「で、愛しの直人さんの写真はいつになったら持ってきてくれるの?」
「愛しの直人さんを秘密にしたいのは分かるけど、もういいじゃないの。アタシ達にも見せて
よ?」
「や、その、それはですね……えっとですね」

 お昼休み。姉さん手作りのお弁当を広げようとしたら、クラスメートの皆さんに囲まれてしまし
た。
はぁぁ〜……西原さんに直人さんのことを知られて以来、毎日こうです。
以前とは違い、賑やかでちょっと騒がしい気もしますけど……楽しく思っちゃってる私がいま
す。

「もぉ〜、小日向さんは恥かしがり屋さんなんだから……あ、もしかして携帯の待ち受けが愛し
の人だったりして?」
「やわ!そ、それはですね、あ、あれなんですよね!……ちょっとおトイレに行ってきま……」

 まずいです!これは非常にまずいんです!
携帯の待ち受けを直人さんとの写真にしていると知られちゃったら、皆さんに何を言われちゃう
か分かりません!
どうにか誤魔化さないといけません!

「動きが怪しすぎるわねぇ?やっぱり待ち受けにしちゃってるんだ?」
「へぇ〜、待ち受けにしちゃってるんだぁ?やっぱり小日向さんは可愛いねぇ〜」
「どれどれ〜、携帯チェックしちゃいましょうかねぇ?」
「やわわ!それはダメです!個人のプライバシーです!個人情報保護法違反です!」

 そんな名前の法律があると聞いた事があります!法律を破ると罰金です!お金取られちゃ
いますよ?
法律は弱い人を助けるためにあるんです!法律さん、助けてください!

「ええ〜?見せてくれないの?じゃあさ、ここは一つ民主主義的に、多数決で決めようじゃない
の」
「え?多数決、ですか?」

 まるで直人さんがイジワルをする時のような微笑みを見せる西原さん。
多数決ですか、確かに民主主義っぽくていいかもしれません。
皆さんも笑顔で頷いていますし、多数決でなら大丈夫かな?
え?皆さんも笑顔で頷いている?……はわ!よく考えたら皆さんも見たがってます!
多数決しても絶対に負けちゃいます!ダメです!いけません!却下です!

「ダメです!そんなの却下です!」
「多数決で決めるのがいいと思う人〜!」
「「ハイハイハ〜イ!」」

 ……数える必要すらなく、皆さん手を挙げちゃっています。
こ、これは罠です!西原さんに仕組まれた罠なんです!皆さん、罠に引っかかっちゃってま
す!

「はい、多数決で決める事になりました!では、西原さんの携帯をチェックする事に賛成の人
〜?」
「「ハイハイハイハイハ〜イ!」」

 ……何故かクラス全員が手を挙げ賛成しちゃってます。
話した事もない男子まで手を挙げちゃって……これは民主主義の暴挙です!数の暴力なんで
す!

 数の暴力に負けちゃった私は、携帯電話を取られちゃいました。
ごめんなさい、直人さん。直人さんに買ってもらった携帯を、皆さんに見られちゃいます。
……個人情報保護法さん、もっとしっかりしてください!



「へぇ〜?これが愛しの直人さん?っていうか、この写メの小日向さん、可愛いねぇ〜」
「一緒に写ってるこの人がお姉さんの準さんなの?ふ〜ん、確かに美人ね……負けたわ」
「愛しの直人さん本人は、この写メよりもう少ししょぼくれて……じゃなくて、もうちょっと大人っ
ぽいかな?」

 携帯の待ち受けを見て、好き勝手に言っている皆さん。
西原さんが皆さんに直人さんの情報を教えたりもしています。……直人さんはしょぼくれてなん
かないと思います!
皆さん好き勝手にワイワイ楽しそうに話しています。
けどこういう雰囲気は初めてで、ちょっと恥ずかしいけど、嬉しい気がします。

「ねぇ小日向さん。前から思ってたんだけど、このストラップってなんなの?
あまり可愛くないね〜。……もしかして小日向さんって、変なもの好き?」

 直人さんの写メに飽きちゃったのか、西原さんが私の携帯に付けているストラップの事を聞
いてきました。
着物を着た侍が、頭に丼を乗せ、その中にはうどんが入っている。……今思うと、確かにヘン
なストラップです。 
でも、そのストラップは、私達姉妹と、直人さんの思い出のストラップなんです。

「確かにヘンなストラップです。今はもう売っていませんし。でもこれは……思い出のストラップ
なんです」
「え?こんな変なストラップに思い出があるの?あ!もしかして愛しの直人さんに買ってもらっ
たの?」

 誰に貰ったのかをズバリ正解しちゃった西原さん。
西原さん、凄いです!クイズ番組に出れば、賞金をたくさん稼げちゃいそうです! 

