L O V E R  〜 蜜 月 旅 行 〜





 腹減っちゃったな………。朝の心地良いまどろみの中で、ぼんやりと思う。
今日明日は休みだから、まだまだ寝ててもいいんだけど。
隣にいる彼は、まだ夢の中って感じでぐっすり寝入ってる。
起こさないようにそっとベッドを抜け出し、リビングへ行く。
カーテンを開くと、暖かい日差しが降り注ぐ。
んーっと伸びをしてキッチンへ行き、コーヒーをいれた。
湯気と共にいい香りが立ち上る。
コーヒーをすすりつつ窓の外を眺めると、雲一つない空が広がっていた。
こんな日はどこかへ行きたいな…。
でも洗濯物も溜ってるし、久し振りに布団を干すのもいいかもしれない。
「おはよ…早いなあ。休みなのに。」
「あ、起こしちゃいましたか。コーヒー飲みます?」
「うん、貰う。…あのさあ、音尾……」
「はい?」
「一緒に暮らし始めて半年以上経つんだからさあ。敬語やめないか?そろそろ…」
…安田さんの言ってることはもっともなんだけど。
会社でのクセが抜けないのと、何よりタメ口に慣れちゃって、会社でポロッと出たりしたら怖いから。
「俺もそうは思ってますけど、でも……」
口籠りつつ、コーヒーの入ったマグカップを手渡した。
「…まあ、お前の言いたいことも分かるけどさ。」
ずずーっとコーヒーをすすって、安田さんが呟いた。
以前からこの話題は出てたから、安田さんもそれ以上無理は言わないんだけど。
「それにしてもいい天気だなあ。どっか行こうか。」
マグカップ片手に窓の方へ移動して、眩しそうに外を眺めた。
「んー…行きたいですけど…洗濯物溜ってますし。布団も干したいなあって。」
「ああ、そういやそうだよな。飯食ったらさっさと済まして、散歩でも行くかあ。」
「そうですね。」

 トーストとハムエッグで朝食を済ませて、洗濯機回して、布団を干して。
ついでにサボりがちだった掃除も済ませた。
早起きしたから、それでもまだ昼前だ。
いつもの散歩コースなら気張ったカッコしなくてもいいかなあ、なんて思いつつ着替えてたら、ふいに安田さんの携帯が鳴った。
「誰だよ、ったく…」
休日にかけてくる相手といえば、親か親戚かってところだろう。
安田さんは面倒臭そうに携帯を手に取った。
…が、画面を見て、ああ、と何かを思い出したように呟き、通話ボタンを押した。
……どうやら身内ではなかったらしい。
話す声が嬉しそうに弾んでる気がする。
その様子に安心して、会話の内容はさして気にもとめず、身支度を続けた。

 さわさわと気持ちのいい風が街路樹を揺らしている。
マンションから都心までは、ゆっくり歩いても二十分程。
すぐ側には公園があって、今日みたいに暖かくて天気のいい日の、散歩コースの定番だった。
「あー、悪い。ちょっと付き合ってくれる?」
「? はい…」
安田さんはいつもの散歩コースとは違う方向へ歩き出した。
何だろうと思いつつ、心なしか嬉しそうに笑う安田さんの後をついていくと、旅行代理店の前で足を止めた。
「え?ここですか?」
「うん。ちょっと待ってて。」
店内に入って真っ直ぐカウンターへ向かった安田さんは、JRの切符らしきものの説明を受けて、それを受け取り、懐にしまいこんだ。
……何だろ?

