river…共犯者
3
汚れた身体をタオルで拭き取り、二人は身だしなみを整え直してから車を走らせた。時刻はそろそろ夕方にさしかかる。
待ち合わせ場所に向かいながら場が持たなくて…二人は藤沢の話をし始めた。小学生時代の事を。そして決して楽しいことばかりじゃなかったあの時のことを。
藤沢は………同級生の給食費を盗み出して、自分の欲しい物を買っていた。
九重は、転校生の横井が来るまでは苛められていた。そして、身代わりになった横井を助けることなく佐々木や藤沢と共に幾度となく彼を見殺しにしていた。
あの時の記憶は、決して懐かしい思い出などではないものだということを改めて再認識する…………
重たい雰囲気が車内を埋め尽くし始めた。
佐々木の『横井の罠』と言う言葉に、九重も少しずつ不吉なものを感じ始めていた。
佐々木には一切言ってはいなかったが、横井は時折SOME TIMEを訪れては、非合法な薬のやりとりをしていた。
いっそのこと全てを言ってしまおうかとも思ったのだが、佐々木に余計な不安を与えたくはなかった。
そして、成り行き上とは言え少なからずも幾つかの事柄に手を貸していた自分を恥じる部分もあったからだった。
暫く車を走らせると景色が次第に懐かしく見慣れた風景になってきていた。待ち合わせ場所はもう近い。
ワゴン車は寂れた町を通り過ぎ、やや外れにある小学校の校庭へと乗り入れた。
校舎は廃校になってから誰も訪れることがないのか、音もなくひっそりと朽ちていた。
かつて校庭だった場所は雑草が生えそろい、もはやかつての面影など一つも見当たらない。昔はこの校庭で子供達が大声を出して駆け回っていたことなど思い浮かばないほど、荒れ果てている。
車を停め、二人はその場所に降り立った。待ち合わせの時間には間に合ったはずだ。
ゆっくりと校庭を歩きだした――――――その時だった。
静かな空気を引き裂くように、乾いた破裂音が辺りに響き渡る。
――――銃声!?――――
九重が気付くより早く、反射的に佐々木は走り出した。
嫌な予感が的中した事に吐き気を催しながら、銃声が鳴り響いたであろう場所に向かって咄嗟に身体が向かっていた。それは、警察官の性としか言いようのないものだ。
一方九重はそれが銃声だと気付き、佐々木がその音の方向へ走りだしたと途端に、身体中に嫌な寒気が走り抜けていた。
―――この場所に居てはいけない―――
本能がそう告げる。
何とか走り去った佐々木を拾ってこの場から逃げなければ!
慌てて脚を引きずり、車に辿り着いてホッとした瞬間……………背後に人影を感じて振り返った。
そこには例の男がいた。
横井だった。
無表情のまま背後に立ち、横井はおもむろに銃口を九重に向ける。
まるでそれが何でもない事のように。
一瞬の閃光に目が眩む。そして形容しがたい破裂音。耳が引き千切られるような音が轟いた。
右脚に焼け付くような痛みが走り、その場に崩れ落ちた。車の扉に背をつけてズルズルとへたり込む。
目の前には微かな表情を浮かべた横井が立っている。
その顔には冷酷な微笑みが張り付いていた。
撃たれた場所に激痛が走る。太股の丁度中央を打ち抜かれていた。必死で藻掻きながらも懸命に悲鳴を押し殺して横井を見上げる。彼が何故自分を撃ったのかが解らない――――――
「……お前の言う通り………やっただろう…?…………」
何も解らぬまま、必死にそう告げた。
その瞬間、横井は口許にうっすらと笑みを浮かべて言った。
「キミ……随分とイイ思いをしたみたいじゃないか。」
言い終わると同時に、再び銃口は九重の左脚に狙いを付けた。
声にならない絶叫が九重の口から漏れる。
左脚からも同じような激痛が走り、苦痛に顔を歪ませた。
