「本日はパーラーアクシズにご来店頂き、誠にありがとうございます。当店ではお客様一人一
人に……」
女性店員の丁寧なマイクアピールを背に、店を出る。
夜9時。仕事終わりに立ち寄った、いつものパチンコ屋。
いつものように財布を軽くした帰り道。
店を出て、駅へと向かう途中、星の見えない夜空を見上げ、ため息を吐く。
「はぁぁぁ〜……俺、何やってんだろうな。他にやることないのかよ」
今年で三十路を迎えた独身男。
30になったということは……彼女いない暦が10年を越えたわけだ。
そりゃ彼女なんか出来ないよなぁ。給料もあんまりよくないし、実家住まいだし。
何より出会いがまったくない!これが一番痛いな。……はは、そんな訳ないのにな。
会社の同期は皆結婚してる。フラフラしてるのは俺だけだ。
暇つぶしの為のパチンコで負け、ネットで趣味の合う奴らと話してダラダラと過ごす日々。
ぬるま湯に浸かっているような毎日。
仕事に生きがいを感じることが出来ず、かといってやりたいことがあるわけじゃない。
ただ無駄に時間が過ぎていくだけの毎日。変わらない日々。
「ホントに俺、何やってるんだろうなぁ」
再度ため息を吐き、駅へと向かおうとする。
……いや、今日は久しぶりに風俗にでも行くか?
こんなモヤモヤした気持ちで家に帰ってもあれだしな。おし、久しぶりの風俗に行くか!
モヤモヤした気分を晴らすため……自分に言い訳をしながら、風俗店の立ち並ぶ繁華街の外
れを目指し、俺は歩きだした。
「あ、あの、おじさん!」
賑わいを見せる繁華街の外れ、お目当ての女がいる店に向かう途中、突然声をかけられ
た。
キャバクラの呼び込みか?警察に見つかったら捕まるのに、仕事熱心なもんだな。
けど今日は残念ながら、キャバクラって気持ちじゃないんだよな。
今日はヌキたいんだよ、ちゅぱちゅぱしてほしいんだよ。
俺を呼び止める女の声を無視して店に向かえばよかったんだが、女の顔をチェックするために
立ち止まった。
俺に声をかけてきた女の顔を見る。
……いや、女じゃないな、女の子だな。
そこにはまだ幼さが残る女の子が立っていた。……怯える目をしながら。
「俺、まだ30だから、おじさんってのは止めてくれない?で、お嬢さんは俺に何のようかな?」
俺の問い掛けに、なかなか口を開くことが出来ない女の子を観察してみる。
……少し汚れた服装。後ろには大きなカバンが置いてあるのが見えた。
あぁ、そうか……この子、家出してきたんだ。
ということは……俺に援交を持ちかけるつもりか?
「あ、あの、そのですね……おじさん!あ、あたしを、あたしを……か、買って下さい!」
ギュッと目を瞑り、両手を握り締めてのストレートな援交の誘い。
普段の俺なら、警察沙汰になるのが嫌だから、軽くあしらっていただろう。
しかし俺は、少女の勇気を振り絞っての援交の誘いに興味を惹かれた。
そして今夜の俺は、今の俺に嫌気がさしていた。
……ふと、頭をよぎった。この子は、今の自分をどう思ってるんだろうな?
自分のこれからをどう考えているんだろうな?
俺は俺と同じような人間と、話がしたいだけだったのかもしれない。
自分と同じように、漠然とした不安……けど流されるままの人間と話し、安心したかったのかも
しれない。
少女と話をしたくなった俺は、少女に提案をした。
「君を買うことは出来ないけど、お腹いっぱいご飯を食べさせてあげることはできるよ。
どうだい?ファミレスで少し遅い晩ご飯でも?」
深い意味はなかった。ただ、少女と話がしたかった。そんな軽い気持ちで誘った晩飯。
この一言が俺を変えた。俺の人生を変えてくれた。どう変わったのかはまだ分からない。
だが、決して悪い方向ではない。いい方向に変わったはずだ。
俺は、この出会いで……この姉妹との出会いで人生を変えることが出来たんだ。
これが俺の物語の始まり。俺達の物語のスタートだった。
母の再婚相手だった父は、とても優しい人だった。
血の繋がっていない私達姉妹を、本当に大事に育ててくれた。
それはきっと母のことが本当に好きだったから。母のことを愛していたからだと思う。
けど母が死んでから父は変わった。……変わってしまった。
お酒に酔うことが増えた。突然壁やタンスを殴ったりするようになった。
時々、姉さんや私を叩いたりもした。……私達との会話がなくなった。