「……はい、それは直人さんに初めて貰った物なんです。
直人さんが私達姉妹を連れて、初めて連れて行ってくれたドライブで、買ってくれた思い出の品
物なんです」

 そう、あれは直人さんと知り合ってまだ間もない頃です。
あの頃の私達は、まだ直人さんのことを警戒していました。そのうちイヤらしい事をしてくるんじ
ゃないか、って。
でも、直人さんはそんなそぶりも見せずに、
私達をたくさん、本当にたくさんいろんなところに連れて行ってくれました。
最近は姉さんが働きだしたせいもあり、あまり一緒にお出かけは出来ません。
でも、このストラップを見ていると、初めてのドライブを思い出します。

 そう、あれは姉さんとの二人での生活を始めてまだ間もない頃です。
三連休の初日に、直人さんが私達の様子を見に来てくれたんです。
色々な物を買ってきてくれた直人さん。なんと、お昼ごはんはピザを頼んでくれました!
美味しかったなぁ……熱々で、チーズがトロトロの美味しいピザ。
それに、なんとですよ?チキンを一緒に頼んだら、オレンジジュースが無料で付いて来るんで
すよ?
これはもう、チキンも頼まなきゃいけません!う〜ん、お店の見事な戦略にやられちゃってま
す。
でも、美味しいものは仕方がないんです!オレンジジュース、美味しいんです!

「……ねぇ、小日向さん。オレンジジュースが美味しいってなに?さっきから握りこぶしで何をブ
ツブツ言ってるの?」

 ……はわ!く、口に出しちゃってました!

「真っ赤な顔で、何を慌ててるの?ところでさ、ドライブってどこに連れてってもらったの?」
「そ、その、あれです!ちょっと考え事してただけです!……え?ドライブ、ですか?」

 そうでした、ドライブの思い出に浸っていたんでした。
そう、あれは熱々のピザをご馳走になった日に、誘ってもらったんでした。……ピザ、美味しか
ったなぁ。



「上杉さん、掃除機に洗濯機まで買ってもらって……本当にありがとうございます!」

 遊びに来た上杉さんに、深々と頭を下げる姉さん。
上杉さんと出会ってから二週間。私達姉妹の日常は、目まぐるしく変化していった。
狭いアパートに姉さんとの二人暮し。二人で布団を並べて寝るこの部屋には、必要最低限の
生活用品しかなかった。
掃除機もなければ洗濯機もない。炊飯器もないけど、冷蔵庫は備え付けの小さなものがあっ
た。
でも、中身は何も入っていない。お金がないし、私達は料理が出来なかったから。
だからご飯はいつも姉さんがバイト先から貰ってきてくれる、売れ残りのハンバーガー。
時々温かいご飯を食べたいと思うけど、今の私達にはそんな贅沢は言えない。
直人さんが住むお部屋を用意してくれた事でさえ、奇跡のような事だから。

「ははは、気にしなくてもいいよ。で、他に必要なものはないかな?」
「い、いえ!もう十分です!上杉さん、本当にありがとうございます!ほら、美佳もお礼言いなさ
いね」

 姉さんの後ろに隠れるように直人さんを見ていた私に、お礼を言いなさいと言う姉さん。
私もお礼を言いたいと思っていた。でも、この頃の私は、まだ上杉さんのことが怖かった。
……違う。大人の男が怖かったの。大人の男の人の大きな手が、父さんの手に見えて怖かっ
たの。

「あ、あの、上杉さん……ありがとうございました」

 視線を合わせないままお礼を言う。目を見たら、何を睨んでいるんだと、叩かれるかもしれな
いから。
 
「いいって、いいって。そんなに気にしなくてもいいから」

 私達にお礼を言われて、少し恥ずかしいのか、照れながら顔の前で手を振る直人さん。
そんな直人さんを見て、この時の私達は、早く帰ってくれないかなと、不謹慎なことを考えてい
た。

「そうだ!準ちゃんに美佳ちゃん。お昼は食べたのかい?まだだったら、一緒にどうだい?」
「え?お昼ごはん、ですか?まだ食べてないですけど、その、恥ずかしい話ですけど、材料とか
まったくないんです。
料理も作れないし、その……ゴメンさない!」
「ゴ、ゴメンなさい!」

