甘い唇
エースについての簡単な説明は
此方 (ちと重いです)
いつものように車を走らせて、街中に向かう。
シゲの自宅から中心街までは車を使えば本当にすぐだ。しかも行き慣れた道でもある。毎週ほぼ必ず二回は確実に目的のビルに行き、ラジオの収録をしたり打ち合わせをしたり。
今日は水曜日。夕方6時から自分が担当しているラジオの生放送がある。必ず一回、局が入っているビルに行って打ち合わせやゲストアーティストの下調べをしてから、駅ビルに入っているサテライトスタジオまでぷらぷらと歩いて向かうのが毎週の決まり事だ。
「…っはよーございまーす。」
いつものスタッフ達に軽く挨拶をして、早速打ち合わせへ。今日のゲストは六時台はPals21からの中継なので自分の負担は少ないが、七時台はサテライトスタジオに来るので、これはきっちりとこなさなければならない。
事前に知らされたアーティストの名前は、正直言って全然聞いたことがなかった。
渡された資料を見始めて、シゲは「ああ…」と納得する。以前にいたバンドはシゲ自身は全く興味はなかったが、名前重々知っていた。1999年に予告通り解散した『一部では有名なバンド』の元・ギタリストで、現在は全く違ったジャンルでの音楽活動をしているらしい。
「…face to aceさん……ねぇ。さてさて、どうやって話を膨らませればいいものやら…」
それでもゲストに失礼があっては困るので、熱心に資料を読みあさってみる。根が真面目な質なので、その辺の手はいつも抜かない。
「あ、face to aceさんが今さっきあっちの控え室に入られたそうですよ。挨拶行きましょうか?」
スタッフがそう声をかけてきた。これもいつもの慣例で、必ずゲストには挨拶をしに行く事になっている。
扉を開けてすぐ、シゲは呆気にとられた。
資料に付いていた写真とは違う顔がそこにあった。写真はサングラスをかけて横を向いているので、ハッキリ言って顔の印象はよく解らなかったのだが、目の前のソファに座っていたのは随分とイイ男の部類に入る男性だ。
「どうも……今日の水曜Rのパーソナリティーを務めている佐藤重幸です。今日は宜しくお願いします…」
被っていた帽子を取り、右手を差し出すと、男はにこやかな笑顔を見せて立ち上がり握手をしてくれた。
背がかなり高い。シゲは思わず男の顔を見上げる。大泉や森崎も背が高いと思っていたが、この男はさらにスラリとしている。しかも脚が長い。
『こりゃあ、大泉の負けだな……』
そんな事を思いながら顔を見て、思わず赤面しそうになった。
資料に書いてあった年齢は本当だろうか。
どう見ても目の前の男は自分より少し上くらいにしか見えないのだが、実際は鈴井社長もビックリの年齢だ。
「ああどうも。今日は宜しくお願いしますね。」
男がにっこり微笑むと、あまりそぐわない八重歯が口許から覗く。それがかえって人当たりの良い印象になっていた。
「あ、えーと、こちらこそ。なかなかスムーズに進行できないパーソナリティーなんで、迷惑をいっぱいかけちゃうかもしれないんですが、その辺は何卒御容赦を……」
そう言ってシゲも頭を掻きながら、思わず照れ笑いを浮かべた。
「…それはきっとお互い様なんじゃないかなあ。僕もなかなか修行が足りなくって。いままでずうっと喋るのは他人任せにしてたからねえ。」
「ああ、デーモンさんがいっつも喋ってましたっけねー、そういえば。」
シゲがそう言うと、ほんの一瞬だけ淋しげな表情が浮かんですぐに消えた。そして穏やかに笑っている。
まずいことを言ったかな…と、少々焦りながら口許を手で押さえたのを見て、男はふっと笑う。
「そうなんっスよ。アレが真ん中に居ると際限なく喋っちゃってたから、ついついわたくし…修行不足なんですわ!」
そう言って戯けたポーズをとる。
以外に取っ付きやすいヒトらしいな…と、シゲは内心ほっとしながら、控え室を後にした。
サテライトスタジオ・えき☆スタの前はいつにも増して人で一杯だった。しかも今日は少々複雑な様相を呈している。制服姿の女子高生に混じって、明らかに年齢層が高いと思われる女性が多い。
やがて七時に入り、いよいよゲストが現れた。今度は先程の控え室とはうって変わって、高そうなサングラスをかけて品のいいスーツを身に纏った、寸分の隙の無い姿だ。ほんの少しその姿に見とれてから、おもむろにシゲは話し始めた。
「いや〜ぁ…今日の駅スタは何だかいつもと違いますねえ。何て言うんでしょうか、そのー……大人の熱気って感じですか。そんなものがむんむんとこの辺りを埋め尽くしてますっ!」
「…………でしょ?」
颯爽と席に着く早々にそう言ってにかっと笑うと、また八重歯が覗く。
「えー、只今face to aceのエースさんがこのスタジオにいらしてます。今日はあの…お一人で?」
「ああ、相棒の本田はちょっと来れなくなっちゃいまして。ええ、わたくしエースのみが北海道に参った次第なんですよ。」
そんなことを言いながらガラス越しに軽く手を振っていた。
シゲは他愛もない質問をしながら、目の前で照れ笑いをする男を見ていた。思ったよりも饒舌で、一つ話題を振ればそれに対してきっちりと話をしてくれるので、進行が非常に楽だ。
「ところでエースさんは元々道産子だってお聞きしましたけど……本当なんですか?」
そんな質問をしてみると、エースは待ってましたと言わんばかりの顔でシゲを見つめた。
「ちょっと違うかな。僕のねぇ、ばーちゃんが北海道出身なんですよ。だから…いや、これはもういつもこっちに来ると言ってるんだけど『俺の身体の中に流れる1/4が道産子の血』ってやつでね。」
「ああ、ああ、なるほどなるほど。」
ふんふんと頷いてみる。
