ずっと二人で
音尾と安田の変化には、直ぐに気付いた。大学で先輩・後輩として出会って、今となってはそんな枠も関係なく、自分にとって最も近しい仲間のうちの二人。
昔っから安田は音尾にべったりで、皆してホモなんて言ってからかっていたが………安田はそんなこと気にもとめずに音尾に抱きついたり、キスをかましたりと、どこまでもマイペースだった。
音尾も音尾で、いつも嫌そうな素振りをしてはみせるものの、本気で安田を拒むことは無かった。
結果としてそれが安田の行動をどんどんエスカレートさせていくことになってしまったようだが、満更でもなさそうな音尾を見てて、まあ、本人同士がいいならそれでいいだろう……なんて、すっかり傍観を楽しむようになってしまっていた。
――――――――そんな二人の変化に最初に気付いたのは、恐らく俺が一番だろう。
音尾を見つめる安田の目。安田を見る、音尾の目。
ある日を境に、明らかに仲の良い友達に向けるそれとは違い始めていた。
―――――そして、その変化に直ぐに気付いた俺もまた、彼らと同類であることに違いはなかった。
………いつもいつも、胸の奥で引っ掛かっていた感情。
それを認めてはいけないと、ずっと思っていた。奴に向ける、この感情が友達以上のものであることを肯定してしまったら、俺が俺でなくなってしまいそうで……怖かった。
だいたい、そんな感情を自分自身認めてしまったところで、奴が俺を受け入れる筈もないし、その事で気まずくなるくらいなら、現状維持のまま……仲のいい友達として、ライバルとして傍にいた方が………その方が俺にとっても、奴にとっても、生き易い道だろうと思っていた。
全くの推測にしか過ぎないが、きっと安田も最初はそう思っていたに違いない。
今にして思えば、安田は自分の遣り場のない感情を、わざと冗談めかして音尾にじゃれついて、誤魔化していたんじゃないかと。
――――――――――そう、誤魔化し。
俺も、いつまで自分を誤魔化し続けられるだろう………。
「しーげ。この後暇? 飯でも食いに行かねえ?」
ナックス全員でのラジオの収録の後、大泉が誘ってきた。
「俺は空いてっけど……奢りなら行くv」
軽い冗談のつもりだったのだが。
「はいはい…。 そのつもりじゃなきゃ誘わねぇよ。いい店あんだ。行こ。」
大泉はちょっと呆れたような表情だったが、俺はラッキー、とばかりに後をついて行った。
連れて行かれた店は目立たない場所にあり落ち着いた雰囲気で、全席二人以上からの個室になっていた。
野郎二人だけでこういう見せに来るってのも珍しいと思うけど……人目を気にせず、ゆっくり出来るのは嬉しい。
大泉お薦めの料理を何品か頼み、飲み物は取り敢えず軽めのカクテルにした。酔っぱらっちまうとヤバいことを口走ってしまいそうだし、何たって帰りは車だし。
料理を食いながら、とりとめのない馬鹿話やモノマネで笑わされたり、最近の仕事のことなんかを色々と話した。
食い終わり、二杯目のカクテルに口をつけつつ話していて、ふと話が途切れて大泉が真顔になった。
「? どうしたんだよ、大泉。」
「…いや…その…さ、この前のゴルゴのときな…安田が言ってたんだけど……」
「? 何を?」
よっぽど言い辛いことなのか、大泉はもごもごと歯切れが悪い。
「籍入れるってさ、近いうちに…」
「ええ?!」
余りにも寝耳に水だったので、思わず素っ頓狂な声を上げてしまっていた。
「声でけえって、しげ。…そのうちちゃんと皆に報告するって言ってたんだけどさ……」
「…へぇ。まあめでたいことじゃねぇの? 学生の頃からの付き合いなんだし。」
あくまでも平静を装ったが、俺の声は上擦っていたかもしれない。
……そう、安田には大学在学中からの長い付き合いの、彼女がいた。
でも、音尾とのことは……もし、俺が感じた通り、二人がそういう関係になっているとしたら。
彼女と入籍なんて、全く理解出来ないことだった。
「…まあな。彼女と入籍は確かにめでたいよ。けどなぁ………」
何でか、大泉の表情はどこか物憂げだった。
「何だよ。なんか問題でもあんのか?」
自分としては見当はついているけど、まさか大泉があいつらのことに気付いているとは思えなくて、他にも何か問題があるのかと思い、聞いてしまった。
―――――が、大泉が口にした言葉は。
「………お前、気付いてなかったか? あいつらのこと。」
大泉は手の中のグラスに視線を落とし、それをさっと揺らした。カラン…と氷が鳴った。
「……あいつらの…とこ……?」
―――――――――まさか。こいつも気付いていたのか………?
