LOOSER 〜時空(とき)の彼方に〜


◇其の参◇


 ゆっくりと押し倒された。肌を晒していた背中に、ひやりとした布団が直接触れる。
すぐ真上には薄明かりに照らし出された、土方の身体が四つん這いでのし掛かっていた。傷だらけではあるが、程良く引き締まった身体は若い頃から剣の修練を怠らなかったであろう事を、物語っている。
そっと身体が折り重なる。   
どちらも荒い息の中で、口付けを繰り返しては身体を弄ぐり合った。
暖かい人肌を心地が良いと感じたのは、一体何年振りだろうか。義務感覚で女の柔肌に触れていた時には、実際のところあまり感じられない感覚だった。
肌と肌が触れ合う………ただそれだけのことで、否応なしに感情が高まってくる。
土方が愛しいと思う気持ちが、止め処なく溢れてくる。
そしてこの気持ちは恐らく、土方もさして変わりなかったのだと思われた。


 大きな掌で身体中を撫で回され、強く抱き締めあった後、シゲはその場に四つん這いにさせられた。
裸でこんな尻を突き出すような格好をさせられ、流石に抵抗が有るのかシゲは微かに震えている。
土方の指がそろそろと動き、太股を触ると、ぴくんと身体が跳ねた。そのまま敏感な部分へと近付いては離れ、また近付く。そんなことを繰り返した。焦れったい愛撫に甘い吐息を漏らすのを楽しげに見つめた後、おもむろに土方は一番敏感なシゲの奥へと踏み込んでいく。
指先でつつ…と、触れただけでシゲはびくっと身体を震わせる。そんな事も可愛くて、土方はそこに顔を近付けた。
「……っ………あ…………ぅ……っん……………」
やわやわと舌が辺りを舐っていた。生暖かくて湿ったそれが、襞の一つ一つを丁寧に舐め取るように動いている。
恥ずかしさに涙か零れそうだった。
舌は入り口を攻略し終えると、今度は中を目指してくる。硬く尖らせた舌を軽く差し込まれては引き抜かれ、唾液を送り込まれているようだった。
 双丘の間を丹念に潤した後、土方がそっと顔を離す。
次に何をされるのか不安になり後ろを振り向いたシゲの目の中に、土方のしどけない表情が飛び込んできた。男の欲望に満たされた顔をして、口の端から滴らせた雫を、きゅっと手の甲で拭う。
その手の中には何かが収められていた。何か貝を合わせたような形のものに見えた。
それが静かに開けられると、中には塗り薬のようなものが仕込まれている。
中指にそれを塗りつけると、土方は唾液を滴らせているシゲの奥底にそっと触れてきた。
ぐちゅ…
ぬるりとした薬がいやらしい音をたてた。指はそのまま弾力を確かめるように動いていたが、そのままずぶりと先端を中に押し入れてくる。
シゲが小さな悲鳴をあげた。入り口だけとは言え、今まで体験した事のない異物感が襲いかかってきて、流石に気持ちが悪い。
指は少しずつ侵入しては止まり、内壁に僅かに触れてはまた引き抜かれる。そしてまた新たな薬を纏って中に戻ってくる。それを繰り返して、徐々にではあるが奥へ奥へとと分け入ってくる。
耐えきれずに、シゲは上半身を崩して布団に突っ伏した。
内部から圧迫されるような異物感に苛まれ、どうして良いか解らずにいた。必死で声を噛み殺して、指の陵辱に耐え続ける。
「痛いか?」
「……い……え…………なん………とか………」
精一杯そう答えるが、噛み殺そうとしてもつい小さな呻き声を上げるようになっていた。
「もう少し………我慢出来るか?」
心配そうな声だったが、シゲが小さな声ではいとだけ答えると、指はその動きを増していた。
薬を中に塗りつけているようだった。ゆっくりと粘膜を擦られ、シゲは半狂乱になりそうだ。
「……っく………ぁ…………っ………は……あ………………っ…………」
中を弄くられるたび、噛み殺したはずの声がするすると口から漏れ出てしまう。
いつの間にか、身体の奥からじわりと疼きが訪れていた。熱いような痒いような……何と表現していいのかすら解らない、甘い痛みが奥底で蠢いている。
 指が二本に増やされ、少しずつ中を広げるような動きが加えられていた。繊細な粘膜を決して傷付けたりしないように、土方は丹念にそこを解し続ける。愛しそうに何かを囁きながら。
塗り込められた薬がシゲの体温で溶けだし、入り口から一滴…また一滴と滴り落ち始めると、土方は指をやさしく引き抜いた。
白い背中が行灯の薄明かりで淡い色に染め上げられていた。背骨に沿って二つ三つ口付けを落としてから、細腰を掴む。いきり勃つ雄を雫を垂らしている部分に押し当てられると、シゲはびくりと身体を強張らせた。
存在を誇示するように硬くなったものが、敏感になっているそこに触れていた。
「……力を抜いてごらん………鉄之助。」
だがそう言われても簡単にリラックス出来る筈もなかった。今からこの硬いモノが自分の中に入ってくるのだと思うと、自然に身体に力が入ってしまう。
どうにも出来ずに布団に顔を埋めたままで困惑していると、不意に後ろから土方の大きな手がシゲの股間に滑り込んできて、やんわりと握ってきた。
咄嗟に驚いて思わず逃げようと動いたところを、後ろからぐいっと突き上げられて悲鳴をあげる。
ぐちゅりと音をたて、それはシゲの身体を引き裂いてくる。
激痛ではないがピリピリとした痛みが襲いかかり、布団を掴んだ爪が真っ白になっていた。
「……や……………あ…ッ………………痛ッ………………ひじ………ひじか……………ッ……………」
必死で何かを伝えようとしても、言葉は悲鳴と入り混じり、意味をなさぬ喘ぎに変えられていた。
ぬちゅ… ぐちゅっ… と、淫らな音は先程よりも大きな音で室内に響く。そしてその音のたびに、身体の中に楔が穿たれていく。
何回か出し挿れされ、漸く根本まで中に収められると土方はふっと肩から息を吐き、身体をぴったりとシゲの上に重ねて背後から抱きしめた。
「鉄之助…………鉄之助…………」
愛しい名を何度となく呟き、土方は華奢なシゲの身体を愛しげに抱きしめた。
「ずっと………こうしたいと願っていた。狂おしいほどお前を欲していた。お前をこうしてこの腕に抱けるのなら、もう何も悔いは無い。」
ゆっくりと腰を使って突き上げながら、土方は荒い息の下から呟いてきた。その言葉がシゲの中にじんわりと浸み入ってくる。
シゲもまた、同じようなことを思っていた。体感したことのない圧迫感と痛みに困惑しながらも、土方と繋がっていることに悦びを見出していた。身体は確かに辛いのだが、全身で愛を受けている今、もう何も望むことなど無かった。
 皮膚がぶつかり合う音が激しくなり、シゲの口から漏れる悲鳴はいつしか甘さを潜ませた喘ぎ声に変わっている。自分自身信じられない事だったが、突き上げられる度に痛みは少しずつ消え失せ、代わりに得体の知れない疼きが溢れてくる。
今はまだ快楽と呼べる代物ではなかったが、それでも先程までと比べれば、随分楽になっていた。
土方はそんな様子を察しながら動きを早めた。流石に今まで我慢していた欲望が大きかったせいか、あっと言う間に昇り詰め―――大量の精をシゲの身体の奥底めがけて放っていた。