「それとですね、エースさんは非常にグルメでいらっしゃるともお聞きしているんですが。何ですかあの、各地の美味いもの屋の情報を非っっ〜常に、事細かく書いた手帳をお持ちとかで。」
「えっ、そんな事まで知ってんの!?」
エースは少し焦った顔をして、サングラスの奥で目を細める。
「はいもうバッチリ調べさせて貰いましたッ!! で、ですねえ……これは是非お聞きしたいことなんですが、エースさんはスープカレーってご存じですか?」
「あ〜知ってる知ってる! こっちで今流行ってるんだってね。残念ながら僕はまだ食べたことがないんですけどね。」
シゲがしてやったりと言った顔でエースを見た。
「ああもうじゃあ是非是非食べてって下さい!! 僕の取って置きのオススメのお店、教えますからッ!!」
その言葉にサングラスの奥にある目がきらりと光る。
「じゃあ是非案内して下さいます? 佐藤くんのオススメのお店。」
「あ、はいっ、も〜是非是非喜んで! んじゃあもう、びしーーーーーっと案内させて貰っちゃいますよー、僕はッ!!」
思いっきり調子に乗って、ついそんな事を口走っていた。
トークが弾んでいたせいか、あっという間にゲストコーナーは終わってしまい、歓声の中でエースはスタジオを後にする。
帰り際にくるっと振り返り投げキッスをした後、やっぱり自分で照れ笑いをしてそそくさと出ていく姿は、妙な魅力が感じられた。
「い〜やぁ〜…ホンっっっっトに、面白いお方でしたね。あんっっっなに格好良いのに。」
思わず笑いながら呟くシゲがいた。
淡々と『佐藤の隠し味』のコーナーを終わらせ、次のコーナーまでの間のほんの少しの小休止の時間に、スタッフがシゲの元に何かを持ってきた。小さなメモ用紙を受け取り、折り畳まれたそれを開いてみる。
「………あっらぁ〜………」
「え? どうしたんですか? シゲさん。」
アシスタントの石黒めぐみが不思議な顔をして尋ねてきた。
「うーーーーん、これはデートのお誘いってとこかな。」
そう言って複雑な顔をした。てっきりあの場だけの話だと思っていたのに、彼方は本気だったようだ。
とは言え不思議と嫌な感じもしなくて、シゲはその辺にあった用紙にサラサラと返事を書き殴って、スタッフに渡す。
メモには男性にしては丁寧な丸みのある文字で『ラジオが終わった後、是非オススメのお店に案内して下さい。』といった内容が非常に簡潔に書かれていた。
それに『了解しました』と、より簡単な答を書き殴ってから、もうすぐ『Music Remind』のコーナーが始まるというのに暫く上を見つめてぼうっとしてしまっていた。
今はまだ多分本番の最中の筈なので、メールを送ることにした。今日は仕事が早く終わりそうなので、シゲの家に寄っても良いかどうかの確認のメールだ。
勿論、返事が返ってくるのは確実に九時を過ぎると思うので、それまでに仕事を終わらせようと彼なりに頑張ってみる。
そしてお目当てのメールは九時を少し過ぎたところで届いていた。だが、内容には大いに不満が残る。
『今日はRのゲストで来た人とデートなので、あしからず。』
味気ない、実に奴らしい簡単な文。
それにしてもゲストとデートとは何事だ!? そんな事をして許されると思っているのか? 佐藤重幸!!
せっかく恋しい想いを募らせていたところで、とんだ水を差してくるもんだとばかりに、大泉は即座に電話を掛ける。
「もしもーし…あ、しげ?」
『何よ、大泉。さっきメールしたべ。』
「ってお前、あの内容何よ!? デートなんてお前、許されると思ってんのかー!?」
つい声を荒げ、電話口でがなってしまう。
『…バーカ。何、不安になってんのよ。デートっつったって、男だ男。お前の心配するような事はねーぞバーカ!』
電話口でけらけらと笑う様が非常に小憎らしい。しかも相手は男といったって、万に一つの間違いだってあるかもしれない。
現に今の自分たちが何処をどう間違ったのか、歴とした恋人同士の関係にある。だからこそ心配だろうが! と、そんな言葉を叩きつけてやりたくて思いっきり息を吸った瞬間、一方的に電話を切られてしまった。
後には何となく後味の悪い想いを抱えた大泉だけが、ただ茫然と取り残されていた。
「あー…佐藤くんってば、そんな素っ気ない態度していいの? 今のって…」
「全っっっっ然、違います。そんなんじゃーないですよ。あんなの。」
言いかけられたところでシゲはその言葉を遮って、捲し立てた。
ふっと意味ありげな笑いを口許に浮かべて、エースはそのまま黙っていることにした。
ここはシゲが今一番美味しいと思っているスープカレー屋の店内。
ラジオの放送が終わってすぐにタクシーに乗り込み、二人でここにやってきて丁度席に着いた途端、大泉から直接電話がかかってきたのだった。
気を取り直してメニューを開き、エースに向かって説明を始めるが、元はと言えばこの店だって大泉がオススメで連れてきてくれた場所だと言うことをふっと思い出して、流石にシゲは罪悪感にとらわれた。
「…気になる?」
メニューに視線を落としていたエースが視線をそっとあげて、そう囁いた。
「あ? 何がですかー。」
シゲは熱心にメニューを選ぶフリをして、つっけんどんに答える。
「無理しちゃって。」
悪戯っぽい目をしてくすりと笑いながら、エースはそれ以上この話題には触れなかった。
初めて味わったスープカレーなるものを大いに堪能したエースは、とても上機嫌だ。
このお礼だと言って、札幌に来ると必ず行く自分の行きつけの店に、シゲを強引に連れていった。
「何がいいかな? 佐藤くんは何飲む?」
高そうな雰囲気のBARのカウンターに座り、シゲは少し緊張気味になってしまう。
「えっ…と、僕ですかー。んーーーーーー、そうッスねぇ、僕は割とスピリッツ系が好きですかね。」