だが横井は何も言わず、薄ら笑いを浮かべたまま引き金を引いた。
弾丸は九重の右肩を貫いた。
「……ぁあ…ッ…!…………」
新たに襲いかかる激痛に叫び声を上げた九重を笑いながら見下ろし、横井は事も無げにこう言った。
「………ごめん、手が滑っちゃった………」
と。
そして楽しげに言葉を続けた。
「キミさぁ………佐々木君にやられて―――気持ち良かった?」
苦痛に歪む九重の顔に驚愕の表情が浮かぶのを見て楽しんでいる。
「知ってるよ、全部。だって…きっかけは僕が作ったんだから。」
九重の脳裏にあの時の光景が浮かび上がってくる。
そう―――確かに。
脚の手術と治療。横井はそうやって持ちかけてきた。
莫大な金のかかることだけに、九重には閉ざされた道だった。だが横井は頼み事と引き替えに全てを保証してくれると言い、九重に例の計画を実行する上での他の連中の取りまとめと監査役を託した。
そしてターゲットの佐々木と藤沢。彼等がSOME TIMEを訪れてからは、裏で細かく九重に指示を与えていた。誰にも内密に。それが横井の条件だった。
「あの時さぁ、僕は君に一つの薬をあげたよね。佐々木君の酒に混ぜて飲ませろって。」
あの日佐々木が店で酔い潰れたのは、横井が使わせた薬のせいだった。
横井はそれをある種の自白剤に近い物と言って九重に使わせた。
佐々木は計画を疑っている節があるから、飲ませて吐かせてみろ………と。勿論、副作用などもないれっきとした医薬品であるから佐々木にも害はないと言い含めて、渋る九重に実行させていた。実際にそれを飲んだ佐々木はすぐ眠ってしまったので、てっきり九重は薬が効かなかったのだと思いこんでいたのだ。
「あれね……本当はそんな薬じゃなかったの。本当は一種の強い催淫剤。あれを飲んで理性がふっ飛んじゃった佐々木君に、君は滅茶苦茶に犯されていた筈だったんだよね……僕の計画では。」
九重の唇が微かに動く。横井の言っている言葉が九重には理解出来なかった。いや、理解することを拒んでいた。
「なのにさぁ――――まったく期待はずれだったよ、君たちには!」
横井の目にギラギラとした狂気が光っている。
「二人して随分とイイ思いして、楽しんだみたいじゃないか。ここんとこずっとさ――――」
「ど………して…………」
九重が微かな声を振り絞った。
「君が持っていったアタッシュケース…………」
にやりと笑う。
「本当に良く聞こえるんだよ――――あの盗聴器。」
九重の胸の中に、えぐり取られたような大きな空洞が開き始めた。
全ては横井の掌の上で踊らされていた。そんな事実が、内側からも九重を崩壊させようとしている。
「いいねえ、ついさっきまで。楽しかったかい? 二人で切ない恋愛ごっこなんてやってさ。全くお笑いぐさだよね。」
最早九重には何も聞こえない。身体ももう動かない。ただ焼け付くような痛みがじわじわと自分を蝕んでいるだけだった。
「君には……一番苦しんで貰いたかったのに。」
横井が九重の目の前に右手首を翳した。今もくっきりと痕を残す傷は、昔、九重に突き飛ばされた時についたものだった。
「そうそう、知ってた?」
虚ろな目をした九重に尚も語りかける。
「その脚の事故も、僕が仕組んだことだって。」
数々の言葉が九重を嬲っていく。聞きたくもない事実だけがどんどん目の前で語られていくことに、半ば意識を手放しそうになっていた。
「辛かったかい? 飛べなくなってさ。」
横井は楽しげに先を続けた。
「もっともっと、絶望を感じて欲しかったよ。本当はさ、男にケツに突っ込まれて滅茶苦茶に犯されたら、凄く辛いだろうなぁって思って期待していたのに……佐々木君は優しいから………最後の最後で大失敗。こんな事なら小杉か権堂に頼むべきだったかな。」
