満ちていく月
真っ黒で艶やかな髪にふちどられてる、綺麗な顔。うっすら汗が滲んでて、余計に艶っぽく見える。つい、ぼうっと見とれてしまう。
「…琢ちゃん?どうしたの?」
俺の上に居る彼が、聞いてきた。
「…綺麗だなあって…思って…」
熱に浮かされたように答えた言葉に、彼は少し驚いた様子で。
「琢ちゃんも、とっても可愛いよ」
「だから、嬉しくないってば。可愛いなんて」
わざと毒づいて答える。今更、意地張ったってしょうがないけど。どうせ、見透かされてるんだから。ほら、いつもの優しい笑顔だ。この笑顔に、俺はいつも逆らえない。彼の唇が降りてきて、俺の唇に重なる。思うまま貪られて息苦しくなり、身を捩った。
唇が解放されると、彼がまた、動き始める。
「…っ…、顕ちゃん…」
思わず、名前を読んでしまう。俺の中にはさっきから顕ちゃん自身が入ってきていて、突き上げられている途中でうっすら目を開けてみたら、顕ちゃんがとても綺麗だったから。普段ならこんなことされてる最中は、恥ずかしさとほんの少し屈辱感もあって、目を開けていられないことが多い。でも、今日は何だか、顕ちゃんがどんな顔しているのか気になって。
「…苦しくない?琢ちゃん…」
「へーき…」
何でそんなに大切に扱ってくれちゃうんだろう。『貸しはたっぷり体で返して貰う』何て言ってたくせに。でも、それでも。
「…っ、あ、…っ…」
ゆっくりと体の奥底から、快感が沸き上がってくる。どうしようもない疼きが、体を、思考を支配していく。呼吸が激しく乱れる。俺のそこが快感を貪るように顕ちゃん自身を締め付け、顕ちゃんの息も荒くなっていく。
「琢ちゃん…凄く…いい…」
「…れも…っ…、あ、ああっ…!!」
更に奥まで突き上げられて、悲鳴じみた声を上げてしまう。たまらず、顕ちゃんの背中にしがみついた。
「あ…あっ…顕…ちゃ…っ…! ―――――――!!」
「――――――っ……!」
顕ちゃんの熱を体の最奥に注がれながら、俺の意識は白く霞んで溶けていった…。
どれくらい時間が立っただろう。目を覚ますと、顕ちゃんの胸元にしっかり抱き寄せられてた。気持ちよくて、また暫くそのまま、とろとろとまどろんでしまう。
「…琢ちゃん…?起きた?」
「……ん……」
呼ばれて胸元に埋めていた顔をぼんやり上げると、ちゅ、と唇を合わせてきた。何でこんなに心地いいんだろ。これが好きってことなのかな。思われてるってことなのかな。
「…眠い?」
「…うん……眠いっていうより、体が蕩けちゃってる感じかなぁ…力が入んないし」
とろとろと…擬音まで聞こえてきそうな俺の様子に、顕ちゃんが苦笑してる。
「病み上がりだから余計こたえたかな?折角、思う存分貸しを返して貰おうと思ってたんだけどな」
そんなの、嘘だ。俺の体を気遣って、手加減してばっかりだったくせに…。
「…構わないよ?俺る顕ちゃんの好きにしていいんだよ?具合悪い訳でも、どっか痛い訳でもないし…して?」
「…琢ちゃん…」
ほら、やっぱり戸惑ってる。そもそも顕ちゃんは優しい性格のせいか、俺が病み上がりでなくったって荒っぽいことはしない。風邪を引いた俺の世話を焼いてくれた日、帰り際に、顕ちゃんにしては大胆な事を言ったので、ちょっとドッキリしたんだけど。だからあの日からずっと、一応覚悟はしてたんだけど。でも、熱が引いて喉も完璧に治って、鼻水だって止まったのに、顕ちゃんは俺に触ろうとしなくて。たまに仕事で一緒になれても、自分の言ったこと、まるっきり覚えていないかのような態度で。別に俺だって欲求不満な訳では無いけれども、あの日のお礼も出来てないし、第一、ずっと決めてきた覚悟が勿体ない。それで今日、ラジオの収録後に無理矢理、顕ちゃんの明日のスケジュールを確認して、部屋に押しかけてしまった。飯食って、お風呂入って、いつものようにバカ話して。で、話が途切れたとき。『借りを返しに来た』って言って、俺から誘った。顕ちゃんの表情は変わらなかったけれど……ほんの少しだけ、切なそうに眉がひそめられたような気がした。
そして、もどかしくなるくらい優しく、俺を抱いた。
「…顕ちゃん…俺、もう借りを返せたのかな」
「…貸しなんて…ホントはどうでも良かったんだけどな」
顕ちゃんの言葉に、俺は少しムッとした。じゃあ、覚悟決めてたこの数週間は何だったんだ?