「スピリッツ…成る程ね。」
ほんの少し考えてから、エースはバーテンダーに慣れた様子で注文する。やがて目の前には綺麗な蒼いボトルとショットグラスが二つ。
「これ…なんスか? 見たところ随分とシャレーっとして……ちょっと不思議な感じなんですけど。」
「ボンベイ・サファイア。こう見えてもこれはジンなんだよ。」
勧められるままに液体を口に運ぶと、確かにジンだった。だが普通のジンとは少し香りが違う。
「あーーーーーー…………なんだこれ。なんていうか、その………美味いッス。なまら美味い!!」
「なまら美味い…ね。そう言って貰えると嬉しいね〜、俺としても。」
よく冷えたジンの不思議な香りの中で、シゲがいい気分で酔ってしまうのにはそんなに時間はかからなかった…
ふと目を覚ます。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
自分が置かれている状況が全く解らなくて、暫しの間ぼうっと空中を見つめていた。見慣れない部屋の天井が見えている。
「お目覚めかね? 眠り姫。」
調子に乗って飲んでしまったせいか、まだ少しくらくらする中でシゲはそっと身体を起こした。
抑えられた照明と整った広い室内。視線を移すともう一つベッドが設えてあり、その上には自分の鞄が置かれている。
どうやらホテルの部屋のようだった。
「あちゃー……俺、もしかして途中で寝ちゃったんですか?」
髪を掻き上げて部屋の中を見回すと、エースが冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出しているところだった。
「うん、気持ち良さそ〜にコテンと寝ちまうから、どうしようもなくてね。担いでタクシーに乗せて連れてきた。」
ペットボトルを差し出してにっと笑う。
「うぅわぁーーーーーー…………すみませんすみませんっ。申し訳ないですッッッ!!」
真っ赤になり頭を抱えてシゲが叫んだ。
そんな様子を面白そうに見ながら、差し出したボトルをシゲの頬にぴたりとくっつけた。当然その冷たさにシゲは飛び上がる。
「はは…やっぱり可愛いね、キミは。」
子供のようなまだ何処か幼さが残るあどけない仕草が、エースには新鮮に映った。
そして…やけに目を引く容姿。
もの凄く際立っているわけではないのに、どこか気にならずにはいられない顔立ちをしている。役者だと聞いてはいたが、時代劇が似合いそうな凛とした雰囲気を纏いつつ、何となく女性のような艶を含んだ華がある。
思わず食指が動くのも仕方がないかな…と、そっと心の内で思った。
「……今、何時ッスか?」
「午前一時…過ぎたかな。」
そう伝えると、眠たそうな目をごしごしと擦りながらシゲはベッドに腰掛けた。
―――やーべぇ。アイツ、よもや俺んちで待ってるとか……ねえよな。
そんな事を思いながら鞄に手を伸ばし、携帯を手にした。
コール音が鳴り始めた途端に、大泉が出る。
「もしもし…俺だけど。」
『おお、解っとるわ!』
電話口の大泉は不機嫌そうだ。当然と言えば当然だが。
「あの……もしかして、お前……俺んち?」
恐る恐る尋ねてみる。
『あのなあしげ! 俺が今何処にいるかよりも、お前の居場所を教えれや!! 今お前何処よ!?』
予想通りではあったが、やはりもの凄い剣幕で矢継ぎ早に怒鳴られた。
「それがさあ、分かんねえのよ、俺も。ホテルだっつーのは解るんだけどよ。」
『はあッ!?』
携帯を耳から離して手で塞ぎ、音を遮ってからシゲはエースに居場所を尋ねた。
「この場所? ………んー、悪いけど………教えられないなあ。」
にやりと笑うエースの口許は、先程までの印象とはガラリと変わって薄意地悪い雰囲気を醸し出している。
咄嗟に訳が解らなくて唖然としたシゲの手から、さっさと携帯を取り上げていた。
「もしもし――――キミは、大泉くん…だったね。残念ながらこの場所は教えられない。それと、今夜はキミのところには行けないよ、彼。俺が預かってるから!」
エースの口から大泉の名前が出たことでシゲは一気に混乱を来した。しかも場所を教えられないなどと言い放ち、不適な笑みを浮かべながら大泉を挑発している事に益々混乱してくる。
「あのちょっと!! エースさん一体何を!?」
エースは悠々と携帯の電源を切り、ぽいと床に放り投げた。
「おや? まだ解らない?」
ニヤニヤしながらシゲの目の前に立っている。元々背が高い上に、シゲは座っていたので見上げる形になると、いやに威圧感が感じられた。
慌てて立ち上がろうとする。徐々に得体の知れない恐怖感が襲い掛かってくるようだ。こんな嫌な感じは先程までは全く感じられなかったというのに。
「おっと…」
シゲの手首を素早く掴むと、エースはもの凄い力でベッドの上に押し倒した。
「無防備だったかな、佐藤くん。いや、そんなところも凄〜く可愛いかも。」
あっという間にシゲの上にのし掛かり、にっこりと微笑む。だが、どこか冷たい笑み。
「……ちょっ…嘘っっ……………あんた……………何でッッ!?」
混乱のあまり言葉が全て単語の羅列にしかならない。
そんなシゲを面白そうに見つめながらすっと顔を近付けてくる。
――――やべえッ!!―――――
咄嗟に顔を背けて、唇をぎゅっと噛みしめた。
「………嫌われちゃったなあ。まあいいけど。」
上からシゲを押さえ込んだまま、じっと見据えてくる。
「じょう…冗談ならキビシい………っスわ、マジで。 …………もういい加減退いてくださいよッ!!」
「それこそご冗談。俺は本気だよ。大体、今更男に組み敷かれたくらいでぎゃあぎゃあ騒ぎなさんな。こんな事くらい、どうせ慣れっこでしょう?」
