◇ 2 ◇






 体を繋げたまま、佐藤の上に折り重ねるように倒れ込んで力の限り抱き締めた。
「しげ大好き……………やべえ……どうしようもなく好きだわ…………」
感情が迸ってきて止まらない。
髪の中に指を差し入れて唇を重ねてから、ぐったり脱力している佐藤の瞼や頬、額などありとあらゆる場所に想いの限り口付けた
途中で重そうに瞼を開けた佐藤も重たそうに両腕を伸ばすと、大泉の首に巻き付け縋り付いた。
「…………奇遇だな………………俺もだわ。」
それだけ言うと、悪戯っぽい笑みを見せて抱きついてくる。
こんな笑顔を見せられてはたまらない。まだ佐藤の体の中に収めたままの大泉の分身に血液が急激に流れ込み、じんじんと痺れてくる。
やや汗ばんだ佐藤の肌を撫で回し、唇を重ねて舌を吸い上げた。
「…ん? ……うっ…………んん………!?」
体の奥に埋め込まれた侵入者の異変を敏感に感じ取ったのか、佐藤が唇を離そうと藻掻いていた。
こうしている間にも腹の中に埋められた大泉の雄の部分は、どくどくと脈打ちながらその容積を増している。
「ば…ッ…………駄目だって…明日…っ…………仕事ッ!!」
慌てて抜け出そうと足掻くが両脚は開かれたままで、しかも楔を穿たれたままのし掛かられていては逃げることは不可能だった。
「……や………あッ……………お前何………考えてんのよ…っ…………」
悲鳴にも似た叫びを上げながら、大泉の肩に爪を立てるがビクともしない。
大泉といえば不適な笑みを浮かべながら、緩やかに腰を使いだした。
「―――――いいべや。俺、もう今日は我慢きかん…………お前が好きすぎて………もう、止まらんのよ……」
もう既に二回も射精しているというのに、まるで盛った高校生のように滾っている。
「明日は明日でなんとかなるべ…………な?」
そう言いながらぐいっと突き上げた。佐藤の中は先程放たれた大泉の精で満たされていた為、抽挿はかなりスムーズだ。
「や……………ぁ……あああああ……ッ…………」
佐藤は体を戦慄かせながら精一杯反らせた。
「―――――ほぅら、ココ………こんなにエロい声だして………」
口許に勝利の笑みを浮かべて緩やかに佐藤の弱い部分を抉り続けた。
「……は……あ……っ…ん…………止め…っ……………」
言葉は否定しているようだが、佐藤の表情はもはや蕩けている。
「……すっげえ……なまら気持ちいいよ、お前ん中………あったかくて……とろとろで………溺れそう。」
駄目押しのようにそんな言葉を耳元で囁き耳の中に舌をねじ込むと、佐藤はあっさり陥落したのか大泉の背に両手を回した。
「……………………………………責任……っ………とれよ…………」
そう呟くと紅い唇の端を釣り上げて、蠱惑的に微笑んだ。


