ONLY ONE
仕事が深夜にまで及んだその日、帰宅して風呂に入り、ビール片手にラジオのスイッチを入れた。
金曜深夜、聞き慣れた愛しい声がスピーカーから流れてくる。
『今日は皆からいろんな相談や質問が来てます。まずはコレ…「変な質問なんですけど、男の人って同性の体を見て興奮とかするんですか? 友人と話してて、凄く気になったので教えて下さい。変な質問ですいません。」………えー…、少なくとも、僕はしません!』
確かに変わった質問ではあったけど。
……キッパリと言い切ったその言葉に、僕は少なからずショックを受けた。
数日が経ち、ナックスのラジオ番組の収録の日。局に着くと琢ちゃんは先に来ていて、ファックスやメールに目を通していた。
「あ、顕ちゃんおはよ〜v」
僕に気付いて、琢ちゃんは満面の笑みを浮かべる。
「おはよ……大泉はまだ?」
「うん。どうせまたギリギリじゃない?」
琢ちゃんの隣の椅子に腰を下ろし、僕も机の上のファックスやハガキに手をのばした。数枚手を取りパラパラと目を通していて、ふと、数日前のラジオでの気になる発言を思い出してしまった。
『同性の体を見て興奮はしません』
………そりゃあラジオだし。
全道に放送されてて、誰が聞いてるか分からないし。
興奮するなんて言ったら、変に誤解を受けることにもなりかねないから、仕方のないことかもしれないけど……ああもキッパリ言われると、やっぱり………。
「……あのさ、琢ちゃん……」
聞いてみようと思い、思い切って口を開く。
「んー? 何?」
「この前…アタヤン聴いたんだけどさ……変な質問来てたでしょ。」
「え? えーっと……何だったっけ……」
「同性の体に興奮しますかってヤツ。」
流石に数日前に番組で読んだものの内容なんて、直ぐには思い出せない様子で。琢ちゃんは首を傾げ、暫く考え込んでしまった。
「…ああ、あの! 変わってたよねえ、あれ。普通しないよなあ、興奮なんて。……それがどうかした?」
全く悪気なんて無い口調で、目をくりっと見開いて聞いてくる。
「………そうだよな。しないよな、普通………」
……しないのが普通。それは分かってるけど……直接聞くと余計にショックだ。
「そんな質問されると、逆に聞きたくなるよね。女の子は同性の体見て興奮したりするのかねぇ……」
「さあね…。それより、琢ちゃんはさ……」
核心に触れようと言いかけたところで、ドアが勢い良く開いた。
…大泉だ。
「おはよーーーーーー!!」
「おはよ。テンション高いね、大泉。」
大泉は話を遮られてムッとしている僕に気付きもせず、琢ちゃんと話し始めてしまった。
今日の収録は、リーダーと佐藤が他の仕事の為、休み。
にも関わらずハイテンションなのは、どうせ同じ局内の、ほんの数メートル先のスタッフルームで別の番組の仕込みをしている佐藤にちょっかいでもかけてきたからだろう。
そのまま収録を終え、結局琢ちゃんに聞きたいこと聞けなかったなーなんて思いつつ、帰り支度を始めた。大泉は次の仕事に向かう為、急いで帰っていった。
「ねー、顕ちゃん。この後どうすんの? 何も無いなら家に来ない?」
「予定はないけどさ……いいの?」
「うん。晩飯買って帰ろ。家、なんも無いし。」
いつもだったら僕の方から強引に押しかけたり、誘ったりしてるんだけど…思いがけず琢ちゃんの方から誘ってくれたのが嬉しくて、行くことにした。
途中、琢ちゃんのお気に入りのカレー屋でスープカレーをテイクアウトして、琢ちゃんのアパートに向かった。
丁度今日は仕事の都合上、自分の車を使っていなかったのでラッキーだった。久し振りに琢ちゃんの車の助手席に乗り、運転する琢ちゃんを見つめた。
「どうかした?」
赤信号で車が止まり、僕の視線に気付いた琢ちゃんが聞いてきた。別に他意は無く、ただ見ていたかっただけなので答えようがない。
「いや……カレーさ、何でテイクアウトにしたのかなって。店で食べても良かったのに。」
「…ん……まあ、周りに人がいたら話しづらいこともあるかなと思ってさ…。収録始まる前、話途中で終わっちゃったし。」
わざわざそんなことを気にかけていたことに、感動すら覚えてしまう。
……でも。話したら失笑をかうか、聞きたくないことを言われるか……きっとどっちかなんだろうなと思うと、今更核心に触れる勇気は残っていなかった。
アパートに着き、テレビを見つつ飯を食って、取り留めのない話をして過ごした。気付けば時計は十時を廻っていた。僕も琢ちゃんも明日は早朝からロケが入っているので、時計を見て焦ってしまった。