 「何ですか? さっきの。」
旅行代理店を出た後、ブラブラと歩きながら聞いてみた。
「ん…。来週の休みさ、丁度お前の誕生日と重なってたろ?」
「あ…、そういえばそうでしたっけ…。すっかり忘れてました。」
安田さんは、やっぱり、って感じで苦笑した。
「だから、温泉でもどうかと思ってさ。美味いもん食って、手足伸ばしてデカい風呂入って……一泊二日だから近場だけど、ゆっくりしような。」
「えっ……」
思いがけないプレゼントに、ビックリするやら嬉しいやら。
そういえば旅行とか温泉とか、もう何年も行ってない。
「ほんとは内緒にしとこうかと思ってたんだけど。実はいいなと思っていた宿が、キャンセル待ちの状態で半分諦めてたんだ。それが見事取れたから、嬉しくてさあ。黙ってられなくなっちゃったよ」
安田さんは、てへっ、って感じで笑った。
どうやらさっきの電話は、旅行代理店からだったらしい。
「いえ、早く言ってもらえて良かったですよ? これで一週間、わくわく出来るし」
そりゃあ、突然でも凄く嬉しいに決まってるけど。
でも、どうせならわくわく出来る時間がいっぱいあった方がいいもの。
「JR使うんですか? どこ行くんですか?」
「ああ、行き先言ってなかったな。登別だよ。」
「…近場じゃないじゃないですかぁ。てっきり定山渓あたりかと…。」
登別までは特急列車で一時間程。
定山渓までだって一時間くらいだけど、こっちはバスでの話だし。
「ま、小旅行って感じかな。列車ってしばらく乗ってないから、ちょっとわくわくしてんだ。」
安田さんは子供みたいに無邪気な笑顔を見せた。
自分自身忘れていた誕生日を覚えていてくれたのは、勿論嬉しいけど………何より安田さんが楽しそうなのが、とても嬉しい。
………何だか、とてもキスがしたくなった。
「ね、一旦家戻りましょう。」
「え?」
きょとんとする安田さんの手を引いて、マンションへの道を急いだ。

 「どうしたんだよ? 音尾…」
ばたん、と玄関のドアを閉め、靴を脱ぐのももどかしく、戸惑っている安田さんに思いっきりキスした。
唇をそっと話して安田さんを見ると、凄くビックリしてるみたいで固まってしまってる。
「………街中じゃ出来ないから。さっき、無性にしたくなっちゃって……」
「………こういうことされると、俺も無性にしたくなっちまうんだけど…」
安田さんの『したい』は、キスのことじゃなくて、…つまりはえっちのことな訳で……。
「……布団、干しちゃってますけど。」
「………だな。」
別に、来客用の布団を引っ張り出しても、ソファーでも構わないんだけど。
安田さんはしばらく考え込んだ後、ちゅっと優しく口付けてきた。
「夜まで我慢するよ。散歩の続き行こう。」
えっちするならフカフカの布団がいいから、なんて付け加えて、安田さんは俺の手を引いて外へ出た。
安田さんへの思いを無理矢理断ち切ろうとしたこと、結婚式から逃げ出した安田さんへの中傷や、あらぬ噂に気を揉んだこと。
………離婚問題がスムーズに片付かなくて、申し訳なかったこと。
――――――――それら全てが夢だったんじゃないかと思う程の、優しくて穏やかな日々を俺達は過ごしていた。


 週明け、月曜日。
安田さんは朝から森崎部長と共に会議に出席していて、昼はそのまま部長のお供とやらで、出掛けるらしい。
今日の昼飯は久し振りに一人だから、何にしようかなーなんて考えながらパソコンに向かっていたら、シゲがこそっと話しかけてきた。
「音尾……お前、何かいいことあったの?」
シゲはちょっと訝しげな顔をしてる。
「え? 何で?」
「何でってお前……朝からすっげえ締まりのない顔してんぞ?」
「そのくせ仕事が早いから気持ちわりーんだよ。」
シゲに続いて、大泉にまで突っ込まれた。
………そんなニヤけたツラで仕事してたのか? 俺………。
確かに、週末の温泉のことは考えてたけど。
「べっ…別に何もねえよ。」
「………ふうん。昼飯一緒に食おうな、音尾。」
「どうせ一人なんだろ、今日。」
一応否定はしてみたが、どうやら無駄だったらしい。
二人はニヤニヤしながら仕事に戻っていった。
どうしても白状させたいらしい。
……まあ、俺と安田主任のことは、とっくにシゲに話していて大泉も知っているし、二人は付き合ってるんだから別にいいんだけど。

