LOVER 〜ETERNALLY〜
純子との結婚が破談になってから…いや、正確には俺が破談にしてしまってから、三ヶ月が過ぎた。
社内でも暫くは様々な噂が飛び交っていたが、もうそれも落ち着きはじめていた。とはいえ、流石に親戚連中には未だあれこれ詮索されるし、親父やお袋とはギクシャクしたままだ。純子のことを二人共とっても気に入ってくれて、結婚を喜んでくれていただけに…… ショックも相当でかかっただろうし、何より、あれ以上はないって位の大恥をかかせてしまったのだから。
理由を言いなさいと言われた。
………でも、言える筈なかった。正直に話したりしたら、おそらくは卒倒して、何ならそのまま昇天してしまうかもしれないからだ。
『俺が今、本気で愛しているのは、会社の部下の男です』なんて……………。
しかも、ずっと別居状態が続いているとはいえ、妻子持ちなのだから。
金曜日。会社の定刻も過ぎ、俺の斜め向かいの席で仕事していた音尾は、どうやら一段落ついたようで気持ち良さそうに伸びをしている。
そんな風に目の端で彼を意識しつつ仕事を続けていると、やはり仕事を終えたらしい大泉が、音尾に何やら話しかけている。
「なんつーかさ、今日はちょっと飲みに行きたいなーなんて、ちょっと思っただけよ。」
「んー、今日かい? …今日はちょっと………ダメなんだわ。悪いね、大泉。」
飲みに行こうと誘う大泉を、音尾は申し訳なさそうに断っている。
……そう、ダメ。先約があるんだから。
「あ、カミさんと子供が待ってる? もしかして誕生日とか結婚記念日ってヤツかい?」
大泉の言葉に、思わず顔を上げてしまった。…今の音尾にその言葉はヤバいだろう。
「………そんなんじゃねえよ。」
思った通り音尾の表情は固くなり、歯切れも悪い。まあ、奥さんとのことは大泉達にはまだいっていないのだから、仕方のないことなのだが。
俺は溜息を一つ吐き、手元の書類にまた視線を戻した。
佐藤も外回りから戻ってきて、大泉と一緒になって音尾の子供のことを『琢子』だの『サカナ子ちゃん』だのと言ってからかったりしてる。真っ赤になってふてくされる音尾も本気で怒っているようではないけど、程々にしとけよ、お前ら………なんて思いながら、俺は仕事を続けた。
大泉は佐藤を誘って飲みに行ったようだ。大分静かになったオフィスで、早く片付けてしまおうとせかせかと手を動かす。
……コトリと、机に湯気を上げるカップが置かれて、顔を上げた。
「まだかかりそうですか? 俺に出来ることがあればやりますけど…」
片手には自分用のカップを持った音尾が、隣の席に腰を下ろした。
「ああ、悪いな、待たして。もう少しでキリがつくからいいよ。」
音尾が淹れてくれたコーヒーを一口啜って、ほっと息をついた。
「待つのは全然構いませんよ。」
そう言って微笑む音尾は……可愛い。仕事の疲れも吹っ飛ぶってもんだ。
「主任?」
呼ばれて、はっと我に返った。きっと締まりの無い顔をしていたに違いない。
「いや……今日はどうしよっか。何が食べたい? どこかで食って帰ってもいいし、家で作ってもいいし。」
話題を変えようと試みる。
「俺は家で作って食べる方が……何にしましょうねえ………」
やっぱりな返事。店屋物やコンビニの味には飽き飽きしているから、一緒に過ごす週末くらいは作って食べるのが常になっていた。
作るといっても所詮男の料理な訳で、市販のルーを使ったシチューやカレー、鍋物なんかが主だったけど。
「考えとけ。その間に仕事片付けちまうから。」
んー…と考え込む音尾にそう言って、俺はまた仕事に取りかかった。
…会社の定時もとうに過ぎ、社員もまばらになってくるこの時間。マイペースで残業をしながら、音尾と今夜のメニューのことや、明日は何をして過ごそうか、なんてことを考えるこの時間が、俺はとても好きだった。マイペースで残業っていったって、どうせ半分はサービス残業なんだから、上からごちゃごちゃ言われることもないし。
…三十過ぎて、我ながら馬鹿じゃないかとも思う。恋愛経験が少ない訳でもないのに、まるで思春期のようなときめきっぷりというか……見る人が見れば、もしかしたら頭のてっぺんから花が咲いているように見えるかもしれない。
それっくらい幸せなのだ。音尾といると。
……まだまだ、お互い問題は山積みではあるのだが。
残業を終え、いつものスーパーに寄った。悩みに悩んだ末、音尾は結局メニューが浮かばなかったというので、買い物しつつ決めることにした。
「お、牛肉安くなってるじゃん! すき焼きでもやろうか?」
遅くなったのが幸いして、肉のコーナーには半額シールが貼られたパックが沢山並んでいる。
「いいですねーv 食いたいとは思ったけど。贅沢かなーって思ってたんですよね〜。」
ラッキー、とばかりにカゴに肉をざかざかと入れ、家に残ってた食材を思い出しながら、足りないものを次々放り込んでく。焼き豆腐や白滝、春菊なんか。
……相変わらず、新婚さんぽいよなーなんて思う。
二人とも、通勤カバンと買い物袋を一個ずつ下げて、俺のマンションまでの道を並んで歩く。人通りの多い広い道から小道に入ると、空いている方の手をどちらからともなく、きゅっと繋ぐ。
そのまんま、無言で歩く。
他人が見たら間違いなく目を疑うだろう。いい歳の男二人がビジネススーツを着て、手を繋いで歩いている姿なんてのは。
…ふと音尾の顔を見ると、その横顔はとても穏やかだ。繋いだ手から胸の中へと、ゆったりとあったかいものが流れ込んでくるような感覚。
―――――――――――この三ヶ月、自業自得とは言え、全く辛くなかったと言えば嘘になる。会社内でのつまらない憶測や中傷は、俺の耳に入らないよう森崎部長が気を遣ってくれていたから、大したことは無かったとはいえ……音尾にも随分気を遣わせてしまった。音尾を幸せにするどころか、頼りっぱなしの状態というのが、とても情けなかった。
「…腹減りましたねー。ね、主任。」
音尾は俺の手を握る手に少しだけ力を込めて、ぽつりと言った。
「…うん。」
……こいつには、ひょっとしたら超能力でもあるんじゃないかと、時折思う。
「飯、いっぱい炊きましょうね。すき焼きだと進むんですよねv」
「そうだな…」
にこにこと嬉しそうに笑いかけてくる。
この笑顔に、ずーっと救われてきた。こいつだって、口には出さないけど辛い思いはしているだろうに……。
マンションに着くと、音尾は風呂を沸かして米を研いで、テキパキとすき焼きの準備を始めた。
一緒に住んでいる訳ではないが、毎週末泊まりに来ているので、もう手慣れたもので。