ある日、いつものように酔っ払って帰ってきた父は、以前のような優しい口調で私に話し掛け
てきた。
『久しぶりにマッサージをしてくれないか?』と。
私達は父の大きな背中が好きだった。
母が亡くなる前は、二人でよく肩を揉んであげた。だから私は喜んで肩を揉もうとした。
……とても怖い目をした父の肩を。
私は何故か寝室に連れていかれた。……服を脱ぐように言われた。
とても怖い顔で服を脱げと言ってきた父が怖くなり、嫌だと言った。
こんなのおかしいよと、父に訴えた。……叩かれた。何度も何度も叩かれた。
叩かれて、無理やり服を脱がされた。母が買ってくれた服は、父の手でビリビリに破かれた。
私はベッドに押し倒され、とても怖い目で私を見つめる父に、体を触られた。
胸や足。お尻にお腹。身体中、いろいろと触られた。
胸を吸われ、噛まれたりもした。父がとても怖くてガタガダと震え、私は声を出せないでいた。
父が怖い笑顔を見せ、スボンを脱ごうとした時に、姉さんが来てくれた。
寝室に飛び込んできた姉さんが、フライパンで父を殴り、私の手をギュッと握って寝室を飛び出
した。
姉さんは震える私に『ごめんね、ごめんね』と謝りながら、大きなカバンに私達の服を詰め、
裸の私に服を着させてくれて、父の財布を勝手に持ち出し、家を飛び出した。
私達は家から逃げ出した。……父から逃げ出した。
父は、母が死んでからお酒ばかりを飲んでいた。
だからお金はあまり持っていなかったみたい。
父から盗んできた財布のお金は、すぐになくなり、私達姉妹は無一文になった。
またあの父の元へ帰らないといけない……そう思い、震える私の手を、姉さんがギュッと握りな
がら励ましてくれた。
『お姉ちゃんに任せてね、大丈夫だから。大丈夫だから』と。
……ギュッと強く握られた姉さんの手は、かすかに震えていた。
賑やかな、夜の繁華街の外れ。
母が死ぬ前には、家族そろって何度も食事に来たことのある繁華街。
あの時は賑やかで、とても楽しいところといったイメージだった。でも今は、とても冷たく感じる。
この賑やかな街は、私達なんか、どうなってもいいと思っているんだろうな。
私はそう思いながら、姉さんの後姿を見ていた。
通り過ぎる大人たちに、 声をかけようとして、躊躇し、また声をかけようとしている。
私は姉さんが何をしようとしているのか、分かってた。
でも、止める事が出来なかった。……お金がないと、あの家に帰らなければいけないから。
親戚のいない私達には、あの家しか帰る場所がないのだから。
何度も何度も躊躇してた姉さんは、大きく息を吸い込んで、私達の前を通り過ぎようとしていた
男の人に声をかけた。
「あ、あの、おじさん!」
少し離れたところで待っていた、私にも聞こえる大きな声で。
「あ、あの、そのですね……おじさん!あ、あたしを、あたしを……か、買って下さい!」
私が想像していた言葉を口に出して。
けど私は思いもしていなかった。
この賑やかで冷たい繁華街で、姉さんがこの人に声をかけたおかげで、私達の運命が変わる
ことを。
想像なんて出来なかった。この人との出会いが、私の素敵な物語を始まりだったなんて。
これが私の物語の始まり。私と彼との物語のスタートだった。
「ほら!起きなさい!いつまで寝てるのよ!お味噌汁、冷めちゃうわよ?」
布団の中で、昔の夢を見ていた私は、姉さんの声で起こされる。
「む〜……まだ眠いぃぃ」
「もう!早く起きなさいってば!直人さんに本を貰ったからって、夜遅くまで読んでるからよ!
ほら!シャキっと起きる!美佳!いい加減に起きなさい!」
この部屋の最大権力者の姉さんは、暖かな布団を私から引き剥がし、無理やり起こそうとす
る。
「むぅぅ〜……権力の横暴だぁ〜……眠いよぉぉ」
「ほらほら、早く起きないと学校に遅刻するわよ?」
「むぅぅぅ〜……今、何時なのぉ〜?あと5分くらい寝させて……え?えええええ〜!」
寝ぼけ眼で目覚まし時計を見てみたら、朝7時40分。
いつもは7時に起きて、7時40分に部屋を出る。……まずいよぉ!これは遅刻だよぉぉ〜!
「わ!わわわ!ち、遅刻!遅刻するぅぅ〜!姉さん、私、ご飯いらないから!」
慌ててパジャマを脱ぎ、制服の袖に手を通した私を見て、姉さんはお腹を抱えて笑っている。
姉さん、妹の不幸を笑っちゃいけないと思います!