 ぐったりとしたシゲの身体を抱き起こし、布団の上に仰向けに寝かせた。土方もその横に倒れ込み、腕の中にシゲを抱え込む。暫くの間、汗で張り付いた髪を掻き上げたり軽い口付けを繰り返して、余韻の中で微睡んでいる。
漸く意識がはっきりとしてきたシゲが、土方の背中に手を廻した。口付けは次第に深みを増し、舌を絡ませては唾液を送り合う。
どちらからともなく肌を弄ぐり始めていた。まだ熱を持て余していた肉体は、ほんの僅かな触れ合いだけで再び敏感に互いを感じ始めている。
シゲの手がするりと土方のモノに伸びた。恐る恐る触れたそれは、既に充分な程に硬くなっていた。先程放ったばかりの体液に塗れた雄を愛しげに触る。土方の手もまたシゲのモノに触れ、指先に絡み付く蜜を纏わせながら焦れったいような刺激を与えてきた。
 膝を開かせてその間に身体を入れた土方が、上から下の白い身体を舐め回してゆく。
塗り込められた薬が程良く効いているのか、シゲは甘く切ない吐息を漏らして悦びに身体を震わせる。赤く色づいた蕾は硬く凝り、土方の愛撫を受けて淫らに光っていた。
耐えきれなくなり、膝の裏側を持ち上げて脚を大きく開かせる。少し腰を持ち上げて先程まで収めていた場所に再び自分の雄を宛い、ゆるゆると擦り付けた。
そんな光景を、シゲは不思議な面持ちで見つめている。そそり勃った土方の赤黒い肉棒が、自分の中に今また収められようとしているのだ。白い体液に塗れた雄はぬらりと光り、その部分をノックするかのように上下している。
グロテスクで身の毛もよだつ光景の筈なのに、シゲはただ嬉しいと感じていた。
数知れない女を啼かせ、虜にしてきた土方の雄が最終的に行き着いたのは……自分の中なのだ。先程まで情熱的に穿たれていた楔を目の前にして、改めて自分達が身体の交わりを持っているのだということを、実感していた。
「土方さん………っ……」
熱に浮かされた瞳で、シゲがその名を呼んだ。愛しい者の楔が欲しくて。その愛欲に満たされたくて。
 土方の雄が、くちゅ…と音をたててシゲの中に埋め込まれた。
今度は先程よりも辛くはなかった。依然として異物感は残るが、痛みに責め苛まれるようなことはない。
ゆっくりと腰を打ち付けられ、出し挿れされる。シゲは下からその様子をぼんやりと見続けていた。土方のモノがゆっくりとだが確実に自分の中に呑み込まれる光景は果てしなく淫靡で、かつ、優しかった。
穿たれる度に、自分の口からは自分の声とは思えない甘くて淫らな喘ぎ声が漏れる。それすらもシゲの脳内を麻痺させ、より陶酔の淵へと誘ってくる。
 一度目よりもスムーズに挿入し終わると、土方は上半身をなるべく密着させて動き始めた。シゲの両脚を自分の二の腕にかけさせ、布団の上に両手を付く。すぐ上からシゲを見下ろしながら、時に緩急をつけ、時に中を掻き回すようにして敏感な粘膜同士を擦り合わせた。
シゲの指が土方の肌の上を彷徨う。
腰を打ち付けられる度に声をあげ、溺れる者が何かを求めるかのように爪を立ててはしがみ付いた。
薬が良く効いているらしい。
先程シゲの身体の中に塗りつけた薬も、土方の生家に口伝で伝わる媚薬である。元々は一族の年若い娘が嫁ぐときや、男共が嫁を取るときに使われてきたものだった。それを土方はいつぞやの時、石田散薬を取り寄せるついでに取り寄せて、懐に忍ばせていたのだ。
―――――いつか、使うことが出来ることを秘かに望んで。
男の身体に聞くかどうかは半信半疑であったが、今こうしてシゲは見事に快楽の入り口をくぐり始めている。
土方は、最初に指で触っていたときに顕著に反応を示していた場所を探り出すと、その部分を集中的に責め立てた。元々土方に男色の気はなかったが、隊の中には以前男色が流行していたのもあって、ある程度の情報は聞き囓っていた。
「……ん………っ………うっ……あ……ッ………ひじかた………さ…………」
シゲの目が何かを懸命に訴えかけてくる。どうやら間違ってはいなかったようだ。吐息混じりの喘ぎ声が激しくなり、困惑した表情が何とも可愛らしい。
「……ここは………辛いか?」
ぐいっと突き上げると、小さな悲鳴をあげて目を閉じた。時折身体をびくつかせ、眦からひとしずく涙を零す。
「…………や………は……あッ…………………ん…………」
首を数回左右に振り、襲いかかる快楽に呑み込まれまいと必死で耐えているようだった。
「我慢しなくていい。素直に……受け止めればいい。」
