I miss you…
〜もうひとつのR−14〜






 ―――――大沼が死んだ。


そんな衝撃的な事実が多くの人間を悲しみの底に叩き落としてから、どれだけ経っただろうか…。
北海道内では知らない者などない程の、人気と知名度を誇っていたタレント『大沼 陽』は、余りにもあっけなくこの世から去っていった。
ロケ中の事故だった。
番組の企画で四国八十八カ所を巡るお遍路の旅の途中、横から飛び出してきた車に衝突され…即死だったそうだ。


 時間は緩やかに過ぎてゆく。
かつて、大沼という人間がいたことも…時間と共に人々の心からゆるゆると、忘れ去られてゆく。
それが摂理だというのは、よく解っていた。
だけど心が納得しないのは―――――まだ、俺が認めていないから。
あいつの死を、認められないから………。


 いっそ、忘れられたらと思う。あいつがこの世にいないなんて、事実を。
そう。あの二人みたいに。
………大沼に同行していた番組ディレクター二人、藤木さんと上島さん。彼らは、ここ数年にわたって尤も大沼と長く接していた人間だった。
事故の時も彼らはあいつと一緒で……当然一緒に事故に遭ったのだが…奇跡的に二人はかすり傷程度で助かっていた。
彼らのショックは計り知れないものだったのだろう。目の前で、大沼が死んだのだから。
……二人は、その多大なるストレスと、罪の意識からか……その事実を、心の底奥深くに沈めてしまっていた。
彼らの中で、大沼陽という人間は、今もなお生きている。死んだという事実は、彼らの中に塗り込められて封印されてしまっている。
周囲の人間が悲しい思いで遠巻きに見守る中、藤木さん達だけは…楽しそうに番組の思い出を語り、そして次の企画を立てているのだ。
それは、あまりに哀しい姿なのかもしれない。
だけど今の俺には………それでも、羨ましいとさえ思えた。
――――だって、こんな辛い想いに苛まされなくて済むじゃないか――――。




「佐東…次の芝居の日程、……決まったよ。」
事務所で声をかけてきたのは、森碕だった。
「………ふうん。」
俺は力なく返事をして、何をするんでもなくぼうっとしている。最近、ずっといつもこんな感じだ。
「なあ、佐東。そろそろ……俺達も吹っ切らないとさあ。」
力なく笑うモリを、俺は無表情で見つめる。
…吹っ切る―――吹っ切るって一体、なんだろう。
忘れてしまうこと?それとも、諦めてしまうこと?
「なあ、モリ………」
「ん?」
「俺………いなくなっちまいたい。」
モリの表情がさっと変わった。怒っているような、泣いているような、わけの解らない表情をしてる。
「やめろや……そんな哀しいこと、言うの。」
俺の肩を掴んで、そう一言吐き出すように呟く。
「………うん。ゴメン。」
俺はそのまま俯いて、唇を噛みしめた。


誰に言ったって……解って貰えるわけはないって、理解してる。
みんな、哀しい気持ちは同じだって…きっと、そう思ってる。
だけど違うと思うんだ……。
この気持ちだけは。
誰にも理解なんて………して貰えるわけ、ないんだよね………。


『俺、何にも伝えてなかったのに―――――』



 ラジオの収録が終わりかけている。まだ、スタジオに四人しかいないことに皆が違和感を覚えつつも、俺達は精一杯平静を装って…淡々とラジオを進めた。
本当はもう、大分慣れたのかもしれない。
あいつがいないって事。リスナーも、俺達も。
悲しんでばかりじゃいられない。あいつが一番それを悲しむよ。
って、そんな言葉が合い言葉のように空間を埋めていて…みんな、普段通りにしようと必死で仕事するんだよね。
だけど、仕事が終わったら、やっぱりみんな無口で。
いそいそと帰り支度を済ませて、家路につこうとする。ふざけた会話なんて、ここ数ヶ月聞かれない。
 「ねえ、シゲ。ちょっとどっか寄ってかない?」
「……音緒。悪ぃけど、遠慮するわ……」
背中を向けた俺を、音緒が無理に引っ張った。
「いいから! 来いよ……」


