「真実か。真実なんて何処にも無い」
…ピシ…。
「この手に触れるものだけが全てだ」
そして、鏡はひび割れた。
一瞬、気を失っていたらしい。いかんいかん、研究に
戻らなければ。僕の説を証明する為にね。
『証明?そんなものが何になりますか?』
誰だ?この場所には部外者は入れない筈?
『ほほう。偉そうな事を仰った割に、現実認識能力は
低い様ですねぇ』
目の前で笑うのはからくり人形を抱いた年齢不特定な
男。何処かで会った筈…いや、思い出せない。それでも、
何処かで会ったには違いない。
『証明こそが現実を構成する。其れが科学さ』
『笑止!』
からくり人形が地の底から響く様な声で嘲弄する。
『其れでは証明されない物事は全て幻想であると定義
される訳ですね?』
『そうさ。証明こそが科学の神だ』
『では、これも幻想と言う訳ですね』
男が僕の右腕に手をかけた。かと思うと、鋭い痛みと
共に右腕がもげた。血は出ていない。其の分組織が余り
にもはっきり見える。
『フウン、新手の催眠術か』
『哀れな方だ。虚ろな現実擬を神として崇めていると
は』
男の傍らにあったのは僕の全身を映した鏡。其れを槌
で砕いて行く。僕の体も同時に砕けてゆく。痛覚はある。
でも、意識は決して遠退いて行かない。
今の僕には視覚しか残っていなかった。腕をくれ!そ
うしたら今この場で起こっている事を記録できるのに!
そう強く願った瞬間、意識が遠退いた。
次に目覚めた瞬間、体に違和感を感じた。重い。重す
ぎる。
『腕をご所望でしたね』
又あの男。
『詳しい注文が無かったので、目の前にあったものを
着けさせて頂きました』
其れは、産業用ロボットのアーム。そして、あの男は
リモコンを手にしていた。
『貴方の意思で動かせる事、とも聞いて居りませんの
で、私の自由にさせて頂きます』
そして男は、僕の欠片を僕の腕で更に壊していった…。
「客人。随分遊びが過ぎはしないか?」
「おや観世音。これでも随分お手柔らかなつもりだけ
どね」
天界にきていた希臘からの客人は、鏡を覗き込むのを
止め、観世音に対峙した。
「職業病だな。遊びに来てまで仕事をする気は無かっ
たが、少し懲らしめにね。さりとてあの男が改心すると
は更々思っていないが」
「其れにしては随分凝った設定をしたな。八戒を甚振
った式神使いまで登場させて」
「あれにはこう言う使い道しかないのですよ」
「まあ、どうでもいいが」
呆れたように言い捨てて去る。
「本当に壊れぬ内に返してやれよ、ネメシス」
黒い翼の女神は、ニヤリと笑った。
(2000.12.11)