「あっははははは!直人さんの言った通りね。目覚ましを進めてて正解だったわ」
「え?直人さん?直人さんが何を言ってたの?」
直人さんの名前が出てドキリとする。
昨日会ったばかりだというのに、名前を聞くだけで、もう会いたい。
私より10歳以上年上の、とても優しい人。私達を救ってくれた恩人。……大好きな人。
今日は懐かしい昔の夢を見た。直人さんと初めて会った時の夢だ。
姉さんが裏返った声で、直人さんに話しかけたのがきっかけだった。
あれから5年。12歳だった私は、今では高校3年生になった。
17歳だった姉は、専門学校まで卒業させてもらい、専門学校で知り合った安田さんと、今年、
結婚する。
姉が結婚すれば、この5年間、2人で過ごした少し狭い部屋も、私一人で生活することになる。
姉さんと婚約者の安田さんは、一緒に住もうと言ってくれた。
私は姉さん達の生活を邪魔したくはなかった。
でも、いつまでも直人さんの優しさに甘えてはいられない。
だから姉さんのお世話になるつもりだった。でも、直人さんが止めてくれた。
『新婚生活を邪魔しちゃ悪いだろ?お金なら大丈夫だから、美佳ちゃんの好きにすればいい
よ』と。
私は凄く悩んだけど、一人で暮らすことに決めた。
姉さんには怒られちゃったけど、今まで私のために頑張ってくれた姉さんに、幸せになって欲し
かった。
姉さんの幸せな結婚生活を、邪魔しちゃいけないと思った。だから少し不安だけど、一人で頑
張ることにした。
「直人さんがね、『美佳ちゃんは夜更かしするだろうから、目覚ましを進めておいたらきっと面
白いことになるぞ』って言ってね、目覚まし時計を進めて帰ったのよ。
あ〜、慌てる美佳、可愛かったわぁ」
「へ?進めてた?……あああ〜!ひっど〜い!姉さんも直人さんも酷い!まだ7時前じゃない
ですか!」
「そ、いつも通りの時間よ。さ、早くご飯食べて学校の準備をしなさいね?」
「むぅぅ〜、今度直人さん来てくれたら、文句を言ってやるんだから!」
「はいはい、むくれてないで、さっさと食べる!……こんな調子で一人での生活、大丈夫なのか
しらね?」
「大丈夫に決まってます!私は大丈夫だから、姉さんは結婚してさっさと部屋を出て行っちゃっ
てください!」
いつもの会話。毎日続いた他愛もない会話。
けど、あと少しでこの会話も出来なくなる。……少し、寂しいな。
「……姉さん」
姉さん手作りの、直人さんのおばさん直伝のお味噌汁。
とても美味しいなめこ入りのお味噌汁を口に含み、姉さんに話しかける。
「ん?どうしたの?」
にこやかな笑顔を私に向けてくれる姉さん。そんな姉さんを見て、言葉が勝手に口からこぼ
れてくる。
「姉さん……おめでとう。絶対に幸せになってね」
思わずこぼれた言葉に、姉さんはとても優しい笑顔で頷いてくれた。
「……うん、幸せになるわ。あたしが幸せになったら、次はあなたの番。……頑張ってね」
姉さんの言葉に無言で頷き、お味噌汁をすする。……顔を真っ赤に染めながら。
「けど直人さんは強敵よぉ〜?なんせこのあたしが落とせなかったんだからね」
姉さんは、真っ赤な顔の私を見て、イジワルな笑顔で話しかけてくる。
え?落とせなかった?ま、まさか姉さんも直人さんのことを?
「あはははは、そんなにビックリした顔、しないでよ。落とせなかったって言うのは、初めて会っ
た時のことよ」
「はぁぁ〜……姉さんはイジワルです。可愛い妹をビックリさせて喜ぶなんて、イジワルすぎま
す!」
抗議のために、姉さんのお皿にあるかまぼこを一枚、口に放り込む。
「あっはははは!ゴメンゴメン。……夢でね、見たのよ。久しぶりにね、あの日の夢をね」
……姉さんも見たんだ。直人さんと出会った日の夢を。
私達2人を救ってくれた人と、出会ったあの日の夢を。
辛かったあの頃を思い出し、姉さんと2人で頑張ってきた日々を思い出した。
その姉さんもこの部屋から出て行く。……幸せを掴むために。
「……私も、見た」
「あなたも見たの?ふふふ、偶然ね」
「……姉さん、絶対に、絶対に幸せになってね」
「うん、ありがと。……美佳、泣いてないで食べちゃいなさい」
「……うん」
「ねぇ、美佳。お味噌汁、美味しいかな?」
「……うん」
「慎介さん、美味しいって言ってくれるかな?」
「……うん」
「ふふふ、ありがと。さ、いつまでも泣いてないで、早く食べちゃいなさいね」
姉さんがせっかく作ってくれたお味噌汁。涙で味がよく分からなくなっちゃった。
「おい、上杉。久しぶりにいっぱい行くか?」
午後6時。仕事を終えた同僚が、飲み屋への誘いをしてきた。しかし、いつものように俺はそ
れを断る。
「悪いな。いつも通りの万年貧乏だからさ、残業代を稼がなきゃいけないんだよ」
「また残業引き受けたのか?お前はほんっとに働くようになったよな。昔は仕事より遊びってヤ
ツだったのにな」
「え?上杉さんってそんな人だったんですか?」
入社同期である高橋の話に、驚きの声を上げる後輩。驚く後輩に、あることないことを色々と
話す高橋。
「おう、コイツは遊びのために仕事をするみたいなヤツでさ、そのうち絶対リストラされるって思
ってたからな」
「勝手にリストラ候補にすんなっての!」
「お前、倍率4倍の本命だったんだぜ?」
「おいおい、賭けが成立してたのかよ!」
「ははは、ま、無理しないように頑張れや。おし!上杉の分までしっかりと飲むぞ!」
軽い冗談を言い残し、後輩を引き連れて飲みに向かう高橋。……チクショウ!奢るとか優し
い発想はないのかよ!
