残 り 香
終演後の慌ただしい楽屋に五月蝿い奴らがやって来やがった。
ただでさえ男七人の楽屋はむさ苦しくて息苦しいというのに、更に胡散臭い態度の暑苦しい奴らが二人も混ざると鬱陶しいことこの上ない!
「しげ〜…」
にやにやと笑いながら話しかけてくる。
「うるせえ! そこで待ってろ!!」
わざときつい口調で言い放つ。でも奴らは二人して何だか嬉しそうだ。
「佐藤さ〜ん! ファンなんです。」
「一緒に写真撮って下さ〜い!」
思わず吹き出しそうになるがそこを堪えて仏頂面で一瞥をくれてやる。
「ぁあ? ファンだと!? じゃあそこで大人しく待ってろ、バカ面さらして。俺は今、忙しいんだよ。」
別に忙しくはない。ただ終演直後で汗だくなのでせめて着替えくらいさせて欲しいだけだが。
「早く写真撮って下さいよ〜佐藤さん!」
そう言って馬鹿みたいに上機嫌顔の大泉が近寄ってきてさっさと肩を組み、自分で携帯を持ってパシャリ。
調子に乗ったモリも俺の隣りに並んでもう一枚。
って、何で自分達で撮らねえのよ!! よりにもよってなんでスタッフとかじゃなくて、出演者でしかも大先輩の花緑さんに撮らせてんじゃねえよバカ!!
慌てて止めようとした俺に満面の笑顔で何度も頷きながら目で合図をしてくる花緑さん。
仕方がないので数枚撮って貰った。勿論俺は最高の仏頂面をしていたのだが、花緑さんに笑うよう指示されて仕方なく最後は笑ってやった。
ええい、この大バカ達をどうしてくれよう。
俺は二人からさっさと離れてタオルを手にがしがしと顔を拭った。
二人は興味深げに楽屋を見回したり花緑さんと楽しそうに話している。って、その輪の中に俺が最も尊敬している三宅さんも加わった。
……て、あらら塾長まで。
まー大泉も今や全国区の人気者だからな。
そんな事を思うと俺はちょっとばかり嬉しくなって、そんな様子を遠くから眺めながらさっさメイクを落として着替えてしまう。
ああスッキリした。
さて、あの馬鹿二人を拾ってメシでも食いに行こうか。
せっかく東京で三人が集まったんだからそのくらい許してやろう。でも明日の芝居に響くからあまり遅くはならないようにしないとね。
そんなわけで俺達は大泉がお薦めのフレンチレストランでメシを食っている。
正直フレンチってガラじゃねえけど、美味いからなんでもいいや。
大泉は俺の目の前で美味そうにグラスワインなんか啜ってやがる。
モリも楽しげにマール酒なんて小洒落たもん飲んで、ご満悦だ。
「んんー…良い芝居だったなあ。良かったなあ、シゲぇぇぇぇ。」
さっきからあんたそれしか言ってないよ。
「いやあビックリしたわ、しげがあんなに踊れるとは……いやぁびっくりだ。」
そんな事を呟来ながらまたワインを啜る大泉。
どうでもいいけどお前酒弱いんだからその辺にしとけ。もう顔真っ赤だべや。
ふうっと溜息を吐くとモリが顔を覗き込んできた。
「おや? おやおやあ? 佐藤さんご機嫌が優れない?」
少し心配そうな表情をしていたから慌てて笑顔で否定した。
「いや、違う違う……ちょっと疲れただけさ。スマン!」
ビールをぐいっと飲み干してしまうとグラスワインでもオーダーしようと思いたち、挙げた手を即座に掴まれて止められた。
「……もうお開きにするべ。お前明日もまだ舞台あるんだろ。」
大泉が俺の手首をしっかり掴んだまま笑ってそう言った。
「あ……うん………」
「そうだな、シゲあれだけの舞台こなしてるから疲れてるよなー。」
笑顔でモリもそう言って肩を叩いてくる。
―――――うわ、ささやかな気遣いが………何だかもの凄く嬉しい…………
自然に顔が赤くなるのを感じた俺は二人に見られないように慌ててキャスケットを被り直し、やや俯きがちで席を立った。
勘定を終えて店を出たところでモリが用事があるからとすぐに立ち去った。
大泉は当然のように俺の隣りに立ち、にこにこ見送りしていやがる。
「あのさ…大泉………」
「んー? なあに? しげちゃん。」
俺は恐る恐る大泉を見上げた。やっぱりなまらご機嫌顔だ………。
「………お前………さ………」
流石に疲れてるから来るなとは言えなくて口ごもってしまう。
「うん。久し振りだもんねー。」
解ってるのか解ってないのか…そんな事を言いながら肩に手を回してくる。
ちっょと待てオマエ、まだここは往来だ! ただでさえお前は目立ちやすいんだから、そんな軽率なことをこんなどこで写真撮られるか判らないような危険な街ですんなボケ!
