最近、どうも身体の調子がおかしい。
熱があるとか、お腹が痛い、身体がだるいといった症状ではなく、
その、どのように言えばいいのか……

「おう、島津。お袋が今日も来てくれるかって聞いてたぞ」
「あ、ああ、今日も大丈夫だ。また伝票の整理や売り上げの計算をすればいいのだな?」

 原因不明の症状の事を考えながら昼食を取っていると、結城が尋ねて来た。
……まただ。また鼓動が早くなってしまう。
これはいったいなんなのだ?私は何か得体の知れない病気にでもかかってしまったのか?
結城からゲーム機をもらい、早1ヶ月。
この1ヵ月間の間、結城にはゲームの攻略法を聞いたり、結城米穀店でのアルバイトで色々と
助けてもらっている。
以前はただのバカという認識しか持っていなかったが、今はその認識も改めた。
結城はなかなか親切で、いいヤツだ。
ゲームのソフトをいらないからとタダで譲ってくれたり、
結城米穀店でのバイト中、接客に慣れていない私を気遣ってくれたりもする。
結城はなかなか優しくて、いいヤツなんだ。
そう、結城がいいヤツだと気がついた辺りから、おかしくなった。
その辺りから、何故か結城と話すと鼓動が早くなってしまうようになったんだ。

「おう、よろしく頼むな。じゃ、また放課後にな。そうだ、今日もいろんな事教えてくれよな」
「あ、ああ、たまには学校の勉強を教えてあげよう。その方がおばさん達も喜ぶ」
「ええ〜!勉強なんか授業だけで十分だぞ。家でまですることはないだろ?」
「その授業で出来ていないから教えてあげようというのだ。
このままでは一緒に3年生にはなれないぞ?そうなるとおじさんが物凄く怒るだろうな」
「……マジか?オヤジに怒られるのは勘弁してほしいな。オヤジ、怒るとすぐ手を出すからな。
オレはまだ、死にたくないっての。オレには叶えたい夢がわんさかあるからな!」

 そう、何故か結城と話している時に症状が出てくるんだ。
鼓動が早くなり、胸が苦しいというか……これはいったいなんなのだろう?

「そ、そうか。なら勉強も頑張るのだな。わ、私が協力をしてあげよう」
「おお、よろしく頼むよ。じゃあ食い物とジュースでも用意してるからな。じゃあまた放課後にな」

 そう言って結城は教室を出て行った。その後姿を見送り、ふぅ〜っと息を吐く。
ふぅぅぅ〜、緊張したな。……緊張した?
何故だ?何故緊張をしていた?何故結城が出て行ったくらいで緊張が解ける?
そういえば心臓の鼓動も元通りに戻ったし……いったい何なのだ?

「エヘヘヘヘ……島津っち〜、どう?緊張した?」
「カワイイねぇ〜。横から見てるとこっちまで照れちゃうねぇ」
「ねぇ島津っち。ギュって抱きしめていい?カミカミしていい?」

 結城との会話を無事に終え、何故緊張をしていたのかを考えていると、
クラスメート達に囲まれた。
……は?みんなは何を言っているのだ?

「何故私が緊張をしていたのを知っているのだ?
そうなんだ、何故か結城を前にすると緊張するようになってしまったんだ。
何かおかしな病気にでも罹ってしまったのだろうか?」
「横から見ていると照れるとはいったい何のことだろう?
自分では気がつかなかったが、何かヘンな事でもしていたのだろうか?」
「な、何故抱きしめるのだ?もう噛まれるのは勘弁してもらいたいのだが……その、少し恥ず
かしいんだ」

 みんなから見ても私の様子はおかしかったのか。
きっと一目見て分かるような、おかしな態度を取っていたのだろうな。
……結城にもおかしなヤツだと思われてしまったのだろうか?



「あはははは!やっぱり気づいてないんだ?島津っちってカワイイ……あれ?
な、なんで落ち込んでるの?」
「し、島津っち?ゴメン、もうからかったりしないから!だからそんな落ち込まないでよ」
「ゴ、ゴメンね?結城を前にした島津っちが可愛かったから、つい、苛めたくなったの。
アタシ達、別に悪気があって言ってるんじゃないよ?むしろ島津っちを応援しようと……」

 クラスメート達が何かを言ってきているが耳に入らない。
これは、なんだ?何故こうまで落ち込んでしまう?
結城にヘンな女と思われたくらいで……お、思われているのだろうか?
やはり結城は私の事をヘンな女だと思って……グス。
ヘンな女と思われたかと思うと、嫌われたのではないかと思うと、涙が出てきた。
何故そんな風に思われてしまったのだろう?私のどこがいけなかったのだろう?
……何故私は泣いているのだろう?