「主任、先に風呂入っちゃいます?」
「んー…そうしようかな。一緒に入ろうか?」
着替えをしつつ冗談で半分でそう言うと、音尾の顔はみるみる赤くなっていった。
「…ふ…風呂入るだけで済まないから、ヤですっ!」
前に一度、一緒入ったことがあった。……何かしてやろうと最初から思っていたわけではないのだが、ついムラムラしてしまい、余計なことまでしてしまったのだった。
「んじゃ、先に入ってくる。」
音尾の頬に悪戯っぽくキスをして、風呂に入った。
湯船に浸かりながら、相変わらず『主任』と、敬語が抜けないなー、なんて考える。二人の時は名前で呼べばいいし敬語も使わなくていいと言ったのに、こればかりは長年のクセみたいなもので、ダメらしい。会社でポロッとタメ口が出たり、名前で呼んでしまったりしそうで怖いからとも言ってはいたが。
俺が風呂から上がると、入れ替わりに音尾が入っていった。上がってくる頃合いを見計らって、すき焼き鍋の中に材料を入れていく。
ぐつぐつと立ち上る湯気と、食欲をそそる匂い。飯も炊きあがって、ビールはキンキンに冷えてて、完璧。
時計を見ればもう九時を過ぎていて、流石に腹が鳴ってしまった。
「うーわー、すげえいい匂いv」
風呂から上がってきた音尾が嬉しそうに飯をよそって、冷蔵庫からビールと玉子を取り出した。まずは乾杯して、二人して思いっきり喉に流し込んで、ぷはーッ! なんて言って。
「そんじゃ、いただきまーすv」
器に卵を溶いて、ぐつぐつと食べ頃に煮えている肉や野菜を取り、たっぷり絡ませて口に運ぶ。
「美味ーいv」
食べ始めた音尾は、いつもの事ながら凄くいい顔をしてる。とっても美味そうに幸せそうに食べるから、見ていて嬉しくなってしまう。
「…可愛いなあ、お前……」
思わず無意識にこぼしてしまった言葉に、自分でもハッとする。……音尾はむせてしまった。
「馬鹿なこと言ってないで、主任も食べて下さいってば!」
「はいはい。」
真っ赤になってる音尾が、可愛くて仕方ない。腹は減ってるけど……いっそ音尾を美味しく頂いてしまいたいくらいだ。
「…構いませんけどっ。飯食って片付け済んでからですよ。…俺、まだまだ食い足りないしっ。」
「……え?」
心の中で思っていたことに返事をされて、びっくりしてしまった。
「……安田さんの考えてることくらい分かります。………惚れてるんだから。」
「……は?」
音尾の言っていることが脳に届くまで、やや暫くかかってしまった。この時の俺は、さぞ阿呆なツラをしていただろうと思われる。
音尾は俺と目を合わそうとせず、赤い顔のまま黙々と食べ続けている。
「…煮過ぎると固くなっちゃいますよ、ほら。」
「あ、有り難う。」
やっぱり目は合わさないまま、顔も赤いままで肉やら野菜やらをよそってくれる音尾を見ていて、明日の休日に何をするかを思いついた。
「不動産屋巡り??」
「そ。もしくはモデルルーム巡り。…どう?」
飯の片付けを終え、ソファーに座ってテレビを見つつ、計画を持ちかけてみる。
「別に、焦る必要はないんだけどさ。色々見ておけば参考になるかなって。ゆくゆくは二人で暮らすことになるんだし…。ここじゃ狭いしさ、お前だって今のマンションで暮らすの嫌だろ?」
以前、音尾が言っていたのだ。広さは申し分ないけど、妻と子供のために購入したマンションで、自分達の新生活を始めるには抵抗があると。
「……………」
音尾は目をまんまるくしたまま、無言だ。
………ひょっとして、俺はまた先走り過ぎてるんだろうかと、不安になった。
「お…音尾? 嫌なら別に………」
音尾はずうっと奥さんにも子供にも会っていない。実家に帰ったきり連絡も取れない奥さんに、まずは自分の意思を伝えるためにと、自分の名前を署名・捺印した離婚届を送ったきりだ。
…子供のこと、マンションの売却のこと、財産分与のこと……話し合わなければならないことは沢山あって、離婚が成立しているのかどうかさえ分かっていない自分の立場に、音尾はずっと引け目を感じているようで。俺としては音尾がどんな立場にあろうとも気持ちは変わらないよ、って意思表示を常にしてきたつもりだったけど……ひょっとしたらそんな態度が、かえって音尾を追い詰めていたかもしれなくて。
「…あっ、違うんです…嫌とかじゃなくて、……びっくりしたっていうか、その……。ゆくゆくは、って思ってたことが現実味を増していくのが…感動…っていうか……」
しどろもどろな音尾の顔は、ほんのりと赤い。どうやら嫌な訳ではなかったようで、ホッとした。
音尾はそのまま俺の肩に、そっと頭をもたれてきた。
「………音尾?」
「……ごめんなさい……ずーっと待たせっぱなしで………」
小さな声で、本当ににすまなそうに呟いた。……胸が苦しくなる。
「……謝ったりするな。」
触れ合った手を、ぎゅっと握った。
「…幸せだよ、俺…。月並みな言い方だけど、こうして一緒にいられるだけで幸せで……嬉しいんだよ。…待たされてるなんて思ってないんだぞ?」
音尾は俺の肩にもたれて、黙ってる。
「俺こそごめんな。何にも出来なくて…」
俺は結婚するのをやめただけの話で、さっさと自分だけ身軽になった。でも、音尾はそんな簡単にはいかない。
「…そんな風に言わないで下さい…。幸せなんです、俺も………」
体を起こした音尾が、俺に向き直った。困ったように眉をひそめるその顔に、俺はそっと手を伸ばし引き寄せた。
柔らかく重ね合った唇はしっとりと温かい。唇が離れると。音尾は俺の肩口に甘えるように頭を擦り付け、目を瞑った。
「………ベッド、行こうか……音尾……」
音尾は無言で小さく頷いた。
照明を落とした薄暗い寝室で、ゆっくりと音尾の上にのし掛かる。ついばむような口付けを繰り返し、パジャマの中にするりと手を滑らせた。音尾の感じやすい部分をまさぐり、徐々に乱れ始める吐息と甘い声を楽しんだ。
「………っ……!」
パジャマの上からそっと音尾自身に触れた。そこを撫でながら、胸の突起を口に含み、吸い上げた。
「んあっ……や…すだ…さ…………」
びくびくと震えながら、音尾が縋り付いてる。
「……直に……触って………」
顔を真っ赤にした音尾に、泣きそうな声でねだられて……パジャマも下着も脱がせて、ぐいっと脚を開かせた。
「あ……っ……」
そこに息があたっただけで、音尾はぴくりと身を竦ませて、シーツを握り締めた。熱を持ち始めたそこにそっと舌を這わせ、ゆっくりと頬張る。
「…は…あっ………」
喉を反らせて、音尾が甘い吐息を漏らした。もっともっと感じて欲しくて、出来るだけ優しく愛撫を繰り返す。
