微熱
「……で、Jがさあ………」
キミの口からその名前が出る度、胸が苦しくなる。今更後悔しても遅いのに。なんで参加しなかったんだろう、なんて。
「…顕ちゃん?」
ぼーっとしてしまっていた僕の顔を覗き込んで、名前を呼んだ。
「どしたの?疲れてる?」
「あ、いや……、ごめん。ちょっとボーッとしちゃって……」
夕方のレギュラー番組の仕事を終えたあと、どうしても会いたくなって。いきなり電話して、半ば強引に押しかけてしまったのは僕の方なのに。
「…風呂入って早めに寝たほうがいいんじゃない?」
「………僕、泊まるって言ってたっけ?」
遊びに行っていい? って確認の電話は入れたけど、確か泊めてくれとは言ってなかった筈だ。僕の言葉に、琢ちゃんがきょとん、とした。
「…言ってないけど、てっきり……。明日の仕事、午後からなんでしょ?」
「そうだけど…いいの?」
「うん。俺も明日は夜にラジオの録りだけだし。それにさ、もう少しで始まるんだー、イナダの芝居の稽古。そしたら当分ゆっくり会えないでしょ?」
「…ああ…、じゃあお言葉に甘えちゃおうかな。」
ナックスの中で、イナダ組に所属していないのは僕だけだ。大学生だった当時、演劇研究会の先輩だった森崎さんがイナダ組に所属していて……佐藤と僕にも『一度稽古に来てみないか』って、声をかけてくれたのだが………僕は僕で、そのとき既に別の劇団に所属していて、断ってしまったのだ。
元々不器用だし、二つ掛け持ちなんて器用なこと出来ないと思っていたから。
そう、あの時はあの時で精一杯だったんだよなあ…。で、二年後に演研に入ってきた大泉と琢ちゃんも、イナダ組の稽古に参加することになって…。その頃は琢ちゃんのことも“礼儀正しい可愛い後輩”としてか見ていなかったし、まさかこうも毛色の違う五人が意気投合して、チームナックスなんて劇団を旗揚げすることになるとは、夢にも思って無かった。
そして結果的には五人の内、僕だけがイナダ組に所属していないということになった。当時僕が所属していた劇団は解散になったが、今では僕も別の劇団の主催の一人だから、そういう点ではおあいこと言えばおあいこ。でも。例えば五人が揃うラジオ番組。イナダの稽古や芝居が始まると、話題はそこに終始する。同じ役者として、へえ、と感心したり共感出来る話もあって、それはそれで楽しい。
………楽しいのだが。
稽古のときの他愛ない笑い話や思い出話になると、僕と他の四人との間に、透明な壁が出来てしまったような………取り残されたような気分になった。
琢ちゃんと付き合い始めた今となっては、それとはまた別の意味で寂しさと焦りが生まれ初めて……こんなことではいけないと思いつつも、僕はそれらの感情を持て余していた。
先に風呂を借りて、琢ちゃんが入っている間に押入から来客用の布団を引っ張り出した。琢ちゃんのベッド脇に敷いて整え、大の字に寝転がって、溜息をひとつ。
と、裕次郎が近付いてきて、僕の胸の上にのっそりと上がった。
「……裕次郎……重い………」
僕の言葉が分かったのか裕次郎は胸から下りて、今度は僕の脇の下あたりに丸くなり、二の腕にちょこんと頭を載せた。満足そうにゴロゴロ喉鳴らしてる。おとなしくて、滅多に人を嫌わない優しい性格の猫だけど、中でも僕は割と好かれている方じゃないかって自負してる。
「………羨ましいなー、お前。そうやってるだけで琢ちゃんに無条件に愛されちゃってんだもんなあ………俺も猫に………」
なりたいな、なんて言いかけて、やっぱ嫌だと思ってしまった。だって、言葉が伝わらない。好きだとか愛してるとか、いくら伝えたくても。
それに……えっちだって。
「………そーだよなあ…。抱き締めたくても、キスしたくても……あ、キスは可能か。でも感触がなー………」
「何ぶつぶつ言ってんの? あれ? 布団敷いたんだ。」
いつの間にか風呂から上がっていた琢ちゃんが、ひょこっと顔を出して言った。
「うん、勝手に引っ張り出しちゃったよ。」
冷静に答えたが、バカ全開の呟きを聞かれやしなかったかと、内心ドキドキだった。
「裕次郎、ここにいたんだ。」
「ああ、さっきからね。」
琢ちゃんがすたすたと近付いてきて、何をするのかと思ったら………いきなり裕次郎をどけて、僕の隣に横になってしまった。さっきの裕次郎みたいに、僕の二の腕を枕にして。
裕次郎が不満そうな顔で見てる。
「たっ…琢ちゃん?」
これじゃ、布団敷いた意味が………。
裕次郎は呆れたように隣の部屋へ行ってしまった。
「…わざわざ布団を敷いたってことは、…今日はしないんだね。」
少し拗ねたような声に聞こえたのは、気のせいだろうか。
………しないんだね、って…。
「…し…してもいいの?」
どもってしまうあたりが情けない…。だって琢ちゃんも最近忙しくて、疲れてそうだったから……無理はさせたくないなって思って。
