| 彼について知っているのはごく僅かだった。 彼は凄腕のスリ師であり、名うての犯罪者でもある。 17歳のダニー・オーシャンが彼について知っていることと言えば、この位で。 しかし、そんな事はどうでも良かった。 彼が『ボビー・コールドウェル』であること、それだけがダニーにとって意味を持っていた。 そう、ダニーはボビーに『首ったけ』だったのだから。 There's Something about Bobby. つけられているのは酒場を出た時から気付いていた。 ふらりと入ってきた流れの若造がカードで少なくない額を得て無事に済むとは考えにくかったから、どこかで仕掛けてくると踏んでいたが、相手はどうやら店内で騒ぎを起こさない分別は持っていたらしい。 『面倒だな…』 すぐに突っかかってくる手合いよりは頭が回るとなると、やり合うにしろ撒くにしろ簡単には済みそうに無く、溜息をついた。 「待ちな。勝ち逃げってのはよくねぇなぁ、坊主」 「………」 2ブロックほど行ったあたりで掴まれた肩。が、殆ど予想どうりのタイミングで驚きは無かった。 「なぁに、怖がるこたねえ。坊主は知らねぇようだからな、ここらのしきたりをちょいと教えてやろうってだけさ」 無言を怯えと取ったらしい相手に促されるまま、細い路地に踏み込みながら退路を確保するために辺りの立地を素早く頭に叩き込む。 そして、内心で舌打ちをした。 『気配が増えた…思ったより早い』 「…金は返すよ」 呟くように口火を切る 「はっはぁ!それだけで済むと本気で思ってんのか?メデタイ奴だな!」 言いざま突き飛ばされ、前に立ちはだかった男たちの一人にぶつかり、大きな手に顎を捉えらえられ上向かされる。 「賭けたのは 「くっ…」 不自然な態勢のせいで体が軋む。 その男は初めに肩を掴んだ男よりも幾分年嵩のリーダー格の男で、ほんの数十分前にポーカーの卓を囲んでいた男、つまりは自分が今夜のカモと定めた男だった。男の頭からつま先までを値踏するような視線は体を這うようで、気分が悪くなる。 それでも不快感を内心に押しとどめ、顔には怯懦の仮面を貼り付けたまま相手の手の内を、出方を探る。 『相手は4人、手持ちのカードは…』 さり気なくジャケットの裾に触れ、ポケットの中身を確かめる。 『これ 無いよりはましと思うことにして、打開策の検討を始めたその時。 いきなり事態は動いた。 周りの男たちも、そして自分も思わぬ方向へ。 「それは仕舞っておけ。合図したら振り向かずに走れ」 そう囁くように告げたのは突然割り込んできた、千鳥足の男。 見ず知らずの他人を信じたのは初めてで、自分自身疑問に思ったのは無事に逃げおおせた後だった。 全速で駆け抜けた余韻で荒い息をなだめつつ、改めて隣を見る。 「気前…良いな」 「何?」 「振りかけるには勿体ないってこと」 街頭に照らされた顔には少し見覚えがあった。 「良い酒飲んでたろ、カウンターで」 「ほう、気付いてたのか」 「今思い出した」 「はははっ!面白い坊やだな」 完全な子供扱いにこっちは面白くない。 でも、この男の機転で危機を脱出できたのは事実だから、いわゆる『恩人』ということになるのだろう。 思い返すに、あれは完全な"ブラフ"で そして一際鮮やかな 「1、2、3…くそっ。4つ目は見えなかった。凄いな、あんた」 「そこまで見えたのか。いい目をしてるな。だが引き際が甘い。だから危ない目に遭うんだ」 自分に嘘を付く 「俺も奴等と変わらないぜ?狼を信じるなよ、 「駄目だね。脅したって無駄だよ」 「嫌がる相手をどうこうできる人間じゃないね、あんたは」 「あんたが言う、『危ない目』ってヤツにはうんざりするほど遭ってる俺の目は確かだよ?」 「…ったく、ああ言えばこう言う!減らない口だな!」 してやったり。 「じゃあ、決まりってことでよろしく。俺はダニエル・オーシャン。あんたは『ボビー』で良いんだよな?」 先刻あんたの知り合いがそう呼んでたし。 |