(おい、一体どうしちまったんだ…?) ディバインウェポンを倒して、崩壊しつつある監獄からの脱出。 1秒だって惜しいこの時に、突然自分に抱きついて泣きじゃくるジュードを抱え、 アルノーは途方に暮れていた。 お前がジュードに何かしたのか…と、責めるようなユウリィとラクウェルの視線が痛い。 (俺の方が聞きたいぜ、そんな事…) とにかくこのままではいられない。全員揃って無事に脱出する為に、アルノーはジュードを抱えて走り出した。 「このままじゃあ、皆お陀仏だ。急ぐぞッ!」 「えッ!?ちょっと、アルノーさんッ!」 「アルノーの言う通りだ。ここはひとまず脱出するのが先決だッ!」 ジュードを気遣うユウリィもラクウェルに促され、3人と1匹はひたすら地上のゴールを目指した。 監獄の外にさえ出てしまえばひとまずは安全だろう…と、お互いに支え合いながら。 急いでいる時には厄介極まりないトラップの数々を越えて、監獄からの脱出を果たした一行。 飛空機械の前まで辿り着いて、ようやく人心地がついた。 落ち着いてくると、やはり先程号泣していたジュードの様子が気になって来る。 アルノーの腕の中に収まっているジュードは、脱出する時も大人しく彼にしがみ付いたままで、 本当にどうしてしまったのだ…と、3人は顔を見合わせた。 まるで、母親を亡くした時に逆戻りしてしまったかのようだ。 (どうしちまったんだ、らしくないぜ…) 以前も思った事だけれど、パーティーのムードメーカーである彼に黙り込まれるのは辛い。 彼の不思議な求心力があったからこそ自分達はここまで来れたのだと、アルノーは信じていた。 全員の前では話せない理由もあるだろうと、彼は他の2人に目配せをしてその場を離れる事にする。 島の裏側の方へ回り、2人は木陰に腰を下ろした。 「…で、今度はどうしたんだ?」 「………」 「まただんまりか。ま、いいけどさ…」 彼の背中を宥めるようにポンポンと叩きながら、アルノーは言った。 「何があったのか知らねぇけど、俺達がいるだろ? 1人で泣いてないで何でも言えばいい。それが仲間ってモンだ。水くせぇぞ、ジュード…」 「仲間」という言葉に反応したのか、ジュードの肩がぴくりと震えた。 「もう一息か?」と言う期待は顔には出さず、アルノーはただ彼を宥める事に専念する。 背中に手を回して優しく髪を撫でていると、不意にジュードが口を開いた。 「ハウザーも…最期にこうやって、頭を撫でてくれたんだ…」 彼にはただの「敵」として対峙したアルノーにとって、意外な言葉。 「知り合いだったのか?」と彼が聞くと、ジュードはふるふると首を振った。 「なら、どうして?」 「……ッ」 途端にまた瞳から涙を溢れさせたジュードを見て、「これは地雷を踏んでしまったか?」と焦りながら、 アルノーはよしよしと彼を宥めた。 「ああもう、泣くなよ…皆、お前に泣かれるのはキツイんだ…」 「…アルノー、も?」 「ああ。俺だって、お前にはいつでも笑ってて欲しいよ…」 (…って、何を言ってるんだ俺はぁーーッ!) これではまるで愛の告白のようではないか。そんな事に思い至った彼はかぁっと頬を赤らめた。 しかし他の事で頭が一杯のジュードは、幸いにもそんな事には気付かなかったらしい。 流石おこちゃま、助かるぜ…と、彼は胸を撫で下ろした。 「そっか…でもゴメン。今はちょっと、笑えそうにないよ…」 そう言って、彼がアルノーにしがみ付いたまま語り出した話の内容は、驚くべきものだった。 あのハウザーが、恐らくはジュードの父親であったらしいという事。 そして、ジュードがその事を戦いの前に知ってしまった事。 彼がARMを扱えるのは遺伝子適合に拠るものだから、本当に血縁というものは侮れない。 恐らくは、ハウザーから遺伝したものだったのだろう。 ある意味では母親の死に際よりも苛酷な状況に、アルノーは掛ける言葉も無く、 ただ腕の中のジュードを抱き締めてやる事しか出来なかった。 (こんな時無力だな、"他人"ってヤツは…) いくら仲間だと言っても、こんな時には何の慰めにもならないという事はアルノー自身もよく分かっていた。 …思えばろくでもない父親だったが、確かに「彼」は自分の「身内」だったのだ。 顔も覚えていなかった父親とはいえ、ジュードにも胸にこみ上げて来るものがあるに違いない。 流石にこれ以上無理に聞くのは気が咎めて、彼はジュードの耳に囁いた。 「…泣きたくなったら、こうやって俺んトコ来いよ。胸くらいは貸してやるから。 泣いてスッキリしたら、また皆の前では笑っててくれ…」 お前はチームの中心なんだから…と、半ば懇願するように彼は言った。 その必死な様子がジュードにも伝わったのか、彼は不意に笑いを洩らす。 「……ぷっ」 「笑うなよッ!せっかく人が真面目に言ってだな…」 「分かってるよ、アルノー…ありがと…」 自分1人ならば、到底乗り越える事は出来ない厳しい現実。 いや、そもそも「彼」の前に立つ事さえも不可能だったに違いない。 心強い仲間の存在に、ジュードは心から感謝していた。 「そろそろ戻ろっか?2人とも心配してるよね…」 ハーフパンツに付いた土を払いながら努めて明るく言い出したジュードに、アルノーはいや…と首を振った。 「当分この島自体は大丈夫だから、もう少しここにいようぜ。…そんな顔で2人の前に出て行くつもりか?」 「うう…」 その事を持ち出されると弱い。心優しい彼女達に、余計な心配は掛けたくないのだ。 ジュードは、先程人目も憚らずにわんわん泣いてしまった事が急に恥ずかしくなって来た。 「…アルノー、お願いだからさっきの事は2人には言わないで…」 「お前がそう言うなら、俺からは言わねぇよ。…でも、いつかは自分で話せればいいな…」 「うん…」 今日が「想い出」に変わった頃には、それも可能かもしれない。 木の幹に凭れたアルノーの隣りに座って、2人は一緒に空を見上げた。 この島を訪れた時には暗雲が立ち込めていた空にも、今は一条の光が差していた。