「…うん。」
琢ちゃんの声は、聞こえるか聞こえないのかの大きさで……でも、確かに頷いたから。
そっと引き寄せて、唇を重ねた。まだ濡れたままの髪からは、いい香りがしてる。僕は身体を起こし、琢ちゃんの上に覆い被さった。
琢ちゃんの目が、切なそうに僕を見上げてる。
琢ちゃんのパジャマのボタンを外していき、露わになった肌に口付けていった。乱れ始める呼吸に欲望を煽られながら、思うさま肌を貪る。
「……っ……、顕ちゃん……」
うわ言のように、小さな声で繰り返される名前。愛しくて堪らなくて、もっともっと乱したくなる。次にこうして抱き締めることが出来るのは、いつだろうか。会えない日が続いても、僕のことを少しでも思い出してくれるのかな。
「……顕ちゃん……?」
琢ちゃんの両手が、動きを止めた僕の頬を包んだ。熱に浮かされたような潤んだ目で、僕を見つめてる。
「……どうしたの……?」
「…どうもしないよ?」
笑って答えたつもりだったけれど。
「………嘘……、悲しそうな顔してる………」
顔に出る方だとは思わないんだけど………君に隠し事は出来ないね。でも、正直に話す訳にはいかないんだ。君を縛ってしまったら、君が君で無くなってしまうから。
「顕ちゃん………」
答えない僕を引き寄せて、琢ちゃんから唇を合わせてきた。
―――――琢ちゃん、ごめんね。僕はきっと、贅沢なんだ。こんな僕を、君は受け入れてくれて………こんな風に身体を重ねて、優しくしてくれて………充分じゃないか。君がこんな風に身体を許すのは、僕だけだって分かってるのに。それなのに。
「…琢ちゃん、好きだよ………」
「……俺も……、顕ちゃん……」
琢ちゃんは穏やかに微笑んで、両腕を僕の背中に廻した。子供をあやすように優しく包み込まれて、情けなさと安堵感が混じり合う。
「好きだよ、顕ちゃん………愛してる………」
いつもいつも、感じていた。琢ちゃんを抱きながら、本当に抱かれているのは僕の方なんじゃないかって………。
数週間が過ぎた。いつものFM局へ収録の為、足を運ぶ。
イナダ組の芝居も近づき始め、今日琢ちゃんが休みなのは、琢ちゃんからのメールで知っていた。今回の芝居では主役らしいから、稽古も何かと大変だろう。連日の深夜まで及ぶ稽古で、きっと他の三人も疲れているだろう。
琢ちゃんとはあの日以来、やはりゆっくり会う暇も無く………仕事で一緒になっても、殆ど話せずじまいだった。それでも、琢ちゃんにしては結構マメに、ひと事ふた事メールをよこしてきた。きっと、僕の様子がおかしかったことを心配してくれてるんだと思う。
メールの内容じたいはそのことに触れておらず、他愛のないものだったが、それが嬉しくもあり、情けなくもあり………複雑だった。芝居前に琢ちゃんの集中力を欠くようなことは、したくないから。
収録は、途中皆に『ちゃんと喋れ』だの『やる気がない』だのと相変わらずの突っ込みを入れられながらも、スムーズに終わった。この後は皆、真っ直ぐ稽古場に向かうらしい。琢ちゃんの様子が知りたかったけど、聞くきっかけも掴めず帰る仕度をしていて、ふと……大泉と佐藤の会話が耳に入ってきた。
「ほんっとあいつらはさあ……」
「暇さえありゃ、じゃれ合ってるもんな。そういやお前、あいつらと釣り行ったの?」
「…あー、あれね……行ったは行ったけど途中で抜けて来たんだ。結局仕事で。」
「音尾とJは?」
「だからほら、二人揃って稽古に遅れて来たじゃん、こないだ。」
「あー、あの日かよ!」
「釣れまくって馬鹿みたいにはしゃいで、時間忘れたーなんつってさ。」
「それで怪我してりゃ、世話ねえな。」
苦笑混じりの大泉の言葉に、思わず二人の方を見た。
「心配しなくても大丈夫だぞ? 怪我したのは音尾じゃなくてJだし。」
僕の様子に気付いて、佐藤が苦笑しながら言った。
「そうそう。怪我っていっても、岩場で足踏み外してちょっと切っただけらしいから。」
続けて大泉も。
「でも縫ったんだろ? 何針か。 それで音尾が心配して、何日かJのとこに泊まり込んだんだよな?」
話を聞きつけて、番組収録前に目を通しきれなかったメールやファックスのチェックをしていたリーダーが言った。
「ああ、二晩泊まったって言ってたっけ。Jは大丈夫だって言ってんのに、音尾がヘンに責任感じちやってなあ。」
三人の会話を聞きながら、僕は内心穏やかではなかった。怪我をしたのが琢ちゃんではなかったことと、Jも大した怪我ではなかったということは安心したのだが。また余計な感情がむくむく湧いてきて、心に暗い影を落とす。
仲のいい友達なのは、よく知ってる。Jがイナダ組に入ったのは、大泉と琢ちゃんより半年遅れくらいだと聞いた。僕と琢ちゃんが仲良くなり始めた頃と、大差は無いだろう。いや、僕よりも向こうが早いかもしれない。琢ちゃんは人当たりもいいし、僕と違って友達も沢山いる。Jだってその中の一人に過ぎないし、怪我したら心配もするだろう。それは当たり前だ。