ぺろりと舌なめずりをしている唇が普通よりも赤く見えている。驚いてその口許を見据えた。
…そう、エースの唇はなんとも生々しい赤みを帯びてきていた。
「何を訳の分かんねえ事をッ!! いやーもうマジで勘弁して下さいってえッ!!」
半泣きで叫ぶ。
「……どうしてどうして。勘弁なんかしないよ、俺は。キミの大〜事な大泉くんより、多分ずーっとイイコトをしてあげようと思ってるんだからさ。」
赤い唇から大泉の名前が出てきて、シゲはぞっとする。そういえばこの男は先程、大泉との電話に割り込んできていた。
「あ……あんた………大体なんで大泉のこと……………」
シゲの唇がわなわなと震えた。
「ん? 最初っから気付いてたって、そんなの。キミ携帯で喋っている時、彼の名前を一度だけ呼んでたしさ。」
勝ち誇った顔でふふんと笑う。心なしかその顔は随分と血の気の失せたような色になっている気がする。
「どうでしょうに出てる…あの大泉くんだよね? キミの恋人は。結構最近、巷をお騒がせしてる北海道きってのタレントくん……で、正解でしょ?」
目の前の顔が、どんどん白さを増す。
そして優しかった筈の茶色の瞳は徐々に青みを帯び、冷たい色を宿していた。
――――――シゲの目の前で、エースの顔は今やハッキリと変化している。
「うっそ………冗談…やめて欲しいわ、マジでえッ!!」
目の前で起こっている不可思議な現象に、シゲは気が狂いそうだった。どう考えたって物理的に無理な話なのに。
でも現実に、エースの顔はすっかり変わっていた。
それは資料の中に混じっていたあの―――悪魔時代の顔かたち。
血の気のない真っ白い肌に、赤の紋様がくっきりと鮮やかに浮かび上がっている。
ずっと今の今まで化粧だと思っていた、悪魔メイクと呼ばれるものが……たった今、現実としてシゲの目の前に突き付けられていた。
「嘘じゃあないんだな〜、これが。」
のし掛かったままの悪魔は、楽しげな面持ちで言う。
「じゃあまあそう言うことで、諦めて大人しくしてくれると有り難いんだけどね。おじさんは。」
「うわ…ちょっと、勘弁してよもう!! 何のトリックだよこれはッ!?」
ただ半狂乱で叫ぶ。認めたくない、こんな非常識で非科学的な事など全くもってあり得ないのだと、必死で自分に言い聞かせながら。
身体の下で叫き大暴れするシゲの手首を、両手でそれぞれ押さえてから、ゆっくりと唇を合わせた。
シゲは必死の抵抗で顔を左右に振っては逃げようとしていたのだが、暫く逃げ回った後に捕まってしまう。
――――キスは、身体が蕩けそうな程に甘い。
舌を割り入れられ、唾液を送り込まれて本気で気が遠くなりそうになる。このまま何も彼も忘れて、流れに身を任せたくなってしまう。
………だが、それは自分自身が許せない。
何よりもそれを悲しむ男がいるのだから。
何度か唇を弄ばれた後解放されたシゲは、息苦しさの中にもの凄い罪悪感が込み上げてきて……思わず酷い吐き気を催していた。
いきなり戻しそうになっている様子に、流石のエースも慌てたのか心配して押さえていた手を緩める。
その一瞬の隙をついて、シゲは咄嗟に身体を捩ってエースの下から抜け出すことに成功した。
―――――冗談じゃない! 何でこんな目に遭わなきゃなんないのよ!! マジで冗談じゃない、誰が大泉以外になんかこんなこと許せっかよ!!
悔しくて悔しくて…涙が溢れ出すのを堪えながら、扉に向かって走った。幸いなことにまだ脱がされたわけでもない。このまま飛び出したって全然大丈夫だ。そう言い聞かせながらドアノブを掴みガチャガチャとやったが、扉は開く気配すらなかった。
「……無駄だって。」
ぴったりと背後から声が聞こえる。ぞくりとする程甘いハスキーな声は、同時に異様な冷たさも含んでいた。
「ちょっとした細工をしてあるからね。」
そう言いながらシゲの肩をぐいっと掴んだ。
「触んな! これ以上俺に触んじゃねえッ!!」
振り絞るような絶叫が室内に響いた。
肩にある手を勢いよく払い退け、シゲは振り返るなり正面切って白い顔の悪魔を睨んでいた。
「あんたが言うとおり、大泉は俺の大事な奴だよ。ああ、その通りだよ悪ぃか!」
「――――なーにを今頃。」
エースの口許に嘲笑が浮かぶ。今更何を言ったって、全てお見通しだとでも言いたげに。
「るせえッ!! あんたが何を思ってようと勝手だけどな、俺は悪いけどそんなつもりは更っっ々無いって! 帰るんだからさっさと扉を開けて欲しいわ全く!!」
激高したシゲを面白そうに眺めながら、エースはすっと人差し指を伸ばしてきた。そしてシゲの額をトン…と軽くつつく。
その瞬間にくにゃりとシゲの身体が崩れ落ちた。まるで糸が切れたかのように、ぺったりと床に座り込む。
「キミの言いたいことは非常によく解るんだけど……俺もこのまま帰す気は無いんだよね。何せこんなに活きが良くて可愛くて、尚且つゾクゾクするほど綺麗な顔を見てたら―――もっともっと泣かせてみたくなるのが人情ってものでしょう。ま、俺は人間じゃないけどね。」
最早言葉が出てこなかった。恐怖のあまり、口をぱくぱくさせるのが精一杯で。
力が入らぬままシゲは易々と抱え上げられ、再びベッドの上に連れ戻された。
着ていたシャツとジャケットをあっという間に脱がされ、上から舐めるように眺められて、再び吐き気を催してしまう。
今まで数え切れないほど、大泉と身体を重ねてきた。かなり手荒なやり方で嬲られたことだってある。
だがこんなにも身が竦む思いで組み敷かれているのは初めてで。
この時になって初めてシゲは、レイプされる女性の恐怖を身をもって感じずにはいられなかった。
―――このまま易々と、美味しく頂かれちまうなんて…ホンっっトに冗談じゃねえッ!!