「見返りが欲しくて見舞った訳でも無いし。……たださ」
そこまで言って、顕ちゃんは言い淀む。
「…ただ、何?」
顕ちゃんはちょっと照れくさそうに続きを言った。
「あの日から今まで、ずっと…どきどきしてくれた?」
―――――――絶句。
「俺の言葉に、ずっとどきどきしてくれてたんなら…すっごく高い利子付けて返して貰ったことになるんだけど。………僕にとっては」
恥ずかしいことをずけずけ言う。顕ちゃん自身は俺ほど恥ずかしいことだとは思っていないようだけど。……顔が熱い。またきっと赤くなってるんだ。
「おっ…俺はっ…」
舌が回らなくて、吃ってしまった。
「いいよ、顔見れば分かるから」
ああ、やっぱりだ。
「ね、琢ちゃん…貸し借り無しで抱かれてくれるかな」
顕ちゃんの言葉に、俺はもう頷くしか出来なかった。
「…あ…っ…、」
顕ちゃんの唇が首筋を辿り、胸の突起を捕らえられる。舌先で転がされ、吸い上げられては甘噛みを繰り返されて、また、体の奥が甘く疼き始める。
「っあ、ああんっ…」
もう一方の突起を指で刺激され、たまらず声を上げてしまう。こんな声を上げてしまった後は、屈辱感と羞恥心が俺を襲った。
「琢ちゃん…ダメだよ、顔隠しちゃ」
思わず顔を覆ってしまった両手を取り、俺の顔の両側に押さえつけて、きゅ、と指を絡ませた。
「…我慢、しないで…。もっと、声聞かせて…?いろんな顔、見せてよ…」
背筋がゾクッとする程、艶やかな笑み。端整な顔立ちと相まって、恐怖さえ感じる。顕ちゃんのそんな顔を見るのは初めてで。顕ちゃんは両手を押さえつけたまま、また突起をなぶり出す。
「ひ…あ、…っ」
恥ずかしくて、どうしても声を噛み殺してしまう。顕ちゃんの手が意地悪く下へ滑っていき、俺のものを握りしめた。
「…ぃやあっ…!あ、ああっ…!」
強弱をつけて扱き始めた顕ちゃんの手を、解放された手で引き剥がそうとするのに、全然力が入らない。
「や、あ、はあっ…!」
顕ちゃんが胸元から顔を離し、脚の間に割って入った。何をしようとしているのかがすぐ判り、反射的に腰を引こうとしたが、押さえつけられて動けない。
「は…んっ…あ、いやあっ…!!」
顕ちゃんの口に含まれ、刺激されて、羞恥と快感に肌が泡立つ。
「ああんっ…だめ…っ…、顕…ちゃ…っ…!」
顕ちゃんがそこを貪るいやらしい音が、やけに耳につく。俺の羞恥を煽る為に、わざと音を立てているのかもしれない。そう思うと、思うままにイかされるのが悔しかった。それなのに身体はどうしても反応し、言葉にならない声が漏れる。
「顕…ちゃ…、ああっ…も…う…!!」
頭の中が真っ白になって―――――俺は、シーツの上にぐったりと身を沈めた。顕ちゃんの喉が、こく…と鳴った。俺はいつの間にか涙を流していたらしく、顕ちゃんが指先でそっと拭ってくれ、耳元で囁いた。
「…すっごく、可愛い声だった…」
吐息混じりの甘い声に、恥ずかしくて目が開けられない。顔の火照りもとれてないのに、更にカッと血がのぼる。息だって乱れたままなのに。
「んっ…」
顕ちゃんはそのまま、耳に舌を這わせてきた。背筋がぞくっとして、身動きした。俺を抱き締めていた顕ちゃんの手が背中を伝い、撫で下ろしていく。
「う…っ…!」
身体の最奥、さっきまで顕ちゃん自身を受け入れていたそこへ、また指が差し入れられた。顕ちゃんの吐き出したもので濡れたままのそこは、二本の指をたやすく受け入れていた。
「あ…あ…っ…」
内側からの刺激に、身体がじわりと疼き出す。もう、どうにかなってしまいそうで。
「…だ…、やだ…っ……顕ちゃん…」
「…嫌がってる声じゃないよ、琢ちゃん…」
…そんなの、自分でも分かってる。感じ過ぎて、次の刺激が欲しくて…。なけなしのプライドが、口先だけの『嫌』って言葉を言わせてるに過ぎなくて。それに気付いてる顕ちゃんは、指先で容赦なく刺激してくる。
「ひぁっ…あ、ああっ…!!やだっ…や、顕ちゃん…!!」
イかされたばかりなのに。指の刺激だけで、また達してしまいそうになる。
「琢ちゃん…可愛いよ…、すごく……綺麗だ…」
全身がカッと熱くなった。
「…綺麗とか、可愛いとか言われたって…っ…嬉しく…な…っ…!ああっ…」
