「よーし、今日も頑張りますか!」


そんな独り言を言いながら、はテニスコートの鍵を開けた。
スミレからテニス部の手伝いを頼まれたときに、自由に鍵を開けていい許可を取ってある。

「へへ、誰もいないテニスコートっての、一回味わってみたかったんだよね」

大学が早く終わったときの、ひと時の楽しみ。
早速てけてけとコートに入る。
そして、いつものようにごろんと寝転がる―――はずだった。

「あ、あの……」
「ん?」
さん……です、よね?」
「?」

ふと横を見ると、すぐ横でおさげの生徒が、真っ赤な顔でこちらを見ていた。
一目見て、スミレの孫娘の咲乃だと分かった。

「うん。きみ、スミレばあちゃんの孫の咲乃ちゃん、でしょ?」
「あ、えと、…は、はい……」
「どうかした?私に何か用事だった?」
「あ、あの、……そのぉ………」
「へ?」

精一杯優しく話し掛けても、咲乃はもじもじして話そうとしない。
ますます分からなくなるは、起き上がって、咲乃を見上げた。

すると。

「あのっ……さん、そのっ…え、越前リョーマくん……とは……」
「え?越前って…」
「リョ、リョーマくんとはっ……その、どういう―――」


「ちわーす」
「おりょ?」

咲乃がそう言いかけたとき、入り口から部員の声がした。
掃除が終わった生徒らしい。
向こうを見ると、レギュラーメンバーもぞろぞろ集まってきている。
その中には、話題に上ったリョーマの姿もあった。

「んで、リョーマくんがどうしたって?」
「あ、あの、やっぱりいいですっ!すみません!!」
「え?あ、ちょっ……」


止める間もなく、咲乃は走っていってしまった。
遠目にもその顔は真っ赤だ。

一人取り残されたは、困ったような顔でその後姿を見るより他になかった。


「ねえねえ、スミレばあちゃん」
「監督とお呼び」
「……か、監督……」
「やけに言いづらそうじゃな…まあいい。何だ?」

ベンチに入りながら、は選手のフォームをメモしつつ、隣のスミレに話し掛けた。

「さっきね、監督のお孫さんと話したんだけどさ」
「咲乃とかい?」
「うん」
「何を話したんだい」
「それがねえ…」

はあ、と溜息をついて、は「何を話したかったのか分かんないんだよねえ」と零す。
その言葉に、スミレはピンときて、の耳に口を寄せた。

「…越前のことだろう?」
「!!ば、ばあちゃん、実は気づいてたっ!?」
「しっ!声がでかい!」
「あ……」

咄嗟に制されて慌てて声を顰めながら、はひそひそと話を続ける。

「私だって女だからね。最も、あの子を見れば一目瞭然だがね」
「…ほえ〜…さすがばあちゃん。伊達に女してないね」
「伊達にとは何じゃ」
「あ、すみませんです、はい」

スミレに睨まれて、は慌てて頭を下げる。
ふん、と鼻を鳴らした後、スミレはにやっと笑って、を見た。

「しかし、あの子もお前に話しにくるとは、相当あの王子様に熱を上げているようだね」
「へ?」

きょとんとしたに、スミレは留めとばかりに言い切る。

「とぼけるんじゃないよ。伊達に女はしてないって言ったのはお前だろうが。お前と越前のことくらい、当の昔に気づいているわい」
「なっ………何で!?」
真っ赤な顔で、が身を乗り出す。
スミレはからかうように笑って、焦らしながら話していく。

「鈍感なお前はともかく、越前を見ればね。お前が居るときはボールの回転が速くなる」
「…すんごい動体視力……」
「ありがとうよ」

すっかり呆気に取られて、はぽかんとこの女監督を見た。
それから、リョーマの方を見る。


―――…………。
―――……
…!