―――――――――おかしいのは、僕だ。
目茶目茶、気持ちが沈んでいく。声だけでも聞きたいと思うけど……、こんなんじゃ、きっと心配かけて終わる。どうせ、空元気は琢ちゃんにすぐバレる。それどころか、不用意な言葉で傷付けかねない。こんなどろどろの感情は、自分一人で消化するしかない。
でも………消化出来る日なんて、来るんだろうか。好きになればなるほど、それに比例して醜い感情もでかくなってく。
もしかしたらいつか、そっちの感情の方ばかりがどんどんでかくなって、僕はただただ君を傷付けるだけの存在になってしまうかもしれない。
琢ちゃん、君は僕なんかの、どこが良くて付き合ってくれてるんだろう……。
FM局を出て駐車場へと向かう途中、電源を切ったままだっだ携帯に気付き、電源を入れた。
琢ちゃんからメールが届いていた。
『今頃収録かな? DonDon見たよ。調子悪そうに見えたけど大丈夫かな?』
………いつもの、短めのメール。もっとも、僕の返事の方が短くてぶっきらぼうだけど。
『今終わったよ。大丈夫』とだけ送信して、携帯を握りしめた。
車に乗り、溜息をひとつ。
タバコを一本取り出して火を付けた。琢ちゃんは今頃稽古の真っ最中………。僕のメールを見るのはきっと、深夜になるだろう。
一服して、何とか気持ちを落ち着かせ、エンジンをかけた。走り出そうとしたしたところで、不意に携帯が鳴って驚く。
―――――琢ちゃんからだ。
「もしもし…」
『顕ちゃん? お疲れー。今電話してて平気?』
元気そうな琢ちゃんの声に、ホッとする。
「ああ、大丈夫。そっちこそ、稽古中じゃないの?」
『休憩に入ったんだ。煩いでしょ? 後ろ。』
確かに、皆の談笑する声……というよりも馬鹿騒ぎに近い声が聞こえる。
「元気だね、皆。あ、三人とも着いた?」
『うん、たった今ね。』
『音尾ー? 誰と話してんの?』
…よりによって、今一番聞きたくない声が聞こえた。Jだ。
『仕事? 彼女?』
『るせえよ! どっでもねえ!』
しつこく冷やかすJを一喝してる。彼女じゃなくて彼氏だ! とか言ってくれたら最高なのにな、なんて馬鹿な事を考える。
『ごめん、顕ちゃん。』
「いや……」
『何だよ、安田かあ?』
…今度は大泉だ………。
『聞き耳立てるなって言ってんだろ! あーもう、顕ちゃん、今日は早めに寝る?』
「…何で?」
『稽古終わったらかけなおすからさ。でも多分遅くなるから、寝るときは留守電にしといてくれる? 明日にでもかけなおすから。』
「ああ、いいよ何時になっても。じゃあ、待ってるから。」
電話を切って時計を見ると、九時を回ったところだった。稽古が終わるのは、多分一時過ぎか二時過ぎになるか………どっちにしたって明日は午後から仕事だし、起きてても障りはない。
僕は車を走らせ、家路に着いた。
家に着き、ひとっぷろ浴びて、久しぶりに酒を飲みつつ録りためたビデオをチェックしてみる。洋画や邦画、自分の出てくるバラエティ番組まで、録画していたのをすっかり忘れていたものが次々出てくる。早送りでチェックしていて――――――琢ちゃんの出番のところで再生ボタンを押す。
楽しそうに笑ってる。僕の大好きな、全開の笑顔………。こんな風に笑う君の傍に、いつも居たい。いつもこんな風に君を笑わせて、幸せにしてあげられたらいいのに。
でも現実は逆。君の笑顔と存在に励まされ、元気を貰う。いつもそう。
僕は後ろ向きで、すぐマイナス思考になってしまうから………だから君に惹かれたんだと思う。前向きで、明るくて優しい君に。
そのままぼんやりとビデオを見ていて、気が付くと一時半を過ぎていた。そろそろ稽古が終わる頃だろうか。平日だし、会社勤めの人達が大変だから。
それにしても、待ってるとは言ったものの、流石に眠くなってきた。もう少し待って、二時過ぎても来なかったら寝よう………。
結局その日も次の日も、電話もメールも来なかった。
忙しいんだし、仕方が無いとは思うけど………正直、ちょっと淋しい。自分も忙しければ大して気にもならないのだろうが、こんな時に限って、特に忙しくもない。
自分からかけようかとも思ったけど、かけると言ってかけてこないくらいだから、どうも気が引けてかけられないでいた。まあ今度のラジオの収録は休むとも言ってなかったし、少しくらいは話せるだろう。
そんな事を考えつつ、今夜は大泉とのラジオの収録。いつもは生放送だが、スケジュールの都合がつかず、次回分を録音することになったのだった。
―――――そこで、聞きたくもない事実を大泉から知らされた。
「そういやこの前さ、音尾から電話行かなかったろ?」
「………ああ。」
何でそんなこと知ってるんだと思いながら、憮然と答えた。