俺だってな、可愛いお姉ちゃんと飲みてぇよ!お姉ちゃんのおっぱいを見ながらちびちびと飲
みてぇんだよ!
ツインテールの可愛い女の子の太ももを、撫で撫でしながら飲みたいんだよ!
むしろ撫で撫でしてほしいんだよ!太ももを撫で撫でしてもらいながら、耳元で囁いて欲しいん
だよ!
っていうか、俺、餓えてるなぁ。そういや女と最後にヤったのって、いつだったっけ?
……うわ、5年前だ。準ちゃんと美佳ちゃんに会う前だった。
そのうち俺の愛息は、腐って千切れちまうんじゃねぇのか?……ま、あの2人のためだしな、我
慢しなきゃな。
準ちゃんはいい相手に恵まれて結婚するし、後は美佳ちゃんが大学に行って卒業して、就職し
たら俺の役目も終わりだ。
……あと5年位かな?俺があの2人の世話を出来るのも。
いや、準ちゃんはもう結婚するんだから、美佳ちゃんだけか……なんかゴールが見えてきたら
少し寂しいような気がするな。
……いやいやいや!まだ安心するのは早い!大学受験には金がかかるんだから、稼がなき
ゃな!
おし!いっちょ頑張るか!頑張って稼ぐぞ!
俺は大量の資料に悪戦苦闘しながら、5年前を思い出す。
それまでのぬるま湯だった俺の人生を、変えてくれた恩人との出会いを。
5年前の繁華街で偶然知り合った2人の女の子……小日向準、美佳姉妹との出会いを思い出
した。
「驚いたなぁ。君、妹を連れてたんだね。さ、お嬢ちゃんも好きなものを食べていいよ」
援交少女を誘ってのファミレス。その少女が妹も一緒にいいですかと聞いてきた。
妹がいたことに内心驚きながらも、もちろん構わないよと、大人の余裕を見せつけた俺。
……やるな、俺!さすがは大人の男だ!
俺の言葉にその妹さんは、おどおどした目で、俺と声をかけてきた女の子を見比べていた。
しかし妹を連れて援交をしようとするかね?……それだけ切羽詰ってたのか?
「うん、いいのよ、美佳。お腹いっぱい食べようね」
「……うん」
ふぅ〜ん、この子は美佳ちゃんという名前なのか。まだ幼さの残る、年のころは12,3歳とい
った位かな?
姉と同じく、少し薄汚れた服を着て、背中には大きなリュックを背負っている。
少し表情の暗い、けどなかなか可愛い女の子だ。
もっと明るい顔をしていればかなりモテるんだろうけど、この暗い表情じゃ、あんまりモテないだ
ろうな。
「うん、たくさん食べなさい。で、君達の名前はなんていうのかな?」
嬉しそうにメニューを選んでいた、女の子に声をかける。
お互いまだ名前も名乗っていない。ま、本当の援交なら名乗る必要なんてないんだけどな。
「え?あ、あの、私の名前は、その……」
「俺は上杉直人(うえすぎ なおと)。一応まだ30歳だ。
君から見れば十分おじさんだろうけど、お兄さんといって欲しいな。で、君達の名前は?」
初対面の俺に名前を教えるのが怖いのか、躊躇する姉に、俺から名前を教える。
援交を持ち掛けといて、名前で躊躇するってのが意味が分からねぇが、ま、仕方ないだろ。
着てるものからして、家出少女っぽいからな。
「……あたしは小日向準(こひなた じゅん)。この子は妹の美佳(みか)です」
「そっか、準ちゃんに美佳ちゃんか。ま、話しはお腹がふくれた後でいいや。とりえずはお腹い
っぱい食べなさい」
話は聞きたいけど、まずは打ち解けないとな。
警戒されたままだと、なんで家出をしたのか、訳を話してくれないかもしれないしな。
……俺、なんでこんなことしてるんだろ?
援交を持ちかけてきた家出少女に飯を奢る、か。……我ながらヒマなんだな。
メニューと一生懸命睨めっこしてる妹さんに、横からこれが美味しそうねとメニューを指差すお
姉さん。
でも妹が食べる物を決めるまで、自分の食べたいものを選ばないお姉さんに好感を抱く。
「えっと……姉さん、これ、いいですか?」
「ん?どれどれ……地鶏のステーキか、美味しそうね。あたしもそれにしちゃおうかな?」
5分ほどメニューと睨めっこしていた美佳ちゃんは、メニューを指差した。
「お、やっと決まったかい?あまりに遅いから、お腹が減りすぎて、お腹と背中がくっつくところ
だったよ」
定番のギャグで場を和まそうとする健気な俺。
オヤジギャグのあとに、はっはっはと笑い、場を和まそうとする。……全然和まねぇ、なんで
だ?
