『神』などと云うもは、信じていない。人並優れたものを『神業』と言うが、人知に努 力が積み重ねられた結果であり、人を神と崇めるのは、他力本願に他ならない。己から は何一つ動かずに、何かを与えてくれるのを待つだけの都合者だ。
しかし、習慣的な神聖視と云うものは、誰もが意識しない内に抱いているもので……。
たとえば、食堂に行けば、いつでも作りたての料理が食べられる。これは、ごく当た り前の事だ。が、定時の間、料理を出し続けるためには、その準備や食材の管理、確保 など、それこそ、眠る間も無い程の忙しさに違いない。
季節や行事、日替わりのメニューを、老若男女の舌と胃に合わせて提供する。それが、毎日だ。
まさに『神業』と言うべきだろう。しかも、食べに行く側は、厨房の者は四六時中、 調理場に居るものと認識を定着させている。
早い話、年中無休の、モーニングから夜食まで。頭で『大変な仕事』と常識付けても、 『食堂だから』と当然視。出来て当然と云うのは、ある意味、万全視に近いのではない か?〃やる気と生き甲斐〃で、疲れも忘れる天職と。
しかし、動いているのは生身の人間なのだ。
どのような場でも、不眠不休で平気な筈がない。どこかで、休む間が必要な筈だ。
が、習慣的な神聖視は、相手に休息が必要と云う常識を欠落させる。
『大変な仕事』と頭で感じても、それが務めの人だから。訪ねる時間は昼夜問わずで当 たり前。
そんな調子で、誰も彼もが押しかけて来たとしたら。一体、この人は、いつ休んでい るのだろう?
深夜。池のほとの樹木に寄りかかって……仮眠と言って良いのだろうか?同盟軍唯一 の軍医の姿を見つけた時、シュウは無意識の神聖視を改めた。
大きな戦が終わり、新たに副軍師も加わって、軍務政務は落ち着きを見せた頃であった。
しかし、久々の夜の散策に、戦の尾は未だ引いたままと……。頭では、分かっていた のだ。
医療に必要な物資の手配は、最優先で己が手がけた。
診療所のベッドが足りず、隣の道場や、そこに続く板間、廊下も、ことごとく臨時の 収容所にした。
許可を出し、設備を整えたのは全て己だ。……書類の上で。それが、己の務めだから。
負傷者を見舞いもしたし、概況の報告書にも、目を通している。
ならば、負傷した者を昼夜無く看続け、委細を報告する側の者は?
それが務めの者なのだ。己とて、己の務めの為に休息を削っても、誰にも文句は言わ せない。
おそらくこの医師も、同じ考えなのだろうが、〃休憩〃している事実を、単純に〃不 思議だ〃と感じてしまったのだ。
急患は深夜が多い。ケガ人に休日は無い。いつ訪れても、診療所には慈愛に満ちた笑 みが、待ってくれている。
無論、医師とて生身だ。食事もすれば休息も取るだろう。頭では人の常識と分かって いたが、感情では……診療所から一歩も出る事のない、飲まず食わずでも平気な存在の ように、思っていたのかもしれない。
無意識に、神のようなものに視ていた。
芝生に腰を下ろし、幹にもたれている医師の顔は、月のように青白く。素人目でも、 かなりの憔悴が分かる。
神であろう筈がない。
各々の務め、と……割り切ってしまえばそれまでなのだろうが、シュウはその場を離 れられなかった。
もっと、ちゃんとした寝所で。いや、それとも、そろそろ夜風が冷たい。上着の一つ でも、掛けてから去るべきか。
時間にして寸刻。ほんの一瞬に近い凝視だったが、思案するシュウの目を、真っ直ぐ に医師が見返した。
「……っ……」