打ち振られた髪が、ぱさりと音を立て―――――――震える指先が、俺の髪を弱々しく掴んだ。
「ん…んっ……やっ……も………」
口と手を使って、堅さを増すそこを扱く。限界の近付いた体が弓のようにしなり、激しい呼吸を繰り返す。
「…音尾……イっちまいな………」
「あっ……!!」
きつく先端を吸い上げた。
――――――ピクッ、と体が硬直し―――――俺の口の中で達した音尾の体は、ぐったりとシーツに沈んでいった。
放たれたものを全て飲み込み、起き上がって音尾を見下ろす。火照ったままの顔にうっすらと汗を滲ませ、閉じた目には涙の滴がくっついている。指先でその滴をそっと拭い額に口付けると、目を開けて恥ずかしそうに俺を見上げた。
「音尾……すっごく可愛い………」
その言葉に、音尾の顔は更に赤みを増す。
『可愛いなんて言われたって、嬉しくないッス!!』
ちょっと前まではムキになってそう言っていたが、最近は諦めたのか、何も言わなくなった。
まあ確かに、三十間近の男に対して、ふさわしい言葉とは言えないかもしれないけど………怒っている様子でもないのに顔が赤くなるあたり、実は満更でもないんじゃないかと思う。
………仕方ないのだ。本当にそう思うし、どうしようもなく愛おしいんだから。
音尾の体をうつ伏せて、腰だけを上に上げさせた。体の、最も奥まった部分が露わになる。次の行為が何か分かっている音尾は、シーツに口許を押し付けて、身を堅くした。
「…っぁ……、いや……っ………」
入り口を舐め上げ、唾液を流し込んでは舌先で掻き回す。声が聞かれるのを恥じて、必死に堪えようとする姿に、余計欲望を煽られる。
「…いっぱい……聞かせてよ、声………」
「ひぁっ……!」
二本の指を唾液で潤したそこにあてがい、ゆっくりと埋め込んでいく。音尾の体はぴくぴくと震え、シーツを手元に手繰り寄せて、きつく握り締めている。
音尾の内側を傷付けないように指を動かして、ゆっくりとほぐしていく。
「…ん…っぁ………や…すだ……さ………、あぁん……っ………」
甘い喘ぎ声が耳をくすぐる。シーツを手繰り寄せてよがる姿は、最高に艶っぽい。
「んあああっ!や……ぁっ……!」
指を三本に増やすと、音尾の体はびくん、と跳ね上がった。ぐちゅぐちゅといやらしい音を立て、内壁を掻き回していく。
「い、や…ぁっ……!! も…ぉ……っ………!!」
そのままの態勢でそっと前に手を廻してみると、音尾のものは張り詰めていた。こんなにも感じてくれているのが、嬉しい。
「ん…んっ………も、やぁっ………」
涙声で髪を打ち振る姿が可愛くて―――――その顔が見たいと思った。すっと指を引き抜き、音尾をそっと仰向けにさせた。真っ赤な顔には涙の伝った跡が残ってて、音尾は切なげな顔で俺を見上げている。
吸い寄せられたように、乱れた呼吸を繰り返す唇に、そっと口付けた。
「…やすださん……、して………」
しどけなま体を開き、ねだってくる。可愛くてたまらない。
投げ出された手にきゅっと指を絡めて握った。もう一度深く口付けて、舌を絡め合う。
もう俺自身も、ほんのちょっとの刺激でイきそうくらい張り詰めていた。音尾の脚を開かせて深く折り曲げさせ、ゆっくりと音尾の中に自身を埋め込んでいく。
「…っ……ん…んっ………」
全てを収めきってゆっくり抽挿を始めると、息を詰めた音尾の口から、切なげな声が溢れた。
「や…すださん………ぁ…っ……」
艶を含んだ甘い声を漏らしながら、音尾は俺の背に縋り付き、身を捩った。閉じた目からは、また涙が流れ出して頬を濡らしていく。
どうしようもないほどの愛しさが込み上げて、突き上げながら夢中で音尾魔唇を奪った。
「…っ…ん………」
絡め合った舌を吸い、上からもした空も淫猥な音を揚げながら、どんどん昇り詰めていく。
俺自身をじわりと締め付けてくる音尾の内壁に、ぞくりと快感が走った。
「…音尾……すっげえ……いい………」
うっすらと目を開けた音尾が、微かに微笑んだ。
「…お…れも……」
そう言うと手を伸ばし、そっと俺の頬に触れた。
「…安田…さん……ごく…綺麗…………」
熱に浮かされたように………でも、うっとりとした口調で言って、自ら唇を重ねてきた。
――――――――綺麗なのも可愛いのも、お前だよ………音尾。
「……もう…限界………」
「…ふ…あぁっ?! やぁ…、あ、あっ……!!」
一層激しく音尾を突き上げ、快感を貪る。限界の近付いた音尾の体ががくがくと震え、俺の背に廻された手に力が込められた。
「一緒に…イこう……音尾……」
耳元で囁いて、更に奥まで突き入れた。
「っあああ……!!…――――――――――――――っ!!」
「…っ―――――――――!」
二人、ほぼ同時に頂点を迎え――――――――――俺は音尾の胸に倒れ込んだ。
息を整えながら、起き上がってきた音尾を見た。音尾は汗ばんだ体をくたりと投げ出し、気を失っている。
体液にまみれた体をタオルで拭いて、ふわりとタオルケットをかけてやる。少しだけ、苦しそうにひそめられた眉。
………無茶させちゃったかな…なんて、音尾の乱れた髪を指先でスキながら思う。
もう何度、こんな風に体を重ね合っただろう。抱く度に思い知る。………「愛してる」と………。
同性の音尾にこんな感情を抱く日が来るなんて、出会った頃は夢にも思わなかった。
今は音尾のいない毎日なんて考えられない。
音尾を抱き寄せ、自分も布団を被る。穏やかな寝息と温もりを感じながら、俺も眠りにおちていった。
次の日、俺達が目を覚ましたときには、もう十一時を過ぎていた。シャワーを浴びて、昨夜のすき焼きの残りを丼にして朝ご飯を済ませ、外へ出た。
「いい天気ですね〜。」
音尾が眩しそうに空を見上げた。
「随分あったかいなあ。」
もう季節は秋にさしかかっていた。冷える日もあるが今日はとても暖かく、空もすっきりと青く澄み渡っている。Tシャツに薄手のジャケットでも、ずっと歩いていると汗ばむほどだ。
目につくと取っておいていた、マンションやモデルハウスなんかの新聞の折り込みチラシは事前にチェックしてあって、そこに向かう途中に不動産屋があれば、いい物件を探してみたり。地下鉄の駅から徒歩何分位がいいとか、部屋はどの位の広さがいいとか散歩気分で歩きながら、いろんな事を話した。
音尾はとても楽しげで、いつになるかは分からないとはいえ、俺も音尾との毎日を考えるとわくわくした。
通勤に至便なマンションのモデルルームを幾つか廻り、使いがッの良さとかセキュリティ面なんかをチェックした。
