蒼い背徳

 「篤と帰れ!この者はまだ目覚めぬ!」
 「しかし、吾が主はお帰りを待ち侘びており
ます故」
 「ほう?今連れ帰って如何しようと言う?」
 「血族として温かく迎える、では御納得…」
 「ああ、納得出来んな。無礼千万を承知で言
えば誕生の折と同じく、禍々しき思惑の臭いが
そなたの口調からもぷんぷんと臭っているから
な!」
 使者に対して一息の勢いで言い捨てる。
 「そう仰ると思っておりました」
 食い下がるか、と思われた使者は案に相違し
て…慇懃無礼は相変わらずだが、観世音菩薩に
対してやや砕けた笑みを投げかけた。
 「私自身、出来れば避けたい役目で御座いま
したから」
 「では、何故避けなかった?」
 「私以外不浄の用を為す者が居なかったから
で御座います」
 そう言いながら右腕の袖を捲り上げて見せる。
焼けた皮膚の引き攣れにしか今は見えない肩の
其れは、不愉快な記憶を呼び覚ました。
 「あの時の童か?」
 「……覚えていて下さったのですか?」
 「…見届けるだけの役目も、時には嫌なもの
だな。でもまだ留まっては居られるのだな?」
 「幸いにして」

 「あの娘は、あの時の」
 「なんだ。お前も覚えていたのか」
 傍らの二郎神君に酒を注がせながら言う。
 「不思議なものですな。愉しい記憶だけ残る
ものかと思っておりましたが、刺の様に刺さっ
て消えない記憶もあるものです」
 二郎神君の目前に昨日の様に光景が蘇る。年
端も行かぬ娘を足蹴にして歪んだ笑みを浮かべ
る李塔天…そして、その娘の右肩に浮かび上が
った痣…。
 「落ちぶれたものですな。その娘に情けを掛
けられるとは」
 「違うな」
 「は?」
 「落ちぶれたっつーのと、情けをかけられた
ってぇの」
 「では?」
 「成り上がったのは倅を踏み台にしたんだか
ら、倅に背を向けられた今、元の木阿弥になる
のは当然!それにあの娘があいつの傍に居るの
は……」
 それ以上は言う気になれなくて、未だ目覚め
ない彼の方に目を向ける。

 『…彼は、まだ思い出さぬのですね?』
 『そうか、知ってるんだな』
 『凡そは。専らその頃は下界にての役目が多
かったのですが』
 『……胸糞悪い話だ』
 『行いは同じでしょうに?』
 乾いた嗤いを交わす。
 『まさか此度の騒動で再び天界に戻るとは思
っても見ませんでしたが』
 未だ生き人形でしかない彼の髪を、いとおし
げになでる。心底からの慈愛を篭めて。
 『恐らく、暫くの間使者として伺うと思いま
す。次には手土産なぞお持ちしますが?』
 『悪、よの?』
 『褒め言葉として伺って置きます。古酒で宜
しゅう御座いますね?』

 睡りなさい、今はただ。
 祝福されるべき貴方の誕生を汚した『父』へ
の復讐は妾がしてあげる。
 蔑み、卑しむしかなかった血の繋がった『手
駒』でしかなかった妾から哀れみを受ける事が
今の李塔天に対してのささやかな復讐。
 貴方は既に彼に対して大した復讐をやっての
けている。その睡り続ける姿が何より雄弁に物
語る、李塔天、否、天界人が見て見ぬ振りをす
る命に対する軽視と冒涜。
 貴方は貴方の意思で睡り続ければ良い。妾は
貴方の笑顔が戻る日までは、暗い情熱で妾なり
の復讐を続けて行きましょう。
              (2001.5.22)
《コメント》
子供が親を選べなかった…此れが闘神太子と
しての「彼」の悲劇です。そして、浄と不浄
の二元論。二重の悲劇ですね。
 BGM:ZABADAK「人形たちの永い午睡」
       「飛行夢(そら とぶ ゆめ)」

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