陽光


        戦が終わり、残された傷跡から街も人も立ち直ろうという生き生きとした活気が今、ミューズを包んでいる。
        顔を照らす陽射しの眩しさにシュウは目元に手を掲げ光を遮った。
        夏が近い。空の青さが濃い色になっていた。
        「しかしよくこんな手狭な家に男二人が暮らしていたものだ」
        さきほどから止まることもせず慌しく動きまわるホウアンにシュウは声をかけた。
        そこでホウアンは足を止めるとゆっくりシュウへと顔を向ける。
        手伝いもしない男に少し腹を立てているようだった。
        「トウタはまだ幼いですし、ここは食事と寝るためだけに使っていたのですからこのぐらいで十分なんです。」
        知らずと言葉が刺々しくなる。
        表情に嫌味をたっぷり含めてホウアンは続けた。
        「あなたの家は豪華でしょうけど、それと比べてしまえばどこの家も簡素になりますよ。」
        文句を連ねてからまたホウアンは手伝いもしない男を無視して慌しく動き始めた。
        「なにやら刺のある言葉だな…。」
        そう言うと手持ち無沙汰なのか、シュウはまだ片付けられていない棚から薬瓶を手にとるともてあそび始めた。
        そんなシュウを見ていたホウアンがシュウの隣に立つと薬瓶を奪い箱へと入れ、シュウに言った。
        「お暇ならシュウどのも手伝って下さい。」
        シュウの言う通り簡素な狭い家ではあるが、職業柄薬瓶や書物などが多い。思ったよりも時間を食っていることにホウアンも少しは焦っているのだろう。今日、ホウアンは昼食すら取っていない。
        そんなホウアンを思ったシュウが渋々手伝い始めても荷物の整理が終わったときはすでに日が傾き始めていた。



        コロネに一泊し、翌日船に乗ってラダトについたのは昼を少し過ぎたばかりの頃だった。
        ミューズよりも南にあるため、人も街も空気もどことなく暖かい。
        船から下りて橋を超えると土壁に囲まれた豪奢な家が見えてきた。
        そこで二人立ち止まる。
        「噂通りの……。」
        ホウアンはシュウの自慢していた家に驚くまいと思っていたが、隣に立つシュウに聞こえるほどに驚きの息を飲んだ。
        「これからここがお前の家だ。」
        そう言ってシュウは木戸を開け中に入る。
        玄関へと辿りつく前に左右に小さな庭があり、季節の木々が植えられていた。
        あの男が樹木などに興味などないと思っていたが、それはとても趣味の良い庭だった。ホウアンがまたも息を飲む。
        「なにをしている。入るぞ。」
        立ちすくむホウアンに焦れたようにシュウが声をかける。
        小走りでシュウの後を追ったホウアンの目に真っ先に入ってきたのは積み上げられ壁をつくっているホウアンの荷物だった。
        「これを見ると溜息しか出んな…。」
        旅の疲れもあるのだろう。シュウは小さくそう言うと奥へと進む。
        簡単に一通り家を案内され、ホウアンは思った以上の広さに驚愕した。
        見渡せば、置かれている家具も高級品のようで部屋の中に溶け合いながらも己を誇示している。
        交易商とはこんなにも儲かるものなのかと、ホウアンはシュウを仰ぎ見た。
        その視線とシュウの視線が絡まる。途端に二人だけの時間を持て余すかのようにシュウが短く咳払いをした。
        「片付けは明日にしよう。飯でも食いにいくか。」
        なにかを打ち消すようにシュウはそう言うとホウアンの背を押し、街中にある酒場へと向かっていった。