力の入らない身体を必死に動かそうと試みる。だが拙いことに、意識までが今や朦朧としてきていた。
この憎たらしい悪魔の為すがままになるのが心底悔しくて、唇をギリギリと噛みしめると口の中には薄い血の味がじわっと広がる。
幸いなことに唇の痛みによって少しは意識が戻ってきたようだった。
今度はそっと右手を動かして、辛うじて少し動くのを確認する。
「あーあ、そんなに噛んじゃあ……痛いだろうに。」
そう言ってエースはそっと長い指先で触れた。染み出た血を指先に纏わせながら、まるで紅を引くようにゆっくりとなぞった後には、赤い口紅をされたような生々しい唇が現れる。
「赤いの…似合うかも。」
エースはふふっと目を細めて楽しそうに笑いながら、そっと唇を一舐めして甘い血の味を舌先で味わった。
そんな中で必死に様子を窺いながら、ゆっくりと右手の甲を口許まで持っていく。
舐められてもまだじわりと湧き出る血化粧を甲でぎゅっと拭いながら、エースをありったけの力で睨み付けた。
「あーあ、怖い顔してまぁ。でも……怒った顔も、綺麗だからいいか。」
シゲは必死で何度も唇を拭った後、渾身の力を篭めて自の手首を噛んだ。鈍い痛みが腕に走るが、それと同時に少し感覚が戻ってくる。
次の瞬間、上にのし掛かっているエースの脇腹に蹴りを喰らわせていた。
その勢いのままベッドから身体を起こそうとするが、力が入りきらずに転げ落ちた。流石にまだ身体はちゃんと動いてはくれない。
必死で床を這い、逃げようと足掻いたのだがやはり易々と捕まってしまう。
「痛って〜なあ…随分と活きが良すぎるね、佐藤くんは。ちょっと油断するとこれだもの。」
上から腰を掴まれてずるりと引きずられた。
そんな自分があまりにも情けなくて、思わず嗚咽を漏らしてしまう。
そんなシゲの視界にベッドの下に転がっていた自分の携帯が目に入り、必死でそれに手を伸ばしていた。
「くっそーーーー! アイツ、一体何処にいるのよ!?」
苛々しながら車を流す。
ツテを使ってイベント会社にそれとなく問い合わせ、泊まっていると思われるホテルは察しが付いていたのだが、確実ではない。しかもルームナンバーを知っているわけでもない。
これと見当をつけたホテルに着いてからも、周辺を何度も周回していた。
「畜生、それにしてもあの男は何やっちゅーねん!? よりによって俺のシゲに手を出すなんてー、まったくなんて身の程知らずじゃ!!」
やり切れなくて車の中で叫んでしまう。
先程の挑発的な電話によって大泉はそのままシゲのマンションを飛び出し、車に乗り込んだのだった。
いっそのことフロントに乗り込み恥を忍んで探してやろうか、それともシゲの電話を待とうかと激しく悩んでいたところに携帯が鳴る。
特定のメロディが鳴った瞬間に、大泉は携帯にかぶりつかんばかりの勢いで出た。
「もしもし! しげ!? お前ッ、大丈夫かッッ!?」
『……助けて…ッ………大泉ぃ………』
電話口のシゲは胸が締め付けられる程に弱々しくて切ない泣き声だった。
「お前今何処よ? 今すぐ行くから場所教えれ!! しげ!!」
『分かんねえ…………怖い………俺……逃げようと思ってんのに……………全っ然……逃げれねえ…………』
嗚咽を繰り返しながら必死で喋ろうとしている。
「バカしげえッ! 諦めんなやお前!!」
怒鳴った途端、ガチャガチャと雑音が聞こえてから、少しハスキーな感じの声が耳元で響き始めた。先程の声の主だ。
『――――大泉くんだっけ。キミ、すぐ下まで来ちゃってるみたいだね。いいよ、上がっておいで……』
そう言ってルームナンバーを伝えてくると、またもや一方的に携帯を切った。
急いでエントランスを抜け、エレベーターに向かった。
指定された部屋までがもどかしくて、大泉は苛々を隠せずに壁を拳で殴り続ける。鈍い痛みが襲ってくるが、今の苛々する気持ちを押さえ込むには、これが一番だった。
部屋の前に立った途端、まるで向こう側から見えてでもいるかのように扉がすっと開けられた。
端正な顔の男がにっこりと微笑んで立っていた。一目見た限りでは、とても人当たりの良さそうな雰囲気を持っている。
―――成る程成る程。ついしげがころっと騙されたのも解らんでもないわ。あのバカ、ヒトが良すぎるとこあるしなー………
大泉は内心そんな事を思いながら、わざと男を押し退けるようにして室内に入り込んだ。男は大泉よりも少し背が高かったので、見上げる感じで精一杯の一瞥をくれてやる。
「し……げ…………?」
部屋には二つのベッドが置いてあった。窓辺に近い奥のベッドの上にしげは身体を仰向けで横たえていた。
白い肌がダウンライトの光にうっすら照らし出されている。どうやら上だけ脱がされているようだ。
慌てて駆け寄ろうとして、肩を掴まれる。
「お前えっ………俺のしげに何してんのよ!!」
肩から男の手を引き剥がそうと試みるが、まるで何かで張り付けられたようにその手はびくともしない。
「五月蝿いな………少し落ち着けって。」
そう言われた途端、弾かれたように身体が突き飛ばされ、床に叩き付けられた。
男はすたすたと奥のベッドに近寄り、シゲの身体の近くに腰を下ろすと、サイドテーブルから煙草を取り上げて火をつけた。
「もう…………やっちまったのか………」
絶望のあまり大泉の声は震える。
「―――いいや、まだこれから。」
男は意味ありげな笑みを浮かべて、ふっと煙を吐き出した。
「よか…………良かったー………………うっわ、マジで焦ったわー…………」