目が合った。
思わず顔を背けてしまってから、はふと、あの真っ赤な顔の少女を思い出したのだった。



「今日も無事終わりっ……と」
「遅い」
「ん?」

後片付けが終わって伸びをしながら校門を出ると、不機嫌そうな顔でリョーマが立っていた。
一瞬、の胸が何処か高鳴る。

「何してたの」
「何って…片付け。ごめんね、遅れちゃって」
「早く行こうよ」
「了解〜」

にっこり笑って歩き出したとき、不意にの手がリョーマの手に触れた。
その冷たさに、思わず顔を顰める。

「冷たっ!て、手袋とか何かないの?」
「忘れた」
「…だからこんなに冷たいんじゃん…」
が遅れなきゃ、ここまで冷たくなんなかったんじゃないの」
「う…そ、それは……」

途端に口ごもるを見て、リョーマはにやりと笑って手を上にもってきた。
そして。

「うっひゃあっ!!」
冷たい手で、遠慮なくの頬を包んできた。
余りの冷たさに、は思わず声をあげる。

「つ、つ、冷たいってば!」
のせいでこうなったんだから、責任取ってよ」
「こんな責任の取り方あるかー!」
「あ、そうそう」

震えるに知らん振りをしながら、リョーマは更にとぼけた顔で話し出す。

「俺、手の他にもう一箇所、冷たくなったとこがあるんだけど」
「な、何……?こ、断っとくけどもうほっぺたはやめてよね!」
「へえ……ほっぺは嫌なんだ?」
「当然!」

の言葉に可笑しそうに笑って、リョーマはすいっ、と顔を上げ―――唇にキスをした。

「へっ………」

一瞬混乱したように目を白黒させてから、は真っ赤になってリョーマを睨む。

「だって、ほっぺは嫌だって言ったの、だろ」
「そ、そう言う意味じゃないでしょっ!じゃあ何、唇が冷えてたとか言うわけ!?」
「当然」
「〜〜〜っっ………」

何も反論できない。
仕方なく文句を堪えながら、は大人しく隣に並んで歩き出した。


暫く歩いたときのこと。

「ねえ」
「ん?何?」
「何で今日、目、そらしたの」
「今日って?」
「練習中」
「あ…」

リョーマの言葉に、は思わず声を漏らした。
ついで、あのときの会話が生々しく蘇る。
咲乃の、真っ赤な顔も。

「べ、別に…」
「竜崎さんと練習前に話してたけど、何か言われたの?」
「ま、まさか!!」

自分でもわざとらしいくらいに声をあげて、はリョーマを見た。

「あの子はいい子だよ、うん!将来きっと美人になるし、気立ても良さそうだし!」
「………で?」
「で、って……いや、その……」

―――何言ってんのよ私は……。

彼女もリョーマを好きな、言わば恋敵。
その株を売り込むなんて、本当にどうかしている。
それでも、あの必死な様子を思い出すと、そう言わずにはいられなかった。

「ただ、その…いい子だよ、と言いたいだけで…」
「………まあね。頭も悪くなさそうだし、努力家らしいし、より気立て良さそうだよね」
「うっ……」

分かってはいたが、こういう場面でいわれるとぐっさりとくる。
言葉を無くすに、リョーマは立ち止まって、真っ直ぐ視線を向けてきた。


「でも、俺は以外好きになる気はないよ」
「………え?」
「何吹き込まれたか知らないけど、それだけは言っとくから」
「リョーマ…君…」


何だか胸のあたりが温かい。
うっかりすれば涙が出そうなくらい感動していると、リョーマがおもむろに手を差し出してきた。

「ん?」
「手」
「手?」
「寒いから、手貸して」

そう言って、の手を強く握る。
相変わらずのぶっきらぼうな愛情表現に笑いながら、は再び隣に立って歩き出した。



 

 

 

 

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久々の更新がこれですか。
主人公、やけにアホがはいってんな〜と思いつつあっぷ。
友人に言われました。
「お前に似てきてんじゃないの」

・・・まじ・・・??


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