「音尾だよ。安田と音尾。 …………やばいことになってんだろ。てっきりお前も気付いてると思ってた。」
二の句が継げないでいる俺に、大泉は続けて言った。
「…確証なんか無いけどさ。 …何か、感じるんだよ。表面はいつものように取り繕ってても、どっか違う。他の連中には分からなくても、俺達はな……。伊達に付き合い長くねえよ。」
…大泉も気付いていた。俺だけじゃなかったんだ……。
「…ごめん、実は俺も気付いてた…。お前が気付いているとは思わなかったからさ、さっきはわざと知らないフリしたんだ。」
大泉の表情は動かなかった。 ………お見通しといったところだろうか。
自分で言うのもなんだが、俺は嘘はつけない。というか、ついてもバレバレらしいのだ。
「……だと思ってた。 ―――――まあ、あいつらにはあいつらなりの事情があるんだろうし……ガキじゃないんだしさ、俺らが口挟むことはないんだろうけど………納得いかねえっていうかさ………。」
大泉の言うことはもっともだった。でもそれ以前に、大泉が………いわゆる、同性同士がそういう関係になることに、さして抵抗を感じていないように見えたのが意外だった。
「どうした? しげ。」
「……あー……、いや、お前…さ。その……気持ち悪いとかは思わないんだ?」
「気持ち悪いって…何が?」
「つまりその……男同士がそういう関係になるってことに対して……嫌悪感とか、無いわけ?」
俺の言葉に、大泉は腕を組み、暫く考え込んだ。
………俺がこんなことを聞いてしまったのは、別にあいつらの為じゃない。――――俺が、こいつに友達以上の感情を抱いているから……。
…もっとも、仮にこいつが同性同士の恋愛に嫌悪感を抱かなかったにしても、気持ちを伝えるつもりなんて、さらさら無いけど。
「…んー……俺、そういうのってさあ……基本的に個人の自由だと思うわけ。嫌悪感とかは、別に……。ま、好きでもない野郎に言い寄られるのは、俺は勘弁して欲しいけど。」
俺が思っていたよりも、そういうことに寛容だった大泉に驚いた。
もし、万が一…いつか俺の気持ちがこいつにバレる日が来ても、少なくとも嫌われることはないかもしれない。
そう思うと、少し楽になった。
その後、安田から報告を受けた。………入籍した、と。
動揺するでもなく静かに微笑む音尾は、きっと誰より先にこの事を知らされていたのだろうが、やはりどこか寂しそうに見えた。
何か言ってやりたい、そう思うのだが……二人のことは出来れば気付かないフリで、そっとしといてやりたいとも思うから、結局何も言えない。
大泉も俺と同じ気持ちでいるだろうか………。
それからナックスのメンバーそれぞれの仕事が忙しくなり始め、俺も自分のことでいっぱいいっぱいになってしまって、安田と音尾のことを考える余裕も無くなっていった。
週に一度のラジオ収録さえ、なかなか全員が揃わない状態が続いていた。久し振りに全員揃う予定の日でさえ、一人、二人と欠けてしまったり。
―――――そんな中、いつものように週に一度の夕方の情報番組の出演を終え、テレビ局を出た。
車に乗り、切っていた携帯の電源を入れた途端、着信音が鳴った。画面には『キラ星☆』の文字。
………大泉だ。
因みにこう登録したのは大泉自身だ。ピッチから携帯に買い換えたとき『番号登録するから貸せ!』と言って、強引に入力されてしまったのだった。
「はいもしもしー。」
『あ、しげぇ? 今ヒマ? ヒマだったら遊ぼ〜。』
脳天気な声が聞こえてきて、思わず頭を抱える。もっとこう…仕事のこととかの大事な連絡事項なのかと思いきや……よりによって『遊ぼう』。
『し〜げちゃん。どしたの、忙しかったぁ?』
尚も脳天気な声で話しかけてくる。………いや。いやいやいや。怒っちゃいかん。こいつの傍若無人さは、昔っからだ。
「予定はねえけどさ……何だよその遊ぼうってのは! だいたい、お前忙しいんじゃなかったの?!」
『ああー痛いとこ突いてくるなあ、佐藤君。事情は後で説明すっから、飯でも食いに行こうよー。』
結局押し切られてしまい、付き合うハメになった。
………まあ、嬉しいと言えば嬉しいんだけどね、俺も。
俺の車は局の駐車場に置いて、迎えに来た大泉の車の助手席に乗り込んだ。俺よりハードスケジュールの筈なのに、元気そうだ。
「んで、暇になったその事情とやらは何だったのよ。」
「……いきなり切り込んでくるねえ。あんねぇ、……間違ったの。」
「は?」
「今日、オクラホマとラジオ収録だと思って局行ったらね、日にち間違えててねぇ。スタッフが『大泉さん暇なんですね。この後ご予定あるんですかー?』なんて言いやがったもんだからさ、シャクに障っちゃってー…」
悪怯れもせずにケロリと言ってのけやがった。
「馬鹿かお前ぇっ! それで俺に電話よこすか?!」
「いいじゃん別にぃ。暇だったんでしょ?」
「そっ……そりゃそうだけど………」
「今日も俺の奢りだから、吠えない吠えない♪ 久し振りにしげの顔見れて嬉しいしーv」
いつものおちゃらけた口調でそう言って、笑った。
……駄目だよ大泉。俺にそんな顔見せるな。これ以上、俺の中でお前の存在がでかくなったら、苦しくて……堪らないから。
目当ての店に着いて中に入ると、やはり落ち着いた内装の明るすぎない店内。テーブル席が一つずつ区切られた、いい雰囲気の多国籍料理の店だった。
「そういやこの前といい、よく店開いていたよな。お前と一緒で一軒目から入れるなんて珍しいよなあ。」
大泉の行きたい店は、だいたい閉まっている。何でかそれが常というか、ジンクスみたいになっていて。
「そりゃあもう、事前にばきーっと予約入れてましたから。当然でしょ。」
………へ? 予約ってお前……。いきなり暇になったんだろ? それに俺がもし断ったらとか……考えなかったのか?