 暫く正常位で攻め立てていた大泉だったが、ふと思いたって動きを止め佐藤の細腰に手を回した。
「ちょ…しげ、しっかり捕まってて………このまま起こすから…………」
それだけ言うと、抱き起こして抱え上げた。佐藤は座り込んだ大泉の膝を跨いだまま抱き閉められていた。
勢いで一旦抜けてしまったモノを下から再度侵入させようとしていた大泉の手を佐藤の手が制したてかと思うと、ソレを自らの手で自らの中へと誘導していく。
大泉に腰を支えさせたままゆっくり腰を落としていく様はエロティシズムの極致とも言えた。
――少なくとも大泉にとっては。
すっかり収めきってから佐藤は大泉に抱きついて自ら唇を重ねながら自分のペースで腰を上下させる。
「……………っ…く…………ん……ぅ…………」
その度に喘ぐ佐藤があまりに淫靡で、大泉は熱に浮かされたように見つめる。
自分からここまで積極的に受け入れて動いてくるのは初めての事だったからだ。
目の前で上下する胸元の蕾に唇を這わせ思う存分舐め回すと、佐藤の腕が大泉の頭にしがみつくようにきつく抱き締めてきた。
結合部からはいやらしい水音が一定のリズムで響いてくる。
今にも狂いそうになるのを必死で堪えた。
こんなに艶然と快楽を貪る佐藤を見せつけられると、獣のような欲望が背筋を貫く。
「……お前、エロ過ぎ………」
蕾を口に含んだまま、くぐもった声でそう呟くと大泉の雄をくわえ込んでいる佐藤の秘部がひくひくと大泉を締め付けた。思わず感嘆の声を漏らした大泉は、自分の膝の上で痴態に興じている佐藤の細腰を掴んでいた両手を滑らかな双丘へと滑らせ、がっちり鷲掴む。
今まで佐藤のペースに任せていた抽挿の主導権を奪い取るべく、自らの腰を盛んに動かして突き上げた。
「……ひ……っ……………あ………………ッ……………」
佐藤の口から悲鳴にも似た喘ぎ声が漏れ聞こえると更に大泉の動きは加速し、緩急自在に突き上げては掻き回した。
「……お……いずみ……っ…………………も…………………イき………そ……………っ…………」
甘い声で耳元に切れ切れに囁かれると大泉の呼吸も荒さを増す。
「イけよ! 全部ぶちまけちまえ…………おら…………ココ、泣くほど気持ちいいんだろ? ん?」
そんな言葉を吐きながら、入り口から腹側に向けてぐりぐりと突き上げると佐藤はたまらず嬌声をあげた。
「………や……………あ…ッ……………ああ……………ッ……………」
悲鳴を上げながら体を仰け反らせ、びくびくと体を戦慄かせる佐藤を更に攻め立てながら大泉は乾いた唇を舐めた。
こんなにも一途に自分の腕の中でいやらしく啼く佐藤が―――愛しすぎて、気が狂いそうだ。
ひくひくと蠢きながらねっとり絡み付いてくる佐藤の中を、狂ったように激しくに穿ち続ける。
明日のことも、女のことも、この瞬間全て消え失せていた。ただ、この濃密な時間を大事にしたかった。
二人でただ淫蕩な悦楽の中に浸っていたかった。
だが頂点はもう目と鼻の先にある。

背中に縋り付くように伸びていた佐藤の指先に力が込められた。ちりっとした痛みの中、膝の上の華奢な体がきれいに仰け反ったかと思うと目の前に真っ白な風花が舞う。
その瞬間、自分の体も戦慄きながら佐藤の体の奥に精を解放していた。