 昼休みになり、二人に連れて行かれたのはいつもの定食屋。
さすがにそこでは誰に聞かれるか分からないので口は割らず、飯を済ませた後、三人で缶コーヒー片手に会社の屋上へ行った。
「大したことじゃないんだってば。週末、ちょっと登別行くだけだよ。」
「へえー、主任と?」
「うん。温泉でゆっくりしようって、安田さんが……」
「…ゆっくりねえ。出来んの?」
大泉がニヤニヤと意味深に笑った。
何のことやら咄差には分からなかったが、理解しかけたところでシゲがすかさず大泉をどついた。
「何すんだよ!」
「どうしてお前はそんなに下世話なんだ! 何でも自分と一緒にすんな!!」
……ってことは…つまりはこの二人も……。
「しょうがないべや! 俺だってそんなつもりなかったけど、一緒に入ってたらムラムラ来ちまったんだから!! だいたい、お前の肌が綺麗過ぎるのが悪いんだ!!」
「あああ…音尾の前で何言ってくれんのよ!! お前ぇっ!!」
誰も聞いてないか、思わず周りをキョロキョロ見回してしまった。
なんせ、二人共声がデカいのだ。
しかし、やっと春の兆しが訪れたこの時期に屋上に来る物好きは、俺達くらいなものらしく…ホッとした。
………それにしても。普段、客観的に自分のことを見るなんて出来ないけど、俺も……俺と安田さんも、こんなだろうか。
顔を真っ赤にしてキーキーわめいてるシゲは、まるで大型犬に逆毛を立てている子猫だ。
大泉は応戦しているように見えて、実はあんまり動じてないし。
「……ごちそうさまって感じ………」
ポロッとこぼしてしまった言葉に、シゲはピクリと反応してこっちをキッと見た。
思わず後ずさってしまう。
「……言っとくけどな、音尾…。今日のお前なんて頭のてっぺんに花咲く勢いだぞ。俺に言わせりゃ、お前と安田主任の方がよっぽどバカップルで御馳走様だ!!」
……………むかっ。
よりによってお前に言われたかねえや。
お前の方こそ、お前らがそういうことになってるって全然知らなかった俺なんかが、簡単に気付いちまう程だったんだぞ。
だから安田さんとのこと、お前に打ち明けたのに。
「…何だよシゲ、羨ましいのか?」
俺はお前ら程バカップルじゃないとでも言いたげなシゲの口調に、俺が反論するよりも早く、大泉が切り返した。
「馬鹿っっ! 会社でベタベタすんなー!!」
「会社以外でならいいんだ?v
シゲは大泉の腕の中で、顔を真っ赤にしてジタバタしてる。
まったく、仲のいいことで。
「…じゃあ俺、先に戻ってる。ごゆっくり〜。」
ハードにじゃれ合う二人を放って、俺は仕事に戻った。




 土曜日の朝。会社に行くのと同じくらいの時間に起きて、身支度を整えた。
荷物という荷物も特に無く、せいぜい替えの下着や洗面道具にハンカチにティッシュ、財布くらいなもの。
地下鉄に三駅ほど揺られて、札幌駅に着いた。
朝飯用に駅弁買って、JRに乗り込んだ。
車内はあまり混んでなくて、周りの座席は空いたままだ。
「音尾、昨日眠れたか?」
「…実はあんまり。俺、ガキの頃からそうなんです。遠足の前日なんて、興奮して眠れなくて。当日結局、バスの中で爆睡ですよ。」
でも今日は寝てる暇なんてない。
窓の外を眺めながら、あれこれ話をして、弁当食って。
あっという間に時間が過ぎていく。
「十二時にはチェックイン出来るから、それまで観光して……チェックインしたら一眠りする?」
「時間勿体なくないです? 大丈夫ですよ、俺。」
折角の旅行なのに、眠っちゃうなんて勿体ない。そう思って。
「いや、俺は別に…。宿でゆっくり出来りゃいいし。目、赤いよ音尾。」
安田さんは優しく微笑んで、周りに誰もいないのをいいことに、そっと唇を重ねてきた。
―――――――そういえば。日常とは違うこんな空間でこんなことするのは、初めてだっけ……。
何だか気持ち良くって、すぐにでも寝ちゃいたいなんて思ってしまう。