        二人が家に辿りついた時は吹く風が涼しくなり始めた宵の口だった。
        「川が近くにあるからでしょうか。夜になるとぐっと寒くなりますね。」
        春を過ぎてはいたが、夏には少し遠いこの時期は寒暖の差が激しい。
        薄手の服のままで出てきたホウアンが己の体を両手で抱いた。
        「寒いのか?」
        さして店から歩いてはいないが、酒も入っているため夜の空気は冷たく感じる。
        だが、少し間を置いてからホウアンは「いいえ」と答えた。
        門をくぐり、先ほども見た庭の木々に目を移す。
        日の光の下で見る木々と、月の下で見る木々は違うように思えた。
        「そんなに珍しいのか?」
        立ち止まったホウアンに気付き、シュウが近づきながら声をかける。
        「えぇ、この庭は見事です。お互いを邪魔せず、しかしここの木々たちは誇りを持っているかのようで…。」
        咲き終えたのか、これから咲くのか、残念なことに花をつけている樹木は一本もなかったが、だが艶のある葉を称えている木々は見事だった。
        「ならこっちにこい。もっとすごいものを見せてやる。」
        小さくそう言うとシュウは歩を進めた。家の中に入ると次々に扉を開け、最後にほのかに白々としている螺鈿細工を模様された飾り戸を勢い良く開けた。
        ホウアンの目が見開かれる。
        そこは先ほどの庭とは比べものにならないぐらい広い庭だった。月の光が降り注ぎ、真昼のようにすら思える。
        そして月の光に応えているのか、燃えるような花房をたたえた藤棚がホウアンの目の前にあった。
        名の通りの藤色と、今宵の月のような真っ白い藤の競演。
        ホウアンの逸る気持ちは足早にその藤棚へと近づくことで昇華された。
        「素晴らしいです!見てください!こんなにも房が長く!」
        甘い香りのするその花房を手に取りホウアンがはしゃぐ。それを見ていたシュウもホウアンの元へと歩み寄った。
        「それは前々からここの家にあるらしい。俺が来たときにはもうすでにあったよ。」
        「こんなに見事な藤棚は私も見たことがありません。素晴らしいですよ!」
        同じ言葉を繰り返してホウアンが熱っぽく語る。
        だが、一拍置いてから不思議そうな顔をしてホウアンがシュウの言葉を反芻した。
        「これは前々からあったのなら、先ほどの木々は…シュウどのが?」
        眼鏡の奥のきょとんとした瞳に見つめられ、シュウがゴクリと唾を飲みこむ。
        「いや、俺は…園芸には興味がない。」
        一歩身を引いてから本当に興味なさそうにシュウは返す。
        門から庭に見向きもせず素早く玄関へと抜けるこの男を思って、ホウアンも心の中で「そうだろう」と頷いた。
        「ではなぜ?」
        ホウアンに詰め寄られ、観念したかのようにシュウが咳払いをしたあと喋り出した。
        「お前が花が好きだと言うから庭師に頼んで植えてもらったのだ。俺は花のことなど一切わからん!」
        少しばかり頬を赤らめている男にホウアンが蕩けるように微笑んだ。
        「そこまで歓迎されていたのですね。私は。」
        不器用な男に愛しさを噛締めながらホウアンが言う。
        嫌なこの場の空気から逃げ出すためか、シュウがホウアンの腕を取り力強く引いた。
        「寝室を案内する。早く来い!」
        その声とともに中庭から屋根付きの渡り廊下へと戻り、一際奥まった場所の寝室と思わしき離れへと二人は向かった。


        その部屋は一番奥まったところにあるとしても静かでそして荘厳だった。
        たっぷりとした天蓋から流れる絹織りのカーテンは写真で見た西洋の寝台を思わせた。
        「シュウどのはお一人でこのような寝台で寝ていられたのですか?」
        ホウアンが少し詰まりながらもシュウに訪ねた。
        「そんなはずないだろ。お前がくるから二人で寝られるものを発注した。」
        シュウという男は口から出る言葉と心で思っているものが違うらしい。
        自分を迎え入れるために用意を怠らないこの男にホウアンは先ほどからにやけ始めた顔に平静を保たせる事が困難になってきていた。
        そんなホウアンにシュウも気付き始めているのだろう。
        この部屋に備えられている浴室へとホウアンを呼びつけると先に風呂に入るよう命じた。
        「この浴室も私好みにかえてくださったのですか?」
        からかうようにホウアンが言う。
        シュウは何も言わず踵を返したが生花が生けてある花瓶や香油の瓶が並ぶその浴室も癒しを重んじるホウアンの好みになぞられていた。
        纏っている服を脱ぎ落とし、何時の間に張られていたのだろう、浴槽にたっぷり注がれた湯に浸かる。
        もったいないほどに湯があふれ、湯煙が白く浴室を染めた。