 「…………しげ、生きてる?」
頬や額に張り付いた髪の毛を指先で掻き上げて梳いてやりながら声を掛けてみた。
「………体、痛ぇ……なんかギシギシいいそう……………」
小さな溜息を吐いてから、佐藤が大泉の腕の中で小さく呟いた。
「―――悪かったよ……無茶苦茶やり過ぎた………久し振りに理性もくそも吹っ飛んだわ。」
そう言いながら少し身を起こし、軽い音を立てて額に唇を押し当てた。
佐藤は鬱陶しそうな目でちろりと一瞥したが、自分から唇を寄せてくる。
どちらからともなく唇を重ねた。
「今日は……ごめんな………」
ふと唇が離れた後、佐藤が呟く。
「お互い様だったな。」
そう言って笑いながら、大泉は佐藤の瞼に唇を押し当てる。
「馬鹿みたいにお互いに嫉妬してた―――――って事だ。」
そう言うと、もう一度唇に口付けようとして佐藤の手に遮られた。
「………解った! じゃ約束するべ!!」
そう言いながら大泉の唇に人差し指の腹を押し当てた。
「出来るだけ――――――」
言いかけてからふと口ごもり、大泉を真正面から見つめてきた。
「―――――俺もお前も出来るだけ、いや可能な限り! ……女には触らない! それで……どうだ?」
一気に言い終えて満足そうな佐藤を今度は大泉が正面切って見つめる。
「…………仕事に差し障りそうなときはどうすんの? お前も解ってると思うけど、閨で出てくる情報って……結構多いぞ。」
淡々とした口調でそれだけ言うと、大泉は佐藤の瞳の奥をしっかり見据えた。
佐藤はといえば、唇をへの字に曲げて何か言いたげだが言葉はない。言った本人も充分すぎるほど解っているからだろう。
「…………んなの…解ってるよ…………」
蚊の鳴くような小さな声で呟き、への字の唇をぎゅっと噛みしめた。
「………だから、出来るだけって…………言ってるべや…………」
更に消え入りそうな声で呟き、大泉の腕から抜け出すようにくるりと背を向けた。
「……しげ……………」
白い肩先と背中が闇の中にぼんやり光っていた。
向けられた背中がやんわりと拒絶を表しているようで、途端に大泉は慌てた。
「いや………いやいや、その………何て言うか、あくまでもそういうことが多いっちゅーか………」
自分でも何を言っていいのか解らなくて言葉を濁した。勿論どうすればいいかなど大泉にも皆目解らない。
ただお互い、理性と感情の狭間でどうにか折り合いをつけなければならないことは解っていた。
「しげぇ……」
そっと肩を掴み、両腕で大きく抱え込むように抱き締めた。
「………うるせえよ。」
佐藤が吐き捨てるように呟くと、大泉の腕に更に力が籠もった。
「…………ん……俺が悪かったわ………なぁしげ………こっち見て…………」
耳元で囁いてみるが、佐藤は大泉の語りかけを無視するように膝を曲げて抱え込むようにベッドの上に丸く縮まった。
「しーげえ……こっち向いてよ………」
上体を起こし、やや上から膝を抱えて縮こまる佐藤を見下ろした。まるで子供が拗ねているような格好の佐藤が愛しくてたまらない。
肩口に手をやり軽く揺さぶると、その手を自分の手の甲で小気味の良い音を立てて払った。
「うるせっつってんだよ! 大体、触るな!! 揺らすな!! 鬱陶しい。」
取り付く島も無いようだが、佐藤の声は明らかに震えている。
「………なーんでそんなに泣きそうなのよ? ん?」
耳元に囁いてからそっと耳たぶに噛み付いてやると佐藤の体が僅かに震え、慌てて耳を押さえながら起き上がった。
頬を紅潮させ、大泉に向き合った佐藤はやや目を紅くしている。
「………やっとこっち見た………この大バカタレが…………」
そう言うと大泉は佐藤の両頬を大きな手で包み込むようにして唇を重ね合わせた。
唇を愛しむように何度か啄みながら、額をぴったり付き合わせた。
「―――――――ゴメン、意地悪言い過ぎた………」
ほんの少し赤くなっている形の良い鼻先に自分の鼻の頭を擦り付け、もう一度唇を重ねてから言葉を続ける。
