MIKE…





 
気付いたとき、俺はここにいた。
NEVER STATELESS FORCE…略してNSF。空軍に属する攻撃隊の一員。それがこの俺、ハイドの居場所だ。
だが何故か俺はここにいる理由が解らない。右往左往しながら、今日も戦闘機に乗り込んでいる。
皆と言葉さえ通じないこの俺が……
自分が何処の国の人間で、何の言語でものを考えていることすら解らない俺のことを、周囲の人間は奇妙な目で遠巻きに見ている。
―――そうさ。だって俺は誰とも接触しないのだから――――。

 そんな俺が唯一心を開くことの出来た人間がいた。
……マイク……その名前が今も俺を締め付ける。
彼は我々空軍の目とも言うべき特殊な役割を果たしていた。レーダーよりも正確に敵を素早く捉えるその能力は、彼の良く見える目のおかげだ。
彼は昼間でも星を眺められるほどの視力の持ち主だった。そして、俺達が初めて会話したのも……彼が昼の星を眺めていたそんな時だったんだ…。
 マイクは口がきけない。
昔からではなく、以前何か精神的なショックを受けた事による障害らしいが、俺にはそんなことは解らなかった。
一言の言葉も彼の口からは発する事は出来ないが、時に子供のようになるあどけない瞳と、英単語を空中に描き出す指先が、彼の雄弁なメッセージだった。
 何となく、彼となら…何かを伝え合うことが出来るようなそんな気がして、俺は自ら語りかけてみた。拙い言葉で…。
最初マイクには意味が通じず、何のことか解らないような顔できょとんとされてしまったが、やがてにっこりと笑って、俺に言葉を返してくれた。
『STAR…』と。
NSFの空母ビーハイブの甲板で、二人で見上げた空はどこまでも青くてとても綺麗だったことを憶えている。その澄み切った青の彼方に輝く星達を、マイクはとても楽しそうに見ていたんだ……。

 そうやって俺達は少しずつお互いに歩み寄っていた。互いに言葉を伝える手段が少し欠けていたから、とても大変なことだったけれど、そのもどかしさすら以前とはうって変わって楽しくさえあった。
何よりただ一人、自分を理解しようとしてくれる人間が側にいるという事が、俺にはとても嬉しくて。
 マイクは俺の前ではいつも微笑んでいる。子供のように無邪気な笑顔だ。
ほんの一時、任務から解放された時間は彼の最高の表情が得られる俺の貴重な時間であり、心安らぐひとときでもあった。
彼は時に空を見上げ、時に大海原を眺める。その時折で星や流れる雲や高くをとぶ鳥を。あるいは蒼くゆらぐ水底深くを泳ぐ魚の群れや、水面下を流れる複雑な潮流や、僅かに煌めく貝殻の輝きまでを、彼は見つけて俺に微笑むのだ。
 ……刻一刻と、俺達の標的である日本が近付いてくるのを肌でひしひしと感じながら……。

――――そして、俺は――――……………。


 目前に稚内が迫っていた。日本への総攻撃まで残りわずかな時間の闇の中で、俺はマイクを抱いていた。
……どうして、こんな想いを抱くようになってしまったのか、解らなかった。解っているのは、彼が欲しいこと。
ただそれだけが……がむしゃらに俺を突き動かしていた。
 マイクの部屋、彼に与えられた小さな個室のベッドの上に力任せに押し倒し、無我夢中で唇を押し当てていた。
何度も何度も…乱暴に唇を合わせては、呪文のように言葉を呟く。
「好きだ…」と。
 急なことに抵抗することも忘れ、しばらく呆然と為すがままになっていたマイクは、やっと正気になったのか慌てて俺の下で抗い始める。
首を横に振り、綺麗な目で必死に何かを訴えている。口元も言葉を発しようと動いているが、やはり声は漏れることはない。
だが彼の言いたいことは解っている。解っているのに自分が押さえられなくて。もう自分でもどうしようもないくらいに、ただひたすら彼が欲しかった。
狂おしいほど彼を欲していた。
俺の中には理性なんて欠片も見当たらなくて、何も歯止めをかけることが出来ないと思っていた。マイクが、俺の唇に噛みつくまでは……。
 ちくりと感じられた痛みと共に、俺の中に一気に正気が戻る。薄甘い血の味が口の端から感じられる中、慌てて彼の上に覆い被さっていた俺は上体を起こした。
恐る恐る見下ろす。俺の下になっている彼を。さっきまでの勢いは何処かに吹き飛んでしまい、今では唇も指先も、体中がみっともないくらいがたがたと震える。急に自分のしていたことが現実となって襲いかかってきて。
――――これで、嫌われてしまう――――
その恐怖に俺は恐れおののいていた。

