きみの温もり









穏やかな寝息が聞こえる。心地よい温もりの中、ゆっくりと瞼を開けると、すぐ目の前に寝息の主の顔があった。まるで作り物のように端正で彫りが深い、綺麗な顔立ち。ちょっぴり悔しいけれど、つい見とれてしまう。ああ、こんなに睫毛長かったっけ。そういえば、こんな近くで寝顔見たのは初めてかもしれないね。嬉しい気持ちと恥ずかしいって気持ちがごちゃ混ぜの、不思議な感情。絶対叶うことのない想いだと思っていた。一体、いつからこんな風に彼を想うようになったのか、自分でも覚えていない。その、きっかけさえ。『好きだよ、琢ちゃん』『愛してるよ、琢ちゃん』口癖のように、何度も繰り返されてきた言葉。いつからだったろう。そんな彼の言葉に、胸の奥に痛みを覚えるようになったのは。
指先でそっと、唇をなぞってみた。昨夜と同じ、柔らかな感触が伝わってくる。何度も何度も自分の名前を呼んで、キスをして、そして………。そこまで考えて、かあっと熱くなる。おそらく、顔も真っ赤になってる筈だ。こんな顔見られたくない、そう思って離れようとしたが、俺の身体はしっかりと彼の腕に抱かれていて、身動きが取れない。あ、しかも腕枕なんかしちゃって…目が覚めたらびっくりするよ。腕の感覚が無くなってて。
「…ん…」
俺が動いたせいか、タイミング悪く目を覚ましてしまったらしい。やばい。顔、ちゃんと戻ってるかな。
「琢ちゃん……?」
「あ、お、おはよう、顕ちゃん。」
思わずどもってしまった。顕ちゃんは、まだ覚めきらないぼうっとした目で、じっと俺を見てる。
「顕ちゃん…?どしたの?」
「…顔が赤い」
ぼそっと呟いた。くそ、やっぱりだ。
「熱あるんじゃないよね?」
手のひらを、俺の額にあててくる。
「ないよ、熱なんか。それより、シャワー借りていい?」
気恥ずかしくて、顕ちゃんの手を振り払ってしまった。
「いいけど……」
ちょっぴり不満そうな顕ちゃんの声。でも、このままこうしてたら、もっと赤くなっちゃいそうだから。俺はそれに気付かないフリで顕ちゃんから離れ、起き上がって風呂場に行こうとした…のだが。
「た…琢ちゃん?!」
腰に力が入らず、ベッドから一歩下りたところでへばってしまっていた。…え?何で?何が起きたんだ?しばらくそのまま呆然としていると、顕ちゃんもベッドから下り、俺の身体をひょい、と持ち上げてベッドに寝かせた。
「やっぱりだ。ごめん琢ちゃん。昨日無茶させちゃったから。」
顕ちゃんが済まなそうに言った。
「腰、立たないんでしょ?」
………そんな馬鹿な。昨夜のえっちのせいで?俺ってそんな、ヤワだったのか?…ショックで言葉が出てこない。顕ちゃんは、腕さえ痺れてない様子で。
「大丈夫?何処も痛くない?」
優しい声で顕ちゃんが聞いてくる。
「い…痛くはないよ、でも…」
腰が立たない。こんな経験は初めてで。
「今日はオフなんだし、ゆっくり寝てればいいじゃない。何なら今日も泊まって、明日ここから仕事行けば?」
「でも、顕ちゃん迷惑じゃ…」
そりゃ、ちゃんと歩けるようになるまでいさせてもらえれば、助かるには助かるけど。
「迷惑な訳ないでしょ。僕の責任でもあるんだし。」
顕ちゃんが真顔で答える。責任って……。…俺はまた、自分の顔がカーッと赤くなるのを感じた。
「琢ちゃん?」
「なっ…何?」
ヤバいと思ってるとこに話しかけられて、思わず声が裏返ってしまう。
「耳まで真っ赤…」
…分かってるよ、そんなこと。
「み、見んなよ!もぉっ!」
恥ずかしくて、俺は毛布を頭まで引っ被った。昨夜のことが次々頭に浮かんできて、どうすることも出来ない。
「たーくちゃん…」
呆れたような、困ったような顕ちゃんの声。しょうがないだろ…。ただでさえ、昨夜から恥ずかしいことばっかり見られてるのに。
「じゃ、僕ももっかい寝ようかなーv」
…は?ええ?!…言葉と同時にダイブの勢いで、顕ちゃんの身体が俺の上にのしかかった。
「なっ、何すんだよ!」
あまりのことに、思わず毛布から顔を出して叫んでしまった…ら。すぐ目の前に顕ちゃんの顔があって、ドッキリしてしまった。
「可愛いね、琢ちゃん。」
…それは、決してからかうような口調ではなくて。とても優しい目で、俺の顔を覗き込んでる。………卑怯だるそんな綺麗な顔で、そんな優しい目で、そんなこと言うなんて。
「…可愛いなんて言われて、喜ぶ野郎がいるかよ…」
それは、精一杯の虚勢。多分、顕ちゃんは気付いてる。だって俺の顔はまた、赤くなってるに決まってる。
「琢ちゃん…」
顕ちゃんの手が俺の両頬を掴んで…そつと唇が押し当てられた。とくん…、と心臓がなる。一度離れては、もう一度。ついばむような優しいキスを繰り返されて、身体の奥から、ちり……と欲望が燻り出すのを感じる。そのまま流されそうになるのを、顕ちゃんの唇が首筋に移ったところで、はっと我に返った。
「け、顕ちゃん、待ってよ…俺、腰立たないんだよ?」
「…立たなくても出来るでしょ?」
平然と答える。だから、そうじゃなくて…。
「ますます立たなくなったらどうすんの?!」
「今夜一晩あれば大丈夫だよ、きっと。」
…きっと、って…。マジでやる気なのか?