するりと大泉の腕の中から抜け出して、大泉の目をじっと見つめた。
「お前…………来るの?」
恐る恐る言葉にしてみると、大泉は口許に笑みを浮かべながらしっかり頷きやがった。
―――何だよ、さっきの気遣いはモリを帰したかっただけかよ! 確かにちゃんと逢うのも久し振りだけど……もう少し俺の事情を考えろ馬鹿!!
そんな事を考えてやや不機嫌になりかけていると、背中を向けた俺の背後から肩に自分の頭を乗っけた甘えポーズで大泉が耳元に囁く。
「心配すんな………なーんもしやしねえよ。こっからならお前の部屋のほうが近いべや。………帰るのめんどくさいからお前んとこ泊めて。」
ああ、そういう事ね。なーんだ! 心配して損した!! って、だったら最初からそう言えや!!
俺は明らかにわかるふくれっ面をして足早に歩く。その後ろにぴったり付いて大泉も追いかけてくる。
いつのまにか小走りで隣に並ばれ、ひょいと顔を覗き込まれた。
「なしたのよ、お前? 何怒ってる?」
「うっせえ! 怒ってねえよ。」
やや邪険に手で払いのける仕草をし、顔を背けた。きっと此処で奴の目を見たらまた絆されちまう。
何に怒ってたのかわからなくなって、どうでもよくなっちまうんだきっと。
「……おら、とっとと歩け。」
部屋の中はまあ、たいして汚れてはいない。
何せ長期の滞在が続いているものだから洗濯物があちこち無造作に積み上げられているものの、居場所がないほどでもない。
俺はソファの上に乗っていた雑誌や衣類をざっと隅に寄せて片付けてから、大泉を座らせた。
狭いだの汚いだのひとしきり文句を言っていたが、だったら事務所が借りてくれてるここより広〜い自分の部屋に帰りやがれってんだ!
俺は大泉に缶ビール一本とつまみの袋を宛うとさっさとシャワーを浴びに行く。
舞台で大量にかいた汗で身体はベタベタだった。
どうせ朝出掛ける前にも浴びるからいいんだけど、やっぱり寝る前にさっと流しておきたかった。
何より自分がもの凄く汗くさいのが不快だ。
気のせいとは判っているが溜まってきた疲労が少しだけ軽くなった感じがする。
「ぅ゛あ゛ー、サッパリした!!」
役作りでやや短くなった髪をタオルでがしがしと荒々しく拭きながら蒸し暑い浴室を出ると、大泉が何故かベッドの上にうつ伏せに寝転がって雑誌を読んでいる。
「おい! お前はソファだろ。そこは俺の場所だ!! 勝手に寝っ転がってんじゃねえ。」
頭を拭いていた濡れたタオルを鞭のようにして太股の辺りをひっぱたくと雑誌に視線を落としていた顔をいかにも面倒そうにこちらに向ける。
「何よ、いいべやそれくらい。お前シャワー浴びてたべや。」
それだけ言ってまた雑誌に顔を戻す。
「じゃあ早く退け。俺は大変に疲れてるんだよ、とっとと寝酒して寝たいの!解る?」
踵で軽く脹ら脛の辺りを踏んでみるが大泉は微動だにしない。
「退けろ、ほら!!」
やや力を入れて蹴ってみるがまた五月蝿そうに此方を見ただけだ。
「大泉! お前何しに来たの!? 嫌がらせか?」
少し大きな声で怒鳴ると、ようやくもそもそと起き上がって俺の方を向いて座った。
「何よ………そんなわけないべや………」
大泉はじっと俺の目を見つめてくる。
ヤバい、俺はこの目に弱い。
「じゃ……じゃあ何?」
大泉はふーっと大きな息を吐いてから、ベッド横のテーブルに置いてあった缶ビールを喉を鳴らして飲んだと思うと、その缶を俺に手渡す。
まだ冷えたそれに俺も口をつけ、喉越し爽やかな炭酸を喉の奥に流し込んだ。
風呂上がりの火照った身体に染み渡るような美味さのビールでさっきまでの苛々も少しおさまってくる。
「しげ〜………こっちおいで。」
突然大泉が両手を大きく広げた。
流石にドキッとした瞬間、缶ビールを強く握り締めた。アルミ缶の潰れる乾いた音だけが響く。
―――どうしよう…………このまま本能のままあの腕の中に堕ちていきたい。理性なんてぶっ飛ぶくらい滅茶苦茶に抱き合いたい気持ちの反面、明日も仕事があることに理性が辛うじてブレーキをかける。