「折角時間空いて会えるんだから、店探しで時間潰したくねえもん。勿体ない。」
「…大泉……?」
大泉の言葉の意味を、自分の都合のいいようにしか取れない。そして、嬉しいと思っている自分が……少しだけ悔しい。
俺の胸中を察しているのかどうかは分からないが、大泉はにこにこしながらメニューを見て、俺にお薦め料理の説明なんかをしてきた。その顔を見ながら適当に相槌うって、こいつに惹かれはじめたきっかけは何だったろうって考えた。
「どうしたのよ、しげ。……疲れてたか?」
「え、いや…大丈夫だよ。」
「ならいいけどる強引に誘っちまったから……具合悪かったら言えよ?」
「うん。」
……昔っからこうだ。腹が立つくらい我が儘で自分勝手な面を見せたかと思えば、こんな風に気遣ってくれたりもする。簡単に言ってしまえば、悪気がないんだ。だから憎めないんだ……こいつのこと。
その夜は大泉が送ってくれるというので、調子に乗って飲んでしまった。立ち上がってみると、思ったより足にきていて、びっくりした。
「しーげ、お前飲み過ぎー! 真っ直ぐ歩けねえじゃねえかよ!」
「だーいじょうぶだってぇ。ちゃんと……」
言いながらよれよれと斜めに進んでしまう。見かねた大泉が、俺の肩を抱き寄せて支えてくれた。
―――――――――おっきくて、あったかい手。
こんなことでドキドキしてしまうのは、酒が廻っているせいだろうか………。
アパートに着き、結局また部屋の前まで大泉に支えられて歩いた。鍵を出そうとズボンのポケットを探るが、なかなか取り出せない。
「なに、ここに入ってんのか? どれ。」
俺の手を退けて大泉が鍵を取り出し、ついでに鍵を開けてくれた。
「ありがとー…おおいずみぃ…。折角来たんだから上がってかない…?」
「上がってかない? じゃねえべや……お前、すぐ寝ないと…。ああもう、ベッドまで運んだるわ。ほら、靴脱ぐ!」
言われるままにもそもそと靴を脱ぐと、いきなり抱き上げられてしまった。いつもの俺だったらきっと『下ろせ』って騒いでた筈だ。
…でも今は心地いい。
「しげ、軽いなぁお前ぇ……今何キロよ。」
「……最近計ってないから…分からんねえ……」
「……酔ってても会話は噛み合ってるなぁ………」
大泉は独り言のようにぽつりと言った。何か言い返してやりたかったが、その気力ももう無く………よいしょ、とベッドに下ろされると、直ぐに睡魔に襲われた。
暖かい何かが、微かに唇に触れたような気がしたが……目を開けることも出来ず、俺はそのまま眠りについた。
目を覚ますと、もう昼を過ぎていた。……ちょっと頭が痛い。昨日のことを咄嗟に思い出せなくて、少しずつ記憶の糸を辿っていく。
大泉と飯食って、飲み過ぎて送って貰って…………。
そこまで思い出して、思わず頭を抱えた。あろうことか、お姫様だっこをされてベッドに運ばれてしまった……。しかもそれを、心地いいとさえ思ってしまった……。
「………次会ったときどんな顔すりゃいーんだ………」
独り言を言った後で、はたと気付く。
………今夜はナックス全員でラジオの収録だった…………。
鏡を覗くと顔がむくんでて瞼も腫れぼったくて、最悪だった。が、幸いなことに今日の仕事は顔の出ない、CMのナレ録りだけだった。あいつらに会う頃には、きっと腫れも引いているだろう……。
「あれ? 音尾は?」
仕事が押して、時間ぎりぎりにスタジオ入りしたのに、とっくに来てる筈の音尾の姿が無かった。
「それがなあ…さっきら電話かけまくってんだけど、全然出ねえんだよ。留守電になってて。」
モリが心配そうに言った。
「単に仕事が押してるだけじゃねえの? も少ししたらきっと来るって。」
大泉はいつもの調子でそう言ったが、やはりちょっと心配そうで。安田は、思い詰めた顔で黙ったままだった。
何の連絡も入れずに遅刻したり、仕事をすっぽかしたりするような奴ではないだけに、俺も少し不安になる。
「…俺もかけてみるわ。」
携帯を取り出し、かけてみるが……やはり留守電になったまま。それから何回か皆して代わる代わるかけてみたが、とうとう通じなかった。
ずっと待っている訳にもいかず、音尾抜きで収録が始まった。
その後、結局音尾からは何の連絡も無いまま、収録は終わってしまった。
「どうしたんだろうなあ……あいつ………」
帰り支度をしながら、収録前からやたらと心配していたモリが呟いた。
「単に忘れてるだけならいいけどね。まさか寝込んでるとかじゃねえだろうなあ……」
「…なあ、音尾何かあったのか?」
なんとなく深刻そうな空気を感じて、聞いてしまった。
「そう言えば…しげは最近あいつと会ってねえんだっけ。俺と…モリも仕事ではあいつと一緒になってないんだけどさ……この前、テレビ局の廊下で張ったり会ったんだよ。そしたら顔色滅茶苦茶悪くてさあ……」
「それだけじゃなく、痩せたぞ? あいつ。病院行ってこいって言ったんだけど……」
「俺、これから様子見に行ってくるよ。何かあったら連絡するから。」
ずっと黙ったままだった安田は、そう言うと急いでスタジオを出ていった。
そんなことがあったので、俺は昨日の醜態を思い出す暇もなく、大泉と普通に接することが出来た。大泉も音尾が心配だったせいか、昨日のことをネタにからかってくることもなかった。
モリは先に帰っていき、俺と大泉は少し休んでから帰ろうと、そのまま局に残った。夜十時を廻った局内は人影も少なく、静かだ。
煙草に火をつける大泉の隣で、俺は紙コップに入ったコーヒーを啜った。
「……なあ…。モリも気付いてんのかな……あいつらのこと…」
「…さあな。何も言わねえけど…何らかの違和感はきっと感じてるだろうな……。だから余計心配するんだよ。顔色悪いとか、痩せたとか…。胃の調子が悪いとは聞いてたらしいけど。」
「……原因て…やっぱり精神的なものなのかな…。もしかして安田とのことで…辛い思い、してんだろうか……」
………もし、俺が音尾の立場ならどうなっただろう。好きな相手が家庭を持ってしまったとしたら。以前の自分ならその時点で何も彼も割り切れて、好きでいることもきっぱりとやめられた筈だ。―――――でもそれは所詮、今まで俺が本気で人を好きになったことがなかったからに過ぎない。
