせないでくれよぉ。
結城も結城だ。歴史に興味を持つのはいいことだが、分からない事があれば自分で調べてみ
ろ」
「キサマなどには知ってても教えてたまるか!」
「島津!お前もお前だ!大人しい綺麗な子だと思ってたのに……蹴りはないだろうが、蹴り
は。
先生は念のため結城を保健室に連れて行くから、島津は教室に帰りなさい。
あと、いくら腹が立ったからって学校での暴力は禁止だからな。
お前、女の子なんだからさ、スカートで蹴りはないだろうが」
「……納得は出来ませんが分かりました。以後気をつけることにします」
「ホントに分かったのか?ま、いい。ほら、いつまで寝てるんだ?保健室行くぞ、さっさと起きん
か!」

 軽く小突いてバカを連れて行く先生。ふん!ざまあみろ!私を侮辱するからだ!



 私、島津 彩(しまず あや)は両親と弟2人の5人家族で生活をしている17歳の高校2年
生。
共働きの両親の負担を軽くする為に、長女である私が幼い頃から弟達の世話をしている。
おかげでどうも言葉遣いが少々荒い……らしい。
言葉遣いだけではなく、その……つい手も出てしまう。
しかしこれはだな、騒がしい弟達を黙らせるのに一番有効な手段なんだ。
今日はつい学校で、その有効な手段を使ってしまっただけだ。
そのおかげで今、私は……入学以来初めての事態に陥っている。

「島津さんてスゴイ人だったんだね。さすがはわが校が誇る天才だね!」
「それにしてもいいパンチだったね。ボクシングでもしてるの?」
「それよりさ、職員室でも結城君を蹴り飛ばしたって聞いたけど、あのバカ何言ってきたの?」
「島津っち、結城って思ったことを口にするバカだから、何言われたか知らないけど、気にしなく
ていいよ」

 ……あのバカのせいで、せっかくの静かな休み時間が質問攻めだ。
私の机を囲むように群がるクラスメート達。
中には違うクラスの人も混ざっているようだ。
今まで私に話しかけてくることなどなかったくせに、今日に限ってなんなんだ?

「天才などと言わないでほしい。私は特に努力もしていない。ただ記憶力がいいだけだ。
真の天才とは努力を継続して続けることが出来る人だと私は考えている」
「ボクシングもしていない。ただ弟達を黙らせるのに有効な手段として活用しているまでだ」
「蹴り飛ばしたのは自分でもやりすぎたと反省している、足も痛いしな。今度は椅子ででも殴る
事にするよ」
「もちろん気になどしていない。しかし、面と向かってバカなどと……もう二度とバカなどと言わ
せない!」

 全員の質問に答え、これでやっと質問攻めから開放される……そう考えたのは浅はかだっ
た。

「……ぷっ!島津さんって律儀だねぇ。皆の質問に答えてくれたんだ?」
「あはははは!島津さんがこんな面白い人だって知らなかったよ」
「気にしないのはいいことだけど、椅子で殴るのはよくないと思うよ?」

 お、面白い人?私がか?私は漫才など出来ないぞ?

「お、面白いとはどういうことだろう?特に漫才などを勉強してはいないのだが?」

 私の質問に少し驚いた表情を見せ、顔を見合わせる。
どうしたんだ?一体何を驚いている?

「……ぷっ!あっはははは!島津っちサイコー!面白い!」
「なんで今まで黙ってたの?こんな面白い人だって知ってたらほっとかなかったのに!」
「漫才って勉強するものなんだ?じゃあさ、今度勉強してやって見せてよ」

 な、何故だ?何故なんだ?何故皆笑っている?何故私に質問攻めをして来るんだ?

「私が最高とはどういう意味なんだろうか?」
「何故黙っていたと言われても、何が面白いのか意味がよく分からないのだが?」
「ま、漫才をするのは勘弁してほしい。そういうのは苦手なんだ」

 ふぅ〜、質問には全部答えた。これで少しは落ち着いた休み時間を……

「あっはははは!サイコー!島津っちサイコーだよ!」

 また笑われた。何故なんだ? 



「……ただいま」
「お帰りなさ〜い。どうしたの?声にいつもの張りがないわよ?」

 クラスメートからの質問攻めで疲れ果てた私は、どうにか自宅へと帰り着き玄関を開ける。
すると誰もいないはずの部屋の中から女性の声が。ママ?何故ママがいるんだ?
私の大好きなママ……名前を島津麗菜(しまづ れいな)という。
なんでも一度、パパとは離婚した事があるらしい。
で、私や弟達の名前は、パパと再婚する前に付き合っていた友人達から取ったと言っていた。
名前の由来がどうであれ、私は彩という名前を気に入っている。
弟達も同じく自分の名前を気に入っているであろう。
パパとママが私達の為につけてくれた名前だ。気に入らないわけがない。
ところで何故ママが家にいるんだ?
まだパートが終わる時間じゃないはずだが?
……あ、そうだった。そういえば今日はパートが休みだったな。

「……今日は疲れた。ママ、今日の夕御飯、お願いしてもいいだろうか?」
「あら、珍しい。彩が学校で疲れるなんて……マラソンでもあったの?」

 今日は精神的に疲れ果てているから、ママに甘えさせてもらおう。
それにしても飽きもせずに、よくもまぁあれだけの質問が出来るものだ。
クラスメート達の勢いに驚かされてしまった。
……もしかしてあれが普通なのか?私がズレているだけなのか?