「ゴ、ゴメンって!島津っち、泣かないでよ!」
「ゴメン!もうからかったりしないから!だから泣かないで!」
「グス、んぐ、ひぐ……ひっく、何故、ひっく、わだしは泣いでいるのだろう?」

 やはりおかしい。絶対におかしい。
急に鼓動が早くなったり、急に涙が溢れたり。私の身体はいったいどうなってしまったんだ?
原因が分からない奇病にでも罹ってしまったのか?病院に行かなければいけないのか?
余計な出費は家計の負担になるので抑えたいのだが、そうも言っていられない。
こんな私でも島津家の家事を取り仕切っているのだ。
パパやママ、弟達に美味しいご飯を食べてもらう為にも、
そう簡単には倒れることなど出来ない。
よし、今日、病院に行こう。行けばこの症状を抑える薬をくれるはず。
その薬を飲んで、安静にして体調を回復させよう。
結城には悪いが、今日のアルバイトは断わらなければ。
……ひっく、何故だ?余計に悲しくなってきた。……悲しい?何故私は悲しいのだ?

「島津っちはきっとこういう気持ちになったのが初めてなんだね」
「初めての相手が結城かぁ。やっぱり島津っちって変わってるよね」
「そうかな?アタシは意外と似合ってると思うけどなぁ。結城って案外ヤツじゃん」
「ひっく、どういう意味なのだろう?ぐす、こういう気持ちとは何のことだろう?」

 病院に行くためには、一度家に保険証を取りに帰らなければいけないなと考えていると、
クラスメートが意味が分からない事を話し出した。
みんなは何を言っているのだろう?



「なんで島津っちは泣いてるの?」
「ひっく、分からない。自分でも何故泣いているのかが分からないんだ」
「うん、分からないよね?じゃあさ、泣き出す前は、何を考えてたの?」
「何を?それは確か……そう、結城に私がヘンな女と思われたのではないか、
嫌われたのではないかと考えていたんだ」
「うん、結城に嫌われたと思ったら涙が出てきたんだ?
じゃあさ、島津っちはなんで自分が泣き出したと思う?
結城に嫌われたと思ったら、なんで涙が出てきたと思う?
なんで結城の前じゃ緊張すると思う?」

 何故?言われてみたら確かに謎だ。
何故なんだ?何故私は結城に嫌われたと思うだけで涙が出てきたのだ?
何故緊張してしまうのだ?

「……分からない。何故なんだろう?何故泣き出してしまったんだ?何故緊張するんだ?」
「うん、まだ分かんないか。島津っち、早く分かるといいね。アタシ達、応援してるからね?」

 応援?この症状は応援されると治るものなのか?変わった病気だな。

「この症状を治す方法はないのだろうか?
病院に行けば何の病気か診断してもらえるのだろうか?」
「う〜ん、病院でも無理だと思うよ?昔からこの病気にはつける薬はないって言ってるしね」

 薬がない?そ、そんなバカな!
では何か?私は薬が効かない難病に犯されてしまっているというのか?

「そ、そんな難病なのか?私はそんなに恐ろしい病気に罹ってしまったのか?」
「うん、とってもやっかいな病気だよ。
でもね、その病気の原因が分かっちゃうと、寝ても冷めてもその事だけを考えるようになっちゃ
うの。その事だけで頭の中が一杯になっちゃうの。
もう、どうにかして〜!ってなっちゃうのよね」

 どういうことだ?話を聞いている限り、みんなも同じ病気に罹ったことがあるように思える。

「みんなも同じ病気に罹った事があるのだろうか?
ならば教えてほしい。この病気が何なのかを。どうすれば治るのかを」
「う〜ん、教えてもいいんだけど……自分で気づきなよ。その方が絶対にいいって!
一生に一度の事なんだから、自分でその気持ちに気づいて、頑張った方がいいって!
アタシ達、応援はするけど、一番努力して頑張んなきゃ行けないのは島津っちなんだから」

 どういうことだ?みんなは私の病気が何かを知っているのに、教えてくれないという事なの
か?