それに、自分が自分が一方的に好きなだけだったっていうんなら、まだ諦めもつくかもしれないけど……体を重ねていたとしたら。それも、異性ではなく、同性だったら………。
静寂が流れた。大泉も何を考えているのか、黙ったままで煙草を燻らせていた。
「なあ……しげ。」
「ん?」
「想像つかんわ、俺には。好きになっちまったもんは仕方がないって思うけど、音尾のことは馬鹿だなあとも思うし……安田は何考えてるかさっぱり分かんねえし。でももし…………」
そこまで言いかけて、大泉は黙ってしまった。
「もし、何よ。気になんだろー? 途中でやめたら。」
俺の言葉を聞いているのかいないのか……大泉はまた暫く何か考え込んで、ふと顔を上げた。目が合って、大泉は………なんとも言えない優しい顔で微笑んだ。
情けなくなるくらい、どきどきする。
「さ、そろそろ帰るか……お前、二日酔い大丈夫だったか?」
「えっ……うん、起きたときちょっと頭痛かったけど、今はもう何とも……」
いきなり昨夜のことを言われて自分の醜態を思い出し、顔がカーッと熱くなった。
「あれま。どうしたのよ、しげ。すげー真っ赤だぞ?」
「…べっ…別に何でも。面倒かけて悪かったなって思ってたんだ。」
「ああ? 別に面倒はなかったけどな。……久々に見たしげちゃんの寝顔は可愛かったけどv」
「おっ…おま、お前ぇ!! 可愛いとか言うな!! 馬鹿にしやがってえっ!!」
ますます顔が熱くなるのを感じながら、精一杯虚勢を張った。
「……他の奴には見せんなよ、あんな顔。そんじゃ、お疲れ。」
大泉は全く動じない様子で笑って、帰って行った。
――――大泉。お前こそ、そんなこと言うな。お前が何の気無しに言った言葉でも、俺はいちいち一喜一憂しちまうんだよ………。
数日後、やっと久し振りに深夜のバラエティ番組の撮影で音尾と一緒になった。
会って驚いた。大泉やモリが言っていたようにやはり顔色が悪い上、明らかに痩せていた。
「音尾…お前、顔色酷いよ。どっか悪いのか?」
「最近みんなに同じこと言われるよ。……そんなに酷いかあ?」
音尾はけろりとした口調で答えたが、無理をしているのは分かった。
「…何ともないならそれでいいけどさ、お前痩せただろ?」
「んー……ちょっとね。でも大したことないから。」
大したことないはずはない。―――――見てれば分かる。隠したがるのは、きっと安田が関係しているからだ。
安田とのことに気付いてなかったとしたら、俺はもっと根掘り葉掘り聞いて、口やかましく『病院へ行け!』と言っていたに違いない。
……でも、今は……たとえ音尾が心配だからという気持ちからだとしても、そんなことをしたら音尾を追い詰めてしまいそうで………怖い。
「……あんまり無理すんなよ。」
「ん。大丈夫…」
俺の言葉に微笑んだ音尾は、凄く儚げに見えて……そんなことは初めてで、切なくなった。
ラジオの収録をすっぽかした理由は、前の仕事が押してしまったせいだと聞いたが……それも半信半疑だった。
きっと、体調のせいなんだ……。
暫くして大泉やモリもやって来て、撮影が始まった。撮影の合間、スタッフと談笑する音尾を見ていて、ふと気付いた。
以前のような屈託のない笑顔を見せないことに……。
「しーげちゃん。また音尾の心配? 洋ちゃん、いい加減にジェラシー。」
「冗談言ってる場合じゃねえだろ! 俺、マジでびっくりしたんだから…」
撮影が終わって、またしても大泉と飯を食いに来た。今日は俺から誘った。
……何だか一人になりたくなくて。こんなに音尾が心配で落ち着かないのは、俺が、俺自身を音尾に重ねて見てしまうせいなんだ……きっと。
「まあ、お前は久し振りにあったから仕方がないよな。…安田もなあ……昨日ゴルゴで会ったけど、いつにも増して暗かったぞ? ………どうなってんだろうな……あいつら………」
溜息混じりに大泉が言った。さっきみたいなことを言っても、こいつだって心の中では凄く心配してるんだよなあ………。
「…しげはさあ……今、好きな人っているのか?」
「は?!」
あまりに唐突な質問に驚いてしまった。
「…なっ……なんで、んなこと聞くのよ。人に聞く前に言ってみろよ。」
それは、はずみだった。本当はそんなこと知りたくもない。自分の好きな相手に、いきなりそんなことを聞かれて、『いる』とも答えられなくて、咄嗟に切り返してしまっただけだった。
「……いるよ。」
大泉は、俺の目を真っ直ぐ見て――――――そう言った。
………どう形容したらいいだろう。……ハンマーで頭殴られたみたいな……って、こんな感じかな………。物凄い衝撃の後、やっぱり凄い脱力感に襲われて………。
「………そ、か………。いるんだ………」
俺は……どんな顔をしていただろう。こんな事でショック受けるなんて。馬鹿みたいだ。俺達はもう、いい歳だ。付き合ってる女の一人や二人いたって当たり前で………結婚考えるような相手がいたって不思議じゃない。
――――――――――なのに。
「………しげ?」
大泉に呼ばれて、気が付いた。自分が涙を流していたことに……………。
「………しげ、出よう?」
俺の返事を待たずに、大泉は俺の手を掴み、会計を済ませて外へ出た。
「………どこ行くんだよぉ………」
俺の手をきつく握って、ぐいぐい引っ張って歩く大泉に、涙を拭いながら言った。
「…俺の車まで。もっと話そ。話さなきゃ…ダメだから………」
「話すって……何を………」
………そう言いながらも俺は、きつく握られた手が嬉しかった。………情けないけど、本当に……嬉しかった……。
大泉の車の助手席に座らされて、運転席に座る大泉も俺も、暫く黙ったままだった。
不覚にも泣き顔を見られてしまったのだから、今更どう取り繕ったところで誤魔化しきれるものではなかったし……。
「……しげ、じゃあ今度はお前の番。」
「………え……?」
「俺は答えたよ。好きな人いるって。…だから、今度はお前が答える番。」
今更何を言わせる気なんだ………? お前には好きな奴いるんだろう? そんなに俺に恥かかせたいのか………?