 安田さんの言葉に甘えて、観光もそこそこに宿にチェックインした。
……改めて驚いてしまった。
もともと立派な旅館ではあるけど……安田さんが予約していたのは本館ではなく、客室露天風呂付きの離れだったからだ。
部屋も二つあって、奥の部屋には既に布団が敷いてある。
布団敷きだ何だと客がくつろいでいるところを邪魔しないように、この宿では食事の用意のとき以外、仲居さんが部屋に来ることはないという。
露天風呂からは小さいけど綺麗な庭が望め、とても静かで空気も綺麗だ。
「食事は六時で頼んであるから、本館の大浴場と露天風呂でひとっぷろ浴びてから寝ても余裕だな。どうする?」
「………なんかあんまり立派過ぎて、目ぇ冴えちゃいましたよ………」
「んじゃ、大浴場行ってみよっか。上がったら昼飯にしよ。」
「はいv

 本館の大浴場は内湯が檜造りで、露天は岩風呂。
中途半端な時間帯のせいか、あまり人がいない。
天気が良くて気持ち良さそうだったので、掛け湯をした後露天に行った。
「貸し切りですね〜v 気持ちいーいv
「やっぱりいいよな〜、広い風呂って。」
手足を思いっきり伸ばして、とっぷりと肩まで浸かる。
たわいない話をしながら入っていて………ふと、大泉の言っていたことを思い出してしまった。
……一緒に入ったらムラムラしただの、ゆっくりなんて出来るの? だの。
「…音尾? 顔赤いぞ? どうした?」
「え…いえ、何でも……」
あわわ。どうやら顔に出てしまったらしい。
風呂でえっち…は、実は途中までしたことがあった。
まだ一緒に暮らす前、安田さん家に泊まりに行って風呂に一緒に入ったら、体洗ってる最中にちょっかいかけてきて、そのまま抜かれちゃったんだ……。
「音尾、大丈夫か? のぼせるなよ?」
安田さんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
余計なことを思い出してしまったせいで、顔が熱い。
…きっと相当真っ赤な筈だ。
「…かっ…体流して上がりましょうか。腹減っちゃいましたし。」
「ああ。」
安田さんは平然としてる。
余計なこと考えてドキドキしちゃってる俺が、馬鹿みたいだ。
うっすら顔に汗かいて、髪に水滴を滴らせてる安田さんは、………まるでえっちの最中のときみたいに艶っぽくて綺麗で……。
このままじゃ、風呂から上がるに上がれない状態になりそうで怖い。
………安田さんは何も感じてないのかなあ………。

 なんとかのぼせずに大浴場を出た後、館内の食事処で軽めの昼飯をとって、お土産なんかを見て回った。
何で昼飯が軽めなのかというと…勿論、夜の豪華な食事に備える為なんである。

 離れに戻り、お茶を飲んで一息ついた。
とても静かで、外からは鳥のさえずる声や、露天風呂のお湯の流れる音が、ちょろちょろと聞こえてきて……何にもすることはないんだけど、テレビなんてつけるのはあまりに無粋ってもんだ。
……でも、風呂に入って飯食ったせいか、凄い眠気が襲ってきた。
と、安田さんもふわあと欠伸をして、外してテーブルに置いてあった腕時計を覗いた。
「…三時過ぎかあ。一眠りしようかな。」
「…そうですねー……。俺も急に眠くなってきました……」
隣室に敷かれた布団は、当然のことながら二組。
ある程度の感覚をあけて並んでいる。
それをわざわざ新婚さんかってくらいべったりと引っ付けてから、布団にもぐり込んだ。
「うーわー、すっげえふかふか!」
久し振りの旅館の布団は、体が沈むくらいフカフカであったかい。
「でもこれ、毎日だと体に悪そうだな〜。」
「…ですね。腰に悪そう…。でも、たまにはいいですねv 気持ちいいですよーv
ふかふかの布団に仰向けに寝っ転がって、ぼんやりと天井を見つめながら……幸せだなーって思った。
手を伸ばして、同じように寝っ転がってる安田さんの手を、きゅっと握った。
安田さんは無言で俺の手を握り返した。
「晩飯、すっごく楽しみだなあ……」
「そうですねぇ…」
手を握り合ったまま、うとうととまどろむ。
………凄く気持ちいいな…。
ずっとずっと、このままでいられたらいいのにな。
そんなことを考えながら、眠りにおちていく束の間。
唇に柔らかな感触が伝わった。安田さんの唇の感触だ……。