「……ゴ、ゴメンなさい。せっかくご馳走してくれるのに、選ぶのに時間がかかちゃって……ゴメ
ンなさい!」
突然頭を下げる妹さん。え?なんで?なんで謝るんだ?しかも涙声だし。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ったぁ!……なんで頭下げるの?もしかして俺のギャグ、面白くなか
った?」
おかしい!俺の必殺のオヤジギャグだぞ?現役女子校生というunaさんにもウケる、とってお
きなのに!
「え?ギャグ?……冗談、ですか?……怒ってないの?」
上目遣いで俺を見る妹さん。うわ、マジでギャグと思ってなかったのか……こ、これは恥ずか
しいぞ!
「怒ってない怒ってない!ゴメンな、つまんないギャグで驚かせちゃったよな?
驚かせたお詫びで、好きなデザート食べていいから。どれでもいいから選んで食べな」
会心のスベリをみせたギャグを誤魔化すために、メニューを見せて、デザートを勧める。
食いもんで誤魔化すなんて、俺は汚れた大人だな。……誤魔化されてくれ!っていうか、忘れ
てください。
「え?でも……ケーキ、300円もします。お金が……」
「え?お金?いいからいいから、お金のことは俺に任せろって!お〜い、店員さ〜ん、注文お
願いしま〜す」
照れ隠しの為、慌てて店員を呼ぶ俺。うん、俺ってカッコ悪い!
……ギャグを本気に捉えたらいけないって、法律で決めてくれないかな?
「お待たせ致しました、ご注文はお決まりでしょうか?」
教科書どおりの対応をする店員の姉さんに、『決まってなかったら呼ばねぇよ!』と毒づきた
い気持ちを抑え、注文を頼む。
「俺はビールとから揚げセット。この子達は……2人とも、地鶏のステーキセットでいいのか
な?」
俺の問い掛けに、2人同時に頷く。……か、可愛いじゃねぇか。
「じゃ、地鶏のステーキセットを2つ。あとは……ケーキをメニューに載ってるのを全部持ってき
て」
「全部、でございますか?」
「うん、全部。甘いものは別腹っていうだろ?あれがホントかどうか、実験するの。お姉さんも実
験に協力してくれる?」
「あ、あはははは……申し訳ありません、仕事中ですので」
「あらららら、残念だなぁ。じゃ、2人には頑張ってもらわなきゃな」
引きつった愛想笑いで去っていく店員の女の子のお尻を目で犯し、見送る。
う〜ん、この店の制服はいまいち萌えないな。髪形もよくないしな。
やはり飲食業で働く女の子にはツインテールを義務付けるというwinさんの提案は、国が真剣
に検討する段階なのかもしれないな。
「あ、あの……ケーキ全部って?」
チャット仲間の素晴らしき妄想に相槌を打つ俺に、恐る恐るといった感じで話しかけてきたお
姉さ……準ちゃん。
「ん?聞いたとおりだよ。2人とも、頑張って食べてくれよ?俺、甘いの苦手だから」
「「ええええ〜?」」
仲良く驚きの声をあげる姉妹。
けどその表情は楽しそうな顔で、妹さん……美佳ちゃんのこんな楽しそうな笑顔は、はじめて
見た。
……いい笑顔だな。その笑顔を見るためならケーキ代くらい安いもんだな。
「は、はははは……すごい食べっぷりだったね。2人の協力で、甘いものは別腹ってのは立証
されたよ」
乾いた笑いで2人を見る。目の前にはテーブルに突っ伏して動かない、仲のいい姉妹が。
けどその表情はとろんと惚けており、幸せそうだ。
あれだけの量のケーキをマジで食いやがったよ、この姉妹。……別腹ってホントにあるんだ
な。
「姉さん……お腹がいっぱいで動けません」
「……あたしもよ。あたし、こんなにケーキを食べたのって、生まれて初めて」
「私もです……はふぅ〜、苦しいけど、幸せですぅ」
「あたしも……苦しいけど、幸せぇ〜」
トロンとした目で会話を続ける別腹姉妹。
やべえ!メチャクチャ面白い!……ア、アイスとかはいけるのかな?
この状態でアイスも食べたりしちゃったりするのかな?やべえ!試してみてぇ!俺、なんかドキ
ドキしてきたぞ!