 姉さんが頭を下げたから、慌てて私も頭を下げる。
この頃の姉さん、直人さんに嫌われないようにしようと必死だった。
直人さんに嫌われちゃったら、私達の居場所がなくなっちゃうから。
きっと直人さんが体を求めてきたら、応じたはず。そのくらい、姉さんは覚悟を決めていた。
そんな姉さんにおんぶに抱っこだった無力な私。
でも直人さんはそんな考えは微塵もなく、それどころか、私達を楽しませてくれる事を考えてく
れていたの。

「はっははは!ま、準ちゃんと美佳ちゃんの手料理は、そのうち食べさせてもらうとするよ。
今日のところは宅配ピザでも頼んじゃおうか」

 直人さんは、頭を下げる私達姉妹を見て軽く笑い、ピザを注文すると言ってくれたの。
ピザ……母さんが生きていた頃に、何度か頼んだ事のある、とても美味しい食べ物。
私はゴクリと唾を飲み込み、姉さんは『クゥ〜』とお腹を鳴らした。

「はっははははは!そうかそうか、準ちゃんはお腹ペコペコか!よっしゃ、今日はたらふくピザ
を食わせてやる!
この上杉直人さんに任せなさい!」

 お腹を鳴らし、恥ずかしくて顔を真っ赤に染め涙目の姉さんの頭を、くしゃくしゃと撫でながら
笑う直人さん。
笑いながら、電話でピザを注文してくれて、チキンまで頼んでくれた。
おまけで付いてきたオレンジジュースを飲みながら、姉さんと二人でLサイズを一枚食べきりま
した。
直人さん、それを見て、楽しそうにほほ笑んでいた。
『年頃の女の子二人が、我先にと争いながらピザを食べるのは、初めて見たよ』と言いなが
ら。
直人さん……今でもそれでからかうのは、止めてくれませんか?



「う〜ん……今年はどこへ行くかなぁ?準ちゃんが来れるのも多分今年が最後だし、オヤジ達
からも急かされてるしな」

 昼休み。国内旅行の情報誌を見ながら、毎年恒例のドライブで、今年はどこに行くか考える。
準ちゃんが就職するまでは、年に四、五回、オヤジにお袋、準ちゃん美佳ちゃんを連れて、ドラ
イブに行ってたんだよな。
最初は二人を敵視してたオヤジにお袋も、今では実の息子以上に可愛がっている。
ま、蔑ろにされてる実の息子は俺なんだけどな。……息子にも少しは愛情をくれよ。

「お?また親を連れてどこかに行くのか?お前はホントに親孝行だな」

 横から情報誌をぶん取り、チャチを入れる同僚の高橋。

「どうせ連れてくなら、可愛い女でも探していけばいいのにな。お前、いつまで独身を貫くつもり
だ?」
「うっせぇ!てめえのように尻に敷かれるよりはマシだ!」
「はいはい、負け犬の遠吠え遠吠え。お前、もしかしてホモか?」

 旅行誌をぺらぺらとめくり、興味なさそうな顔をして、俺に返す高橋。
勝手にホモ認定するんじゃねぇ!俺は女の子大好き人間だ!

「しっかしお前、ホントに女の噂、ないよな?マジでホモか?同期の仲だろ?オレだけに言って
みな?」
「出会いがないだけだ!出会いがあれば、俺だってなぁ!」

 そう、俺に足りないものは出会いだけなんだ!出会いさえあれば、俺も結婚して幸せな生活
を……チクショオ!

「ふぅぅぅ……なぁ上杉よ。今お前が言った事、なんていうか教えてやろうか?」

 額に手を当て盛大なため息を吐き、やれやれといった顔をする高橋。

「いーや、教えていらねえ!どうせろくでもないことに決まってんだ!」
「『出会いがない』。お前が言ったこの言葉はな……負け犬の遠吠えって言うんだよ」
「チックショォォォォォォォォォォ〜〜〜!」

 苛められた!同期の同僚に苛められた!会社での虐めだ!虐めはしちゃダメなんだぞ!

「三十を超えて彼女なし。おまけに親元住まいのクセに万年貧乏。……これを負け犬と言わず
なんと言う?」
「ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜!!」
「はぁ〜、ヤダヤダ。同期が人間じゃなく、こんな負け犬でヤダヤダ」
「……女子高生」

 あまりにも言いたい放題だから、ちょっとした復讐に出る事にした。
コイツの嫁にバレたら、離婚も有り得るとんでもない事だけどな。

「はぁ?お前、ついに頭壊れたか?女子高生って、幻覚でも見え出したか?はははっ、上杉だ
けに女に餓え過ぎだな」

 まだ俺を馬鹿にする高橋。クックック……もう許せねぇ!今の俺を止める事は出来ねぇぜ!