滴り落ちる雫を舌先でそっと掬い上げて、そう囁いた。シゲはそっと目を開いて土方を真っ直ぐに見つめてくる。
いつもは真摯で無邪気な色を映し出す瞳の中に、今はとろりと艶めかしい色を湛えて。
「……おかしく……なってしまいそ………で………………」
切れ切れにそう言って、シゲは甘い吐息を吐いた。
「なればいいさ……もっともっと。淫らに啼くお前を、私の中に残していっておくれ……鉄之助。」
そう言って、右手をシゲの太股に這わせた。滑らかな肌を円をかくように弄ぐり、すぐにその手はシゲの下腹部へと舞い降りる。
そこはしっとりと蜜で濡れていた。シゲの分身も、腹も。自ら滴らせた先走りの蜜で辺りを濡らしながら、二人の身体の狭間で硬さを固持している。指先で触れるとシゲは身体を捩って逃げようとした。だが、逃げられる筈もない。シゲの右脚は未だに土方の腕の上にかけられ、大きく体を開かされているのだから。
 先端の割れ目にほんの少し爪をめり込ませると、シゲが身体を捩って喘ぎ声を漏らした。そこからは止め処もなく蜜が溢れ、じくじくと指先にまとわりついてくる。
そうやって中と外から同時に刺激を与えてやった。ただでさえ感じやすくされた身体が、その愛撫に耐えられよう筈もなく、シゲの吐息が掠れた悲鳴に変わる。
海鳴りの音と淫らな水音、そして肌の触れ合う乾いた音が甘やかな声に混じり合い、室内に木霊する。
「ひじ……かたさん……ッ…………………………ひ……あっ…………」
シゲの身体がゆっくりと仰け反って強張っていく。目に涙を一杯溜めて、声にならない悲鳴をあげ、土方の手の中にどくどくと二度目の精を吐き出した。
びくびくと震えていた身体は次第に力を無くし、今はただ布団の上で荒い呼吸をしている。
土方は手の中に受け取ったものをぺろりと舐めた。あらかた舐め終わると、少しだけ指先に残ったものをシゲの口の中に突っ込んだ。朦朧としながらシゲはそれを舐める。苦くて青臭かったが、土方の指を舐めたくて懸命に舌を使っていた。
シゲがぴちゃぴちゃと音をたてて指先を舐め終わると、指は口の中をやんわり掻き回して唾液を纏わせる。
その途端に、きゅっ…とシゲの中が蠢いた。
「……う…………ぁ……っ…?………」
口腔内を掻き回され思わずぞくりとしたその時、身体の奥底が自分の意志とは関係なくひくついていた。
明らかに困惑した顔で、シゲは土方を見上げる。そういえばシゲの中の異物感は無くなってはおらず、またそれを引き抜こうという様子は感じられない。それどころか今の行為によって、ますます体積を増したくらいである。
自分が達したことで当然土方も昇り詰めたものだとばかり思っていたシゲだったが、よくよく見れば目の前の土方はまだ余力を残していると言った風情だ。
「………鉄之助。」
名前を呼びながら再びぐいっと腰を打ち付けられて、シゲは淫らな吐息を吐いた。
硬くて熱い土方の雄が自分の中を出入りするたび、ひくひくと奥底が蠢いてしまう。先程よりも更に淫らな疼きが溢れてきて、気が狂いそうになる。
――――ほんの僅か前に達した筈なのに。
自分の下半身に向かって、三度血液が集まっていくのを感じて、シゲは戸惑いを隠せずにいる。
そんな思いを見透かしたかのように、土方はシゲの耳元で大丈夫だから…と囁いて、より深い部分を抉るように突き上げた。
「……嘘…ッ……ぁ…………っく………んッ………………」
怒濤のようにシゲに押し寄せてくるものは、信じられないほどの悦楽。
全身の神経が全て土方と繋がっている部分に集中しているかのような、甘い痺れがシゲの指の先、足の先にまで隅々に行き渡っていく。
土方の熱い楔を打ち付けられては快楽に呑まれ、もっともっと奥に取り込もうと締め付けるように蠢く。
 シゲの腕が宙を彷徨うように藻掻きながら、土方に向かって伸ばされた。肩に縋り付こうとするのだが、指先がかするだけで、皮膚に赤い引っ掻き傷を作っている。それに気付いた土方が身を伏せてシゲを抱きしめた。シゲの腕もまた土方の身体に巻き付き、下半身だけがぐちゅぐちゅと淫らな音を立てて、付かず離れずを繰り返していた。
「……き…………です………」
小さな声が喘ぎ声の合間に土方の耳を擽る。それは間隔を置いて数回、囁かれた。土方もその度に同じように愛を囁いてはシゲの瞼に唇を押し当てる。
閉じられた瞼からは幾筋もの雫がこぼれ落ちていた。