「…琢ちゃんはしたくない?嫌ならしないよ。」
…また、そんな優しい目で。嫌だなんて、言えなくなるじゃないか。そうだ、ゆうべだって。いきなり寝込みを襲うような真似してきたくせに、俺のこと押さえつけようとしなかった。本気で逃げようと思えば、充分すぎる程の隙を与えて。…だから、余計に逃げられなくなるんだ。力で押さえ込まれたら、俺にだって抵抗しようがあるのに。
「…ずるいよ…顕ちゃんは…」
「琢ちゃん?」
戸惑うような、顕ちゃんの声。俺は、顕ちゃんから目を逸らした。
「また、俺から言わせるつもりなの?…して、って。」
「琢ちゃん…」
顕ちゃんは俺の頬に触れ、自分の方へ向けさせた。顕ちゃんの目は優しくて。とても愛しそうに、俺のこと見つめてて。胸の奥が、きゅうっと締め付けられる。――――切なくて、泣きそうになる。顕ちゃんの唇が、また俺の唇に重なって…。舌が、入ってきた。さっきのついばむようなキスとは違う、濃厚な。――――舌を絡められて、貪られて、頭の中に霞がかかってくる。
「ん…っ……」
きつく抱き締められていたのと濃厚なキスとで、思わず声を漏らしてしまう。俺の腕は、無意識のうちに顕ちゃんの背中に廻っていた。唇を解放されても、なかなか呼吸が整わない。きっと胸がどきどきしているせいだ。顕ちゃんの唇が首筋から胸元を辿っていき、突起を口に含まれた。舌で転がしては甘噛みを繰り返され、もう一方は指で擦られて、どうしようもなく身体が疼き始める。
「んあっ…や、あ…」
自分でも信じられない程の甘い声を漏らしてしまった後で俺を襲うのは、自分自身への嫌悪感。俺だって男なのに。顕ちゃんにこんなことされて、こんなにも感じてしまってて。でも、自分でも分かってる。その嫌悪感が、更に自分の欲望を煽っていること。俺の反応が嬉しいのか、顕ちゃんはそこから顔を離そうとせず、刺激を与え続けてくる。
「ああ…っ!!」
一方の突起は口に含んだままで、もう一方を弄んでいた手が、脇腹を掴むように撫で下ろしていき――――俺のものに触れた。やんわりと握り込まれ、先端を擦られて、悲鳴にも近い声を上げてしまう。
「…琢ちゃん…気持ち、いい…?」
耳元で囁かれて、かあっと顔が赤くなるのが分かる。
「…聞かなくたって、分かるだろっ…」
恥ずかしくて、情けなくて、声が上擦る。もう、目を開けていることも出来ない。ぎゅっと目を閉じ、顔を横に逸らした。顕ちゃんの顔が、胸元を離れた気配を感じた。両膝を立てさせられ、脚を開かされ、太股の内側に顕ちゃんの肌を感じる。次の瞬間、俺のものが生暖かいねっとりとした感触に包まれた。
「はあっ…」
口でされてる。そう気付くと、羞恥で全身が熱くなった。
「や……、いや、顕ちゃんっ…」
自分が涙声になっているのが分かる。でも言葉とは裏腹に、俺の両手は顕ちゃんの髪を掴んでいた。顕ちゃんが頭を上下に動かし始め、更に強烈な快感が俺を襲った。
「顕ちゃ…っ…出ちゃう…離してっ…!!」
頭の中が、真っ白に霞んで――――― 一瞬、意識が吹っ飛んだ。顕ちゃんの口の中で達し、顕ちゃんの髪を掴んでいた手は、力なくシーツの上に落ちる。自分の、荒い呼吸だけが頭の中に響く。身体中が燃えるように熱い。
「琢ちゃん…可愛いよ、凄く…」
優しく囁かれた顕ちゃんの言葉に、余計に羞恥を煽られる。俺は呼吸もまだ整ってなくて、何か言ってやりたいのに、何も言えない。それどころか、目も開けることが出来ないでいた。
「琢ちゃん…」
ふわりと、顕ちゃんに優しく抱き締められて、俺はうっすらと目を開けた。切なくなる程愛しそうに俺を見つめる、顕ちゃんの顔が目の前にあった。顕ちゃんの手が、俺の髪をそっと梳いた。とても心地よくて…胸が苦しくなる。今まで伝えられなかった顕ちゃんへの想いと、顕ちゃんの思うままに感じさせられてイかされた屈辱感と、もっと触れて欲しいと思う欲望と。全部がごちゃ混ぜになって、泣きたくなる。いや、既に自分でも気付かないうちに泣いていたみたいだ。
