赤ずきんちゃんは、ベッドに横になっているおばあさんのようすがいつもとちがうものですから、 びっくりして言いました。 「おばあさん、どうしてそんなにお耳が大きいの?」 「そりゃあ、おまえの声がよく聞こえるようにさ」 「おばあさん、どうしてそんなに大きな目をしているの?」 「そりゃあ、おまえの顔がよく見えるようにさ」 「おばあさん、どうしてそんなに大きな手をしているの?」 「そりゃあ、おまえをよーくだきしめられるようにさ」 「おばあさん、どうしてそんなにお口が大きいの?」 「…そりゃあ、おまえを食べてしまうためさッ!」 言うが早いか、おおかみは赤ずきんちゃんに飛びかかり、ペロリと食べてしまいました…。 「なーに読んでるんだ、ジュード」 「あ、アルノー…」 不意に上から掛けられた声に、ジュードは思わず顔を上げた。 いかにも子供向けな絵本を読んでいたという気恥ずかしさから、彼は手元を隠そうとしたけれど、 アルノーはすかさずその絵本のタイトルに目を走らせる。 「『赤ずきん』…?お前、こんなの読んでたのか?」 「いいじゃないかッ!僕、こんな本はあんまり見た事なかったから、つい…」 あからさまに呆れた顔をするアルノーに、ばつが悪くなったジュードは真っ赤になって言い訳をしたが、 彼の興味は別の部分へと向いたようだった。 「絵本を見た事がない…?あんな、閉め切られた平和な村でか?」 地上の荒廃とは無縁なのどかな村を思い起こし、アルノーは首を傾げた。 戦火で多くのものが失われた地上の街に比べ、シエル村の豊かさは水準以上だった。 また、ジュードの子供らしい無邪気で真っ直ぐな性格を見れば、村でただ一人の子供である彼が 大人達にとても大事に育てられてきた事が良く分かる。 天気の良い日に木陰で、もしくは就寝前に、母親や他の女性達に絵本を読み聞かせられている光景などは、 容易に想像できるのに…。 そうアルノーが言うと、今度はジュードが困ったように首を傾げた。 「って言ってもさぁ…絵本自体あまりなかったんだから、仕方ないよ。 何か、色々と小難しそうな本は沢山あったけどね。 それにサミュエルさんやメイベルさん達が、たまに色々な物語を聞かせてくれたから、 全然そういう話を知らないって訳でもないし…」 この話も聞いた覚えがあったんだ…とジュードが懐かしそうな顔をすると、 アルノーは何とも言えない気まずい気分になった。 (オイオイ…またあんな顔をするのはやめてくれよ?) 次の瞬間、悲しげに俯くジュードの顔が目に見えるようでいたたまれなくなる。 離れ離れになってしまった母親達を想い、悲しげに表情を曇らせる彼はもう見たくなかった。 何とか話題を変えたい一心で、アルノーは自慢の頭脳をフル回転させる。 「そうだ、そんな話で良かったら、俺がいくらでもしてやるぞ?」 何せ渡り鳥をしてる間にいろんな話を見聞きしたからな…とアルノーが胸を張ると、 ジュードは「もう間に合ってるよ…」と苦笑した。 確かに、現在彼らが巻き込まれている事態に比べれば、おとぎ話など生温いにもほどがある。 「事実は小説よりも奇なり」…そんな言葉が脳裏を過ぎり、アルノーはぽりぽりと頭を掻いた。 「そういえばさぁ…アルノーって、何でそんな風にマフラーを巻いてるの?」 暗くなりかけた空気が吹っ飛んだところで、ジュードは日頃から気になっていた疑問をアルノーにぶつけてみる。 「おっ、赤ずきんの真似事か?食われちまっても知らねぇぞ?」 ニヤニヤ笑うアルノーを見て、ジュードは肩を竦めた。 「違うって…ただ、何でマフラーを直接首に巻かなかったり、 そんな派手なカッコしてたりするのかなぁ…って疑問に思っただけ」 「これはファッションってヤツさ」 「ファッション?何それ?」 世情に疎いジュードに説明するために、アルノーはごく分かりやすい言葉に言い換える。 「要するに、流行りモノって事だよ」 「…まだ復興しきれてないのに、流行りも何もないんじゃ…」 もっともと言えばもっともなツッコミだが、アルノーは「分かってないねぇ、おこちゃまは…」と首を振る。 「あのなぁ…渡り鳥が身綺麗にしとくのは、いわゆるステイタスシンボルなんだよ」 「何で?」 「よーく考えてみろ。ボロボロの薄汚いカッコしたヤツとめかしこんで羽振りの良さそうなヤツ、 お前だったらどっちに仕事を頼む?」 「…あッ!そっか…」 ようやく気付いた様子のジュードに、アルノーは「よくできました」と笑みを浮かべた。 「だろ?身なりをきちんとできるっつー事は儲かってるってコト、 言い換えるならそれだけの実力があるってコトだ」 俺みたいなヤツが渡り鳥をやってくには大事な事なんだ…とアルノーが言うと、 ジュードは感心したように目を輝かせた。 「そっか…確かにアルノーって、腕っぷしはそんなに強そうじゃないもんね」 「…………」 事実ではあっても、妙な所で感心されたのが気に入らない。 ふと何かをひらめいたように、アルノーはおもむろにマフラーを解きだした。 「アルノー?」 「…でもまぁ、これは別の使い道もあるかもな」 「え?」 「こうやって、お前を捕まえとくために使うのも悪かないって事だよ」 言うが早いか、アルノーはジュードを抱き上げて、マフラーの片端を彼の首に巻きつけた。 いわゆる「恋人巻き」という巻き方だったが、ジュードはもちろんそんな事は知らない。 けれども、急に縮まった互いの距離が妙に気恥ずかしくて、彼は落ち着かなげに視線を逸らした。 「…アルノーってさ、実はバカでしょ?これじゃ首絞まっちゃうよ。アルノーの方がずっと背高いんだから」 憎まれ口を叩きつつも、逸らした顔は耳元まで赤く染まっている。 素直じゃないねぇ…と内心だけで笑って、アルノーは言った。 「そうだな、俺は馬鹿だ。お前に関してはどうもそうなっちまう。 何の得にもならねえのに進んで面倒事に巻き込まれてみたり…な」 「…ごめん」 「謝ってほしい訳じゃねえよ。…それよりもキスのひとつもしてくれた方が俺としては…痛ッ!」 「ばかッ!アルノーなんか、もう知らないッ!」 アルノーが怯んだ隙に腕の中からするりと抜け出すと、ジュードは瞬く間に部屋を出て行ってしまった。 ひりひりと痛む頬を撫でながら、アルノーは自身の失敗を悟る。 「やれやれ…ちっとばかし先走りすぎたか」 イイ感じだったのになぁ…とぼやいても、もう遅い。 ジュードのペースに合わせていたら、自分達の仲が進展するのがいつになるか分からない事など とっくに分かっていたのに、思ったよりも堪え性のない自分にアルノーは苦笑した。 これなら、あの話の中のオオカミの方がまだ用意周到だ。 全然自分らしくない。ペースを乱される。 ……けれども、それが決して嫌ではない。 「次は逃がさないからな」 ソファから立ち上がると、彼はジュードを追って部屋を後にした。 拍手からサイト用にする時に見直していて、微妙に修正済。 「そういえば、マフラーの使い道は他にもあるよね☆」なんてネタは…流石に裏行きですね、ハイ。