「……九州遠征」
「九州遠征?お前、本当にどうした……って、女子高生で九州遠征?お、おいお前!何言い出
すつもりだ!」
「……出会い系サイト」
「お、落ち着け!会社でそれはまずい!お前、オレの家庭を壊すつもりか!」
「……そして、一夜の恋。でも、体重80キ……んぐ!」
「な、なぁ上杉君!お腹、空いてるだろ?美味しい美味しいお寿司、食べたくないか?奢っちゃ
うよ?」

 封印された過去を喋られたくない為か、慌てて俺の口を塞ぎ、寿司を奢ると言い出した高
橋。
九州に行く前は、女子高生ゲットだってはしゃいでたもんな。
嫁さんには出張だって嘘ついて、いざ会ってみたら、体重80キロオーバーの横綱級!
でもそんな女とSEXするお前の冒険心に完敗だよ。
それにしても寿司かぁ……寿司を奢ってもらえるのなら、もっと早くに言えばよかったな。
寿司寿司……寿司といえば海の幸。海の幸は美味いもんなぁ。
……海の幸?それだ!今年は豪勢に海の幸を食いに行こう!
海岸沿いの道を車を走らせて、美味い物を食う!最高じゃないか!



「ふぁぁ〜……姉さん、お腹いっぱいですぅ」
「あたしもぉ〜。でもお腹いっぱいだけど……」
「はいぃ〜……幸せですぅ〜」

 美味しいピザをお腹いっぱいに食べて、床にへたり込む姉さんと私。
トロトロのチーズ、美味しかったですぅ……熱々のチキン、とても美味しかったですぅぅ。

「う〜ん、何度見ても面白いな。はは、お前等食いすぎ姉妹だな」

 く、食いすぎ姉妹?女の子に対してそれは言いすぎだと思います!

「上杉さん、ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「美味しかったですぅ」 

 満腹で動けない姉さんと私。お腹がいっぱいになるだけで、凄く幸せになれるなんて……人
間って凄いです。

「お礼なんて言わなくていいよ。お礼は……体で払ってもらうから」

 お腹いっぱいで動けない私達を見てニヤリと笑った直人さん。
今思うとあの笑顔は、直人さんが悪戯を思いついた時に見せる笑顔。
でもあの時は、ついに体を求められる時が来たんだと、物凄く怖くなったんです。
私だけじゃなく、姉さんも怖かったみたい。その証拠に、少し震える手で、私の手をギュッと握っ
てきました。

「あの、上杉さん!その、あ、あたしだけでいいですよね?美佳は……美佳はまだ中学生で
す!
お願いです、あたしだけで我慢してください!」

 震える手で私の手をぎゅっと握り、震える声で訴える姉さん。
私はそんな姉さんの手を握る事しか出来なかった。私はいつも姉さんに守られてばかり。
でも、あの時は怖くて、また父さんの時ように叩かれたりするのかなって、震えていました。

「んっふっふっふ……ダメだ。今日は二人にご奉仕してもらおうか。俺が一から全部教えてやろ
う。
なぁに、すぐに一人でも出来るようにならさ。おっと、二人でしたほうが早く終わるけどな。
ぐわぁ〜っはっはっはぁ!」

 今考えると、とても不自然な直人さんの笑い声。
でもあの時は、姉さんと二人で、ブルブル震えながら、直人さんの後について行き、部屋を出る
しか出来なかったんです。
部屋を出た時に直人さん、持ってきた手さげカバンを差し出しニヤリと笑いました。

『さぁて、二人で綺麗にしてもらおうかな?隅から隅まで丁寧に洗うんだぞ?』って。

 私は直人さんが何を言っているのか意味も分からず、ただ姉さんの手を握り震えるだけでし
た。



「美佳、そこ、まだ白いの付いてるわよ。しっかりと拭きなさいね」
「あ、ホントです。しっかりと拭いてっと……ゴシゴシゴシ、出来ました!きれいピッカピカで
す!」
「あたしも……っと!これで終了!中も綺麗にしたし、これで完璧ね!」

 ふぅ、初めてでしたけど、上手に出来ました。
……はたして上手に出来たのでしょうか?直人さんにチェックしてもらわなきゃいけません。
 
「上杉さん、言われたとおりに出来ました。これでいいですか?」

 雑巾を絞り、ドキドキしながら直人さんの判定を待つ。
私たちが精魂込めて綺麗にした自分の車をじっと見る直人さん。
洗車なんて初めてでしたから、緊張しちゃいました。
ワックスというものを初めて使いました。ヘンな匂いがするのに驚いちゃいました。