「イジワルしないで教えてほしい。今、私が罹っている病気は何なのかを。
お願いだ、教えてほしい」
「島津っち……そうだねぇ、今日ね、結城の家に行くんだよね?
だったらさ、その時にね、結城と手を繋いでみてよ。そしたら少しは分かるんじゃないかな?」

 結城と手を繋いだら分かる?繋ぐ事に意味があるのか?

「何故結城と手を繋がなければいけないんだ?意味が分から……ま、まさか、そうなのか?」
「おお?もしかして気がついちゃった?」

 いや、そんなはずはない。結城に限ってそのような事をする訳がないし、する意味もない。
だが、そうでなければ原因不明のこの病気に、説明がつかない。
結城といる時に限って鼓動が早くなり、緊張する。
結城と一緒にいる時に限って症状が出てくる。
何故涙が止まらなくなったのかは分からないが、それにも何かカラクリがあるのだろう。
手を繋げば分かるというのも意味が分からないが、きっと手に塗りこむタイプの物もあるので
はないか?
きっとそれを示唆しているのだろう。

「そうか、そうだったのか……納得のいかない点も多々あるが、そう考えなければ説明がつか
ない」
「おおお?やっと気づいたの、島津っち。で、どうするの?」

 ニコニコと微笑みながら私を見るクラスメート達。
そういえばみんなも同じ病気に罹ったと言っていた。
そうか、だからみんな教えてくれなかったのか。……口止めをされていたのだな?

「そんなもの、決まっている!結城を……」
「おおおお?結城を?」
「……制裁する!」
「……へ?せ、制裁?」
「ああ、制裁だ!いくらゲーム機をもらったと恩があるとはいえ、
いくらアルバイトで世話になっているといえ、ヘンな薬を飲まされる筋合いはない!
何を考えているかは知らないが、今、制裁しなければ結城に更生の道はない!」
「え?ええ?薬?ちょっと島津っち?それ違う……」
「善は急げだ!行ってくる!」
「ちょっと待って!それ絶対に違……」

 怒りに身を任せ、結城の教室へと走る。
そうか、そうだったのか!結城が私に薬を盛っていたのか!
私だけでなく、みんなにも盛っていたようだし……許せん!

「お?島津じゃん、なんかようか?」

 私に薬を盛っておきながら、のほほんと昼食を取っている結城。
今日も売店のパンなのか?栄養が偏る!作ってきてあげることにしよう。
そんな事よりも……制裁だ!

「結城!キサマはぁ〜……制裁!フン!」
「へ?……なぜに!」

 シュ!グチャ!……ドサ 

 綺麗に決まったハイキック。
まるで操り人形の糸が切れたかのように崩れ落ちる結城。
このキックは天罰だ!思い知ったか!

「これに懲りたらもう二度と薬を盛るなどと汚いマネをするな!」 

 足元で痙攣している結城に止めを刺す。
これでもう二度と薬を盛ろうなど考えないだろう。



「し、島津っち、早まっちゃいけな……あらららら、結城、ご愁傷様」

 私が結城を制裁したのとほぼ同時に、クラスのみんながやって来た。
みんなも制裁をするつもりなのか?だがそれは待ってほしい。

「みんな、結城はこの通り私が制裁した。
だからみんなに薬を盛った事は許してあげてほしい。もう二度としないように誓わせる。
だから結城を許してあげてくれないか?」
「島津っち……許すも何も、アタシ達は結城には怒ってないし、そもそも誰も薬なんて盛られて
ないし。島津っち、あなたも薬なんか盛られてないんだよ?」
「……え?そ、それは本当なのだろうか?」
「うん、ホント。何を勘違いしたのか知らないけど、こんなことやっちゃって……結城、きっと怒る
よ?」

 ……え?勘違い?私の勘違いだというのか?
では何か?私は勘違いで結城を……蹴り飛ばしてしまったというのか?

「とりあえず島津っち、正座ね」
「せ、正座をするのか?」
「そ、正座。だってなにも悪くない結城をこんなにしちゃったんだよ?反省しなきゃダメだと思う
よ?」

 う、確かにそうだ。何の落ち度もない結城を、私のバカな勘違いで気絶させてしまったんだ。
……ぐす、ますます嫌われてしまったのではないか?

「はいはい、落ち込まないの。正座したら結城を膝枕してあげてね」
「ひ、ひひひ、ひざまくら?な、ななな何故そのようなことをしなければいけないのだ!」

 思わず声が裏返る。何故ひざまくらをしなければいけないのだ!

