事件は汗の滴り落ちそうな、そんな暑い日に
起きた。
と、言っても実はこれが初めてじゃない。
例によって例の如くカズミとつるんで買い物
に行って、さて一休みと喫茶店に入る。で、俺
がアイスミルクティーとピザトースト頼んでカ
ズミがチョコレートパフェを頼む…と言うのは
いつもの話。
アイスコーヒーが恋しくない訳じゃないが、
はっきり言って喫茶店で金取られて飲むいかに
もなアイスコーヒーよりもカズミが淹れてくれ
るアイスコーヒーの方が美味い。それだけの話
だ。
カズミの場合はどうも好き嫌いじゃないらし
い。
『特訓の反動かもね』
なんて軽く言っているが、実は江戸っ子の臨
終間際のそばつゆ話の様に砂糖を思い切り入れ
たコーヒーを飲みたくならない様に、との予防
線を張ってるんじゃないか、と疑っている。
今回のオーダーは上手に通ったらしく、俺の
注文もカズミの注文も同時に来た。
「良い?」
「どうぞ」
律儀にも俺に確認を取ってからカズミがピザ
トーストに添えられたタバスコの瓶に手を伸ば
す。そしてその中身をチョコレートパフェに振
りかけ…実に美味そうにぱくついたのである。
但し、パフェの飾りのチェリーは俺のピザト
ーストの皿の上にある。これはあの時から始ま
った暗黙の了解みたいなもんだ。
「いつもながら思うけどさ」
「んー?」
「美味いの?それ」
「案外美味しいよ」
「……ふーん」
「ア、やだなー。その疑り深い眼差し」
「疑っちゃいねーよ」
「じゃ、何?」
「信じたくねーだけ」
普通甘いもんに香辛料かけるなんて思わねー
だろ!といつもの様に心でツッコミ。
でもこいつは平気な顔してのたまうのだ。
「これ、深春直伝なんだけどなー」
「……もう一度言ってくれる?」
「だからー、深春直伝」
「お前のオリジナルじゃなくて?」
「深春が似た様な事を人に教わって、それを
アレンジしたのがこれ」
俺がたっぷり3分間凍ったのは言うまでも無
い。
俺がミハルさんが教わったと言う事の真相を
知ったのはその後日、意外にも実家でたまたま
親子揃っての食事会に出ざるを得なくなった時
の事だ。
「……母さん、何を一体」
「おかしいかしら?」
お袋が口に運ぼうとしていたのはクリームコ
ーンだった。それも、唐辛子入の。
「味覚が信じられないと思って」
「メキシコで教わった食べ方なの。結構良い
味わいよ」
「メキシコ、ですか」
お袋の前だと条件反射的に口調が畏まっちま
うな…日頃の反動だろうか?
「キャンディーにも唐辛子入りのものがあっ
たし。そうそう、ホットチョコレートにも唐辛
子が入っていましたよ」
「嘘じゃないですよね?」
「あら、目の色変えてどうしたの?」
「いえ、その…」
と、其の場は誤魔化したものの…意外な所か
ら齎された情報に混乱する心は抑えられるもの
じゃない。
今度カズミと喫茶店に寄った時に、もう一つ
チョコレートパフェを頼んでみようか…。
(2003.9.10)