「……ホント、ごめん…………元はといえば俺がお前に八つ当たりしてたのに………」
そう言葉を紡ぐと、佐藤がそっと瞼を閉じる。黒々として長い伏せがちの睫毛がそこいらの偽物の睫毛よりもよっぽど艶っぽいな……などと不謹慎な事を考えてしまう。
「お前が俺の腕の中じゃなくて、女抱いてる方が………気持ちいいのか? なんて考え出したらきりがなくて――――どうしてもどうしても許せなくて。俺、本気で馬鹿みてえ。」
そこまで一気に言ってしまうと佐藤の指が大泉の二の腕をがっちりと掴んできた。
「だーかーら…………俺だって同じ! お前が………いくら仕事だからって可愛いねーちゃんを俺にするみたいにやらしい事やってんのか……って思ったら妬ましくて気が気じゃなかった。だからわざと俺、必要なくても積極的に女に手を出してた。お前に負けたくなくて。……いや、俺と同じようにお前に嫉妬させたくて。」
そこまで言ってから佐藤は大泉の両手を顔から外し、俯いた。
「だから……本当は全部俺が悪い! お前はいっこも……悪くない、俺が全部仕掛けたんだわ……」
僅かに肩を震わせて言い切った最後の言葉は消え入りそうな声だった。
「――――――――解った。」
大泉は暫く間をおいてからきっぱりと言い切る。
俯いていた佐藤には大泉の表情は見えなかった。大泉が怒っているのかどうかも解らない。声は一本調子でその中に意思を読み取れる情報は見当たらなかった。
僅かに体を戦慄かせながら、佐藤が顔を上げた。その顔からは血の気も表情も消え失せている。
「大……泉…………」
目の前の大泉の顔には何の表情も見当たらない。怒りも悲しみも全く感じられない。
そんな大泉の様子からやんわりとした拒絶の意思を察し、佐藤は大きく息を吸って呼吸を整えた。
「………わ……かった………………………今まで…ありがと…っ…………」
最後にはしゃくり上げてどうにか言葉にしたという感じだ。
泣くまいと顔を上に向け歯を食いしばった佐藤を、大泉はただ見つめている。目の前の佐藤の肩が小刻みに震えていた。
「………………………ええ……と……………佐藤さん?」
大泉は俄に悪童のような表情を浮かべてにんまりと笑っている。
「……なんかしらんけど勝手に独りで盛り上がって勝手に決めるの……やめてくれる? 鬱陶しいわ、お前。」
そこまで言うと、佐藤が目に涙を一杯溜めたまま呆気にとられた顔で見つめてくる。
「お……いずみ………?」
まだきょとんとしている佐藤の目から零れ落ちそうな涙をそっと舌先で舐め取った大泉が、何でもないような調子で「なによ」と返した。
「―――お前さあ………どうしてそう単純バカなわけ? いや、そこが可愛いっつったらまあそうなんだけど……いやいやいや、今言いたいのはそうじゃなくて。」
佐藤の二の腕をがっちりと掴み、胸元に引き寄せて長い両腕を佐藤の体に巻き付ける。
「何を勝手に解ってんの? 俺はあんたと別れる気は更々無いよ! そうだなぁ……別れるときはどっちかが死ぬときくらいじゃない?」
右手で佐藤の後頭部を撫でながらそう言ってけらけらと笑った。
「…………ホントに? お前…………怒ってんじゃねえの?」
腕の中の佐藤が蚊の鳴くような声で呟くと、大泉の腕に力が籠もった。
「怒んねーよ!! 不安や嫉妬は……さっき言ったとおり、『お互い様』だ。だからもう終わりにしようや……こんな事でお前の泣き顔見るのは………心臓に悪い。」
指先で佐藤の髪を弄ぶ。
「―――――泣き顔は、お前がイく時のだけで充分!」
そう囁くと佐藤の耳が一気に赤くなった。多分胸に押し付けられた頬はもっと紅潮しているだろう。
そんな事を想像しながら、髪をぐしゃぐしゃと触りもう一度強く抱き締める。
腕の中から小さな小さな声で『ごめん』と聞こえてきた。
大泉は満足そうな笑みを浮かべながら耳元で囁く。
「それ以上謝ると……もう一回犯すぞ………」
嘘偽りのない、今の正直な気持ちだった。