 ふと目を覚まして隣を見ると、安田さんはいなくなってた。外は薄暗くなってる。
何時かなーと、もそもそと腕時計に手を伸ばす。
アラームが鳴ってないってことは、まだ飯の時間ではない筈だけど……。
……五時二十分。短時間の睡眠の割には頭がスッキリしてる。
んーっと伸びをして起き上がり、そっと襖を開けた。…が、安田さんの姿はなし。
露天風呂の方から、ちゃぷちゃぷと水音がする。
「……安田さん、入ってんのかな…」
様子を見に行きかけて、昼間の大浴場でのことを思い出した。…やめとこう。
また余計なことを思い出して赤面するハメになるから。
鞄の中をごそごそと探り、煙草を取り出して一服した。
安田さんとそういうことになる前、俺は妻に出ていかれて独りぼっちだった。
安田さんはそんな俺に気を遣って優しく接してくれ、俺の寂しさを紛らわせてくれてた。
そのうち俺の安田さんを慕う気持ちは、いつの間にか上司と部下としての範囲を越えてしまっていて…。
安田さんの婚約者である、純子さんにまで嫉妬するようになってしまっていた。
自分にだって妻子がいるにも関わらず、だ。
そんな醜い感情を自嘲しながらも、初めて安田さんに求められたときは、戸惑いもしたが嬉しかった。
安田さんが結婚するまでは、時間が許す限り傍にいたかった。
それまで優しくしてくれた安田さんに、与えられるものがあるんだとしたら…何でも、あげたかった。
だけど、安田さんは……結婚をやめるつもりだと言い出した。
皆に祝福されて、純子さんと結婚して…いい家庭を作って。
そうして普通に幸せになれる筈が、俺の為にそれら全てをふいにしてしまうつもりなんだと知ったとき………もう、傍にいてはいけないんだと思った。
別居したまま離婚も出来ていない中途半端な俺が、安田さんにあげられるものなんて最初っからなかったんだと。
あげるどころか、このままでは奪うことしか出来ないんだと………。
一方的に別れを告げたときの、安田さんの表情は今でも覚えてる。
凄く悲しそうで……寂しそうだった。
だけど、終らせないと。安田さん自身のの幸せの為なんだからと、自分を必死で納得させた。
――――――――もう、十ヶ月も前のことになる。
 「灰、落ちるよ。音尾。」
「え? あ。」
いつの間にか風呂から上がっていた安田さんの声に驚いて煙草を見ると、もう半分は灰になっていて、慌てて灰皿に落とした。
「考え事でもしてた?」
「ええ、まあ……。どうでした? 露天風呂。」
「すげえ気持ち良かったよ。後で一緒に入ろうなv
「はいv
楽しそうに笑う目の前の安田さんが嬉しくて……愛おしい。
もう絶対、あのときみたいな顔はさせない。
俺はずーっと、そう心に決めてきた。


 品数が豊富で、目にも鮮やかな美味しい料理をたらふく食べて、ちょっぴりお酒も入ったせいですっかり気持ちよくなってしまった。
安田さんの顔も、ほんのり赤い。
「やっぱり評判通りだったな〜。この宿取れて良かったv
「最高でしたね〜。ほんと美味かった! 朝飯も楽しみだな〜v
なんでも、自家製の豆腐を使った湯豆腐だとか、ふわふわなダシ巻き卵なんかが評判なんだそうで。
「…安田さん、ほんとに…凄く嬉しいです。有難うございました…。」
「改まって言うなよ、照れるから。」
安田さんは照れ笑いをして、時計を見た。
「まだ九時前か…。また本館の風呂とか行く? 朝方の三時から五時以外は入れるってさ。」
「…そうですねえ……折角だから後一回くらいは入りたいですけど、ここの露天も入りたいし……。俺、ちょっと入って来ようかな…。」
「そうだな。ゆっくりしといで。」
………ちょっとだけ拍子抜け。てっきり一緒に…って言うんじゃないかと思ってたから。
安田さんは煙草を取り出して、火をつけた。
「…………安田さん。」
「ん?」
「一緒に入らないんですか?」
丁度煙草を吸い込んだところだった安田さんは、思いっきり咳き込んでしまった。
「…だってお前…。いいの?」
ゴホゴホと咳き込みながら、涙目になってる。晩飯前に自分で言ったくせに。一緒に入ろうって。
「…いいですよ?」
昼間の大浴場でのことを考えれば、ヤバいのは俺の方だもん。
………俺だけ、馬鹿みたいにドキドキしてさ。