身体が痛いのか手で肩をさすりながら座り、大泉は思わず本音で呟いていた。
「思いの外抵抗されちゃってね。少々手こずってたところ。どうやら彼は、此処にいる誰かさん以外には絶対に触られられたくないらしくてねぇ…」
ニヤニヤと大泉を見つめてくる。その言葉と視線に気恥ずかしさが沸き上がった。
「実を言うといくらでも彼を大人しくすることは出来たんだけど…それじゃあ面白くないだろ、人形みたいでさ。」
「何が言いたいのよ、お前。」
煙草の煙を燻らせながら、男は少しの間沈黙した。
明かりに照らされたその顔が一瞬、人間とは全く異質の存在に見えてドキリとする。
禍々しいまでの白さを持つ肌。
そんなものが見えたような気がして目を見張ったが、よく見れば何も変わってはいない。ただの目の錯覚だったようだ。
異様な威圧感といい妙な錯覚といい、流石に身を竦ませる大泉だったが、突然精一杯のでかい声を張り上げた。
「しげ! てめー起きれや!! いつまでもこんなとこにいたくねえべ!?」
役者をやっているだけあって、良く通るいい声が部屋中を揺るがした。
意を決して立ち上がり、ベッドに近付く。
シゲは泣き腫らした赤い目を開け、大泉を不思議な物体でも見るかのように見つめてから、また嗚咽を漏らした。
「起きれバーカ!」
ベッドの端に座る男を大胆に押し退けて、シゲの身体を上から抱き締める。
「何、いいようにされてんだよーお前は――――ほら、泣いてないで帰るぞバカがー……」
子供をあやすように背中を軽く叩いてから抱え上げて、扉に向かった。
「………悪いけど。」
男がふと声をかけてくるが、一切構わずにノブに手をかける。だがいくら廻しても開かない。ガチャガチャと音を立てて乱暴に廻してみても、壊れてしまったのか一向に扉は開けられなかった。
「暫く出られないよ。このまま帰す気は更々無いから。」
すっと立ち上がり、ゆっくりと二人に近付く。
なんて事はない普通の男の筈なのに、異様な緊迫感と威圧感がその身体から発せられている気がして……再び大泉は身を竦ませた。
「仕方がないから、二者択一にしよう。俺か―――お前か。」
「ああん!?」
目の前に迫ってきた男の顔は、余裕の笑みを浮かべていた。
「俺もここまできたら引き下がりたくない。だが、肝心のお姫様はお前じゃなきゃ嫌だとさ…」
お姫様と言われて、シゲが睨み付けた。
「なら、お前がやればいい。ただしこの場所でだけどね。」
さも簡単なことのように、さらりと言ってのけた。
「……俺はずっとそれを見物させて貰う。勿論それが嫌なら、お前の目の前で俺が楽しませて貰うだけなんだが。」
最高のプランを思いついた子供のように、男は楽しげに語り続ける。
「後でちゃんと無事に帰してあげるよ。ただ俺に見せてくれればいい、それだけ。」
呆気にとられて口も聞けないシゲと、何やら考え込む大泉。
「………お前は一切手を出してこないのかい?」
「それがお望みなら―――約束は守る。」
大泉の目がぎらりと光った。
「わーかった。お前の話に乗るわ。だから終わったらととっと俺らを解放しれや。」
大泉のその言葉にシゲは半狂乱になった。必死で叫んで抗議するが、最早大泉は無視するばかりだ。
シゲを抱えたまま、先程とは違う扉側のベッドにどさりと降ろし、四つん這いでのし掛かった。
「バカ野郎ッ! 大バカのクソ泉ッッ!! てめえ……ぶっ殺されてーのか…ッ!!」
足掻いて叫いて暴れまくる。シゲはこれでもかと大泉の肩を殴り続けるが、上にのし掛かったままの身体はビクともしなかった。
「しげ………しーげ、頼むから諦めれって。大丈夫だから。」
「全っっ然大丈夫なんかじゃねーだろうがよ! 何考えてんだよバカこの!!」
泣き叫く唇を自分の唇で塞いで、舌を差し入れた。口の中で逃げまどう舌を捕まえて無理矢理絡め、唾液を合わせる。
大泉の愛撫に慣れた身体は、それだけで少し暴れるのを止めた。
「いいから……怖くねーから………お前は、俺だけ見てれや。」
髪を掻き上げながら耳元で囁く。
「大丈夫………いつもと何にも変わんねえって。な? 俺の顔だけ見てれば済むから……」
白い肌の上を大きな掌が弄ぐり、じわじわと熱を与えてやる。
口付けを繰り返しながら、いつもと同じように肌の滑らかさを感触で確かめながら。
「……お前………絶対…………許してやらねえ…ぞッ………」
吐息の合間に悔しげに呟いてから、シゲは諦めたように大泉の首に両手を廻していた。
エースは窓際のテーブルセットにゆったりと座り、少し離れたベッドで行われている痴態を面白そうに眺めている。
テーブルの上にはお気に入りの極上の赤ワイン。時折それを口に含んで、渋みと旨味をじっくりと楽しみながらの観賞会と洒落込んでいる。
だが、無理矢理快楽の淵に引きずり込まれ、焦れて熱を持て余しているシゲの切ない表情は、手の中で揺れる深紅の液体よりも芳醇な香りを醸していた。
困惑と恐れと、甘美な快楽の坩堝の中で絡み合う、欲望と理性の鬩ぎ合い。そんなものが生真面目なシゲの中で渦巻きながら、徐々に欲望に溶けていく様を舌なめずりしながら味わっていた。
オレンジ系の柔らかなライトに浮かび上がるシゲの肌は、まるでビスクドールのような艶めかしさを持って輝いている。
大泉が緩やかに触れるたび、白い肌が敏感に跳ねる。
熱い吐息のみが支配する異空間の中で、絡み付くようなエースの視線を感じながら、大泉は淡々と行為を続けていた。
――――不思議なことに、今はそれすらも心地がいい。