 眠い目を擦りながら大泉は自分の席で昨日の夜に森崎が纏めた筈のレポートを細かくチェックし、必要と思われる部分に訂正を入れている。といっても必要な部分が多すぎて、殆どやり直しに近いのだが。
全身を包み込むようなだるさに時折手を止め、ストレッチをしてみる。何せ明け方近くまで酷使していたのだから体が悲鳴を上げていても致し方ないことだ。
だるさに加えて襲ってくる鈍い筋肉痛と睡魔に耐えながら、目の前の仕事を片づけていく。時折思い出したように口許に意味深な笑みを浮かべているのを、向かいの席の森崎が時折首を捻って見ていた。
「……大泉……なした?」
森崎が思い余って尋ねてみる。
「いや〜別にどってことないッスよー。最近ちょっと疲れてるから、昼飯何にしようかな〜なんて考えていただけで。」
手を止めずに大泉が適当な言葉であしらったその時、朝一で外回りしていた音尾が忙しない音を立てて戻ってきた。
「音尾、只今戻りました〜! ……あれえ? 安田さんは解るけど、佐藤さんは?」
ホワイトボードの予定を乱暴に消しながらきょときょとと狭い室内を見回している。
「あー、なんか具合悪いって連絡きたんだよな? 大泉!」
森崎がデジカメの画像をプリンターから出力した画像を両手にどっさり抱えて会議室の扉をどうにか開けながら答えた。
「あ、ん…うん。」
気に掛けていない素振りで画面から目を離さずに返事する大泉に、音尾が自分の鞄を抱えて近付く。
鞄をどさりと机の上に置き、隣の席で目の下にくまを作って仕事をしている大泉を不躾にじろじろと見る。
「あ、そうなんだ………そうだ、ねえ大泉。」
音尾はいつ購入したのか解らないぬるくなった缶コーヒーを鞄から取りだして、プルタブを引きながら話しかけた。
「昨日ね、佐藤さん大変だったんだよー。調査相手の女がさぁ、すーげー厄介なタイプで。」
大泉の顔がぴくりと引きつるが、視線の下の指先はキーボードの上を滑るようにタイピングし続けている。
「あの人さぁ……見た目格好良くなったでしょう! でも最近全然色仕掛けとかしないって……知ってた〜?」
音尾がどっかりと椅子に座り込み、手にした缶コーヒーを飲みながら言う。
「………だから? 佐藤さんがどんな仕事のやり方してるかなんて、俺には全くもって関係ないね。」
やや苛々した口調で吐き捨てるように呟く。
「………………あれ? あれあれ? そんな事言っちゃって〜大泉さんったら、もう。俺、知ってんだから。」
途端に大泉の動きか止まり、それまで忙しなく響いていたカタカタという無機物な音が消え去ると、しんとした室内に音尾のコーヒーを飲み下す音と空調だけが響いていた。
「えーと、何を?」
事も無げに言う大泉の顔を音尾がにやにやしながら覗き込んだ。
「今日、佐藤さん休んだの………あんたが原因じゃないの?」
大泉が気をと取り直したかのように、再び無機物なキータッチ音を響かせる。
「……昨日ね、調査対象の女の子からなんとか証言引き出そうと、俺達で酒なんか薦めてたワケよ。そしたらその女がえらく酒癖悪くてねー……ホラ、尻が思いっきり軽いタイプっていうか。で、佐藤さんって見た目がいいじゃない!」
大泉は適当な生返事をしながらそんな話は全く気にならないといった風情で仕事を進めていた。内心、音尾が何をどこまで知っているのか気が気ではないのだが。
「女の子が佐藤さんに絡んじゃって大変だったんだよね、襟元にわざと口紅なんか付けられちゃったり。」
缶の中の最後の一滴を啜ってから音尾は大泉の様子を窺っている。
「でもあの人、何とか逃げようと必死でさー……可哀相だったよ。ま、そこはこの俺が上手く立ち回ったんだけどね。」
音尾は憎らしいほど爽やかな笑顔を浮かべながら、右手の親指を上に突き立ててそれをくいっと自分の顔に向けた。
横目でそれを盗み見た大泉は、小さく溜息を吐いてからようやく顔を音尾の方に向けた。
「お前は何が言いたいわけ?」