        湯から出たときにはシュウは部屋着に着替えており、柔らかな寝台に寝転び本を読んでいた。
        まだ少し濡れている髪の毛を拭きながらホウアンが寝台へと腰掛ける。
        用意されていた薄い絹で出来ている夜着を着てはいるが、仄かに湯上りの上気した赤味のさす肌が見て取れる。
        シュウは息を殺すようにホウアンの背中を見つめていたが、やがて小さな咳払いとともに本へ視線を戻した。
        「シュウどのは入らないのですか?」
        夜の静寂に凛と張る声。聞きなれている声なのに胸が跳ねる。
        シュウは本を袖机に置くと上体を起こした。
        「言われるまでもない。お前は先に寝ていて構わん。」
        言ってから寝台から降りようとしたところでホウアンがボツリと呟いた。
        「二人きりが…こんなにもどかしいものだとは思いませんでした。」
        体を捩りシュウへと顔を向ける。
        触ればしっとりと吸い付いてきそうな白い肌が蝋燭の光に照らされ陰影を浮き立たせる。
        シュウは一度、大きく唾を飲み込んだ。
        「城にいたときから二人きりになってはいたのに、どうして今はこんなにも鼓動が高まり早鐘のように鳴り響くのでしょう。」
        少し早口に捲くし立ててから、ホウアンは頬を薄紅に染め俯いた。
        「先に寝ていろとは…つれない…。あなたはもっと強引かと思いました。」
        目元にも朱を散らせホウアンがシュウを流し見た。
        その視線を受け止める前にシュウは弾かれるかのようにホウアンを抱きしめる。
        二人の重みを受けた寝台が軋み、何度か揺れた。
        角度を変え、何度も何度も深くホウアンの口唇を奪う。
        甘い酒のように頭の奥が痺れ、だがもっと貪欲なまでに舌を啜る。
        濡れた音が響き、二人の息遣いが荒くなり、裡からの熱に焼かれる。
        体に渦巻く熱を吐き出すためか、解けた口付けの後でホウアンが赤いベルベットの舌を覗かせ甘い息を吐き出した。
        「俺を誘って…覚悟は出来ているのだろうな。」
        言葉と裏腹に余裕などないのだろうか、シュウがホウアンを掻き抱きながら聞いた。
        「覚悟など…幸せに胸が押しつぶされそうです。」
        喘ぐようにホウアンが返す。
        衣擦れの音が激しくなり、二人が寝台に深く沈む。
        結んでいる紐を解くと花弁が綻ぶようにホウアンの体が露になった。
        息継ぎすらままならないまま、ホウアンはシュウの名前を呼ぶ。
        伸ばされた指がホウアンの頬をたどり口唇に触れ、その後にもう一度まだ熱の冷め遣らぬシュウの口唇が降りてきた。
        甘い唇を軽く歯でかみながらホウアンの凝る胸の飾りに指を這わす。
        愛撫を待っていたかのように震え反応したそれは艶やかに色を増していった。
        誘われるように口唇を下ろしていく。
        シュウの口唇の軌跡が僅かに熱を冷まし、ホウアンは「あぁ…」ともう一度喘ぐと辿るように指でなぞった。
        まるで珊瑚のように艶めきながらシュウの愛撫を待ち受ける凝りを舌先で舐めあげる。
        ただそれだけでホウアンの身体は跳ね、素直な黒髪が揺れる。
        なお一層高まる鼓動と吐息、そして湧き熾る熱を感じ取り、シュウが更に下へと口唇を這わせた。
        せわしなく上下に揺れる腹部を辿り、白い肌に映える艶やかな茂みを越えると、すでに露に濡れ形を成しているホウアンの花芯をシュウは口に含む。
        熱い濡れた感触に尾を引くような溜息がホウアンから漏れる。
        先端を吸い上げ、舌をなぞらせながらもう一度深く含む。
        ホウアンの甘露が溢れ出し、シュウの唾液と混ざって敷布を湿らすまでになっていた。
        「あぁ…もう…もう……。」
        哀願は鳴き声だった。
        その白い身体を蛇のようにくねらせ、ホウアンは敷布に波を作っていく。
        爪先が丸められ、くぐもるようにホウアンの鳴き声がまるでシュウに奏でられているかのように、とめどなく零れる。
        意識が飛び始めホウアンの閉じられた目蓋が細かい痙攣を繰り返す。
        その時シュウの口唇が放された。
        「うぅ…。」
        塞き止められ落胆の色を浮かべたホウアンの吐息は、今度は泣き声だった。
        「今日はいつもより素直なのだな。」
        感じている全てを晒すホウアンに対してシュウが微笑みながら囁く。
        揶揄の言葉だとはわかっていながらも、ホウアンは恨めしい視線でシュウを睨むしかなかった。
        「そろそろ良いだろう。」
        濡れた蕾を慣らすように指を埋める。
        いきなりのシュウの行為に身体がビクンと反応するが、すでに呼吸に合わせヒクついていたそこはもうすでにシュウの指すら飲み込み始めていた。
        「早く…あなたを…。」
        言ってからホウアンは薄く開いた目でシュウを見る。
        シュウが驚き目を見開いてから細めて笑った。
        「お前に全てをくれてやろう。望むなら…全てを。」
        シュウが腰を落としホウアンへと分け入る。
        空気を裂くように息を吸い込んだホウアンだが、シュウの口付けに徐々に力を抜いていった。
        小刻みに寝台が軋る。
        奥まで入れてしまうとシュウは汗を浮かべているホウアンの額を拭った。
        「動くぞ」
        シュウの問いかけにホウアンが緩く頷く。
        膝裏に腕をあてがうと腰が浮き、最初から深くシュウは突いてきた。
        「あっ!あぁっ!」
        シュウの律動に合わせホウアンの口から声が漏れる。
        奥を行きかうシュウの熱と、包み込むホウアンの熱が溶け合い始めるとその声は色めいたものになっていった。
        「あぁ…ぅ……ん…。」
        首に幾筋か張り付いた黒髪が卑猥にホウアンを彩る。
        シュウを締め付ける部分が奥へ奥へとシュウを誘い、シュウからも声が漏れる。
        伸ばされたホウアンの手がシュウの手に重ねられる。
        指を折り合わせるとホウアンはそこで安心したかのように微笑んだ。
        「幸せにしてやる。ずっと。誰よりもだ…。」
        シュウが途切れながらも誓うようにホウアンへと言う。
        口付けるために身体を引き起こすと楔の位置が変わりホウアンは引き絞ったような嬌声を放った。
        その声すらシュウの口付けは飲み込む。
        下腹部が波打ち、重く痺れ甘く疼くとホウアンは尾を引く喘ぎとともにオパールの飛沫を放った。
        吸い上げるようにホウアンの中がざわめきシュウを締め付ける。
        「ウッ…」
        くぐもった呻きを漏らし、シュウもホウアンの中へと放った。
        突き上げ奥まで届くよう熱い奔流を注ぎ込む。
        膝がガクガクと揺れ、シュウの熱に焼かれながらホウアンもまだ残る熱の余韻に身を焦がされた。