「う〜ん、話を聞きたかったけど……まぁいいや。面白いものを見させてもらったし、今日はこ
れで解散しようか」
アイスを食べさせてみたい欲求を押さえ込み、大人の対応をする俺。
この状態で食えたのかな?食っちゃうのかな?試してみてぇ〜よぉ〜。
「え?か、解散?」
「そ、解散」
俺の解散と言う言葉で、また暗い表情に戻った準ちゃん。
ついさっきまでテーブルに突っ伏し、お腹いっぱいの幸せな笑顔を見せていたとは思えない表
情だ。
……しゃあねぇなぁ、乗りかかった船、だ。それにいいもの見させてもらったからな。
「食べ過ぎて苦しいだろうけど、そろそろ出ようか」
「は、はい、ご馳走様でした、上杉さん。美味しいケーキまでたくさん食べさせてもらって、あり
がとうございました。
……美佳、立ちなさい。もうお店、出るわよ。上杉さんにお礼を言いなさいね」
「は、はい、姉さん。上杉さん、お腹いっぱい食べさせてくれて、ありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ面白いもの見させてくれて、ありがとうな。じゃ、行こうか」
不安な表情を浮かべる2人を連れて、ファミレスを出る。
そりゃ、不安だよな。援交を持ちかけた見ず知らずの男に飯を奢ってもらい、お腹いっぱいに
なったはいいけど、
これから何をするのか、何をさせられるのか分からないんだからな。
ははは、2人とも、力いっぱい手を繋いでさ。……怖いんだろうな。メチャクチャ不安なんだろう
な。
何があったかは知らないけど、2人で大きな荷物背負って家出してきて、けどお金が尽きてどう
しようもなくなって。
……準ちゃん、怖いけど、妹の為にお金を稼ごうと俺に声をかけてきたんだろうな。
……いい子だな。準ちゃんは妹想いのいいお姉さんだな。
美佳ちゃんはちょっと表情が暗いけど、素直でいい子みたいだし……なんでこんな2人が家出
なんかしたんだろうな?
「さて、と。2人は家に帰るつもりとかはないのかな?」
ギュッと手を繋いだまま2人はフルフルと首を振った。
2人のその表情からは、絶対に家には帰りたくないという思いが読み取れる。
しかしなぁ……このまま2人を連れまわしてたら、俺が誘拐犯として逮捕されそうだしな。
かといって、こんな素直でいい子達を放っておけないし……しゃあねぇか。
「……そっか。なら仕方ないな。しばらく落ち着いて、自分達の今後をどうするか、考えなさい。
さ、いこうか。駅前のホテルでいいだろ?あそこは2人で一泊1万円くらいだったはずなんだけ
どなぁ」
「え?ホ、ホテル、ですか?……あ、あたしはいいですけど、妹は止めてください!
あたしは何をされてもいいけど、妹だけは……美佳だけは!」
何かを思いつめた表情で俺に詰め寄る準ちゃん。
美佳ちゃんだけはって……俺はカワイイ子は好きだけど、ロリじゃないの!
……あれ?美佳ちゃんって中学生くらいだよな?中学生はロリに入るのか?
体型は……残念ながらロリの部類に入りそうだな。
う〜ん、これは今日の議題になりそうだな。ロリとは年齢で分けるのか、それとも体型で区別す
るべきなのか。
早く家に帰ってチャットに入らないとな。今日も熱いトークで盛り上がりそうだ!
「……はははは、準ちゃんはいいお姉さんだな。美佳ちゃん、いいお姉さんを持ててよかった
ね。さ、もう夜も遅い2人ともお腹いっぱいで横になりたいだろ?
俺も家に帰って風呂に入りたいし、準ちゃんだって、シャワーでさっぱりしたいだろ?」
「そ、それはさっぱりしたいですけど……あ、あたしから声をかけておいてなんですけど、やっ
ぱりあたし……」
申し訳なさそうに視線を逸らす準ちゃん。その手は美佳ちゃんの手をギュッと握り締めてい
る。
「はははは!準ちゃん、目の前であんなに大食いされちゃ、どんな男だって性欲は失せるよ。
ま、俺は最初からそんな気はなかったけどね」
「え?えええ?で、でも、ホテルって……」
「俺さ、親元で暮らしてるんだよね。だからさ、見知らぬ女の子を泊める事は出来ないの。
ってことで、君達は駅前のホテルに泊まるように。
ホテルのフロントに何泊か連泊出来るようにお願いしてみるから。
その間に、ゆっくりと考えてみな?自分のこと、家のこと。家族のことをゆっくりと考えてみな。
相談だったらいくらでも乗ってやるからさ、身体を売ろうなんて自棄になるなよ?」
準ちゃんに携帯番号を書いた名刺を渡し、頭を撫でる。
最初は俺がなにを言っているのか理解できていないようだったが、しばらくしてようやく理解し
たのか、涙声で抱きついてきた。
「う、上杉さん……あ、あたし、あたしぃ〜!」
俺に抱きつき泣きじゃくる準ちゃんに、そんな準ちゃんを心配そうに見る美佳ちゃんを連れ
て、駅前のホテルに連れて行く。
3連泊分のお金と3日分の食費、計5万円を準ちゃんに渡し、今後のことをゆっくりと考えるよう
にと言い、2人と別れた。
もしかしたら、もう二度と彼女たち姉妹と会うことはないかもしれないと思いながら。
けど次の日に、準ちゃんから連絡が来た。少し相談に乗って欲しいと。
俺は何の相談か、よく考えもせずに、仕事帰りに彼女たちが泊まっているホテルに立ち寄っ
た。
ホテル近くの居酒屋で、2人に飯を食べさせながら話を聞いた。
……2人の話を聞いた俺は、自分の中で何かが変わったことに気がついた。
「……じゃ、なにか?準ちゃん達は、父親に暴力を振るわれていたのか?」
仕事帰りのサラリーマン達で賑わう居酒屋で、昨日知り合った姉妹の身の上話を聞いた。
妹思いの準ちゃんと、少し表情が暗いけど、素直な美佳ちゃん。こんないい子達に暴力を振る
う父親、だと?