最後は吐き捨てるように呟く。
既にぐったりとしていて、身動き一つ出来ない九重の左腕にも銃弾を撃ち込んだ。憎々しげに。
びくりと身体が跳ねたが、もう叫び声すら無い。
そんな様子を心地良さげに見下ろしながら、いよいよ横井は仕上げに取りかかる。使っていた拳銃をしまい込んで、代わりにナイフを取り出した。如何にも切れ味の良さそうなサバイバルナイフだった。
それをぎらつかせながら九重の右の首筋に押し当てた。九重の朦朧とした意識の中で微かにひやりとした感触が感じられる。
「出血多量で死ぬまでには二時間ぐらいかかる。止血しようにも手が使えない。苦しいね……二時間。」
目の前には横井の笑い顔。計り知れない狂気を秘めた笑み。
「頑張って助けを求めるなら……助かるかもしれない。でも、諦めたら死んじゃうよ。」
勝ち誇ったような微笑。
「どうするかは自分で決めるんだな………」
首元に押し当てられたナイフが音もなく滑り、九重の首から夥しい量の鮮血が迸った。
言い様のない激痛と恐怖に、声を出すことすら出来なかった九重の口からは、気も狂わんばかりの絶叫が溢れた。
その様子を満足げに見つめたあと、横井はその場から何事もなかったように立ち去っていく。
――――――次のターゲットに照準を合わせるために。
一発の銃声を頼りに、佐々木は朽ちた校舎の中に入っていた。慎重に辺りを見回すが人の気配はない。
その時、再び銃声が響いた。
心臓が締め付けられるような嫌な感じがするが二発目の銃声はどこから聞こえてきたのか解らなかった。
迂闊に走り回らないよう気をつけ、辺りを窺っていたその時、立て続けに三発目、四発目の銃声。やがて暫くしてから五発目………
どうやら校舎内ではないらしいと見当をつけ、ゆっくりと校舎の外に出る。
草で荒れ果てた校庭に出た瞬間、佐々木の目には信じられない光景が飛び込んできていた。
校庭の中程に止めていたワゴン車の前で、九重が座り込んでいる。
遠目にも解る無惨な姿で―――――――
ざあっと音を立てて血の気が引いていくのが解った。膝が微かに震えている。
急いで九重の元に駆け寄りたいのに、脚は言うことを聞かずにのろのろとしか歩み寄ることが出来ない。
一歩一歩大地を踏みしめて九重に近付く。
どんどん近くなるにつれ、ハッキリと見えてくる九重の姿。
タイヤに背を持たれるようにして両手両脚を無造作に投げ出し………九重達也がそこにいた。
四発の銃弾を手足に受けている。頚部には鋭い刃物で切り裂かれたような傷跡。そこからは未だ鮮血が少しずつ滴り落ちて、九重の着ているシャツをどす黒く染め上げ続ける。
ぴくりとも動かない九重の姿がそこにあった。
「たつ…………や……」
絞り出すように呟く。
少し前まで何度も囁いていた愛しい名前。
呼びかけても九重は動かない。
胸の中に再び沸き上がり、はびこり始める絶望感。そして耳元で響くあの被害者の言葉に重なるようにして、頭の中にイメージされる九重の救いの言葉。
『…助けて……』
悲愴な顔で自分に助けを求めてくる、九重の呟き。
どちらも守りたくて――――――――守ることなど、出来なくて。
「……守れなかった…………また………」
嗚咽のように漏れた言葉が、自分の心に突き刺さる。
こんなに遣りきれない思いに満たされ、辛く苦しいのに………不思議と涙は出てこない。
心は渇いてかさかさに干涸らびている。
泣くことすら出来ずに佐々木はその場に茫然と立ち尽くして、九重を見つめた。
自らの血に塗れて襤褸雑巾のように身体を投げ出している九重が……悲しかった。