……そう思ったけれど、穏やかに微笑む大泉は、胸が締め付けられるくらい優しい目で俺を見ていて。
堪らなくて、目を逸らして俯いた。
「…………俺も…………いる……………。ずーっと………好きだった……………」
「………しげ…………」
大泉の手が延びてきて、俺の頬に触れた。そっと大泉の方へ顔を向けさせられて………唇に柔らかな感触が伝わった。
「……お………大泉………?」
「……!! ああっ…す、すまん!! つい!」
驚いて目を見開いた俺の前で、大泉はいきなり頭を下げた。………やっぱり、何かの弾みとか……そういうことなんだろうなって感じた。特別な意味のあるキスじゃなかったんだなって………。
「………しげ、その……俺…………」
「…いいよ、別に。気にすんな。」
そうだよ。…これでいい。友達のままで……いい仲間のままで、それだけでいんだ。それで充分なんだから。
「…………違うんだ、しげ。……頼むから………もう、いい加減に分かれよ………。俺が好きなのは…………」
大泉は切なげな目で俺を見た。
―――――――――嘘だろ? からかってるんだろう? 俺のこと………。
「しげ………その……………、自惚れなら笑ってくれて構わない。俺、お前が……俺のこと、好きでいてくれてるんじゃないかって、勝手に思ってて……。だから………」
しどろもどろな大泉は顔も真っ赤で、もう俺と目を合わそうともしなくて。
「………違うなら違うって言ってくれ。………もう心臓破裂しそうな勢いなんだ……」
心なしか息も荒いような気がする。…………本当に、…………本気なのか………?
「………違わねえよ。」
大泉がぱっと顔を上げて、俺を見た。
「違わねえ。……お前が思ってる通りだよ………」
「………ほんとか?」
「…………うん………」
「…もっかいキスしていいか?」
俺は無言で頷いて、目を閉じた。微かに触れるだけのキスなのに、馬鹿みたいにドキドキした。そして、ふと……酔っぱらって送ってもらった日の、眠りに落ちる前に唇に触れた何かの感触を思い出した。
………今のと、同じ感触だ。
「……しげ………好きだ…………」
大泉に抱き締められながら、身元で囁く声を心地良く感じていた。
互いの気持ちを分かり合えた配意が。それ以上の進展は何もないまま、数週間が過ぎた。そして今日は久し振りにナックス全員が、番組の撮影で揃う日だ。
ここのところ大泉は相変わらずの忙しさで、すれ違いの日々が続いていた。まあ進展といっても……正直なところ、こわい。触れ合いたいとも思うけど、それによってますますあいつに執着して、いつか傷つく日がくるんじゃないかって……。
そもそもこんな事を考えてしまうこと自体今まで無かったことで、……所詮、今まで本気で誰かを好きになったことが無かったってことなのかもしれない。
テレビ局の控え室に入ると、安田以外は皆揃っていた。
「おはよーっす。安田は?」
「仕事が押してるみたいよ。もうそろそろ来るんじゃねえの?」
藤尾と談笑していた音尾が答えた。相変わらず顔色は冴えない。
「しげ〜v 久し振り〜v」
いきなり後ろからがばっと抱きつかれて驚く。
「おっ…大泉っ! ベタベタすんじゃねえ、鬱陶しい!」
嬉しい気持ちも半分。でも皆の目が気になるのと恥ずかしいのとで、ついこんなこと言ってしまった。しかし大泉は動じない。
「佐藤君冷たーい。久し振りなのに〜。」
そう言いながら腕を緩め、俺を解放した。その顔はにこにこ顔で。
……可愛いなんて思ってしまった。
「撮影早く終わったら、今日も飯行こうな。またいい店教えて貰ったんだ。」
「………うん。」
にこにこ顔の大泉につられ、俺はつい素直に返事をしてしまった。
しかし残念なことに、その日の撮影は夜中まで続いてしまった。晩飯に仕出しの弁当なんかを食っちゃったりして、時計はもう十二時を廻ろうとしている。
さすがに真っ直ぐ帰るしかないだろう………そう考えながらメイクを落とし、帰り支度を始めた。
「しげぇ、帰りどうする?」
帰り支度を整えた大泉が聞いてきた。
「んー、こんな時間だし、腹減ってないからなあ。お前、明日の仕事は?」
「午後から。お前は?」
「俺も昼過ぎから。――――――俺んち寄ってく?」
久し振りにあったんだから、もうちょっとゆっくり話したい。そう思ってのことで、他意はなかったのだが………ポカンと口を開けたままの大泉の顔が、みるみる赤くなった。
「お…おっ………大泉、違うんだ。そういう意味じゃなくてな、その…久し振りだからゆっくり話したいっていうか………」
何で言い訳しなきゃならないんだと思いつつも、顔がどんどん火照ってくる。
「あ…、そう、そうだよなぁ? …あー、びっくりした。」
大泉はほっとした顔で溜息をついた。
…………びっくりしたのはこっちだ、ボケ!