「……はい。でも、叩かれるのはまだいいんです。
父は、叩く以外にも、その、美佳に……あたしにするんだったら、我慢できたんです!
でも美佳に……あたし、我慢できなくて……後先考えずに美香を連れて家を出たんです!」
準ちゃんの隣で、俯いている美佳ちゃん。
その肩は微かに震えており、父親にされた行為を思い出しているみたいだ。
……だからか。美佳ちゃんが暗い顔してるのは、そんな理由があったからなのか。
いくら実の子じゃないとはいえ、我が子に暴力を振るうだけでなく……自分の欲望をぶつけよう
としたのか。
こんなに素直でカワイイ子に、なんてひでぇことをしやがるんだ!
「あたし、家を出てくるときに父をフライパンで叩いて財布を盗んで出てきちゃったんです。
あたし……ドロボウ、ですよね?警察に捕まるんですか?」
膝の上に置いた両手をギュッと握り締め、ポロポロと涙を零す準ちゃん。
これからの生活が不安なのか、それとも今までの事を思い出したのか、ポロポロと泣き続け
る。
そんな準ちゃんを手を、横からギュッと強く握り締める美佳ちゃん。
美香ちゃんの大きな目には、涙がいっぱいに溜まっており、今にも零れ落ちそうだ。
それなのに、準ちゃんを励まそうとして必死に泣くのを堪えて、励ますように準ちゃんの手を握
っている。
……いい子なのに。2人とも、こんなにいい子なのに!
こんなにも妹想いで、姉想いの2人なのに!なんで酷い目に遭わなきゃいけねぇんだ?
……ふざけんな。2人の父親だかなんだか知らねぇけどよ、この2人を泣かせるてめぇはクソ
だ!俺がぶっ殺してやる!
「……もう大丈夫だ。2人で頑張って、不安だっただろ?
もう大丈夫だよ。……俺に任せなさい。
君達が安心して暮らせるように、俺が掛け合ってあげるよ。君達の父親と話してあげるよ」
「え?で、でも……」
「乗りかかった船だ。俺に任せてくれないか?」
怒りを抑え、笑顔を見せる。辛い話をしてくれたんだ、笑顔を見せて安心させてあげなきゃ
な。
「で、家はどこなんだい?俺がちょっと行ってきて、2人の父親と話してくるよ」
「え?ええ?でも……またお酒で酔ってるかもしれないし、あたしがお財布を盗んじゃったか
ら、警察に通報してるかもしれないし……」
俺の提案に視線を泳がせ、戸惑う準ちゃん。美佳ちゃんは大きな目を大きくまん丸に広げ、
驚いている。
2人の対照的なリアクションに好感を抱きながらも話を続ける。
「……なんでだろうな?2人とは知り合ったばかりだけど、力になりたいって思っているんだ」
そんな2人の頭に手を載せ、優しく撫でる。
頭に手を置いた瞬間、ビクッと身体を硬直させ、ギュッと目を瞑った美佳ちゃん。
叩かれるとでも思ったんだろうな。彼女の反応から、日ごろから暴力を振るわれていることが
分かる。
「でも、上杉さんに迷惑がかかるし……」
「いいっていいって!昨日、面白いものを見せてくれたお礼だよ。
年頃の娘2人が、お腹いっぱいになって動けなくなるまでケーキを食べるなんて、滅多に見れ
ないからね」
ニヤリと笑い、昨日のことでからかってみる。
俺の言葉に、涙ぐんでた2人は顔を真っ赤に染めて俯いた。
ははは、さすがは姉妹だな。恥ずかしがる様子がそっくりだ。
照れて顔を真っ赤に染めている準ちゃんから、2人の家の住所を聞き出すことに成功した。
準ちゃんから、家出の経緯を聞いた次の日、俺は動き出した。
俺は、2人の話を聞いて変わった、自分の中の何かに突き動かされるかのように、動いた。
会社を休み、2人の父親のところへ行き、酒に狂った父親から2人を引き取る話をつけた。
……あの人も分かっていたみたいだ。このままじゃ2人にとんでもないことをしてしまうと。
だから俺に泣きながら頼んできた。
『2人をよろしくお願いします、どうかよろしくお願いします』と。
そして、用意していたであろう封筒を渡された。
中には50万円が入っており、今用意できる精一杯のお金だと言っていた。
俺はその金を使い、すぐに2人が暮らす部屋を借りた。
部屋を決めてから、すぐに2人を連れて荷物を取りに父親が住む家に戻った。
2人は俺の背中に隠れるようについてきたんだけど……父親はいなかった。
ガランとした家具も何もない家。どうやら父親は、この家を売りに出したようだった。
ただ2人の荷物と……母親の遺影だけは残してあった。
俺達はそれを無言で持ち帰り、新しく借りた、2人が生活をする部屋に持ちこんだ。
2人はこの少し狭い部屋で始まる新しい生活に、期待で胸を膨らませ、俺に何度も頭を下げお
礼を言ってくれた。
準ちゃんと美佳ちゃんが、慣れない2人だけでの生活をスタートさせ、もう5年が経ったのか。
明日までに仕上げなければいけない書類を前に、昔を思い出していた俺。
俺がこんなに働くようになったのも、あの2人のおかげなんだよな。
あの2人の生活費を稼ぐために、メチャクチャ働くようになったんだったよな。
……2人の父親は、あの後連絡が取れなくなった。生活費を少しくらいはよこせってんだ!