その言葉ににっこりと笑みを返した音尾はどこか幸せに満ちているように見えた。
「うん、だからあんたが勘違いして佐藤さんに無茶しちゃったんじゃないかなー? って勘繰ってた。それだけ。」
幸せそうな笑顔でさらりと言いのけた音尾に、大泉は一瞬呆気にとられてから大きく息を吸い、反撃に出た。
「は!? 意味が解らん。なして俺が佐藤さんの仕事に関わることで無茶をしなけりゃならんのじゃ。大体、しげが……………」
そこまで言ってしまって慌てて口ごもる。目の前の音尾はさらに満面の笑みだ。
「ほらー……今自分でバラしたっしょ、あんた。『しげ』なんてここじゃあ誰も呼んでない……よね?」
大泉は見る見るうちに顔を紅潮させ、今日は一段とぼさぼさになっている癖毛を両手で掻きむしった。
「…………あーっもう!! だから何だってんだ!? 俺が佐藤さんをしげと呼ぼうがバカと呼ぼうが勝手じゃねえか! お前に何が関係ある!?」
やや壊れ気味の大泉をひとしきり見つめてから音尾が口を開いた。
「うん、そうだね。でもあの人見てたら大泉はちゃんと知ってんのかなー……とか心配だったんだよね。二人とも子供みたいにすげえ意地っ張りみたいだし。」
そう言って笑う。
「あ、誰にも言ってないよ。二人が付き合ってるなんて。」
事も無げに言う音尾に呆気にとられる大泉。
「いや……あの付き合ってるっていうか、そんなんじゃ………」
大泉が耳まで赤くしながら口ごもると、今までにこにこと満面の笑顔だった音尾の表情がすうっと冷めていくのが見て取れた。
「……何? 違うの? ……じゃあ聞きますけど、佐藤さんの首筋にいつも執拗に付けられてるキスマークもあんたのせいじゃないって言うの? 見えないところ狙って付けてたみたいだけど、モロバレだよあんなの。」
音尾が能面のような顔で畳み掛けるように言葉を続ける。
「二人して同じシャンプーの匂いさせてたり、最近言葉遣いまで二人共そっくりになってることもしらばっくれるつもり? ねえ。」
大泉は暫く口をぱくぱくさせていた。
「……………佐藤さん、ホントに本気で大泉のことが好きみたいだよね。じゃあ、大泉はどうなの?」
音尾の口調は淡々としていた。まるで自分のことのように詰め寄ってくる。
「いや……だってアイツ、積極的に女抱いてる……って昨日も言ってたし………悪いけど音尾の言うことが本当かどうかどうにも信用出来ん。」
大泉は意を決したように言葉を続けた。
「でも、それはそれとして。お前の疑問に答えるわ。」
耳まで赤いまま、ゆっくりと言葉を口にする。
「確かに俺はあいつのことが大好きだ。ずっと一緒にいられればいいと思ってる。だからあいつが女を嬉々として抱いてるとか思ったら気が狂うかと思ったわ。」
両手で前髪を乱暴に掻き上げ、再びぐしゃぐしゃと掻きむしった。
「―――だから、あんたはそんなに目の下にくま作って、佐藤さんは仕事休まなきゃならんようなくらいの事をしたの?」
音尾の表情が少し緩んで軟らかい笑みを浮かべている。
「………ああそうだよ! って言うか、そんな事なんでお前に言わなきゃならんのじゃ!!」
大泉は再び耳まで赤くしながらキーボードの上に掌を叩き付けていた。
途端に鳴り響くエラー音。
慌てて画面を覗き込んだ大泉は今度は真っ青になっている。
「…………ごめんね、大泉。こんな突っ込んだこと、こんな時に聞いちゃって。でも昨日あれからすっごく心配でさ。佐藤さんってばあんたから電話かかってきた後、なーまらパニック起こしてたから……」
音尾はまた真面目な顔になったかと思うと、真面目な顔のまま自分の鞄に手を突っ込んでごそごそと探っている。やがて柔らかな笑みを湛えて困惑気味の大泉の目の前に缶コーヒーを突き出してきた。
「……はい、あげる。これでも飲んで一息入れなよ。」
差し出されたのは先程音尾が飲んでいたものと同じ銘柄だった。そしてやはり全く冷えても温まってもいなさそうだ。
