彼が膝に埋めていた顔を上げると、先刻から時計の針は5分程進んでいた。 どうやらうたた寝をしてしまっていたらしい。 5分前と状況はまったく変わっていない。 周囲の人間が声をかけなかったのは気を遣っての事なのか、 或いは各々の作業に没頭していて気付かなかったのか、彼には判らなかった。 どうしてだか、彼は置いていかれた様な淋しい気持ちになり、 重い腰を上げてソファを離れた。 ぺたりぺたりと自分の足音を聞きながら、今日は雨だったろうかと考える。 そう言えば彼は今日、まともに外を見ていなかった。 根を詰めすぎなのかも知れない。 うたた寝などしてしまったのはきっとその所為だ。 蛇口の下へ手を差し出すと温い水が勢い良く流れ出す。 彼は少し不快に思った。 想像していたよりも水温が高かったから。 (冷たい水が良かったのに) そう思いながらも彼はそのままざぶざぶと手を濯いだ。 時間の経過と共に、徐々に冷たくなる水に気を良くし、 掌へ受けたそれを無造作に自らの顔へかける。 その際に白いシャツも黒い髪も思うさま濡れてしまったが彼は気にならなかった。 右手で髪を掻き上げながら顔を上げると鏡の中には、 目ばかり大きな表情の乏しい男が立っている。 血色も悪い。 彼は自分の顔が好きではなかった。 しかし、だからと言って嫌いという訳でもなく。 黒目がちな瞳が馬鹿に目立つだけで美しくも醜くもない、 面白味に欠けるつまらない顔だと彼は思っていた。 普段は前髪に隠れている額が露になっているだけで、彼の顔には今日も表情は薄い。 左手で自らの頬肉をつねる様に摘み、上へと引き上げる。 向かいのつまらない顔をした男の右側の口角が持ち上がり、いびつな笑顔に似た形になった。 暫し彼はそのまま睨めっこを続けていたが、やがて興味を失ったように手を離した。 それから周囲を見渡す。 しかし彼の視界に目当ての物は映らなかった。 一瞬、洗面所の外へと顔を向け口を僅かに開いた…が面倒になったらしい。 着ているシャツの袖で水滴を拭う。 もともと湿ってしまっていたそれは充分な役目を果たしはしなかったが、彼は気にしなかった。 右手で前髪を束ね持ったままその場を後にする。 「どなたか輪ゴムをお持ちじゃありませんか」 彼は自らの顔を好きになれる方法に、気付いていない訳ではない。
04.11.21