 暫く身体を密着させたままシゲの中を蹂躙し続けていた土方は、華奢な身体を抱えるようにして抱き起こした。
急に身体を持ち上げられて悲鳴をあげる間もなく、シゲは貫かれたまま土方の膝の上に居る。驚いて土方の頭に縋り付きながら、今度は下から上へと責め立てられて揺さぶられていた。
膝の裏に腕を通されて腰を掴まれ有られもない格好で土方を受け入れていながら、シゲは感じる度に綺麗なしなりを見せて身体を仰け反らせ、喘いだ。突き上げられるたびに、下腹部の分身が天を仰いだまま揺れている。
楔を穿たれる事だけでそれははち切れんばかりに充血し、膨れ上がっていた。今度は直接の愛撫が加えられていた訳ではないというのに。
「や…………ぁ…ッ…………も……………もう……ッ………」
土方に必死で縋り付き、哀願の声を上げる。
「………何処が一番良い………? ………此処か?」
土方も額に脂汗を滲ませながら尋ねてくる。そろそろ耐えきれなくなっているようだ。
「………っ…………其処…………あ………ぁあ…………ッ……………」
ビクビクと痙攣しながらシゲは身体をしならせ、白い液を吐き出した。それは二人の身体の狭間から上に向かい、薄明かりの闇に花吹雪のように降り注ぐ。
「………っく………ッ!…………」
仰け反らせた愛しい身体を力強く抱き寄せ、土方も臨界点に達して再び中へと放出する。
ぐったりと力なく預けてくる身体を苦しい程に抱き締め、汗と体液の入り混じったシゲの肌の匂いを愛しく感じながら、土方はゆっくりと一筋の涙を零していた。