そのおかげで俺が2人を養わなきゃいけなくなったんだからな!
……でもいなくなったおかげで、俺は2人とこうして付き合っていられるんだな。
あのロクでもない父親がいなくなったおかげで、俺は準ちゃんと美佳ちゃんの2人と仲良く出来
ているのか。
そう考えれば、いなくなった2人の父親に感謝、なのか?
そういや準ちゃん美佳ちゃんが2人で暮らしだした最初の頃は、ゴキブリが出たってよく電話し
てきたよなぁ。
ははは、可愛かったなぁ。鳴きそうな声で『う、上杉さん、た、助けてぇ〜!』だもんな。
それが今では……出てきた瞬間瞬殺するんだぞ?女は怖いよなぁ。
準ちゃんはお袋に料理を習ってるから料理上手になってきたし。ありゃいい嫁さんになるな。
美佳ちゃんは、出会った頃の暗い表情が、ウソのように明るくなってきた。
元から可愛かったけど、表情も明るくなったことにより、かなりのべっぴんさんになった。
女の子は短い時間で変わるよな。……正直2人ともメチャクチャ綺麗になったもんな。
そういえば美佳ちゃんには浮いた話はないのか?もう17歳だろ?高校3年生だよな?
あれだけ可愛いんだ、恋人の1人や2人いてもおかしくないと思うんだけどなぁ。
……俺も歳を取るわけだよなぁ。もう35だぜ?完璧に婚期を逃したな。
……いや!まだだ!諦めるんじゃない、まだ希望はある!
美佳ちゃんに大学に行ってもらい、おじ様スキーなお金持ちお嬢様を紹介してもらうんだ!
そう、お金持ちで、ツインテールで、ちょっと強気で、時々メガネで、スラッとした足でコキコキし
てくれるお嬢様を……
俺はまだ見ぬ恋人とのプレイを妄想し、顔をほころばせる。
やっぱニーソも入れなきゃいけないよな?
強気にツインテールは標準装備だしな!メガネは顔シャの時にかけてもらってと……
あれ?顔シャと足コキって両立するのか?出来るのか?いったいどうなんだろ?
「……上杉君、なにをニヤついているのかね?」
「……へ?あ、ぶ、部長!えっとですね、これはですね……」
俺の妄想をぶち壊す部長の声。しかも妄想中の顔まで見られちまった!
「……まぁヘンな顔をしてても、しっかりと働いてくれれば文句は無いんだがね」
「そ、それは任せてください!明日までにはこの書類、しっかりと仕上げますから!」
「うむ、頼んだよ。じゃ、私は先に帰るから」
新しい書類を俺の机に置いて、爽やかに帰っていく部長。
……さりげなく仕事を増やすなよなぁ。
……ま、金になるなら何でもしますよ、っと。
頑張って稼いで、美佳ちゃんの学費を稼がなきゃな!
美佳ちゃんには頑張って大学に進学してもらい、俺の将来の嫁となる、素敵な子を紹介しても
らわなければいけない。
そのためにも……俺がしっかりと稼がなきゃいけないんだ!
5年前、2人と知り合った俺は、小日向準、美佳姉妹のために、身を粉にして働くと決めた。
何故赤の他人の2人の為にそう決めたのか、今でもよく分からない。
しかしそう決めたことにより、ぬるま湯のような俺の人生は、刺激的でとても有意義なものに変
わった……と、思う。
このことが俺の人生にとっていいことなのか、まだ分からない。
けど俺が死ぬ時には、きっと満足して死ねると思う。
人生満足して死ねるやつなんて、そうはいないんじゃないか?そう考えたら俺って幸せなのか
もしれないな。
……さ、そろそろ気合い入れて頑張らなきゃ、家に帰るのが遅くなっちまう。
早く帰ってチャットに入り、足コキと顔シャは両立するのかを話し合わなきゃいけないからな!
unaさんならきっと分かるはずだ、ヘンタイ女子大生のunaさんならな。
……2人がunaさんのように育たなくてよかったよ。俺がunaさんの親なら号泣するな。
俺はチャット仲間に失礼なことを考えながら、小日向姉妹のため、今日も一人で残業に励ん
だ。
……2人にチャットでの俺を知られたら自殺もんだな。
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