もう一度缶ビールを強く握ってしまい、手の中のアルミ缶がぺきっ…と小さく音を立てた。
「おお……いずみ…………」
どきまぎしながら何か言おうとするが殆ど言葉が出てこない。我ながらなんてザマだ。盛ってるガキじゃないってのに………いい大人だってのに………どうしてこんなにも大泉が恋しいんだよ、俺は――――。
「ばあか………勘違いすんなよ。何にもしねえって言ったべや。いいからここ座れ。」
大泉は両手を広げたまま、手首だけでおいでおいでをする。
頭の中はぐちゃぐちゃだよ。
期待していたのか? 俺は…………本当になんてザマだ。肩すかし喰った俺の心の中は滅茶苦茶だよ。
あんなに葛藤したのは俺のただの勘違いで、大泉にソノ気なんていっこも無かったってんだから、こりゃあもう見事にお笑い沙汰だな………。
俺はどんな顔をしていいか解らずについついふくれっ面をしてベッドに腰掛けた。
ふわりと上から大泉が抱きついてくる。大きな両手を回して背中も肩もすっぽりと包むように優しく抱き締めてきた。
ふわりと大泉の匂いが鼻腔を擽る。少し懐かしくて、俺が一番安心出来る匂い。
耳元に鼻息がかってくすぐったい。
「御免……」
ふとそんな言葉が口をついて出た。
「何が?」
大泉は耳元で小さく聞き返す。でもその声には全部お見通しってニュアンスが含まれていた。
「……ごめん、大泉………」
大泉は結局手を出してこなかった。
俺を抱き締めたまま狭いベットに横になり、ずっとただ抱き締めてくれていただけだ。
明かりを消された途端、すぐに睡魔が襲ってきて意識が混濁してくる。
眠りに落ちる瞬間、瞼にそっと唇を押し当てられてこう言われたのは覚えている。
「しげ……お疲れ様……なまら凄かったよ………お前最高………………」
甘い声で囁かれて俺はもの凄く幸せな気分で意識を手放した。
まさか朝になってぞっとする言葉を吐かれるとは微塵も思ってもみなかったが。
「佐藤さ〜ん、次のおにぎりのロケ………楽しみにしてるから。ばきーっと寝かさないから! って事でいいね? 僕は昨夜君の幸せそうな寝顔を見ながらずーっと悶々と耐えていたんだから、それなりの見返りは期待してもいいね!?」
俺が顔を引きつらせて反論すると、如何にも悪巧みしてますと言わんばかりの不適な笑みを浮かべた。
「その病人か? ってくらい生っちろい肌なんかこれでもかって位真っ赤に染めてやる……全身にキッスしまくってやるんだぁ、僕は。」
もう言葉を口にするのも諦めて俺は無言で睨み付けた。
勿論こんな抵抗なんかひとっつも効果がないのは解りきってる。
―――ハイハイ解りましたよ、じゃあそれまでに俺はきっちり体調を整えて、暴れ馬みたいなお前を迎え撃ってやるわ。
ずっと俺もお前も忙しくてこんなふざけた会話も、肌の匂い感じるなんて事も出来無かったっけ。
俺も寂しかったけどお前もそう思っててくれたんなら、やっぱり嬉しい。
今度会うときは思いっきりゆっくりしような。
少しくらいなら、お前の我が儘聞いてやってもいい。
心の中でそう思いながら俺はくるりと背中を向けて、何事も無かったようにいつもの口調でこう言った。
「とっととメシ食いに行くべ、大泉。」
まだ大泉の腕に包まれているような錯覚を起こすのは、きっと俺の全身に寝ている間ずっと優しく抱き締めていたくれた大泉の匂いが染みついているから……。
FIN
* お戻りの際はブラウザを閉じませう *
エロ無しですんまへん(笑)
今エッチシーン書いたらもの凄く濃厚になっちゃいそうで
止めました。
夏場には油っこすぎです(笑)
突然思いたって書いたSSでした。
ま、フォトダイアリーのあの3ショットにやられたわけですよ。
王子の楽しそうなレポも微笑ましかったので
つい拝借してみました(笑)
初っぱなから誤字やっちゃってた。。。かせくやってなんだもう(泣)
がくやの間違いでした。。。or2
これだから仮名打ちは('・c_・` )