 「なんだよ……一体。」
深夜に近い時間帯のファミレスで、俺は非難の意味を込めた目つきで、音緒をちろりと睨んだ。
「別に…。ただ、シゲが言いたいことあるんじゃないかと思ってさ。」
何か言いたげな顔してんのはそっちじゃねえかよ、と思いつつ俺はコーヒーを一口含む。
「あのさぁシゲ。………俺、何となく気付いてたんだけど…その……」
「……何よ。」
音緒は言い辛そうにその後の言葉を濁していたが、やがてぼそぼそと言葉を続ける。
「…シゲさぁ………その、つき合ってたんだろ…………あのぉ…大沼、と………」
俺の顔色が変わるのを見て、音緒は少し慌てていた。
「いや、その……見てたら解っちゃったっていうか、さぁ。あの…………」
「…解るって……何がよ………」
俺はまともに音緒を見る事が出来ず、視線をカップに落としたまま、その一言を呟くのがやっとだった。
「俺………俺も、健ちゃんと………その………だから……」
音緒は顔を赤くして、必死にそう言った。
お前と安原がそんな感じだったのは、知ってたよ。誰が見たって、べたべただったし―――つき合ってねえ方がおかしいくらいな雰囲気だったもんな…。
でも、それとは違うんだ。
……音緒……。……俺達は………お前達とは、違って……――――――。
そう考えた途端、俺の口から言葉が出てこなくなった。
「…シゲ……1人で黙って耐えてるの……辛いんじゃないかって………お節介だとは思うんだけどさ……。」
音緒はなおも言葉を続けていたが、俺にはもう聞こえない。胸にどんよりと重たい何かがつっかえて、言葉が出てこない。息苦しくて、もうどうしていいか、解らない………。
「悪い…俺、帰るわ。」
必死でそう言って店を飛び出した。
苦しくて、苦しくて、どうやって自分の車までたどり着いたのかすら、覚えていなかった。
 はっと気が付いて俺は車に乗り込む。のろのろとした動きでシートベルトをしようとしていた瞬間に、突然助手席の扉が乱暴に開けられ、音緒が乗り込んできた。
「ゴメン、シゲ!」
息を切らせながら、音緒はそう言ってきた。
「……別に、謝る事じゃないよ。」
「俺、お前を傷つけようと思ったんじゃないよ……シゲ…俺は……」
「解ってるって。……でも、俺………お前が思ってるような………そんなんじゃ………―――――」
言葉が続かなかった。喉の奥に焼けたものが押しつけられてるみたいな、そんな感じで言葉が出ない。
「……シゲ。辛かったんだね……やっぱり。」
音緒が身を乗り出してきて、俺をぎゅっと抱き締めてきた。
その時になって、俺は初めて自分が泣いていることに気が付いたのだった。


 「つき合ってなんか……いなかったさ。だって、俺……あいつの気持ちに答えたことなんか、なかったもの…」
「でも、大沼はそう思ってなかったんじゃない?あいつ…いっつもシゲといるとき、すっごく楽しそうだったじゃん……」
音緒は俺の背中をぽんぽんと叩きながら、ゆっくり話しかけてくる。それだけで、つっかえていたものが少し消えていくような気がした。
「大沼は…いっつも強引でさ………」
あいつはいつも、俺を振り回した。俺を好きだと言って憚らず、勝手に押し掛けてきては俺を抱いた。俺の気持ちなんかお構いなしと言った感じで、いつも自由に振る舞って…。
「………俺、あいつに何にも伝えてやれなかったんだ………」
「シゲ……」
「あいつがいなくなるなんて…思ってもいなかった。…そんなこと言わなくったって、大沼は解ってると思ってたから、俺……好きだって言ってやったことすら、なかったんだよ……」
俺は初めて、誰にも言えずに呑み込んでいた気持ちを吐き出した…音緒に抱き締められながら。
あいつが死んじまってから、こんな風に誰かに話すのは、本当に久しぶりだった。
「………シゲ、大丈夫。大丈夫だよ……」
「……俺、バカなんだ………今頃になって、あいつが好きだって………もの凄く、好きだって………」
嗚咽のようなものしかあとは続かなかった。
音緒はそれでも優しく、うんと相づちを打ってくれていた。




 また少し、季節はゆるりと流れる。
俺は前ほどおかしい状態ではないようだ。多分、時々音緒が話相手になってくれたりしてるからだと思う。
大分、心の整理がついたよ………。
ずっと死にたくて死にたくて―――大沼に会いたくて、気が狂いそうだったけど。
今は、もう………何とか頑張れると…思う。
 いつものように仕事を終えて、部屋にたどり着いた俺は着替えもせずそのままベッドに倒れ込んだ。
何をする気にもなれず、天井をぼうっと眺める。
この部屋には大沼の思い出があまりにも多すぎた。最初に好きだと告白されたのもこの場所。抱かれたのもこのベッド。ケモノみたいに絡み合って、痴態に興じていた…俺達。
目頭が熱くなるのを感じて、両手の甲で顔を覆った。………駄目だ。また、泣いちまう。思い出して、泣いてばっかりいたってどうしようもないことは痛いほど解ってるのに―――涙が枯れることはなくて。