都心に近いマンションでも結構価格が下がっていて、どれも割と手が届く範囲だ。結婚式と新婚旅行のキャンセル代や慰謝料なんかの出費はかさんだものの、もともと無趣味で貯金だけは人並み以上にしていたし。
「新築でも思ってたより安いんですねー…。立地条件なんか、凄くいいのに。」
一休みしようと入ったカフェで、音尾は貰ってきた案内書やパンフレットを見ながら意外そうに呟いた。
「そうだな。頭金はばっちりだし……後はまあ、中古でもいい物件があれば、買ってからリフォームって手もあるし。ま、どっちでも金銭的に問題ないな。」
コーヒーを一口飲んで、ふと顔を上げると、音尾は俺の顔をじっと見ていた。
「何?」
「いえ…何かね、真剣に考えてくれてて、嬉しくて……」
音尾ははにかんだように微笑んで言った。
改めて言われると、ちょっと恥ずかしくなる。結婚をやめてから、実は音尾にも内緒で勝手に同居への妄想を膨らませ続け、住宅情報関係のチラシや雑誌に目を通し続けてきてたから。
音尾同様、俺も純子と新生活を送る為に契約したマンションでは、音尾とは暮らす気にはなれず……契約破棄してしまっていた。
俺達二人が暮らす場所は、ちゃんと二人で決めたい。そう思って。
「…そりゃあね。真剣に愛していますから。」
おどけるように言った俺の言葉に、音尾はまるで絵の具を散らしたようにぱあっと赤くなった。
「…主…任……」
少し俯いて、その赤くなった顔を隠すように片手で口許を覆い、上目遣いに俺を見る。
「二人の時は名前で呼んで。」
「………やすだ…さん……」
「ん?」
「……すっげ……恥ずかしい………」
音尾は汗をかく勢いで松家になってる。可愛いけど……こんなとこで言うのは、もうよした方がいいようだ。
「ごめんごめん。二人きりのときしか言わないことにするから。この後どうする? 帰りがてら晩飯の買い物して帰ろうか。」
「……はい…」
音尾の顔の火照りも取れたのでカフェを出た。日が暮れ始めた街は土曜日ということもあって、色々な人達で賑わい始めていた。ビジネススーツの人は勿論、カップルや友達同士のグループとか、家族連れ。
俺達は他人から見たら、どう見えているんだろう。……間違っても恋人同士には見えてないだろうけど。
そんな事を考えながら、音尾を見た。音尾はぼーっと何かを見つめていて。その視線を辿っていって………ちょっとばかり、切なくなった。視線の先には、多分音尾と同じくらいの歳の夫婦と…二人の間には、三〜四歳位の可愛らしい女の子が、二人に手を引かれて楽しげに歩いていた。
俺は人目も憚らず音尾の手をぎゅっと握った。心の中は複雑だったけど、音尾の方がもっともっと複雑で、切ないだろう………。
「………帰ろう、音尾。」
そっと囁くと、音尾は俺を振り返った。目が合うと、照れたように、ちょっぴり申し訳なさそうに微笑んだ。
そのまま音尾の手を引いて、歩き出す。
――――――――この繋いだ手を、俺は一生離したくないと思っている。けど音尾には、父親としての立場も責任も……子供に対しての愛情もあるだろう。俺を好きだと言ってくれる、その言葉に偽りはない。それは分かる。
でも肉親への愛情は、それとはまた別物で。
口には出さないけど、音尾はずっと悩んでいる筈だ。
「今日は飲もっか。刺身とか買ってさ、ぱーっとやろう。」
「…? はい…」
唐突俺の提案に、音尾はきょとんとしながらも返事をした。
俺が子供の話題に触れなかったのは、音尾を追い詰めるのが怖かったのと……はっきりとした答えが出てしまうのが怖かったからかもしれない。
音尾には、幸せになれる最善の答えを選んで欲しいと思っている。以前音尾が俺の幸せを願って、嘘をついて俺を突き放したように、俺も音尾の為なら自分の感情を殺すことくらいは……と、思う気持ちはある。
でも、本当は怖い。音尾を失う日がいつか来るのかもしれないと思うだけで、胸が引き裂かれそうになる………。
その夜は飯を食って風呂に入って、ただ寄り添って眠った。仄かなスタンドの明かりに照らされる音尾の寝顔は、とても穏やかで…あどけない。結構飲ませてしまったせいもあって、ぐっすり寝入っている。
……勧められるままに飲み続けた音尾も、きっと奥さんや子供のことを思い出したりして、半分ヤケだったんだろうと感じた。
俺は、俺のつまらない独占欲で音尾を押し潰してしまわないようにと思いながらも、誰よりも強く音尾を愛しているのは自分で、自分なら絶対に幸せに出来ると……大切にするのにと思っている。
でも、音尾がそれを望まなかったとしたら、俺に出来ることはもう何もない。俺がこんな風に悩んでも、奥さんと子供のことはどうしようもないことだけど。
音尾と一緒に過ごす、この幸せな時間が、少しでも長く続いて欲しいと思う………。
次の日はやっぱり昼頃に起きて、朝昼御飯にパスタを食べて、コーヒーなんかを飲みながらパジャマのままテレビ観てゴロゴロして過ごした。
音尾はいつも通りで、元気な笑顔を見せていた。
「…あ、もうこんな時間だ……」
晩飯を済ませた後、壁掛け時計を見上げて音尾が呟く。時計は九時を回ってて、外はとっぷりと暗くなっていた。
「…今日も泊まって行けば?」
半分は冗談で、半分は本気で言ってみた。
「そうしたいですけどねー、シャツ買えなきゃ。丸二日家空けるのも心配ですし。」
音尾は起き上がって身支度を始めた。明日は月曜日。また仕事が始まる。
「…だよな。」
…と、音尾が近付いてきて、頬にちゅっとキスされた。
突然のことに言葉をなくして音尾を見ると、音尾はにっこりと笑った。
「週末じゃなくても、また泊めてもらいに来ますし。今度は通勤用のシャツの替え、持ってきますから。」
…俺はそんなに残念そうな顔してたんだろうか。まあ、キスは嬉しいんだけど。
「……あ…えっと、駅まで送るよ。」
わたわたと着替えて、音尾とマンションを出た。地下鉄の駅まで、ゆっくり歩くと十五分ほど。男の音尾をわざわざ送るのもおかしな話かもしれないが、二人の時間が惜しくて。
日曜のこんな時間だと、広い通りの人通りも少ない。
「今夜は冷えますねえ。風邪に気を付けないと…」
「だな。寝込んだりしたらえっちも出来ないし。」
「……………」
またふざけたことをとばかりに、音尾は赤い顔で俺を見た。やっぱりな反応に、思わず苦笑してしまった。
「結構深刻な問題なんだけどなー、俺にとっては。……もし寝込んだら、また看病してやるよ。」
「………俺もしますよ。安田さんが寝込んだら。」
「…じゃあ、風邪ひくのも悪くないかもな。」
「……もう………」
呆れたように、困ったように笑う音尾を改札で見送り、一人同じ道を引き返す。