「だって結城をこのまま寝かしとくの可哀想でしょ?」
「だ、だからといってひざまくらなど……は、恥ずかしいではないか」
「いいからしなさい!……結城が起きるまでしなさいね?」

 クラスメートに怒られて、ひざまくらをすることにする。
床に倒れている結城の隣に正座をし、膝の上に結城の頭を乗せた。
こ、こんな近くで顔を見るのは初めてだ。
……意外と睫毛が長い。これはおばさんに似ているのかな?けど、鼻の形はおじさん似だ。
んん?午前の授業で体育があったのだろうか?少し汗臭いな。
額を少し汗で少しベトついているし……全く困ったヤツだ。
顔くらい洗って軽く汗を流せばいいのに。……どれ、私が汗を拭いてあげよう。
ハンカチを取り出して、額を拭いてあげる。
……ふむ、これで綺麗になった。おや?首筋も汗を掻いているのではないか?
し、仕方がない、ここもふき取ってあげよう。
もしかして結城はタオルを持って来ていないのか?
し、仕方がないな、明日から私が持ってきてあげることにしよう。
明日からは結城の分のお弁当にタオルを用意しなければいけないのか。
ふふふ、結城は驚くだろうか?用意したタオルを使ってくれるのだろうか?
お弁当は美味しいと喜んでくれるのだろうか?……迷惑がられたりしないだろうか?
……お、おかしい!やはり私は絶対に何かの病気に罹っている!
な、何故私が結城の分のタオルとお弁当を用意をしなければいけない?
何故用意しなければいけないと考えるだけで嬉しく思う?
それにこの鼓動の速さはなんだ?先ほどから何故視線を外せない?
何故だ?いったい何故なんだ!私はいったいどうなってしまったのだ!

 結局結城はお昼休みの間では起きなかった。
仕方がないので結城を保健室へと連れて行き、保健の先生に後を任せた。
結城、大丈夫なのだろうか?私のせいで授業を欠席させることになってしまった。
……私を許してくれるだろうか?嫌われてしまったのだろうか?
何故結城に嫌われると考えると、泣きたくなるのだろう?
何故こんなにも辛いのだろう?私は……どうなってしまったのだろう?



「島津っち。ねぇ島津っちたら。いい加減落ち込むの止めようよ?」
「……何故私は落ち込んでいるのだろう?ずっと考えてても答えが出ない。知恵熱がでそうだ」

 先生達には失礼だが、午後の授業はほとんど聞いていない。授業の間、ずっと考えていた。
何故結城が側にいると緊張するのか。何故結城が側にいると、鼓動が早くなるのか。
何故結城が側にいると、嬉しいのか。何故結城に嫌われると思うと、泣きたくなるのか。
クラスメート達は答えを知っているようだが、何も教えてはくれない。
他人に頼っていてはダメだと分かってはいるのだが、答えを教えてくれないクラスメート達を恨
んでしまう。
何故こんなことになってしまったのか。このままでは私はどうなってしまうのだろう?

「あ!島津っち早く起きて!結城が来たよ!」

 ……な、なに?結城が来ただと?

「おう島津。バイトに来てくれるんだろ?一緒に行こうぜ。お前に言いたいこともあるしな」
「あ、ああ、一緒に行くのだな?私は別に構わない、一緒に行こう」

 何故こうまで緊張する?いったいどうなってしまったんだ、私の身体は?

「島津っち、頑張ってね!応援してるからね!」
「明日どうなったか教えてね?結城も鈍感だから攻めていかなきゃいけないよ?」
「そ、それはいったいどういう意味なのだろうか?」

 意味の分からない事を好き勝手に言うクラスメート達。
攻めるとはどういう意味なのだろう?

「お昼に言った事覚えてる?手を繋ぐんだよ?島津っち、分かったね?」
「……ゴクリ。ど、どうしてもしなければいけないのだろうか?」
「島津っちはイヤなの?島津っちがイヤなら繋がなくていいけどね?」
「そ、それはイヤに決まって……いや、イヤではない。むしろ繋ぎたい気がする」
「うん、そうだよね、繋ぎたいよね。なら繋いで帰ったらいいよ。
ちょっと幼い気がするけど、島津っち達にはそれくらいが似合ってるよ」

 似合ってるとはどういう意味なんだろう?
ダメだ、手に汗を掻いてきた。このような手で、手を繋いだら嫌われたりしないだろうか?