 泣きながら眠ってしまったようだった。ぼんやりとした頭で、少し寒いな…と思ったその時。
部屋の入り口辺りから物音が聞こえる。がさがさと。
俺は自慢じゃないけど、無類の恐がりだ。幽霊なんて絶対に! 信じたくない。だってそんなものが現実いたら、怖いじゃねえか。
幽霊なんてこの世にはいない!!
……だとすると、これは何だ? 泥棒か?? 俺は殺されるのか……!?
あわてて飛び起きるが、煌々と明かりのついた部屋中を見回しても、別に異常は見当たらないし、誰がいるわけでもない。
「……ち、ちょっと待て……やめてくれよ…おい。」
誰もいないのにわざわざ言葉に出してみる。そうでもしないと、恐怖に駆られて身体が竦んでしまうから。
物音は何もしない。さっきのは俺の勘違いだったのか…それとも寝ぼけていただけなのか。やっぱり幽霊なんてものはこの世にはないから、俺の寝ぼけた脳味噌が聞かせた幻聴だったんだろうか……そう言う方向でとりあえず自分を落ち着けていた矢先。
ガチャガチャ…ガチャリ。
玄関の鍵が開けられる音。ちょっと待ってくれおい! 空き巣狙いか? 強盗か!?
………どっちにしたって、怖すぎる!!
身体がみっともなく震えて動かない。本当なら慌てて携帯を手に取り、警察に通報しなきゃいけないのに、その時の俺ときたら、まったくそんなことに頭がいかなかった。
――――助けて!!大沼……幽霊でもいいから出てきて、助けてよーッ!!――――。
パニックを起こしかけていた俺は、それでもベッドの横に立て掛けてあったエアガンを恐る恐る手に取り、構える。手が震えてうまく照準が合わないと思いつつ、それを持って玄関に向かった。

カチャリ。

扉の開く音に心臓まで凍り付きそうになりながら、そうっと構えて……開かれた扉から入ってこようとする不審人物に銃口を向けた。
玄関の明かりを受けて、その人影が照らし出される。今だ!!…………



