「…どうか、したんですか?」 夕飯の支度をしている所を、薪を拾って帰って来たジュードにじっと覗き込まれ、 一体どうしてしまったんでしょう…と、ユウリィは訝しんだ。 こんな風に横で見ていられると、トントン…と軽快な音を立てて材料を刻んでいた手も 止まってしまうというものだ。 (もしかしたら、すごくお腹が空いてしまったんでしょうか…) 考えられる理由はそれしか無い、と思い至ったユウリィは、にこやかにジュードに言った。 「もうすぐ出来ますから…つまみ食いは、やめて下さいね」 「ええッ!?そんなんじゃないよッ!」 あらぬ疑いを掛けられてしまったジュードは、慌ててそれを否定した。 「じゃあ、どうしてなんです?」と問いたげなユウリィの視線に負けて、彼はぼそぼそと理由を話し出す。 心もち、恥ずかしそうに。 「…ユウリィってスゴイなぁって思って。 こんなに簡単においしい料理を作れるなんて、まるで魔法みたいだ」 どこか幼いジュードの言葉に、彼女は悪戯っぽく笑いながら言った。 「あら、私は"魔法使い"なんですよ、一応。パラディエンヌなんですから…」 アルノーのような攻撃魔術こそ使えないけれど、世間的には"魔法使い"と呼ばれるに相応しい回復術の技量を 彼女は備えていた。 その事に思い至り、ジュードは頬を染めながらぽりぽりと頬を掻く。 「ええっと…」 「それにしても、アルノーさん達遅いですね。なかなか材料が揃わないんでしょうか…?」 「…?」 首を傾げるジュードに、ユウリィは内心「しまった」と思った。 「えっと、ジュードってどんな食べ物が好きなんですか?」 何とか誤魔化さなければ…と、慌てて話題を変えようとした彼女の意図には気付く事無く、 ジュードは「うーん」と考え込んだ。 「えっとね、シエル村にいた頃はよくベリーをおやつにしてたよ。あと、料理ならシチューが好きかな…」 よく母さんが作ってくれたんだ…と、急に彼は暗い顔になった。 その様子を見て、ユウリィはまたしても「しまった…」と臍を噛む。 ジュードの母親・エセルダは、先日のガラ・デ・レオンの爆発に巻き込まれて、 他の村人達と共に亡くなってしまった。 よりにもよってあんな形で唯一の肉親を亡くした彼に掛ける言葉など無く、 アルノーもラクウェルも、そして自分も腫れ物に触るようにして彼に接している。 皆、身内を亡くす辛さはあの戦争で嫌と言う程思い知っていたから。 今日はジュードを元気付ける為にささやかなご馳走を作ろう…と、彼が席を外した隙に3人で決めていたのだった。 (ごめんなさい、アルノーさん、ラクウェルさん…) せっかく腕を振るおうと思ったのに、これでは逆効果だ。 まさかジュードにその事を話す訳にもいかず、ユウリィはひとり落ち込んでしまう。 彼女の沈黙を別の意味に取ったのか、ジュードが慌てて声を掛けて来た。 「心配しないで、ユウリィ。僕、もう大丈夫だから…」 何とか笑おうとしているその様子が、かえって痛々しい。ジュードは優しい人ですね…と、ユウリィは微笑んだ。 「…あの、さ…ごめん、ユウリィ。これは皆にもなんだけど、あんな事言っちゃってホントにごめん。 僕だけが辛い訳じゃないのにね…」 「あんな事」とは、きっとドラゴンフォシル採掘場で皆に投げ掛けた言葉を指すのだろう。 確かに、戦争で家族を亡くした3人に向けたものにしては少々思いやりに欠ける発言だったけれど、 その時の彼の気持ちを慮れば責められたものではない。 彼を安心させたくて、ユウリィはゆるゆると首を振った。 「大丈夫ですよ、皆も分かっていますから。家族を亡くすのは、辛いものですよね…」 だから、こんな戦いは早く終わらせてしまいたいですね。 言外にそんな事を滲ませてユウリィが言うと、ジュードはようやく笑顔を見せた。 「僕の手は、ユウリィみたいに怪我を治したり、おいしい料理を作ったりする事は出来ないけど、 ARMを使う事は出来るんだ。この手で、母さん達が願った未来を創れるならって思うよ…」 彼がぎゅっと握り締めた右手に、ユウリィはそっと自らの両手を重ねた。 彼女のものよりもやや小さな手のひら。こんな手で、ジュードは今までを戦い抜いて来たのだ。 (出来ますよ、ジュード…私にとっては、あなたが"英雄"なんです…) 枢密院の手の者に捕らえられて色々な事を諦め掛けていた時に、ふと丸窓から顔を覗かせた少年。 初対面なのに「必ず助けるから」とまで約束してくれて、その約束は今も生き続けている。 その時から今に到るまで、彼は自分のせいでこんな事に巻き込まれているのに、 自分には不平一つ洩らそうとはしなかった。 (私も、ジュードのように強くなれますか…?) なれたらいいな、とユウリィは思った。 今まで彼がそうしてくれたように、今度は自分が彼を守ってあげたい。 ユウリィがずっと手を握っていると、ジュードは決まりが悪そうに言った。 「…ユウリィ、そろそろ2人も戻って来るんじゃないかな。夕飯の支度はいいの?」 「あっ、いけません。忘れてましたッ!」 彼女は急いで即席のかまどの方に戻った。 まだ火には掛けていなかった為、幸いにも大事には到らなかったようだ。 (ご馳走を焦がしちゃったら、今度こそ言い訳出来ませんよね…) ホッと胸を撫で下ろして、彼女は夕飯の用意を再開した。 そんなユウリィの後姿を横目で見ながら、ジュードは彼女の温もりが残る手をじっと見つめていた。 (やっぱり、ユウリィの手は魔法の手だ…) だって、手だけじゃなく何だか心まで温かくなったような気がする。 すごいなぁ…と感心する彼は、まだそう感じる理由には気付いていなかった。