「稽古は一時頃終わったんだけど、あいつその後Jを送ってって、ちょっと一服させて貰うつもりで上がり込んで………気が付いたらそのまま寝ちゃってたんだって。」
僕の胸中を知らない大泉が、あいつはバカだねー、なんて言いながら笑ってる。
「まあ、仕方無いよ…疲れてるんだろうし。…それで昨日の稽古は?」
必死に感情と声を抑えて平静を装い、聞いた。
「ああ、九時頃からやっと皆集まり出して、二時頃までやったかな。でも音尾は昨日仕事が無かったらしいから、そのまんまJんとこで寝倒したって、ぴんぴんしてたぞ?」
――――――その後も大泉は何か喋っていたが、もう耳に入らなかった。僕が待ってる間、ずっとJといたんだ………。
収録を終え、真っ直ぐ家へ帰って酒をあおり、ふて寝同然にベッドに潜り込んだ。眠くはなかったけれど、起きていれば余計な事を考えてしまう。醜い感情に支配される前に、眠ってしまいたかった。なのにこんな時に限って、携帯が鳴りだして。恐る恐る手に取ってみると、琢ちゃんからだった。それもメールではなく、電話。表示画面の琢ちゃんの名前を見つめたまま、僕はしばらく動けなかった。
「…もしもし……?」
散々悩んだ後で、ようやく通話ボタンを押した。
『…顕ちゃん? もしかして…寝てた? ごめん。』
心配そうな琢ちゃんの声。とても愛しくて―――――――切ない。
「いや……、で、どうしたの?」
『ごめん、この前電話出来なくて…』
本当に申し訳なさそうに琢ちゃんが言った。いつもの僕なら『気にしなくていいよ』って言ってた筈だ。でも口を突いて出た言葉は。
「…出来なかったんじゃなくて、しなかったんでしょ?」
『…顕ちゃん……?』
「今も稽古場でしょ? いいんだよ忙しいのに無理しなくて。」
余計な話を聞いてしまったことと、酒が入っていたのとで、自分を抑えられない。かなりつっけんどんな言い方をしてしまった。
『…顕ちゃん…、あのっ…今から会いたいんだ。ダメかな。』
「……稽古、あるんでしょ?」
琢ちゃんの意外な言葉に驚いてしまったが、また期待を裏切られるのが嫌だった。
『…いま、まだ家にいるんだ。そっち行っていいんなら、今日は休む。』
「――――――何言ってんの? 初日も近いのに。」
『…迷惑かな…』
「…分かった。いいよ。」
琢ちゃんは今すぐ出ると言って、電話を切った。押しの強さに負けてしまったが、正直不安で仕方無い。こんな精神状態で会ってしまっら、酷いことを言ってしまいそうで。会える嬉しさも勿論あるけど………今の僕は、優しくなんてなれないから。
三十分程経って、玄関のチャイムが鳴った。何とか気持ちを落ち着かせてドアを開けると、少し切なそうな表情で、息を弾ませた琢ちゃんが立っていた。
「入りなよ。」
一言だけ言って、琢ちゃんを中へ招き入れる。琢ちゃんは無言で部屋の中に入り、僕の方へ向き直った。
「…ちゃんと顔見て謝りたかったから……。ごめん…いきなり押しかけて。」
すまなそうな顔をしながら話す琢ちゃんを見てられなくて、僕は俯いた。
「稽古の後、Jを送ったら電話するつもりだったんだ。Jいま足怪我してるから、部屋まで肩貸してあげて…ちょっとだけ休ませて貰ってるうちに寝ちゃってて。目覚めたら三時過ぎてて、もうさすがに寝てるだろうなって思って…。次の日は急に仕事の予定が変わったって連絡入ってオフになったけど、どうせ夜は稽古だからJと行こうと思って、そのままずっと寝かせて貰ってたんだ。それで……。ごめんね、ほんとに。」
全部、皆から聞いた話と同じ。
「………謝って欲しい訳じゃないよ………」
「…え……だって……俺約束破ったし、だから…」
「違うよ。苛立ってるのは、琢ちゃんにじゃない………大体の話は皆から聞いてたし、忙しくて疲れてるのだってよく知ってた…」
困惑した顔で、琢ちゃんがじっと僕を見つめてる。
「悪いのは僕で、さっきの電話は………八つ当たりだ。自分で消化しなきゃいけないのに……」
「顕ちゃん……?」
「…分かってるんだ、自分でも……おかしいって…。なのに…どうすることも出来ないんだ……」
琢ちゃんの両手が伸びてきて、僕の両腕を掴み、引き寄せられた。
「…ね、顕ちゃん……俺を見て…? 俺に分かるように言って……?」
僕の顔を覗き込み、優しく問い掛けられて……僕は恐る恐る視線を合わせた。
切なそうに僕を見つめる琢ちゃんの目は、綺麗で。僕がつまらない嫉妬心に振り回されてるなんて、考えもしないだろう。
僕は頭を左右に振った。
「……分かるように話したら、困るのは琢ちゃんなんだよ。」
「……聞かなきゃ分からないよ、そんなの……」
言える訳ないじゃないか。Jはただの友達なんだって、僕だって分かってる。それなのに淋しいと感じたり、嫉妬したり。
おかしいじゃないか。自分でおかしいって分かってて、それを君に言える訳ないだろう?