 「で、シゲのその夢のラストはどうなったわけ?」
スタンドインのバイトを終えた後、興味深げに聞いてくる音尾の言葉にシゲは胸の奥底に痛みを感じながらも、気取られないように努めて明るく笑って語りだした。大江の甲板で交わした会話を、ほんの少しの部分だけ。
本当はそこで夢は終わったわけではない。
だが真実を音尾に告げたところで、ひっくり返って泡を吹かれること間違い無しなのは……よく解っている。
「まだまだこれからだもんな……俺達さ。」
そう呟いて、シゲは笑った。

 帰り道、ぼんやりと空を見上げる。
外は薄い闇に支配され始め、微かに茜色の空に同じ色に染まった雲が見て取れた。
消えてゆく夕暮れを見続けながら、シゲはそっと自分の肩の辺りに手をやる。服に隠れている鎖骨の辺りに、赤く色づく鬱血の後が残っていた。
それだけが、この想いと共に唯一土方が残してくれたものだ。
抱かれる直前に土方に付けられた赤い刻印だけが、時空の彼方から戻ってきた今も、その存在を無くさずに無言で訴えてくる。
…………あれは決して夢ではなかったんだよ、と…………。
シゲは服の上からそれをそっと触って、まだ痛む心を必死で宥めようとする。