「………………………………………………」
「…ただいま。」
「…………………嘘、だろ………………」
「おいおい、せっかく逢いに来たってーのに…嘘呼ばわりはねーだろ。」
「………………嘘だよ。だって、だってお前……………………」
「うん。ゴメンなー…シゲぇ。」
持っていた銃が、どさりと足下に落ちた。
だって、入ってきたのは泥棒でも何でもないべや………どうして、入ってこれんのよ…………一体、どういうこと………?
「だってお前…………嘘ぉ………俺、まだ寝ぼけてんのかなあ……夢だろ? これ。どうせまた夢なんだろ? ………俺、いつだって…同じ夢ばっか見ててさ………目が覚めると、生きていたくないって…いっつも思っちゃって……さぁ………」
俺はバカみたいにぼろぼろ泣きながら一人でまくし立てた。だって、どうせ…これも夢じゃないかって………目が覚めたらいつも消えてなくなる…いつもの哀しい夢だって―――――。
「そんなに淋しかったかい? 俺がいなくてさー。」
「………ばっ…かやろー………そう言う事じゃ………ねえだろ………ッ…」
夢の中でくらい、もう少し気の利いたこと、言ってくれればいいじゃねえか…。
「シゲ……やっと、お前とこうやって話が出来るんだなあ。なまら…久しぶりだよ。」
「お前……今まで、何処にいたんだよぉ………俺らがどんだけ辛かったのか………」
「―――ずーっと、側にいたよ。俺…。」
その言葉で、俺はこれが夢なのか現実なのか……また解らなくなる。
現実だったのなら、今ここにいる『大沼 陽』は、一体なんなのか。確かに死んでしまった筈の大沼が……奇跡的に生きていた……そんな馬鹿げた話じゃないだろ…?……。
そう、この大沼は………俺が畏れ、忌み嫌っていた幽霊なの?………。
「側に……?」
「そ。ずーーーっといたよ。でも、誰にも見えないわけ……俺ってやっぱり。」
「………お前、やっぱそれって…その………」
俺はそーっと手を大沼に差し出した。存在を確かめるように。
「ゴメンなー。驚かせるつもりじゃなかったのよ。でも、どうしても………逢いたかったから、毎日こうやってお前のとこに来てました☆」
伸ばされた俺の手に大沼の指先が絡んだ。ひやりと冷たい、全く体温のないそれは……やはり大沼が生きた人間ではないという、存在証明。
途端に俺の中で絶望が沸き上がる。
………今、ここにいる目の前の大沼は、やはりもう生きてはいないのだという、確かな事実が、ひしひしと感じられて。
「大沼……今まで、ずっと側にいたの?」
「大体はね。たま〜にあの人達のとこにも行ってたよ。藤木さんと上島さんとこ。二人はねぇ……俺が死んだって思ってないから、簡単に逢うことが出来たわけよ。」
大沼は寂しそうな笑みを浮かべて、言葉を続けた。
「楽しかったよ……また番組のロケに三人で出たり、打ち合わせしたり。これからも、ずっとずっとやり続けたかったこと……まだまだ出来ると思ってた事……出来たんだもんね。」
俺は…その言葉に納得した。確かにテレビ局であの二人は、大沼とロケに出ると言って手続きをとったり、実際に四国まで行ったりしていた。周囲は止めるわけにもいかず、彼らの動くままにさせていたという話だったけど……そうか。
大沼が…………そうだったのか。
 俺は指先を絡め合ったまま、大沼に近付いた。全く恐怖はなかった。
………だって、大沼だもんな。生きてたって死んでたって、俺の目の前にこいつがいたら…嬉しいに決まってるさ。
「じゃ、なんで今、お前は俺の目の前に現れたの?」
大沼は首をちょっとひねってから、にっと笑って言った。
「お前が幽霊でもいいから出てきて助けてよーなんつって、泣きそうになってたからじゃねーかぁ?」
顔がみるみる赤くなるのが解った。そんな様子を、こいつは楽しそうに眺めてる。
「……そう言うこと……解っちまう、わけ?」
「さあなー?」
大沼はにかっと笑って俺の頭を撫でた。こういうとこ、何にも変わってない。
「……シゲ、本当にゴメンな。」
頭を撫でながら、ふと真面目な声で言う。
うわ…やめてくれ………そんなこと……………お前の口から聞きたくねえよ……。
「急にいなくなっちやって……辛い思いばっかさせて、本当に済まないと思ってるよ。」
「……や…っめれ……バカ。んなこと…………謝んなぁ………」
俺はまたぽろぽろ涙を零してしまう。止めようと思っても、止まらないよ……。
大沼が好きだった。
ずっとずっと、好きだった………。
だけど、俺は意地っ張りで。こいつが与えてくれる想いに積極的に答えようとしなかった。いっつも、罵声浴びせかけて。
本当は俺だって素直に抱き合いたかったのに……いつも無理矢理みたいな形しか取らせてやれなかった。
俺は本当に……バカで。
「大沼……ゴメン。俺の方が謝らなきゃいけないのに………」
俺は大沼の懐にするりと入り込んで…自分から抱きついた。両手で精一杯、大沼の冷たい身体を抱き締めた。身体中が凍り付くような冷たさに、俺はもの凄く哀しみが溢れてきて……切なさと、すまなさでいっぱいになる。
「……俺、お前に何にも伝えてやれなかった。生きてるうちに、何にも言ってやれなかった………大沼…ゴメンな。」
大沼が俺の髪の中に指を差し入れて、優しく梳いてくれた。
「…ばぁか………」
「だって、俺…お前が好きだって……ずっと好きだって言ってやれなかったんだ………何て謝っていいのか……もう……」
涙混じりになって、何を伝えていいのか解らない。
死んじゃってから伝えてる、俺は本当に大馬鹿者だよ…。
「……知ってたよ…シゲ。お前の気持ち。」
大沼は俺の顔を自分に向けされて、額をこつんと合わせてきた。
「だってお前、一生懸命…俺を受け入れてくれたじゃん。どんな時だって。俺の我が儘、一生懸命……きいてくれたべや………」
「大沼……」
「愛しかったよ…こんなにマジで可愛くて、愛しかったヤツ、いなかった。そんなに長い人生ってヤツじゃなかったけど、俺には充分すぎる程だったさ……」



「…大好きだよ…ずっと……シゲが………」


ふっと辺りが一瞬暗くなって。
気がつけばそこには、もう誰もいない…。
ただ、声だけがずっと俺の耳の中に木霊していて。………俺はその場に崩れ落ちた。
辺りがしんと、静寂に包まれる中――――俺の叫び声だけが、その場に響いていた―――――。






『大好きだよ、シゲ。』


『俺もだよ、大沼。』


そんな他愛もない言葉。だけど、大事な大事な、言葉。


今もきっと何処かで、俺を見てるから。
俺は時々、そっと呟いてみる―――――。



FIN







  

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