「うわ、やべえ…。もう帰るね。」
「え? 帰んの? 泊まっていけばいいじゃん。どうせ明日は一緒に仕事なんだし。」
わたわたと帰り支度を始めた僕に、琢ちゃんはケロッとした口調でそう言った。
「え? いいの?」
「うん。面倒だから今日はシャワーにしよ? 着替え用意しとくから、顕ちゃん先に入っちゃっていいよ。」
琢ちゃんの言葉に甘えて、先にシャワーを使わせて貰った。琢ちゃんの口調から察するに、おそらく今夜はえっちは無しだろうけど、傍に居られるのは嬉しい。
シャワーを済ませ、入れ替わりに琢ちゃんが風呂場に入っていった。テレビを消した部屋の中には、シャワーの音がやけに響いている気がする。
……僕がいやらしいせいだろうか。
琢ちゃんのベッドにころんと横になり、数日前の琢ちゃんのラジオ番組での発言を思い返してみる。
――――――何でショックだったのかを。
答は簡単だ。こうして琢ちゃんがシャワーを浴びてるってだけで、僕はドキドキしてる。いい歳して馬鹿みたいだとも思うけど、事実そうなんだから仕方ない。
――――――でも。琢ちゃんは違ったんだと思い知らされた気がしたから。
勿論、好かれているという自覚はある。でも、僕の体を見て何も感じないっていうなら、それはちょっと……かなり、好ましくないことな訳で。
僕一人でのぼせ上がって、優しい琢ちゃんにえっちを無理強いしていることになっているとしたら………。
「あ、もう寝てた?」
………ずぶずぶと落ち込みかけたとき、シャワーを済ませた琢ちゃんが頭をがしがし拭きながらやって来た。琢ちゃんは腰にバスタオルを巻いた格好で、正直、目のやり場に困る。
水滴の滴るぽさぽさっと乱れた髪が可愛らしい。
「ああ、ごめん。すぐ布団敷くね。」
えっちの後なら、琢ちゃんを抱き寄せてそのままベッドで寝ちゃうんだけど。大の大人二人が寝るにはちょっと狭いから、ただ泊まるときにはベッド脇に布団を敷くのが常だった。
「……必要ないじゃん。」
起き上がろうとした僕に、琢ちゃんがぽつりと言った。
「…琢ちゃん?」
驚いた僕の前で、肩に掛けていたタオルを床に落とした。ベッドに腰掛け、僕のシャツに手を掛けた。そのままたくし上げられ、僕は背を浮かせて、そのまま琢ちゃんに従った。
脱がされたTシャツが、ぱさりと音をたてて床に落ちる。
「…顕ちゃん……、俺を見て。」
言われて、改めて琢ちゃんを見つめた。顔も、体も。
琢ちゃんの表情は艶っぽくて切なげで……僕の手は無意識のうちにその肌を辿っていた。引き締まった綺麗な体が、ぴくりと震えた。
我慢出来ずに起き上がり、琢ちゃんを抱き締めた。密着した肌から、琢ちゃんの鼓動が伝わってくる。
「…すごくどきどきしてるの…分かる?」
「………うん…」
「顕ちゃんの心臓の音も…早くなってる……」
「…うん……」
唇を重ね、ベッドの上に琢ちゃんを横たえた。唇で肌を辿り、胸の蕾にそっと口付けた。
「…ぁっ………」
次第に乱れていく呼吸と切なげに漏れる甘い声が、僕の欲望を煽っていく。
「…顕…ちゃん………」
呼ばれて、琢ちゃんの顔を見た。琢ちゃんは熱に浮かされたような表情で、僕の頬にそっと手を延ばした。
「…顕ちゃんが……言いかけたこと………言ってみて…………」
「琢ちゃん……?」
目の前の琢ちゃんで頭がいっぱいだった僕は、琢ちゃんの言っていることを理解するまでに暫くかかった。
「…あれはもういいんだ。」
正直、こんな最中に失笑買ったりキツイこと言われたら、一生立ち直れない。
口付けて、琢ちゃんの肌に唇を戻す。
「…っ……ダ…メ…、言って………ずっと待ってたんだから……」
僕の髪に指を入れて、やんわりと離れるように促す。仕方なく起き上がり、琢ちゃんの顔を見下ろした。
「……琢ちゃんさ、同性の体には興奮しないって言ってたでしょ。だから……」
「…だから……?」
「……だから、その……僕のことも………僕を見ても、何も感じてないのかなって……ちょっとね、ショックだったっていうか………」
黙って聞いていた琢ちゃんがのっそりと起き上がった。その表情は憮然としているような気がして、ちょっとドッキリしてしまう。
「……ばぁか。」
……ああ。やっぱり言われてしまった………。
思わずがっくりとうなだれる。
「じゃあ聞くけど! 顕ちゃんは俺以外の野郎の体見て、興奮すんのか?! ドキドキしたり、触りたいと思うのか?! ……もしそうなら許さないぞ、俺………」
