「何か、わからない所はないか?」


忍足はノートから顔を上げると、榊をまじまじと見た。


「…聞いたら、教えてくれるん?」


「私にわかる範囲ならばな。」


「…ほんなら、これ教えて。」


余白にさらさらと何事か書き付け、ノートをこちらに示した。
その一文を読むなり、榊は渋い表情になる。


「そういう事ではなく、」


「俺、本気やけど。」


忍足は目を逸らさない。


「…忍足。」


「苗字で呼ばんといてて言うてるやろ。」


目付きが険しくなる。
怒らせてしまった様だ。


「…俺ばっか、あんたの事好きみたいで…ムカつくんやもん。」


忍足は俯く。
逸れそうになる論点を、榊はわざと軌道修正する。


「『課題で』わからない事はないかと聞いたんだが。」


「ないわ、そんなもん。教科書見たらどうとでもなるやんか。悪いけどこれでも成績は良い方やで。」


忍足は何事もそつなく熟す方だが、それを殊更誇る事は滅多にない。
増して今の様に、傲慢ともとれる程自分の力を言葉に表して見せる等、他の生徒の前では決してしない事だ。


「勉強なんて、いくらできても意味ないわ。」


本当に知りたい事は他にあるのに、と。
年齢の割に落ち着いた、と評される事の多い忍足は今、年齢相応の焦燥に駆られている。
彼は榊の前でよくこう口にするのだ、

―――早く大人になりたい

と。


「なあ先生、…教えて?」


「…早く課題を終わらせなさい。」


「そしたら教えてくれるん?」


上目に覗く忍足に榊は嘆息して見せる。


「お前にはまだ早い。」


言って、榊はその場を離れた。
残された忍足は1人、悔しさに下唇を噛み締めた。



忍足は知らない。
先の質問に関し、彼が榊に教わる事など何もないという事を。





忍足の存在そのものが、榊の心を惹き付けて止まないのだから。










学生の内は勉強が仕事、と言いますが。 本当は社会に出てから大して役に立たない事を学ばなければならない、 という理不尽さに耐えるのが仕事なんじゃないかと思います。 …珍しくコメントまで真面目だね!(←この一言で台無し) 03.12.04

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