「……うん、合格だ!二人ともご苦労さん。おかげで綺麗さっぱりピカピカの新車みたいになっ
たよ」

 私たちが綺麗にした車を撫でて嬉しそうな笑顔を見せる直人さん。
その笑顔に、私たちもホッと胸を撫で下ろしました。

「しかし二人とも洗車が上手いな。これからも時々頼んじゃおうかな?」
「は、はい!いつでもします!あたし達に洗車をさせてください!」
「させてくださいです!」

 両手で握りこぶしを作り、力いっぱいお願いする姉さんと私。
直人さんの機嫌を取り、二人でも生活できるように援助してもらわなきゃいけない!嫌われた
らダメ!
この時は真剣にそう思っていたんです。直人さんに嫌われたら、私達は終わりだって。
だから、姉さんも……私も、直人さんに体を求められたら差し出そうと考えてたんです。
『お礼は体で払ってもらう』。そう言われた時、きっとイヤらしい事をされるとビクビクしてた姉さ
んと私。
……まさか洗車をさせられるとは思いもしませんでした。
そういえば直人さん、私たちが怖がっているところを見てニヤニヤしていました。……ダメだと
思います!
女の子を苛めて喜ぶのはいけないと思います!直人さんはイジワルです!

「しっかし綺麗になったなぁ。準ちゃん美佳ちゃんは洗車が上手いな。
こんなに綺麗だと、どこか遠くに車を走らせたくなるな」
「そうですね、綺麗な車に乗って、どこかに行けば楽しいでしょうね」

 姉さんが直人さんに話を合わせる。
あの時まだ中学一年生だった私は、姉さんが話しを合わせていると気づかずに、
車に乗ってどこかに行くのは楽しいのかなって思っていました。

「……じゃ、行こうか」
「え?」
「明日迎えに来るから。俺、美味しい饂飩屋知ってるんだよ。本場讃岐饂飩が食える店なん
だ。
きっと準ちゃんも美佳ちゃんもお腹いっぱい食べて動けなくなるぞ?」

 ニヤリと笑い、饂飩を食べに行こうと誘ってくれた直人さん。
きっとこれが目的だったんです。直人さん、私達をドライブに誘うため、来てくれたんです。
直人さん、いつも私たちのことを考えてくれて、とても優しいんです。
私、とても優しい直人さんが、大好きなんです。

 次の日、約束どおり、直人さんは綺麗になった車で迎えに来てくれました。……朝の六時に。
まさか本場讃岐饂飩が食べられるお店というのが、ホントの本場の香川県だとは思いもしませ
んでした。
車で長時間揺られ、遠い香川県までの日帰りドライブはとても疲れました。
でも、すごく楽しかったです!美味しい饂飩をお腹いっぱい食べて、楽しかったです!
私達を楽しませるために、ずっと運転してくれた優しい直人さん、大好きです。



「……ということがあったんです。
その時に直人さんが姉さんと私に買ってくれたのが、このサヌキチ君です。
ちなみに姉さんと直人さんも同じ物を使っています。
姉さんのストラップの名前はサヌキノスケ。直人さんのはサヌキエモンです。
でも携帯ストラップを貰っても、私たちは携帯電話を持っていませんでした。
でも直人さん、ストラップだけじゃダメだろと笑いながら、携帯まで持たせてくれたんです。
きっと最初から、携帯を持たせてくれようと考えて、サヌキチ君を買ってくれたんです。
……優しい直人さん、大好きです」

 携帯ストラップのサヌキチ君を皆さんに見せながら、初めてのドライブの思い出を話す。
楽しかったなぁ……美味しいお饂飩をお腹いっぱい食べて、とても楽しかったです。
また、どこかに行きたいなぁ……直人さんにお願いしてみようかな?

「なるほどねぇ、つまりは『優しい直人さん、大好きです』ということね」

 うんうんと頷き、簡単に纏める西原さん。……はわわ!さ、西原さん!急に何を言っちゃって
るんですか!