軍人並の鋭さに、シュウは絶句して立ち呆ける。確かに、先刻までの医師の気配は、 眠っていたのだ。
そんなシュウを横目に、医師は立ち上がって身を正し、いつもの柔らかい笑みを向け て来る。
「……ホウアン、先生……」
無様にも、言うべき言葉が喉で痞えた。普段は不摂生の仕放題の己が、同じ事を、そ れも医師に向かって告げるのは、何か憚りが大きくて……。
「こんばんは。軍師殿」
窓から漏れる明かりに。その声音にも表情にも、先までの疲労は欠片も残っていない。
「あ……、ああ。どうも……」
シュウらしからぬ。切れ切れの返事に、ホウアンはその手を彼の頬に添える。
「この度の戦はお疲れさまでした。ちゃんと、休んでいらっしゃいますか?」
「は…、はあ。その……」
それを問いたいのは己だ。が、医師を前にすると、視、ではなく診られているような 錯覚に捕らわれ、がらにもなく神妙になってしまう。
「そろそろ夜風が冷たい。お風邪など、召されませぬよう」
微笑みと共に会釈を残し、診療所へと戻るホウアンの背を見詰めながら。
誰かの身を案じるとは、こう云う事なのか。理屈や立場を考える前に、ただただ、 〃休め〃と言いたくなった。
神ではない。万能でもない。己の身を削って倒れては、元も子も無いではないか。そ して、ふと。いつも己が副官に言われている事だと気付き、シュウは小さく苦笑した。
それが何かの足しになるとは、微塵も思っていない。しかし、今夜もまた……シュウ は池のほとりを歩いていた。
あの時。
診療所の気配が一番察しやすいこの場所で、他者の目から隠れるように……。あれで、休んでいると言えるのだろうか?
医師の事が気掛かりで、かといって、直接診療所に入ることも出来ず。
遠まわしに、窓の下の散策が日課になっていた。吐く息は既に白く、凍てる星空は身 に染むようだ。
診療所には、まだ小さな明かりが灯っている。臨時の収容所は撤去され、部屋のベッ ドにも空きが出てきた。それでも、医師の多忙は終わらないのだろうか。
誰も居ない池のほとりに、暫し佇んでから。戻ろうとしたシュウの耳に、微かな談笑 が飛び込んできた。
場所は、診療所。
「…………」
こんな、夜更けまで……。
後先を考えるよりも先に、足が動いていた。診療所の扉を叩くと、柔らかな返答が返ってくる。
「はい。どうか、なさいましたか?」
迎えでた医師の笑みは、無条件で全てを〃大丈夫〃と納得させる慈しみそのもので。
一瞬、此処に来た目的を忘れかけたシュウだが、すぐさま我に返る。
診療所に居るのは、包帯こそ取れていないが、己の足で歩き日常生活をこなせるよう になった者たちばかりだ。
テーブルには、お茶と茶菓子まで。どう見ても、この場には不要なものばかり。
「おまえ達……」
「皆さん、軍師殿が御見舞いに来て下さいました」
言いさしたシュウの、次の言葉を俊敏に察したホウアンが、慌ててその言葉尻を攫う。 「さあ、どうぞ」
にこやかに促されては、立てた険も収める他なく。そのまま、シュウはお茶の輪に引っ張り込まれてしまった。
不詳ゝながら、茶器を口にする。
「…………」
その身を、ほんのりと温めてくれる、不思議な香とまろやかさ。外を歩いて冷え切っ ていた己を思い出し、あっという間に器を空にする。
「どうぞ」
「あ、どうも……」
我ながら間抜けだとは思うが、お茶を出されたタイミングのせいだと……良い訳する よりない。
とりとめない兵士たちの雑談を聞きながら。こんなにも、心地よい空間があったのか、と。
雑談なら何処でもできそうなものだが、この安心感は何と言えば良いのだろう?