そっと九重に近付いてしゃがみ込み、血に染まった右手をそっと持ち上げる。冷たくなってきている指先をゆるく握りしめ、佐々木は無言で自分の唇を押し当てた。
ほんの少し時間を遡れば、温かい肌を重ね合わせて互いの熱を伝えあっていたのに。今は冷たくなりかけている身体。
愛おしむ心にはケリをつけた筈だった。だが今は……………やはり愛しくて。張り裂けそうなほど切なくて。
握っていた手をそっと地面に下ろし、佐々木はゆっくりと立ち上がって銃を出した。弾丸を装填しようとポケットを弄ぐるが、妙な感触の金属しか手応えがない。
取り出してみると二つの結婚指輪だった。藤沢のジャケットだったことをふと思い出す。
やがて、再び聞こえた一発の銃声にハッと我に返り、銃声がしたであろう方向に振り返った。その顔にはありったけの決意が籠もっている。
九重に背を向けて、佐々木は力強く走りだしていた。この惨劇に幕を引くために。
そして自分の中の全てに決着をつけるために。
その時、九重の指先が少しだけ動いたことを佐々木は知る由もなかった…………
――――――寒い。
痛みはもうあまり感じられない。ただ身体中が、寒かった。
芯から凍り付くような寒さと、込み上げてくる吐き気に襲われながら九重は目を覚ました。
どれくらい前だったのだろうか………右手がほんの少しだけ温かかったのは。気が付いたときにはまた冷たくなってしまっていた。
このままでは本当に自分は死ぬだろう。それもあと少しのうちに。
そう思った途端、九重の中には消し去った筈の想いがまざまざと蘇る。
…………佐々木の傍に、行きたい…………
馬鹿げた思いだとは解っている。だが今はそれが生きる事の全てだった。
このままこの場所でじわじわと死神の鎌に蝕まれるよりは、少しでも生きていたい。せめて一目だけでも……佐々木の顔が見たい。
何もせずに諦めてしまうのは、どうしても嫌だった。
動かない体に鞭打って移動を試みる。両手足はとうに感覚が無く、少しも動きはしない。必死で上半身を揺すって何とかその場に転がった。途端に切られた右の首筋に激痛が走るが…歯を食いしばって堪える。
手足はやはりぴくりとも動かない。何とか身体をくねらせ、前に進むことに全神経を集中させた。
僅かずつ…身体が前に移動した。
――――まるで芋虫のようだ――――
九重はふと自分の姿を思い浮かべて、自嘲気味に笑った。
今の自分は飛べないどころか、地べたを這いずる蟲でしかない。横井に手足をもがれ、のたうち回って足掻く蟲。
それでも…………諦めはしない。ここで屈するのは今の九重にとって死ぬより辛いことだった。
体育館に差し込む夕日。切ないほどの色合いの中に佐々木と横井、そして藤沢がいた。
脚に銃弾を受けながらも佐々木を羽交い締めにして、ほくそ笑む横井。そしてその佐々木に狙いを定め、銃を構える血塗れの藤沢。
何も出来ずに首を絞められている―――――佐々木。
藤沢の目は怒りと狂気に満ちていた。
婚約者を見殺しにしてのうのうと生きている警官。それが目の前にいる佐々木だった。
殺しても飽き足らない程に恨み、憎悪を抱いていた警察官がよりによってこんな身近にいた人物だったとは。
佐々木を羽交い締めにしたままの横井の目にも、底知れぬ狂気が浮かぶ。
先程までは自分を狙っていた横井に恐れおののき、子供のようにただ恐怖を感じていた藤沢だったが、今の彼にはそんな感情すら麻痺していた。
狙いはあくまでも佐々木。横井など、目に入らないも同然だった。
『………助けて………』
佐々木の口から、あの時の言葉が漏れる。
自分でも解らず、ただその言葉が口を突いて出ていた。
一発の銃声が鳴り響く。
弾丸は、佐々木の胸元に吸い込まれていった。
ゆっくりと崩れ落ちる佐々木の身体。そして佐々木の後ろにいた横井の身体も同じように崩れてゆく。