そう思ったが口には出さなかった。
「まともに掃除してないからさ……あまりきれいじゃないんだけど。」
大泉を部屋に招き入れ、途中で寄ったコンビニの袋の仲から、お茶やポカリのペットボトルを取り出して冷蔵庫にしまった。
「そんなことねえよ。全然きれいにしてんじゃん。」
大泉はきょろ、と部屋を見回しテレビの前に腰を下ろした。
テレビを見つつビール飲んで、他愛ない話や仕事の話をした。モノマネなんかで腹が捩れるほど笑わされたりして――――ふと、音尾のことが頭を過ぎった。
「どうした? しげ。」
「…ん……。音尾がさ……笑わなくなっただろ、前見たく。仕事では笑うけどさ、無理してんの分かるんだよな。」
自分はこうして大泉と居て、腹の底から笑って――――――幸せで。
…音尾は一体、毎日どんな気持ちでいるんだろう。
「……確かにそうだけど…でもなあ、あいつ、ときどきだけど……安田と話してる最中、凄く幸せそうに笑うんだよ。…あー、やっぱり好きなんだなあって感じるようなさ……。そういうの見ちゃうと……そっとしといてやりたいなって…思うんだよな……」
俺も、確かにそう思う。…けど傍観してるだけじゃ辛い。同情とか、可哀相だって思ってしまうことは、あいつらにとって、甚だ迷惑なことだと頭では分かっているけど。
本当に幸せか不幸かなんて、周りが決めつける事じゃない。そんなの、本人にしか分からないんだから………。
―――――と、大泉がぱっと俺の方を向いた。
「……しげ、俺さあ………絶対幸せにする、なんて言い切る自信無いけど……。お前に辛い思いだけはさせないから。一生バカ笑いさせてやるよ。」
大泉はクソ真面目な顔で言ってのけた。
「……プロポーズみてえ…………」
ぼそりと呟いた俺の言葉に、大泉ははっとした表情で…またしても赤くなっていく。
「おーいずみ……お前さあ……可愛いわ。」
「……そういうこと言う口は塞いだる。」
優しい口付けを受けながら、こんな日がずうっと続いていけばいいと……きっと続いていくのだと、俺は信じて疑わなかった。
『音尾が事故に遭った』とモリから連絡があったのは、次の日の昼近く、仕事に行く為に身支度を整えているときだった。音尾が明け方に家の近所のコンビニに買い物に行った帰り、信号無視の車に撥ねられたのだと。
仕事を終えて病院に駆けつけると、音尾の両親と社長、副社がいた。
音尾の手術は終わっていて、予断を許さない状態だと聞かされた。安田はとっくに先に来て、集中治療室の音尾の様子を聞くと、直ぐ帰っていったらしい。面会時間が限られている上、二人までしか中へは入れないのだから仕方がない。
「僕と…御両親に連絡よこしたの、安田君なんだ。昨日は音尾君のところに泊まってて、明け方目を覚ましたらいなくなってて……心配になって外出てったら、……事故に遭った後だったそうだ。」
「……そうですか……。どんな様子でした? あいつ……」
「……真っ青だったよ。口には出さないけど、相当応えているだろうな……」
「…でしょうね……」
自分が安田の立場だったら、きっと耐えられない……。
そう考えて、背筋がぞくっと寒くなった。
御両親に挨拶をし、玄関までの廊下を歩いた。面会時間も過ぎた病院内はとても静かで、自分の靴音が響く。
―――――――自分にも起こりうることなのだ。
何故、何の疑いもなく、明日が来ることを当然のことのように思ってたんだろう。
そして、自分の大切な物だっていつこんな風に…………。
「………しげ?」
顔を上げると大泉が立っていた。情けないことに、直ぐに視界が滲んでくる。
「しげ、どうした? ……音尾そんなに悪いのか?」
駆け寄って俺の肩に手を置き、顔を覗き込んでくる。
「……違うんだ大泉…これは……」
「しげ?」
「音尾は集中治療室で……会えない。まだ予断を許さない状態だって……」
言いながら、涙がボロボロ出てくる。でも、この涙は音尾の為じゃない。
「社長も副社もまだいんだろ? 顔出してくるから、お前は下で待ってろ。な?」
こくりと頷くと、大泉は俺が歩いてきた方へ走って行った。俺は涙を拭って正面玄関前のロビーに行き、長椅子に座った。
―――――考えたこともなかった。今の仕事を続けながらお互い歳を重ねて、思いが通じないまでも、ずうっと傍にいられるものだと思っていた。でも、いつこんな風に、ふいに失ってしまうのか………身近な人間がこんな事になって、初めて気付いた。
………そんなこと考えていたら、涙が止まらなくなった。人目を気にする余裕も、無くなっていて………。
「…しーげ。」
大泉がやってきて、俺の隣りに腰を下ろした。涙の止まらない俺の肩を抱き寄せ、大泉はずっと黙って傍にいてくれた。
余計に涙が止まらなくなる。
「……泣くな、しげ……。音尾は大丈夫だよ、きっと。」
くしゃくしゃと頭を撫で、肩を抱くてに力を込める。
「………大泉………。違うんだよ……俺、お前とずっと一緒にいられると思ってて……。当然のように…そう思ってて……。だけど、いつ……こうやって、ふいに失ってしまうのかって考えたら………怖くなって……。……すげえ、怖くなって…………」
大泉に対する自分の気持ちを認めるのが怖いとか、執着して傷つくのが怖いとか………そんなの、今はもうどうでも良かった。
「………しげ、お前車は?」
「…今日は乗ってこなかった。」
「じゃあ送ってくよ。帰ろ。」
大泉に促されて立ち上がり、駐車場に向かった。
途中、大泉は何も喋らなかった。俺も何とか涙は止まって、流れていく景色をぼんやりと眺めていた。
……もうすぐ俺のアパート。一緒にいたいと思うほど、時間は甘利に呆気なく過ぎていくような気がする。
「………ありがとな。送ってくれて…」
アパートに着き、一言礼を言って車を降りようとした、その時………大泉が、俺の腕を掴んだ。
「…大泉…?」