 俺の下からゆっくりと体を起こし、マイクは自分の唇にも付いた俺の血を手の甲で拭う。そして次の瞬間、予想もしていなかった反撃に打って出た。
俺の胸ぐらを両手でぐいっと掴むと……そっと自分から唇を合わせてきたのだった。
「…マ、マイク……!?」
今度は俺が呆然とする中、心臓だけが早鐘のように鳴っている。まだ状況を把握できずにいた俺に、彼は困ったような表情を浮かべながら柔らかく微笑った。俺がこの世の中で一番大好きな…彼の屈託のない笑顔だった。
マイクが俯く。本当に困ったように。
そして、ふーっと一息吐いてから俺の手を取って、自分の頬に当てた。
 俺は取り憑かれたかのようにその手で彼を引き寄せて、口付けた。今度は乱暴にではなく精一杯優しく。
そして、もう一度体の下に組み敷いた。
愛撫を繰り返す。多分とても拙い愛撫だったと思う。
ただ気持ちだけが先走って、自分で何をどうしていいかも解らず、がむしゃらにマイクの体を舐め回した。
簡易軍服をはだけさせ、その白いからだが闇の中の薄明かりに浮き上がると艶めかしくて、俺は益々頭に血が上っていた。
 ほんのりと赤い二つの蕾に舌を這わせると、ぴくりと体か動いて硬直する。声の代わりにあがる甘い吐息がまるで媚薬みたいに俺に効いてくる。
もっともっと彼を乱したかった。甘い媚薬を欲していた。
そっとジッパーを下げ、彼の敏感な部分に指を滑り込ませて出来る限り優しく愛撫すると、小さく頭を振る様は、子供がイヤイヤをしているかのように可愛い。唇を押し当て、舌を這わせると流石に腰が逃げようと藻掻く。
それを制止して彼を口に含んでいた。
マイクはうっすらと目の端に涙を浮かべているように見える。快楽と恥辱の狭間で必死に耐えている彼を精一杯、悦楽の淵へと誘った。
 さっと体が硬直した後、徐々に脱力してしまったマイクは、紅潮した顔を横に背けている。
恥ずかしげでもあり少し満足げにも見える彼を愛しく思うと同時に、全てを貪り尽くしたい衝動に駆られて…性急に彼の衣服を全て剥ぎ取った。
彼の膝を立てさせ、最も敏感な部分に舌を這わせては指先で触れた。唾液で潤して少しでも彼に負担をかけないようにしてから、彼の上に覆い被さった。大好きなマイクに、辛い思いはなるべくさせたくはない。少しでも感じていて欲しい。そう願いつつ、俺はマイクを貫いていた。
 ……その瞬間に、マイクは目を一杯に見開いた。出ない声を懸命に出そうとするかのように口を開き、やがてその瞳からはぼろぼろと涙が零れ落ちていた。
俺は驚いて、咄嗟に体を離した。マイクの唇は確かにこう動いたのだ……。
『Hawk…』と………。

 こんな時になって初めて気付くなんて、どうかしている。俺はなんて大馬鹿者なんだろう。
そうさ、とっくの昔にマイクはホークとそういう関係だったわけだ!
アイツに抱かれていたんだ!
じゃなきゃ、こんなにスムーズにいく訳が無いじゃないか!! 自分が男に抱かれそうになっているのに、それを簡単に許容できるわけなんて、絶対に無いさ!!
 
