「白いところしか歩いちゃいけないんだよ。 黒いとこ歩いたら、落ちちゃうんだからね」 いつだったか、遊歩道を歩きながら慈郎はそう言ったのだった。 靴が、ない。 白と黒との敷石が幾何学模様を浮かび上がらせる。 左右の植え込みには手入れの行き届かない木々が生い茂って薄暗く、人気はない。 手を繋いで行くのは慈郎と忍足。 その図は足場を選り好み遅れがちになる慈郎を忍足が急かすようでもあり、 忍足を勝手に行かせぬ為慈郎が引き止めているようでもある。 「侑ちゃん、ちゃんと下見てなきゃだめだよ」 慈郎にたしなめられて忍足は、幼子を連れた母親はきっとこんな気持ちなのだろう、 とくすくす笑った。 「はいはい」 お付き合い、程度に白石を選る忍足にも、その遊びは覚えがある。 昔…とは言え小学生時分であるから精々数年前ではあるが、よく友人達とやったものである。 縁石の下が溶岩だったり、白線の外が海だったり。 日によって状況設定は違えども、 兎に角「安全地帯」と定められた場所しか通ってはいけないというやつだ。 縁石から落ちたりアスファルトを踏んだりすると 「お前死んだ!」「失格!」等と囃し立てられてしまうと言う、 極めて単純で子供らしいお遊び。 そんな他愛もない事にこんなにも真剣に取り組む、慈郎の無邪気さが微笑ましくて仕方がない。 また彼のいかにも少年然とした容姿に、それは非常に似合うのである。 「侑ちゃん、そっちだめ」 「なんで?」 「こっちのが白いのいっぱいある」 夏の夕暮れの強すぎる残光、オレンジのそれに照らされて、世界は嫌に白茶ける。 ささやかな林に増え過ぎた蝉時雨は耳を聾せんばかり。「…自分、こういうんは真面目にやりよんねんなぁ」 顧みて、軽口を叩いたその瞬間。 大地は当然の期待を裏切って、踏み出された右足を受け止める事を突然やめた。 がくりと揺らぐ視界、足元に目を遣ると。 そこにある筈の黒い敷石は闇色の虚空へと姿を変えていた。 「…っ!?」 驚きと落下の恐怖に声をなくせば、強い力で引き戻されて世界が反転する。 椪の枝先、桃色の雲、最後は空の青に盲いて。 時間が止まる。 どのくらい、そうしていただろう。 「侑ちゃんだいじょぶっ!?」 肩で息する慈郎に忍足は辛うじて頷く事で意志を示したのだったが、 余り大丈夫と言える状態ではなかった。 血液の循環が速すぎる。 耳鳴りが酷い、蝉の声が…いや、これは本物の蝉か。 慈郎に握られたままの左手は、冷たい汗でじっとり湿っていた。 「どうしたの?」 ふいに頭上からかけられた声に、2人はつられて顔を上げる。 この道で何度かすれ違った事のある、日傘を差した初老の女性だった。 「ちょっと転んじゃって、」 慈郎が簡単に事情を説明する声が、酷く遠くからのように聞こえた。 常ならばそれは忍足の役目なのだが。 それに思い当たって漸く、忍足は自分が仰臥したままであるのに気付いたのだ。 「大丈夫?」 「うん、だいじょぶ」 「そう、気をつけてね」 短い会話の後、彼女は2人に微笑みを残し去って行った。 その足は黒石も白石も区別なく踏んでいたが、危なげな所など少しもなかった。 今のは、一体…幻覚だったのだろうか? そう思いながらも、忘れていた蝉の声を再び聴覚が拾い始めた頃。 「知らなきゃヘーキなんだよ」 無言の疑問を読み取ったかのように、慈郎がぽつりと呟いた。 「侑ちゃんにも、ひみつにしとけばよかったね」 微笑みはどこか寂しげで。 幾らかの後悔さえ滲ませている。 「ごめんね、あぶない目にあわして」 もう行こう、と慈郎は立ち上がり、倒れたままの忍足の手を引く。 この、自分より少し小さいくらいの手が数分前には命綱だったのだと、忍足は改めて気付いた。 次いで、自らが仰向けている地へ目をやる。 そこは元通りに、白黒の敷石の描く幾何学模様があるばかり。 忍足を飲み込み損ねた深淵は影もなく。 「あ」 慈郎の声と、忍足が右足の違和感を覚えたのはほぼ同時。 部活後、横着してソックスを履かずにいた足は剥き出しのまま白石を踏んでいた。 「落としちゃったね、靴」 「どこ行ってもうたんやろ」 ぼんやりと首を傾げる忍足の手を引いて、今度は慈郎が先を行く。 「ブラジルとかじゃない?」
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似非雰囲気系 慈郎不思議っ子 言い訳ですが夏の終わりに書いた話で(以下略) 04.11.21戻