「…しげ、俺は死なないよ。…こんなに、お前を好きって気持ち残したままで……絶対死ねないから。…だから、つまらないこと考えて泣くのはよせ。……な?」
大泉は凄く優しく微笑んだ。
―――――折角、涙止まったのに。また視界が潤み始める。
そんな俺を、大泉はぎゅうっと抱き締めた。
『クサいんだよ、お前は!』………いつもなら、そんなツッコミの一つくらい、していた筈だ。
「……おーいずみぃ………」
「ん?」
「………今夜は……一人でいたくない……。一緒に…いてくれ…………」
もっと触れて欲しいと思った。
――――――――――――深く、繋がりたいと。…………。
「……っ……ぁ………」
照明を落とした薄暗い部屋。二人でシャワーを浴びた後、大泉にされるがままにベッドに横たえられ、抱き合った。
大泉の手が、唇が、肌の上を優しく這っていく。恥ずかしさもあったけど、嬉しいって気持ちの方が勝っていた。
全身で大泉を感じられることが、嬉しい。――――体温も、体の重みも。
「…………大…泉………」
顔を上げた大泉の頬は、うっすらと上気しているように見える。俺の顔も…赤くなっているのかな………。
大泉はそっと俺の前髪を払い、額に口付けた。
「……しげ………すげえ綺麗だ………」
「…あ……っん……」
耳元で囁いて、指先で胸の突起を刺激してくる。思わずビクリと反応してしまった。その反応が嬉しいのか大泉はそこから離れず、舌先で転がしては甘噛みを繰り返した。
「………っ、ああっ……お……いずみ………」
堪えきれず漏らした声は、自分でも驚く程………甘い。
そこを嬲り続けなから、大泉の手は下腹部へと滑っていった。俺自身が温かい感触に包まれ、ぞくりと身を竦ませた。
「…しげぇ……もう濡れてる…………感じてんだ………?」
嬉しそうに呟くと胸元から顔を離し、脚を開かされた。間に割って入った大泉の素肌を、太股の内側に感じて……反射的に脚を閉じようとしてしまったが、そんなのは全くの無意味で。
太股の付け根の部分を押さえ込まれて、更にぐいっと開かされた。
――――――全部見られてる………そう思うと、さすがに羞恥で全身が熱くなった。大泉の息も荒い。
「……あ………ん…………」
太股の内側に焦らすようなキスを何度も繰り返した後、自身がねっとりと熱い感触に包まれる。
「はあ……んっ…………」
そのまま大泉は頭を上下させ、淫猥な音を立てて愛撫を繰り返した。その音と、大泉の荒い息が、更に羞恥と快感を煽る。
「…あ……あっ………お………いず……みぃ………、も……ダメ……っ…………!!」
「……イっちまいな、しげ………」
そこから顔を離した大泉は、手で扱き、更に強い刺激を与えてきた。
「あ、あっ―――――――――!!」
頭の中が真っ白になって――――――大泉の手の中で頂点を迎えた俺は、脱力してぐったりとシーツに体を埋めた。
「…お前、メチャクチャ可愛いわ………」
まだ呼吸の整わない俺の身体を、大泉はぎゅっと抱き締めて耳元で囁いた。
「…あ…っ……、や………」
膝裏を持ち上げられ、膝を立たされて脚を開かされた。大泉の指先が、俺の最奥を探るようにそっと触れた。
「……しげぇ………怖い……?」
思わず息を飲んだ俺の顔を、大泉が心配そうに覗き込む。
………俺、お前にそんな顔させちまうくらい、情けない顔してるのかなあ………。
「しげ……?」
両手で大泉頬を包み、引き寄せた。柔らかく唇を重ねて離れると、大泉はちょっと驚いたような顔をしていた。
「……痛いのやだから………優しくしろよ。」
笑って言った俺に、大泉も微笑む。
……こんな優しい顔、今まで知らなかったな………。
「………っ…………」
じわりと異物感を感じ、息を詰めた。大泉の指が、じわじわと俺の中を侵していた。
さっき俺が放ったものを潤滑剤代わりに、内側をぐちゅぐちゅと掻き回す。初めて味わう感覚は、はっきり言って決して気持ちがいいとは思えなかった。
「…痛くないか…?…しげ……」
聞かれて、こくりと頷いた。痛くはない……が、圧迫感と異物感とで、気持ち悪い。
……けど、弄くられ続けているうちに、不思議な感覚に捉えられていった。
「…お…いず……み…っ……!」
指を増やしてそこを弄くり続けながら、大泉はまた俺自身を口に含んだ。先端を舌先で舐めたりつついたりして、刺激を与え続けてくる。
「…は…っ……いや……ぁ…ん………、お…いずみぃ……っ………!」
堪えきれず大泉の髪を両手で掴んだ。
「…イイ声だな………しげ………すっげえ可愛い………」
「ああ…っ……ん………も…、ダメ……だって……ぇ…っ………」
いつの間にか俺は、内側を掻き回してくる大泉の指に、快感を覚えるようになっていて。どうしようもなく身体が疼いた。
「…お……いず………、や……あっ………も………やめ…………」
俺の声と吐息と………掻き回されるいやらしい音が、部屋に響いた。我慢しようとしても漏れる声のせいで、喉がひりひりし始める。
―――――大泉の指が、そうっとそこから引き抜かれた。
大泉は俺の脚を抱えて、自分のモノを押し当ててきた。
「………あ……あっ……」
ゆっくりと侵入してくるそれの圧迫感は、さっきとは比べものにならないくらい強烈だったけど……。嬉しいと思ってる自分もいて。
情けないとも思うけど、繋がってるってことに凄い安心感を覚える。
ゆっくりと抽挿を繰り返しながら、大泉の呼吸もどんどん激しくなっていく。もう、余計なことを考える余裕は無くなっていた。大泉の背中に夢中で縋り付きながら、どんどん昇りつめていく。
「…お……いずみぃ…………も、いっ………くっ…………―――――――!!」
俺が二度目の頂点を迎えるのと、ほぼ同時に――――大泉も俺の中で達し、小さく呻いて俺の上に倒れ込んだ。
目を覚ますと、俺の身体は大泉にしっかりと抱き寄せられていた。気持ち良さそうな寝息を立てて、無邪気な顔で眠ってる。