 露天のお湯は熱すぎず温すぎず、丁度いい加減だ。肩まで浸かってフーッと息を吐き、空を見上げる。澄んだ空に沢山の星がきらめいてる。
風の音とお湯の流れる音しかしない中、安田さんと二人、黙ってお湯に浸かった。
ひんやりした空気が頭を冷やしてくれるから、いつまでも入っていられそうだ。
……まあ、昼に入ったのも露天風呂なんだけど。
あのときは明るすぎて、安田さんを見てドキドキしちゃったけど、日の暮れた今ならきっと大丈夫だから。
「………静かですねえ。凄く贅沢って感じ、します………」
こんな日常と掛け離れた場所で、安田さんと二人きり。今更ながら凄く新鮮で、幸せだなあって感じる。
「………音尾、…」
安田さんの手が伸びてきて、そっと引き寄せられた。
安田さんはとても優しい目で俺を見てて……俺は、そのまま目を閉じた。
安田さんの唇が、そっと俺の唇に押し当てられた。
気持ち良くて、俺は安田さんの背中に、きゅっと両腕を回した。
「………っ……」
次第に激しく唇を貪りながら、体をまさぐってくる。

 身体中の力が抜けて、蕩けていくような感覚に襲われた。
昼間はあんな涼しい顔してたくせに、今は別人みたいに貪欲な手が、俺の理性を蝕んでいく。
最も敏感な部分を掌で刺激されて、自分でも恥ずかしくなる程の甘い声が漏れた。
「…っあ……やぁ……ん………」
「…音尾……すっげ……可愛い………」
背中から撫で下ろされた手は双丘を辿り、指先が最奥へと触れた。
思わずぴくりと体がすくみ、安田さんにすがりついた。
「…あ…ッ………ん…………」
つぷ………と、内側に安田さんの指先が入り込んでくる感覚。
鳥肌が立つような感覚に、びくびくと体が震えた。
「……ごめん…我慢の限界………」
安田さんは耳元でぼそりと呟いて、俺を湯船の内側の段に座らせた。
ドキドキしていた胸が、ひんやりした夜風に晒されて気持ちいい。
「んぁ…っ……」
胸の突起を吸い上げられて、どうしようもなく体がうずき始めていた。
頭の中はぼんやりしてるのに、感度はいつもより増してるみたいで……何か変な感じ……。
「……安田さん、……布団…行きましょう……」
凄く気持ちいいけど、このままじゃのぼせちゃうし……お湯も汚れちゃうから。