虚しさと哀しみが、訳の分からぬ感情と共にどっと押し寄せてくる。
それが嫉妬だということに気付きもせずに俺はただ茫然とマイクを見つめた。目頭が熱くなって、気が付くと見つめたまま泣いている俺がいた。
どうしていいか解らずに、俺は情けなく涙を零しているだけだった。

 不意に俺の手を取り、マイクが手の平の中に文字を綴った。
『Hide…』
俺の名を何度も何度も綴っては、見つめてくるマイク。腫れた目で、真っ直ぐに俺を見つめる。
「………おまえ、ホークと………」
その先の言葉が喉の奥から出てこない。何も思い浮かばないし、浮かんでも言葉にならない。
言葉に詰まったままの俺の前で、マイクは小さく頷いた。そしてその後、何度も首を横に振り寂しそうな瞳を向けて手の中に言葉を綴った。
『Parted from him』
ほとんど意味が分からなくてオロオロしていると、再びマイクが文字を綴る。
『Hawk said good -bye…』
その言葉でやっと理解する。今、目の前にある寂しげな笑顔の訳も。
必死に文字を綴る手をそっと握りしめて、俺は自分の左胸の上においた。堅く握ったままだった。
彼の笑顔は困ったような寂しげなようなままだったが、俺にはもうそれで満足だった。
マイクが未だホークを忘れられずにいるのだとしても……彼は今こうして俺の前で精一杯微笑もうとしてくれているのだから。
こうして俺の腕の中に居てくれるのだから、それだけで十分だった。

 マイクに負担をかけたくなくて、出来るだけゆっくりと彼と繋がった。
今度は急がないように…自分の気持ちだけで、先走らないように…ゆっくり、ゆっくり貫いて何度もその名を呼んだ。
汗で顔に張り付いた亜麻色の髪を、指先でそっと払いのける。マイクは閉じていた目をうっすらと開けて俺を見ていた。
あまりにも切ない瞳で見つめられて少し躊躇しかけた俺は、逆に体を引き寄せられて吸い込まれるように唇を重ねていた。
 懸命に俺を受け入れるマイクが愛しかった。何度もその唇で俺の名を綴る。声なき声が俺の中に響いてくるのを感じていた。
この先に迫っている大きな戦いを前に、俺達は夜が白み始めるまで抱き合っていた……。


 出撃の朝。俺達はきっちりと軍服を着込む。
俺はマイクに愛用のゴーグルをかけてやり、最後に口づけを交わした。
再び生きて帰ると、約束の代わりに。




 あの日、新しい隊長となったクーガー少尉が早々に撃墜された後、俺達空軍攻撃隊は一時退却を余儀なくされた。
その混乱の中、ホークは殿を自ら引き受け、自衛隊の戦闘機と共に大破。
彼の部下だったウェルナー機もそれに従った………―――だが、後部座席にはマイクが居た。
ウェルナーはマイクを死なせるわけにいかないと、決死の覚悟で彼を脱出させたのだが…マイクは敢え無く敵軍に捕らえられたのだった。
 謎の国籍不明群、NSFの情報を引き出そうと、彼ら自衛隊の連中はマイクにありとあらゆる拷問を与え、それでも何も得られないことに業を煮やすと、マイクを野犬の群の中に放りだした。
―――第六小隊と共に彼を助け出したときには…………思い出すのも身が切られるように辛い。マイク、お前の無惨な姿だった。
彼は既に虫の息で…俺には正視することも出来ずにその場から逃げ出した。何もかもが信じられずに!
 そんな情けない俺を、お前は苦しい息の下から呼んでくれたね………『Hide』と。
そして俺に伝えた。
『WAR』と―――。


 今、俺はお前が教えてくれたその言葉を胸に抱いて、俺達NSFの誇りと共に桜花に乗る。
もうNSFはぼろぼろで、勝利の欠片も見出すことなど出来はしない。だけど、俺は軍人としてこの戦いの中で誇り高く散るよ。ここの仲間達の為に……。

 お前は見ていてくれているかい? マイク。
俺はあれから思い出したんだ、自分のことを。自分がお前を殺した日本人だったということを。
次に逢うとき、俺のことは『Hide』ああ、そうか。綴りは一緒なんだっけか…。まあいいや、ヒデって名乗るよ、マイク。
 お前にもみんなと一緒に見た、桜の花を見せてやりたかったなあ…。あの、綺麗で可憐な花を、お前にもね……。


 ………俺も、お前のところに行くよ………。
そうしたらお前は、あのとびっきりの笑顔でまた俺に、微笑んでくれるかい………?

Fin.



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壁紙などを全て一新しました。
この方がハイドとマイクには合っているかな?と思いまして。。。
儚くて切ない、マイクのイメージを重視です(笑)

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