「夕御飯ならもう作ってあるわよ。今日は彩が大好きなカレーよ」
「……甘口?」
「もちろん甘口よ。疲れてるみたいだから、生卵もつけちゃうわ」

 ゴクリ。カレーに生卵……最高の組み合わせじゃないか!
カレーと御飯をかき混ぜた上に、生卵をポトリと落とす。
黄身だけを落とすという人もいるそうだが、それは邪道だ。白身がもったいないではないか。 
生卵を落としたカレーを更にかき混ぜて生卵と一体化させる。
そしてスプーン一杯にそれをすくい、口の中に放り込む!
あぁ、甘口カレーの程よい辛さを更にマイルドにしてくれて、黄身のまろやかさも追加される。
想像するだけで口いっぱいに唾液が広がる。……あぁ、お腹がすいた。

「こら!女の子がカレーと聞いただけでそんな顔するんじゃありません!」
「……ママ、お代わりはあるの?拓と直樹の分もお代わりはあるのだろうか?」
「もちろんあるわよ。今日は遠慮しないでたくさん食べなさいね。らっきょうもあるわよ」

 ……らっきょう?
あぁ、カレーの辛さを癒してくれる、らっきょうの酸味。
カリカリとたまらない歯ごたえを存分に味わった後に、口の中にかき込むカレーの心地よい辛
さ。
その辛さをマイルドに、まろやかにする生卵。あぁ、至福の一時だ。
ダメだ、想像するだけで唾液が止まらなくなる。……今日のノルマは2杯は食べることにしよ
う。
拓はらっきょうが苦手だから拓の分まで食べてあげるとして、直樹は生卵がダメだったな?
仕方がない。2杯目用として直樹の分の生卵も貰ってあげるとしよう。
姉として弟を思いやるのは当然の話だからな。

「彩、そんな顔してるところ悪いんだけど、パパが帰ってくるまで夕御飯は我慢しなさいね」

 ……パパは今日の夕御飯がカレーだと分かっているのだろうか? 



「結城とかいうバカはいるか?」
「おわ!し、島津さん?島津さんがこの教室に来るなんて珍しいね。
結城?結城に何か用なの?アイツなら……あれ?いないな」

 昨晩はカレーをお腹一杯に味わった後、ママのパソコンを借りて戦国武将について調べ上げ
た。
私は生まれつき記憶力がいいらしく、一度読み書きした物は一言一句間違わずに覚える事が
出来る。
徹夜になってしまったが、戦国武将については全て網羅した!……はずだ。
これであのバカにも失礼な口を利かせはしない!

「結城ならさっきまでいたんだけど……売店に飯でも買いに行ったのかな?」
「そうか、ならいい。また後で来る」

 ふむ、残念だな。せっかくあのバカをギャフンと言わせてやろうとしたのに、いないとはな。
まぁいい。戦国武将については網羅したんだ。今度アイツが質問してきたら即答してやろう。
即答して『こんな事を知らないお前はバカだな』と言い切ってやろう。
ふっふっふ……私を侮辱した罰だ!思いっきりバカにしてやる!

「あ!いいところにいた!お前に聞きたいことがあったんだよ」

 私にバカといわれて涙目になっているバカの顔を思い浮かべていると、そのバカの声がし
た。

「キサマ!昨日はよくも私をバカと言ってくれたな!」
「なぁなぁ、陸遜って何した人なんだ?」
「戦国武将についてはすでに網羅した!何でも聞いてくるが……り、りくそん?」

 『りくそん』なんて武将は知らないぞ?
そんな武将いたのか?どこだ?どこの国の武将なんだ?
……は!ま、まさか、鎌倉時代なのか?それとも室町?
コイツ、そんな時代の武将まで知っているのか?

「確か関平ってのは関羽の息子なんだよな?」

 か、かんぺい?そんな武将知らないぞ?お、お笑い芸人じゃないのか?
かんうの息子?かんうとは一体誰なんだ?

「お前、知らないのか?やっぱりお前、バカなんだな」
「んなな!バ、バカだと?またしても私を、バカだと?ぐ、ぐぐぅぅぅ……フン!」

 『ぐちゃ!』
 
「ぎゃう!」
「おわわわ!し、島津さんいきなりハイキックはダメだって!……白かぁ」
「うるさい!こいつが私をバカにしたからだ!」
 
 ま、またしても私を侮辱して……くぅぅぅぅ〜!

「い、いてぇよぉ〜。なにすんだよ!この暴力バカ女が!」
「んな!バ、バババカだとぉぉ!」
「だってお前、陸遜知らないんだろ?関平知らないんだろ?」
「お、お前は知っているのか!その、『りくそん』や『かんぺい』を!」
「お前ホントにバカだろ?なにしたか知ってたら、いちいちお前に聞かないって」

 ま、またバカって言った!バカにバカと言われた!ぐ、ぐぅぅぅ〜!

「う、ぐぐぐ……うがあ!」
「ギャフン!」
「うを!すげぇアッパー……こりゃ完全KOだな」
「ふぅふぅふぅ……私を侮辱するからだ!
明日までに必ずその、『りくそん』や『かんぺい』を覚えて来るからな!覚悟しておけ!」 

 ピクピクと痙攣をしているバカに捨て台詞を吐きその場を去る。
ぐ、ぐぅぅ〜……まさか戦国武将で私が網羅できていなかった人物がいるとは!
明日までに調べ上げて答えてやる!答えてお前をバカにしてやる!


 これが、私の人生を変えることになる、結城修太(ゆうき しゅうた)との出会いだった。




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