医師は、言葉少なく。ただ、兵士の話に耳を傾け微笑んでいる。
たった、それだけの事のように思えるのに、誰もが、今のこの時を離れ難く感じてい るような。
兵士たちに、へやへ戻って休むよう言い付けるつもりだったシュウも、黙と腰を落ち 着けた。
安堵感と、名残惜しさと。そして、大きめのポットが空になる頃……。誰からともな く診療所を辞し。思い出したように静寂が降りてきた。
「ホウアン先生」
部屋に他者が居なくなるのを、待ち構えたように。片付けを始めたホウアンに、シュ ウは語尾も強く呼びかけた。
「はい」
とぼけている、と云うのではない。シュウの言いたいことは、分かっているのだろう。
柔和に受けられ、再び論旨を見失いそうになったが、辛うじてシュウは持ちこたえた。
「夜間、急患以外の者は、立ち入りを控えさせます」
事務的に告げるシュウに、ホウアンは、ただ、頷いた。
「軍師殿なら、そうおっしゃると思いました」
口調は穏やかだが、表情と言い回しは堅い。揶揄された感に、シュウは眉根を寄せて 押し黙る。
「軍師殿のお気持ちは、有り難いのですが……」
対処は一方的だが、シュウが己の身を案じてくれての発言である事は、ホウアンにも 分かった。
「ですが、この軍を支えているのは、名も無き兵士の方々一人一人。私は、その方達が 少しでも心安らかに、健やかに過ごせるよう助力したいだけなのです」
「ホウアン先生……。しかし、彼らの傷は、殆ど治っていたではありませんか。どうし ても気晴らしがしたいのなら、何も診療所でなくとも……いえ、それより、治り際であ れば、猶のこと安静にしていなくてはならないのでは?こんな夜中まで、しかも只でさ えお忙しい先生をつき合わせて……」
確かに、兵士たちの気持ちは分かる。だが、お茶を楽しむのなら、陽のある内でも良 いではないか。食事や、午後の時間が有るのだから。
そんなシュウに、ホウアンは曖昧な笑みを向ける。
「先生……」
普段のそれとは違う、微かに憂えた笑み。
「『死を夢見ると、そのまま、目覚められない気がする。だから、眠るのが怖くて堪らな い』……身に負う傷より、内面的に受ける傷の方が直りが遅いのです。どうぞ、診療所 はこのままに……」
「差し出がましい事を言いました。許して下さい」
頭を下げかけたホウアンを止め、シュウは即座に詫びた。
「とんでもありません。軍師殿のおっしゃっる事も正しいのですから。時間を決めて休 息を取り、私情を抑えて打って出なくては戦にはなりません。もし、この場が戦場なら ……私も彼らをテントへ帰すでしょう」
テーブルを拭き終わり、向けられた笑みは、いつもの微笑。誰に対しても等しく、無条件の安堵を与えてくれる……。
戦に傷つき、癒しを求める者には、何にも代え難い精神的な妙薬だ。
「先生……」
だが、シュウは、池のほとりのホウアンが忘れられない。
では、医師の負担は?誰が軽減してやれる?
「でしたら何か……他に、必要な事があれば……」
「軍師殿?」
「近隣から、医術の心得の有る者を募りましょうか?設備は?足りていますか?……いや、それじゃ駄目だな。皆、先生に会いに来ているからな。時間をもう少し……」
「軍師殿。結構ですから」
半ば笑いながら、一人思案を走らせるシュウを、ホウアンは呼び止めた。
「私にはトウタも居ますし、他にも、診療所を手助けして下さる方は沢山居ます」
「ですが、ホウアン先生……」
それでも諦めないシュウに、ホウアンは小さく息をついた。
「……厄介な方に、厄介な所を見られてしまったものです」
池のほとりで、シュウに見つかってから。遠巻きにこちらの様子を伺う彼を、頻繁に 目の端に留めるようになった。
正直、ホウアンも、ここまでシュウが己に気を掛けてくれるとは思いもよらず。嬉し さ半分、困惑半分の心境だ。
「なぜ……です?軍師殿?」
「え?」
「己の務めに己を顧みないのは、貴方が先達ではありませんか。私も、何度フィッチャーさんやクラウスさんに泣き付かれた事か」
「……それは、その……」
お互い様の者同士。水掛け論も平行線も、まず、予想していた事だ。
「今日は、自分のことは棚に上げて来ました。私は今、先生のことをお話ししているん です」
「…………」