身体の下で焦れだしているシゲを、更に焦らすように唇を這わせて敏感な場所を擽り、唾液で潤した。
いつしか胸元の小さな蕾は赤く硬く凝り、少し触れるだけでビクビクと身体を震わして微かに吐息を漏らす。
ベルトに手をかけてさっさと緩め、慣れた手つきで履いているズボンの中に手を差し入れた。
下着の下でシゲ自身が硬くなっているのを確認すると、大泉の指先はそれを愛しげに愛撫してやる。
「……っ………んッ…………」
シゲは吐息をあげそうになっては必死でそれを噛み殺していた。視姦されている恥辱に身体を震わせ、時折恨めしげな瞳で睨み付けてくる。
だがそんな顔も、大泉にとっては愛しくて。
成り行き上でこんな事になっているとは言え、滅多にないこんな機会をこの際楽しんでしまえと思っている。
幸いな事にエースに手を出される直前で奪い返せたのだし、自分達の乱れる様を見せてやるくらいしたっていいべや…と。
手の中のシゲ自身がしっとりと濡れ始めていた。
下着とズボンを一緒に剥ぎ取って放り投げ、脚を大きく開かせて膝を立たせた。
両脚の狭間で蜜を垂らしているモノに舌を這わせ、いやらしく舐め回す様子をわざとエースに見せつける。
その顔に勝ち誇ったような笑みを浮かべて。
「……お……………いず…み……ッ………………」
切なげな声をあげてシゲの身体が強張った。もう限界が近いらしい。
大泉は充血しているソレを口に銜えて舌を使いながら抽挿を繰り返すと、あっという間に小さな声をあげて体液を迸らせた。
口の中に溢れ出す液を半分だけ呑み下し、残りを下の奥まった部分に舌で塗りつけて中へと送り込む。
ひちゃひちゃといやらしい水音をたてて入り口を解しながら、舌を差し入れている。
イッたあとの開放感で脱力していた身体が、その刺激でぴくりと身体を震わせた。
「しげ…もう少し……力抜けや。」
入り口にちゅっと音を立てて口付けてから、唾液と体液を纏わせた自分の指を宛い中へと埋め込む。
「………っ…………くッ…………」
苦しげな吐息を吐いて強張る身体を、中から少しずつ解していく。
ぐちゅ…ぐちゅ…と音をさせて少しずつ浸食し、やがてすっかり埋め込んでしまうと、いつもと同じように指先で内壁に刺激を与え始めた。
「いやー、しげ………なまらヒクヒクしてるわ……」
少しだけ苦笑しながら大泉が言う。その言葉にシゲは顔を真っ赤にさせて睨め付けた。
「ばーか、そんなに睨んだって仕方ねーべ? 感じちゃってるのは気持ちイイからなんでしょ?」
大泉に指摘されるまでもなく、シゲは自分でも解っていた。そして戸惑いながらも徐々に有るがままを受け入れていたのだ。
痴態を見られ続ける快感を―――――
本当ならもう少し丁寧に中を解して充分に柔らかくしてから挿入するのだが、この時の大泉はもう既に耐えられる状況ではなかった。
細い腰を両手で持ち上げ、猛り狂った自分の雄をシゲの秘部に宛うと無理を承知で強引に押し入る。当然シゲは悲鳴をあげた。
「しげー………あーごめん、やっぱちょっと早かったかー……」
首筋に舌を這わせては口付け、少しでも辛くないように身体を緩ませようとするが、やはり相当辛いらしく小さなうめき声を口から漏らす。
「バッ…カ………………お前、気ぃ……早すぎ……ッ………………」
目を潤ませて必死に耐えている姿が妙にいやらしくて、大泉のモノは更に硬く膨れ上がってしまい、余計に激痛が走る。
それでも少しずつ馴染ませて奥へと呑み込ませた。シゲの慣れた身体も懸命に奥へ誘い込もうと蠢いている。
抽挿を繰り返しながら奥まで収めると、大泉はしっかりとシゲを抱きかかえ、思う存分唇を貪った。柔らかい唇にはうっすらと傷跡が赤く滲んでいる。余程唇を噛みしめて抵抗したのだと思いを馳せ、少し胸が熱くなった。
ほんのりと甘くて淫靡な血の味を舌に絡み付かせながら、唇を丁寧に舐めてやる。
「……随っ分、頑張ったんやなー…お前。」
耳元で囁くと、しげは閉じていた目を開いて困ったように笑った。その顔は泣き顔のようでもあり、照れ笑いのようでもあった。
「んじゃ、いーっぱいアイツに見せつけてやっか。なー、しげ。」
緩やかに腰を使っていた大泉が、そう言って情熱的に打ち付けてくる。
最早見られていることなど、媚薬の一つでしかなかった。お互いにただ相手が見えてさえいれば、それで充分だった。
程なく結合部からぐちゅぐちゅ…と、淫らな水音が響き始め、シゲの口からは極上の喘ぎ声が漏れだしてくる。
大泉は機が熟したのを感じて、繋がったままのシゲの身体を易々と抱え上げ、膝の上に乗せた。
下から楔を穿たれたままシゲは大泉の身体に抱きつき、必死で快楽を追う。
そんな様子をエースはつぶさに見ていた。シゲの肢体があられもなく跳ね、大泉の雄を銜え込んで揺れる様を。
汗で肌にまとわりつく黒髪が艶めかしい。
胸元でぷちんと勃つ二つの蕾は赤く熟れ、それを大泉の舌が時折舐っている。
二つの身体に挟まれたままのシゲ自身は何も愛撫を与えられていないにも関わらず、今にも弾けそうにそそり勃ち、透明な蜜を滴らせている。
そして大泉はその大きな目玉でそんなシゲの様子を隈無く見て楽しみながら、精力的に中を犯していた。
今まで、男も女も当然のように味わい尽くしているエースだったが、今日のこの趣向はまた一興と言うところだ。何しろさっきまでは自分でご相伴に預かるはずだった獲物を、わざわざ取り逃がしてやった上に目の前で痴態を見せ付けられている。
酔狂と言えばかなりの酔狂な事態だ。