「おい島津、早く行こうぜ」
「あ、ああ、すまない。今行く」

 何故か喉がカラカラだ。手も震えだした。緊張しているからだろう。
何故こんな身体になってしまったのだろう?どうして結城の前では緊張するようになったのだ?
私はいったいどうなってしまったのだ?



「お前、どうしたんだ?最近様子がヘンだぞ?」
「い、いや、なんでもない。少し疲れているだけだ。気にすることはない」
「そうか?なんか最近様子がヘンだったからさ、気になってたんだよ」

 学校を出て、しばらくの間無言で歩いていたが、沈黙に耐えかねたのか、結城が話しかけて
きた。
結城……私を心配してくれていたのか?だから一緒に行こうと誘ってくれたのか?
結城……なんて優しいんだ。ダメだ、感動して泣きたくなってきた。
グッと涙を堪え、結城の横を歩く。……一緒に歩いているだけで何故嬉しく思う?
ダメだ、もう訳が分からない!ママに相談して、この症状を抑える方法を教えてもらおう。
ママは知っているのだろうか?この症状の原因を。
どのようにして相談を持ちかければいいかを考えていると、結城が話しかけてきた。

「お前、だいぶ表情が出てきたな。ちょと前までお前って人形みたいな顔してたんだぞ?
いっつも1人でさ、メシ食うのも1人だっただろ?
オレ、そんなお前が気になっててさ、だから話しかけてみたんだ。
『長宗我部元親って知ってるか?』ってな」
「そ、そうだったのか。あの時は驚いたよ。いきなり話しかけられて意味不明の単語を聞かれ
たのだからな」
「ははは!そういえばそうだな。いきなり話しかけられたら普通驚くよな?
でもオレも驚いたぜ?まさかぶん殴られるとは思ってなかったよ」
「ぐ、ぐぅ……それはもう時効という事で忘れてほしい」
「忘れるの何も昼も蹴ったじゃねぇか。あれ、すっげぇ痛かったんだぜ?」
「す、すまなかった。あの時の私はどうかしていたんだ」

 ……違う。あの時だけではない。今だってどうかしてる。
その証拠に、結城と並んで歩いているだけで、話しているだけで嬉しくてたまらない。

「お前、気絶してたオレに膝枕してくれてたんだろ?アリガトな」
「い、いや、お礼など言わなくていい。私が勝手にしたことだ、気にする事はない」
「クラスのヤツ等に聞いたんだけど、お前、ハンカチで汗を拭いてくれたんだってな?」
「あ、ああ、少し汗の臭いがしていたからな。体育の後は濡れたタオルで汗を拭き取るといい。
ところで結城はタオルを持ってきていないのか?
家には何枚も使っていないタオルがあるんだ。持ってきてあげようか?貸してあげよう」
「お?いいのか?」
「あぁ、構わない、結城には世話になりっぱなしだ。
そういえば昼食はいつもパンだな。パンばかりだと栄養が偏ってしまう。
だ、だから、その、あれだ。ゆ、結城さえよければお弁当を作ってきてあげてもいいのだが。
ど、どうだろうか?」

 な、何故だ?何故ここまで緊張する?
ただ単にお弁当を作って持って来ると提案しただけなのに、どうして緊張をしてしまうんだ?

「おおお!マジでか?マジでいいの?」
「あ、ああ、構わない。では明日から作ってきてあげよう」
「おおおお!ありがとう!マジでうれしい!島津、お前はやっぱりいい奴だな!」 

 よほど嬉しいのか、私の手を握り、ブンブンと握手をしてきた結城。
手、手を繋いでしまった!クラスメートは手を繋ぐと何かが分かると言っていたが……ダメだ!
嬉しすぎて訳が分からない!結城にお弁当を作れるのかと思うと、嬉しすぎて考えることが出
来なくなる!
……う、嬉しすぎる?な、何故そう思ってしまうんだ?何故嬉しいのだろう?
嬉しさのあまり、働かない頭で考えを巡らせていると、私の手をギュッと握ったままの結城は動
かなくなった。
しばらくギュッと手を握っていた結城は真剣な表情をし、手を離した。
いったいどうしたんだ?こんな真剣な顔は初めて見る。……い、意外と男前だったんだな。



「島津……情けない話なんだけど、今、気がついちまったよ。
さっきお前に言ったよな?お前の事が気になってたって。
お前とよく話すようになってから、もっと気になりだしたんだよ。
さっきまではお前が面白いヤツだから気になるんだって思ってた」
「お、面白い?私がか?そういえばクラスメートにもそう言われたことがある」

 結城とみんながそう言っているのだから、きっとそうなのだろう。
自分では面白いことなど何もしていないつもりなのだが、私のどういったところが面白いのだろ
う?