マンションに着き部屋に入ると、がらんと広く感じて、溜息を一つ。帰られた直後というのは、何とも寂しい気持ちになる。
昨日見てきたモデルルームはどれも良くて、あのうちのどれかで音尾と暮らすことが出来たら最高なのになあ、なんて思う。
焦りは禁物だと分かってはいるけど………。
そんな風に、俺達土曜出勤があるときは一泊、土曜が休みのときは二泊と、特別用事がない限りは毎週末いつも一緒に過ごしていた。
「安田さん。」
相変わらずの残業で、早く片付けてしまおうと作業していた俺に、音尾が声をかけてきて……いきなり、後ろから両腕をきゅっと廻してきた。いくら他に社員が残っていないとはいえ、音尾が会社でそんな事をしてくるのは初めで、ドッキリしてしまった。
「お…おお、音尾?」
「今日はね、替えのシャツ持ってきたんですよv」
確信犯なのか、思わず唸ってしまったのを気にもしてない様子で音尾が言った。
「……じゃあ……」
「はい。月曜一緒に出勤しようと思って。一泊だけじゃ物足りないんですよね〜。」
………今日は土曜日。いつもなら一泊で終わりのところを、この前の俺が余程情けなく見えたのか、通勤用のシャツの替えを持参してくれたらしい。
「……凄く嬉しいけどさ、……そんなにガッカリした顔してた? 俺。」
音尾がきょとんとした。
「やだな、違いますよ。俺が一緒にいたいだけです。」
言いながら赤くなってく音尾が堪らなく愛おしい。会社にいるときと二人きりのときのケジメは、堅っ苦しいくらいにきちんとつけたいタイプだと思っていたんだけど………今なら許される気がする。
音尾のネクタイをくんっと引っ張って、その唇に口付けた。
「……あんまり可愛いこと言うと、襲うよ? ここで。」
「…そ…れは勘弁して下さいね。刺激強すぎます……」
すっかり赤くなってしまった音尾に、もう一度口付けて、早く終わらせようと仕事を再開した。
「こないだのすき焼きのタレ、半端に残ってましたよね? 肉は使っちゃいました?」
「んーん。冷凍庫に入れたまま。」
「じゃあ、肉じゃがでも作りましょっか。じゃがいもと人参はありましたよね?」
「うん。…あ、スーパーは寄ってこうな? ビール切らしてんだ。」
仕事を終えて、そんな会話を交わしながら会社の玄関を出た。いつものように地下鉄駅への道を歩いていて――――――ふいに、音尾が足を止めた。
前方を見つめ、何かに驚いた表情のまま立ち竦んでいる。
「…音尾?」
「……あなた…」
目の前に立つ華奢な女性。見覚えのあるその顔は………間違いなく、音尾の奥さんだった。
「…お…前…」
「話があって来たの。…時間、ある?」
奥さんの言葉に、音尾は俺の方を見た。……その表情は、なんて言い表したらいいだろう。悲しそうな…済まなそうな……苦しそうな。
きっとどれもが当てはまる。
音尾の中では。色んな感情がごちゃ混ぜになっている筈で。
「……行っといで。余計な気は遣わなくていいから。」
「……安田さん……」
……俺は上手く笑えているだろうか。
自信はなかった。………けど俺に出来ることは、それだけだったから。俺が辛そうな顔をしたら、音尾が余計苦しむことになってしまうから。
「俺は帰ってるから。何かあったら電話しといで。」
行くのを促すように、音尾の背を軽くポンと叩いた。
奥さんに会釈をし、俺は足早にその場を去った。
その夜は音尾からの電話は無く……ろくに眠れないまま、朝を迎えてしまった。
色んなことを考えるうち、どんどん目が冴えていって。奥さんの話は何だったのか……別れるつもりなのか、やり直したいと思っているのか。
そして音尾は、どんな決断をするのか。
奥さんとの話し合いは、いずれにしても必要なことで……避けて通れるものではなかったんだから、仕方ない。なのにあのとき、咄嗟に「行かないで欲しい」と思ってしまった。
今日は連絡が来るだろうか。……昨日の別れ際の音尾の表情を思い出すと、ほんとは自分から電話をかけて、一言でも声を聞きたかったけど……大事な事を考えているところを、邪魔したくないとも思うし。
誰より辛いのはきっと音尾なのだから、今は連絡を待つべきなんだろう。
…頭の中は、音尾への想いと不安と…こんな自分が情けないのとでぐちゃぐちゃだった。
何をする気にもなれず、パジャマのまま家の中でぼーっと過ごした。外はとてもいい天気だ。……もしかしたら、子供と一緒に出掛けているのかもしれない。
「………笑ってればいいな……」
――――――――そう、せめて音尾が………俺といるときよりも幸せそうに笑っているんなら。
それなら、きっと納得もいく。俺じゃダメなんだと。
音尾の気持ちを疑っている訳ではないけど、親として、子供に会えば多少なりとも気持ちが揺れるのは当たり前の筈で。
今日連絡がなかったとしても、明日は会社で会える。
………答えはもう出ているんだろうか………。
「え……休み?」
寝不足のまま出社して、折角音尾の顔を見れると思っていた月曜日。親戚に不幸があったとかで、音尾から三日間休むと連絡が入ったという。
拍子抜けしたのと心配なのとで、また頭はぐちゃぐちゃだ。親戚に不幸……は、休みを取るための口実だとは思うけど。
取り敢えず余計なことは考えないようにして、仕事に集中することにした。今、俺に出来ることは何もない。なりふり構わず奪ってしまえたら、どんなにいいかと思うけど……音尾の立場を考えれば、そんなこと出来る訳もない。
音尾を傷つけるのが何より怖いから………。
仕事に集中するうち、気付けば昼休みになっていた。外回りから戻った佐藤が、大泉と楽しげに話してるのが目に入る。元々同期で仲は良かったけど、最近特につるんでる気がする。……何のしがらみもない奴らはいいよなーなんて、ひがみ半分で考える。
……そういや、大泉には彼女がいたんだっけ。自分が音尾とそういう関係になったからって、大泉と佐藤までがそうだとは限らないよな。………重症だ…いいかげん。
んーっと伸びをして、飯を食おうと外へ出掛けた。
近くの定食屋で飯を済ませて会社に戻り、天気がいいので屋上に出てみた。音尾が自分自身を偽って、俺にさよならを言ったのもここ。結婚を前にした俺の様子がおかしいことに気付き、自分に正直になれと森崎部長が背中を押してくれたのもここだ。
音尾と付き合いだしてからは、ここで何度も一緒に弁当を食った。
「……何してんのかなー……。今頃……」
仕事を離れれば、考えるのは音尾のことばっかりだ。どうしてるんだろう。何も連絡がないのは何故なんだろう。子供の為にやりなおすことにした?………それとも、単に話し合いが難航していて忙しいだけなのか?
