…そんな訳でございまして、この二人喧嘩する時は結構徹底的にやるん
でございます。何しろ片や先輩片や後輩。先輩後輩の仲と言いますのは時
に親子兄弟男女の仲よりも優先されるものでございまして、この2人なん
かも『あちゃー、一つ布団で寝てるんじゃなかろうか』…一寸其処のお嬢
さん、まあ恥かしいと頬赤らめながら目を爛々と輝かせなはんな。喧嘩の
中身は気ィ抜ける程アホらしぃて、色気のいの字も無いんやから…
高座に上がっているのは今や中堅の域に達した上方落語家、招福亭満月
師匠である。大学卒業後、サラリーマン生活の中でふとした拍子に落語に
目覚め、現在古典発掘の傍らこうした立ち話風の面白話で人気を博し、人
柄の暖かさでもつとに有名である。
…その日やっとった争いもしょうむ無い話ですわ。イエ最初はわたいも
話の筋が全くみえなんだ。違う違わんの押し問答でしたからな。其の内に
後輩…わたいより1年下の奴ですわ、こいつがいい加減ブチ切れよった訳
です。
『部長、記憶違いは誰にでもあることでしょう!皆の証言もあるんやか
ら!』
『記憶違いや無いと言うとろうが!』
先輩…平たく言うたらわたいの居ったサークルの部長ですわ。そちらま
で珍しく切れそうになっとる。もうたまりかねて仲裁に入った訳です。何
しろ場所が大学のラウンジの中でしたからな。
『部長、何を揉めてますのん?』
『おお満月、ええ処へ…。こいつがえらい頑固でなぁ、俺の言い分を聞
いてくれんのや』
『あのな、ウサギ(仮名)よ。お前らしないなぁ、部長に楯突くなんて』
『違うんですよ。部長が自分の記憶違いを認めてくれないだけなんです
て』
『まず問題点を言うてくれ!そやないと俺もどうしたらええんか判らん』
で、まぁ話出しよった訳です。
『こないだ千里の万博公園行きましたやん?太閤さん(仮名)は居らん
かったけど、4人で』
『そやったなぁ。金無いから只ン所ばっかり見に行ったんや。お前も自
宅生なら、金持っとけや』
『ジュディ(仮名)かて持ってなかったでしょ!…それはええんですけ
どね。其処が始まりなんです』
『千里中央と、何が絡むねん?』
『千里中央やのうて万博ですわ。…で三波春夫と…』
『坂本九、と言う訳や』
『…ウサギ、お前、其の頃生まれて無かったやろ、確か。俺で1歳越え
たかそれ程や!部長は?』
『小学校上がった程やな。…歳思いださすな!』
『すんません、つい流れで。ん…?』
まさかと思て、聞いてみた訳です。力抜けそうでしたけどな。
『まさか、〔世界の国からこんにちは〕の事なんか?』
『そや』
『流石満月さん!』
…その場で救急車呼んで貰おうか思いましたわ。何をしょうも無い…。
『あれは三波先生の歌やろうが』
『でしょう?せやのに部長は九ちゃんの歌やって言い張るんです。不公
平が有ったらいかん思って満月さんが来る前にラウンジに居る人皆に聞い
たんですよ。それでも言い張るもんやから…』
何を恥晒しさらしてけつかんねん!部長も部長や、何で止めてくれん
?…ま、この二人の興奮の仕方見てたら、忘れるのも無理ないか。
『俺は確かに九ちゃんの歌った分のレコード買ったんや。今は手元に見
当たらんけどな。…多分売ってしもたんやろな』
『そこまで貧乏やったんですか…』
『持ってたら千里でお前らに昼飯奢ったったわ!』
『何もそこまでは…。まあ二人とも、今日は俺の顔に免じてここでスト
ップ。また暇見つけて考えましょうや』
再開するつもりはなかったんですけどな…
舞台が撥ねた後、満月師匠の楽屋に一人の推理作家が訪ねてきた。
「お久しぶりです。この度はお目で…」
「堅い話は抜きにせえや。お前の方もあの助教授のシリーズ、快調みたい
やないか」
「お蔭様で。あの、さっきの話は…?」
「ああ、あの話や。名前は仮名にしたけどな」
「聞く人聞いたら丸判りやないですか!忘れてください!せや無うても、
この企画見て恥ずかしい思いしてるのに」
「誰が忘れたるか。後輩いびりは幾つになっても先輩の特権じゃ!」
そう言って招福亭満月師匠・本名望月周平氏は推理作家有栖川有栖に、にや
りとして見せたのである。
因みにそのチラシの内容とは、
CDBOX『20世紀を振り返るB・大阪万博』
招福亭満月・編
歌:三波春夫・坂本九・山本リンダ…
であった。
ちゃんちゃん