「でも違ってたんだよ。今、気がついた。やっと気がついたよ。
オレな、お前が気になってたんじゃない。お前が好きだったんだ」
「……す、好き?」
「あぁ、好きなんだ。お前、ヘンな勘違いしそうだから言っておくけど、L・O・V・Oの好きだぞ?」

 顔を真っ赤に染め、アルファベットで自分の気持ちを説明する結城。
LOVO?聞いた事のない英単語だな。ロボとでも読むのか?
知らないな。だが似たような単語は知っている。
その単語の意味は、愛や愛情、もしくは愛するなど、愛を伝える言葉として使われて……へ?

「ゆ、ゆゆゆ、結城?そ、そそその単語の発音は、ど、どどどどういった発音なんだ?」

 ま、まさか、まさか結城が?まさか結城が私なんかを……そんなはずはない!

「お、お前やっぱりバカだろ?せっかく勇気を振り絞って言ったのに、こんな有名な英語も知ら
ないのか?
……ラブって読むんだよ!何度も言わせんなよ、メチャクチャ恥ずかしいんだからな!
オレはな、お前が好きなんだ!愛してるんだよ!」

 大声で叫んだ結城の言葉が頭の中でグルグルと回る。
え?……好き?愛してる?
……ええ?好き?愛してる?
…………ええええ?好き?愛してる? 

「いきなりヘンな事言い出してゴメンな?でもな、オレ、バカだから、我慢できなかったんだ。
バカだから好きな子を前にして、自分の気持ちを黙っておく事なんか出来ないんだ。
ゴメンな?迷惑だろうけど、オレ、フラれるのには慣れてるから、思いっきりフッてくれ。
『このバカ!』って、ビンタでもしてくれたら、明日からはまた、今まで通りの付き合いが出来る
から。オレ、バカだから、そういうところは単純に出来てるんだよ。あはははは!」

 ……バカは私だ。言われて初めて気がつくなんて。

「……バカ。それはL・O・V・Oではなく、L・O・V・Eだ」

 ……バカは私だ。ホントにバカだ。
バカだから、こんな簡単な英単語も知らないようなバカに……



「……結城、早く結城米穀店に行こう。お前がこんな大通りで叫ぶから、私達は注目の的だ」
「へ?うお!ホ、ホントだ。メチャクチャ見られてるぞ」
「まったく……ほら、行くぞ!」

 周りから感じる視線を無視し、結城の手を握る。
結城の手を取り歩き出す。ギュッと強く握り締め、歩き出す。

「結城はホントにバカだな。結城と一緒にいると私までバカだと思われてしまうではないか」
「ぐぅ……ゴメン、よく考えたらそうだよな」
「……結城、みんなに手を繋げば分かるのではないかと言われていたんだ」
「は?なに言ってんだ?なにが分かるんだ?」

 繋いでいた手を離し、結城の腕に手を回す。そしてギュッと抱きしめる。

「ふふふふ、手を繋ぐより、こうした方がより分かる。
手を繋ぐよりもずっとこっちの方がいい。これからはこうして歩くのもいいな。
さ、行こうか。おじさんとおばさんに私たちの関係を説明しなければいけないからな」
「え?ええ?なんで腕を組むんだ?説明ってなんだ?関係ってなんだ?」

 まだ分からないのか?だからバカだというんだ!

「私も結城と同じく、つい今しがた自分の気持ちに気がついたということだ。
簡単に言えば……私も結城のことが好き、愛している。……ということだ」
「……へ?お前、ホンキで言ってるのか?オレの事が好き?お前……やっぱりバカだろ?」
「……ぷっ、あっはははは!そうかもしれないな!結城のような男を好きになったんだ。
きっと結城の言うように私はバカなのだろう。結城はバカな女は嫌いなのか?」

 結城の腕をギュッと強く抱きしめる。
ふふふふ……腕を抱きしめる。ただそれだけなのに、何故こんなにも嬉しく思うのだ?
これがきっと、恋というものなのだろうな。
みんなが言っていた意味がやっと分かった。

『この病気にはつける薬はない』
 
 当たり前だ。こんな素敵な病気に薬など必要ない。必要な物は……今、私の腕の中にある。

「し、島津……お、おお!オレ、バカな女は大好きだぞ!いよっしゃ〜!うおおおおお〜〜!」

 突然大声で叫びだす結城。こら!いくら嬉しいからといって、叫ぶんじゃない!
またジロジロと見られてるではないか!