「んな!何を言い出すんですかぁ〜!」
「だって小日向さん、『やさしい直人さんがぁ〜だいしゅきですぅ〜!』って言ってたじゃん」
「そ、そんな風には言っていません!」
「じゃ、どう言ったの?」
「え?い、いや、それは、そのですね……や、優しい直人さんが……大好き、です……は、恥
ずかしいです!」

 い、言っちゃいました!皆さんの前で大好きなんて言ってしまいました!
こ、これは本当に恥ずかしいです……直人さんに聞かれたりしたら、恥ずかしくて死んじゃいそ
うです。

「あははははは!小日向さん、ホントに可愛いねぇ」
「真っ赤に照れて『大好きです』って……あぁもうたまんない!」
「わわ!皆さん、抱きつかないでください!って、やぁ!胸、触らないで!やん!揉んじゃダ
メ!耳噛まないでぇ〜!」

 とても美味しい、姉さん特製の手作りお弁当を楽しむはずのお昼休み。
何故か笑顔の皆さんに、もみくちゃにされちゃいました。
……胸を揉むのはダメだと思います!耳を噛んじゃうのは意味が分かりません!



23:22<anan> こんばんは
23:22管理人 |> ananさん、いらっしゃい。


 高橋に美味い寿司と酒を奢らせて、いい気分になって帰宅する。
家に帰り、風呂で汗を流した後にPCを立ち上げ、『下半身紳士同盟』のチャットチャンネルに
入る。
ふぅ〜、高橋のヤツ、気にしてることをズバズバ言いやがって!
……いかん、マジで泣きたくなってきたぞ。


23:22<gan>オコンバトラー
23:22<una>コンドームはイチゴ味がゴハンが進む!!
23:23<anan>コンドームがおかずかよ!ww
23:23<una>お尻に入れたらある意味カレー味!
23:23<gan>シモネタにも程があるww
23:23<Agi>こんばんわ
23:23<anan>今日はAgiさんの突っ込みがありませんね
23:23<Agi>もう突っ込みにつかれたお(´・ω・)
23:23<una>え?突っ込むのにつかれた?ということは、今度は突かれるほうになったんです
ね?(主にお尻のアナルに)
23:23<Agi>黙れこの腐れド変態が(´・ω・)
23:23<anan>突っ込んでるしww
23:24<gan>顔と突込みがあってないww
23:24<una>心外な!変態なんて初めて言われた!( ̄□ ̄;)!!
23:24<gan>黙れヘンタイ!
23:24<Agi>黙れ変態
23:24<anan>黙ってろHENTAI
23:24<una>わぁ〜お、3人から突っ込まれたww まるで4pだww
23:24<anan>やっぱりHENTAIだww


 コンドームがおかずって……ははは、あいかわらずunaさんは飛ばしてるな。
これで紅一点の女だってんだから、世も末だな。
さて、と。今日は高橋に傷つけられた心を癒してもらおう。
みんなに話を聞いてもらい、癒してもらうとしよう。


23:24<anan>みなさんちょっと愚痴を聞いてください。今日は同僚に苛められましたorz
23:24<una>ムチで?
23:24<gan>ロウソク?
23:25<Agi>知るかタコ(´・ω・)
23:25<anan>今日のAgiさんは冷たいおorz


 オーマイガッ!Agiさんにまで苛められてしまったよ……



23:25<una>で、どう苛められたの?っていうか、相手は女の子?
23:25<anan>いいえ、男です。結婚できない負け犬と言われて落ち込みますたorz


 くっそぉぉ〜、高橋めぇ〜。思い出しても腹が立つ!
こう見えてもな、俺はお前の嫁よりもずっと可愛い子に慕われてるんだぞ!……準ちゃんと美
佳ちゃんだけどな。


23:25<gan>女の子だったらよかったのにねw
23:25<Agi>女の子代表でunaさん、苛めてあげてww
23:25<una>さあanan、這いつくばってワンとお鳴き!ww
23:25<anan>負け犬は言いすぎですよねぇ
23:26<gan>確かに。実生活で負け犬なんてめったに言われないですよね
23:26<anan>冗談だろうけど、心に刺さるものがありましたよorz
23:26<una>あ、あれ?なんで無視するの?
23:26<Agi>気にしない気にしない!気にしちゃ負けですよ
23:26<una>無視はらめぇ〜!っていうか、こんな放置プレイはヤダヤダヤダぁ〜 ウワァァァンヽ(`
Д´)ノ
23:26<anan>ww
23:26<gan>発想の転換をすればいいんですよ
23:26<anan>発想の転換、ですか?
23:26<gan>実はその人が男装した女の子で、ananさんのことが好きで好きでたまらないんです
23:27<una>なるほど。つまりは好きな人に振り向いてほしいからつい言っちゃったってやつです

23:27<Agi>で、今頃はベッドの中でananさんに酷いことを言ったと転がりながら後悔してるんで
すね?
23:27<anan>やべぇ、萌えてきたww

 
 みんなさすがだな、高橋が実は女の子だったと妄想しろってか? 
どれどれ……ダ、ダメだ!この妄想はレベルが高すぎる!今の俺にはまだ到達できないレベ
ルだ!


