「ねー侑ちゃん」
「んー?」
「好きだよ」
自室のベッドに凭れてメールを打っていた忍足は、
その上で腹這いになって見下ろしている慈郎に視線を移した。
「そら、おおきに」
そう答えると慈郎は僅かに頬を膨らませる。
「ちっげーよ、そうじゃなくて!もっかい言うからね、いい?」
念を押し、再び真顔に戻ると
「好きだよ」
同じ言葉を繰り返した。
しかも今度はしっかりと目を見つめて。
先刻の「違う」の意味の解らなかった忍足は一瞬考えてから
「俺もやで」
と返してみた。
しかしそれも慈郎の気に召すものではなかったらしく、不機嫌の色はますます濃くなってしまう。
「…どないしたん、ジロ、何か怒っとんの?」
「べつに。おこってねーけど」
「怒っとるやん」
「わかんねーの?」
問うた筈が逆に問い返されて忍足は面食らう。
わからないから尋ねているのに。
「わからんて、何が?」
「侑ちゃん、おれの事好き?」
腹這いのままずりずりとにじり寄り、至近距離で忍足の顔を覗き込む。
驚いたのか、やや無理な体勢で後ろに仰け反る忍足。
「そうやて言うてるやん」
「…ウソっぽい」
慈郎は半目で睨みつけてくる。
が、忍足としてはそんな事を言われるのは心外である。
疑われる理由などないし心当たりもまるでないのだ。
「…疑うとんの?なんで?俺何かしたん?」
「侑ちゃん、おれに好きって言った事ねーじゃん」
痛い所を突かれて忍足は黙る。
そうだ。それがあったのだ。
「そ…そないな事、」
「ある」
にべもない一言であっさり退路は断たれた。
慈郎の可愛らしい大きな目は、先刻から眇められたまま元に戻らない。
「ねー、なんで?なんで言ってくんねーの?
いっつもいっつもおればっか言ってんじゃん。ばかみてーじゃん」
「…ジロが言うてくれるからええかなぁ、思て」
明らかに苦しい言い訳。
それを聞いて慈郎は、やってらんねぇとばからりにベッドへ仰向けに倒れた。
「は?何ソレ!?じゃあわかった、おれもう言わねー」
「なんでやねん」
「今侑ちゃんが言ったんじゃん!おれが言うからって。
だから、おれもう言わないからその分侑ちゃんが言うんだかんね!」
「ジロが言わんくなったら言う、とは言うてへんやん」
「あーもー!ヘリクツばっかし!」
まるで玩具売り場前の子供よろしく手足をばたつかせる慈郎。
埃が立つからやめて欲しいと忍足は思ったが、今そんな事を言おうものなら不貞腐れて帰りかねない。
慈郎はこれで意外と、不機嫌が持続するタイプなのだった。
要するに後が面倒だと言う事である。
「じゃあ、侑ちゃんにシツモンね!」
何を思い立ったのか、突然慈郎がざばりと起き上がった。
いちいちアクションが大きい。
この暑い中、後で窓を開けねばならないと思うと忍足は少々げんなりした。
「…何やの」
しかし慈郎は、そんな忍足の思いは知る由もなく続ける。
「おれが今にも死にそーだったとします!」
「はいはい」
「そんで、『さいごに1回でいいから好きって言って』って侑ちゃんに言います!」
「はいはい」
「言ってくんないと死んでも死にきれません!」
「はいはい」
「どーしますか!」
「絶対言わんわ」
慈郎の目がこれ以上ない程見開かれる。
信じられないものでも見たような顔だ。
慈郎としては今の回答からの衝撃は相当なものだったのだろう。
大袈裟に言えば絶望の一歩手前、といった感じか。
それにもお構いなしで忍足は、慈郎が大人しくなったのをいい事に窓辺へ向かった。
余程埃っぽくなったのが嫌だったとみえる。
「…なんで?」
「死にきられたら困るし」
振り絞るような口調に気付かなかったのか、忍足の返事は何気ないもの。
けれどそれの意味する所を漠然と感じ取った慈郎は、数秒の間を置いて問い返す。
「…え?」
忍足は滑りの悪いカーテンレールに気を取られながら答える。
「俺が言うたらジロ、安心して死んでまうやろ。
言わんかったら意地で持ち直しそうやもん、お前。
せやから絶対言うたらん。
俺より先に死んだら許さん」
「………うわー…!」
やっとの事で窓を開け終え振り返ると、そこには打って変わって瞳をキラキラ輝かせている慈郎。
忍足は少しばかり引いた。
「…な、なんやねん」
「侑ちゃん、今自分が何言ったかわかってる?」
「なに、て」
「今の、すっげー殺し文句なんだけど」
自らの台詞の意味に気付いた忍足が、慌て始めるまでは数秒もかからなかった。
ありがち。
04.08.30
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