「こ、こら!急に大声を出すな!私までおかしい目で見られるではないか!」
「お前もバカなんだろ?だったらいいじゃん。嬉しい時は叫んでもいいと思うぜ?」
「……人前でもか?」
「おお、当たり前だ。恥ずかしがってちゃバカの名が廃るってもんだろうが!」
「そ、そういうものなのか?なら私もバカらしくするかな?」

 ニコニコと嬉しそうに微笑んでいる結城の頬に、両手を添える。
私が何をするのかと、驚いている結城。私はそんな結城に顔を近づけて……ん。

「……ん。な、なかなかバカのフリをするというのも、恥ずかしいものだな。
さ、早く行こうか!おじさんやおばさんが待っている。
きちんと紹介するようにな。この人が自分の大事な彼女です、とな」

 驚きで固まっている結城の腕を抱きしめて、引っ張るように歩き出す。
ふふふふ……この『恋』という病気にはつける薬がないのではない、治す必要がないのだ。
こんな素敵な病気を治してしまうのは、もったいないではないか。



「島津っち〜、聞いちゃったよ〜。人前での告白&キス、おめでとう!」
「アタシは見たけどね〜。まさかあんな大勢が見てる前で、キスしちゃうなんてね」
「島津っちだいた〜ん。告白してすぐキスなんて、大胆すぎ〜」
「そ、その、昨日のあれは、その……からかわないでくれないだろうか?……とても恥ずかし
い」

 結局昨日は、アルバイトにならなかった。
おじさんとおばさんに、2人が付き合うことになったと報告したところ、
おばさんは大喜び、おじさんは号泣してしまい、商売が出来る状態じゃなくなったからだ。
で、その日はそのまま結城とは別れた。家に帰り、ママとパパに報告をしたらおじさん達と同じ
反応をした。
ママはとても喜んでくれ、パパは号泣をした。
『娘を……よくも娘を……』とブツブツ言いながら喜んでくれた。……喜んでくれたのだろうか?
で、翌日になって学校に来てみれば……クラスメートに囲まれた。

「いやぁ〜、でもよかったよ。島津っち、おめでとう」
「相手が結城ってのが意外だけど、天才とバカでつりあってるのかな?」
「島津っちは天才というか、天然だけどね〜。ま、友達が幸せになるのは嬉しいことだよ」
「そ、その、みんなありがとう。
クラスメートというだけで、私の相談に乗ってくれたり、心配してくれたりして……
私は今、このクラスでよかったと心から思っている」

 恋をしていると気がついていなかった私を、みんなが励ましてくれたおかげで、
応援してくれたおかげで結城と恋人になることが出来たと思っている。
いくら感謝しても感謝しきれない。本当にありがとう。

「嬉しいこと言ってくれるねぇ。心配したかいがあるってものね!
おし!じゃあさ、島津っちの恋人出来ちゃった記念で放課後にパ〜ッといかない?」
「お、いいねぇ、パ〜ッといっちゃう?」
「惚気話を聞かせてよ。島津っちの惚気、聞いてみたいなぁ」
「そうそう!結城とキスした感想とかも聞きたいしね!」

 好き勝手にワイワイと騒ぐみんな。
とても恥ずかしくて照れてしまうのだが、不思議と嫌な気はしない。

「わ、分かった。放課後にみんなでどこかに遊びに行くのだな?」
「島津っちはどこがいい?好きなところ連れてってあげるよ。
もちろんお祝いしたげるんだから、お金は島津っち持ちね?」

 みんなと遊びに行くなど……小学生低学年の頃以来だ。
小学生高学年の頃になると、みんなが私を特別扱いし、仲良くしてくれなくなった。
記憶力がいいというだけで、天才扱いをし、私を避けていった。
……そうか、だから私は結城に惹かれたのか。
結城が私を特別扱いせず、普通の女として扱ってくれたから、彼が好きになっていったのか。
人間というものは不思議なものだな。ほんの少しの変化でこうまで変わるのだから。
結城がいなければ、きっと私はこうしてみんなと話すこともなかった。
放課後に遊びに行くこともなかったはずだ。ありがとう、結城。……私がお金を払うのか?