「…顕ちゃん……、上手く言えないんだけどさ…。俺ね、顕ちゃんの綺麗なとこばっかり見ていたくて、一緒に居るんじゃないんだよ……? どんな顕ちゃんも顕ちゃんだし、俺、好きだよ? 俺だって顕ちゃんを守りたいし、……幸せにしたいって思うんだよ……。分かるかなあ…」
黙ってしまった僕を、琢ちゃんは優しく抱き締めた。
『どんな僕も僕』だって、君は僕を受け入れられるって言うの……?
「……嫉妬、だよ……」
僕は琢ちゃんの肩口に顔を埋め、目を瞑った。琢ちゃんは何も言わず、じっとしてる。
「琢ちゃんと時間を共有出来る、僕以外の人間が妬ましいんだ。……こんなの、おかしいよ……。こんな気持ちは自分で何とかしなきゃって…、でないと琢ちゃんを傷付けることになるって……。現にさっきの電話だって、あんな言い方………」
情けなくて、涙まで出てきた。琢ちゃんはどう思ってるだろう。呆れてるのかもしれない。
「………顕ちゃん…」
でも僕の意思に反して、背中に廻された腕には力が込められた。
「……それでずっと悩んでたんだ…。馬鹿だなあ顕ちゃん……」
琢ちゃんの声はとても穏やかで。
「好きになるとさ、誰だってヤキモチくらい焼くよ? そうやって自分を追い詰めること無いのに……。顕ちゃん俺に何も言ってくれないんだもん…。言わないで、いっつも一人で勝手に悩んで……。さっきも言ったでしょ? 綺麗なとこばっか見ていたい訳じゃないんだって。色んな顕ちゃんを知りたいし、………愛したいんだよ……」
言い淀んだ最後の呟きは、とても小さな声だったけれど………切ないくらい、僕の胸に響いた。
僕は顔を上げ、琢ちゃんからそっと離れて顔を見た。今度は琢ちゃんが恥ずかしそうに俯いてしまい、頬を赤く染めたまま、言葉を続けた。
「だって一緒に生きてくって、そういうことでしょ? ……俺だって、だらしないとこも自分勝手なとこも……欠点いっぱいあるし、でも顕ちゃんは好きだって言ってくれたじゃないか……。俺も、ありのままの顕ちゃんが好きなんだよ。お願いだから、俺のことでそんなに気負わないでよ……」
「………こんな僕で、琢ちゃんはほんとにいいの……?」
琢ちゃんの言葉が嬉しすぎて、―――――――信じられなくて。
「…そんなの、今更だろ……聞かなくたって。」
更に顔を赤くして、琢ちゃんが言った。俯いたままの琢ちゃんの顔を上向かせ、そっと……唇を重ねた。
「…僕、今すごく琢ちゃんが欲しいんだけど……ダメかな……」
忙しい合間を縫って来てくれたんだから、断られるのは承知で言ってみた。
琢ちゃんはまた俯いてしまった。そして小さな声で答えた。
「………………ダメ……」
………やっぱりね。
苦笑して、琢ちゃんを抱き締めた。
「…じゃない………」
………え? 琢ちゃん……?
「…ダメじゃ……ない………」
琢ちゃんはもう一度繰り返して、顔を上げた。
「…自分から聞いといて、信じられないって顔するなよな……。けど、汗かいちゃって汚いから……その前にシャワー、貸して……」
「それはいいけど…僕、今日は…その……、手加減出来る自信ないよ?」
本当に、自分自身どうなっちゃうのか分からないから。
「……うん……。いいよ………」
琢ちゃんは少しはにかんだように……でも、穏やかに微笑んで答えた。
風呂上がりの琢ちゃんの体は、あったかくて……まだしっとり濡れてて、石鹸のいい匂いがした。
息の乱れはじめた琢ちゃんの体を、強く抱き締めてその肌に口付けながら、じわじわと欲望に支配されていく自分を感じる。
「…っ、あ………」
胸の突起を吸い上げ甘噛みを繰り返すと、切なげに眉が寄せられた。声を漏らすまいと必死に唇を噛みしめ、両手はシーツを握っている。
そんな姿を見せられたら、余計に苛めたくなってしまう。
「あ、っ……! や………」
琢ちゃん自身をやんわりと握り、緩急をつけて扱いた。琢ちゃんの体が跳ね上がり、シーツを握る手に、更に力が込められる。
「や……、顕ちゃんっ……」
琢ちゃん自身の先端は、濡れ始めていて……僕は舌先でそれを掬うように舐め上げ、琢ちゃん自身を口に含んだ。
琢ちゃんの呼吸が激しく乱れた。
「やだっ……あ、あっ……」
まだ生乾きの髪が打ち振られて、ぱさりと音を立てる。シーツを掴んでいた手が、僕の髪を弱々しく掴んだ。身体ががくがくと震えてる。
「……だ……顕、ちゃ……!」
僕は、限界を迎えようとしている琢ちゃん自身から顔を離し、その根本をきつく握った。
「―――――――っ!!」
イきたくてもイけない苦しさで、琢ちゃんの体がのたうつ。目尻に涙が滲んで、瞼が震えてる。
「琢ちゃん――イきたい――?」
辛い状態なのは良く分かってる。分かってて、わざと聞いた。琢ちゃんは薄目を開けて、僕を見上げた。責めるような目をしているように見える。