23:27<una>職場では男装し、スーツできめてる彼女だけど、家に帰ればツインテールでニーソ


 ……ツインテールでニーソ、だと?


23:27<gan>ベッドの横には写真立てにananさんと撮った写真が
23:27<Agi>朝起きて「おはよう、anan。今日こそはアタシの気持ちに気づいてね?チュ」とかして
るんですよ?
23:27<una>さぁananさぬ、まだ彼女の事が許せませんか?
23:27<anan>……ちょっと告白してくる
23:27<una>おめでとう、これで君も立派なホモですww
23:27<anan>だ・ま・さ・れ・た!
23:27<gan>負け犬は放っておいて、女の子の二の腕について語りませんか?
23:28<Agi>そうですね、負け犬はのたれ死ねばいいですしね
23:28<una>今日のAgiさぬは荒れてるお。でもそれがカッコいい!(まるでゆで卵大好きの元中
日の選手みたい)
23:28<Agi>どんな褒め言葉だww
23:28<anan>のたれ死ぬのはイヤっすorz


 こうして俺は、みんなと馬鹿話をして憂さ晴らしをした。
次の日に高橋を見て、少しときめきそうになった事はみんなには秘密だ。



「う〜ん……うう〜ん」

 どうすればいいのでしょう?
学校で皆さんにドライブの思い出を話していたら、ドライブに連れて行ってほしくなってきまし
た。
直人さんと姉さん、それにおじさんにおばさんとの楽しいドライブ。
姉さんが就職するまでは、年間行事になっていました。
でも最近は直人さんと姉さんの時間が合わず、行っていません。
忙しい直人さんに、ドライブに連れて行ってくださいとお願いするのは、少し厚かましい気がしま
す。

「どうしたの?さっきからウンウン唸って……お腹でも痛いの?便秘?」
「ち、違います!少し考え事をしていただけです!」

 姉さん、下品です!下品なことを言ったら、ダメです、いけません!
慌てる私を見て、イジワルな笑顔を見せる姉さん。
最近の姉さん、イジワルなところが直人さんに似てきた気がします。

「で、何を考えてたの?あたしに相談できない事?」
「え?その……最近直人さんとお出かけしてないなぁって」
「お出かけ?そうね、最近あたしも直人さんも忙しくて、出かけてないわねぇ」

 ふぅ、とため息をつきながら、何かを考え込む姉さん。
やっぱり無理かな?姉さん、仕事も忙しそうだし、なによりも結婚間近だし。
……結婚、しちゃうんですよね。ますます一緒にお出かけできなくなっちゃうのかな?……寂し
いな。

「こら、何泣きそうな顔してるのよ?」

 コツンとおでこを叩く、優しい顔をした姉さん。な、泣きそうになんかなってません!

「泣きそうになんてなってません!イジワル姉さんは早く結婚して幸せになっちゃえばいいんで
す!」
「美佳、ありがとうね。……そうね、あたし、もう結婚しちゃうんだもんね」

 そう呟いた姉さんは、財布の中から何かを取り出しました。
それは……スーパーのポイントカードかな?もしかしてポイント貯まったのでしょうか?
た、大変です!ポイントが貯まっちゃってたら、500円の金券になっちゃいます!
おかずが一品増えちゃいます!……お刺身、食べたいなぁ。

「んっふっふっふ……美佳、これがなんだか分かるかしら?」
「え?スーパーのポイントカードじゃないのですか?……ああああ!ね、姉さんいつの間に取っ
てたんですか!」
「ふっふっふっふ……美佳と直人さんを驚かせようと考えてね、内緒で教習所に通ってたの」

 姉さんの手に光り輝く真新しい運転免許証!
免許証の姉さんの顔写真が、ちょっと緊張しているみたいでなんだか可愛いです!
だからですか!だからここ最近、帰ってくるのが遅かったのですか!
てっきり安田さんとデートしてるとばかり思っていました!

「ね、姉さん凄いです!運転免許取っちゃうなんて凄いんです!」
「どう?ビックリした?ま、オートマ限定なんだけどね。ところで、美佳。あなたのバイト代、いくら
くらい残ってる?」
「へ?あまり使っていませんから、そこそこは残っていますけど……もしかして借金して教習所
に?」
「バカ、違うわよ。あたしね、前から免許を取れたらやりたいことがあったの。美佳も協力してく
れるかな?」 

 私のおでこをコツンと叩いた後、前から考えていたというやりたいことを話してくれた姉さん。
姉さん……大賛成です!私、ヘソクリ全部出しちゃいます!