秋の気配も深まり、高くなり始めた空を見上げて、本当に待つだけでいいのかと自問自答してみる。
………答えは出ない。ポケットから携帯を取り出し、音尾の携帯番号をじっと見つめた。発信ボタンさえ押せば、音尾の声が聞けるかもしれないのに………やっぱり、かけることは出来なかった。
音尾のことから気を逸らそうとして、いつもより帰って集中力が増したのか、仕事は定時で綺麗さっぱり片付いてしまった。……が、どうせ帰ってもぼーっとしたり、ずぶずぶ落ち込んでいくのは目に見えてるので、まだ手を付けなくてもいい書類にまで目を通したりした。
給湯室に行き、自分でコーヒーを淹れた。自分の机に戻り、一口啜る。
………何だか味気ない。俺の淹れ方が下手なせいもあるのだろうが、理由は明白だ。
―――――――――音尾がここにいないから。
視界が滲んで、手元の書類にぽたりと染みを作った。
「………まいったなぁ……。何だよ……これ………」
………音尾。お前が俺の為にさよならを言ったときの顔……今でもはっきり覚えてるよ。
それまで見たことのない、厳しい表情だった。とても毅然としてた。
………なのに俺のこのザマは。
ごめん、音尾………。俺はこんなにも情けなくて、だめな男だよ………。
気を取り直して一仕事した後、夕食も外で軽く済ませてから家路についた。家に着き、後は風呂に入って寝るだけだなーなんて考えながら、ネクタイを緩める。鞄をソファーにとせさりと放り投げ、風呂を沸かしに行こうとして、ふと電話に目がいった。
留守録ボタンが点滅してる。
………どうせ実家とか親戚とか……ろくなもんじゃないだろうと思いながら、ボタンを押して驚いた。
『……安田さん? 俺です……。すいません、声が聞きたくて……。………明日またかけ直します……』
寂しそうなその声は、間違いなく音尾のもので。
時計を見るとほんの三十分ほど前にかかってきたらしい。あいつのことだ、きっと仕事の邪魔になるとでも思って、携帯にかけてこなかったんだろう。
恐らく自宅からだろうとは思うけど、一応携帯にかけてみた。
「もしもし? 音尾? 俺だ。」
『………安田さん………』
眺めのコールの後、電話に出た音尾の声はやっぱり元気がなかった。
「今家か? 一人?」
『はい……』
「携帯にかければいいだろ? そしたら会社からすぐそっち行ったのに。」
『………仕事の邪魔しちゃ行けないと思って……。………それに、俺凄くみっともない顔してるから。主任には会えませんよ………』
音尾はぐすっと鼻を啜りながら喋ってる。
「…………音尾…。泣いてるのか……?」
『…………………』
嗚咽らしき音が、受話器の向こうから聞こえてくる。
「今から行くから。待っててくれ。」
いてもたってもいられず、俺は家を飛び出した。
タクシーを降り、マンションの怪談を駆け上がる。結婚式から逃げてきたあの時と同じように。
チャイムを忙しなく鳴らして応答を待った。暫くして、かちゃりと鍵の外れる音がした。
「音尾………」
恐る恐る顔を出した音尾は、ずっと泣いていたのか瞼が腫れてて、目も真っ赤だった。俺の顔を見て大粒の涙を零した音尾は、ぎゅうっと抱きついてきた。
「…音尾? ……何があった?」
両腕で音尾の背をそっと包んだ。音尾は何も言わず、抱きついたまま。
「……中、入ろう? な?」
音尾を宥めて部屋に入り、リビングのソファに腰掛けて、もう一度そっと抱き締めた。
目の前の音尾が痛々しくて、温もりが嬉しくて……さっきまでのうじうじした感情は消えてしまっていた。
音尾はずっと黙ったままだ。
「………音尾、お前飯は?」
この様子だときっと飯は食ってない。そう感じて聞くだけ聞いてみた。
「………食って…ません………」
音尾は小さな声で答えた。
「いつから?」
「…………昨日の夜から……」
音尾は自分でもいつから食っていなかったか忘れていたようだった。
「じゃあ、何か食わないと。作ってやるから待ってな。」
音尾の腕をそっと解き、くしゃっと髪を撫でてキッチンへ行った。炊飯ジャーを早炊きでセットして、冷蔵庫やシンクの周りの引き出しを探ってみる。海苔やかつおぶし、味噌なんかはある。……何とかなりそうだ。
冷蔵庫にちょっとずつ残っていた野菜で味噌汁作って、おかかを具にしておにぎり握って。お盆に乗せて、ソファにうずくまってる音尾に差し出した。
「食ってみ。…きっと腹減ってるから。ゆっくり噛んでな?」
つい、まるで子供を相手にしてるみたいな口調で言ってしまった。お盆をソファに置くと、音尾は目元をぐいっと手で拭って、味噌汁をこくっと飲んだ。
おにぎりをもくもくと食べ続けるうち、音尾の目からはまた大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
「思い出したのか? 腹減ってたの。」
音尾はもぐもぐ口を動かしながら、こくっと頷いた後、話し出した。
「………毎日一緒にいたかったんです……安田さんと……」
いきなり核心に触れられて、どっきりした。
「安田さんといると、楽しくて…幸せで。…だから離婚したって、今更悲しくなんかない。………けど……」
「………けど?」
「昨日、……久し振りに会ったんです………娘に。俺のことなんて忘れてると思ってたのに、覚えててくれて。『ぱぱ』って言ったんです………。別れ際に俺から離れようとしなくて、泣くんですよ……」
食べかけのおにぎりと味噌汁が乗っかったお盆を傍らのテーブルに置き、音尾の隣りに座る。
「俺………欲張りなんです……安田さんがいるのに………も、これで父親じゃなくなるんだって思ったら、辛くて涙止まらなくて……」
ぼろぼろと泣く音尾が堪らなくて、ぎゅうっと抱き締めた。
「……父親は父親だろう。その事実は変わらないよ。」
慰めにもならないかもしれないけど、それは真実だから。
「たまに会うことも許されないのかい?」
「………もうすぐ新しい父親が出来るんです。だから…もう………」
「――――――――――………そっか……」
あまりのことに言葉が出てこなかった。音尾との話し合いにも応じなかった奥さんが、わざわざ自分から出向いて来たのは………そういうことだったんだ。
ふと気付いてみれば、部屋の中は以前よりも殺風景だ。多分、奥さんの荷物を運び出した後だからなんだろう。
リビングの片隅に置いてあったおもちゃ箱も無くなっている。
「……ごめんな、音尾…。お前が泣いてるのに、俺……喜んでる。」
「…安田さん?」
涙を拭った音尾は、困惑した顔で俺を見た。
「…お前が泣くと、俺も苦しくなるよ。…でも、……これでお前と一緒に暮らせる、…やっと誰にも後ろめたさを感じないで、ずーっと一緒にいられるって……喜んでる自分もいる……」
「………それは…俺も同じです……。安田さんと、何のしがらみもなく一緒にいられるのは、凄く嬉しいです………」
そっと唇を重ね、抱き寄せた。時が経てば音尾もきっといつかは、子供のことを思い出しても、胸が痛むことは無くなるだろう。
………そうであって欲しい。
「……俺、たった丸二日会えなかっただけなのに、すんげえ長く感じてさ……。自分が情けなかったよ。お前を幸せにするどころじゃないよなあって………」
音尾は俺の顔を覗き込んで、微笑んだ。
「幸せですよ? 俺……。…でも、二人でもっと幸せになりましょう? ……もう俺、泣きませんから……」
きゅっと俺の背に両腕を廻し、今度は音尾から口付けてきた。
もう泣かない、と言った音尾の目は、赤く潤んだままだった。
