「あんたさえいてくれるんなら、俺は他に何もいらんで」
無知故の愚かさと真摯さを孕む視線で以て、ただ真直ぐに射抜かれる。
「またその話か」
榊はうんざりとばかり溜息を吐いた。
その反応に忍足ば悔しげに唇を噛み締める。
「俺はそのぐらい、あんたを愛してるって事やん」
唇を尖らせ覗き込んでくるその面(おもて)を見つめ返した。
整ってはいるものの未だ幼さを残す表情に、榊は幾許かの苦みを伴う感情を掻き立てられる。
「自分が何を言ってるのか解っているのか?」
「解っとるもん」
「解っているなら、そんな事は軽々しく口にするな」
「せやけど、」
「侑士」
尚も言い募ろうとする少年を、制止の声と共に引き寄せる。
「お前も私も、お互いの為に全てを捨てる事など出来はしない」
「俺は出来るもん、」
「馬鹿な」
「な、」
「そんな事をされて私が喜ぶとでも思っているのか」
忍足は解っていないのだ。
未だ子供である彼は、元々手持ち等殆どない事を。
そしてその幾つかしかないものは、捨ててはならないもの、
それから榊が彼に捨てて欲しくないと思うものばかりである事を。
『君さえ在れば他は要らない』。
それは綺麗だけれど、絵空事。
実現させれば、伴う痛みもリスクも重過ぎる。
捨てさせた全てを埋めてやれると思い込む程、榊は自身を過大評価してはいない。
けれど、腕の中で蹲る恋人に悲しい目をさせたままではいられなくて。
「お前とは少し違うかも知れんがな、」
ぎゅう、ときつくしがみつく忍足の背を撫でながら、そっと耳朶へ唇を寄せる。
まるで秘め事を明かすように。
「…私は、お前のいないこの先をなど考えたくもない」
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