……とんでもないことしちゃったなあ……なんて、漠然と思った。後悔なんかしてないけど。
自分に嘘をつきながら生きてくよりは、ずっとずっと良かったって思うけど………。
「…………しげぇ……?」
うっすらと目を開けた大泉は、俺の顔を見て、嬉しそうに笑った。
「……体、痛くないか?」
「……なんとか。…起きてみないと分かんねえ。離してよ大泉。」
あまりにしっかりと抱かれてるので、これじゃトイレに行きたくなっても行けない。
「……何時よ、今。」
「だーかーら、これじゃ時計も見れねえってば。」
「……何だよ、まだ外薄暗いじゃねーかよぉ……。お前もおとなしくもっかい寝ろ。」
一瞬だけ体を離し、窓の外を見てそう言った大泉は、またしても俺をぎゅっと抱き直して目を瞑った。
直ぐに寝息を立て始めたので抵抗を諦め、おとなしく大泉にひっついて目を瞑る。
――――――これで良かったんだ。……だって、こんなにも幸せだと思えるから………。
音尾が意識を取り戻したのはねそれから五日後のことだった。社長から連絡を受け、仕事の後大泉と一緒に病院に駆けつけた。
遅れてやって来た安田は、穏やかに微笑んだ音尾の手を取って跪き、ぽろぽろ涙を零した。
……声も出さずに無く姿に、胸が詰まった。
大泉も同じ気持ちなのか、隣りにいた俺の手をそっと握ってきた。
安田は緊張の糸が切れたのか、そのまま意識を失ってしまい……別室へ運ばれた。音尾が事故に遭ってから、多分ろくに眠れもせず、飯も食えずにいたに違いない。
心配する音尾を宥め、安田のことも心配ではあったものの、面会時間も過ぎてしまったので帰るように社長に言われ、仕方なく家路に着くことにした。
「しげ、良かったら軽く飯食っていかないか?」
「…ん、いいけど……」
大泉に、いつもの強引さが感じられない口調で誘われたので、かえって素直に応じてしまった。
病院から程近い店に入り、向かい合わせに椅子に座ると、二人して深い溜息を吐いてしまう。
「……気ィ抜けた………」
「…俺も。何かドッと疲れた………」
「……良かったなー……音尾………」
「うん………安田は心配だけど………」
暫くそのまま惚けていると、急に腹が減ってきて……腹の虫が鳴った。―――――と、大泉の腹の音も。
お互い顔を見合わせて、ぷっと吹き出してしまった。
「あー、ホッとしたら腹減った! 何かさ、イマイチ食欲が湧かなくて……かなりいい加減な食生活だったからさあ。」
「俺も…。ホント自分でもびっくりしたわ。おふくろが用意しといてくれてれば、適当に摘むって感じでねぇ……心配事があると、ほんと食えねえんだなってしみじみ思っちゃったよ。」
オーダーを済ませ、改めて大泉の顔を見た。煙草を燻らせているその顔は、決していい男って訳ではないが………やっぱり、人を惹き付ける『何か』を持っていて。
「何? しげ。俺の男っぷりに見蕩れちゃった?」
大泉はおどけた口調だったが、俺の顔はカーッと熱くなった。
「あらら? どうしたのよ、お前……耳まで真っ赤……」
「なんでもねえよ! …お…お前が変なこと言うからだろ。」
それ以上突っ込んでくることは無かったが、大泉の口許はにやけていた。………何せ、あの夜以来まともに話せたのは、今日が初めてだったから……こうして向かい合って座ってると、思い出しちまって………。
「…しげ、体が痛いの治ったか?」
またしても顔がカーッと熱くなった。俯いたまま、こくりと頷いた。
あの夜、寝ているときは感じなかった痛みが、いざ起き上がろうとすると下肢に鈍くひびいて、動けない程だったから。
「そっか。良かった……」
ほんとに俺の体を案じて言ってるのが分かる。怖ず怖ず目線を上げると、大泉はとても愛しそうに俺を見ていて……。
「………大泉、お前さあ……人前でそんな顔すんな。」
「顔?! 顔はしょうがないでしょ、生まれつきだもん!」
俺の言葉の意味を分かってるくせに、大泉はわざと大袈裟にすっとぼけて見せた。
「……ふざけてんな。……俺と二りっきりのときだけにしろって言ってんの!」
大泉は余程驚いたらしく、でっかい目玉を見開いたまま。口も半開きだ。
俺も、言ってしまった後で恥ずかしくなり、二人とも無言になってしまった。
………どうだろう。大の男二人が、向かい合わせに座って顔赤くして、もそもそ飯食ってる姿ってのは………。
ファンにでも見られたら、絶対勘繰られそうな気がする………。
その後、ギブスの取れた音尾は何ヶ月もリハビリに励み、仕事に復帰を果たした。
音尾と、音尾を支えた安田の努力や苦労は、俺達には計り知れないものであっただろうと思う。二人の間では色々あったらしいが、結局安田は奥さんと別居する道を選んだようだった。
本当のところは何も分からない。が、少なくとも音尾の顔色は良くなってきていて、安田は以前よりも表情が明るくなった。
俺と大泉も相変わらずだ。
―――――――幸せに満ちた毎日じゃなくても。自分の好きな人と穏やかに暮らしていけさえすれば、きっとそれで充分な筈だから………。
俺も、自分も偽らず生きていきたい。
―――――――――――ずっと、二人で。
文月翠サマが書いて下さいました43のお話で御座いますv
『置き忘れた記憶』 『リセット』に続くシリーズもので、
所謂、番外編ですね。
凰原には書けない、ちょっと素直で可愛らしい姫サマを
ご堪能頂けましたでしょうか?
書かれた本人は初43にドキドキものだったようで御座いますが、
ワタクシはそれ以上に翠さんの書くシゲにドキドキしっぱなしですよ(笑)
つか、やられっぱなしでゴザイマシタ。
因みにこのお話は、1043のキリを踏まれたにも関わらず
7777のキリが有るからと、表だって申告されませんでした
彩香サマへのキリリクの代わりと言うことで
僭越ながらワタクシと翠さんとで捧げさせていただきます。。。