        朝だと気付いたのは差し込む光がホウアンの頬を照らしたから。
        いや、遠くから駆け寄ってくる足音のせいか。
        ホウアンは気だるいまま片肘をつくと上体を起こし耳をこらした。
        「先生!ホウアン先生!」
        聞き覚えのある声と足音が近づき、勢いよく扉を開けた。
        「先生〜!お久しぶりです!」
        飛び込むように寝台へとむかってきたトウタがホウアンに抱きつく。
        驚いたホウアンがことの詳細をしるには少し時間がかった。

        「人の家に勝手に入り込んできて!」
        目を爛々と輝かせるトウタの後ろでシュウが溜息を一つついた。
        そんなシュウを見ながらホウアンも微笑んだ。
        「トウタ向こうでは元気にやっていますか?」
        ホウアンが推薦した高名な医師の元でのことを言っているのだろう。トウタは考える事もせず大きく返事をする。
        「はい!皆さんよくしてくれてます。」
        それからシュウを見てトウタは続けた。
        「でも先生と離れるのはやっぱ寂しいです。」
        そしてまたホウアンへと抱きつく。
        シュウが大きく咳払いをした。
        「逃げ出してきたわけではあるまいな。」
        シュウの問いかけにトウタが嫌味を含め返した。
        「そんなことあるはずないじゃないですか。ホウアン先生に会いに行くと言ったら気持ち良く送り出してくれましたよ。」
        トウタのその声色にシュウの眉がひそめられる。
        そんなシュウの気持ちを知ってか知らずか、ホウアンがトウタの頭をなでると懐かしいように目を細めながら微笑んだ。
        「まだ片付け終わっていませんが、ゆっくりして行ってください。」
        ホウアンの言葉にシュウが驚いたように反応したが、パクパクと動いた口からは言葉は出てこなかった。
        「トウタ、着替えるので、先に客間のほうへ。」
        ホウアンは視線で扉をトウタに示す。
        シュウもその後ろで大きく何度も頷いた。
        「嫌だなあ、先生の裸なんて見慣れてますから着替えてくださって構いませんよ。」
        ホウアンへの言葉なのにトウタの視線はシュウへと投げられる。
        シュウが組んでいた腕を外すとトウタの耳をつかんだ。
        「いいから来い!」
        痛いと喚くトウタを半分引きずる形でシュウが部屋から出て行くとあっという間に部屋が沈黙に塗り替えられる。
        ホウアンは一度短く笑ってからまだ甘さと痛みと重みの残る腰を持ち上げた。
        昨日の月の名残なのだろうか、太陽にしては白すぎるその光の中で、昨日の藤が燃えるように咲いていた。
        窓辺によると微かにシュウとトウタの声が聞こえる。
        川辺からせせらぎが聞こえてきて鳥の囀りが重なるように美しく旋律を奏でる。
        これからシュウとの二人の生活が始まる。
        ホウアンは大きく伸びをしたあと着替えるために自分の荷物を解き始めた。
        夏前の緩やかに流れる時間の中での出来事だった。

         

         

        ホウアン嫁入り小説です〜。
        これからどうなっていくのーこの三角関係(笑)。

         

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