音尾は食べかけだった飯を全部食った後、風呂に入って先に休んだ。俺は泊まらせてもらうことにして、台所の片付けを済まして風呂を借りた。髪を拭きつつ寝室を覗くと、音尾はぐっすりと寝入っているようだ。
…瞼の腫れは少しは引いたみたいだけど、目の下のくまはうっすらと残っている。きっと昨夜は眠っていないんだろう。
起こさないようにそっと寝室を出てリビングへ行き、勝手に酒を拝借して一息ついた。もう夜中一時を過ぎて、時計の音だけが部屋に響いている。とても静かだ。
「うちの親ね、目の中に入れても痛くないってくらい、あの子を可愛がってくれてました。…だから、あの人達から孫を奪ってしまったことは……ちょっとね、胸が痛みます…」
飯を食い終わった後、音尾がぽつりと零した言葉。
……明日、音尾は離婚か成立したことを親に報告すると言った。ずっと別居していたことも、そういうことになったそもそもの理由も親には話してあったらしいけど……やはり気は重いだろう。
そうっとベッドに潜り込み、穏やかな寝息を立てる音尾の温もりを感じながら、俺も眠りについた。
朝、一旦家へ戻って地ゆんびしてから出勤だから、かなり早めに起きなきゃならないけど……夜は音尾が俺の家で飯を作って待っててくれるというので、仕事もバリバリこなせそうだ。
安心しきったように眠る音尾を見つめながら、そんな事を思った。
朝、やはり寝不足のまま出社して、欠伸を連発しながらの仕事だったけど、昨日の頑張りのお陰で定時で上がることが出来た。
……家に帰れば音尾が待っててくれる。そう思うと、嬉しくて自然と足も早まる。
信号待ちで、ふとある一軒の店が目に入った。
「ただいまー。」
ただいまなんて言ったのは、もの凄く久し振りだった。……そう、純子と付き合っていたとき、やつぱり純子も飯を作って待っていてくれたことがあったっけ。……それ以来だ。
「あ、おかえりなさい。」
リビングの方から音尾とがひょっこりと顔を出した。煮物か何かのいい匂いが、ふわりと漂ってくる。
「早かったんですねえ。もうすぐ出来ますから、風呂でも先に入ってて下さい。沸いてますから。」
「……………」
「? 安田さん?」
思わずぼーっとしてしまった俺に、音尾はきょとんとしてる。
「……いや、いいなあって…思って…。お前がお帰りって迎えてくれて、飯のいい匂いがしてて……風呂も沸いてて、何ていうか………」
「……新婚さんみたいとかベタベタなこと考えてるんでしょ。」
音尾は呆れたような顔をしつつ、心なしか赤くなってるような気がする。その顔を隠すようにキッチンへ戻った音尾は。火にかけたままの鍋の蓋を取り、煮え具合を確かめてる。
危なくないのを確認して、後ろからきゅうっと抱き締め、鍋の中を覗き込む。
「あ、わ、安田さん?」
「あ、肉じゃがだv すっげえ美味そう!」
かなりびっくりした様子だったが、音尾はさして抵抗もしなかった。胸のあたりに廻した俺の腕に、自分の手を重ねてきた。
「味は保証できないですよー。あとはね、冷蔵庫に刺身の盛り合わせと冷酒が入っています。それとカニの酢の物と。」
「……豪華だね。」
飯が豪華なのは嬉しいことだけど……音尾が変に明るいのが引っ掛かった。
「………音尾、お前……どうだった? 今日………」
離婚したことを両親に報告しにいって……きっと何かあったんだろうと思った。
「……勘当されました。」
「…え。」
びっくりして、抱き締めていた手が緩んだ。音尾は俺に向き直って、苦笑した。
「勘当は冗談です。…離婚したことに対しては、責められませんでしたよ。別居のことも、そうなるに至った理由も話してましたし。………俺ね、……言ったんです、正直に。」
「……何て?」
「…好きな人がいるって。……相手は男だって……」
――――――それって……まさか……カミングアウトってことか?
「音尾…お前…」
「…安田さんが責任感じることはないですからね? ……俺自身の問題なんです。嘘はつけないんですよね…昔から。…幸い、兄夫婦にも子供が出来たらしいんです。……俺は好き勝手に生きさせてもらおうと思って。」
音尾は穏やかに微笑んだ。
―――――――――俺は、純子との結婚から逃げ出して、親に赤っ恥かかせて………何故結婚出来なかったか、その理由さえ言わずに親と疎遠になっていて。
「………先越された………」
「安田さん?」
「お前のこと、いずれは言おうと思ってた。…俺も。受け入れられる筈無いのは勿論だけどさ、悲しませるのって……やっぱ辛いだろ? それで色々悩んでたんだけどさ……」
真実を言わないことも、優しさのひとつだと思っていた。自分の愛している人間が同性なんだと打ち明けて、親を悲しませるよりは……。
「いいんですよ。無理、しないで下さい。ほんとのことを言わないのも…優しさですよ。俺もそのうち折を見て話そうと思っていたんですけどね、話の流れ上、つい……。父親は青筋立てて震えてましたし、母親には泣かれました。……親不孝なことばかり重なっちゃいましたけど、俺はこれでスッとしました……」
音尾の表情は穏やかだった。……でも、親思いの音尾のことだ。辛くない筈はない。
「……音尾。大事にするよ。………一生……」
音尾の額にこつん、と自分の額をあてて音尾を抱き寄せ、そっと唇を重ねた。
「………安田さん、……抱いて。」
ぽふ、と音尾をベッドに押し倒し、首筋に口付けた。髪からふわりといい匂いがして、思わずくすっと笑ってしまった。
「?」
「…肉じゃがのいい匂いが移っちゃってる。美味そうだなーv」
不思議そうに見上げる音尾にそう言うと、音尾はかあっと赤くなって顔を逸らした。
「……っ…………」
その肌に唇を戻し、掌で体をまさぐった。音尾の呼吸が少しずつ乱れ、吐息に甘い声が混じり始める。胸の突起を吸い上げて舌先で転がすと、ぴくん、と体が震えた。
「安田…さ………」
切なげな声に、顔を上げて音尾を見た。音尾は顔を真っ赤にして、目に涙を溜めていた。
「…どうした?」
「好きです……」
閉じた目から、涙が一筋流れ落ちた。その涙の意味は、漠然とではあったけど、分かる気がした。
いっぺんにいろんなことがありすぎたのと………きっと、この先の不安とが、入り混じっているんだろう……。
「…俺も好きだよ…。愛してる………」
それはほんの気休めにしかならない言葉かもしれないけど。……でも、俺にとっても今はその言葉が全てだった。
音尾の唇にそっと口付けると、目を開けて俺を見上げた。
「……安田…さん………」
俺を見つめる目が、赤く潤んでる。
「ん?」
「……お願いです……、今貴方に手を離されたら、俺………」
胸を締め付けられるような呟きに、堪らなくなってその体を掻き抱いた。
「……離すかよ……」
音尾の両腕が、俺の背をきつく抱き締めた。
「…音尾、俺……ひょっとしたらお前が、奥さんのとこに行ったきり戻ってこないかもしれないって…ちょっとだけ不安になった。こんな情けない俺の方が、お前に愛想尽かされるかもしれないな……」
俺の背に廻されていた腕から力が抜けて、俺もそっと音尾を解放した。
音尾はとても切なげに俺を見上げていた。
「…そんなこと、ありません……。安田さんがそんな風に俺を思ってくれるの……凄く、嬉しいです………」
音尾の手が俺の頬を優しく包んだ。幸せそうに微笑む音尾は、とても綺麗だった。
「……お前が好きだよ……。絶対に失いたくない…」
音尾がいなければ、ダメになるのは俺の方で。だから、音尾の言葉が嬉しくて…可愛くて、仕方なかった。
