自分から顔を背け、無言で先を急ぐジュード。 そんな彼を前にして、アルノーはただ困惑する事しかできなかった。 「……」 「おいッ!一体どうしたんだよ、ジュード?感じ悪いぞ、お前…」 「…………」 折角二人で買出しに来たというのに、アルノーの中の浮ついた気分はもう跡形もなく吹き飛んでいた。 「一体何かしたのか?俺…」と、彼は朝からこれまでの行動を振り返ってみる。 (確か、昼過ぎまでは機嫌良かったはずだよな…?) 市場では、普段はなかなかお目にかかれない珍しい品も見る事ができる為、 好奇心旺盛なジュードは買出し当番が回ってくるのをとても楽しみにしていた。 沖でしか捕れない大きな魚や珍しい果物、今となっては貴重な絵本や精巧な装飾品の数々…。 各地を渡り歩いてきたアルノーにはさほど珍しいと感じられないものでも、 ずっと閉鎖的な村で生活してきたジュードにとっては初めて目にするものばかりだったらしい。 「ちょっとちょっと」と店主に呼び止められるままに、足を止めて商品に見入る彼。 「おのぼりさん丸出しだぞ、おこちゃま〜」などとアルノーがからかっても、 彼は文句を言うだけで商品から目を離す事はなかった。 その様子は少々面白くなかったけれど、瞳をキラキラと輝かせた彼の横顔が眩しくて、 彼と一緒なら憂鬱な荷物持ちも甘んじて引き受けようと出掛けてきたのだが…。 (しっかし本当に思い当たる事ねぇぞ、俺は…) 彼がいつも自慢している剃刀のような思考をもってしても、人間の感情の機微を察する事は難しい。 けれども、このまま気まずい雰囲気でいるのには耐えられないから、アルノーは必死で思考を巡らせた。 市場に来るまではいつものように上機嫌だった所を見ると、 ジュードの不機嫌の原因はどうやらこの市場での出来事にあるらしい。 そう結論付け、今度は今までに立ち寄った、決して少なくはない露店の数々について思い出した。 今までに購入したものは、携帯食や保存のきく食材、フルーツや薬草などの消費アイテム、 その他装備品を少々…。 特にいつもと変わりのないラインナップに、アルノーは眉を顰めた。 (ダメだ、分からねぇ…) ここは本人に聞いてみるしかないか、とアルノーは足を速めてジュードを追いかけた。 アクセラレイターを使えるとはいってもまだ子供の事、すぐに息切れしてしまうし、 歩幅はアルノーの方が大きいから追いつくのはそう困難な事ではない。 難なく追いつくと、アルノーは振り切ろうとするジュードの手を引いて人気のない場所まで連れて行き、 彼を逃がすまいときつく抱き締めた。 「おい、ジュード。黙ってちゃ分からねぇ事もあるんだぞ?」 唇を尖らせたジュードにアルノーが話し掛けると、返ってきたのは予想外の言葉。 「アルノー、それ本気で言ってるの?」 「…どういう意味だよ?」 怪訝な顔をするアルノーに、ジュードは溜め息を吐いた。 「…アルノーの女ったらし…」 「んなッ!?」 普段「首から上には自信がある」と自負するように、 アルノーの容姿に惹かれて言い寄ってくる女性は少なくない。 しかし、彼自身は決して節操無しではなかった。 「心外だ」と言わんばかりの目でジュードを見遣ると、彼は自身の不機嫌の理由について、 歯切れの悪い口調で話し出す。 あれは確か、ベリーを買った店でのこと。 「お兄さんカッコイイから、オマケしちゃうわ」 「おっ、ありがとよ姉さん」 「いいのよ…その代わり、また買いに来て頂戴ね」 気立ての良い店員に勧められるままポーションベリーを購入したアルノーに、 彼女は悪戯っぽく片目をつむりながら、何房か余計に入れた袋を手渡してきた。 嫣然と微笑む彼女を見て、ジュードは「やっぱり、アルノーってもてるんだ…」と、ぼんやりと思う。 