この上なく稚拙で、この上なく完璧な良い訳。子供のこねる駄々に、理屈が通らない のと同じように。今のシュウの理論は、どこを突いても崩せない。崩しようが無い。開 き直られてしまっては……。
苦笑しつつも、ホウアンは諭す言葉を捜し出す。しかし、物資も設備も本当に充分な 配慮を受けており、人手も足りているのだ。
本拠地には当然ながら野戦を経験した者が多く、彼らの現場での処置や技術には、こ ちらが教えられる事も少なくない。
診療所内も、清掃・他、衛生面は、有志奥様方の心づくしが行き届いている。
部屋に視線を走らせながら、シュウを伺えば。何か条件を出すまで、帰りそうにもな かった。じっと、こちらを凝視している。
「私では、先生のお役に立てませんか?」
困って目を伏せてしまったホウアンに、シュウが詰め寄るように。
「何でも言って下さい。すぐにでも手配します」
「軍師殿……。今は、これと言って思い付きませんので、また、後日改めて……」
「いいえ。そのまま放念されてしまっては困ります。今、聞かせて下さい。ちょっとし た案のようなものでも構いませんので……」
「軍師殿……」
心底困り果てて。しかし、己の言葉を待つシュウは、常に周囲から畏怖を抱かれる彼 とはまるで違い……。奇妙に、胸の底をくすぐる。
「何でも……宜しいのですか?」
「はい。どうぞ」
「では、こちらでお願いします」
「?」
診療所のランプを取り、ホウアンは奥の自室へとシュウを促した。特に疑問を持った 風も無く、シュウは初めて招き入れられる医師の部屋を、物珍しげに見回した。
その後ろで、ホウアンは普段は掛けない鍵を下ろす。
ランプを部屋の中央のテーブルに置くと、やや、灯を小さくした。
「それで、ホウアン先生。どういったお話で?」
先に椅子に腰掛けて。問うてきたシュウに、ホウアンは微笑だけを返す。
「先生?」
部屋の隅の棚の前で。手甲を外し、脚絆を外し。次いで帯、上掛け、きもの、と。
見る間に襦袢一枚になり、素足で床を踏むホウアンに、シュウは椅子を鳴らして立ち 上がった。
「せ……先生……?」
思わず後ずさってしまったが、その白い姿に目が釘付けになる。
「野暮は言わないで下さいね。何でも、とおっしゃったのは軍師殿ですから。けれど、 勿論、貴方にも選ぶ権利はありますから……。お嫌でしたら、お引取り下さい」
眼鏡を外し、寝台の側の小卓に置くと、ホウアンは視線だけをシュウに向けた。
「長くは、待ちませんから」
「ホウアン先生……」
だが、シュウの足は動かない。
余りにも意外で……。そう、医師以外の誰かであれば、疑問なく誘いに乗ることも出 来ただろうが……。
なぜ、ホウアンが?
冗談や戯れにしても、内容が突飛すぎて彼の人物像と結び付かない。
医師とて生身の人間と。頭で理解していても、無意識の神聖視と云うのは、思ったよ り深く根付いていたようだ。
人の自然な営みを医師が求める事が。その相手に、己を定めた事が。
卑下ではなく、分不相応に感じられて……。否、誰を以ってしても、彼の横に立つに は役不足ではないか?
「無理なお願いをしてしまったようですね。どうぞ、お戻り下さい。軍師殿」
固まったように動かないシュウに、さして気にした風もなく。ため息のような吐息に、 シュウは弾かれたようにホウアンの元は駆け寄った。
「いえ、あの、ホウアン先生……」
しかし、その手はホウアンに触れることなく。
「その、……先生……」
ホウアンに恥は掻かせたくない。が、その存在の崇さに迷いが纏い付く。
「無理は、なさらないで下さい。好みは誰にでもあります」
「いえ、そうではなくて、……」
ホウアンの、くだけた口調は親しみやすいが、どうしても、己の中に定着した医師の先入観が拭えない。
「あまりにも、意外で……。先生が、こんな事を……その、……」
濁した言葉だが、医師は表情の無い笑みで、シュウの言わんとする所を察した。
「他者に秀でた知力と才覚を持ち、天に頼らず人の世の命運を担う貴方が、私をそのよ うに見るのですね」
「…………!」
冷水を浴びせられたように、シュウが息を呑む。
神など信じない。似たものを創り上げて崇める輩を、己は厭っていた筈なのに。
神がかりに己を信望して来る者は、はっきり言って願い下げだ。そんな風に見られる 嫌悪感も、己は知っていたのではなかったか?