 ふかふかの柔らかい布団は、素肌だとますます心地良く感じられた。
「ん……っ………」
優しく肌を這う手と唇に身をよじりながら、シーツをぎゅっと握った。
太股の内側に安田さんの息遣いを感じて、ぴくりと体がすくむ。
自身がねっとりと生暖かい感触に包まれ、手と口で扱かれて、どうしようもない快感に襲われていった。
「は…ぁ……っ………、や…すだ…さ………!」
あっさり達しそうになるのを、必死で我慢する。
――――――――やっぱり、いつもと違う。何か…凄く感じやすくなってる気がする。
「我慢しなくていいよ……音尾………」
「んぁああっ……!!」
きつく吸い上げられて、一瞬頭が真っ白になり――――――――脱力した体がシーツに沈むのと同時に、安田さんの喉がこくりと鳴った。
息を整えながらそっと目を開けてみると、安田さんは口許を手で拭い、艶っぽい笑みを浮かべた。
「お前は可愛いね……いつも………」
言われて、顔がかあっと熱くなった。
「……聞き飽きましたよ、もう………」
「嘘だ。真っ赤な顔して…。…そういうとこも可愛いんだけどさ…」
安田さんは優しく微笑み、俺をそっとうつ伏せた。
腰を持ち上げられ膝を立たされて、腰だけを上に上げた恥ずかしい格好になる。
「…あ…っ………」
安田さんの舌先が体の最も奥まった部分を、ぴちゃりと舐め上げた。
淫猥な音を立てながら、執拗なまでにそこをいじられるうち、俺は自分でも信じられない程の喘ぎ声を上げていた。
「やぁ…んっ……!」
安田さんの手が前に回ってきて…そっと自身を握り込まれた。
「音尾…もうこんなになっちゃってるよ……」
笑いを含んだ安田さんの言葉に、羞恥で全身が熱くなった。
「…………!」
入り口に安田さん自身が押し当てられ、じわじわと奥まで入り込んでくる。
圧迫感に一瞬息を詰めてしまったが、慣らされたそこは、あっさりと安田さんを受け入れていた。
「……痛くない?」
優しく問いかける声に、こくりと頷いた。
安田さんは、ちゅ、と背中に口付けて、ゆっくりと抽挿を始めた。
――――――――内壁を擦られる感覚に肌が粟立ち、堪らずシーツを手繰り寄せた。
激しさを増す互いの呼吸と、安田さんが俺を突き上げる淫猥な音だけが部屋に響いてる。
「…んぁ…っ……」
ふいに安田さんは動きを止め、俺の中から自身をずるりと引き出した。
まだイってもいないのに、何で……と思っていたら、今度は仰向けに寝かされた。
「…ごめん。やっぱり顔見えないと…やだから……」
安田さんは俺がいつの間にか零していた涙を、そっと指先で拭ってくれて…照れたように微笑んだ。
汗がにじんで、ほんのりと赤く染まった安田さんの顔が、とても綺麗に見えた。
口付けをねだるように目を閉じた俺の唇に、そっと唇を重ね、吸い上げてはゆっくりと舌先でなぞってくる。
「んん……っ……」
……くすぐったくて、気持良くて……思わず焦れた声を上げてしまった。
吐息と舌を絡ませ合いながら、激しく互いを求め合うように口付けを繰り返した後、膝裏を持ち上げられて、膝が胸につく程折り曲げさせられた。
「……っ…………」
再び内側に安田さんが入ってくる感覚に、ぞくりと体を震わせた。
「あああっ……!! や、あ、ああっ……!!」
全てを収めきった安田さんは抽挿を繰り返しながら、俺の感じる場所を的確に刺激してくる。
きつすぎる快感に頭を振りたくりながら、安田さんの背に両腕を回した。
「や…あああっ! ……っ…すだ……さ……!!」
「音尾……っ……、すっげ……いい………」
「…ひぁあっ?! あ、あっ…――――!」
激しい吐息混じりにそう言った安田さんは、更に激しく突き上げて来た。
例えようのない快感が背筋を這い上がり、意識がどんどん白濁していく。
――――――――もう、自分がどんな声を上げているかも分からなかった。
「や…すだ…さ…!! もぉ……っ…――――――!!」
頂点に達して意識を手放す寸前、体の最奥に安田さんの放った熱を感じていた………。

 どれくらい眠っていただろうか。目を覚ますと安田さんの腕の中だった。
気配に気付いたのか、安田さんは俺の顔を覗きこんで微笑んだ。
ぼーっと見上げる俺の額に、そっと口付けて――――――――優しく囁いた。
「十二時過ぎたよ。…誕生日おめでとう、音尾…」
照れ臭いやら嬉しいやらで、顔がカーッと熱くなる。
「…ありがと…ございます………」
間違いなく、今までで一番幸せな誕生日。ホントに、勿体ないくらいの……。
「ごめんなぁ、疲れたろ?…これでもほんとは、今回ばかりは我慢しようって思ってたんだ。普段からどっちかっていうと、お前に負担かけてるしさ……家事とか。だから、誕生日くらい労ってあげようって思ってたんだけど……風呂入ったらつい………」
やっぱり俺ってダメだなー、なんて呟いて、照れたように笑った。
……そんなだから、俺は何でもしてあげたくなっちゃうんだよ。
家事だって別に、俺の方が特別負担してる訳じゃない。
休日に早く起きた方が洗濯機回したり、掃除だって気が向いたときにお互いがしてる。
飯だって…二人で作ったり、交代で作ったり。たまに失敗しても、文句言わずに食べてくれるし。
「…充分ですよ。幸せ過ぎて、怖くなるくらい……」
ちゅっと唇を合わせて、安田さんの背に腕を回した。
「朝風呂行きましょうね、目が覚めたら…。」
「うん。」
目を瞑った俺の髪を、安田さんは優しくすいてくれて……俺はまた、眠りにおちていった。