彼が心持ち口元を緩めているように見えるのも、決して気のせいではあるまい。 自分が知らない時にもこんな事があったのかな…と思うと、 ジュードは目には見えない小さな棘が胸の奥に刺さったような気がした。 (どうせ僕は、あの人みたいに綺麗じゃないし…) そんな考えが、ますます気分を滅入らせていく。 ジュードが俯きながら話すのを聞いて、アルノーはようやく「あぁ、あれか…」と思い至った。 彼にしてみればいつもの事だったので、特に記憶には残らなかったのだ。 可愛らしいやきもちに頬が緩むのを抑えながら、アルノーは彼を安心させるように背中を撫でる。 「いいじゃねぇか、オマケしてくれたんだから…」 「嘘、アルノーってば絶対鼻の下伸ばしてた」 「おいおい、あんなのは商売人の決まり文句だろ? 妬いてくれるのは嬉しいが、もっと俺を信用してくれよ…」 「なッ、妬いてなんか…ないッ!」 「じゃあ、何をそんなに怒ってるんだ?」 「………」 返答に窮したジュードは、頬を染めてアルノーの胸に顔を埋めた。 アルノーが彼を宥めるように、陽の匂いがする髪を優しく撫でていると、 不意に胸元からくぐもった声が聞こえてきた。 「…だったら信用させてよね、アルノー…」 (って、そう言われてもなぁ…) 一体どうすればいいんだよ…と、彼はジュードを抱き締めたまま空を仰いだ。 この幼い恋人は普段は溌剌としているけれども、時に少々気難しくなる事がある。 けれど、そんな彼に振り回されるのも楽しいものだと感じている自分を自覚し、 アルノーは「俺もかなり重症だな…」と苦笑した。 (全く罪なおこちゃまだよ、お前は…) 少し迷った後、結局アルノーは彼の頬にそっと触れるだけのキスを落とした。 「…機嫌、直ったか?」 「…もっかいキスしてくれたら、許してあげる…」 どうやらこれで正解だったらしいと、アルノーは密かに胸を撫で下ろした。 気持ちに余裕が出てくると、怒っている彼もいいものだと思えてくるから不思議だ。 (あぁもう、何でこんなに可愛いんだよお前は…ッ!) 「ちょッ、痛いってばアルノーッ!」 感極まったアルノーが強く抱き締めてキスをすると、 それまで大人しく抱かれていたジュードが焦って彼に抗議した。 …端から見ている者がいたならば、それも単なる照れ隠しにしか見えなかっただろうけど。 宿に帰る道すがら、アルノーは珍しく真摯な口調でジュードに言い聞かせた。 「なぁ、ジュード。お前こそ、ホイホイと他人に付いて行くんじゃねぇぞ? …外の世界ってのは、お前が思ってるほど優しい場所じゃねぇんだから…」 市場での様子を見てるとそれがとても心配だ…とアルノーが言うと、 案の定ジュードは「また子供扱いしてッ!」と頬を膨らませた。 (やっぱ分かってねぇな、コイツ…) どれほど強力な武器を扱う事ができようと、大人から見れば彼はまだ13歳の「子供」だ。 そして「外の世界」の大人達は、今までジュードの傍にいたり、旅の途中で出会ったりしたような、 「良い大人」ばかりではない。 子供を攫ってはどこかへ売り飛ばしたり、身内に身代金を要求してきたりと、 軍の人間とはまた違った意味で危険な輩も現実には存在していた。 ARMを扱えるジュードがそのような者達にそうそう後れを取るとは思えなかったけれど、 常に周囲の大人の愛情の中で育ってきた彼は、他人の悪意というものに極めて鈍い。 その為先ほどのアルノーの言葉にも、今ひとつ現実味を感じられないでいるようだった。 (やっぱり、コイツは俺が守ってやらなきゃな…) 首を傾げているジュードを見てそう決心しつつ、アルノーは彼の手を引いて足早に宿へと向かった。 お題は「ヤキモチジュードのアルジュド」でしたが、果たして達成できたんでしょうか…?