どんな顔をして良いのか解らなくて、目を逸らしがちに缶を受け取り、口をつける。
ぬるいコーヒーはやたらに甘く感じられるが、その分どこかほっとさせてくれた。
「…………あり…がとう。」
決まりが悪くてぼそぼそと呟く。
「いやいや、コーヒーくらいどってことないべや〜。大体俺と大泉の仲だろう! 折角の同期で親友じゃあないか!」
音尾は目を細めながら、自分も二本目のコーヒーを手に取り、あっと言う間に口をつける。
―――一体何本鞄の中に入れているんだコイツは……。
そんな事を思い、やや呆れ気味で音尾をまじまじと見つめてみた。
そう言えば音尾もよく首筋に歯形やら生々しいキスマークを付けて歩いていたりする………って、まさかもしかして―――音尾も!?
そういうこと!?
大泉は思わず口を開けて呆然としていた。頭の中は疑問符で一杯だ。
「なに? どうしたの大泉? あれ、もしかして親友って言っちゃいけなかった?」
音尾は不安げな顔をして大泉の顔を覗き込んできた。当然ながら今日も襟のすぐ下に生々しい赤い痕跡が残されている。
「………大泉?」
音尾は早々と飲み干した缶を机の上に置き、小さな溜息を吐いた。
「解ったよ、そんなにイヤなら親友は撤回するよ。」
しんみりと呟いてくる。
「音尾……くん? キミさあ、やけにしげ……佐藤さんに肩入れしてっけど……っていうか、お前その首筋!!」
大泉が目を白黒させながら叫ぶと、音尾は何でもないことのような顔をして、ちらっと自分の肩の辺りに目をやり、にっこり微笑んだ。
「あれ? 見えちゃった? うんそう。俺も……誰かさんみたいに「大好きだ、ずっと一緒に居よう」って言ってくれる人が居るよ。」
事も無げにさらりと言いのけた。
「……それはやっぱりその……女の子とかでは…………ないってことか………?」
途端にきょとんとした表情をしてから豪快に笑い飛ばす音尾。
「そうだね。そういうことだね。だから俺、佐藤さんにやたら感情移入しちゃったんだわ! わはは…そうだよね、これって親友にも言ってなかったっけね。」
今度は大泉が呆気にとられた顔で目を瞬かせていた。そんな大泉には一向に構うことなく、音尾の話は続く。
「だけど、お前と佐藤さんのこと確信したの昨日の夜だったし………いや、安田さんは結構前から気付いていたみたいなんだけどね。」
最後まで言い切って満足そうな顔をしてから、音尾ははたと気付きましたという顔をして、口を開けた。
「―――――――それは何か。その相手とやらはよもや…………うちのボス…なの!?」
音尾は口を開けたまま何度か頷いた。大泉は全身の血の気が付引くような思いだ。
なんでこんな特殊な部署に、特殊な関係の人間が集まったのか? いや、特殊な業務内容だからこそ、なのか?
そんな事が頭の中をぐるぐる回る。
それにしても音尾がまさか安田と――――。
考えるだけでも想像できない。そういえばいつだったかやたらメシを食いに行っただの何だの言っていた時期があった様な気がする。
大泉は額に手を当てて考え込んでいたが、ふと隣の会議室で作業している森崎の存在を思い出した。
今の会話がまさか筒抜け―――とは考えにくい。狭いながらもこの一帯は防音には気を遣っている筈だ。ましてや会議室内で交わされる会話の内容など、絶対に他の部署に漏らすことなど出来ない。
そうは言っても万が一ということもある。
慌てて大泉は立ち上がり、会議室の扉を開けた。胸の動悸が激しくなり締め付けられるような嫌な感覚を覚える。
扉をそっと開けると、森崎は一心不乱に画像をテーブルの上に敷き詰め、それを眺めては何か悩んでいる最中のようだ。
「あの……森崎さん………」
森崎は下を向いたまま顔を上げようとしない。
「森崎さん?」
再度呼びかけてみるが反応はない。
「ふふーんふ〜ん…んん……んふーんふんふん!」
何やら調子外れな鼻歌を大きな声で歌っている。
よく見ると、両耳にしっかりと何かのイヤホンが接続されている。