どうしようもなく身体が疼くのに耐えきれず、俺は顕ちゃんにしがみついた。
「欲しい…?琢ちゃん…」
意地悪な問い掛け。分かってて聞くんだ。
「言ってみて…?ほら…」
「…………」
唇を噛みしめて答えない俺に、顕ちゃんは更に強い刺激を与えてきた。
「っぁ…あ!!…っ…顕、ちゃ…」
「…何…?」
「………して…っ……」
それだけ言うのが精一杯だった。顕ちゃんは無言のまま、俺の中に深く差し入れられた指を引き抜いた。
「琢ちゃん…」
優しい声で呼ばれてうっすら目を開けると、俺を凄く愛しそうに見つめる、顕ちゃんの顔。
無意識のうちにまた流れ出していた涙を、顕ちゃんは舌先で舐め取った。貪るようなキスを繰り返した後、顕ちゃん自身がゆっくりと俺の中に入ってきた。
「…っ…あ、」
圧迫感に、つい身体に力が入ってしまった。
「…琢ちゃん、力抜いて…。大丈夫だから…」
言われて、ゆっくり息を吐いた。身体から力を抜いて落ち着くと、顕ちゃんが動き始めた。顕ちゃんの荒い息づかいに、余計に快感を煽られる。内壁を擦られ突き上げられて、頭の中がどんどん麻痺していく。羞恥も、罪悪感も感じない。―――顕ちゃん。…悔しいけど、好きだよ。恐らく、自分で自覚してるよりも―――――――ずっと…。
「…信じられない…」
次の日の昼になっても、俺はまだ身体の自由がきかなかった。いくら、いつもより顕ちゃんが激しくてしつこくて、……イかされまくったとはいえ。ああ、今日がオフで良かった…。
「琢ちゃん、もうちょっとで出掛けるけど、合い鍵置いてくからゆっくりしてってね」
仕事に行く為、身支度を整えた顕ちゃんが、まだベッドの上から動くことが出来ないでいる俺に言った。何で顕ちゃんはぴんぴんしてんだよ。借りを返すって言って誘ったのは俺だけど。でも。理不尽な怒りが沸いてきた。
「……ゆっくりも何も、まだまだ動けないよ!」
つい、ぶーたれた返事をしてしまった。
「ああ、トイレとか飯とか不便かな」
顕ちゃんは俺が怒ってることを気にも留めない様子で、のほほんと言った。
「…大丈夫だよ、這ってくからっ」
怒りながら言ってても、内容が情けない。――――と、顕ちゃんが近付いて来て。ベッド脇、俺の顔を覗き込むようにしゃがみこんだ。顕ちゃんの手が伸びてきて、俺の頬を包み込むように触れた。優しい目で俺を見つめて、そっと…唇を重ねてきた。黙って受け入れてしまった俺に、顕ちゃんが微笑んで言った。
「…怒らないんだね」
言われて、かあっと熱くなる。顕ちゃんが、クス、と笑った。
「ホント正直だね、琢ちゃんは」
「…バカにしてっ…」
子供みたいに悪態つくのがやっとだった。
「してないよ。可愛い」
からかって言ってるんじゃないのは、顕ちゃんを見れば分かることで。
「…だからぁ…。その『可愛い』って、昨日から何回言ったよ?!」
「何回かな。可愛いもんは可愛いんだからしょうがないでしょ?」
もう、言葉が出てこない。顕ちゃんの手は俺の髪を梳いてて…心地よくて、目を閉じた。
「…顕ちゃん、俺さぁ…顕ちゃんに逆に貸しが出来たと思うんだけど…」
まどろみながら、呟いてみる。顕ちゃんは暫く考えたあと、俺が予想もしなかった、とんでもないことを言い出した。
「…じゃあ、僕急いで帰ってくるから…琢ちゃん、ずっと居なよ。明日は昼過ぎから仕事だよね?」
「…?うん…?」
「帰ってきたら、昨日よりキモチよくしてあげるからv」
「――――――は?」
言ってる意味が分からない。顕ちゃんはニコニコ笑ってる。
「ああ、そろそろ出ないと。じゃあ琢ちゃん、いい子にして待っててねv」
意味を把握できずに、ぽかん、としたままの俺を置き去りにしたまま、顕ちゃんは上機嫌で出掛けて行ってしまった。………ええと、つまり…………。
「…冗談じゃないぞ!!」
ようやっと理解して青くなったが、後の祭り。もたもたと、逃げ出せないでいるうちに、仕事を終えて大急ぎで帰ってきた顕ちゃんに、俺は、また思いっきり泣かされるハメになった。
………もっとも、本気で逃げ出すつもりは…無かったのかもしれないけど。
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