目前の狂乱はそろそろクライマックスを迎えそうになっている。
耐えきれずに身体を後ろに反り返らせて自らのモノを手で扱きながら、大泉の雄で確実に攻めたてられて昇り詰めようとしているシゲと、それを嬉しそうに見つめながら自らも達しようとしている大泉。どちらも恍惚とした表情が、癪に障る程だ。
いやらしい吐息が激しさを増し、切ない悲鳴に変わる。
次の瞬間、胸元辺りに白いものを勢い良く飛ばして……シゲが達していた。
それとタッチの差で、大泉が小さく呻いて動きを止めた。びくびくと震えるシゲの細い身体を両手でしっかりと抱き締めながら、その中に全ての欲望を迸らせたらしかった。
二つの身体がベッドに倒れ込んでいた。お互いに荒い呼吸で激しく胸を上下させている。
時折どちらかが手を伸ばしては唇を求めたり、髪を掻き上げたりして余韻に身を委ねていた。
そんな様子を見ていたエースは音もなく立ち上がると、傍らに冷やしてあったもう一つのワインボトルを手に取る。重厚なデザインで少しどっしりとした形のボトルだ。
手際良く栓を開けて、二つのグラスに静かに注ぐ。それはほんのりと淡い金色が煌めく、極上のシャンパン。
「…お疲れ。」
ふっと笑みを浮かべながら、シャンパングラスを二人に差し出した。
気だるげながら最初に身体を起こしたのは大泉。
「…………なんやーこれ? 毒?」
「失礼だねえ、キミ。これはクリュッグって言う名前の、見ての通り何の変哲もないシャンパーニュなんだけど。」
「あーそお。シャンパーニュってシャンパンのコトかい? なんか舌噛みそうじゃーないの。」
有り難みも何もない態度に思わず笑いを堪えながら、エースはグラスを手渡して……今度はまだ脱力したままのシゲを見遣った。
シゲはちらりと目だけでエースを見て、不貞腐れた顔をする。
「要らない? せっかく冷やしておいたのに…」
床にしゃがみ込んで目の前に金色のグラスを翳すと、淡い色合いがライトに光って本当に綺麗だ。
「――――――要る。」
不機嫌そうな顔つきで起き上がり、グラスを受け取った。
シャンパンは………カラカラだった喉に染み通るようだった。爽やかな喉越しと馥郁とした香りが長く続き、飲み下した後に思わず呟いていた。
「うっわ………なまら美味い……」
「気に入って頂けたかな?」
うっとりした表情で驚いているシゲを見つめ、エースの顔にも満足げな表情が浮かぶ。
「じゃあ、ご褒美貰っちゃっても文句は言われないよな……」
シゲのグラスをすっと取り上げ、目にも止まらぬ早業でシゲの唇を奪っていた。
驚いたのは大泉だ。目の前でそんな事をされ、飲んでいたシャンパンを思わず吹き出した。
「………ん……っ………ふ…………」
突然の事に目を見開いたまま、ただ茫然と受け入れてしまっているシゲの唇を舌でなぞっては、舌を差し入れて深く口付けている。
「ちょっと…待てやお前ーッ!?」
漸く事態を把握した大泉が慌てて引き離そうとすると、するりと身をかわしてエースは離れた。
シゲはただ茫然と座っている。唇の端から一筋垂れた唾液がなんとも悩ましい雰囲気を醸していた。
「……格別に美味いシャンパーニュ、ご馳走様。」
目の前で嫣然と微笑む姿がどこか人間離れした雰囲気をさせていると、やはり大泉は思う。
何かが違う――――まともに組みすれば敵わない相手だと、本能的に感じ取っていたのかもしれなかった……。
エースは後から予約した部屋に移り、窓際に置かれた椅子に腰掛けていた。長い脚を高々と組み、物憂げな表情で残ったシャンパンを飲んでいる。
多少の後悔がその胸にこびり付いていた。
あのまま二人に当てつけられっぱなしなのも面白いとは思うのだが、それではやはり癪に障るというもの。
それ相応の報酬とは言えないが二度ほど美味しい口付けを奪ってやったので、それもまた良しと無理矢理自分を納得させてはいたが、やはり何処か腑には落ちないのだ。
本当はあの二度目の口付けの時に、大泉など有無を言わさずにシゲを奪い、頂いてしまおうかとも思っていた。 …………ほんの、一瞬だけ。
それだけとろりとした表情のシゲは極上で。
あのまま押し倒し、自分のモノでグチャグチャに掻き回して啼かせてやりたい衝動に駆られたのは事実だった。
だがやはり、あの一本気な彼を恋人の目の前で抱いて……彼の心を壊しでもしたら勿体ない。
あんな極上の魂は、彼がこの世を去る直前まで維持しておきたいものだ。いずれは自分が受け取りに来ようと狙っているのだし………
そんなわけで、あれ以上の事には至らなかったのだった。
流石に悔しいので少々の負け惜しみを残してきてしまったのだが。
『キミは美味しそうだったけど、やっぱり俺にはオンナが一番かな。』と…。
エースはふうっと溜息を吐き、長めの前髪を大きな手で掻き上げた。
―――――やっぱ、勿体なかったな………――――
シャンパンをグラスを月明かりに翳しながらふっと笑った顔は、どこまでも白くて…血のように赤い紋様が鮮やかだった……………
いつもの43と随分雰囲気の違う感じになりました。
楽しんで頂けましたたでしょうか〜v
当初のリクでは『長官がかなりキワドイところまで手を出す』とのご要望だったのですが
何せ暴れん坊の3姫。大騒ぎのあまり舌噛んで死にそうな勢いになっちゃいまして
急遽変更させていただきました。
で、書き直したら随分と時間がかかった上に
リクに無いことまでやらかして下さいましたっっ(爆)
そんでもってオマケ。43じゃないので期待すると損しますぞよ(笑)