ああ、だから。
ホウアンの側にある安心感を、シュウは悟る。彼の慈しみは、一切の肩書きも柵みも 取り、個、そのものに与えられるものだからだ。
しかし多くの者は、個の感謝ではなく、崇拝に近いものを医師に返しているのだろう。 先刻までの、己がそうであったように。
「すみません……ホウアン先生……」
今度は、迷うことなく。シュウは懐中に医師を抱き寄せた。
襦袢を通して触れた身は、外から見るよりも細く。かと言って軟弱と云うのでも無い。適度に鍛えられた弾力が伝わってくる。
心地よい……。
素直に、シュウはその温もりを受け止めた。
神であろう筈が……ないのだ。
「軍師殿、そろそろ……」
「はい……」
長い抱擁に、うっすらと頬を染めて。ホウアンが寝台に入る間に、シュウも衣服を脱 ぎ捨てる。
「椅子のガウンを、使って下さっても結構ですよ」
「お借りします」
元々ゆとりを持たせて仕立ててあるのか、さほど窮屈さは感じない。裸身にガウンを 羽織ったシュウは、寝台の際で立ち止まった。
迷いは無くなったが、小さな疑問が、まだ残っている。
ホウアンが誘ってくれたと云う事は、己が彼の憂いを取り除くべきで。こうなると同 性の場合、特に男であれば……。〃どちら〃で満足感を得るかは……。
「軍師殿?」
中途半端に立ち尽くすシュウに、ホウアンは訝しげな視線を投げる。
「ホウアン先生。本当に、……宜しいので……?…」
「軍師殿、」
思わず半身を起こしたホウアンに。
「いえ、そういう意味ではなくて、ですね……」
もう、愚かな先入観は消え去った。寝台に腰掛け、シュウはホウアンを抱き寄せる。
「つまり、ですね……私が、その…。それとも、先生が……あの、……」
言いにくそうに口ごもるシュウに、ホウアンは小さく肩を揺すって笑った。
「軍師殿の思うように……して頂けますか?」
その言葉で、微かに張っていたシュウの肩の力が抜ける。素直と言えば素直で、また、小さくホウアンは笑った。
「先生?」
「いえ、何でも……ん、……」
途端、積極的に。唇を合わせたままホウアンを寝台に押し付け、シュウは全身でその 身を抱き締めた。
「軍師殿……」
一頻りの口付けが終わり、甘い吐息のように。漏れ出たホウアンの呟きに、ふと、シュウは動きを止める。
「〃シュウ〃と。ホウアン先生。貴方が誘って下さったんです。あまりにも味気ない」
吐息の触れる程の間近で囁き、返事は待たず、再びその唇を啄ばんで。
「シュウ……殿……」
身に掛かる重みと、布越しに触れられる手の熱さと。繰り返される口付けの合間に、 熱を込めてホウアンは答える。
「先生……」
おそらくは、無意識と習慣だ。己を呼ぶシュウに、
「〃ホウアン〃と。シュウ殿。成る程、味気ないですね」
思わず、声に笑いが乗った。
「これは、どうも……」
シュウも笑いながら。
「……では、ホウアン殿」
「はい。シュウ殿」
ランプの小さな灯に。薄橙に染まる部屋が、密のように蕩りとした空気に包まれる。
心で呑む寒露は、甘く過ぎると云うことが無い。どんなに甘くても足りない程だ。
「シュウ殿……」
水密のように。雫るホウアンの吐息に、シュウもまた。身の内に湧く、甘い波の溢れ るまま……熟果の如く肌身に、我とわが身を没頭させていった。
Gさんからいただきました小説です(*´∇`*) 大人な雰囲気たっぷりで、Gさんの単語の一つ一つがとっても艶っぽいんですよね。 誘い受けなホウアン先生も矛盾なく無理なくすんなり受け止められました。 シュウ相手のホウアン誘い受けは難しいと思うんですよねー。素晴らしいです。 本当に本当にありがとうございました(mm*) |