神尾アキラは今、ガチガチに緊張していた。
彼の目の前には程良く冷えたアイスティーが鎮座ましましている。
傍らにはご丁寧にもガムシロップ入りの小瓶と、スライスレモンの乗った小皿。
神尾はごくりと1度喉を馴らすと、意を決してアイスティーへと手を伸ばした。
ひやりとしたその感触は心地良いのだが、掴んだだけでも暑さの所為とは異なる汗が滲む気さえする。
手を滑らせたら…と不吉なイメージが過るのだ。
弁償しろ等とケチな事は言われまいが、万が一割ってしまいでもしたら良心の呵責に耐えられない。
その上先刻、「気に入りのグラスを貸してやるから光栄に思え」と言われたばかりなのだ。
これが緊張せずにいられようか。
神尾は結局伸ばした手を、恐る恐る元通り引っ込めた。
実を言うと、もうそんな事を何度も繰り返している。
「飲まねぇのか」
俯いたまま視線を上げれば、そこには見慣れた端正な面に不思議そうな表情を浮かべた男が1人。
一部始終見られていたのだろうと思うと少々恥ずかしかったのだが、
それよりも彼の目には一切が挙動不審にしか見えていないのだろうという落胆の様な諦観の様な感情に、
神尾は無言で肩を落とした。
庶民の葛藤を知る由もないナチュラル・ボーン・ブルジョワジー、
跡部景吾はただ首を傾げるばかりなのであった。
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