 あの夜、気が狂うほどに肌を重ね、互いの愛欲を貪って抱き締め合った後―――――。
夜も明けきらないうちにひっそりと、土方は宿屋を立ち去った。
腰が抜けかけてふらつくシゲを最後にしっかりと抱き締めた後、別れの口付けをその唇に一つ残して馬に飛び乗る。その顔は本当に凛々しくて。
死を予期した侍の、何とも言えない憂いを含んだ笑みでたった一度だけシゲを振り返り、直ぐさま馬を走らせて遠ざかっていった。
シゲの手に、自分の遺書と写真、そして髪の毛を数本託し………。
 涙は出てこなかった。別れの涙など、とうに尽きてしまっていた。
本当に愛しくて切なくて、抱かれている間に何度となく涙を零し………今は涙すら枯れてしまっている。
夜明け前の茜色に染まりかけた闇の中で、土方の背中がどんどん遠ざかってゆく。
いつの間にか背後に立っていた宿の主人にそっと背中を支えられて、シゲは無言で離れへと戻った。
寝乱れた後の布団と灯りの切れた行灯が、土方が去った後のがらんとした室内をより空虚な空間に感じさせている。
そのままぼんやりと、まだ土方の匂いの残る布団に身体を横たえて目を瞑った。

シゲの意識はそのまま闇へと吸い込まれ、気が付いたときには元の自分の部屋に立っていた。


 糸が切れたように、その場にへたり込む。
もう浴衣も着ては居ないし、一晩中抱き合っていたせいで悲鳴をあげていた身体も、どこも痛みなど感じられない。最後の薬を飲み干した時と殆ど何も変わっていない中で、たった一カ所が違っていた。
土方に想いを込めて吸われたその場所だけが、ずきりと痛かった。
甘くて切ない、哀しい痛みだった………。



 見上げた空が夕闇に変わり始め、行き交う人達は家路を急ぐように足早に過ぎていく。誰もシゲには気にもとめない。
彼方を見上げたまま、シゲは誰にも聞こえないくらいに小さな声で呟いた。
「俺……なまら頑張ってますよ、土方さん。」
ふっと淋しそうな笑みを浮かべてから、少し間をおいてまたぽつりと独り言を口にする。
「何とか、やっていきます…………頑張って。人生って、その先に何があるか解らないって……貴方に沢山教えて貰ったから。だから俺、精一杯生きていきますよ。貴方の分まで。」
きゅっと唇を噛みしめた。
あの時の土方はまだ三十五歳だった。今の自分よりたった五歳しか長く生きられなかった彼を想い、込み上げてくる何かを懸命に呑み込む。
土方はたった三十五年の月日を全力で駆け抜けていった。
だから……それ以上に懸命に、ちゃんと自分の人生を生きてみようと心に誓ったのだ。けっして投げやりになることなど無く。
「だからそっちで、ちゃんと俺のこと見てて下さいよ。近藤さんや、沖田さんや、芹沢さん達もいるんでしょ? 今度どこかで逢ったときは…………俺もまた、あなた達にに交ぜて下さいよ。絶対に絶対に、約束ですよ!」
頬に一筋の涙が雫となって零れ落ちた。


いつしか空は黒々とした闇に覆われていた。
シゲは唇を強く噛みしめ、溢れてくる涙を手の甲で拭って歩きだす。

上を向いて。

その先にある未来に向かって。








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東京のLOOSERの公演が終わりました。
このお話は札幌での舞台を見てすぐに思いつき、ずっと温めていました。東京公演を見てから書こうと思っていたのですが、待ちきれずに結局書いてしまいましたよ(笑)
なので、ベースはほぼ札幌での台詞や動きになっています。まあ、多少訂正してあるので、二つの舞台のない交ぜに近いかもしれませんが。。。(笑)
当初の予定では、土方×鉄之助でした。
なのですが、よく考えればちょっと違うなーと言うことで、鉄之助の名を借りたシゲでの土方×シゲになりました。
慌ててアップしてしまったので、いつもより誤字脱字が多いかもしれませんが、気が付いたときにビシバシと直していきますので、今回の所は大目に見てやって下さい。。。
そんでもってワタクシ、新選組や幕末にはかなり疎いです(笑)
まともに新選組ものに触れたのは宝塚の『誠の群像』くらいですので、モリと同じく幕末初心者で御座います。かなり想像で書いていますので、妙な部分はあくまでもファンタジーとして見逃しておいて下さいませ。。。(汗)


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