早朝、朝飯の前に大浴場に行き、ゆったりと浸かった。
朝飯はバッチリ期待通りで、朝からとっても贅沢な気分を味わえた。
チェックアウトの時間は十二時。何でも、旅行代理店のキャンペーンの特典のひとつなんだそうで、他にも部屋や料理のグレードを上げるとか、色々あったらしいけど…部屋も料理のグレードも、最初から最高のランクを予約していたので、レイトチェックアウトを選んだのだそうだ。
折角だからと、朝飯の後にまたしても客室露天風呂に浸かった。
「あー、帰りたくないなあ。幸せだな〜v
湯船の中でんーっと手足を伸ばす。
明日から、また一週間が始まる。
「また来ような。今度はもっと足のばして本州とか行きたいなぁ。」
「そうですね〜v
次は俺が計画立てて、安田さんにプレゼントしたい。
「今日もいい天気だなー……」
青く澄み渡った空を眩しそうに見上げて、安田さんが言った。
………この人と出会えて良かった。この人が、俺の存在に気付いてくれて良かった………。




 「んで、どうだった?」
「どうって……楽しかったよ? 部屋も料理も最高だったし。」
月曜日。いつものように安田さんと出社してそれぞれの席につき、安田さんが書類を森崎部長のところへ持っていったのを見計らって、シゲが話しかけてきた。
「部屋は離れだったし、露天風呂付いててさ、あんな贅沢初めてだよー、俺。」
「ゆっくり出来た?」
書類のファイルを抱えた大泉が、いつの間にか後ろに立ってて、ニヤニヤと話しかけてきた。
シゲは眉間にシワを寄せて、大泉をキッと見た。
『また下世話なことを』とでも言いたげな表情だ。
……いいんだけどさ、俺は別に。人前で安田さんの名前さえ出なければ。
「…出来たよ、ゆったりまったりしっぽり。」
「……………」
二人はポカンと口を開けたまま、固まってしまった。………今更じゃんか。
どうせお前らだってしてるくせに。
「お…音尾、お前言うようになったなあ。前はそういうこと言うと、顔真っ赤にして怒ったじゃん。」
「頭に花咲く勢いのバカップルって言ったのシゲだろ。…なあ、大泉ぃ。お前来月誕生日じゃん? シゲに温泉連れてって貰えよ。温泉の中だと、感度って上がるのな〜。」
「?!」
「……おお、いいねえ〜……」
大泉がニヤリと笑ってシゲを見た。
シゲは俺と大泉を交互に見て、訳が分からないって感じで動揺してる。
……俺もしてやったりと笑ってやった。一週間前に屋上で言われたことへの、ささやかな反撃。
「さ、仕事仕事〜♪」
俺と大泉は、口をぱくぱくさせているシゲを放って、さっさと仕事に取り掛かった。
火に油を注いだのか、水を差したのかは分からないが……どうせ幸せなんだからいいだろう。
自分の机に戻ってきた安田さんが、俺達の様子を変に思ったのか、きょとんとした表情でこっちを見た。
にこ、と笑いかけると、安田さんもにっこり笑った。

………何とでも言えばいい。俺は毎日が楽しくて、幸せだ。





   



25LOVER、3作目は温泉旅行でした。
音尾くんの中に愛されている仄かな自信が見え隠れしていて、
とっても可愛いことこの上ナシです


因みに今回は続きがアップされるのが早いな〜なんて思われた方もいらっしゃるでしょうか。
実はワタクシのリライトがおっつかないので、今回試験的に
携帯から何回かに分けてメールして頂いたものを繋ぎ合わせて、アップしております。



多分、というか絶対に打ち間違えなどの誤字が無くなっていることでしょう。。。(泣笑)





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