「…言ってみて? イかせて、って………」
「…や…だっ……離して…っ……」
琢ちゃんの頬を涙が伝い落ちる。……いやらしくて、とても綺麗だ。
僕は更に強く、手に力を込めた。
「…あ…――――――――っ!!」
「ほら…言って? 言わなきゃ、ずっとこのままだよ………?」
琢ちゃんの耳元で、吐息混じりに意地悪く囁いた。琢ちゃんの体が、びくっと震えた。
「…っ……顕ちゃん………」
「…何……?」
「………いかせてっ……も、やだぁ…っ……」
涙混じりの可愛い声に満足して、僕果てに込めていた力を抜いた。
「―――――――――!」
僕の手の中に欲望を吐き出して、琢ちゃんはぐったりと身体を投げ出したまま、激しい呼吸を繰り返してる。
その脚を開かせ、琢ちゃんの吐き出したもので濡れた指を、最奥へ差し入れた。一瞬琢ちゃんの身体が硬直する。
「……っ…!!」
二本の指で内壁を擦り、刺激を与えた。
「あ、やっ……だめっ………」
「…気持ち……いい…?」
くちゅくちゅと淫猥な音を立てながら差し入れた指を動かすと、苦しそうに身体を捩り、息を詰めた。止まりかけていた涙が、また頬を濡らしていく。
「…い…やっ……あ……顕ちゃんっ……!」
僕だけに見せる表情。僕だけが聞ける声。もっともっと乱して………狂わせたい。
琢ちゃんのそこは僕を受け入れるのに充分なくらい、柔らかくなってて………僕は、指をもう一本増やして、更に奥まで突き入れた。
「ああっ……! や、あ……!」
喉を反らせ、シーツを握り締める手が白くなってる。
琢ちゃん自身がまた熱を持ち始めていた。指で内側に刺激を与え続けながら、その先端をそっと舐め上げてみた。
「ひあっ……!!」
びくん、と身体が跳ね上がり、先端からは先走りの滴が滲み出してきている。
「い…やあっ…! 顕ちゃんっ……」
琢ちゃんが、小さく震えながら僕を見た。最初に見せた、責めるような目ではなく………切なげな、ねだるような目。
「欲しいの……?」
僕の問いに、琢ちゃんは眉を寄せて、ぎゅっと目を閉じ唇を噛みしめて、こくりと頷いた。
僕は琢ちゃんの中から指を引き抜き、汗ばむ身体を抱き寄せた。
「…………?!」
琢ちゃんの身体を抱いたまま、反転した。僕と琢ちゃんの態勢が入れ替わり、琢ちゃんは僕の上で戸惑いの表情を見せている。その頬にそっと右手を伸ばし、触れた。
「…おいで……」
僕の言葉に、琢ちゃんは信じられないって顔をした。
「おいでよ……琢ちゃん…。欲しいんでしょ…?」
わざと挑発するように笑って、もう一度言った。琢ちゃんは顔を赤くして身体を起こし、少しためらった後…………僕の上に跨った。よっぽど恥ずかしいらしく、泣きそうな顔をしてる。
可愛くて、余計欲望を煽られる。
「おいで……」
琢ちゃんは目を瞑って俯いて、ゆっくりと腰を落とした。
「っ、ぁ………」
小さく喘いで僕のものを根本まで収めきり、ほっと息をついた。小さく震えながら目を開けて、困ったように僕を見る。
切なそうに濡れた目がとても艶っぽい。
僕は両手で琢ちゃんの腰を支えた。
「恥ずかしい…? 琢ちゃん……」
琢ちゃんは唇を噛みしめて、小さく頷いた。
「可愛いよ………すごく………」
琢ちゃんの目からまた涙が溢れ、僕の肌を濡らした。そんなに恥ずかしいなら、拒否するなり怒るなり、したっていいのに。君はいつもそうやって、僕のことを受け入れてくれちゃうんだね。
「…! あ…あっ…!! や、あ……!」
ゆっくりと、突き上げてみた。
前屈みになっていた琢ちゃんの身体が、反り返った。琢ちゃんのそこが、じわりと僕にまとわりついて締め付けてくる。
すごく……いい。
「…好きなように動いてみなよ、琢ちゃん……」
「ゃ…ぁ…、そんなの、でき…な……!」
僕に突き上げられるがままに身体を揺らし、頭を左右に振った。恥ずかしがってても、琢ちゃんのそこは貪欲に僕に絡み付いて……琢ちゃん自身も、張り詰め始めてる。
琢ちゃんの腰を支えていた手で、そっとそれを握り込んで扱いた。
「やっ……! 顕ちゃん……っ…だめぇっ……!」
手に力を込める度、琢ちゃんの内壁はきつく僕を締め付けた。僕も限界が近付いていた。
恥辱と快感に震える琢ちゃんは、とても綺麗で可愛くて。こうして見てるだけで、イきそうになる。
僕は琢ちゃん自身を扱く速度を速め、更に激しく突き上げた。ベッドのスプリングの音が、キシキシと響く。
「ああっ…! や、いやっ……いっ…ちゃ……!!」
激しく乱れる呼吸。僕の頭の中も白く霞み始める。
「イっちゃいなよ……琢ちゃん……」
「っ…――――――ああっ…………!!」
「――――――…っ!」