最後の方は、声が震えていた。顔を上げて琢ちゃんを見ると、顔を真っ赤にして、泣きそうな顔で僕を見ていた。その表情と言葉に呆気にとられて、咄嗟に言葉が出てこない。そんな僕に、琢ちゃんは続けて言った。
「…俺、別に男が好きな訳じゃないもん。体見たって何も感じないよ。……顕ちゃんは平気なのかよ。俺が顕ちゃん以外の奴の体見て、興奮するような奴で平気なのか?!」
「……えっと…、そ…それは困る。それに、……琢ちゃんじゃないとドキドキもしないし、別に触りたいとも………」
頭の中がパニクっていたので考えがまとまらず、感じたまんまを口に出した。
――――――が、そこまで言って、ようやく琢ちゃんが何を言わんとしているかに気付いた。
―――――やっぱり僕は大馬鹿だ…………。
「…ごめん、琢ちゃん………」
両手で琢ちゃんの頬を包み、こつんとおでこを合わせた。琢ちゃんは涙目を伏せて、黙ったまま。
「僕も男が好きな訳じゃない。琢ちゃんだから、好きなんだよ………。…ドキドキするのも、こんな風に触りたいと思うのも……琢ちゃんだけだ。………琢ちゃんも、そんな風に思ってくれてるんだよね…? ……馬鹿なこと言って、ほんとにごめん………」
「……そんなことくらい、言わなくても分かれよ………」
拗ねたように言った琢ちゃんの頭をくしゃくしゃと撫で、抱き寄せた。琢ちゃんの両腕が僕の背に廻され、そっと唇を重ねた。
「その……いい? 続き………」
「…聞くなよ……ばか……」
顔を赤らめた琢ちゃんをそっと横たえ、ついばむようなキスを繰り返した。熱くなる吐息を絡ませ、腰に巻かれたバスタオルの合わせ目から、中へ手を滑らせる。太股の内側を辿り、琢ちゃん自身にそっと触れた。
「…んっ………」
びくん、と琢ちゃんが震える。自身を愛撫し続けながら、胸の蕾を口に含み、舌先で転がした。
「…あ…っ……顕ちゃ……ぁっ………」
切なげに僕を呼ぶ声を、心底愛しいと思う。それに応えるように、逸る気持ちを抑え、精一杯優しく愛撫を繰り返した。
琢ちゃん自身の先端から溢れる蜜を指先に絡め取り、琢ちゃんの最奥にゆっくりと埋め込んでいった。
「あ、あっ………や……あ…………」
ゆっくりと指先で内壁を擦り、ほぐしていく。激しく呼吸が乱れ、琢ちゃんの手が僕の背に縋り付いた。
「…あ…ぁん………や………顕…ちゃ…ぁん………」
甘く艶っぽい声が、琢ちゃんの唇から切れ切れに溢れてくる。僕の息も自然と荒くなっていく。
もっともっと可愛い声を聞きたくて、長い時間をかけてそこを弄くり続けた。
「…や………ぁんっ…………も………や……………」
涙を流し、ねだるような目で僕を見上げる。背筋がぞくりとする瞬間だ。琢ちゃんの声は掠れ始めていて、僕はそこから指を引き抜いた。
「…顕ちゃん……して…………」
ねだる琢ちゃんの脚を開かせ、張り詰めたモノをゆっくり埋め込んでいく。ねっとりと絡み付いてくる感触に、身震いした。
「……っ…あ………」
「苦しい…? 琢ちゃん……」
圧迫感に顔を歪めた琢ちゃんに声をかけた。閉じていた目をうっすらと開け、顔を横に振った。
唇にちゅっと口付けて、僕はゆっくりと抽挿を始めた。
「あ…あっ……、顕…ちゃ…っ………いっ………」
「…気持ち…いいの……? 琢ちゃん………」
乱れる琢ちゃんをうっとりと見つめ、抽挿を繰り返す。激しく求め合いながら、心の中がゆったりと満たされていくのを感じていた。
――――――君でなければ、こんな気持ちにはならない。君も今、僕と同じ気持ちなんだよね………?
「あっ………!!」
悲鳴を上げ、ビクッと硬直した琢ちゃんの自身から白い体液が吐き出され、僕の肌を濡らすのを感じた。
ほぼ同時に、僕も限界を迎え――――――琢ちゃんの中に全ての欲望を吐き出し、琢ちゃんの上に体を預けた。
汗ばむ体を抱き締め合いながら、幸せだと、心の底から感じていた――――――――。
―――――――次の日の朝。仕事のことを考えずにしてしまったせいで大寝坊をしてしまい、二人揃って遅刻してしまった。スタッフにペコペコと頭を下げて廻る僕達を、大泉と佐藤はニヤニヤしながら見ている。当分、これをネタにからかい続けられるだろう。
………でもそれでも、今はいい。逆に、あの二人相手にのろけまくるだけの余裕が、今の僕にはあるから。
―――――砂を吐くまで聞かせてやろう。
『同性の体に興味があるかないか?』
この質問、『有るわけ無い!』と言われれば『ハイそうですか』
と、引き下がるしかないですよね。
駄菓子菓子。
裏を返せば真実が見えてくると言った感じでしょうか。
翠さん、見事な切り返しで御座います!