深く口付けを交わし合い、音尾の体をまさぐった。
「……っ……ぁ………」
震える肌に舌を這わせ口付けて、朱を散らしていく。乱れた呼吸を繰り返しながら、音尾の手が力なくシーツを握り締めた。
甘い喘ぎ声に耳をくすぐられ、止めどなく沸き上がる愛しさと欲望のままに愛撫を繰り返した。
「……ぁ……、ん…っ……」
脚を大きく開かせ、指先でそっと最奥を探ると、ピクリと体を竦ませる。膝裏を持ち上げて深く折り曲げさせ、そこをほぐすように舌を這わせた。
「……や…あっ……! …ん…んっ……」
唾液で潤したそこに、指を埋め込んでいく。圧迫感に顔を歪めた音尾の内壁をゆっくりと擦り、抽挿を繰り返すうち、その唇から甘い吐息が零れはじめた。
顔を真っ赤にして、目尻に涙を滲ませながら身を捩る。
「…音尾……すっげえ可愛い……」
「…あ……っ……」
ヒクヒクとまとわりついてくるそこから指を引き抜くと、音尾は切なげな声を上げた。既に俺自身も音尾自身も、限界まで張り詰めていた。
「…おいで、音尾……」
そっと音尾を抱き起こし、向かい合わせに座った俺の上に座るよう促す。
ほんの少し戸惑いながらも、音尾はゆっくりと腰を落とし、自ら俺自身を自分の中に迎え入れた。
「…っく………ふ…………」
苦しそうな声を上げた音尾は全てを収めきり、ぎゅっと俺にしがみついてきた。その表情が見たくて、やんわりと腕を解き、顔を覗き込んだ。
目を赤く潤ませて困ったように眉を顰める音尾は、本当に可愛くて……嗜虐的な感情さえ沸いてくる。
ちゅっ…と唇を合わせ、音尾の胸の蕾を舐め上げて口に含み、緩く噛んだ。片腕で音尾の体を支え、空いている方の手で音尾自身をそっと扱く。先走りの体液で、ぬるりと指が滑った。
「ああっ…! や…、安田さ……!!」
びくりと体が震えるのと同時に、俺を受け入れたそこが、きゅっと締め付けてきた。思わず身震いしてしまう。
「……すぐイっちまいそう…」
「あ…あっ……!!」
もっともっと快楽を貪りたくて、そのまま音尾を押し倒し、激しい抽挿を繰り返す。
「んああああっ!! は、あ…! や…すだ…さ……!!」
ベッドのスプリングがぎしぎしと音を立て、シーツの上に互いの汗と体液と…音尾の涙が滴っていく。
自身にまとわりつき締め付けてくる音尾の内壁を、あっさりと達してしまいそうになるのを堪えながら、尚も掻き回していった。
「や…あ…あ、もぉ…っ! やすだ…さ……イっ…ちゃ……!!」
がくがくと震えながら、音尾は俺の背にきつく腕を廻した。
「一緒に…イこ……音尾……」
音尾の腰を両手で掴み、更に激しく自身を突き立てた。
「!! 安田さ…! っああああ…―――――――――っ!!」
「…くっ……――――――――!」
音尾の体が反り、ビクンと硬直した。音尾自身から吐き出された熱い欲望が、俺の肌を濡らす。
それとほぼ同時に、俺もまた音尾の最奥に全ての欲望を注ぎ込んでいた……。
ふと目を覚ますと、時計は十一時を廻ろうとしていた。腕の中にはすやすやと眠る音尾。
行為の後、風呂にも入らず飯も食わず、そのまま抱いて眠ってしまっていた。穏やかな寝顔は、見てるだけで幸せになる。
そっと前髪を払い、額に口付けた。
「…ぅ……ん……?」
小さく身動きした音尾の手に、きゅっと自分の指を絡めた。
「…や…すださん……?」
覚めきらない目をしょぼしょぼさせながらも、俺の顔を見て嬉しそうに微笑んだ。
「まだ眠い? このまま朝まで寝る?」
「……ん………」
音尾はもそもそとまた俺の肩口に額を擦りつけるように丸くなり、暫しそのまま。この分だと朝までぐっすりかもなあと思いながら、そっと背に腕を廻した。
「……そーいえば…、晩飯まだでしたね……」
「ん? ああ、そうだな。腹減ったか?」
俺としては減ってるような減ってないような……腕の中の音尾は可愛いし、ここ数日のもやもやしていた気分も、すっかりすっきりしてしまっていて。飯なんかどうでもいい心境で。
「……ん…、少し減りました……。けど、…気持ちいいから……」
甘えるように頭を擦りつけ、半分寝ながら答える。
……正直、また襲いたくなる。
「じゃあ、も少しこのまま寝てようか。我慢出来なくなったら起きて食おう。」
「……は…い………」
すう…と寝入ってしまった音尾を抱き締め直し、タオルケットと毛布をすっぽりと被った。
目の前の穏やかな寝顔が、とても嬉しくて……そっと髪を撫でた。
「…やすださん……」
てっきり寝言かと思ったが、そうではなかったようで。音尾は目を瞑ったまま、言葉を続けた。
「…マンションの買い手、早々に着きそうなんです。俺、明日から荷物まとめます……。…だから、その……申し訳ないんですけど、まとめた荷物を一時ここに……」
そこまで言って、音尾は目を開けて済まなそうに俺を見た。
……ってことは、音尾…? つまりは………。
「……それは構わないけど…。…新居、契約しちまっても……いいってことか………?」
「……支払いは半分こですよ? …俺、養われたかないですし。………安田さん。」
「ん?」
音尾は切なげな表情で、俺の顔を見つめた。
「………俺のこと、もし…少しでも負担になったら、言って下さいね…」
「何言ってんだ? お前…」
俺にしてみれば、音尾のことが負担になるなんて、絶対ありえない事で。
「言葉の通りですよ…。俺、自分で思ってたより粘着質だったみたいで。…さっきだって。『手を離さないで下さい』なんて言って……」
「……音尾、お前が粘着質だっていうんなら……俺はお前の百万倍しつこいよ、きっと。すげえ嬉しいもん。お前に『離さないで』って言われるのも、一緒に暮らしていけることになったのも…。甘えたいときは思いっきり甘えてくれ。…俺もそうするから。」
唇を重ね合い、微笑む音尾の肌にそっと手を這わせた。
「……やすださん……っ……」
「…ごめん、もう一回……いいか?」
困惑したような声を上げる音尾にそう言うと、恥ずかしそうにこくりと頷いた。
週末、俺達は新居となるマンションを契約し、その夜はささやかながらお祝いをした。そして会社帰りに衝動買いしたまま、通勤鞄の底にしまいこんでいた小さな包みを音尾に渡した。
………箱の中身はシンプルなデザインの、プラチナの指輪。
驚いて目を丸くする音尾の左手を取り、強引に薬指にはめてしまった。
「ね。これでもう、お前は完全に俺のもの。」
にっこり笑った俺に、音尾は顔を赤くした。
「……俺も買うべきなのかな、指輪。」
掌を広げ、自分の指にはまった指輪をしげしげと見つめながら、音尾が呟いた。思わず苦笑してしまう。
「いいって。これは俺の自己満足なんだから。」
その言葉に対して、これといった返事は無かったが……後日、音尾はしっかりと俺のために指輪を買ってきて、驚かされた。
―――――――――お前を守りたい。
いつも俺の傍で笑って欲しい。他の誰にも理解して貰えなくても、お前といられるのならそれでいい。
………音尾。俺、頑張るから。
これから先、もっともっと二人でしあわせになっていこう。
END
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25LOVERの続編で御座います。
相変わらず可愛らしくて純粋な部下の音尾くんと、
彼のことが好きで好きでたまらない安田主任の
真っ直ぐな恋愛でしたね〜。
新婚さんテイストが非常に甘くて美味ですv
〜続編をお楽しみに〜