 結局この日は、姉さんと二人、旅行雑誌を開けて、どこにしようかと夜遅くまで話し合いまし
た。
直人さん、喜んでくれるでしょうか?……また一緒に写真を撮ってくれるでしょうか?
今度は二人きりで撮ってくれたら嬉しいです。



「んっふっふっふ……へぇ〜っへっへっへ」
「何だ、上杉?ニタニタ笑って……気味悪いぞ?」
「ふっふっふ、高橋よ。俺が何故笑ってるか、知りたいか?さぞや知りたいだろうなぁ?」

 会社の昼休み。昨日の夜遅くに携帯に届いていたメールを見て、ニヤニヤしてしまう。
まさかあの二人がこんな嬉しいことを考えていたとはな。

「い〜や、まったく、全然知りたくない」
「そうかそうか、なら教えてやる。ありがたく聞くがいい。
俺と仲良くしてる二人が、来月の連休に温泉旅行に連れてってくれるってメールしてきてな。
免許を取ったから、俺の車でドライブがてら温泉に行きましょうってな!いやぁ〜、うれしいねぇ
〜」

 美佳ちゃんから届いたメール。

『姉さんが運転免許を取りました。
ですので日頃のお礼もかねて、姉さんが運転する車で一泊二日の温泉旅行に行きませんか?
姉さんも私も、直人さんとおじさんおばさんの三人に、お世話になっているお礼をしたいと思っ
ています。
旅行プランは姉さんと私でたてます。旅費も私達持ちです。
旅行の際、直人さんのお車をお借りできないでしょうか?よろしくお願いいたします。 小日向
美佳』

 真面目な美佳ちゃんらしい、丁寧な文面。
そういや美佳ちゃんが顔文字や絵文字を使ってるの見たことないな。ま、美佳ちゃんらしくてい
いけどな。

「お前の車って、あの十年近く乗ってるオンボロマニュアル車だろ?ドライブなんか行って大丈
夫なのか?」
「オンボロっていうな!せめてクラシックっぽい車って言え!
その二人の姉のほうの結婚が近いからな、いい思い出になるよ」

 結婚したら、そう簡単に一緒に遊びに行けないもんな。準ちゃん美佳ちゃんも考えてたんだ
な。
ホントに嬉しいな……いい思い出になりそうだ。いかん、なんだか泣きたくなってきた。

「……お前、知り合いの子にも先を越されたのか。っていうか、知り合いに女がいたんだな。
お前が口説き落とせばよかったのに……もったいねぇな」
「ばっかやろう!なんで俺が準ちゃんを口説かなきゃいけないんだよ!
俺はあの子に幸せになってほしいんだ、俺みたいなのと一緒になったら不幸確実だろ?
……いかん、自分で言ってて泣きたくなってきた」
「……大丈夫だ。お前の分まで俺が幸せになってやるから。思い残すことなくあの世に行けよ」

 優しい笑みを浮かべ、俺の肩を叩く高橋。
……言ってる事、優しくねぇじゃん。むしろ残酷じゃねぇか!なんで死ななきゃいけないんだ
よ!

「しかしそうか、お前にも女の知り合いがいたんだな。で、他にはいないのか?」
「いるけどそれがなんだ?言っとくけど、お前に美佳ちゃんは紹介せんからな!
結婚してるヤツはお断りだ!……もしかしてお前、離婚間近なのか?人妻とのアレがバレたの
か?」
「う、上杉くぅん!面白い冗談を言っちゃって、今日はどうしたのかなぁ?あっはっはっは!」

 汗をダラダラと掻きながらの不自然な笑い。
高橋よ、それじゃ自分でやましいことをしてますと言ってる様なものだぞ?
後輩達の刺すような視線を誤魔化す高橋を無視し、準ちゃん美佳ちゃんとの温泉旅行を考え
る。
……やべえ!マジで嬉しい!オヤジとお袋もうれし泣きするんじゃねぇか?
それにしても準ちゃん、知らないうちに免許を取ってたなんて……ビックリさせようと考えてた
な?
俺の車で準ちゃんの運転で温泉旅行か……こりゃあピッカピカに洗車しなきゃいけないな。
準ちゃんが運転しての初めてのドライブなんだ、綺麗な車に乗せてやらなきゃな。


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