――――――一瞬、吹き飛ぶ意識。琢ちゃんが頂点に達するのと同時に、僕も琢ちゃんの中に全てを吐き出した。
意識を失いかけて、琢ちゃんは僕の胸にぐったりと身体を預けた。激しい鼓動が伝わってくる。愛しくて堪らなくて、まだまだ解放する気になれない。
「…顕…ちゃん……抜いて………」
僕のものは、まだ琢ちゃんの中に収められたままで。
呼吸の整い始めた琢ちゃんが、恥ずかしそうに小さな声で言った。
「…まだ、駄目。もっと…このまま、…琢ちゃんが欲しい………」
言いながら、琢ちゃんの背中を抱いていた手を、するりと下へ撫で下ろした。自分でもどうかしてると思う。
「顕…ちゃん…?!」
琢ちゃんが驚いてる。当たり前だよね。こんなことするの、初めてだの。僕だって信じられない。
「もっと、見たいんだ………琢ちゃんの、感じてる顔………」
「…顕ちゃん……、嘘、早…っ……!」
僕のが、また張り詰め始めていた。琢ちゃんを支えながら上体を起こし、そのまま琢ちゃんの身体を仰向けに押し倒した。震える唇に口付け、激しく貪り合う。
「……ほんとに……抑え、きかない……。ごめん……」
「ばかっ…謝んないでよっ……余計恥ずかしいだろっ……」
顔を赤くした琢ちゃんが涙目で答えた。
可愛くて、もう一度口付けた。
琢ちゃんの両腕が僕の背中に廻され、僕もきつく――――――琢ちゃんを抱き締めた。
「好きだよ……大好き………琢ちゃん………」
耳元で囁いて、ゆっくりと腰をグラインドさせた。
「んあっ……顕…ちゃん………」
琢ちゃんの中は僕の放ったもので濡れていて、突き上げる度に淫猥な音が響いた。
「あ、あっ……や、あ、んっ……」
僕の動きに合わせ、琢ちゃんの口から甘い喘ぎ声が溢れた。それを恥じるように反射的に口許を覆った手の甲を、僕はそっと外して指を絡めた。
「ダメだよ……声、聞かせて………?」
もう片方の手にも指を絡めて、やんわりと押さえつける。
「やぁ……っ……だ…めっ……」
「我慢、しないで………? ほら………」
更に激しく、琢ちゃんを突き上げてみた。
「ひぁ…っ…やぁっ、ああんっ…!!」
「…そんなに可愛いのに、我慢しちゃ勿体ないよ…」
「ゃ…だ…、顕ちゃ…っ……ああ…!!」
激しく責め立てながら、僕はうっとりと琢ちゃんを見つめた。閉じた目から流れ落ちる涙が、上気した顔を彩ってる。
僕だけが知ってる、しどけない姿。
こんな風に君を泣かせることが出来るのは、僕だけの―――――特権。
…そう思って………いいんだよね?
「琢ちゃん……好きだよ………」
二度目の限界が近付いてきた。激しさを増していく、互いの呼吸と心臓の音。
僕を受け入れている琢ちゃんのそこが、貪欲に絡み付き締め付けてくる。
「…はっ……ぁ、顕ちゃん…っ……」
「大好きだよ……琢ちゃん………」
どうしようもないくらい、好きで……愛しくて堪らない。
「あ、あっ…顕ちゃん…、れもっ…!!」
琢ちゃんの身体が、がくがくと震えた。沸き上がる激情のままに琢ちゃんを突き上げ、昇りつめていく。
「ああっ…!! …顕ちゃんっ…!!」
「―――――っ…! 琢…ちゃ……」
琢ちゃんが再び頂点を迎えるのと同時に、僕もまた琢ちゃんの中に全てを吐き出し、琢ちゃんの上に身をふせた。
呼吸を整えゆっくり顔を上げてみると、琢ちゃんはぐったりと身体を投げ出し、意識を失っていた。目尻に残る涙の滴を僕はそっと舐め取って、汗ばむ身体を抱き寄せた。
少し苦しげにひそめられたままの眉。まだ少し荒い呼吸を繰り返してる。
琢ちゃんの頬を撫で、手のひらで包み込む。額にほつれかかる髪をそっと梳き、口付けた。
ここまで欲望剥き出しで琢ちゃんを抱いたのは、初めてかしれない……。
「…ごめんね……苛め過ぎちゃった……」
意識を失ったままの琢ちゃんを強く抱き締め、呟いた。
「好きだよ……」
「…顕……ちゃん……?」
うっすらと目を開けた琢ちゃんが、ぼうっと下目で僕を見つめた。
「琢ちゃん、大丈夫?」
「……うん……平気………」
「どこも痛くない?」
「…うん……」
琢ちゃんの返事に安心して、もう一度抱き締めた。
僕の胸の中に顔を埋めた琢ちゃんは、そっと腕を僕の背中に廻した。すぐに、穏やかな寝息が聞こえ始める。
―――――安心しきったように眠る琢ちゃんが嬉しかった。
僕も琢ちゃんの髪に鼻先を埋め、目を閉じた。シャンプーのいい匂いと、腕の中の温もり。穏やかな寝顔。決して失いたくない、大切なもの。
こんな情けない僕は、いつか見限られてしまうかもしれないけど………許される限り、こうしていたいと思う……。
眠りかけたのはいいが、琢ちゃんの翌日のスケジュールを聞いていなかったのを思い出し、気になって細切れに目を覚ますうちに朝になってしまった。琢ちゃんは気持ち良さそうに寝息を立てている。起こすのが可哀相なくらい気持ち良さそうなので、声をかけるのをためらってしまう。ずうっとこうしていられればいいのに。