「そ、そんなバカな?こういう時はご馳走してくれるものじゃないのか?」
「だって島津っち、アタシ達にすっごく心配させてたんだよ?そのくらいしてもらわなきゃ割に合
わないよ」
「そうそう、心配料払ってもらいましょうか?別に身体でもいいんですぜ?へっへっへっ」
「奢るのがイヤなら身体で払ってもらいましょうか?ちなみに今日の下着は何色?」
「いや、下着は白だが、その、あまり高いところは払えないので勘弁してほしい。
アルバイト代がいくらかあるから、一人1000円ほどなら払えるのだが」
「おおお!今日は白かぁ。そのうち島津っちも黒レースとかセクシー路線に走るんだろうねぇ」
「1000円かぁ。じゃあさ、カレーハウスでいいんでないかい?島津っちってカレー大好きじゃ
ん」
「お?カレーかぁ、いいかもね。カレーを前にしてのキラキラおめめの島津っちをもう一度見た
いもんね」
「じゃ、カレーで決まり!島津っち、ご馳走になりま〜す!」

 その日の放課後、以前に結城にご馳走になったカレーハウスでみんなでカレーを食べた。
色々と聞かれてしまい、とても恥ずかしかったのだが、嫌な気はしなかった。
それに私がお金を払うものだと思っていたのだが、みんながお金を出し合ってご馳走をしてく
れた。
私の恋人が出来たお祝いだと、ご馳走してくれたんだ。
みんなの優しさに涙が出そうになった一日だった。
わたしはこの2日間で初めての恋人と、大事な友人達が出来た。
これも全ては結城が私に話しかけてくれたおかげ。……長宗我部元親に感謝だな。
みんなのおかげで美味しいカレーを堪能できたし、何よりもいい情報をたくさん聞けた。
初めては物凄く痛いという意見と、そうでもないという意見があった。
みんながすでに経験しているという事に驚いてしまったが、
私のそのうち絶対に経験すると言われて少々戸惑っている。
……結城は私とえっちをしたいと思っているのだろうか?
私は……どうなのだろう?結城の事は好きだ。これは間違いない。
だが、えっちをするとなると……戸惑ってしまうと思う。
その証拠に、今結城とのえっちを想像すると……ダ、ダメだ!
よく考えたら私はえっちというものを、あまりよく知らない!
性教育で習うくらいしか知識がないんだ。こんな浅い知識で大丈夫なのだろうか?
どうしよう?友人達の話によると、男という生き物は、いつでもえっちをしたがる生き物だと言っ
ていた。
だとすると、近い将来に結城も私を求めてくるに違いない。
それまでにはそれなりの知識をつけておかねば……ママにでも聞いてみるかな?

 家に帰り、ママに聞いてみたら、初めては男に任せるのが一番いいと教えてくれた。
ただし、避妊具は必ずつけること!と念を押されてしまった。
ママは、いざという時の為、財布の中にでも入れて置くようにと、避妊具を数個くれた。
……パパはまた号泣して『……殺す……殺す』と物騒な事を呟いていた。
パパ……私を大事に思っていてくれることは嬉しいが、殺すというのは止めてほしい。
冗談だとは思うが、冗談に見えないパパの顔が少し怖い。
怖いといえば、この避妊具を使う日が来るのだろうか?いや、必ず来るのだろうな。
その時に私は……結城を受け入れることが出来るのだろうか?

 ベッドに横になり、結城からもらった携帯ゲーム機を手に、結城の事を思う。
……明日のお弁当はハンバーグでいいかな?結城、喜んでくれるかな?
結城……早く明日にならないものだろうか?
早く結城に会いたい……声を聞きたいな。

 恋につける薬、やはりあったほうがいいのかもしれない。
今の私には『恋人と会いたい気持ちを抑える薬』が必要なのかもしれない。
結城はどうなのだろうか?結城も私に会いたくて会いたくて仕方がないのだろうか?

 結城もそうであってほしい。そんな事を考えながら目を閉じる。
夢の中で結城と会えることを祈って。……結城も夢で私と会ってくれていれば、嬉しいな。




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