廻る五月に

 「随分思い切ったよね」
 「思い切るも何も…できるのか?あいつに」
 「出来るんじゃないかな」
 予想外の京介の言葉に、顔を見合わせるぼくと深春。
 「あれだけなんだかんだ言っても力を注いでいた職を
捨てて、って事だから、いい加減な気持ちじゃないだろ
うし、」
 言葉を切って、ざっと髪を掻き揚げる。
 「彼女の為の選択だと判るからね。出来なくても遣ろ
うと言う気概は十分じゃないかな?」

 ぼく達の元へ…正確には神代先生の元に日光から一通
の招待状が舞い込んだのは、あの事件から五年と十一ヵ
月後の二千一年五月、杏樹の誕生日の三日後の事だった。
差出人は巨椋迅。旧姓・工藤迅。元群馬県警刑事にして、
現在巨椋ホテル資料館碧水閣の副管理人。そして、星弥
さんの旦那さん。
 うん。良い仲になって居たって言うのは知っている。
さやかちゃんからも時々手紙を貰っていた(流石に先生
への熱烈求婚は治まったみたいだけど)し、静音さんか
らも『真理亜さんがね、喜んでいらっしゃるの』と聞い
ていた。
 ぼく?一寸複雑。
 確かにかおる母さんと変わらない歳の人なんだけど…
…やっぱマザコンの延長、かなぁ。
 工藤さん…名字が変わったから迅さん、かな?…とだ
ったらまあ、許してもいいか。愛の証とは言え結構思い
切った事遣った訳だし。

 迅さんが思い切ったのは職業の事も有るけど、もっと
大きい事がある。名字だ。
 ぼくも状況が状況だから迷った事もあったし、京介始
め周りの人達は本当に気遣ってくれた。先生が『養子に
来い』って言ってくれた時、正直嬉しかったし。
 でも、ぼくは結局『薬師寺香澄』である事を今こうし
て選んでいる。自分が背負うべきものとして。
 そして迅さんは。
 所謂『婿養子』になった。でもそれは多分、星弥さん
の背負った荷物を一緒に背負う為の宣言じゃないかな、
とぼくは思っている。

 「よお、来やがったか」
 相変わらずの口の悪さ。隣で真理亜さんが苦笑してる。
 「お久し振りです、真理亜さん」
 「いらっしゃい、蒼ちゃん。…一寸逞しくなったのか
しらね」
 真理亜さんも…確かもう百歳超えてた、よね…確りし
ている。今でも碧水閣の一室に住んでいて、来たお客さ
ん達に昔語りをしているそうだ。
 「迅さん…前髪が…」
 「それなりの歳だし、それなりの仕事もしてっからよ」
 「星弥さんは?」
 「本家の業務でトラブルがあったらしくてな。そっち
の収拾に向かってる。ま、あいつが出て行ったからにゃ
すぐ治まるだろうが」 
 あーあ、でれでれしちゃってさー。あの悪ぶり方がホ
ント嘘みたい。
 「あ、そうそう。一寸この坊や借りてぇんだけど、良
いかい保護者殿?」
 「僕は構いませんが。お仕事は?」
 「よう御座いますよ、桜井さん。こんな年寄りでも指
図程度ならまだ出来ますし、この人よりもあたしの方が
この家を存じておりますもの」
 いいのかなー、真理亜さん。
 「お二方は座敷へどうぞ。迅さん、お早くお帰り」
 「すんません。じゃ、行くか、蒼」
 頭を軽く叩かれた。

 碧沼の辺。碧水閣を背後に、ぼく等は向かい合う。
 「聞きたい事、特に無いか?」
 「あると言えば有るけど、迅さんの決断でしょ?ぼく
に何を言えって?」
 「だな。如何もいざとなるとブルっちまってな」
 苦笑いしてみせる。
 「まだ事件を前にしてる方が気が楽だぜ…っつっても、
天秤に掛けたら結局星弥の方が重かったしな」
 「嫌いじゃなかったよね?」
 「ああ、好きな仕事だった。只、お前さんに嫌な思い
させた様な、あんな言葉も吐かなきゃなんなかったけど
な」
 「覚えてたんだ」
 「あれは数少ない俺の失態でも最大級と言うべきだっ
たな。残されたもんの傷跡が深いって、判っていながら
よ。…済まなかった」
 思い切り頭を下げられて…ほぼ百八十度だよ?…、ぼ
くの方が慌ててしまう。
 「いいよ、もう!照れ臭いから」
 お互い、何となく笑ってしまう。そして、迅さんが真
顔になる。
 「幸せになるよ、星弥と」
 「うん」
 「お前さんには、報告の義務があると思ってた」
 「ありがと」
 「ホント、あいつにとってもお前さんが息子に思えた
みたいでな…ずっと想い続けてた。妬ける程にな」
 「ごめん」
 「謝るな。俺だってお前さんを気に入ってるんだ。将
来、まだ決らねェか?」
 「うん。まだ、一寸ね」
 「ま、相談には乗るからよ。コレクトコールで電話し
て来いや。それだけの予算は何とかすっからよ」
 悪戯小僧めいた、でも暖かな眼差しに、何も言えなく
なる。

 其の翌日、星弥さんの薬指には翡翠の指輪が光り、彼
女が投げたブーケは、確りさやかちゃんが受け取った。
 碧沼の水面は、静かにきらめいていた。
                    《了》
《コメント》
『廻る碧に』の蒼視点バージョンであり、
domonnさんのサイトの新コンテンツ
お祝いに捧げたものでもあります。
元作品の文庫化が迫っているのでネタばれ
該当か、とも思いましたが、敢えて表で。
この続き…となるとさやか嬢の結婚式に
なるんでしょうか?

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