でも、仕事に遅刻なんてさせちゃ大変だから、仕方なく………囁くようにに声をかけてみた。
「琢ちゃん………」
琢ちゃんは目を覚まさない。仕方なく、もう少し大きな声でもう一度。
「琢ちゃん……朝だよ……、起きて…」
僕の背中に廻されていた腕が、ぴく、と動いた。
「……ん………、顕ちゃん………?」
まだ目を開けていられない様子で、顔を上げた。
「…ごめん、今日の予定聞いてなかったからさ、時間大丈夫かと思って……」
「…ん………今日は夕方からラジオの録りだけ………」
返事を聞いてほっとする。琢ちゃんは、目をしょぼしょぼさせてる。
「じゃ、もう少し眠りなよ。ごめんね、起こして。」
「うん……。顕ちゃんは……? 仕事………」
「僕も二時過ぎに出ればいいから、大丈夫。」
「…今何時…?」
とろとろと眠そうに目を擦って、琢ちゃんが僕を見上げた。
「まだ七時ちょっと前。」
「じゃあ……、まだこうしてられるね?」
また僕の背中に、きゅ、と腕を廻してまどろみ始める。
「……琢ちゃん……、その……怒ってない?」
「…怒るって……何で……?」
僕の胸に顔を埋めたまま、琢ちゃんは半分寝ながら聞き返してきた。
「昨日、強引にあんな事しちやったから…」
「………聞くなよそんなこと………」
照れたように呟く琢ちゃんの声に安心する。琢ちゃんの身体を抱き寄せて、頬にそっと口付けた。
「……顕ちゃん……」
「…何?」
「顕ちゃんは……俺のどこが好き?」
いきなりの問い掛けに驚いてしまった。琢ちゃんがこんな事言うのは初めてだったから。
「…全部。」
それはほんとに正直な気持ちで。
「…そう言うだろうって思ってた……。ね、俺もだよ? …顕ちゃんを幸せに出来るのも、傷付けることが出来るのも、何もかも俺だって思っても……いいよね?」
琢ちゃんの言葉の意味を理解して、頭にかーっと血がのぼるのが分かる。
僕が欲しいと思う言葉を、何でそうやって言ってくれちゃうんだろう。
「一番とかじゃなて…琢ちゃんだけなんだよ…」
「…俺も、顕ちゃんだけ……。だから、悩んだりしないで? やきもち、嬉しいけど…顕ちゃんに辛い思いして欲しくない…」
琢ちゃんは僕の胸元に埋めていた顔を上げ、僕の頬に手を伸ばした。
僕の顔を引き寄せ、そっと唇が重ねられる。
「…俺、…顕ちゃんじゃなきゃダメなんだよ……?」
琢ちゃんが、切なそうな顔で僕を見つめる。………胸がぎゅうっと締め付けられる。僕のつまらない嫉妬心や独占欲が溶けていくような、琢ちゃんの言葉。
今度は僕から唇を重ねた。ついばむようなキスを繰り返し、きつく抱き締め合った。
「琢ちゃん…僕、もう大丈夫だから……ごめん……」
琢ちゃんの手が、僕の髪を優しく梳いた。心地よくて…目を閉じた。
「顕ちゃんが好きだよ……大好き……」
僕の髪を梳きながら、琢ちゃんは何度も僕に囁きかけた。
もう、他には何も要らない。琢ちゃんの笑顔さえ、有りさえすれば。
「琢ちゃん……ごめん……」
謝り続ける僕を、琢ちゃんはただ黙って抱き締めてくれていた。
今まで何度、こんな風に元気を貰ったろう。 愛しくて堪らない。何度好きって繰り返しても足りない。
「…顕ちゃん…ゆうべも言ったけどさ、俺…ありのままの顕ちゃんが好きだよ……。二人で、ゆっくり……幸せになろう? 時間はいっぱいあるんだし…先はまだまだ長いよ?」
――――――そうだね。どんな未来も、君となら手に入れられる気がする……。無理に変わろうとしなくても、気負わなくても。
僕はそっと身体を起こし、琢ちゃんを見下ろした。穏やかに微笑む琢ちゃんに、深く口付けて―――――もう一度、琢ちゃんの身体をきつく抱き締めた。
もう、つまんない感情には振り回されない。焦る必要はないんだよね…?
「こんな事言ったら、引かれるかなって思ってたけど………言うよ。琢ちゃんの一生分、全部―――――僕が貰う……。誰にも…渡さないからね。」
「――――――うん…………」
小さく答えた琢ちゃんの声は、ちょっとだけ恥ずかしそうだった。
僕の肩口に赤くなった顔を埋めたままもう一度、小さな声で――――――言った。
「……ずっと…離さないでね……」
E N D
久しぶりの翠さんの作品リライト。
ヤキモチを焼いて落ち込む顕ちゃんが絶品だなー…なんて思いつつ打ってました。
このお話をワタクシに送っていただいたのは2003年になりたての頃でした。
したがって、設定はその前ということになってます。
まだシゲがイナダにいた頃の事ですねv
自分以外は全員イナダ組にいて…という安顕の焦燥感がリアルです☆