何のことはない、最近買ったばかりの携帯音楽プレイヤーを使って何かを聞きながら作業中のようだ。
それを確認し、即座に会議室を出た。
背中にじっとりと嫌な汗をかいていて未だに動悸が激しい。
「……大泉さん?」
音尾は自分のPCを立ち上げていたところだが、心配そうに振り返る。
「いや、いや……その、今の会話が隣に聞こえてないかどうか確かめてきた。」
音尾がハッとした顔をする。
「ごめん………まさか森崎さんに聞こえてたの?」
大泉はにっと笑って指先で小さく×を作る。
その時、入り口の扉が勢い良く開かれた。
「………遅くなりました〜………」
佐藤がやや血の気のない顔でフラフラしながら入ってくる。
「あれ? 佐藤さん休みじゃなかったの!?」
音尾がびっくりしながらも近寄った。
「おう、休もうかと思ったんだけど……音尾だけに任せちゃ悪いと思ってさー……ま、ちょっと休んだら動けそうだったしな。」
血の気のない顔で力なく笑うと、生来の色白が益々際立っていた。
大泉は音尾の隣に自然に腰掛けてあれやこれやと仕事を始めだした佐藤を見ていたら、先程貰って口にしたコーヒーを思い出していた。
ほんのり甘くてほろ苦い、そしてやけにほっとさせてくれるような……今はまさにそんな気分だった。
「おっし! やるか!!」
気合いを入れて立ち上がり、腕をぶんぶん振り回しながらそう叫ぶと、音尾と佐藤がそれぞれちらりと視線を投げてくる。
そのそれぞれが当然ながら妙に意味深で、苦笑いをしながら着席し画面を覗き込んだ。
「…………………消えてる。」
真っ暗になったな画面をしみじみ見つめ、がっくりと項垂れた。
そういえばついさっき激昂に任せてキーボードを叩き付けたような。
その時にはずみで強制終了してしまったらしかった。先程手直ししていた分ははたしてどこまで保存してあっただろうか……?
こうなっては仕方がない。もういいや、と腹をくくる。
「おーい、音尾としげ! 早いけどメシ食いに行くべ!! いよーし、音尾にはあの人との経緯、全部吐いて貰うからな〜。覚悟しとけ〜!!」
気炎を上げた大泉に状況を把握しかねている佐藤と、やや顔を紅潮させた音尾。
「奢り?」
「ああそうだよねー、大泉に奢って貰おうぜ!」
二人は笑いながら口々に言い、机の上を片付けだした。
この際、会議室内の既婚者には黙っておこう。多分混乱するばかりだ。
そんな事を思いながら大泉も机の上を片付けて、二人の肩に両手を置いて歩き出した。





 「………あれ、誰も居ない。」
「あ、そうか………昼休みか…………」
遅い出社の課長が誰も居ない室内を見回した後、独りひっそりと呟いていた。






* お戻りの際はブラウザを閉じませう *






随分とご無沙汰してしまいました。
お久しぶりで御座います。
ようやく柊様のキリリク60606、出来上がりました。

なんかしらんけど今回はいつも以上にトラブル続出(笑)
書き出すのも遅かったのですが、
ある程度書いては消し、書いては消し…を繰り返しまして。
で、ようやく出来た〜と思ったら
ビルダーにコピペした途端、何やら宇宙語へと進化されましてね。。。or2


何のことはない、普段ワタクシは長文には一太郎を愛用してましてね。
それがちょっと調子悪かったので、じゃあワードでいいや…
なーんてワードで長文作成して、出来上がった物を
ビルダーに載っけたら、ワードの設定で上書きされまくって
エラーが出たみたいですよ。
そんで宇宙語に文字化けした、と。


なにやらうれしーじみた文になってきましたね(笑)


それにしても久し振りのいちゃいちゃ43は楽しいですな。
相変わらずベタな設定と、砂吐く程にゲロ甘〜い。

存分に楽しんで頂ければ幸いで御座います。







08/06/20 UP

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