近距離で発射された弾は佐々木の心臓の近くを貫通し、横井の腹に撃ち込まれていた。
倒れ込む二人を見ながら、藤沢の身体も前倒しになる。
握りしめていた銃が音を立てて体育館の床を転がり、三人はその場に次々と倒れ込んだ。
胸元から流れ出る血で床が紅く染まっていく。
佐々木の視界には、限りなく紅い水たまりが広がっていた。痛いのか熱いのか解らなくなるような激痛が身体を襲ってくるのを感じながら、あえて佐々木はゆっくりと立ち上がった。
だが途中で身体が崩れ、俯せになる。
身体の下にはシャツから滴り落ちる鮮血が新しい血だまりを作っていく。
…………長くは保たないことを直感した。
そのままゆっくりと四つん這いで前に進む。血だまりを抜け、体育館脇の扉へとゆっくり進んだ。
――――たどり着けないかも……しれないな。
ふっと笑う。
どうしてもワゴン車まで行きたかった。
先に逝ってしまった九重の傍で、自分の命に幕を引きたかった。
霞んでくる目。耳元ではずっと甲高い耳鳴りが続いている。
『達也もきっと………同じように寒かったんだろうな……』
襲いかかってくる寒さに唇を震わせながら、ふと想いを馳せる。
あの時………せめて抱き締めてやれば良かったと。
だが今はもう遅い。せめて少しでも傍に行ってやりたい―――それだけが今の望み。
誰一人として守ることが出来なかった自分。九重すら守れず、彼を無惨な姿にしてしまった悲しみ。
様々な想いが満ちあふれ、佐々木は唇を噛みしめた。
扉の前に辿り着くと、佐々木は懸命に扉に縋り付き立ち上がった。そして扉を開ける。
沈みかけの夕日が体育館に射し込み、眩しさで目が眩んで………再び崩れ落ちた身体はそのまま校庭脇の道に転がり落ちた。
ほんの一瞬意識を失うが、必死に意識を取り戻して前を見据える。
目の前、遙か先の校舎前玄関に…………九重がいた。
校庭の草むらから玄関先の道にまで延々と続く夥しい血の痕跡。
今や右脚だけではなく、両手脚全てを引きずって這いずってきたであろう九重の姿を捉えて、佐々木の目から涙が溢れ出た。
渾身の力で佐々木も這いずっていく。九重の元に。
その歩みは気が狂うほど遅くて。
幾度となく佐々木を苛つかせた。だが、諦めはしなかった。
死んだと思っていた九重がここまで這いずってきたのなら、自分も絶対にたどり着かねばならないのだ。
ゆっくり…少しずつ、佐々木の目の前に九重が近付く。
霞む目は出血のせいばかりではなかった。
涙が溢れ出て、目の前を曇らせている。
「……つ………や…………」
絞り出すように名を呼ぶ。九重の目は開かない。
少し、近付く。
佐々木の口からは荒い息とともに、再び九重の名が漏れた。だが、目は閉じられたままだ。
あと少しで――――手が届く。
ゆっくりと這って行く。
九重の顔は先程よりも青ざめている。
「たつ…………」
九重の頬に手が触れる。ひやりと冷たい。
あと一歩…………そう思ったところで、身体が崩れ落ちた。
もう、殆ど腕に力が入らない。
身体を少しずつくねらせ、僅かずつ這い寄る。
やっと目の前に九重の顔がくる。
這いずった為か、擦り傷だらけになった九重の顔を両手で抱き締めた。
こんなにずたずたにされても、九重は尚…綺麗だった。
少なくとも、佐々木にはそう感じられた。
「ごめんな…………」
止め処もなく涙が溢れる。
「もう……一緒だから…………」
九重の目は開かなかった。唇も青ざめたままで、動きはしなかった。
佐々木はもう一度名前を呟きながら、そっと自分も目を閉じる。
…………佐々木の目の前にはゆったり広がる闇と懐かしい川の流れが、静かに…ただ静かに広がっていた…………
Fin