「琢ちゃん?」
顕ちゃんの心配そうな声で、気付かされた。
「どうしたの?琢ちゃん…」
今、口を開いたら、余計に涙が溢れ出しそうで…何も言えないる
「嫌、だった…?口でされるの。」
「……がう…」
違う。一言、否定するので精一杯で。顕ちゃんは困惑したように俺を見つめながら、ずっと髪を梳いててくれてて…。苦しいよ、顕ちゃん。顕ちゃんが優しすぎるから、余計涙が止まらなくなるんだ。顕ちゃん。顕ちゃん。
「顕ちゃん、好き…」
口に出したつもりは無かったけれど。顕ちゃんは少し驚いた顔をした後、指でそっと涙を拭ってくれた。
「…僕も。好きだよ。大好きだよ。琢ちゃん…」
俺をぎゅっと抱き締めて、何度も何度も耳元で繰り返した。
「…しても、いい…?」
遠慮がちに聞いてきた顕ちゃんに、俺は小さく頷いた。

 身体の最奥に、じわりと異物感を感じる。顕ちゃんの指が、顕ちゃん自身を受け入れさせる為の準備を施していた。入り口に時折感じる生暖かい感触は、顕ちゃんの舌先。くちゅくちゅと淫猥な音を立てながら指が出し入れされる度、俺は羞恥と快感に震えた。
「…っあ…」
一度引き抜かれた後、さっきよりも強い圧迫感と異物感を感じて、声を漏らしてしまう。二本に増やされたらしい顕ちゃんの指が、内壁を擦り、強い刺激を与えてくる。
「あ…あっ…や…」
自分ではどうすることも出来ない疼きに、身を捩り、シーツをきつく掴んだ。息が、どんどん荒くなっていく。
「ああつ…顕ちゃんっ…」
もう声を上げることにも、抵抗を感じなくなっていた。もっともっと、刺激が欲しくて。もっともっと顕ちゃんを感じていたくて。正気では言えない言葉を、俺はまた、口走っていた。
「…して……顕ちゃん…お願い…」
顕ちゃんの指が、ずる…と引き抜かれた。両脚を大きく開かされ、顕ちゃんを待ち受けるそこに、顕ちゃん自身があてがわれる。ゆっくりと侵入してくるそれに、俺のそこは貪欲に絡みついていた。
「琢ちゃん…、琢ちゃん…」
顕ちゃんは俺を突き上げながら、何度も何度も名前を呼んだ。きつ過ぎる程の快感と、切なげに俺を呼ぶ顕ちゃんの声に、意識がどんどん白濁していく。聞こえるのは顕ちゃんの声と、激しくなっていく互いの呼吸と。そして、自分が発しているとは思えない程の、嬌声。何も考えられない。もう、どうなったっていい。
「…ああ…っ、顕ちゃ…っ…―――っ!!」
「……っ………!!」
俺が二度目の頂点を迎えのと同時に、顕ちゃんも俺の中に全ての欲望を吐き出した。薄れていく意識の中、俺は顕ちゃんの身体の重みを感じていた―――――。



 気が付くと、顕ちゃんが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫?暫く気、失ってたんだよ。」
「…うん……、、平気…」
俺の答えに、顕ちゃんがホッとした表情を浮かべる。まだ、頭の中がぼんやりしてて、身体を動かすのも億劫だったけど。――――待てよ。もしかしなくても、動かせないんじゃないだろうか。思い切って、起きあがれるかどうか試してみる。辛うじて頭だけは持ち上がるが、腕の力で起きあがろうとして、ぺしょ、と潰れてしまう。
「何しての?琢ちゃん。」
呑気な顕ちゃんの声。
「…起きあがれない……」
顕ちゃんが苦笑した。
「暫く、おとなしく寝てなって。」
俺に掛けられた毛布ごと、きゅっと抱き締められた。こんな風に抱き締められるのは、とっても心地良くって。俺も、もそもそと片手を伸ばし、顕ちゃんの背中に廻した。
「てっ…」
顕ちゃんの顔が辛そうに歪んで…驚いて、俺は手を引っ込めた。
「顕ちゃん、どうしたの?」
「いや、何でもないって。」
何でもないって顔じゃなかった。
「いいから見せてよ、背中!」
俺の強い口調に負けて、顕ちゃんは溜息をひとつつき、おずおずと後ろを向いて見せた。
―――――見なければ良かったと、後悔した。顕ちゃんの背中にはくっきりと、俺が付けたであろう爪痕が残っていて。申し訳ないのと、さっきまでのえっちを思い出して、顔がボンッと熱くなった。
「…だから言ったのになあ。」
俺の心中を察してか、顕ちゃんがボソッと呟いた。
「琢ちゃんねまた真っ赤だるこんなのすぐ治るから、いいよ心配しなくて……それより。」
顕ちゃんが悪戯っぽい顔をする。
「こんなに乱れちゃうくらい、感じちゃった?」
……恥ずかしくて、もう何も言えない。
「琢ちゃん?お返事は?」
「………」
これはね爪痕の復讐だろうか。俯いた俺の顔をそっと上向かせ、顔を覗き込んでくる。ああもう、言わなきゃいつまでも遊ばれる。
「…そ…だよっ………」
顕ちゃんが嬉しそうに、にっこりと笑った。
「良かった。自分だけキモチいいのは嫌だったから。」
ちゅっ、と唇に口付けられた。そして、不意に真顔になる。
「ついでにもうひとつ、聞いていいかな。」
何を聞かれるのかと、ドキッとする。
「昨日言いかけたこと、気になってさ。ほら、酔っぱらって寝ちゃう前、何をしたら嫌う、嫌わないの話になって…覚えてない?」
ああ、そういえば。顕ちゃんの高校のときの親友の話を俺から切りだして、それで…。でも、記憶があやふやだ。
「…えっと…、ああ、顕ちゃんに『何やらかしたら僕を嫌いになるかな』って聞かれて、『思いつかない』って答えて……」「そう。で、琢ちゃんが『じゃあ顕ちゃんは?』って切り返してきて。」
……だんだん記憶が鮮明になってきた。また、俺が不利な立場になりそうな展開のような気がする。
「顕ちゃんが『あり得ない、愚問だ』って言った…」
「そう!で、その後。『嘘だ、顕ちゃんだってきっと…』って、寝ちゃったの。」
…そうだった。やっぱりだ。…この上まだ、恥ずかしいこと言わせるつもりなんだ…この男は。散々えっちしたんだから、気付いたって良さそうなもんじゃないか。いや、えっちしちゃったくらいだから、分からないのか。
「覚えてないかあ…」
俺の頭の中で、どんなことがぐるぐるしているか知りもせず、顕ちゃんが言った。ちょっぴり残念そうな顔をしてる。でも、次の瞬間には、ぱっと顔を上げて。
「…でもさ、本当だから。琢ちゃんを嫌うなんてあり得ないって気持ちは。」
真顔で言って、ほんの少しの間の後。
「好きだよ、琢ちゃん。」
顕ちゃんの目は、真っ直ぐ俺を見てる。……悔しいけど。俺はやっぱり、この男には勝てないみたいだ。綺麗で、純粋で、不器用なこの男に。観念するしかないみたいだ、もう。
「琢ちゃん?」
くす、と笑ってしまった俺を、顕ちゃんはきょとんとした顔で見てる。…大サービスだよ、顕ちゃん。二度は言わないからね。
「俺の気持ちを知ったら、いくら優しい琢ちゃんだって……本気で好きだなんて言ったら、きっと嫌いになるって…。絶対引かれちゃって終わりだと思ってたから。」
「琢ちゃん、それって…」
「聞きたかったんでしょ?昨日の続き。…って言うか、昨日の言葉の意味。」
…顔が火照ってきた。また赤くなってる筈だ。
「だから言えなかったんだよ、ずっと…。好きだって。」
もうだめ。限界だ。俺は赤くなった顔を隠すように、顕ちゃんの胸元に丸くなった。でも、顕ちゃんの顔は、俺以上に赤かったかもしれない。



 好きだっていって。これからも。照れ隠しの「うるせえ、バーカ!」を連発してやるんだから。………大好きだよ、顕ちゃん。





  





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